カテゴリー「音楽」の9件の記事

2018年6月14日 (木)

『母ちゃんの海!』(^-^)/

(薩摩半島 訪問 : その16)
(※注:平成30年 5月 3日(木・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【母ちゃんの海!】(^-^)/
(ペン)「俺達、今、どの辺りを、      走っているんだろうね?」

(ハム)「おデブ隊長が、
     『♪うぅみぃはぁ ひろいにゃぁ
       おおきぃにゃぁ~』
     なんて歌ってるぜ。
     なんだか、もう、海しか観得ないみたい。」 Img_0316
(ペン)「そうなのぉ?」
(ハム)「指宿市は、鹿児島半島の先端だし、
     錦江湾の先だもの。
     その先は、もう、太平洋だよ。」
(ペン)「そっかぁ。
     そうだよね。
     でもさぁ。
     海好きの俺は、やっぱり、どんな海なのか、
     観てみたいよぉ。」
(ハム)「なるほどぉ。
     その気持ちは、よく解る。
     対岸には、かろうじて、大隅半島が、
     観得るってさ。」 Img_0317
(ペン)「ふぅ~ん。
     その他には、何か観得ないのぉ?」
(ハム)「えっとねぇ。
     岬みたいのが、観得てきたって。
     『あそこはもう、指宿温泉じゃぁないのかな。』
     って、おデブ隊長が、言ってるよ。」 Img_0318
(ペン)「おお゛~!
     いよいよなんだね。」
(ハム)「そだねー!
     海は青いし、松は、緑が綺麗だし、
     空も蒼くって、とっても良い天気なんだって。
     今朝の、嵐が、嘘の様だって。」 Img_0319
(ペン)「そんな話を聴いていると、増々、
     ドキドキ、ワクワクだよねぇ~!」
(ハム)「おんやぁ?」

(ペン)「どしたの?」

(ハム)「おデブ隊長が、何か言ってる。」

(ペン)「何だって?」 Img_0321
(ハム)「それが、よく解らないんだよぉ。
     横断幕があるんだって。
     それを見付けて、何か言ってるんだよぉ。」
(ペン)「なんだかなぁ。
     じれったいなぁ、もう!」 Img_0323
(ハム)「ちょっと待って!
     今、デジカメで、ズームしてるんだってさ。」

(ペン)「そうなのぉ?
     それで、何て書いてあるって言ってるの?」 Img_0324
(ハム)「なんともまぁ!
     『ようこそ!       長渕 剛 ゆかりの地 宮ヶ浜へ』
     だって!」

(ペン)「え゛~?
     ながぶちつよしぃ~?
     ゆかりのちぃ~?
     なんでぇ~?」
(ハム)「ちょっと待って!
     おデブ隊長は、何も知らないみたい。
     だから、ちょっと調べるってさ。」

(ペン)「でもさぁ。
     『長渕 剛』って言ったら、
     『桜島コンサート』とかが、超~、有名じゃん。
     こっちは、『指宿市』だし、第一、
     こんなに狭い海岸じゃ、
     コンサートはできないだろうしぃ。
     一体、なんなんだろうね。」

(ハム)「えっとね。
     『長渕 剛』さんの、お母さんの故郷は、
     この近くなんだって。
     それでね。
     お母さんは、
     早くにお亡くなりになってしまったんだけど、
     お母さんとの想い出を綴った、
     『母ちゃんの海 宮ヶ浜』
     と言う散文詩を、指宿市に寄贈したんだって。」
(ペン)「へぇ~!
     それってさぁ。
     もう、『ゆかりの地』、どころじゃないじゃん!
     長渕ファンにとっては、
     『聖地』みたいなもんじゃん!」

(ハム)「それとね。
     幼い頃に、警察官だった、お父さんに、
     バイクに乗せて貰って、ここに、
     よく来たんだって。
     その想い出を、
     『鶴になった父ちゃん』
     と言う歌と、
     『License』
     と言う歌に、書き綴ってあるんだって。」
(ペン)「ありゃまぁ~!
     お父さんとの想い出も、しっかりとあるんだぁ。
     驚きだね。
     それじゃぁ、本当に、『聖地!』だよ。」
(ハム)「本当だね。
     おデブ隊長も、『きゃさりん副長。』も、
     事前に、何も調べていなかったから、
     驚き放しみたいだよ。」
(ペン)「なんだぁ。
     事前に調べていないなんて!
     意外と、おデブ隊長も、
     『きゃさりん副長。』も、
     だらしないんだなぁ。」

(ハム)「でもさぁ。
     偶然にしても、見付けられて、良かったじゃん!
     これが、列車の反対側にいたら、まるっきり、
     分からず仕舞いだったんだから。」

(ペン)「そっかぁ!
     そうだよね!」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月20日 (火)

『ここは、どこぉ?(その2)』(^^;

(ハム & ペン : 続その42)


【ここは、どこぉ?(その2)】(^^;


(ペン)「おいおい!
     またまた、違う場所に、
     連れ来られちゃったぜ!」


(ハム)「仕方ないよ、それは!
     だって、俺達、歩けないだろ?」

(ペン)「そりゃまぁ、そうだけどさ。」

(ハム)「『きゃさりん副長。』が、
     俺達専用のバッグに入れてくれて、

     それで、連れて来て貰うんだもの。
     とっても安全で、それだけでも、
     充分じゃない?」
Img_6262_2
(ペン)「まぁ、そうなんだけどさぁ。
     ところで、ここは、どこなのぉ?
     おデブ隊長は、やたらと、
     にやけているけどさぁ。」


(ペン)「カラオケスナック、だって!」

(ペン)「からおけぇ〜?
     すなっくぅ〜?」

(ハム)「あぁ。
     きっと、おデブ隊長が、
     歌いたいんだよ。」


(ペン)「げげぇ〜!
     ひょっとして、あの、
     いつもの大声でぇ?」


(ハム)「多分、煩いと思うよ。」

(ペン)「嫌だ、嫌だぁ!
     あの大声は、絶対に聴きたくない!」

(ハム)「だけどさぁ。
     『きゃさりん副長。』が、
     先に歌うみたいだよ。」


(ペン)「げぇ〜!
     『きゃさりん副長。』も、
     歌うのぉ?」


(ハム)「あぁ、『きゃさりん副長。』は、
     『天城越え』が、大好きなんだ。

     だから、必ず、一曲目に歌うんだ。」

(ペン)「げぇ〜!
     そうなのぉ?
     付き合っていられないよぉ!」


(つづく・・・。)

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2010年8月15日 (日)

(きゃ#71) 『くちパク?』(^^; (今現在)

