カテゴリー「心と体」の132件の記事

2018年4月11日 (水)

『またやったら?』(^^;

おはようございます!(^o^)/
【またやったら?】(^^;
昨日(10日(火))の検査で、
・中性脂肪
・γ‐GDP
・尿酸値
・血糖値
の値が、上限値を超えていることが判明しました!
主治医からは、
「完璧に、生活習慣病だね!」
と、言われ、生活習慣を改善する様に、忠告を受けました。
向こう、半年間、改善に挑戦し、再び検査を行うとのことでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ただ、主治医との話しの中で、
「いきなりは、こうならない!」
とのことで、主治医と一緒に、過去の生活を振り返ってみました。
すると!
3年ほど前までは、ボーイ隊長・ベンチャー隊長・ローバー隊長を、兼務していた。
その頃は、殆ど毎週、ボーイスカウト活動を行なっていた。
(3個隊兼務のため、行わざるを得なかった!)
その時の、生活習慣は、週末の、ボーイスカウト活動に向けて、
1.朝の散歩(雨天・強風時を除く)
  20~30分程度の、自宅周辺の歩行など
2.筋トレ   MLBを観ながら、腹筋・スロースクワット
  ・上半身の運動(特に左腕)など 3.パソコン 
  ボーイスカウトのプログラム等の作成が主(昼間のみ)
4.飲酒
  日曜日の活動後、『きゃさりん副長。』や保護者の   皆さんと。
  平日は、時間が無く、飲まなかった。
5.食事
  15分程度で済ましていた。
等々、ある程度、リズムを持った、生活をしていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ところが、それが!
1.朝の散歩
  天気が良くて、気が乗った時しか、歩かなくなった。
2.筋トレ   パソコンが、1階にあるので、自室の2階に上がるのが
  面倒になり、殆ど、行わなくなってしまった。 3.パソコン 
  かなりの、依存症になっている。
  (早朝から、お昼過ぎまで) 4.飲酒   週末に、飲むことは、殆ど無くなった。
  その代わり、テレビを観ながら、平日に、   ダラダラと呑むことが多くなった。  5.食事 
  テレビを観ながら、ダラダラと、   飲食をすることが多くなった。 その他、生活のリズムは、一定とは言えないことが多々ある。
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
と言うことで!
主治医からは、
「ダメだよぉ!
 それじゃぁ!
 鼻血の原因も、それ(検査結果の数値が悪いこと)に  あるんじゃないの?」 と、こっ酷く、言われてしまいました。
 
結局のところ、仕事であったり、趣味であったり、また、ボランティア等々、何か、目標があって、それに向かって行くために、生活習慣を整えると言うのは、当たり前のことなのですが、それが、気が緩んでしまうと、どうにもならないことになってしまう。
主治医からは、
「ボーイスカウトには、戻れないの?
 また、隊長をやったら?」
と、言われたのですが、諸事情を話しましたら、逆に、
「そりゃぁ、精神的に良く無いは!
 綺麗さっぱり、辞めた方が良いかもね。」
と、アドバイスを受けてしまいました。
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そして! 
「元の(ボーイスカウト活動を主軸とした)生活には、  戻れないだろうけどさぁ。
 趣味として(スカウトスキルを)できないの?
 バーベキューとかさ。
 野山に、出掛けるとか。」  
と、お話を頂きました。
主治医の先生からは、
・土日に、何か、身体を動かすことをする。
・外出をし、家に閉じこもらない。
・人と会って、話しをして、笑う。
・そのために、平日の、生活習慣を見直し、改める。
などの、具体的なアドバイスを頂きました。
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つまり!
週末に行っていた、ボーイスカウト活動が、健康に、途轍もなく役立っていた。
だから、その頃の生活習慣に戻すことができれば、ある程度の健康は戻せる。
しかしながら、元の鞘には収まらないので、別の方法で、似た様なことを考える。
そして、とにかく、
・食事の方法
 (長時間掛けて、食事をしていると食べ過ぎる)
・飲酒
 (特に必要としない飲酒、意味の無い飲酒)
を、改善する。
それから、
・運動の再開
が、絶対的に、必要とのことでした。
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とにかく!
やっちまいました!
ボーイ隊長をクビになり、ベンチャー隊長をクビになり、かなり、不貞腐れていたのは事実です。
ですが、『きゃさりん副長。』は、きちんと、しっかりと「茶道」に励んでいます。
それに比べて、私はぁ、ダメ過ぎです。
日々、何もしていません!
ボーイスカウトに代わるもの。
私には、一体、何があるのだろう?
3年?
いや、体力を遣う、ボーイスカウト活動から離れて、4年も経とうとしているのに、何も見付かっていない!
かなり、ヤバ過ぎです!
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月26日 (月)

『厄を受け取ったぁ?』(^^;



おはようございます!(^o^)/

 

 

【厄を受け取ったぁ?】(^^;

 

 

昨日(25日(日))、三嶋大社に、行って参りました。

 

と言うのも、まずは、鼻血ブーにならない様に、私の厄除け!

 

そして、母親の、無病息災。

 

それから、腰痛に苦しめられている、『きゃさりん副長。』の、健康祈願。

 

また、スカウト活動の、安全祈願を、ご祈祷して頂きました。

 

 

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ところで、三嶋大社は、桜の名所でもありまして、この時期になると、大混雑状態で、揉みくちゃにされてしまいます。

 

桜の開花の状態は、2~3分咲きと言うことでしたので、来週になったら、満開となり、それこそ、早朝から、道路は大渋滞!

 

歩道は、人で溢れ、身動きが取れない様な状態になってしまうので、

 

「来週では、とてもじゃないけど、三嶋大社まで、辿り着けないだろう。」

 

と言うことで、急遽でしたが、

 

「とにかく、行って来よう!」

 

と、言うことになり、ご祈祷に言って参りました。

 

そして、ほんの少しでも良いから、花見気分を、味わえれば良いかなとも思っていました。(^^;

 

 

Img_6313

 

 

さて、三嶋大社の桜は、その木々の種類にもよりますが、やはり、2~3分咲きと言ったところで、それでも、駐車場は、大型バスも十数台入り、超~満杯!

 

道路は、駐車場の空きを待つ車の列が原因で、三島広小路まで、1km以上の渋滞。

 

歩道は、人で溢れ、『きゃさりん副長。』が、私の車椅子を押しながら、

 

「すみませぇ~ん!

