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2016年6月11日 (土)

『最後の砦も崩壊!』(>_<)!

(# 06)

おはようございます!(^o^)/

【最後の砦も崩壊!】(>_<)!

(注:写真は、平成28年2月13日(土)
            2月28日(日)のものです。)

当隊と言うか、私は、宗教章の取得に関しては、中学校卒業後、高校入学までの春休みの間に、取得することを奨励しています。
「その年代では、(理解が深まらず)まだ早い!」
と、言われる方も多数いらっしゃいますが、静岡県連盟では、浜松地区及び浜松東地区の皆様が、旧くから、『宗教章(佛教章)取得研修会』を開催してくださいまして、その開催時期が、丁度、春休み中でして、何かと都合が良いことから、その取得研修会に参加する様に勧めています。 P1100615 P1100619
それで、私は、今までに、シニアー富士6名と、ベンチャー富士7名と、直接の関わりを持って来ました。

シニアー富士達の場合は、高校2年生になって、11月頃から、富士章に挑戦を始めたものですから、全く持って、余裕がありませんでした。
そこへ、『宗教章』と言う難題も絡んできまして、一体全体、どうしたらよいものやらと、思案に明け暮れていたのですが、そこはもう、
『渡りに船!』に『地獄に仏!』
と言うことで、浜松の皆様に援けられたのでありました。


ただ、その時に、大問題が発生しまして、
①高校の先生と。
「春休み中は、受験勉強合宿を行う。
 そんなもん(ボーイスカウトのこと)やってられる訳が無いだろう!」
②部活の先生と。
「インターハイ(予選)は、(春休みから)もう始まっている。
 春休みは、新3年生と新2年生が、強力にチームワークを作り上げる時なのに、そんなもん(ボーイスカウト)なんて、やってられる訳が無いだろう!」
③学習塾の先生と。
「ウチは、(春休みに)特別講習を組んでいて、保護者の皆様から、既に、代金を頂いております。
 特別講習には出て頂きます。
 勿論、代金の返金はできません!」
④保護者の皆様と。
「(上記の様なことから)ウチは、(取得研修会に)参加させません!
 (ボーイスカウトは)辞めさせます!」
などなど。


この時は、本当に参ってしまいました!(>_<)!

私には、何も打つ手がない。
一体全体、どうしたら良いのだろうと、途方に暮れていたところ、当時の団委員長達(2個団のスカウトの面倒を看ていたので。)が、
「よっしゃ!
 おら(達)に任せろや!」
と言ってくださり、各方面との交渉に当たってくださったのでありました。(^-^)/

今想い出しても、昔の団委員長の皆様は、凄かった!
本当に頼りになりました。
また、当時の私共の地区では、富士スカウトは1名も誕生しておらず、
『富士スカウトを、一刻も早く誕生させる!』
と言う、団委員長の皆様の、競争心もあったかも知れません。
とは言え、そのお陰で、シニアー達は、無事に『宗教章(佛教章5名・神道章1名)を、手にすることができたのでありました。
そして、初の(シニアー)富士スカウト達が、一挙に7名も誕生したのでありました。 P1100625 P1100629 P1100631 P1100633
それから、これは、私事であり、余談なのですが、私は、『年長富士章』に挑戦したことがありました。
ただ、最後の最後に、県連盟で、立派な口髭を蓄えた方から、
「おい!
 宗教章はどうした?」
と言われ、それで、全てが終わりとなりました。(^^;

当時ですが、『年長隼章』は、この本文の最後に考査細目を記載しますが、それはもう、目茶苦茶な内容だったと思いました。
『菊章』は、少年隊の時に取得していましたので、そのまま、隼章に挑戦することが可能だったのですが、確か、1年半以上は、隼章挑戦に軽く費やしたと思いました。
ただ、その分、富士章の考査細目は軽く、その上、
『宗教章の取得』
は、考査細目には無かったのです!

