カテゴリー「自衛隊」の57件の記事

2017年7月10日 (月)

『匂いの、正体!(その4(終))』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その48)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【匂いの、正体!(その4(終))】(^-^)/


(ペン)「『Wさん』と、おデブ隊長。
     不思議な、『ご縁』が、できちゃったね。」

(ハム)「あぁ、そうだね。」

(ペン)「二人の話し。
     全然、途切れないけど、このままなのかなぁ。」

(ハム)「多分だけど、『北島国造館』に入ったら、
     急に変わると思うよ。

     話の切り替えが速い。
     それが、自衛官だから。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだ。

     でもさ。
     『Wさん』、何で、あんなに大喜び
     してるんだろ。」

(ハム)「んとね。

     『航空通信』の話しだけど、

      『超~、久々にした。』

     って、『Wさん』が、言ってるよ。

     それにね。

      『F-15が、導入されてからは、
       『地方連絡部(現:地方協力本部)』
       等の、勤務に回った。』

     んだって。

     だから、

      『『航空通信』の話などは、通じないし、
       誰もしないし、誰も聞いてくれないし、
       孤独感もあったし、
       鬱屈感の様なものもあった。』

     そうだよ。

     それで、ここで、おデブ隊長に、
     遭ったおかげで、昔の記憶が蘇って来て、
     思う存分、話すことができて、少し、
     ガイドの役目を忘れかけてしまったけれど、
     とことん、昔の話を、話すことができて、
     とっても、愉しかったそうだよ。

     おまけに、陸上自衛隊の、パイロットの
     養成の様子や、無線機の整備の話なども
     聞くことができて、何となく、合点が行った、
     とも、言ってるよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そんなにも、内容が、深かったんだぁ。

     やっぱり、自衛官にしか分からないって言うか、
     そんな話を、おデブ隊長と話せて、
     『Wさん』は、良かったんだぁ。」

(ハム)「そうだね。
     何となくだけど、心のつかえが、
     取れたみたいだよ。

     だけどね。
     『Wさん』が、残念なことが、一つあるって、
     言ってるよ。」

(ペン)「え゛~。
     なんだろうね。」

(ハム)「おデブ隊長がね。
     明日の晩、『航空通信修理課程』の、
     同期生と、一杯やると言ったら、『Wさん』が、
     何かを、想い出したみたいだよ。」

(ペン)「何だろうね?
     『同期生と、一杯!』
     そこに、何かあるのかなぁ。」

(ハム)「うん。
     なんでも、6年前の話しなんだって。」

(ペン)「6年前ぇ~?
     何か、あったかなぁ。
     まぁ、俺達は、カブだったかも
     知れないけどぉ。」

(ハム)「おいおい!
     大事なことを忘れてないか?
     2011年3月11日(金)だよ!」

(ペン)「あ゛~!
     『東日本大震災!』

     え゛っ、おや?
     ちょっと待って!

     確か、『航空自衛隊生徒』が、
     廃止されたのは、2011年3月だったよね。

     ひょっとして、もしかして、それと、
     関係があるのぉ?」

(ハム)「有るも無いも、大有りだよ!

     『Wさん』の話しによると、
     『航空自衛隊生徒』の最後の卒業式と、
     『航空自衛隊生徒の廃止式典』、
     『祝賀会』が、2011年3月19日(土)に、
     行われる予定だったんだって。

     だけど、現役の自衛官は、みんな、
     『東日本大震災』の、災害派遣で、
     出動してしまったんだよ。

     それに、『ブルーインパルス』だって、
     一部だけど、津波に、流されちゃったじゃん!

     そうしたら、呑気に、『式典』や『祝賀会』
     なんて、やってられないじゃん。

     それでね。
     『最後の日』に、『航空自衛隊生徒』の、
     OBの皆さんは、期待に胸を膨らませて、
     『熊谷基地』に集う予定だったんだって。

     勿論、『Wさん』も、とっても、
     愉しみにしていたんだって。

     だってさ!
     自衛隊は、日本全国でしょ。

     『Wさん』の、第5期の、50名程度の、
     同期生の皆さんは、全国に、バラバラに
     いる訳だから、なかなか、会うことが
     できなかったし、多分、『最後の卒業式』、
     『廃止式典』、『祝賀会』が、本当に、
     最後に会うチャンスなんだろうって、
     考えていたんだって。

     他の同期生の皆さんも、
     『これが、最後になるだろう。』
     って、覚悟を決めていたんだって。

(ペン)「そうだよね。
     最後だもん!
     みんな、会いたいに決まってるじゃん!」

(ハム)「でもね。
     結局、みんながみんな、
     『熊谷基地』に集って、会うことは
     できなかったんだって。

     やっぱり、大災害が起きて、多くの人々を、
     緊急に救助しなければならない状況下では、
     国内移動は、極力、控えて、
     自衛隊の災害派遣や、その他、警察、消防、
     行政機関、民間のボランティアなどが、
     優先的に移動できる様にすべきだと考えて、
     腹を決めたんだって!

     流石に、そこは、『航空自衛隊生徒』なんだよ。

     と言うか、自衛官なんだよ。

     被災者のことを、最優先に考えたんだね。

     それでね。
     『最後の卒業式』は、集まることのできる、
     近隣のOBが集まり、『最後の卒業生』を、
     見守ったんだって。

     だけど、『航空幕僚長』は、『熊谷基地』に、
     来ることはできず、『航空生徒隊 隊旗』は、
     『航空幕僚長』に、直接は、
     返納できなかったんだって。

     『廃止式典』は、簡略化され、勿論、
     『祝賀会』は、諦めざるを得なかったんだけど、
     OBから集められた、『祝賀会費』の、
     『約300万円』は、『東日本大震災』の、
     被災者に、贈られたんだって!

     それでね。
     そのことは、

     『皆の胸に秘めておこう。』

     と言うことで、当初は、一切、
     口外されなかったんだって。」

(ペン)「すんげぇ~!
     なんと言うことだ!

     母校が、無くなってしまうと言う、
     とっても悲しい時に、『東日本大震災』で、
     追い打ちを掛けられてしまって、
     本当ならば、挫けちゃうところなのに、
     みんな、凄いなぁ!

     『航空自衛隊生徒』って、凄いじゃん!」

(ハム)「そうだね。

     今の、『Wさん』のお話。
     おデブ隊長は、初めて聴いたみたいだよ。

     『知らなくて、とっても恥ずかしい!』

     って、言ってるから。」

(ペン)「そっかぁ。

     おデブ隊長、あれで、結構、
     涙もろいんだよなぁ。
     おまけに、そう言う、感動する話って、
     いつまでも、引き摺るしぃ。

     それで、『Wさん』は、何て言ってるの。」

(ハム)「うん!
     すっきりしたって!

     今まで、話す相手もいなくて、同期生達とは、
     電話だけの話しだし、全く、
     詰まらなかったんだって!