 通してくださぁ~い!」

 

と、汗を掻きながら、叫んでおりました。

 

また、いつも利用させて頂いているタクシー会社さんは、

 

「とてもじゃないけど、(渋滞で)迎えに行けない。

 (裏道を使うので)三島市役所の駐車場まで出て、そこで待っていて欲しい。」

 

とのことでした。

 

境内は、然程、混んではいませんでしたが、軒を並べた、多くの露店から漂って来る良い匂いが、腹の虫を鳴かせ、私も『きゃさりん副長。』も、とっても堪りませんでした。(^^;

 

 

Img_6290

 

 

さてさて、私と『きゃさりん副長。』ですが、いつもの様に、デジカメで、写真を撮り捲くっていました。

 

そこで突然、『きゃさりん副長。』が、

 

「ねぇねぇ!

 この写真、ボケてない?」

 

と、言い出しました。

 

老眼が進んでいる私は、生憎、老眼鏡を持ち合わせておらず、画像が、良く観得ませんでした。

 

また、近眼がきつい『きゃさりん副長。』も、画像を、よく確認することができませんでした。

 

「まぁ、家に帰ってから、確認すればいいさ。」

 

と、二人とも、いつもの、お気楽状態でいたのですが。

 

やはり!

 

デジカメは、オートフォーカス機能が、故障してしまった様でして、写真は、ボケ捲くっていました。(^^;

 

 

Img_6300

 

 

私の自宅に戻って来てから、『きゃさりん副長。』が、

 

「(デジカメを)もう何年、使っていると思ってるの?

 (私が)倒れた頃からでしょ!

 もう、12年近く経っているから、寿命よ!

 寿命!

 あ゛っ!

 きっと、貴方の『厄』を、受け取ってくれたのよ!

 『厄』を受け取って、『役目』を終えたのよ!」

 

と、言っていましたが、私は、

 

(うひゃぁ~!

驚き!

随分と、巧いこと、言うよなぁ。)

 

と、感心してしまいましたが

 

(きっと、そうかもなぁ。)

 

とも、納得してしまいました。

 

そこへ、母親が、自分の『御札』を眺めながら、

 

「なに?

 (私の頭が)ボケちゃったぁ?

 それじゃぁ、ダメじゃん。

 ご祈祷に行った意味が無いじゃん。」

 

と、本気で、話しを突っ込んで来ました。

 

それに対して、『きゃさりん副長。』が、

 

「いや、人の(私の)話じゃないです。

 (デジタル)カメラの話です。」

 

と、応えてくれていました。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

とまぁ、色々とありましたが、『平和な一日』でもありました。

 

やはり、『平穏無事』と言うのが、一番の幸せなのかも知れませんね。(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月17日 (土)

『耳鼻科と眼科の妙!』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【耳鼻科と眼科の妙!】(^^;

 

 

昨日(16日(金))、クリニックに行って参りました。

 

先生から、

 

「(鼻に)浮腫みがあるけど、大丈夫だろう。」

 

と、話しを貰いました。

 

それで、向こう、一週間程度、様子を観て、何も無ければ、「それで良し」、だそうです。

 

ほっと一安心です。(^-^)/

 

ですが、排便の際の、「息み」は禁物で、ダイエットのロングブレスとは異なりますが、とにかく、息を長く吐く。

 

そして、息を止めない。

 

それを、心掛ける様にとのことでした。

 

何せ、鼻血を出し始めてしまったのは、全て、トイレの中でしたから。(^^;

 

 

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さてさて、昨日も、耳鼻科の問診カウンターの脇の椅子に腰掛け、待合室の中を観ていました。

 

すると!

 

何となくなのですが、耳鼻科の受診者と、眼科の受診者が、見分けられる様に思いました。

 

待合室には、真ん中に、楕円形の、低くて大きな机があります。

 

その周りには、低い、小さめの椅子が置かれています。

 

そこに、ちびっ子達が群がり、机の下に置かれている絵本を取り出し、ページをめくり捲くっていました。

 

(あぁ、確かにこの方が、安全だよな。

 待合室を、走り回ることもないし、外に飛び出して行く心配もない。

 お父さんや、お母さんは、子供達を、周りで観ていれば良いんだもの。)

 

と、私は、微笑ましく観ていました。

 

 

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さて、大人達は、と言うと、楕円形の机から、少し離れた所にある長椅子に座っています。

 

ただ、その長椅子ですが、楕円形の大きな机の方を向いているものと、受付と会計の方を向いているもの。

 

そして、耳鼻科と眼科の、各々の、診察室入口の方を向いているものと、かなり、バラバラに置かれています。

 

要は、待合室は、耳鼻科と眼科とは、はっきりとは分かれておらず、大きな楕円形の机を中心として、待合室にいる受診患者さん達は、耳鼻科と眼科の受診患者さんが、混在していると言った感じなのです。

 

そして、受診の順番が近付くと、耳鼻科と眼科の、各々の問診カウンターに呼ばれ、そこで初めて、診察室の前で待つと言う形になっています。

 

ですが、私は、その待合室からの移動が大変と言うことで、図々しくも、最初から、診察室の前で待っているのですが。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さてさて、ちびっ子達は、これはもう、耳鼻科も眼科も、流石に、見分けがつきません。(^^;

 

風邪をひいているとか、インフルエンザだとか、その様な症状ではないので、とっても元気です。

 

ですので、一見すると、

 

(一体、どこを患っているのかにゃぁ?)

 

と、不思議に思ってしまいます。

 

そして!

 

とにかく、

 

「これ読んで!」

 

と言う言葉が、やたらと耳に入ってきます。

 

すると、お父さんや、お母さんの膝の上に乗ったり、脇に、ちょこんと座ったりして、読み聞かせの言葉を、とっても静かに聴いています。

 

これまた、とっても微笑ましく、その様子を観ていますと、自然と、私まで、笑みを浮かべる様になってしまいます。

 

(ん゛~!

 ボーイスカウトでも、「森のなかま」以外に、絵本を作れないものだろうか。

 ビーバー入隊対象者、そして、カブ入隊対象者向けに、ボーイスカウトに興味を持ち、解り易くなっていて、やってみたい、と言う気持ちにさせる絵本があればなぁ。)

 

と、思ったのですが、それ以上に、

 

(なんともまぁ!

 絵本の影響力って、こんなにも凄いのか!

 絵本の読み聞かせは、侮れない!)

 

と、久々に、超~強力に、認識させられた次第でした。(^^;

 

 

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それで、大人達はと言うと、眼を閉じて、じっとしている人。

 

新聞を、広げて読んでいる人。

 

クリニックに置かれている雑誌を、手に取って読んでいる人。

 

など、ここまでは、私が、今まで、多く観て来た光景です。

 

ですが!

 

(あちゃ~!

 スマホって、携帯電話でもあるじゃん。

 クリニック内に、

 「携帯電話使用禁止!」

 って、張り紙が、そこここに、貼ってあるじゃん。

 通話しなければ、使っても良いのかなぁ?)