つまり、『年長隼章』も『年長富士章』も、信仰や宗教に関する考査細目は無かったと言うことなのです。

では、立派な口髭の方から言われた、
『宗教章は?』
と言うことになるのですが、私の記憶が曖昧で、はっきりしたことは言えませんんが、年表を調べたところ、

『昭和51年(1976年)2月、全国会議でシニアー部門の進歩制度改正を承認』

と、あります。

その当時、私は、17才でありまして、『年長隼章』は取得していました。
その翌年に、富士章課題を提出した後、
「おい!
 宗教章はどうした?」
と、言われた訳なのですが、問題は、この時の、年長隊からシニアー隊への移行時期だと思うのですが、その頃には、
『移行期間』
なんてものは、無かったのでしょうかねぇ。
いきなりの移行だったのかなぁ。
記憶が曖昧です。(^^;

まぁ、とにかく、その時から、『宗教章』と『富士章』には、『恨み辛み?』がありまして、
(シニアー隊長になったら、スカウト達には、絶対に悔しい思いはさせんぞ!)
と、心に固く誓ったのでありました!(^-^)/ P1100634 P1100636 P1100642

さてさて、前置きが、またまた、長くなり過ぎました。(^^;

と言うことで、春休みに、浜松市北区引佐町奥山の、
『臨済宗方広寺派大本山 方廣寺』
で開催される、『宗教章(佛教章)取得研修会』に、当隊としては参加をする様になりました。

ただそこで、そのまま、いきなりその研修会に参加をさせる訳にも行かず、町内の小学校時代の恩師のお寺で、事前研修を行って貰う様にしています。
また、浜松での研修後に、事後研修を行い、ご住職に報告を行うとともに、佛教章の伝達式も行って頂いております。

もう彼此、22年のお付き合いになるのでしょうか。
本当に有難く、心から感謝しております。 P1100647 P1100655
本年も、『宗教章(佛教章)取得研修会』に、スカウトに参加して貰うべく、準備を整えておりましたが、平成27年度は、23WSJが開催された年度でもありました。
そのため、23WSJに参加したスカウトがおり、ボーイ隊には、ベンチャー隊上進予定スカウトも含めまして、4名の1級スカウトがいました。
私は、
(中学校2年生のスカウトには、まだ早いかなぁ。)
と思いつつも、ボーイ隊長の要望もあり、4名を、予約申込することにしたのでした。
そして、当町内の『普済寺』に於きまして、事前研修を行って頂いたのでありました。
また、同時期に、浜松東地区の進歩委員長様から、『本申込用紙』が送られてまいりまして、4名の参加は、ほぼ確定と言うことになっていました。 P1100660 P1100664
と!

ここまでは良かったのです!

確かに順調だったのです!

ところが!(>_<)!



4人のスカウトを、仮に『A君』・『B君』・『Cさん』・『D君』とします。

まずは、『A君』ですが、
「(よくよく調べたら)僕んち、『神道』なんです。
 宗教章は、『神道章』を取りたいです。」

(ん゛~!
 ぬわんだってぇ!)

次に、『B君』。
「(よくよく)予定を確認したら、浜松の研修の前の日に、(部活動の遠征で)大阪から帰って来るんです。
 早くて、11時(23時)頃でぇ、遅いと、朝(5時頃)に、なっちゃうかも知れないです。」
(それは、前々から解かっていなかったのか?
 帰って来る時刻は、いつもそうなのか?)
と言う私の問いかけに対し、
「はい!
 そうです!」
だって!

そして、『Cさん』。
「あのぉ、確かぁ、研修の初日は、終業式なんです。
 遅刻しても大丈夫ですかぁ?」
とのこと。

あ゛~!
全くもう!(>_<)!



それらの話しを聴いて、私も『きゃさりん副長。』も、落胆を通り越して、その場にへたり込んでしまったのは言うまでもありません。
本当に、立ち上がることができないくらいに、気落ちしてしまいました。

『きゃさりん副長。』は、
「何これ!
 一体、何なの、ボーイ隊は!
 (去年は)こんな事なんて、無かったぢゃないの!
 何で、こんなに、おかしくなっちゃったのぉ!
 ジャンボリー、ぼけ?」
と、逆鱗し、
「みんな、様ぁ、無いわよねぇ。
 私達を、(ボーイ隊から)追い出したから、こうなっちゃうのよ!」
と、憤慨し捲っていました。