     それが、おデブ隊長が、現れてくれたお陰で、
     殆ど、話すことができたんだって。

     だから、とっても、有難かったって!」

(ペン)「そうなんだ。
     本当に、胸のつかえが、取れたって感じなんだね。
     良かったじゃん。

     おデブ隊長も、少しは、役に立ったじゃん。」

(ハム)「そうかもね。

     でもさぁ。
     これって、きっと、『大国主大神』や、
     『出雲大社』の、パワーのお陰なんだよ。
     そして、絶対に、『縁結び』は、あると、
     信じるよ。」

(ペン)「そうだよね。
     こんな話、『Wさん』と、おデブ隊長が、
     出会わなかったら、まず、聴けないもんね。

     本当に、超~、不思議だよなぁ。

     『出雲大社』、畏るべし!

     俺も、『縁結び』、信じるどぉ~!」

(ハム)「あとね。
     『Wさん』がね。

      『同期会、思う存分、
       愉しんでくださいね。』

     って、言ってるよ。」

(ペン)「え゛?」

(ハム)「『Wさん』達は、『最後の同期生会』が、
     できなかったし、何も、
     愉しめなかったじゃん。

     それに、いつ、どこで、何が起こるか
     分からないし。

     だから、生かせるチャンスは、
     きちんと生かして、悔いを残さない様に、
     と言うことじゃないのかなぁ。」

(ペン)「あ゛~!
     そっかぁ。
     そうだよね。

     『Wさん』達は、何もできなかったし、
     何も愉しめなかったんだものね。」

(ハム)「うん。
     とっても、悲しかっただろうね。

     だから、その想いで、おデブ隊長に、

     『思う存分、愉しんで!』
     って、言ってるんだろうね。」

(ペン)「う゛~ん。
     優しいなぁ。

     『Wさん』って、とっても優しいじゃん。

     そんなに、気を遣って貰ってさ。
     おデブ隊長は、とても有難い『ご縁』に、
     巡り合っちゃったじゃん!」

(ハム)「そうだね。
     本当に、信じられない程の、
     不思議な『ご縁』だよね。

     だけど、こう言うことって、
     現実に起こるんだね!

     偶然じゃぁ、済まされないし、
     ただただ、驚きだよ!」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年7月 9日 (日)

『匂いの、正体!(その3)』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その47)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【匂いの、正体!(その3)】(^-^)/


(ペン)「あのさぁ。
     今までの話を聴いているとさぁ。
     『Wさん』と、おデブ隊長の、共通点って、
     『自衛隊生徒』だけじゃん。
     それで、どうして、話が盛り上がってんのさ。」

(ハム)「そうだね。

     実はね。
     『通信』は、通信でも、『航空通信』と
     言うことが、かなりの共通点みたいなんだよ。

     『Wさん』はね。
     戦闘機の、『通信修理』だったみたい。
     それで、最初の赴任地は、沖縄だったんだって。

     それはね。
     最新鋭の戦闘機が、配備されると、
     最新の通信機器の整備、修理ができる者が、
     付いて行かなくちゃならなかった
     からなんだって。

     だから、学校で、最新の教育を受けた生徒が、
     赴任するのが、当たり前の様な感じだった、
     って、言ってるよ。

     その後も、『戦闘機』がある部隊、基地へしか、
     転属は、できなかったんだって。

     例えばだけど、お隣の、鳥取県境港市にある、
     『美保基地』には、『輸送航空隊』が、
     あるんだけど、そう言う所に、転属の希望を
     出しても、叶わなかったんだって。

     でも、『浜松基地』の実習で、
     『ブルーインパルス』を、観たり、触ったり、
     できた時には、無茶苦茶、嬉しかったそうだよ。」

(ペン)「へぇ~!
     『ブルーインパルス』、格好良いもんね。」

(ハム)「それでね。

     『Wさん』が、

      『陸上自衛隊にも、『航空通信修理課程』と
       言うものが、あるとは知りませんでした。』

     って、言ってるよ。

     それに対して、おデブ隊長が、

      ・生徒17期から、新設された課程

      ・自分は、『航空通信修理課程』では、
       5期生に当たる

      ・『航空通信修理課程』の人数は、
       他の課程に比べて、とても少なく、
       17名だった

     などの説明をしているよ。」

(ペン)「そっかぁ!
     『航空通信修理』、繋がりなんだぁ!
     だから、話が、滅茶苦茶、
     盛り上がってたんだね。」

(ハム)「うん!

     それとね。
     『第5期生』と言うのが、『Wさん』の興味を、
     かなり、そそったみたいだよ。」

(ペン)「え゛~!
     でもさ。
     5期って言っても、全然、違う5期じゃん!
     それでも、良いの?」

(ハム)「いいみたいだよ。
     とにかく、おデブ隊長の方が、
     少しでもずれていたら、例えば、
     『航空通信修理課程』の、4期だとか、
     6期だったら、どうなると思う?」

(ペン)「ん゛~!
     まぁ、何となく、しっくりとは来ないよなぁ。」

(ハム)「でしょう!
     だから、『Wさん』は、同じ職種で、同じ期で、
     ワクワクしちゃったみたいなんだ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そんなものなのかなぁ。
     『自衛隊生徒』って、超~、ふ・し・ぎ!」

(ハム)「何だか、アルファベットの話をしているよ。

     えっとぉ。

     VHF・UHF・HF・AM・FM・SSB・
     ADF・VOR・GS・ILS・LOC・
     SIF・IFF・GCA・TACAN・
     DEM・GPS・AMeDAS・
     CONTROL・APPROACH・
     TOWER・JP4・JP5・
     FOLLOW ME・・・・・。

     って、際限が無いなぁ。」

(ペン)「げぇ~!

     何を言ってるのか、全く、解んないよぉ。
     おデブ隊長、いい加減なことを、
     言ってんじゃないのぉ。

     適当に、滅茶苦茶に、アルファベットを、
     並べているだけじゃないのぉ。」

(ハム)「ん゛~。
     そうでもないみたい。

     『Wさん』がね。
     一つずつ、頷きながら、聞いているもの。
     その上、相槌まで打ってるよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだ。
     でもさぁ。
     なんで、あんな単語で、話が通じるのさ?」

(ハム)「そこなんだよなぁ。
     どうやら、みんな、アルファベットの、
     頭文字を、取ったものみたい。

     それでね。
     無線機の名前だったり、航空システムの名称
     だったり、気象・管制の名前だったり、
     色々みたいだよ。

     それが、二人が共通認識できて、話は、充分、
     通じるみたいなんだ。」

(ペン)「ひょぇぇ~!