 

と、とにかく、半数以上でしょうか。

 

ちびっ子達は、ともかくとして、老若男女、問わず、スマホと、睨めっこをしていました。

 

流石に、通話の際には、待合室から、屋外に出て行かれますが、

 

(スマホって、こんなにも普及しているんだ。

 それにしても、みんな、背中を丸めて、うつむいちゃってさ。

 あんな姿勢で、よく疲れないよなぁ。)

 

と、スマホを使用していない私には、とっても、不思議な光景に観え、次から次へと、疑問が湧き出すばかりでした。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて、眼科に、診察に向かわれる方ですが、殆どの方が、待合室では、眼を閉じてじっとしている方や、うつむくことなく背を伸ばし、リラックスしようとしている姿などが、多く観られた様に思います。

 

耳鼻科はと言うと、新聞、雑誌、そして、スマホと言った、何かしらのものを、皆さんが、観ています。

 

全くの、当たり前の話なのですが、眼科受診で、スマホを観ている人は、まず、いなかったと思いました。

 

そして、耳鼻科では、半数以上の人が、スマホと、睨めっこをしている。

 

決して、

 

「それがいけない!」

 

と言う訳ではないのですが、

 

(これからは、増々、スマホや、パッドや、それらの時代に突入して行くんだろうなぁ。

 ボーイスカウトの指導者として、その波には、乗っておくべきなんだろうなぁ。

 そして、スマホを使うのが当たり前の時代なんだから、無闇に、スマホ禁止だとか、スマホを取り上げるとか、スマホをちょっと見ただけで、カラオケのリモコンで、頭を殴るとか、そう言うことは、決して、してはいけないんだろうなぁ。)

 

と、思ったのでした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

あちゃぁ~!

 

話しが、支離滅裂になってしまいましたが、とにかく、あと、一週間。

 

おとなしく、していようと思います。

 

そして、鼻血が出ない様に、生活のリズムを整えたいと思います。(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月16日 (金)

『年賀はがきの妙!(その3:終)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その3:終)】(^^;

 

 

12年前の、4月6日。

 

私は、自宅の2階で、脳出血を発症しました。

 

前日まで、ペリカン便の仕事で、日本大学の三島キャンパスにおいて、入学を迎える学生達の、冷蔵庫やら、洗濯機やら、テレビやら、パソコンやら、なんやらの、電化製品を、各々の下宿先まで配送し捲っていました。

 

下宿先は、エレベーターが無い、5階の部屋など、それもう、配達には、厳しい場所ばかりでした。

 

大学の入学式は、私が倒れた、4月6日。

 

(何で、こんなにギリギリになって、引っ越しをするんだよぉ!)

 

と、思っていましたが、惨酷にも、私の配送の師匠が、

 

「あぁ、補欠だよ。

 補欠合格!

 飛び込みだから、良い下宿先は、埋まっちゃってる。

 毎年、大騒ぎさ。」

 

と、言っていました。

 

師匠は、

 

「お疲れさん。

 これで、暫くは静かになるから、2~3日、休んで良いよ。」

 

と、言われたので、1日だけ、休みを貰うことにしました。

 

 

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私の家は、大工の棟梁が設計したそうで、そのためかどうかは判りませんが、家の歪みが、とっても酷いのです。

 

建付けが悪く、サッシは、開かない、閉まらないは、当たり前。

 

隙間風は、ガンガン入って来て、酷い時には、雨も入ってきます。

 

私は、配送の仕事柄、いつも天気を気にしていて、そんな、建付けが悪い窓の状態でも、毎朝、西側の窓を、無理矢理、開け、天気の様子を観るために、西の空を眺めていました。

 

その様な、毎朝のルーティーンと言うか、身に付いた生活習慣は、本当に恐ろしいものです。

 

4月6日の朝も、休みなのに、西側の窓を、無理矢理、開けようと、ぐっと、力を入れたその瞬間、左足に力が入らなくなり、左肩から倒れ墜ちました。

 

私は、一瞬、何が起こったのか判りませんでしたが、とにかく、その場に留まってはいけないと思い、右腕と右足だけの、第2匍匐状態で、2階の自室にある、電話のところまで、何とか、這いずって行ったのですが、口が開き、よだれが垂れだして、

 

(これは話せない!)

 

と、思い、119番は諦めて、1階の母親に、電話をしたのでした。

 

全く何も、話すことはできなかったのですが、それでも、母親は察知して、母親からの119番で、救急搬送され、今に至っています。

 

 

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ところで!

 

話しは変わりまして、手持ちの切手を、ざっと見てみたのですが、お年玉付き年賀はがきの切手シートは、どさぁっと、あったのですが、第11回日本ジャンボリーの記念切手が出て来まして、それで、ボーイスカウトの記念切手の方が気になってしまい、ついつい、そちらの方を探してしまいました。(^^;

 

とは言っても、探しものは、お年玉付き年賀はがきの切手シートですから、直ぐに、気持ちを切り替えて、切手シートの年の確認をしてみました。

 

すると!

 

平成6年まで、遡ることができたのですが、その年は、正しく、第11回日本ジャンボリーの開催年でありました。

 

(おんやぁ?

 平成6年より前のもの(切手シート)が無い!

 あんれぇ?

 どこかに、しまっちゃったのかなぁ。)

 

と、思ったのですが、どうやら、湿気を避けるために、棚の上に上げてしまった様です。

 

今の、この身体(左半身片麻痺)では、棚の上には、全く手が届かず、なす術もありません。

 

と言うことで、過去にしがみ付くのは止め、平成6年からの、切手シートを確認してみました。

 

 

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その結果!

 

やはり、記憶は間違っていませんでした。

 

その年、その年にもよりますが、確か、平成に入ってからは、毎年、切手シートが当たっていたと思いました。

 

たったと言っては、大変失礼なのですが、当たった切手シートが、1枚の年もありました。

 

とにかく、毎年、当たっていたと思いました。

 

ですが、やはり、「平成18年」だけ、切手シートが無い。

 

今から12年前。

 

その年だけ、切手シートが、1枚も当たらなかったのでした。

 

 

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『きゃさりん副長。』に言わせると、

 

「だからかぁ。

 切手シートに当たらず、脳の血管の方が、当たっちゃったんだね。

 当たりは当たりでも、厄介な方に当たっちゃったよね。」

 

だそうです。(^^;

 

切手シートが当たらないと、何か別のものに当たってしまう。

 

そんなことが、果たして、あるのでしょうか。

 

その様な、ジンクスがあるのでしょうか。

 

また、母親が言うには、

 

「あんた、今年は、厄年(前厄)だよ。

 お正月から、鼻血を出して、縁起が悪い。

 もう、厄が始まってるかもね。

 早いとこ、厄払いに行って来な。」

 

とのことです。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

脳出血発症から、満12年になろうとしています。

 

その上、厄年(前厄)です。

 

『きゃさりん副長。』の、

 

「2.5ペアじゃん!