とは言え、私も一緒になって怒り狂っている場合では無く、直ちに、浜松東地区の進歩委員長に、参加取り止めの連絡を入れなければなりませんでした。
お話によると、最少開催人数は、20名とのこと。
そこで、3名ものキャンセルが出ると、かなり厳しい状況になるので、残りの1名(『D君』)には、何とか参加して欲しいとのお応えでした。

私と『きゃさりん副長。』ですが、本当に、超へこたれはしていたものの、何とか気を取り直して、『D君』の事前課題作成と、浜松までの移動計画の作成に取り組むことにしました。 Img_4104 Img_4105
「本当に、本当に、(『D君』は)最後の砦だからね!
 ちゃんとやります!」
と、『きゃさりん副長。』は、『D君』に、付き合ってくれたのでありました。

正申込書を作成し、事前課題を書き上げ、コピーして控えを取り、郵送準備をしてくれました。
また、移動計画を作成し、こちらも、保護者とボーイ隊指導者用にコピーを取り、ファイリングをし、テプラで綺麗に表示をしてくれました!

「よっしゃ!
 準備は整ったぁ!
 『そなえよつねに』ができたぁ!
 あとはぁ、健康だけだよ!」

そう言って、『きゃさりん副長。』は、『D君』を、スカウトハウスから送り出したのでありました。

その後、私からは、
・ハット
・新県連盟章
・新所属地名章
・新団号章
を渡し、準備は、ほぼ完璧に整ったと安心していました。 Img_4106 Img_4118
とまぁ!

これまた、ここまでは良かったのです!

本当に、順調だったのです!

ところが!(>_<)!



『宗教章(佛教章)取得研修会』、参加、2日前のことでした。

『きゃさりん副長。』から、
「大変!!!
 ◯◯(『D君』)が、インフルエンザなんだって!
 今ね、(『D君』が、スカウトハウスに)忘れ物をしてあったの。
 それを、(『D君』の自宅に)届けに来たの。
 そしたらさぁ、お母さんが、死にそうな顔をして(玄関に)出て来たの。
 とにかく、インフルエンザなのよぉ!」
と、いきなりの連絡が入ったのでありました。

あ゛あ゛~!(>_<)!

(うん。
 分った!
 ありがと。)

私は、そう言うだけで、精一杯でありました。

またしても、悪夢が!
そして、『最後の砦』も崩壊!
浜松東地区の進歩委員長に、何てお話をしたら良いのだろう。

私は、その晩、進歩委員長が、ご自宅に戻られる頃を見計らって、お電話をいたしました。
すると、進歩委員長は、
「あぁ~、仕方が無いですよ。
 誰だって、病気には勝てませんよ。
 インフルエンザじゃねぇ。
 逆に、来て貰っても困っちゃうし。
 それより、当日のキャンセルでなくて良かった。
 当日だったら、(参加費の)返金はできないかも知れないし、何よりも、早目に掌握ができて良かったです。
 それと、参加者は、何とか(20名)確保できそうです。」
と、何とも、超お優しいお言葉を頂戴してしまいました。

そして、私が、
(これはもう、来年は、迂闊に参加させられないなぁ。)
と思っていたら、
「来年は、期待できますね。
 3人は、(参加)確実ってことで、愉しみですね。」
と。

そのことを、『きゃさりん副長。』に伝えましたら、
「流石ね!
 流石、浜松!
 良かったじゃない!」
とのこと。

そして、
「私って、何か持っているのかなぁ。
 あの時(2日前)、私が(『D君』の自宅に)行っていなかったら、お母さんも寝込んでいたみたいだし、連絡が取れなくって、超やばかったんじゃない!
 私って凄いなぁ。
 今度、ご馳走してよね!」

(って、いつもご馳走しているじゃん!)