     それってさ。
     隠語とか、合言葉とか、二人だけにしか、
     解からない言葉って、そう言うことだよね。」

(ハム)「そうだね。
     多分、ここ周辺にいる人達の中で、
     二人の言葉が判る人は、殆ど、
     いないんじゃないのかなぁ。

     余程の、航空マニアならば、話は、別だけどぉ。」

(ペン)「でもさぁ。
     そんな話で、面白いのかなぁ。」

(ハム)「大丈夫みたいだよ。

     『Wさん』は、

      『いやぁ、大駐車場でお会いしてから、
       色々と、お話を聴いていて、
       ひょっとしたら、元自衛官だったんじゃ
       ないのかって、気になっていたんですよぉ。
       それが、まさか、生徒ご出身の方だった
       なんて。

       それも、同じ、『航空通信修理』
       だったとは、信じられない、
       巡り合わせですよ。

       自衛官の方は、何回か、ご案内した経験が
       ございますが、今回はですねぇ。

       いやぁ、実に驚きました。

       これは、もはや、偶然ではないですねぇ。
       やはり、お導きがあったのだと思います。
       それも、単なる『縁結び』ではなく、
       『超~、縁結び』ですなぁ。

       ワッハッハッハ!』

      って、大喜びしているから。」

(ペン)「そんなにも、陸海空の、生徒同士が、
     出会うのは、珍しいものなの?

     確率が、超~、低いってことなのぉ?」

(ハム)「そうだね。

     おデブ隊長がねぇ。
     立川駐屯地にいた時に、『入間基地』とか、
     『厚木基地』に、行くことがあったんだって。

     そこで、色々と聞いてみても、生徒出身者は、
     見付けることができなかったんだって。

     あとね。
     市ヶ谷駐屯地や、防衛庁(桧町駐屯地)で、
     勤務していた時には、海上自衛官や、
     航空自衛官とも、一緒に勤務していたことが
     あったんだけど、海上自衛官で、一人だけ、
     生徒出身者に、会うことができたんだって。

     それも、珍しいことに、第21期の同期生
     だったんだって。

     航空自衛官では、生徒出身者には、
     会えなかったんだって。」

(ペン)「ふぇ~!
     超~、難関って言うことぉ?」

(ハム)「そうみたい。

     やっぱり、『航空自衛隊生徒』は、
     人数が少ないだけに、会える確率は、
     物凄く、低いみたいだよ。

     その上、同じ職種って言うのは、
     奇跡に近いみたいだよ。」

(ペン)「そっかぁ。
     そうなんだ。
     それで、『物凄い縁結び』って、
     ことなんだね。」

(ハム)「うん!
 
     きっと、『Wさん』にとっては、初めてのこと
     なんじゃないのかなぁ。

     勿論、おデブ隊長に、とってもだけど。」

(ペン)「そっかぁ。

     二人にとっては、とっても意外で、初めての
     ことだから、こんなにも、
     盛り上がっているんだね。

     するってぇと、話しの止め様が無いし、
     こりゃ、放置だな。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年7月 8日 (土)

『匂いの、正体!(その2)』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その46)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【匂いの、正体!(その2)】(^-^)/


(ペン)「『Wさん』と、おデブ隊長の、縁結びって、
     一体、何なのぉ?」

(ハム)「それじゃぁ、整理して、話すよ。

     まず、おデブ隊長だけど、
     『陸上自衛隊生徒 第21期生』だよね。

     それで、15歳で、
     『陸上自衛隊 少年工科学校』に入校して、
     19歳で、『陸上自衛隊 航空学校』を
     卒業して、三等陸曹になって、
     部隊配置されてるよね。

     それは、憶えてる?」

(ペン)「あぁ、憶えてる。
     大丈夫だよぉ。

     じゃぁ、『Wさん』は、おデブ隊長の、
     先輩なのぉ!」

(ハム)「いいや!
     ちょっと、違うんだよなぁ。
     でも、大先輩であることは、確かだよ。

     それじゃぁ、今度は、『Wさん』の方だよ。

     えっとねぇ。
     『Wさん』は、『航空自衛隊生徒 第5期生』
     なんだって。」

(ペン)「こうくうじえいたいぃ~!」

(ハム)「あぁ、そうだよ。

     自衛隊の生徒制度は、陸海空に、
     それぞれ、あったんだよ。

     だけどね。
     海上自衛隊と、航空自衛隊の生徒制度は、
     2,011年に、廃止されちゃったんだ。」

(ペン)「え゛え゛~、どうしてぇ?
     なんでなのぉ?」

(ハム)「政府の方針だったんだ。

     生徒の教育・育成に関して、お金が、
     掛かり過ぎ、だとかで。

     それに、自衛官の募集方法や、
     予備自衛官のあり方などを変えて、新たな、
     部隊組織編成に、踏み切ったからだったんだって。

     でもね。
     陸上自衛隊だけは、残ったんだよ。

     多くの、生徒OBや、
     『陸上自衛隊 少年工科学校』の、必要性や、
     重要性を、認識していた方々が、
     ありとあらゆるところで、働き掛け、
     『陸上自衛隊 高等工科学校』として、
     遺すことができたんだ。」

(ペン)「そうだったんだぁ。」

(ハム)「でもね。

     生徒の身分は、おデブ隊長の頃は、
     『自衛官』で、『特別職国家公務員』
     だったんだけど、今は、『自衛隊員』で、
     『特別職国家公務員』なんだよ。

     だからね。
     実際には、生徒は、『防衛省職員』と言う
     身分なんだ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     何だか、ややこしいけど、陸上自衛隊には、
     生徒制度が、遺ったんだぁ。
     良かったじゃん!」

(ハム)「それでね。
     おデブ隊長には、母校が、遺っているけど、
     『Wさん』には、母校に相当する処が、
     遺っていないって、そう言ってる。」

(ペン)「げぇ~!
     そうだよねぇ。

     廃止されちゃたんだもんね。
     寂しいよね。
     何だか、可哀想過ぎる感じがする。」

(ハム)「『Wさん』だけど、最初は、山口県の
     『防府南基地』で、『航空生徒隊』に、
     入隊したんだって。

     それで、『航空自衛隊 熊谷基地』に、
     『航空自衛隊 第二術科学校 熊谷分校』が、
     新編されたんだって。

     そこで、
     『航空自衛隊 第二術科学校 熊谷分校』に、
     『航空生徒隊』が編成されて、途中で、
     『防府南基地』から移転したんだって。」

(ペン)「ひぇ~!
     そっかぁ。
     移動しているから、母校が、
     無くなっているってこと?」

(ハム)「いや、実は、もっとあるんだ。

     『航空自衛隊 第二術科学校 熊谷分校』は、
     その後、『航空自衛隊 第四術科学校』と
     なるんだけど、『航空生徒隊』は、
     その隷下に入るんだ。

     そして、
     『航空自衛隊 第四術科学校 生徒隊』と、
     呼ばれる様になるんだ。」

(ペン)「ふんげぇ~。
     そんなにも変わっちゃうのぉ。
     自衛隊って、何だか、ややこしいなぁ。」

(ハム)「それでね。」

(ペン)「え゛っ!
     まだあんの?」

(ハム)「うん。

     『航空自衛隊 第四術科学校 生徒隊』は、
     その後、かなりの間、そのままだったんだけど、
     今度は、生徒が、『熊谷基地』にいる、
     そのままの状態で、所属だけ、
     『防府南基地』の、
     『航空自衛隊 航空教育隊』の隷下に、
     入れられてしまうんだ。」

(ペン)「げぇ~!