 ラッキー!

 今年は、何か良いこと、ありそう~!」

 

と言う言葉は、とっても有難いのですが、ここは、自分への戒めとして受けたいと思います。

 

と言うことで、近日中に、ご祈祷に、行って来たいと思います。

 

切手シートの当たり葉書を、贈ってくださった皆様には、私への警告として、有難く受け止め、感謝したいと思います。

 

浮かれて過ごしていると、本当に、とんでもない罰が当たる!

 

今現在の、自分の生活を、しっかりと見詰め直さなければいけないのでしょうね。

 

 

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『初心忘るべからず!』

 

脳出血発症後、リハビリに、励んでいた日々。

 

また、リハビリを愉しんでいた日々。

 

何も辛くはありませんでした。

 

今年は、しっかりとしたリハビリを、再開すべき年なのかも知れません。

 

 

(おしまい!)(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月15日 (木)

『年賀はがきの妙!(その2)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その2)】(^^;

 

 

今年と言うか、昨年になりますが、年賀状は、350枚、買い求めました。

 

そして、出した年賀状は、約320通。

 

印刷を、ミスしたものもありますが、30枚ほど、余ったと言うことになります。

 

と言うのも、頂いた喪中の葉書は、二十通近くを数えていました。

 

喪中の葉書が、そんなにも届いたのは、今回が、初めてじゃないのかと、ただただ、驚いているばかりでした。

 

時の流れは、誰にも止めることはできず、また、突然の、思わぬ事故や、傷病等、悲しいお知らせも届きました。

 

心が痛みます。

 

改めまして、謹んでご冥福をお祈りしたいと存じます。m(_ _)m

 

 

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さて、私が、お年玉付き年賀はがきの初当選を得たのは、小学校5年生の時だったと思います。

 

その頃は、何等まで、当選番号があったかは覚えていませんが、とにかく、切手シートが1枚、当たりました。

 

それはもう、大喜びで、宝物の様に、机の引き出しの中にしまっておいたのですが、保管状態が悪かったのか、入れてあった袋と、切手シートがくっついてしまい、とっても落胆していました。

 

そこへ、母親が、切手シートを差し出し、

 

「これは、叔父さん(母の弟)からだよ。」

 

と、言ってくれたのを覚えています。

 

当時、叔父は、郵便局員で、私の話しを聞き、わざわざ、切手シートを贈ってくれたそうです。

 

また、切手の、取り扱いや、保管方法も教えてくれて、そのお陰で、私は、いきなり、俄か切手収集家になってしまったのでした。

 

その頃は、ちょっとした切手ブームでもありまして、私が通っていた小学校でも、ちびっ子収集家が溢れ、「見返り美人」や「月に雁」と言った、超高額の切手を、わざわざ見せびらかせに、学校に持って来ていた児童もいました。

 

そのため、小学校では、切手の持込が禁止されたのですが、それでも、裏取引?をしている児童達が、絶えることはありませんでした。(^^;

 

私は、叔父から、

 

「切手収集は、お金が掛かる。

自分の小遣いで賄えなければ、止めなさい。

身の程を知るんだよ!」

 

と、釘を刺され、私の切手は、母親の監視下のもとに、置かれることになってしまったのでした。(^^;

 

 

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さてさて、またまた、前置きが長くなってしまいました。(^^;

 

小学校5年生で、初切手シートを、ゲットしてから、私は、お年玉付き年賀はがきを受け取るのが、本当に楽しみになってしまいました。

 

ん゛っ?

 

と言うことはぁ、切手シートが欲しいから、年賀状を、書き捲り、出し捲ったってことぉ?

 

ん゛~、確かに、その様な卑しい心が、少なからず、あったかも知れません。(^^;

 

とは言っても、お年玉付き年賀はがきが、毎年毎年、当たる訳がありません。

 

当然、当たらなかった年もある訳でして、ちょっと調べてみないと判りませんが、いつ頃から、毎年、何枚か、切手シートが当たる様になりました。

 

それは、やはり、年賀状の交歓枚数が、300通程度を、超えた辺りからの様に思います。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて!

 

やっと、本題です。(^^;

 

今年の、年賀状。

 

差し出して頂いた皆様が、ほぼ、お年玉付き年賀はがきで、年賀状を贈ってくださいました。

 

その他の、オリジナルの年賀状では、和紙に、挿絵を描いて頂いたものや、書を一筆、認めて頂いたものや、私の好きな、航空機の写真を贈ってくださったものなど、それぞれに、特徴や特色があり、とっても、愉しませて頂きました。

 

それで、以下の話ですが、鼻血ブーの後ですから、先週の日曜日のことです。

 

私は、再びの鼻血ブーで、気持ちが、超~凹んでしまい、食欲が全く湧かず、毎日、うだうだしていたのですが、それを、母親から聞いた『きゃさりん副長。』が、私の好物の、ミニうな重を買って来てくれました。

 

ですがまぁ、実際は、年次総会資料の確認もあったのですが。(^^;

 

そこで、総会資料の確認は、早々に済ませ、1月中旬から気になっていた、お年玉付き年賀はがきの、当選確認を手伝って貰うことにしました。

 

すると!

 

なんともまぁ、驚きの結果となったのです。

 

 

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一応、切手シートの当選葉書は、7枚ありました。

 

その内の1枚は、私の手持ちの、余った葉書でした。

 

残りの6枚については、いきなり、『きゃさりん副長。』が、

 

「きゃぁ~!

 ツーペアじゃん!

 あとは、出雲大社の、ご縁のお陰?

 それに、12年前のご縁?」

 

と、騒ぎ出してしまいました。

 

と言うのも、当選した年賀はがきは、

 

1.出雲・米子訪問でお世話になった同期生の、「E藤」氏から

 

2.草野球チーム監督の、「E藤」さんから

 

3.30数年前、「自衛隊 中央病院」で、陸曹航空操縦学生の身体検査を受けた時に、不整脈があると判り、そのままだと、不合格になってしまうので、何回も、測定し直してくれて、結局、不合格だったのですが、その時、彼女は、看護学生で、その後、野球で肩を壊し、中央病院に通院した時に再会し、その時は、既に看護師となっていて、なおかつ、階級が、2等陸曹になっていて、とっても驚いて、そのまたその後、防衛庁の陸自の野球部に所属し、三宿まで、試合に出向いた時に、またまた再会し、「私の旦那さん。」と紹介され、とんでもなく驚いてしまった、「S井」さんから

 

4.ボーイスカウトで、任期は少しずれたのですが、地区コミッショナー研究集会や、トレーニングチームのお仲間として、ご一緒させて頂いている、「S井」さんから

 

5.約12年前、実修所奉仕予定だった時に、脳出血を発症し、奉仕できなかった時の所長の、「M田」さんから

 

6.出雲大社で、まさか、大先輩の、航空自衛隊生徒第5期生だとは判らずに、車椅子を押し続けて頂いてしまった、「出雲かたりべ」ボランティアガイドの、「W田」さんから

 

だったのです!(^o^)/

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『きゃさりん副長。』の、大騒ぎは、なかなか収まらず、

 

「でもさ。

 『田』の人も、二人いるから、3ペアじゃないの。

 あ゛っ、ポーカーは、5枚だから、2.5ペアか。

 凄っいじゃん!