『猛暑!』の中での、隊集会の開会式が始まりました。

本当に、強烈な陽射しで、くらくらする程でありました。

それでも、『きゃさりん副長。』とベンチャー君は、頑張って、セレモニーに、臨んでいてくれました!(^-^)/

開会式では、開会の言葉が終り、『国旗儀礼』が済みますと、概ね、その日の隊集会の、テーマに合った『歌』を歌います。

Img_0831

この日は、やっと制服を着用したこともありまして、私達の、基本的な歌でもある『光の路』を、『きゃさりん副長。』が選曲をしてくれました。

そこで、『ボーイスカウト歌集』を携行し、また、『CDラジカセ』も用意をしていたのですが、私としましては、超基本的な『歌』なのに、どうして、教材・教具の類が必要なのかと、随分と、不思議に思っていました。(^^;

それで、後から『きゃさりん副長。』に、どうして?と、聞いてみたのですが、何でも、

『歌の途中で、半音上がるところがあって、そこが、よく解らないのよ。そこを、ちゃんと、歌いたかったの!』

との事でありました。

ボーイスカウトでは、往々にして、本当に、よくあることであります。(^^;

本当は、あってはならないのでしょうけれども、スカウトソングは、大体が、隊長が指導をします。

まぁ、その隊長が、とても歌が上手な方ならば、特には、問題が無いのです。

ですが、その隊長が、音程がずれてしまう方であったり、リズム感が、あまりよろしくない方であったりしますと、それがそのまま、スカウト達に伝わってしまいます。

また、副長達にも、伝わってしまったりもします。

そうなりますと、もう、修正が利かないのですね。(^^;

隊のみんなで、大合唱をしているうちに、そのメロディと言いましょうか、リズムが、正当なものになってしまいます。

ですので、地区の行事で、他の団の方とご一緒になったり、他の隊の方々と一緒になって歌っていますと、どれが本物か、何が正しいのか、さっぱり判らなくなってしまう事があります。

みんな、音程やリズムが狂ってしまって、歌えなくなってしまうのです!(^^;

面白いと言っては、怒られてしまうかも知れませんが、本当に、面白いのです。

スカウティングは、『口伝の教育』とも言われます。

それは、様々なスカウト技能を、指導者達が、実践をして、伝えて行くからであります。

資料を配布したり、ハンドアウトを利用したりする事は、とても少ないのであります。

ですので、各種のスカウト技能には、各隊長の、様々な癖が出て来てしまったりもします。

ですが、それが一つの特徴になったりもしまして、とても魅力的であったりもする訳なのであります。(^-^)/

ところで、『きゃさりん副長。』の目論見でありますが、果たして、成果はどの様なものであったのでしょうか。(^^;

Img_0832

私は、チラチラと、ベンチャー君や、『きゃさりん副長。』の様子を、伺い視ておりました。(^^;

しかしながら、ベンチャー君も、そして、『きゃさりん副長。』も、口が、全く、動いていないのでありました。

せめて、口パク、でもしてくれていたならば、私も、心が安らいだのですが、流石に、これではいけません。(>_<)!

二人とも、『曲』に、聞き入ってしまっていたのでありました。

それと同時に、『歌集』にも、見入ってしまっていました。

実際、『光の路』は、何回も何回も、歌っている曲であります。

歌詞などは、頭の中に、叩き込まれているはずです。

歌集を見ているとしましたら、音符を追っているはずであります。

ですがどうやら、それも、儘ならぬ様でありました。

実際、何を見ていたのでしょうねぇ。(^^;

私は、左半身が、麻痺をしております。

ですので、顔面も、やや不都合があります。

口が大きく開けられなかったり、左目が、垂れ下がってしまう様な感じがありまして、時々、眼がよく見えなくなる時があります。

それでも今回は、思い切って、『歌』を歌ってみました。

それで、少しは、『きゃさりん副長。』もベンチャー君も、歌い始めてくれれば、とてもラッキーだと思いました。

しかしながら、です。(^^;

Img_0833

やはり、『きゃさりん副長。』も、歌集を見つめたまま、固まっておりました。(^^;

折角、『CDラジカセ』も、『歌集』も、用意を致しましたが、あまり、好ましい結果を得る事は、叶いませんでした。

まぁ、そんなものなのかも知れません。

と言いましょうか、その様な事を、気付いて貰うための、『奉仕実績訓練』でもありますので、今回は、それで良かったのかも知れません。

さて、炎天下の『猛暑!』での、開会式が終ろうとしていました。

そこで最後に、『きゃさりん副長。』から、この日の日程について、説明をして貰いました。

Img_0834

この日もまた、『技能訓練』は、『手旗』を予定しておりました。

私は、できれば、この炎天下での『手旗』は、避けたいと思っていました。

ですがどうやら、『きゃさりん副長。』と、ベンチャー君の心は、固かった様でありました。

とにかく、やる!と!(^^;

それだけは、本当に、見上げた根性だと思い、感心をしてしまいました!(^-^)/

この日の、『評価・反省』でのお話しです。

それを、先に書いておいてしまいたいと思いました。

結局、『CDラジカセ』も『歌集』も、今後は、開会式や閉会式では、使わない事と決めました。

ただ、『歌集』につきましては、臨機応変に対応をしようと言う事に致しました。

『きゃさりん副長。』曰く、

『歌えないものは歌えないし、歌集を見て、下を向いて俯いてしまうのは、やっぱり良くない。』

『歌は、別の場で、練習をした方が好い。』

との事でありました。

いやぁ、『きゃさりん副長。』も、成長をしたものです!(^o^)/

とても正しい、良い判断だと、私は思いました。

ただ、

『隊長の歌が、ずれていたって好いじゃん! 多少、おかしくたって、好いじゃん! その方が、味があるよ。』

だけは、余計な様な、気が致しましたが!(^^;

(つづく・・・。)

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2010年7月25日 (日)

(きゃ#50) 『性懲りも無く!』(^^; (今現在)

開会式を始めたのは好いのですが、『歌』の準備をしていませんでした。(^^;

と言うのも、『きゃさりん副長。』は、またまた、『手旗信号』を歌いたかった様でありました。(^^;

それにしてもまぁ、随分と、気に入ってしまったものです。

本当に、楽しいのでしょうね。(^o^)/

そこで、仕方がありません。

準備ができるまで、少々、待って貰う事にしました。(^^;

Img_0709

ですが、それで丁度、良かったのかも知れません。

と言うのも、『タケちゃん』も、女子スカウトも、『手旗信号』の歌は、初めてだったからです。

『タケちゃん』は、歌詞を見ながら、

『何これ? どうやって歌うんですか?』

と言い、女子スカウトは、一応、楽譜は読めるらしいのですが、やはり、少々、戸惑っていた様でありました。

『きゃさりん副長。』は、歌集を用意はしていませんでした。

その様子を見ていまして、これは、ひょっとすると、また、踊るのかなと、私は密かに思っていたのでありました。(^^;