     それって、何だか、故郷に、戻ったって
     感じだけど、なんか、たらい回しの様な
     気がするなぁ。」

(ハム)「自衛隊だもん。
     仕方ないって言えば、仕方ないんだけどさ。

     『Wさん』は、

      『まぁ、空自の生徒(制度)は、
       無くなってしまいましたが、熊谷の
       『四術校』が、私達の、母校と言えば、
       母校なのでしょうね。』

     って、言ってるよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。

     だけど、そうしたらさ。
     名前は変わっちゃったけど、母校が、
     現実的に遺っている、おデブ隊長は、
     幸せ者だよね。」

(ハム)「でもね。

     『Wさん』が、

      『空自生徒は、弱小でしたからねぇ。

       陸上さんは、『少年工科学校』でしょ。
       海さんは、『少年術科学校』でしょ。
       それぞれ、学校がありましたからねぇ。

       私共は、あくまでも『生徒隊』で、
       『四術校』の、一部でしたからね。

       ただ、隊舎は遺っている様で、やはり、
       『四術校』が、私達の、
       母校なのでしょう。』

      だって。」

(ペン)「ん゛~。
     なかなか、難しい、お話し!

     頭の中では、分かってはいるんだけど、
     心が、落ち着かないって、感じなのかなぁ。

     故郷が無いって言うか、戻る所が、
     消えちゃったって言うかぁ。
     なんか、複雑だよなぁ。

     それで、おデブ隊長が、
     『航空自衛隊生徒』の、変遷と言うか、
     歴史と言うか、そんなことを、しつこく、
     聴いていたんだね。」

(ハム)「実際問題、陸海空の生徒は、あまり交流が
     無いんだよ。
     だから、お互いのことを、殆ど、知らないんだ。

     あとね。
     『Wさん』が、人数のことも言ってる。

     『21期生の、入校当時、生徒の定数は、
      一学年で、陸上さんは、500名位
      だったでしょ。
      海さんは、150名。

      我々は、確か、100名程度だと
      思いましたが、蓋を開けてみると、
      入校者は、70~80名程度でしたからねぇ。

      その上、何期からでしたかねぇ。
      定数が、半減されてしまったでしょ。

      つまり、一期当たり、『空自生徒』は、
      50名ってことですよ。

      そうなると、とてもではないですが、
      生徒専用の、学校などは、
      用意して貰えない訳です。

      それに、『四術校』では、
      成人の自衛官も多く、若輩の、
      生徒との諍いも、少なからず、
      あった訳です。

      おまけに、生徒達は、成人の振りをして、
      悪さをする者もおり、退職者も出ました。

      ですが、一番は、やはり、『パイロット』
      と言う将来を、夢見て、みんな入隊して
      くる訳です。

      それが、実現できないと言うことを知り、
      悲観的になる者も多く、また、希望する職種
      にも就けず、夢破れて、退官する者も、
      多かった様です。』

     だって!」

(ペン)「そうなんだぁ。
     パイロットになれず、希望の仕事にも就けない。
     何だか悲しくって、色々と、大変だったんだね。」

(ハム)「そうだね。
     きっと、おデブ隊長は、『少年工科学校』で、
     お気楽に、過ごしていたんじゃないのかなぁ。

     それに比べて、『Wさん』達、
     『航空自衛隊生徒』は、厳しい環境で、
     苦労をしていたって、ことじゃないのかなぁ。」

(ペン)「ところでさ。
     おデブ隊長は、『少年工科学校』を、
     卒業してから、『航空学校』に、入ったじゃん。

     それで、『Wさん』は、
     『航空自衛隊 第四術科学校 生徒隊』のあとは、
     どうしたの?」

(ハム)「えっとねぇ。

     『Wさん』の頃の、『航空自衛隊生徒』の進路は、
     色々だったんだって。

     主は、『通信』なんだけど、その中には、
     無線も有線もあるし、役割として、
     通信手だったり、整備士であったり、
     修理を行なったり、レーダーを操作したり、
     レーダーの、整備も修理もしたり、あと、
     気象とか、航空管制もあったとか。

     とにかく、物凄い数の、職種と言うか、
     種類があって、空自の生徒は、
     『引く手あまた』だったんだって。

     それでね。
     基本は、『熊谷基地』の『第四術科学校』
     だったんだけど、『Wさん』は、
     『航空自衛隊 浜松基地』に行って、
     実習を行ったんだって。

     そして、『第四術科学校』に戻って来て、
     『3等空曹』に、なったんだって。

     自衛隊生徒課程が、4年間だと言うことは、
     陸海空、共通なんだよね。」

(ペン)「ふぅ~ん。

     4年間と言っても、やっぱり、色々と、
     移動があるんだ。
     大変だにゃぁ。

     でもさ。
     今までの話を聴いているとさ。
     『Wさん』と、おデブ隊長の、共通点って、
     『自衛隊生徒』だけじゃん。

     それで、どうして、話が盛り上がってんのさ。」

(ハム)「そうだね。
     でも、実はね。
     どうやら、職種に、関係があるみたいだよ。」

(ペン)「職種?」

(ハム)「うん。
     『航空通信修理』、みたい。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年7月 7日 (金)

『匂いの、正体!(その1)』(^-^)/ 

(出雲市・米子市 訪問:その45)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【匂いの、正体!(その1)】(^-^)/


(ハム)「『荒垣』の外に、出ちゃったね。」

(ペン)「次は、どこに行くのかなぁ。」

(ハム)「東に向かっているから、多分、
     『北島国造館』に、向かっているんだと思う。」

(ペン)「それってさぁ。
     二つに分かれてしまった、国造家の、
     もう一つの方だよね。」

(ハム)「うん!
     その通り!」

(ペン)「あんれぇ~?
     今、川を渡らなかったぁ?」

(ハム)「うん。
     渡ったよ。
     最初の、『神楽殿』から、
     『荒垣』内に入る時も、川を渡ったじゃん!」

(ペン)「げげっ!
     覚えてないよぉ。」

(ハム)「全くもう、しょうがないなぁ。

     『出雲大社』は、西側を流れる、
     『素鵞川(そががわ)』と、東側を流れる、
     『吉野川(熊野川)』に、挟まれているんだって。

     西側の『素鵞川』を、渡った時に、
     『祓橋』を、渡って来たでしょ。」

(ペン)「ぎょぇ~!
     そうだったっけぇ?」

(ハム)「全く、もう!