と思いつつも、
(ありがとな!
 本当にありがとう。
 間に合って良かったよ!)
と、『きゃさりん副長。』に伝えたのでした。



それにしても、いつ何時(なんどき)、何が起こるのか、本当に判らないと言うことを、この時は、感じさせられ、考えさせられました。
一見、順調そうに思えても、暗転は必ずある。
だからこそ、『そなえよつねに!』なのでしょうけれども、準備が整ったと言えども、安心し切ってはいけないと言うことなのでしょうね。(^^;


その後ですが、浜松東地区の進歩委員長からは、
・「参加費の返金が可能なので、振込の口座番号を知らせて欲しい。」
・「報告書が出来上がったので、来年の参加者の参考資料にしてください。」
との連絡を頂戴しました。

本来であれば、参加費の返金は望めないところでしたが、本当に有難く思いました。
また、報告書は、写真が多く載せられ、とても解り易く、素晴らしい出来栄えのものでした。

その報告書を、『きゃさりん副長。』に送ったところ、
「来年はさぁ、◯◯(『D君』)は、絶対参加だよねぇ。
 私も、(研修会に)行っちゃおうかなぁ。
 何となく、愉しそうじゃん!
 非日常の経験ってさ、良さそうじゃん!」
とまぁ、いつものお気楽モードに戻りつつあったのでありました。


この平成28年2月から3月に掛けての、ボーイ隊のバタバタは、私と『きゃさりん副長。』にとっては、気持ちの浮き沈みが激しく、
「何で、ボーイ隊に振り回されなきゃならないの!」
と言う思いと共に、気持ちが、どんどんと、疲れ切って行く方向に進んでいたのでありました。(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく。)(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(※参考です。)


『年長隼スカウト』及び『年長富士スカウト』の考査細目


『(年長)隼スカウト』

1 基本
(1) 菊スカウト6か月 □ “ちかい” と “おきて” の実践□ 
    隊活動□ 班活動□ 参加の承認
(2) 菊スカウトの再考査に合格する実力
(3) SFB営火夜話第21、22話を読み自己の生活にてらし
    ての感想文を提出する。

2 健康・安全
(1) 年長部救急章を有すること
(2) 軽装で、1,000メートルを5分以内で走れること
(3) 径25ミリメートル以上の竹または綱を 4.5メートル
    以上まで登ること
(4) 水泳章△ 漕艇章△ 自転車章△ スキー章△ のうち
    1個の年長技能章

3 観察・計測
  測候△ 天文△ 森林愛護△ 鳥類保護△ または測量△
  のうち1個の年長技能章

4 通信
  年長信号章を有すること

5 開拓
(1) 自然物を材料とした2人用のリンツーを作る□
     その中に単独またはスカウト1名と1泊する□
(2) 次のいずれか1種を設計、少年または年長の1班を指導
    して構築する
    ☆ 100キログラム以上の荷を積めるいかだ△
    ☆ 巾30cm以上、長さ3m以上、リュックを背にした
      スカウト1人が完全に通れる軽架橋△
    ☆ スカウト2人が安全にのれる高さ4.5m以上の
      信号やぐら△
(3) 未知の山野で次の追跡コースを作りつつ先行
    ①出発点から目的地まで1km以上□
    ②道路を通らない□
    ③自然物を利用した追跡記号4種以上□ 50個前後□
    ④2級程度のスカウトが実際に追跡できること□

6 遠征
(1) 野営管理章を有すること
(2) 年長班または、年長スカウト3名以上を活動単位として
    行なう次の移動野営にて2回以上参加すること
    第1回___   第2回___  第3回___
    ①出発前に 日程□ 費用□ 研究課題□ 訓練作業□ 
     の計画についての隊長の承認
    ②2泊3日以上□ 徒歩行程1日平均10km以上
    ③テント内宿泊□ 野営の安全衛生の高度実践
(3) 菊以下の年長スカウト2名以上同行、未知の土地で30
    km以上にわたり山を越え川を渡っての旅行報告書の
    提出(徒歩またはボート)
    注―用具食料は携行したもの、または旅行中自然にえら
      れるもの幕営または露営して自炊する
      携行品重量1人当たり 14kg 以内

7 奉仕

(1) 1名の年長仮入隊者を紹介し、初級、2級考査に合格
    させるか△ または少年幹部△ あるいは技能
    リーダー△ 6ヵ月以上
(2) 近隣社会に自分、隊、班に可能な奉仕によって住みよく
    なると思われる3点以上をあげ、その方法を具体的に書
    き提出する。

8 技能章
  年長技能章9個
  __章 __章 __章
  __章 __章 __章
  __章 __章 __章
  (水泳の代替のもの以外とする)