『きゃさりん副長。』は、できれば、『タケちゃん』にも、女子スカウトにも、『原画』を行いながら、歌って欲しい様な雰囲気でありました。

ですが私は、『それは無理だろう。』と、『きゃさりん副長。』には、伝えておきました。

そこで、やはり、『曲』を流してみる事にしました。

Img_0710

『曲』を、2~3回聴けば、雰囲気も解るだろうと思ってみたのですが、『タケちゃん』は、

『歌えねぇ~!』

『これって、速過ぎません? 何か、早口言葉みたいですよ!』

と言っていました。

それを聞いていましたベンチャー君も、

『そうそう! 何だか、早口言葉みたいで、良く解らない。それに、手が付いて行かないもん!』

と、愚痴を溢しておりました。(^^;

その会話を聞いていました、『きゃさりん副長。』ですが、もう、ニコニコ顔で、本当に、嬉しそうでありました。

そして、

『この前、かつっちゃと、二人でやってみたの! だけれど、全然、手が付いて行かないの! 本当に、大変だよ!』

と、やや得意気に話をしていました。(^-^)/

一方、女子スカウトを見てみましたら、一生懸命に、音符を追っている様でありました。

それで、

『これって、何かの替え歌ですか?』

と、聞いてきましたので、やっぱり、音符を追っていたのだなぁと思いつつも、

『中村 知と言う、私達の大先輩が作った歌だよ。』

と伝えましたら、

『ボーイスカウトの人で、作詞とか、作曲とかする人がいるんですか?』

と、やや驚いては、いた様でした。

私は、『チーヤン歌集』の事を少々話したのですが、女子スカウトにとりましては、あまり、興味が膨らまない様でした。(^^;

やっぱり、私の話し方が、下手糞だったかなぁ。(^^;

折角の、好い機会だったのに、チャンスを逸してしまった様で、惜しい事をした様な感じになってしまいました。

もっと、興味が湧く様に、話をしたかったのになぁ。(^^;

Img_0711

女子スカウトと、『タケちゃん』ですが、とにかく、歌詞を追うだけで、それで精一杯の様でありました。(^^;

ですが、『きゃさりん副長。』もベンチャー君も、素手ではありましたが、『手旗』の『原画』を、行っていたのでありました。(^o^)/

『慣れ』と言うものは、恐ろしいものです。(^^;

それに加えて、『楽しみ』を知ってしまいますと、益々、拍車が掛かる様でありました。

『きゃさりん副長。』もベンチャー君も、『タケちゃん』や女子スカウトの事はお構い無しで、盛んに、踊って?おりました。(^^;

(つづく・・・。)

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2010年7月 9日 (金)

(きゃ#34) 『チーヤン歌集!』(^o^)/ (今現在)

『きゃさりん副長。』の、3?回目の隊集会が、始まろうとしていました。(^^;

ですがその前に、『きゃさりん副長。』が、

『ねぇねぇ、この歌のCDか、カセットテープって、持ってる?』

と、ボーイスカウト歌集を開きながら、近寄って来ました。(^^;

その『歌』は、

『手旗信号』(作詞:作曲 中村 知(なかむら さとる))

と言う『歌』でした。

私は、本当に、ドキッとしました。(^^;

何で、『きゃさりん副長。』が、『チーヤン歌集』の事を知っているのかと、本当に、驚いてしまいました!(^-^)/

Img_0640

ですが、よくよく考えてみますと、『きゃさりん副長。』はその事を、薄々ですが、覚えていた様でもありました。

もう、何年前になるのでしょうか?

『きゃさりん副長。』は、ボーイスカウト静岡県連盟みどりの郷野営場で開設されました、ウッドバッジ研修所ベンチャースカウト課程に、参加を致しました。

私はその時は、ボーイスカウト日本連盟那須野営場で開設されました、ウッドバッジ実修所ボーイスカウト課程に、奉仕をしていました。

その奉仕の際の、実修所所長が、大阪連盟の方でありました。

所長は、まぁ、私がおねだりをした事もあったのですが、私の奉仕への感謝の気持ちを込めて下さいまして、その、『チーヤン歌集』のカセットテープを贈って下さいました。

『きゃさりん副長。』が、研修所を修了し、また、私が奉仕から戻って来た日が、同じ日だったと思いました。

そこで、スカウトハウスで落ち合い、相互に、話を聞き合ったと思いました。

その時に、多分、私が『きゃさりん副長。』に、その事の自慢話をしたのだと思います。

そんな事だと思います。(^^;

ところで、『中村 知』氏のことに付きまして、少々、触れておかなければならないと思います。

・1893年、愛媛県松山市生まれ。

・広島高等師範学校(現広島大学)付属中学校在学中、生徒同志30人と「城東団」を結成し班長となる。

・東洋協会植民専門学校(現拓殖大学)朝鮮語学科卒業。

・京都帝国大学文学部史学科東洋史(特に朝鮮史)選科修了。

・大阪府立高津中学校(現高津高校)歴史科教諭。在職17年中、クラブ活動の一環として「スカウト部」を創設(公立中学校唯一のボーイスカウト隊の誕生)。1924年~1939年の間、その隊長となる。

・1929年、第3回世界ジャンボリー日本派遣団員に選ばれ、英国に出向きかねてギルウェルパークの国際指導者訓練コース2種類を修了。

・1939年、少年団日本連盟(現ボーイスカウト日本連盟)教務部長となり指導者養成を担当。

・1941年、青少年団体統合により大日本青少年団に吸収され、少年部課長、錬成局少年部長となり終戦に至る。

・1946年、ボーイスカウト再建のため同志と運動。

・1949年、新設の広島市立児童図書館長となる。

・1950年、ボーイスカウト日本連盟那須野営場開設により野営場長となる。

・1955年、ボーイスカウト日本連盟事務局奉仕部長となる。

・1964年、ボーイスカウト日本連盟嘱託となる。

・1966年、永年にわたり社会教育に従事した功績により勲5等瑞宝章を受ける。

・1972年、鬼籍に入る。享年79歳。

また、『ちーやん』の愛称で親しまれ、『ちーやん夜話集』・『ちーやん歌集』など、多くの随筆やスカウトソングを遺しています。

そして、更に、我々にとりましては、とても重要な書物である、

・『スカウティング・フォア・ボーイズ』

・『ウルフカブス・ハンドブック』

・『ローバーリング・ツウ・サクセス』

などの書籍の、翻訳も行っています。

いわゆる、戦後の日本の、スカウティングを支えて頂いた、また、発展をさせて頂いた、『偉大なる先輩スカウター』と、言えるのではないのでしょうか。

『ちーやん』は、大阪連盟とは、とても深い関係があります。

そこで、大阪連盟の有志の方々のご尽力により、『ちーやん夜話集』・『チーヤン歌集』が、発行をされたと言う訳です。

私が頂いた、『チーヤン歌集』は、『非売品』であります。

また、CDでは出されていないと思いました。

そして、『チーヤン歌集』を手にした人間は、『複製』はしていないと思いました。

頂いた、そのままの姿で、カセットテープのそのままの姿で、保管をしているのではないのでしょうか。

ですので、当然、

Img_0641

この様な、カセットデッキが、必要となる訳です。

『きゃさりん副長。』ですが、それらの物を、当然の様に私に準備をさせ、当然の如くテープの『曲』の頭出しをさせ、当然の様に、

『ねぇ、ちょっと、歌ってみせて!』

と言い放ちました。(^^;