     それでね。
     『出雲大社』の、ご神域が、その川によって、
     護られているんだって。

     古来から、水は、生命力の象徴だったんだって。
     だから、二つの川に囲まれた場所は、
     生気に満ちている清らかな場所と、
     考えられているんだって。

     それからね。
     神社の、傍を流れる川は、
     『龍神の住処(すみか)』とも
     言われているんだって。

     だから、『出雲大社』は、『龍神』と、
     堀の役割を果たす二つの川と、
     三つの『垣』によって、その神域が、
     護られていることになるんだって。」

(ペン)「凄いなぁ~!
     そんなにも、厳重に、護られているんだぁ。

     だけどさぁ。
     俺達は、その神域から、出て来ちゃった
     訳でしょ。
     これから、大丈夫かなぁ。」

(ハム)「何を言ってるんだい。
     きちんと、参拝を済ませたし、
     『大国主大神』が、守ってくれているよ。」

(ペン)「そうだよね。
     あぁ~、良かったぁ。

     ところでさぁ。
     『きゃさりん副長。』は、
     どこに行っちゃったのぉ?」

(ハム)「なんでも、『北島国造館』の、
     入り口の『大門』のところが、
     石造りの階段なんだって。

     それも、かなりの急勾配で、
     手摺りも無いんだって。

     だから、おデブ隊長は、そこからは、
     入ることができないので、
     『きゃさりん副長。』に、『北島国造館』へ、
     先に行ってもらって、参拝を済ませて、
     御朱印を頂戴する様に、
     してもらったんだって。」

(ペン)「へぇ~。
     そうなんだぁ。
     それで、俺達は、どうすんのぉ?」

(ハム)「『Wさん』の話だと、『北島国造館』の敷地の、
     東側に、おっきな駐車場があるんだって。
     そこからなら、車椅子でも入って行けるから、
     そっちに迂回するんだって。」

(ペン)「なぁるほどぉ。
     だから、『きゃさりん副長。』に、
     先に行ってもらったんだ。
     納得!」

(ハム)「俺達も、早いとこ、『きゃさりん副長。』に、
     合流できると良いよね。」

(ペン)「ところでさぁ。

     あのね。
     さっきからさぁ。
     『Wさん』と、おデブ隊長がさぁ。
     ずっと、話し続けているけどぉ、気にならない?

     神様の話しでもないし、何か、全く別の話しだよ。
     俺は、何だか、匂って来たぜ!」

(ハム)「またそれかい?
     でも、確かに、盛り上がっているよね。
     何の話しだろうね。」

(ペン)「だろう~!
     気になるだろぉ~!
     ちょっと、ハムの耳でさぁ。
     盗み聞きしてみてよぉ。」

(ハム)「え゛~!
     あんまり気が進まないなぁ。
     ちょっとだけだよぉ。」

(ペン)「えへへ!
     愉しみ、愉しみ!」

(ハム)「えっとねぇ。
     自衛隊の話しみたい。
     生徒が、何とかって言ってるよ。」

(ペン)「せいとぉ~?
     今、流行の、『JK』の、話かなぁ。」

(ハム)「いいや!
     全く違う!
     『航空自衛隊生徒』って、言ってる!」

(ペン)「それって、おデブ隊長のことだろ。」

(ハム)「いいや!
     それも、全く違う!
     おデブ隊長は、『陸上自衛隊生徒』だよ!」

(ペン)「げげぇ~!
     じゃぁさ。
     するってぇとさぁ。」

(ハム)「あぁ、そうだよ。
     『Wさん』のことみたい。

     だからぁ、二人とも、同じ、
     『自衛隊生徒』出身って、ことなんだよぉ。」

(ペン)「え゛?
     それってぇ。
     凄いことなの?」

(ハム)「あぁ、『超~、縁結び』って、
     ことみたいだよ。」

(ペン)「え゛~、えんむすびぃ~?
     『Wさん』と、おデブ隊長のぉ?
     一体、どう言うことなのぉ?」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年3月 1日 (水)

【唯一無二!】(^-^)/

おはようございます!(^o^)/




【唯一無二!】(^-^)/




先日のことです。

『陸上自衛隊 少年工科学校』時代の、同期生が、奥様を伴って、訪れてくれました。 Img_5003
同期生の彼とは、第3学年の一年間だけ、同区隊でありました。

それでも、妙に気が合い、二人とも、写真が趣味だったために、一緒に、卒業アルバムの制作に携わったり、防衛大学校を受験し、見事に、二人とも不合格であったり、銃剣道で、彼に敵わないと知りながら、しつこく挑戦し捲り、それに付き合ってくれたり、卒業旅行に行ったり、また、少年工科学校卒業後も、二人で、スキー旅行に出掛けたりと、かなり親しくしておりました。

その後、私は、自宅の都合で、早期退官し、彼は、幹部自衛官となり、沖縄から東北までを、中隊長、そして、大隊長として、駆け巡っていました。

前回、彼と会ったのは、平成20年(2,008年)のことですから、もう、9年も経ってしまっていました。

ですが、やはり、同期生達は、『唯一無二』の存在なのです。 Img_5004
挨拶を、ほんの少し交わしただけで、直ぐに、昔の様に、話に夢中になってしまいます。

その話が、現在であり、過去であり、また、未来であっても、話は、全く尽きません。

本当に、有難い存在です。

得てして、愉しい時と言うものは、時間が、幾らあっても足りません。

彼も私も、そして、奥様と『きゃさりん副長。』も、まだまだ、話足らず、次回は、彼の許に、訪問することにしてしまいました。(^^; Img_5008
そして!

彼と、奥様は、今現在、社交ダンスを、共通の趣味とされています。

年に、10回以上は、全国の大会に参加されているそうです。

それで!

私が住んでいる隣の市で、大会が開催されるので、それに参加するために来訪し、私の所に寄ってくれたのですが・・・。

私は、

(随分と、ローカルな土地で、全国大会を行うよなぁ。
 参加者が、集まるのかなぁ。)

と、ずっと、不思議に思い続けていました。 Img_5011
すると!

「本当の目的は、平出に会うためさ。
 大会は、二の次で良いのさ。」

と、話をしてくれました。

「隣の市で、大会が開かれるって言うからさぁ。
 これは、今回を逃したら、二度と開催されないかと思ってさ。
 それで、申し込んだのよ。」

とのことでした。 Img_5012
とまぁ、理由は何であれ、来訪してくれて、とっても感謝をしています。

本当に、嬉しい限りです。

やっぱり、同期生達は、私の財産です。

もやもやしていたり、落ち込んでいても、また、その逆で、嬉しいことなど、何かを、話したくって、話したくって、仕方が無い時に、とことん、付き合ってくれるのが、同期生達です。

今回もまた、とても愉しい時を過ごすことができました。

とっても励みになります。 Img_5016
さぁて、これからも、同期生達に会うために、体力と耐力を付ける様に、リハビリを頑張らなきゃ!