 面白いなぁ。

 今年は、何か良いことある?

 きっと、出雲大社の、ご縁のお陰だよ。

 だって、みんな、よく知っている人ばっかりなんでしょ。

 電話してみたら?

 きっと、何かのお告げなのよ!」

 

と、騒ぎ捲っておりました。(^^;

 

ですが、この事実には、私は何も応えることができず、

 

(こんな、不思議なことも起こるんだなぁ。)

 

と、ただただ、頂いた葉書を見つめ直すばかりでありました。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

とは言っても、今年は、年始からの、鼻血ブーから始まり、また、夜間救急で、MRI検査を受けたり、先々週からの、再度の鼻血ブーで、

 

(果たして、良い年になるのかなぁ。)

 

と、心配の種は尽きません。

 

それに、もう一つ!

 

12年前のことが、とても気になります。

 

やはり、お年玉付き年賀はがきが、関わっていたのを、思い出してしまいました。

 

その件につきましては、また、次回と言うことで。(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

 

 

(つづく・・・。)

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2018年3月14日 (水)

『年賀はがきの妙!(その1)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その1)】(^^;

 

 

本年も、あっと言う間に、約2か月半、経ってしまいました。

 

この時期になると、ボーイスカウトの、年次総会資料作成や、新年度の準備やら、何やらで、何となく、心が慌ただしくなってしまいます。

 

ただ、例年ですと、1月、2月は、そんなには、慌ただしくなく、お屠蘇気分も残って、ずるずると、ダラダラと過ごしてしまうのですが、今年は、年末年始の鼻血ブーや、突然の頭痛と左半身の痙攣で、急遽、夜間診察に行って、MRI検査を受けたり、先週からの、再びの鼻血ブーで、ずぅ~っと、心が落ち着かず、やや緊張感を持ちながら、過ごしています。

 

と言いつつ、何となく、なんだかなぁ、の日々にもなってしまっています。(^^;

 

それから、例年は、1月中旬から、下旬に掛けて、お年玉付き年賀はがきの当選番号を確認して、

 

「お゛っ!  今年も当たった!」

 

(※:切手シートしか、当たったことがありませんが。)(^^;

 

と、呑気に、悦んでいるのですが、今年は、今頃になって、お年玉付き年賀はがきの当選番号を、確認することとなりました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

話は変わって、私が、年賀状を出す様になったのは、確か、小学校3年生の時だったと思います。

 

その頃は、超~虚弱児で、病気ばかりしていて、ろくに、学校には、通っていませんでした。

 

そのため、クラスには、なかなか馴染めなかったと記憶していますが、それでも、幾つかの、忘れ難い想い出があります。

 

その中で、担任の女性の先生が、とても優しくしてくださって、このことは、後で判ることなのですが、病弱の私に対して、クラスの仲間の何名かに、私に、年賀状を送って欲しいと、年賀はがきを手渡して、お願いをしたのだそうです。

 

初めて、年賀状を受け取った私は、先生の気遣いも知らずに、有頂天となり、悦び捲っていました。

 

祖父に、年賀状の余りを貰い、年賀状の書き方を教わり、返信を書き上げ、ドキドキしながら、ポストに投函したことを覚えています。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

小学校4年生になっても、病弱だった私は、やはり、クラスの仲間とは、あまり馴染めませんでした。

 

そんな時に、祖父が、

 

「今年は、何枚、必要なんだ?」

 

と、聞いてきてくれました。

 

私は、祖父から、お年玉付き年賀はがきを、何枚か貰い、ドキドキ・ワクワクしながら、年賀状を認めました。

 

ところが!

 

返って来た年賀状は、ほんの数通。

 

この時、初めて、小学校3年生の時の先生の、気遣いと、思い遣りであったことを、知ることになったのでした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

それでも、性分と言いましょうか、とってもしつこく、一度始めたら、なかなか止めないと言う性質が、(あまり、好まれず、受け入れて貰えませんが。)あったのだと思います。

 

無論、喪中の年もありましたが、結局のところ、年賀状は、小学校3年生から、今まで、49年間、出し続けています。(^^;

 

その間、小学校・中学校の先生と同級生、ボーイスカウトの仲間、特に、ジャンボリーなどで知り合った仲間などに出し続け、年賀状の枚数は、膨れ上がって行きました。

 

そして、少年工科学校の、同期生、区隊長、助教、教官、などと繋がって行きます。

 

気が付けば、年賀状の枚数は、三桁に突入していました。

 

ですが、そんなことはお構いなしで、逆に、枚数が増えることに、快感を覚えてしまっていたのかも知れません。

 

少年工科学校、そして、航空学校を卒業し、部隊配置となり、また、東京理科大学に入学し、年賀状の枚数は、どんどんと、増えて行きました。

 

そして、自衛官退官後は、就職先の会社の、上司・同僚、取引先の皆様。

 

また、ボーイスカウトで、お知り合いになった皆様。

 

特に、研修所(7コース)・実修所(3コース)・ALTC・その他セミナーなどで、ご一緒させて頂いた皆様には、必ずと言って、年賀状を送り付けてしまっていたと思います。

 

それに加えて、奉仕させて頂いた、各コースの所長・所員の皆様も、同様だったと思います。

 

それから、草野球チームの仲間、静岡県東部の野球審判部の皆様、御殿場市の銃剣道連盟の皆様、などなど、とにかく、年賀状を、出し捲っていた様に思います。

 

まぁ、当時は、インターネットや、電子メールは、一般家庭には、あまり普及しておらず、

 

「あけおめ! ことよろ!」

 

などと言う言葉は、勿論、無く、年賀はがきが、確実に、頼れる手段だったと思いました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

結局のところ、バブルではありませんが、私から出す年賀状は、500枚近くまで数え、自分自身、

 

(本当に、これで良いのだろうか?

 心は、こもっているのか?

 相手に、迷惑になっていないだろうか?)