この日の、『技能訓練』は、『手旗』でありました。

スカウティングには、『歌で教える!』と言う手法もあります。

『チーヤン歌集』は、その先駆とも言えます。

確かに、『歌』は、ぴったりでありまして、アイディアはとても良かったと思ったのですが、その準備段階が、いかにも『きゃさりん副長。』でありまして、本当に、行き当たりばったりでありました。

『きゃさりん副長。』は、

『私は、そうやって生きてきたの! それで通じていたから、こうやって生きていられるの!』

と、言っていましたが、少しは改めて頂きたいものだと、思う次第でありました!(^^;

さて、準備もやっと終りまして、本当にやっと、隊集会の始まりであります。

ですが『きゃさりん副長。』は、座ったままで、隊集会の、開会式を始めてしまいました。

ありゃりゃ、であります。(^^;

Img_0636

『にわとりは、三歩歩くと物事を忘れる』と言いますが、『きゃさりん副長。』は、一体全体、何歩歩くと、物事を忘れてしまうのでしょうねぇ。(^^;

前回の隊集会から、一週間程しか経っていません。

本当に、不思議なものです。

『きゃさりん副長。』は、発音や抑揚に気を付けながら、計画書に従って、開会式を進めようとしていましたが、当然、STOP!であります。(^^;

と言う事で、当然、やり直しを、命じる事になってしまいました。

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ですが、『きゃさりん副長。』は、そんな事は、おくびにも見せないで、

『では、改めて!』

と、笑顔で、開会式を行なっていました。(^^;

まぁ、たいした人物であります。

この、あっけらかんとした雰囲気に、みんなは、和まされてしまうのでしょうね。

それが、『きゃさりん副長。』の、独特の持ち味なのでしょうね。

さて、いよいよ、『手旗信号』の『歌』の時がやって参りました。

ですが、『きゃさりん副長。』も、ベンチャー君も、歌詞の意味が、全く、解らない様子でありました。(^^;

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そこで『きゃさりん副長。』は、ベンチャー君に寄り添って、一緒に『歌』を歌おうとしていました。

ですが、やっぱり、『歌』を歌う事ができずにいました。

これは、ひょっとして・・・。(^^;

そうなのです!

『きゃさりん副長。』は、『手旗』に付いては、何も知識を持ち合わせてはいませんでした!

それにベンチャー君も、とっても、怪しかったのです。

う~~ん!

何となく、先が思い遣られます!(>_<)!

(つづく・・・。)

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2010年6月20日 (日)

(きゃ#15) 『リクエストの張本人は?』(^^; (今現在)

今回(第2回目)の、試行の隊集会ですが、工夫をされたものが、もう一つ、ありました。

まぁ、工夫と言うよりは、単なる準備だけなのですが、それは、

『歌を、正確に歌いたい!』

と言う、要望からでした。

ですが、私が思うには、

『歌を正確に歌いたければ、音楽学校にでも、行って下さい!』

と、思わず言ってしまいそうであります。(^^;

と、言いますのも、

『歌を正確に!』

と、言われましても、『何を?』と言う事に、なってしまいます。

『歌詞』なのか?

『譜面通りに!』なのか?

『リズム感良く!』なのか?

『音程さえ合っていれば』良いのか?

『全員で合唱を!』と言う事なのか?

まぁ、その事を言い出しました本人は、自分が、ある程度、人前で歌っても恥ずかしく無い様にしたいと言うのが、本音であったのでしょうけれども、それならば、自分で、CDなどを聴きまして、練習をして貰えれば、それで良い訳です。

ですがまぁ、仕方がありません。

リクエストを、受けてしまった以上は、受けない訳には参りません。

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思わず、過去の遺物を持ち出して来てしまいました!(^-^)/

このCDラジカセには、本当に、様々な想いが詰っています。

一緒に、どの位の旅をして来たのでしょうか?

東は、少なくとも、『那須野営場』までは、一緒に行っていると思います。

静岡県内の野営場は、相当な場所を、巡っていると思います。

西は・・・?

佐賀までは行ってはいないと思いますが、大阪には行く可能性がありました。

ですが、その大阪に旅する前に、私が、倒れてしまったと言う訳であります。(^^;

Img_0514

このカセットで、よく、ダビングもしました。

また、『FM みしま かんなみ』に出演をしました時には、録音も致しました。

ですが、そのテープの所在は、今はちょっと、確認ができておりません。(^^;

とにかく、好く壊れずに、もっていると思います。

面白いもので、無くても、何とかなるのですが、カセットテープなどが出て来てしまいますと、それは無くては、とても困ります。(^^;

それに、あったらあったで、結構、役に立つ物であります。(^-^)/

団での、『富士スカウト顕彰式』の際などには、とても活躍をしてくれたものでした。

Img_0515

と言う事で、隊集会の開会前に、本当に、久し振りに電源を入れまして、『正確に!』動くかどうかを確認してみました。

流石に、日本製は、良いですねぇ。(^-^)/

きちんと、『正確に!』動作をしてくれました!

これで、一応、開会前の準備は整いました!

後は、スカウト達が、来てくれるのを待つだけとなりました。

さてさて、本日は、どの様な隊集会の運営と展開ができるのか?

本当に、楽しみになっていました!

ところで・・・。(^^;

このラジカセを、引っ張り出して来る事になった張本人ですが、

また、

『歌を、正確に歌いたい!』

などと、ほざきました、張本人でありますが、それは勿論、

『タケちゃんインストラクター』でありました。(^-^)/

ですが彼は、この日はお休みをしてしまいました!

大体、世の中、そう言うものですよね。(^^;

言い出しっぺが、結局は、顔を出さない!

そう言う事って、往々にして、好くある事です。

本当に、全くもう!

と言う感じです。(^^;

言い出しっぺで、張本人!

『タケちゃんインストラクター』は、次は、何時、顔を出してくれるのでしょうか?