9 節約および貯金
  6ヵ月の金銭出納の記録□ 計画貯金の実行□


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『(年長)富士スカウト』

1 基本
(1) 隼スカウト、生活6か月□ “ちかい” と “おきて”○
    実践□ 隊活動□ 班活動□ 参加の承認
(2) 隼スカウトの考査再合格の実力
(3) SFBを熟読し、次のいずれかについて質問に答えうる
    こと
    進歩制△ 班制△ 野外生活△ 観察△ 健康△ 
    奉仕△ その他△

2 健康・安全
  12分間泳ぎつづけること△
  6000m30分以内で走る△

3 個人プロジェクト
  実験、実習、実施応用を伴う研究、製作、生産などの個人
  作業の企画□ 3ヵ月以上継続し□ 1ヵ月ごとに進行状況□
  完結した時にその成果を作業記録により隊長に報告□
  注-作業記録には、日誌、金銭と材料の収支表、スケッチ、
    写真、図表、地図、模型、または見本を含む

4 奉仕
(1) 班長以上の少年幹部1ヵ年以上
(2) 地区以上のスカウト行事の奉仕5日以上
(3) 近隣社会に対する奉仕作業の実施責任者として作業を
    遂行する班、隊に可能な奉仕作業の 企画□ 立案□
    班長会議□

5 技能章
  年長部 技能章15個以上
  (注-看護章、環境衛生章、溺者救助章、消防章、
     沿岸視察章、案内章のうち3個を含む)
  ___章 ___章 ___章 ___章
  ___章 ___章 ___章 ___章 
  ___章 ___章 ___章 ___章
  ___章 ___章 ___章 ___章

6 節約および貯金
  金銭出納の常時記録□
  計画的貯金の継続実行□


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2010年3月26日 (金)

『今ありて。』(^o^)/ (今現在)

  『今ありて』

    作詞 : 阿久 悠

    作曲 : 谷村 新司 

 新しい季節(とき)のはじめに

 新しい人が集いて

 頬(ほほ)そめる胸のたかぶり

 声高(こわだか)な夢の語らい

 ああ 甲子園  草の芽 萌え立ち

 駆け巡る風は

 青春の息吹か

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

 踏みしめる土の饒舌(じょうぜつ)

 幾万の人の想い出

 情熱は過ぎてロマンに

 花ふぶく春に負けじと

 ああ 甲子園 緑の山脈(やまなみ)

 たなびける雲は

 追いかける希望か

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

 

 ああ 甲子園  緑の山脈(やまなみ)

 たなびける雲は

 追いかける希望か

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

 今ありて  時代も連なり始める

私はこの歌を聴くと、本当に様々な想いが甦ってしまって仕方が無い。

高校野球のこと。

審判のこと。

ボーイスカウトのこと。

そして、作詞をした、『阿久 悠』氏のこと。

作曲をした、『谷村 新司』さん。

などなど。

とは言ってもそれだけではない。

それらが引き鉄になって、どんどんと思い出が出捲くって来てしまうのである。

自分の記憶と言うのか、とにかく、ある事が切欠になって、自分の記憶が、芋づる式に流れて行く時がある。

その切欠の一つが、この歌でもある。

いや、『詩』と言った方が正しいのであろう。

この『今ありて』は、高校野球の大ファンである、『阿久 悠』氏が、『谷村 新司』さんに、『君が作曲をしてくれるならば、僕が詞を書く。』と言って、作られたそうである。

但し、『谷村 新司』さんは、『阿久 悠』氏に、一つだけ注文を付けたそうである。

『ああ 甲子園』。

サビの部分の始まりは、この歌詞にして欲しい。

そう、注文を付けた様である。

『阿久 悠』氏は、詞をあっと言う間に書き上げ、『谷村 新司』さんに渡したそうである。

『谷村 新司』さんは、元々、構想があったと言うか、イメージがあったそうで、こちらも、30分程度で、作曲は終ってしまったと言っている。

何とも、凄い話しである。

この曲を聴いて、まず思い出してしまう事は、勿論、高校野球の事である。

この曲が、選抜大会の大会歌になったのは、平成5年の事であったそうである。

私自身は、そこまでの記憶は無い。

だけれども、高校野球の審判も行い、審判の絶頂期に差し掛かる時期であった事には、間違いが無いと思った。

当時は、カラオケも無く、『You Tubu』だってありゃしない。

1年に1回しか聴けない、それも生でしか聴けない、貴重な曲であった。

春の選抜高校野球大会。

その開会式でしか、聴く事ができなかった。

それはともかくとして、高校球児達が、春の選抜高校野球大会に出場する為には、夏の甲子園で行われている選手権大会が、また行われている夏休みの最中から、秋季大会を勝ち抜く必要があった。