って、多分、三日坊主になるとは思いますがぁ。(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年2月28日 (火)

『母親の独り言。』(^^;

おはようございます!(^o^)/



【母の独り言。】(^^;



「裏(スカウトハウス広場)の桜、枯れちゃうね。」


祖父は、温室園芸家で盆栽師でした。


父親は、田畑を耕しながらも、2級造園士でした。


父親が、一度だけ、私に言ったことがあります。


「千葉大学の園芸学科に行かないか。」


私は、それを振り切り、陸上自衛官の道を選びました。


「お父さんは、お兄ちゃん(私のこと)が、1級造園士になって、一緒に仕事をしたかったみたいだよ。」


「お父さんが生きていたら、あんな仕事は、絶対にしないし、させないのにねぇ。」


「あんた(私のこと)だって、元気だったら(左半身片麻痺の身体障害者でなかったら)、自分で、きちんと(剪定)やっただろうにねぇ。」


母親は、ボヤキ続けております。(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/



http://art-sentei.com/2106.html

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2017年1月26日 (木)

『この差って!』(^^;

おはようございます!(^o^)/


【この差って!】(^^;


(※あくまでも、私の主観です。)


同窓会や同期会、会合、研修、セミナー等の、案内を出した場合の反応ですが、あくまでも、私の経験からです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(自衛官:同期生)

・即、応答がある。

・締め切り日前には、参加者名簿が出来上がっている。

・ドタキャンは、まず有り得ない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(私が所属する教育運動団体)

・即、反応する人は、大体、決まっており、殆どが、出席(参加)である。

・返答をしない人は、半永久的に、絶対にしない。

・欠席(不参加)の人は、なかなか、連絡をしてこない。

・締め切り日を過ぎると、
 「まだ、(参加申し込みは)大丈夫ですかぁ?」
 と、聞いてくる人が、急に増える。

・開催日当日まで、参加申し込みが、ダラダラと続くことがある。

・最終的な参加者名簿は、開催日当日にならないと、作成できないことがある。

・ドタキャンに対しては、高い確率で、起こり得るので、心の準備が必要。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(同窓会:同級生)

・その昔のその当時、活発だった人は、即、反応してくれる。

・欠席(不参加)の人は、比較的、早目に、返事をしてくれる。

・締め切り日を過ぎても、全く、応答しない人がいる。

・返信葉書を出すのを、面倒臭がる人がいる。

・「(申し込みは)電話じゃ駄目なの?」
と、聞いてくる人がいる。

・「メールを送ったから良いじゃん。」
と、言ってくる人がいる。

・「(返信葉書を)出す! 出す!」
と言って、なかなか、送ってくれない人がいる。

・「◯◯に、言ったよ! ◯◯に聞いて!」
 と、他人任せにする人がいる。

・申し込み締め切り日に、対象者全員からの返事(返信葉書)が、全部、届くと言うことは、まず、有り得ない。

・申し込み締め切り後に、電話連絡をすると、
「え゛っ! そうだっけ?」
と、とぼけられることが多い。

・参加者(出席者)名簿が、なかなか作成できない。

・予算立てができない。

・開催日当日、なかなか現れない人に、電話をすると、
 「え゛ぇ~! 忘れてたよ!」
 など、ドタキャンの恐怖に、見舞われることがある。

・逆に、連絡が無いのに、姿を現す人物が、稀にいる。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


と言うことで!

『恩師を囲む会』の、未回答者が、まだ、3名もいます。

ほんえぇ~!(^^;

電話には、出てくれないし。

こちらには、電話を掛けて来てくれないし。

かなり、くたびれています。



『規律と秩序』

って!

もう、死語なのでしょうかねぇ。(^^; Photo



(※写真は、『きゃさりん副長。』提供の、静岡県東部で、ちょっと有名な、『幻のいちご大福』です。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月15日 (日)

『ささやかなお礼。』(^^;

(# 九州―46(特:追記))


おはようございます!(^o^)/


【ささやかなお礼。】(^^;


(※注:平成28年6月の記憶です。)


九州訪問から、戻って来まして、『きゃさりん副長。』には、お土産を、届け捲ってもらっていました。

その間に、

「ねぇねぇ。
 九州で、お世話になった人達への、お礼は、しなくていいのぉ?」

と、『きゃさりん副長。』が、私に、聞いてきました。

そこで、

「そうだなぁ。
 贈り物は、何かある?」

と、聞いてみたところ、

「え゛~?
 干物?
 あとはぁ、わさび漬け?
 お茶は、持って行っちゃったし。
 安倍川餅は、静岡だし。
 うなぎパイは、浜松だしぃ。
 こっちには、目立ったお菓子はないし。
 ここって、名物みたいなものが、何も無いよねぇ。」

私も、

(確かに、何も無いよなぁ。
 名物らしきものが。)

と、思っていました。

そうして、二人で、話し合った結果、

「やっぱり、お酒?」

と、『きゃさりん副長。』が言うので、地元のお酒を贈ることにしました。

私の同級生が、酒店の店主をしているのですが、地元の『緑米』を使用し、富士山の湧水で、地元の蔵元が、醸造したお酒です。

早速、同級生に頼んで、贈って貰ったところ、先輩諸氏や、同期生達から、即、反応がありました。 Photo
『きゃさりん副長。』は、九州の皆さんからの、返礼のメッセージや、写真を観て、

「あ~、良かった!
 みんな、悦んでくれているみたいだね。
 これで、やっと、九州訪問が、終わったって、感じだね。」

と、言っていました。 Photo_2
そして、私も、

(あぁ、確かに、そうだよね。
 やっと、終了って感じかなぁ。
 それにしても、九州の皆さんの対応は、とっても、嬉しい限りだね。)

と、思っていたのでした。(^o^)/



(本当に、おしまい!)(^-^)/



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月14日 (土)

『ただただ、感謝!』(^-^)/

(# 九州―45(終))


おはようございます!(^o^)/


【ただただ、感謝!】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


今回の、九州訪問でも、またまた、多くの皆様に、大変、お世話になってしまいました。

改めまして、心より、御礼申し上げます。

誠にありがとうございました。m(_ _)m

振り返ってみれば、計画段階で、熊本地震が発生し、九州を、訪問すべきか、止めるべきか、とても悩みました。

しかしながら、このチャンスを逃す訳にはいかないだろうと思い、計画変更を、旅行会社の担当者の方にお願いし、また、私達の迷いから、幾度となく、担当者の方を、振舞わす様な格好になってしまい、大変、申し訳なかったと思いました。

それでも、その都度、対応してくださり、綿密に、行程表を練り上げてくださったのには、プロ意識を感じ、頭が下がるばかりでした。

九州訪問、出発当日、三島駅までの移動には、タクシーを利用したのですが、運転手さんは、私と車椅子の扱いに慣れている、ベテランドライバーの方が、迎えに来てくださいました。

JR東海には、事前に、電話連絡を入れておいたのですが、

「一応、利用駅数分、『行程表』を、ご用意して頂けますか。」

と言うことで、三島駅では、私達の『行程表』をお渡しし、

「解りました。
 博多までは、連絡をしておきます。
 ご安心ください。」

と、JR西日本、JR九州まで、概略の連絡をしてくださった様でした。

名古屋駅では、『行程表』を確認した上で、往路だけでなく、5日後の、復路の際にも、とても丁寧に対応してくださいました。

新大阪駅では、九州新幹線が、通常運行できない状況下にあり、かなりの混乱を来たしていたのに、また、ホームが、大混雑の状況にあったのに、JR西日本の駅員さんが、丁寧に案内してくれまして、そして、JR九州の車掌さんに、私達のことを、申し送ってくださっていました。

博多駅では、新幹線の駅員の方が、

「JR九州の中でも、新幹線と、在来線は、異なる部門になります。
 地下鉄は、(福岡)市営になりますので、本来は、ご案内はしないのですが、上司の指示で、それぞれの、窓口までご案内します。」

と言って、新幹線側の駅員さんが、市営地下鉄、在来線側のJR九州の窓口まで、連れて行ってくださいました。

それも、私の車椅子を押しながら、かなりの距離を、移動してでした。

とっても丁寧で、大変、有難かったです。

また、

「『行程表』は、確かに受け取りました。
 お帰りの際までに、連絡をしておきます。」

と言うことで、

(新幹線の、各駅への連絡は、相当、徹底されているんだなぁ。)

と、感心するばかりでした。

そして、博多駅の、在来線の女性駅員の方は、かなりの時間は掛かりましたが、

「波多江駅、新鳥栖駅、吉野ヶ里公園駅、鳥栖駅、長崎駅、大村駅、諫早駅、全部、連絡が取れましたぁ!」

と、息を切らせながら、報告してくださいました。

多分、そんなにも、一度に、連絡調整することは無かったのでしょうね。

(とっても大変だったんだなぁ。)

と、恐縮してしまいました。

初日の、『H氏』のお出迎えには、驚いてしまいましたが、サプライズとしては、大変、嬉しく思いました。

ただ!