そして、きちんと、

『正確に、歌を歌って』、貰おうでありませんか!(^o^)/

段々と、『タケちゃん』が来てくれるのが、楽しみになって参りました!(^^;

(つづく・・・。)

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2010年3月26日 (金)

『今ありて。』(^o^)/ (今現在)

  『今ありて』

    作詞 : 阿久 悠

    作曲 : 谷村 新司 

 新しい季節(とき)のはじめに

 新しい人が集いて

 頬(ほほ)そめる胸のたかぶり

 声高(こわだか)な夢の語らい

 ああ 甲子園  草の芽 萌え立ち

 駆け巡る風は

 青春の息吹か

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

 踏みしめる土の饒舌(じょうぜつ)

 幾万の人の想い出

 情熱は過ぎてロマンに

 花ふぶく春に負けじと

 ああ 甲子園 緑の山脈(やまなみ)

 たなびける雲は

 追いかける希望か

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

 

 ああ 甲子園  緑の山脈(やまなみ)

 たなびける雲は

 追いかける希望か

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

 今ありて  時代も連なり始める

私はこの歌を聴くと、本当に様々な想いが甦ってしまって仕方が無い。

高校野球のこと。

審判のこと。

ボーイスカウトのこと。

そして、作詞をした、『阿久 悠』氏のこと。

作曲をした、『谷村 新司』さん。

などなど。

とは言ってもそれだけではない。

それらが引き鉄になって、どんどんと思い出が出捲くって来てしまうのである。

自分の記憶と言うのか、とにかく、ある事が切欠になって、自分の記憶が、芋づる式に流れて行く時がある。

その切欠の一つが、この歌でもある。

いや、『詩』と言った方が正しいのであろう。

この『今ありて』は、高校野球の大ファンである、『阿久 悠』氏が、『谷村 新司』さんに、『君が作曲をしてくれるならば、僕が詞を書く。』と言って、作られたそうである。

但し、『谷村 新司』さんは、『阿久 悠』氏に、一つだけ注文を付けたそうである。

『ああ 甲子園』。

サビの部分の始まりは、この歌詞にして欲しい。

そう、注文を付けた様である。

『阿久 悠』氏は、詞をあっと言う間に書き上げ、『谷村 新司』さんに渡したそうである。

『谷村 新司』さんは、元々、構想があったと言うか、イメージがあったそうで、こちらも、30分程度で、作曲は終ってしまったと言っている。

何とも、凄い話しである。

この曲を聴いて、まず思い出してしまう事は、勿論、高校野球の事である。

この曲が、選抜大会の大会歌になったのは、平成5年の事であったそうである。

私自身は、そこまでの記憶は無い。

だけれども、高校野球の審判も行い、審判の絶頂期に差し掛かる時期であった事には、間違いが無いと思った。

当時は、カラオケも無く、『You Tubu』だってありゃしない。

1年に1回しか聴けない、それも生でしか聴けない、貴重な曲であった。

春の選抜高校野球大会。

その開会式でしか、聴く事ができなかった。

それはともかくとして、高校球児達が、春の選抜高校野球大会に出場する為には、夏の甲子園で行われている選手権大会が、また行われている夏休みの最中から、秋季大会を勝ち抜く必要があった。

春の大会なのに、既に、夏休みの間から、もう始まっているのである。

何とも、凄まじい話しである。

そのために、高野連の審判委員として、審判をさせて頂いた。

その間にも練習試合は、毎週の様に、行われていた。

各学校のグラウンドや、様々な球場でも、審判をさせて頂いた。

そんな中で、球児達の素顔を観、話しを聞き、とても有意義な思いをさせて貰った。

そしてとても楽しく、充実した時を過ごさせて貰った。

そして、甲子園には、派遣審判がある事も知った。

頑張れば、審判で、甲子園に行けるかも知れない。

そんな淡い思いを持って、審判に励んだものであった。

そんな事が、どんどんと、溢れ出て来てしまうのである。

ボーイスカウトの事である。

春の選抜高校野球大会では、第79回大会までは、大阪連盟のベンチャースカウト達が、国旗や各種の旗、そして各チームのプラカードを持って入場行進をしていた。

優勝旗の返還や、レプリカの授与なども、ベンチャースカウト達が奉仕をしていた。

どう言う訳か判らないが、第80回の記念大会から、プラカードに付いては、ベンチャースカウトの出番が無くなってしまった。

本当に、残念な事である。

甲子園の奉仕。

これは、大阪連盟に所属をするベンチャースカウトならば、誰もが憧れたものだと言う。

実際に、甲子園で奉仕をしてきたと言う、指導者の皆さんにも、話を聴く事が何回かできた。

やり方はどうかと思う部分もあるが、甲子園に出たいがために、アワードを獲得し、技能章を獲得し、富士スカウトになったと言う話も聴いた。

とにかく、みんなみんな、甲子園に出たかったのである。

それだけに、みんなで競って、自分自身が自分でできる限りの努力をして、挑んだ場所なのである。

ボーイスカウトにとっても、甲子園は、甲子園であったのである。

それだけの場所なのである。

『ああ 甲子園』。

見事までな、歌詞と、メロディである。

本当に、想いが詰っている。

そして、第13回の日本ジャンボリー。

その帰り道。

事故で、阪神高速道路が使えないと言うので、迂回をする事になった。

ジャンボリーの会場は、大阪市内であったが、その迂回のお陰で、何と!

甲子園球場の横を通過する事になった。

 ああ 甲子園  草の芽 萌え立ち

 駆け巡る風は

 青春の息吹か

 ああ 甲子園  緑の山脈(やまなみ)

 たなびける雲は

 追いかける希望か

まさしく、その通りであった。

本当に、その通り。

阪神甲子園球場は、まさしく、その通りの姿をしていた。

そして、ジャンボリー会場で感じた風。

そして、仰いだ空に浮かんだ雲。

初めて裾野市の団との混成隊を組み、その隊長として、無事に遣り遂げた達成感。

そして、充実感や安堵感。

そんな事まで、連鎖的に、思い出させてくれるのである。

『阿久 悠』氏は、大の高校野球ファンで知られている。

だけれども、残念ながら、2007年 8月 1日に、お亡くなりになってしまった。

それも、夏の選手権大会を眼の前にしてである。

『阿久 悠』氏は、長年、『甲子園の詩』として、スポーツ新聞紙である『スポニチ』に、『詩』を寄稿している。

夏の選手権大会。

毎日毎日、『詩』を作っては寄稿をしていた。

私などは、それを読みたいがために、『スポニチ』を購読したぐらいである。

その『詩』は、決して、人が着目しない様な所に視点が置かれていた。

特に、死力を尽くして戦い抜いたチームや、しくじってしまった選手など、その彼等に贈るかの様な『詩』も非常に多かった。

誰もが着目しないようなそんな所にも、高校野球の真髄を観るかの如く、それはとてつもない、眼力であったと思う。

そんな『阿久 悠』氏が書かれた『詩』が、幾つかの高校で、『歌碑』になっている。

『阿久 悠』氏にしてみれば、著作権などは、全く問題では無かった様である。

『歌碑』にしたいと申し出があった時点で、喜んで『詩』をプレゼントしたのだと言う。

それも、直筆の原稿を添えての事だったらしい。

実際の『歌・唄・唱』の分野では、物凄い大ヒットを飛ばしていたのであるが、「瀬戸内少年野球団」を始として、野球も、本当に愛していたのであろう。

そう言えば、甲子園の名勝負として、『1979年 8月16日』の、『星稜高校 対 箕島高校』を挙げている。

昭和54年であったから、私は、3等陸曹として、立川駐屯地に居たとおもった。

延長18回裏、箕島高校が、サヨナラ勝ちを収めるのであるが、延長戦に入ってから、奇跡の同点ホームランが、2度も飛び出し、興奮をして、テレビにしがみついてた覚えがある。