春の大会なのに、既に、夏休みの間から、もう始まっているのである。

何とも、凄まじい話しである。

そのために、高野連の審判委員として、審判をさせて頂いた。

その間にも練習試合は、毎週の様に、行われていた。

各学校のグラウンドや、様々な球場でも、審判をさせて頂いた。

そんな中で、球児達の素顔を観、話しを聞き、とても有意義な思いをさせて貰った。

そしてとても楽しく、充実した時を過ごさせて貰った。

そして、甲子園には、派遣審判がある事も知った。

頑張れば、審判で、甲子園に行けるかも知れない。

そんな淡い思いを持って、審判に励んだものであった。

そんな事が、どんどんと、溢れ出て来てしまうのである。

ボーイスカウトの事である。

春の選抜高校野球大会では、第79回大会までは、大阪連盟のベンチャースカウト達が、国旗や各種の旗、そして各チームのプラカードを持って入場行進をしていた。

優勝旗の返還や、レプリカの授与なども、ベンチャースカウト達が奉仕をしていた。

どう言う訳か判らないが、第80回の記念大会から、プラカードに付いては、ベンチャースカウトの出番が無くなってしまった。

本当に、残念な事である。

甲子園の奉仕。

これは、大阪連盟に所属をするベンチャースカウトならば、誰もが憧れたものだと言う。

実際に、甲子園で奉仕をしてきたと言う、指導者の皆さんにも、話を聴く事が何回かできた。

やり方はどうかと思う部分もあるが、甲子園に出たいがために、アワードを獲得し、技能章を獲得し、富士スカウトになったと言う話も聴いた。

とにかく、みんなみんな、甲子園に出たかったのである。

それだけに、みんなで競って、自分自身が自分でできる限りの努力をして、挑んだ場所なのである。

ボーイスカウトにとっても、甲子園は、甲子園であったのである。

それだけの場所なのである。

『ああ 甲子園』。

見事までな、歌詞と、メロディである。

本当に、想いが詰っている。

そして、第13回の日本ジャンボリー。

その帰り道。

事故で、阪神高速道路が使えないと言うので、迂回をする事になった。

ジャンボリーの会場は、大阪市内であったが、その迂回のお陰で、何と!

甲子園球場の横を通過する事になった。

 ああ 甲子園  草の芽 萌え立ち

 駆け巡る風は

 青春の息吹か

 ああ 甲子園  緑の山脈(やまなみ)