「雨の中を歩こう。」

と、言わなければ、でしたが。(^^;

九州での、タクシーの利用は、初日と2日目、3日目の、博多駅~キャナルシティ博多の間だけでしたが、流石に、観光地だけあって、運転手さんの対応は、とても親切で、優しかったと思いました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


2日目の、市営地下鉄と、波多江駅では、乗車券の購入方法が判らず、結局、駅員さんに、購入して貰うと言うこともありました。

そして、糸島市では、『H氏』に、九州大学や、糸島市の観光地を案内して貰い、糸島牛や、糸島豚を、鱈腹、ご馳走になってしまいました。

その上、酔っ払い捲りました。

『H氏』の奥様には、君津市に次いで、またまた、とってもご厄介になってしまいました。

また、宮崎県から駆けつけてくれた、『K氏』との再会も、とても嬉しく思いました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


3日目の、博多駅、新鳥栖駅、吉野ヶ里公園駅、鳥栖駅では、駅員さんの対応が、素早く、その動きが、とてもスマートに思え、列車の乗降も、スムーズでした。

『K先輩』が、なかなか、姿を現してくれなかったのは、とても心配になりましたが、16年振りに、奥様とお会いできたのは、嬉しいことでした。

16年振りの『吉野ヶ里歴史公園』訪問は、『K先輩』が、ずっと、車椅子を押し続け、申し訳なく思うのと、嬉しい気持ちで一杯でした。

この時は、とっても不思議で、複雑な思いもありましたが、

(先輩に、甘えられるって、結構、幸せだよなぁ。)

と、思っていました。

そして、夕刻、『S先輩』と、約34年振りに、再会することができ、感動で一杯でした。

両先輩には、お酒も、焼き鳥も、目一杯、ご馳走になってしまい、とっても、愉しく過ごすことができたのですが、両先輩との、別れ際には、胸が一杯になり、思わず、涙ぐんでしまいました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


4日目は、私も『きゃさりん副長。』も、人生、初の、長崎訪問でしたが、鳥栖駅でも、長崎駅でも、列車への乗降は、とてもスムーズでした。

どちらの駅でも、

「そんなに、広範囲を(九州北部を)回られているのですか。
 お気を付けて、どうぞ。
 良い旅を!」

と、駅員さんと、会話を交わしていたのが、印象に残っています。

さて、長崎駅では、『S氏』が、万全の準備を整えて、待っていてくれました。

改札口で、大きく手を振って、出迎えてくれたのは、私も『きゃさりん副長。』も、大喜びでした。

そして、私や『きゃさりん副長。』への気遣いが、とても手厚く、細かなところにも、気を配ってくれたのには、感服していました。

私の、念願の『平和公園』、そして、『きゃさりん副長。』、念願の『本場のちゃんぽん』。

それと、私の我儘で、連れて行って貰った、『諫早湾』。

どれもこれも、大満足でありました。

そして、夜には、『F氏』との再会もでき、大ジョッキ、焼き鳥、お刺身で、歓待して頂きました。

その上、ホテルは、大村湾の近くにあり、長崎空港が望め、食事も、とっても美味しく、『きゃさりん副長。』は、この頃から、元気を取り戻していました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


5日目の朝、『S氏』が、大村駅まで送ってくれ、名残りを惜しんでいました。

それにしても、出迎えから、見送りまで、『S氏』には、長崎の、最初から最後まで、お世話になりっ放しでした。

本当に、有難く、心強かったです。

大村駅では、列車に乗るために、駅員さんが、二人掛かりで、超長いスロープを、運んで来てくれました。

お二人の駅員さんは、

「これは、使ったことが無い。
 初めてだよ。」

「そう言えば、私も、かなり久し振りだよ。」

と、会話されていたので、私が、

「車椅子の人は、あまり来ないんですか?」

と聞くと、一人の駅員さんが、

「ここは、車が主だからねぇ。
 車椅子の人は、自動車を使っちゃうんじゃないのかなぁ。」

すると、もう一人の方が、

「(長崎)空港に来ても、この駅を使う人は、まずいないと思いますよ。
 みんな、高速(リムジンバス)を使いますから。
 ここは、通学、通勤なんかが、主ですね。」

と、言われていました。

私が、

「二人掛かりなんて、何か、申し訳が無いです。」

と言うと、

「いえいえ、良いんですよぉ。
 私達にとっちゃ、丁度良い、訓練にもなるんですから。」

「そうそう。
 私なんか、初めて見たぐらいですから。
 使っておかないと、いざって時に、人も物も、使い物にならなかったら、済まされないですからねぇ。」

「そうそう。
 その通り!」

と、かなり、陽気な、お二人でした。

大村駅から、諫早駅を経由し、博多駅まで戻り、ホテルにチェックインしたところで、再び、『H氏』の登場!

ボーイスカウト関係者と会うと言うことで、『H氏』のお宅に忘れてしまったキャップを、わざわざ、届けに来てくれたとのことでした。

何ともまぁ、『H氏』の、とっても優しいところが、顕わになった時でした。

この日の午後は、第5回日本ベンチャースカウト大会で、とてもお世話になった、『Eさん』と、お会いしました。

それが、お土産の買い物に、お付き合いさせてしまったり、車椅子を押して頂いたり、とっても美味しい『もつ鍋』を、ご馳走になってしまったりと、またまた、お世話になってしまったのでした。

また、『きゃさりん副長。』との会話で、かなりの刺激を与えてくださったのは、とっても、有難いことだと思いました。


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九州訪問最終日、6日目の朝、『H氏』が、博多駅まで、見送りに来てくれました。