 

などと、思う様になってしまいました。

 

それからは、返信が無い方や、また、住所を記載されていない方など、吟味しながら、年賀状を出すのを控える様にしました。

 

それと、命は、永遠ではありません。

 

至極当然、鬼籍に入られる方もいらっしゃいます。

 

それは、自分自身が、歳を重ねると共に、増えて行ったことは、言うまでもありません。

 

従って、年賀状の枚数は、今は、年々、減少しています。

 

それは、極、自然で、当たり前のことですので、その流れに、任せたいと思います。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

おっと、やばい!

 

余計なことを、書き過ぎました!

 

とっても、中途半端ですが、この続きは、次回と言うことで。(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

 

 

(つづく・・・。)

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2018年3月12日 (月)

『馬糞症?』(^^;

おはようございます!(^o^)/

 

 

【馬糞症?】(^^;

 

 

彼此、30年以上前になりますが、実家の都合で、自衛官を退官し、大学の指導教授に勧められ、富士山麓にある、とある企業に就職した時の話です。

 

当初は、製造部のオペレーターとして、勤務する予定でしたが、新たなプロジェクトに、人員が必要とのことで、研究開発部研究開発課(以下:開発課)に配属されてしまいました。

 

私は、

 

(研究開発なんて、無理だよぉ~!)

 

と、かなりビクついてしまい、猫を被り捲くっていました。

 

開発課の、毎朝のミーティングでは、光学の専門用語が飛び交い、私は、

 

(全然、意味が、解かんないじゃん!

 理解できないよぉ~!

 とてもじゃないけど、みんなに付いて行けないよぉ!)

 

と、何も言葉を発することができずにいました。

 

そんな状態の時の話です。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ある日、課長が、何も言葉を発しない私を、気遣ってくれたのか、話し掛けて来てくれました。

 

「ぢらいでぐんば、ばふんじょうは、だいじょうぶだの?」

 

私は、

 

(え゛え゛~?  馬糞症?)

 

と、一瞬、驚いてしまいましたが、

 

(そう言えば!

 会社の周りには、乗馬クラブが、幾つか、あったよな。

 会社の前の道路には、結構、馬糞が落ちているし、かなりの頻度で、馬も往来している。

 そうか!

 その馬糞が、乾燥して飛散して、何か悪さをしているんだろう。)

 

と、勝手に思い込み、

 

「大丈夫です!」

 

と、答えていました。

 

課長は、

 

「ぞうなど。

 ぞれば、よがっだ。

 うぢのがは、ごのぎぜつば、びんば、ばふんじょうで、ぐるぢんでんだお。」

 

と、話されていました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

上記の課長の言葉は、あくまでも、私が、その当時、聞き取ったものとして頂きたいと思います。

 

決して、オーバーに、書いている訳ではありません。

 

本当に、その様にしか、聞き取れなかったのです。

 

それで、開発課の部屋には、研究開発部長が、パーティションを挟んでいらっしゃったのですが、部長は、超お元気で、「馬糞症(花粉症)」には、全くご無縁の様でした。

 

課長の次に酷かったのが、大学の先輩で、主任を務められていた方なのですが、手提げの紙袋に、ティッシュペーパーと、ゴミ袋を入れて、いつも持ち歩いていました。

 

やはり、私のことを、

 

「ぢらいでぐん!」

 

と、呼んでいました。

 

その次が、係長で、眼と鼻は、いつも真っ赤っかで、酔っ払いじゃないのかって、思ってしまう程でした。

 

私を、指導してくださった主査の方は、然程、酷くはなく、それでも、頻繁に、目薬を点し、眼鏡を洗われていました。

 

それらの状況を観て、私は、

 

(馬糞症って、何て酷いんだろ。

 そう言えば、開発課の部屋だけ、道路側に窓がある。

 隣の総務課や、検査課には、道路側には壁で、窓になっていない。

 だからかぁ。)

と、勝手に納得していました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

それで、とある日、思い切って、総務課の、「J子」さんに聞いてみましたら、

 

「バカね、あんた!

 そんな(馬糞症)こと、ある訳無いでしょ!

 花粉症よ!

 知らないのぉ?」

 

と、一喝されてしまいました。

 

「J子」さんは、軽い花粉症とのことで、そんなには、辛くはないけれど、

 

「あんたのところの課長は、あれは、重症よ!

 だから、ちゃんと話せないし、話させちゃいけないの!

 会社の周りを、ちゃんと観たぁ?

 杉と、桧だらけよ。

 雪の様に、車の上に、(花粉が)積もっちゃうんだから!」

 

その話しを聞いて、昼休みに、社屋の外に出てみると!

 

若い社員を中心として、車の上の、山吹色の粉を、エアガンで、吹き飛ばし捲っていました。

 

私には、駐車場が、まるで、オレンジ色の霧に、包まれているかの様に観得てしまいました。

 

何でも、スギの花粉は、そのままにしておくと、車のボディに、ねっちゃりと、粘着してしまうとのことでした。

 

また、そのまま洗車してしまうと、ボディに傷が付いたり、フロントガラスなどは、油膜が張った様な状態になってしまい、夜間などは、対向車のライトが乱反射して、何も観得なくなってしまうとのことでした。

 

私は、車には、全くの無頓着でしたので、山吹色の粉は、あまり気にしていませんでしたが。(^^;

 

いずれにしても、「花粉症」と言う言葉と、スギ花粉の猛威を認識したのは、この時が、全くの、初めてだったのです。

 

と言うことで、花粉症の皆様には、何も知らずに、大変、申し訳なく思います。

 

また、「馬糞症」などと記述してしまい、心から、陳謝いたします。

 

m(_ _)m

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて、その、杉と桧に囲まれた会社ですが、研究開発部長と、私の様に、スギ花粉に、全く反応しなかった鈍感者?は、極々、一部の人間だけでした。

 

ですので、殆どの人達が、花粉に悩まされていると言った感じで、クリーンルームで仕事を行える、・検査(受入れ・出荷)・洗浄(手拭き・超音波洗浄)・測定・出荷梱包などの各課は、超~人気の職場となり、特に、女性陣の争いは、相当、熾烈なものだったと思いました。

 

私は、そんな会社の様子を観ていて、ふと想ったことがありました。

 

(杉と桧かぁ。

 そう言えば、その昔。

ボーイスカウトで使っていた、桃沢(愛鷹山の麓)のキャンプ場は、杉と桧の森の中にあったよなぁ。

 年に、何回もキャンプに行って、2月は、「B‐P祭(ボーイスカウトの創始者の生誕を祝う会)」で、3月には、「幹部訓練(班長・次長の訓練キャンプ)」も、行ってたよなぁ。