 たなびける雲は

 追いかける希望か

まさしく、その通りであった。

本当に、その通り。

阪神甲子園球場は、まさしく、その通りの姿をしていた。

そして、ジャンボリー会場で感じた風。

そして、仰いだ空に浮かんだ雲。

初めて裾野市の団との混成隊を組み、その隊長として、無事に遣り遂げた達成感。

そして、充実感や安堵感。

そんな事まで、連鎖的に、思い出させてくれるのである。

『阿久 悠』氏は、大の高校野球ファンで知られている。

だけれども、残念ながら、2007年 8月 1日に、お亡くなりになってしまった。

それも、夏の選手権大会を眼の前にしてである。

『阿久 悠』氏は、長年、『甲子園の詩』として、スポーツ新聞紙である『スポニチ』に、『詩』を寄稿している。

夏の選手権大会。

毎日毎日、『詩』を作っては寄稿をしていた。

私などは、それを読みたいがために、『スポニチ』を購読したぐらいである。

その『詩』は、決して、人が着目しない様な所に視点が置かれていた。

特に、死力を尽くして戦い抜いたチームや、しくじってしまった選手など、その彼等に贈るかの様な『詩』も非常に多かった。

誰もが着目しないようなそんな所にも、高校野球の真髄を観るかの如く、それはとてつもない、眼力であったと思う。

そんな『阿久 悠』氏が書かれた『詩』が、幾つかの高校で、『歌碑』になっている。

『阿久 悠』氏にしてみれば、著作権などは、全く問題では無かった様である。

『歌碑』にしたいと申し出があった時点で、喜んで『詩』をプレゼントしたのだと言う。

それも、直筆の原稿を添えての事だったらしい。

実際の『歌・唄・唱』の分野では、物凄い大ヒットを飛ばしていたのであるが、「瀬戸内少年野球団」を始として、野球も、本当に愛していたのであろう。

そう言えば、甲子園の名勝負として、『1979年 8月16日』の、『星稜高校 対 箕島高校』を挙げている。

昭和54年であったから、私は、3等陸曹として、立川駐屯地に居たとおもった。

延長18回裏、箕島高校が、サヨナラ勝ちを収めるのであるが、延長戦に入ってから、奇跡の同点ホームランが、2度も飛び出し、興奮をして、テレビにしがみついてた覚えがある。

それを、『阿久 悠』氏は、一番の名勝負として、挙げられている。

私も全く、同感である。

そして、今回の、この『詩』。

『今ありて』。

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

『今』があるからこそ、『未来』がある。

『今』があるからこそ、『伝統(歴史)』ができる。

野球シーズンの開幕と共に、歌われる様な感があるが、私にしてみたら、青春賛歌と言うのか、応援歌の様に聴こえてきてならない。

今は今しかない!

今を精一杯、生きよう!

一所懸命になろう!

悔いを残さないようにしよう!

全力でぶつかろう!

自分の未来は、自分で作っていこう!

自分がやらなければ誰がやるのだ!

人生の扉を拓いて行くのは、自分自身なのだ!

その姿を、みんなに見せつけよう!

後輩達は、絶対に観ていてくれる!

君達の努力は、何も無駄な事は無い!

絶対に、みんなの記憶に残る!

その姿を観て、後輩達もまた、頑張る原動力とできるのだ!

ボーイスカウトに、『スカウツオウン』と言うものがある。

まるでこの『詩』によって、その『スカウツオウン』が展開をされている様である。

この『詩』は、本当に、私の心を掴んでしまって、離れない。

そして、『谷村 新司』氏。

『アリス』のボーカル&ギタリストである。

『アリス』の『詩』もまた、私の心を掴んで放さなかった。

本当によく、歌ったものである。

下手糞なギターを掻き鳴らし、歌ったものである。

カラオケでも、とてもよく歌った。

心に残る、バンドである。

丁度、『星稜高校 対 箕島高校』の試合があった頃ではないのだろうか?

その2年後ぐらいであろうか?

『アリス』が、後楽園球場で、解散コンサートを行った。

その当時、私は、陸上自衛隊 東部方面ヘリコプター隊 本部付隊 通信班に、所属をしていた。

その通信班長が、ある日突然、

『アリスの音楽テープがあったら、貸してくれや。』

と言ってきた。

通信班長は、定年間近のお人であった。

私には、その様なお方が、とても『アリス』を聴くとは、到底、思えなかった。

訳を聞いてみると、

『いや、娘が、その何とかと言うコンサートに行くんで、それに付いて行くことになってしまって、少しは、曲ぐらいを知っておかんといかんと思ってな。』

と言う事であった。

私が、生徒の後期教育から、また部隊配置になってからも、とてもお世話になった方である。

その上、大学への進路も、決定付けて下さったお方である。

本当に、我儘し放題だった私の面倒を、とても良く看て下さった。

その方は、自衛官退官後、数年で、亡くなられてしまった。

誰からも愛される、とても素晴らしい、人格者であったのに。

お葬式には、行けなかった。

後日、お宅を訪ねた。

その行き帰り、私は車の中で、『アリス』を、ガンガンに鳴らしていた。

『今ありて』。

私の『今』があるのも、みんなの『今』があったこそなのである。

父親にしても、母親にしても、ボーイスカウトの仲間にしても、審判部の皆さんにしても、自衛隊の同期達にしても、多くの多くの友人、知人の皆様にしても、それぞれに、それぞれの、『今』があったからこそ、今の私の『今』が、あるのだと思う。

『今』を大切に。

そして、『今』を一生懸命になって、生きようではないか!

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

(おしまい!)

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