それを、『阿久 悠』氏は、一番の名勝負として、挙げられている。

私も全く、同感である。

そして、今回の、この『詩』。

『今ありて』。

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

『今』があるからこそ、『未来』がある。

『今』があるからこそ、『伝統(歴史)』ができる。

野球シーズンの開幕と共に、歌われる様な感があるが、私にしてみたら、青春賛歌と言うのか、応援歌の様に聴こえてきてならない。

今は今しかない!

今を精一杯、生きよう!

一所懸命になろう!

悔いを残さないようにしよう!

全力でぶつかろう!

自分の未来は、自分で作っていこう!

自分がやらなければ誰がやるのだ!

人生の扉を拓いて行くのは、自分自身なのだ!

その姿を、みんなに見せつけよう!

後輩達は、絶対に観ていてくれる!

君達の努力は、何も無駄な事は無い!

絶対に、みんなの記憶に残る!

その姿を観て、後輩達もまた、頑張る原動力とできるのだ!

ボーイスカウトに、『スカウツオウン』と言うものがある。

まるでこの『詩』によって、その『スカウツオウン』が展開をされている様である。

この『詩』は、本当に、私の心を掴んでしまって、離れない。

そして、『谷村 新司』氏。

『アリス』のボーカル&ギタリストである。

『アリス』の『詩』もまた、私の心を掴んで放さなかった。

本当によく、歌ったものである。

下手糞なギターを掻き鳴らし、歌ったものである。

カラオケでも、とてもよく歌った。

心に残る、バンドである。

丁度、『星稜高校 対 箕島高校』の試合があった頃ではないのだろうか?

その2年後ぐらいであろうか?

『アリス』が、後楽園球場で、解散コンサートを行った。

その当時、私は、陸上自衛隊 東部方面ヘリコプター隊 本部付隊 通信班に、所属をしていた。

その通信班長が、ある日突然、

『アリスの音楽テープがあったら、貸してくれや。』

と言ってきた。

通信班長は、定年間近のお人であった。

私には、その様なお方が、とても『アリス』を聴くとは、到底、思えなかった。

訳を聞いてみると、

『いや、娘が、その何とかと言うコンサートに行くんで、それに付いて行くことになってしまって、少しは、曲ぐらいを知っておかんといかんと思ってな。』

と言う事であった。

私が、生徒の後期教育から、また部隊配置になってからも、とてもお世話になった方である。

その上、大学への進路も、決定付けて下さったお方である。

本当に、我儘し放題だった私の面倒を、とても良く看て下さった。

その方は、自衛官退官後、数年で、亡くなられてしまった。

誰からも愛される、とても素晴らしい、人格者であったのに。

お葬式には、行けなかった。

後日、お宅を訪ねた。

その行き帰り、私は車の中で、『アリス』を、ガンガンに鳴らしていた。

『今ありて』。

私の『今』があるのも、みんなの『今』があったこそなのである。

父親にしても、母親にしても、ボーイスカウトの仲間にしても、審判部の皆さんにしても、自衛隊の同期達にしても、多くの多くの友人、知人の皆様にしても、それぞれに、それぞれの、『今』があったからこそ、今の私の『今』が、あるのだと思う。

『今』を大切に。

そして、『今』を一生懸命になって、生きようではないか!

 今ありて  未来も扉を開く

 今ありて  時代も連なり始める

(おしまい!)

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2010年2月23日 (火)

『セレモニー!』(>_<)! (今現在)

今更、愚痴を言っても始まらないし、特に書く必要も無い様に感じるが、どうにもぶつける所が無い!

ここならば、この日記の中ならば、少しは、許しては、貰えるのであろうか?

『ロード・ベーデン・パウェル・オブ・ギルウェル』。

私達はそれを略して、『B-P卿』と呼ぶ。

スカウティング(スカウト運動)の創始者である。

1857年2月22日の、イギリス、ロンドンの生まれである。

元は、軍人であるが、退役後、1907年に、スカウト運動を始めた。

当時、イギリスには、『ボーイズ・ブリゲート』と言う、軍隊の、予備訓練を行う様な団体があったが、その集団訓練を観ていて、それでは、青少年の個性が失われてしまうと感じ、青少年の為の、教育方法を考え出した。

イギリス生まれのスカウト運動であったが、その後、全世界に、あっと言う間に広がってしまった。

あくまでも、青少年のための、教育運動である。

その運動は、非常に高く評価をされ、『世界平和』に貢献をしているとされて、B-Pは、ノーベル平和賞にノミネートもされたが、皮肉な事に、第2次世界大戦の勃発と共に、その話は、流れてしまった。

毎年、私達は、B-Pの誕生日である、2月22日前後の日曜日に、『B-P祭』と言う、行事を行う。

『B-P』に敬意を払い、心を新たにすると共に、地区内のスカウトや指導者が集まり、親睦を深める。

言い方を変えれば、地区内の加盟員全員が集まって行う、新年の、顔合せ行事と言った所であろうか?

今年もまた、その行事が行われた。

沼駿地区と言う、地区単位の行事であった。

ただ、沼駿地区は、元々は、3つの地区であった。

沼津地区・裾野地区・駿東地区の、3つに分かれていた。

ところがそれが、平成の大合併ではないが、1つの地区に統合をされてしまった。

私は、元々は、駿東地区に所属をしていた。

駿東地区では、毎年、『B-P祭』は、開催をされていた。

地区単位での、開催である。

沼津地区と裾野地区であるが、地区で行われていたのか?

それとも、団の単位で行われていたのか?

その辺りは、定かではない。

『B-P祭』が行われていなかった、とも、耳にした事もある。

でもまぁ、過去の事は、過去の事であって、今現在は、沼駿地区で行われているのである。

それは、とても、結構な事だと思った。

昨年は、お隣の、長泉町の桃沢野外活動センターで行われた。

ただ、身体障害者の私にとっては、かなり、難しい距離の所にある。

今年は、『スカウトフェア』も兼ねると言うので、長泉町の下土狩駅の、直ぐ脇にある、『コミュニティながいずみ』で、開催をされた。

そこであれば私も、何とか行く事ができる距離である。

と言う事で、出掛けてみた。

ボーイスカウトにおいては、『セレモニー』は、かなり重要な要素を占める。

いや、ボーイスカウトだけではない。

自衛隊にしろ何にしろ、とにかく『セレモニー』は、とても重要である。

その行事のその流れや、その行事の成功の可否まで、決めてしまいかねない!