 薪は、全て、現地調達だったから、間伐対象の立木を、斧で切り倒し、それを、みんなで担いで来たリ、ずるずると引き摺って来たりしてさ。

 それを、次のキャンプのために、斧や手斧、鉈で、沢山の薪を作り置いたんだっけ。

 杉や桧は、面白い様に、綺麗に割れてくれるから、手に肉刺ができたって、みんなで、争って、割り捲ってたよな。

 それに、杉や、桧の葉は、緑(生木)でも、火が点いて、良い着火剤になったし。

 杉や桧は、俺達、ボーイスカウトの大好物だったよな。

 でもなぁ。

 誰も、花粉症になんて、ならなかったよなぁ。)

 

と言うことで、花粉症について、調べてみることになる訳ですが。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

研究開発課の、直ぐ隣には、会社の図書室がありました。

 

社員であれば、誰でも入ることはできたのですが、専門書の類や、ニュースレターなどは、別枠として置かれていましたので、その部分は、ほぼ、研究開発課占有の場所となっていました。

 

私は、花粉症について、何か、手掛かりが無いかと、探し捲っていたのですが、結局、何も見付けることがでずにいました。

 

と言うのも、当時は、ネット検索などと言うものはありませんでしたので、とにかく、書籍に頼るしかありませんでした。

 

そんなことを、何回か繰り返していましたら、ある時、研究開発部長と、鉢合わせになってしまいました。

 

「ほぉ~、調べもんか?」

 

「はい。」

 

「何を探しとんのや?」

 

「えっと、あの~、その~、・・・。」

 

「なんや!

 気象の本やないけ。

 プラズマイオンと、ちゃうやん。」

 

「えっ、はぃ。」

 

と言うことで、部長に、こっ酷く、怒られるかと思い、相当な覚悟をした訳なのですが。(^^;

 

(※関西弁が間違っていたらごめんなさい。)(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あんな(花粉症)もん、現代病や!

 わしらの頃には、そんなもん、無かったし、そんなやわじゃなかった。

 みんな、意気地がないねん。

 君は、どや?」

 

「ボーイスカウトとか、自衛隊で、森の中を走り回っていましたが、全く平気でした。」

 

「そやろ!

 みんな、軟弱なんよ。

 鍛え方が、足らんのよ。

 そのボーイスカウトとか、自衛隊とか、(花粉症の人は)おったん?」

 

「いいえ。

 見たことがありませんでした。」

 

「わしの記憶だと、1960年代に、少し話題になって、つい最近や。

 80年代に入ってから、騒がれ始めたんや。

 だから、10年も経っておらへん。」

 

その様に、部長は、述べられておりました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

研究開発部長は、太平洋戦争中に、東大工学部に在籍していたとのことでした。

 

その間、海軍の要請を受け、光学フィルターや、レーザー、プラズマ放電などの研究を進め、それらを基に、博士課程を修められたとのことでした。

 

著書も、何冊かあった様なのですが、

 

「廃版になってしもた。」

 

と、寂しそうに、おっしゃっていました。

 

ですが、流石は、東大工学部。

 

光学以外の知識が豊富なことは勿論、その人脈も、かなりのものでして、後々、地学好きの私のために、お知り合いから頂いたと思われる、気象や地形・地層、地形図関係、河川、登山、天文学の本などを、こっそりと、プレゼントしてくださいました。

 

だからと言う訳ではないのですが、部長が言われることは、鵜呑みで信じていました。

 

蛇足ですが、部長が、常務取締役に就かれ、その後、いよいよ、引退となったある日、わざわざ、私のところまで来てくださって、

 

「実は、わしの愚息達は、大学まで、ボーイスカウトにお世話になっとたんや。

 お陰で、挫けることもなく、無事に就職できたと思う。

 今は、ボーイスカウトに感謝しとる。

 休暇をよく取る、君には悪かったが、周りの手前、なかなか、言い出せんかった。

 (そのとを)話せて、胸のつかえが降りた。

 これからも、子供達のために、頑張ってくれよ。

 応援しとる。」

 

と、胸の内を、明かしてくださいました。

 

ちなみに、どちらがどちらかは判りませんが、東大と京大だそうです。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その部長の話しを聴いて、私は、

 

(なんともまぁ!

 そんな秘話がったのぉ?

 だけど、休暇を取り過ぎたもんな。(^^;

 流石に、言い出せないのも無理は無いや。

 それにしても、花粉症は、こりゃぁ、これからが大変だなぁ。

 ボーイスカウトで、キャンプをする時に、安易に、杉林に、入れなくなるかも知れないよなぁ。

 薪の調達はどうする?

 スカウト達は、花粉症で、耐えられなくなるかも知れない。

 花粉症への対応は、どうする?

 購入できる薬とかあるのか?

 薬があったとしても、投与して良いのか?

 保護者への説明はどうする?

 安全対策計画書に、書き込む必要はあるのか?

 それよりも、キャンプ場の確保ができるのか?

 新たなキャンプ場を、探さなければならないのか?)

 

などなど、随分と悩んだ記憶があります。

 

その後、その悩みは、的中することになり、スカウトは、キャンプに参加したいのだけれど、保護者から、「待った!」が掛かることが多くなってしまうのでした。

 

このことは、「野外を教場とする」私達には、かなりの痛手でした。

 

ですが、次第に、花粉症に対する手当や、その方法。

 

また、予防法。

 

そして、薬などが普及しだし、何とか、持ち応えたと言う感じでした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

30数年前、馬糞症、いやいや、花粉症です。(^^;

 

大きな勘違いと共に、花粉症と出会ってから、今に至っている訳ですが、これからも、多くの方々が、花粉症に付き合って行かなければならないと思うと、胸が痛みます。

 

また、少なからず、ボーイスカウトの活動に、影響を与え、制限を生んでいると言うことは、否めないと思います。

 

今現在、杉の改良が行われ、花粉が少ない杉が生み出されているようですが、「花粉が少なくなる」・「花粉が飛散しない」と言う状況になるのには、まだまだ、随分と先の話の様です。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

またまた、長文となってしまいましたが、花粉症の皆様には、心より、お見舞い申し上げます。

 

また、最後までお読みになって頂いた方には、誠にありがとうございました。m(_ _ )m

 

 

皆様、どうか、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月11日 (日)

『黙祷』


おはようございます

 

 

【黙祷】

 

 

大自然に生かされていることに感謝し、『今』を精一杯生きる

 

『黙祷』

 

皆様、どうか、今日も、好い一日になります様に!

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2018年3月 8日 (木)

『痛みは同じだけど。』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【痛みは同じだけど。】(^^;

 

 

私が、今、通っているクリニックには、耳鼻科の他に、眼科もあります。

 

この時期、そのクリニックを訪れる人は、殆どの人が、大きなマスクをしていまして、また、特殊な形状をした眼鏡を掛けた方などが、多く見られます。

 

そして、その皆さんの眼は、真っ赤になっていたり、涙を流していたり、また、鼻をかむ音が、止むことが無く、その鼻もまた、真っ赤になってしまっています。

 

そのためか、クリニックの待合室には、四方八方に、ティッシュペーパーが置かれ、蓋付きのゴミ箱と、その横には、洗浄用の、ポンプ式のアルコールが置かれています。

 

また、大型の空気清浄機も備えられ、それが、6機、24時間、フル稼働していると、表示されていました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

昨日、待合室で、その皆様の様子を観ていたのですが、あれよあれよと言う間に、待合室は、人で溢れ返ってしまい、大混雑状態となってしまいました。

 

立ったまま、雑誌を見ながら待っている方や、受付に、

 

「駐車場の、車の中で待っている。」

 

と言って、外に出て行かれる方もいました。

 

私は、耳鼻科の、問診テーブル前の座席に、身体を速く動かすことができないので、看護師さんに言われて、いつも、そこにいるのですが、その場所からは、クリニックの待合室全体を、よぉ~く、見渡すことができます。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

昨日は、出血が止まったこともあり、また、早目に処置ができたこともあり、そのため、心の余裕があったのか、待合室の様子を、じっくりと観ることができた様に思います。

 

すると!

 

老若男女、とにかく、年齢幅が限られて無く、男女の比率に、全く、差が感じられない。

 

保育園や幼稚園、入園前ぐらいの幼子から、杖を突いたり、車椅子に乗ったりしている、お爺さん、お婆さんまで、まるで、町内会のお祭りにでも来ている気分になってしまいました。

 

とっても、不謹慎なのですが。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

私は、耳鼻科ですので、眼科の方は、よく判らないのですが、耳鼻科の方は、とにかく、診察室に入った子供達の、泣き声や、嫌がる声や、泣き叫ぶ声などが物凄く、待合室でも、その声が、否応無しに聞こえてきます。

 

ですが、不思議なことに、診察室から出て来ると、子供達は、ケロッとした顔で、時には、ニコニコ顔の子供もいました。

 

ですが、涙は流したままと言う、とっても、不思議な光景なのですが。(^^;

 

さて、大人はと言うと!

 

流石に、泣き叫び、喚き捲ると言う訳には行きませんので、そこは、ぐっと、我慢のみです。

 

ただぁ!

 

診察室から出て来る皆さんは、一様に、涙を流し、どちらかの手には、看護師さんから渡された、ティッシュペーパーを持っています。

 

勿論、私も、全く同様で、涙まみれです。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

とにかく!

 

『鼻は痛過ぎ!』

 

です!

 

鼻の中に、何か挿入されると、激痛と共に、涙が止まらなくなります。

 

それを、私は、今、この歳になって体験しているのですが、幼い頃から、この痛みを、経験し続けている子供達は、一体、どの様な感じなのでしょう。

 

また、大人になっても、痛みを引き摺っている方々は、どの様な思いなのでしょうか。

 

確かに、患者の皆さんの様子を観ていますと、

 

「痛みは同じ!」

 

と言う様には観得ます。

 

だけれども、思いは、絶対的に異なると思います。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

花粉症かぁ。

 

私は、花粉症になったことがありません。

 

ですので、その苦しみを知りません。

 

ですが、今、『鼻の痛み!』を知りまして、花粉症の皆様に、大変失礼していたと、やっとですが、思う様になりました。

 

私の鼻血は、季節には、あまり関係が無いそうです。

 

と言うか、血圧が、大きく変動してしまう『温度差(気温差)』の影響が、かなり大きいそうですが。

 

だけれども、『その季節』が、必ず巡って来てしまう皆様には、本当に辛いと思います。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

人の、痛み、辛さ、苦しみなど、本当に理解ができるのか。

 

また、それらを抱える方々に、どこまで寄り添うことができるのか。

 

私には、まだまだ、多くの課題が残っていると、思った次第でありました。

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月 6日 (火)

『どぼじでぇ?』(>_<)!

おはようございます!(^o^)/
【どぼじでぇ?】(>_<)!
2月25日(日)。
確か、平昌オリンピックの、閉会式の中継後だと思いました。
ギリギリまで、トイレを我慢し、トイレに行ったところ、左鼻から、赤い液体が、ポタポタと!
「あちゃ~!
 やっちまったぁ!」
と、思いましたが、その時の鼻血は、大したことが無く、出血は、直ぐに止まりました。
また、出血部位も、キーゼルバッハ部位と、推測されましたので、大丈夫だと思い、そのままにしておきました。
ですが、流石に、気持ちは落ち着かず、毎日、冷や冷やしながら、生活しておりました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして!
3月4日(日)に、『きゃさりん副長。』と、来年度のプログラムの確認を行っていたところ、突然、左鼻から、たらぁ~っと、赤い液体が!
『きゃさりん副長。』が、驚き捲って、慌てて、手当てをしてくれましたが、その時も、出血は、直ぐに止まりました。
一応、通院も考えたのですが、『きゃさりん副長。』と、
「様子見!」
と言うことにしました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ところが!
昨日(5日(月))の朝、いきなり、ポタポタ、ポタポタ、と、連続して、多量に出血する様になり、ティッシュペーパーを、一箱、遣い切って、やっと、出血を止めました。
そのまま、病院へ行こうかと思ったのですが、母親では、私の身支度を整えることができず、また、ヘルパーさんも、急には、お願いできないので、夕刻に、『きゃさりん副長。』に来て貰うのを、待つことにしました。
私は、寝室で、横になっていたのですが、強風と、豪雨で、『きゃさりん副長。』は、とてもじゃないけど、来ることはできないだろうと思っていましたが、それでも、何とか、来てくれました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そうしましたら!
私が、身を起こすのと同時ぐらいに、ポタポタぁ~と、いきなり、鼻血が、多量に、流れ始めてしまいました。
『きゃさりん副長。』が、またまた驚き、直ぐに、手当てを始めてくれたのですが、
「年末年始の再来?」
と、二人とも、思ったのは言うまでもありません。
その後、トイレに行って、便は出なかったのですが、大きなおならをしたところ、またまた、鼻血が、流れ始めてしまいました。
結局、『きゃさりん副長。』に、通院準備をして貰い、私は、直ぐにでも出かけられる様に、着替えさせて貰い、朝を、待っています。
今は、出血は、止まっています。
ですが、いつどこで、鼻から血が出るのか、さっぱり見当が付きません。
鼻血って、本当に厄介です。
それに、とにかく、治療が、痛過ぎです!(>_<)!
さぁて、今回は、どうなることやら。(T_T;
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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