だから『セレモニー』は、とても大切にしなければならないし、その内容には、必ず、『意味』がある。

何故こうするのか?

どうしてこうなるのか?

どれ一つ取ってみても、『無意味』なものなどは、全く、無いのである。

ただ、その『セレモニー』の内容については、何処にも書かれてはいない。

何も書き記されては、いない。

それは、『セレモニー』自体が、生き物、だからなのである。

『セレモニー』の内容の、大筋は決まっている。

だけれども、その年によって、盛り込む内容が違ったり、『新人』の方に、司会を任せてみたりと、当然、『変化』が起きてくる。

ではそれを、どの様に伝えて行くのかと言うと、それは、『口伝』でしか行えない。

そして、『体験』をして貰う事しかしない。

スカウティングは、『口伝の教育』であり、『体験教育』なのである。

『セレモニー』は、紙に書いてある事を、読み上げたって、駄目である。

スカウトなどの対象者の様子を伺ったり、雰囲気を感じ取って、運営を、行わなければならない。

『セレモニー』は、生きているのである。

また逆に、『セレモニー』を、生かすも殺すも、とても簡単なのである。

会場内に入ってみた。

『B-P卿』の、肖像画が、飾られていた。

Img_9117

確かに、格好は、それなりにできている。

でもどうして、ろうそくが、1本なのだ?

お通夜や、お葬式ではあるまいに!

どうして、1本だけ、火を点けて、立ててあるのだ?

私達には、『3つのちかい』と『8つのおきて』の、実践が、求められている。

『ちかい』も、『おきて』も、平仮名で書き表す。

では、どうして平仮名なのか?

『ちかい』と言う言葉は、『ちか火』であって、自分で自分の心の中に、灯すものなのである。

『おきて』は、『置く手』で、自分の、行動指針を表す。

だから漢字には、できないのである。

それにしても、『3つのちか火』。

誰も実践を、していないと言う事か?

それにも増して困るのが、この形で、良いと思われる事である。

ろうそく1本なんて、有り得ない話なのであるが、これだけ堂堂と行われてしまうと、どうにも手に負えない!

しまった!

しくじった!

後の祭りである。

ベーデン・パウェルは、『世界の総長』と、呼ばれている。

『世界の総長』は、後にも先にも、『B-P』、一人だけである。

その『B-P』を称える、『世界の総長』と言う『歌』が、存在をする。

ボーイスカウトの訓育方の一つに、

『歌で教える。』

『歌で育てる。』

と言う事がある。

ボーイスカウトには、『スカウトソング』と呼ばれる『歌』がある。

但しその歌の歌詞には、重要な意味がある。

一つのストーリーに、なっているのである。

だから、『スカウトソング』を歌う時には、3番まであるのなら、3番まで、歌を歌わないと、意味が無いのである。

逆に、3番目で歌わないと、意味が解らないのである。

私は、不安に思っていたが、やっぱり、そうであった。

Img_9130

1番の歌詞しか、書いていない!

『世界の総長』は、3番まである。

おまけに、『世界の総長』は、歌われる事は、無かった。

何と言う、『B-P祭』であろうか!

何と言う、『セレモニー』であろうか!

本当に、情け無い!

私は、本当に、がっかりしてしまった!

これが、実情なのだ!

だからこそ、ボーイスカウトは、衰退をしてしまうのだと、そう、強く感じた。

打ちひしがれて、外に出てみた。

確か、『スカウトフェア』も、同時開催だと言っていた。

ところが!

何だ?

この陣容は?

Img_9133

これだけでは、建物の中で、『開催』をしているとは、誰にも、判らないであろう!

何をしているのかも、判らない!

おまけに、『案内』も、『誘導』も、『勧誘』も、誰も何も、する人間がいない!

この横断幕は、全く、意味が無いではないか!

Img_9134

これも、仕方無しにと言うか、物のついでと言うのか?

とにかく、何かが、ずれている。

そして、何かが、壊れている!

Img_9139

ここは、何処の『砦』だ?

こんな事をしたら、誰も寄っては来ないぞ!

一般の人が近寄らない様に、『壁』を、作っているだけである。

陣地を、確保しているだけである。

本当に、はしたない!

それに、センスが、全く感じられない!

Img_9141

静岡県内で、『静岡県連盟』。

意味が、あるのであろうか?

Img_9142

『沼駿』と言う言葉。

使っているのは、ボーイスカウトだけである。

馴染みの無い言葉を使って、果たして効果があるであろうか?

とにかく、

『今ここで』、

『誰が』、

『何をしているのか?』

だから、

『どうして欲しいのか?』

それが、全くと言って、何も伝わって来ない!

ただ単に、行事を、こなしただけである。

情け無い。

本当に、情け無い!

これを、こんな事を、当然と思って行っている私達。

ボーイスカウトの衰退は、こんな所にも、完全に、見えて来てしまっている!

みんな、気が付いてくれよ!

眼を覚ましてくれよ!

頼むから!

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2010年2月17日 (水)

『もみじ、と、かえで』 (小学校3年生 ⅩⅩⅢ)

♪『あきのゆうひに てるやまもみじ ・・・・・。』

誰でもが知っている、唱歌である。

この曲は、確か、輪唱の様な歌い方だった気がする。

その上、途中まで歌っていくと、確か、高音と、低音に、分かれて、歌うことになったと思った。

私は、自分では音痴とは感じてはいなかったが、どうしても音が採れない、音程が合わないと言うか、曲に乗れない事が、多かった。

川口先生は、どちらかと言うと、音楽は、とても好きだった先生の様に思った。

音楽の授業には、とても熱が入っていた様に感じた。

私の、私の記憶の範疇だけであるが、小学校3年生になった時には、急に、学習の程度が上がってしまったように感じた。

と言うか、そもそも、小学校2年生の時に、ろくに学習をしていなかったのであるから、それで、授業に、何とか付いて行けたのが、不思議なくらいである。

ただ、授業時間が少ないもの。

例えば、音楽だとか、図画・工作などは、とても苦手な部類に、入っていた事には、間違いが無かったと思う。

『もみじ。』

この歌は、とてつもなく、歌わされた様な、記憶が残っている。

音楽の授業の、1時限分。

この頃の、授業時間は、一体全体、何分ぐらいであったろうか?

とにかく、その授業時間中、ずっと、立たされっ放しで、歌わされっ放しで、声が嗄れてしまうぐらいまでに、歌わされた記憶がある。

『駄目じゃないの!』

『先に歌っている人の声を、ちゃんと聴いて!』

『オルガンに、ちゃんと合わせて!』

『音がずれている!』

などなど、音楽の時間になると、川口先生は、人が変わった様になった。

罵声も飛んだ!

あの、優しい先生では無かった。

とても厳しい先生に、変わってしまっていた。

先生は、音楽が得意であったのだろうか?

その割には、先生の歌声を覚えてはいない。

いや、実際の所、それ以前に、先生の声を、覚えてはいないではないか!

だから、どの様な声で、また、歌声であったのかは、残念ながら、覚えてはいない。

その代わり、『言葉』、だけは、多量に、覚えているのである。

先生は、何とか、輪唱の部分だけは、完成をさせたかった様であった。

クラスのみんなを、半分に分けたり、男子と女子と、分けてみたり、そんな事を、何回も繰り返したことを、覚えている。

そうして、何回も何回も、歌った。

授業は、一回きりでは、無かった様に思った。

2回か3回。

いや、もっと歌ったであろうか?

とにかく、この曲の事だけは、やたらと覚えているのである。

そうして、後半部分である。

高音と、低音に分かれるのである。

と言うか、主旋律と、和音と言ったら良いのであろうか?

はたまた、ハーモニーとても言うべきものなのか?

その点においては、私には、全く、知識が無い。

とにかく、男子と、女子とが、全く、別々に歌うのである。

『かえるのうた』とか、そう言ったレベルの歌ではない。

とにかく、私は、全く、歌うことができなかった。

どうしても、女子につられてしまうのである。

その上、周りに、男子がいても、駄目なのである。

そうすると今度は、音程が、全く取れなくなってしまうのであった。

結局、何処にいても、何をしても、歌うことができなくなってしまっていた。

川口先生は、

『どうして歌えないの?』

と、かなり、ヒステリックになっていたことだけは、そしてその顔は、今でも、覚えている。

歌詞だけは、完璧に、覚えてしまった。

何回も何回も歌わされた、『もみじ』。

本当に、教科書を観る必要も無い位に、覚えてしまった。

ある時、確か、音楽の授業以外の時であったと思う。

『もみじ』を、みんなで歌った。

歌詞を覚えていた私は、結構、すらすらと歌えた。

そして、どうでも良いやと思っていた時に、意外にも、曲に、乗れることができたのである。

はっきりと、それは自覚ができたのである。

『やまのふもとの』、ではなくて、『や~~まの、ふ・も・と・の』と、

はっきりと、発音をする事ができたのであった。

川口先生は、

『みんな上手くなったわね!』

と、上機嫌であった。

どうやらやはり、今までは、私がクラスのみんなの、和音を、駄目にしていた事だけは、確からしかった。

何で?

どうして?

そこまで、『もみじ』を練習する必要があったのか?

結局それは、『学習発表会』の為であった。

保護者を学校に呼び、学習の成果を、披露するものである。

『歌』や『劇』、教室の壁には、みんなが描いた『絵』などが貼り出され、所謂、クラス内だけでの、ミニ文化祭の様なものであった。

その為に、必死になって、練習を、繰り返していたのであった。

私は、結構、得意気になって歌っていた。

家に帰っても、歌っていた。

自分で、なかなか上手くなったと、自画自賛をしていた。

だけれども、ある時、祖父が、

『何だか、おかしくないか?』

と聞いて来た。

私は、

♪『 秋の夕日に 手る山 紅葉  鯉も 薄いも 数ある中に 

   待つを色取る 楓 八田は  山の麓の 裾野模様 』

と、胸を張って、歌ってみた。

すると祖父が、

『何だか、違う感じが、するなぁ。』

と、呟いていた。

私は、何が違うのかなんて、さっぱり判らなかった。

とにかく、祖父が言っている意味が、全く、掴み取れなかった。

私は、まぁ、どうでも良いやと思って、結局は、そのままに、してしまった。

とにかく、ずっと、ずっと、そのままで、あったのである。

それからであるが、私が愕然としたのは、それから5年後の事だったと、思った。

それは、ボーイスカウトに入って、中学2年生の頃であったろうか?

私は、『少年隊』と言う、小学校6年生から、中学校3年生までで組織をされる、『隊』に所属をしていた。

その私達の下には、小学校3年生から、5年生までで組織されていた、『年少隊』と言う『隊』があった。

その子達の面倒を看るために、『少年隊』から、『年少隊』に、『デンチーフ』と言う者が、派遣をされた。

その『デンチーフ』達は、『デン(組)』に1名ずつ付いて、『歌』や『ゲーム』や『スタンツ(寸劇)』などの指導を行う。

私は当時は、上級班長であったが、『デンチーフ』達を指導するために、一緒に、『年少隊』に、派遣をされていた。

そこである日、『歌集』を渡された。

そこで、その『歌集』を観て、私は、愕然!としたのである。

 秋の夕日に 照る山もみじ  濃いも薄いも  数ある中に

 松を彩る  かえでや蔦は  山のふもとの すそ模様

 谷の流れに 散り浮くもみじ  波に揺られて 離れて寄って

 赤や黄色の 色さまざまに  水の上にも  織る錦

本当に、『なんじゃ、こりゃぁ!』、の、世界であった!

何と言う事であろうか?

私が今まで、覚えていたものは、一体全体、何であったのだろうか?

全くの、覚え間違いではないか!

私は、恐る恐る、『年少隊』の隊長に聞いてみた。

『あの~、もみじと、かえで、って、違うんですよね?』

『楓などが紅葉して、もみじに、なるんだよ!』

『年少隊』の隊長は、かなりの呆れ顔で、そう、言い放った。

私は何せ、『少年隊』の、上級班長である。

そんな、基本中の基本、肝心要の事を、今更言わせないぞ!

と言う位の、勢いであった。

しかしながら私は、

『あのぉ~、この字(蔦)、なんですが・・・。』

そうすると、『年少隊』の隊長は、私を外に誘い、

『部屋の中では、話ができんから・・・。』

と言って、樹木が茂っている場所に、私を連れて行った。

そうすると、『年少隊』の隊長が、

♪『蔦の絡まるチャペルで・・・。』

と、突然、歌い出した!

『つる、の、事だよ。』

ボーイスカウトの、隠れた教育法の一つに、『歌で教える』、と言う方法がある。

要は、『歌詞』で、『歌詞』を覚える事によって、教育をしていくのである。

その『歌詞』の『意味』。

その『意味』を、充分に、理解する事によって、『知識』としていくのである。

『もみじ』。

結局、その様な『木』は、存在をしなかったのである。

小学校3年生から、中学校2年生まで。

私は、『紅葉』と言う木が、存在をすると、思い続けていたのであった。

そして、歌詞も、出鱈目なのであった。

私は、その事があって以来、『歌詞』は、できる限り、吟味、する様にしている。

しかしながら、最近の『歌詞』は、残念ながら、意味が、全く、理解できなくなって来てしまっている。

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