やっぱり、誰も、迎えに来てくれない。

誰も、見送ってくれないじゃ、とっても、寂しいですからね。

『H氏』の見送りは、九州訪問の締めとしては、最高に、嬉しさと歓びを感じるものでした。

そして、『H氏』の、期待通りの行動。

『のぞみ』には、敵いませんでしたが、果敢に挑戦してくれたのには、大喝采でした。

乗り換えの、名古屋駅では、初めて、パーサーに介助して頂き、富士川の手前で、富士山が確認できた時には、大きな安堵感と、深い郷愁感に包まれていました。

そして、三島駅では、またまた、駅員さんに、タクシー乗り場まで、送って頂いてしまいました。

普通は、改札口までだそうです。


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結局のところ、

・タクシー運転手の皆さん

・JR東海の、駅員、車掌、パーサーの皆さん

・JR西日本の、駅員さん

・JR九州の、新幹線側の、駅員、車掌の皆さん

・JR九州の、在来線側の、駅員、車掌の皆さん

・福岡市交通局の、駅員の皆さん

そして、

・『K先輩』

・『S先輩』

・『H氏』と、奥様

・『K氏』

・『S氏』

・『F氏』

と、とても多くの皆様に、お世話になってしまいました。

その皆様が、手を貸してくださらなければ、今回の旅は、成立しなかったと思います。


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そして、もう一人。

やはり、『きゃさりん副長。』の存在だと思います。

ボーイスカウトで、隊長、副長として、活動を行なってきた、大事な相棒です。

勿論、男女と言う性別はありますが、私が、左半身が、全く動かない、身体障害者になってしまってからは、性別と言うことは、全く、関係なくなってしまいました。

また、少年工科学校の同期生達も、皆、『同じ仲間』として、『きゃさりん副長。』を、迎え入れてくれています。

今回の九州訪問は、『きゃさりん副長。』が、いてくれたからこそ、成功裏に終えることができたのだと思います。


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今回の、九州訪問で、お世話になった皆様には、誠にありがとうございました。

衷心より、感謝申し上げます。(^-^)/



そして!

私の、乱文、稚拙な文章に、かなりの期間、お付き合い頂いた皆様にも、感謝申し上げます。

次は、どこへやら。

生ある内に、全国にいる、同期生達に、会いたい。

語り合いたい。

それが、今の、私の望みの一つでもあります。

長々と、誠に失礼いたしました。m(_ _)m



(おしまい!)(^-^)/



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月11日 (水)

『やっぱり、走ったぁ~!』(^-^)/

(# 九州―42)


おはようございます!(^o^)/


【やっぱり、走ったぁ~!】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


九州訪問最終日、と言っても、自宅に帰るだけの日でありましたが、この日も、『きゃさりん副長。』は、旅慣れてきたのか、絶好調でありました。(^-^)/ Img_4705
それに引き替え、私の方は、疲れが溜まってきたのか、それとも、九州の美味しいものを、腹一杯、頂き過ぎ、増々、デブになってしまったのか、身体が、重だるく感じていました。(^^; Img_4706
朝食は、バイキングと言うことでしたので、私は、行くのを止めておき、『きゃさりん副長。』が、コンビニで、おにぎりを買って来てくれると言うので、部屋で待っていました。

と言うか、実際のところは、寝てましたがぁ。(^^;

『きゃさりん副長。』が、部屋に戻って来て、カーテンを開けてみると、超快晴! Img_4708
5日前に、博多に来た時には、超~、土砂降りだったのが、信じられないぐらいに、空は晴れ渡り、静岡県の片田舎に戻るのが、本当に、勿体無いぐらいでした。

この日は、09:04発の、『のぞみ』に乗車する予定でしたが、

『Eさん』から、

「明太子は、朝、お求めになって、そのまま、お持ち帰りになった方が良いと思いますよ。
 (明太子の販売店は)8時頃から、開いていると言うので、十分、間に合うと思いますよ。」

と、言われていましたので、ホテルは、8時過ぎに、チェックアウトしました。 Img_4709
そして、筑紫口から、駅構内に入ってみますと、お土産物屋さんは、既に、全店舗が営業していました。

私は、

(何だろう?
 この活気は!
 これじゃぁ、否が応でも、お店の中に、引きこまれてしまう。
 これが、博多の勢いなのかなぁ。)

と、各店舗の様子を観ていました。

『きゃさりん副長。』は、『Eさん』から、アドバイスを受けていた様で、

「それじゃ、行ってくるから。」

と言って、明太子を買い求めに行き、私は、他のお客さん達の邪魔にならない様に位置取り、待機していました。

そこで!

『きゃさりん副長。』が、戻って来るのと、ほぼ、同時位に、

「おぉ~!
 もう、来とったか。」

と、『H氏』が、姿を現したのでした。 Img_4711
『H氏』は、前日の約束通り、私達の、見送りに来てくれたのでした。(^-^)/

私が、

「随分と早いじゃん!」

と言うと、

「『きゃさりん』が、大変かと思ってさ。
 荷物でも、持ってやろうかと思ってさ。
 ホテルに、行こうと思ってたんよ。」

とのこと。 Img_4712
「それにしても、よく見付けたね。」

と言うと、

「そりゃぁ、車椅子で、こんな所におったら、誰だって、見付けられるよ。」

(あちゃちゃちゃ!
 人の邪魔にならない様に、と思ってたけど、逆に、目立ってたってことかぁ。)

と、少々、ショックでありました。(^^; Img_4713
新幹線の発車時刻には、かなりの余裕がありましたが、腰を下ろして休むところも無く、私達は、ホームに上がり、そこで、休むことにしました。

ホームは、意外にも、かなり空いており、私も『きゃさりん副長。』も、

(始発だし、これならば、他のお客さんの邪魔にならないだろうし、のんびりと乗車できるなぁ。)

と、安心していました。 Img_4715 Img_4716
ホームでは、『H氏』と、九州訪問の締めにと、写真を撮ったりしていましたが、『H氏』が、

「これこれ!」

と言うので、その表示板を観てみましたら、

『しんとす/はかたみなみ』

と、表示されていました。 Img_4717
「車両基地までの途中に、駅があるんよ。
 おれは、乗ったことがないけど、通勤、通学で、結構、使われておるんよ。」

と、言っていました。

私が、

「だって、新幹線だろ?
 と言うことは、特急券が、必要なんじゃない?」

と言うと、

「よくは知らん。
 だけど、人が、多く使うってことは、それなりに、安いんじゃないの。」

と、言っていました。 Img_4718
このことは、とても気になっていたので、後で調べたところ、『博多南線』と、言うのだそうです。

また、在来線特急扱いになるのだそうです。

『博多駅』から、『博多南駅』までの、乗車券は、200円。

特急券は、『特定特急券』と言って、100円。

合計、300円。

距離は、約9km。

それを、約10分で、繋いでいるそうです。

仮に、バスで行くと、約1時間程度、掛かるとのことで、所要時間を考えると、やっぱり、『博多南線』を使用する方が、利便性が高いとのことの様です。

世の中には、まだまだ、知らないことが、一杯沢山、ありますねぇ。(^^; Img_4719
さて、そんな遣り取りをしているところに、『のぞみ』が、入線してきました。

そこに、駅員さんが、来てくれたのですが、『H氏』は、駅員さんが、私達の、介助をしてくれると言うことを、全く、解っていなかった様でして、車椅子を、積み込むは、荷物も積み込むは、と言うことで、結局、駅員さんは、何もすることが無くなってしまい、

「大丈夫ですね!」

と、一言だけ言われて、戻られてしまいました。

何だか、大変、申し訳が無かったです。

私が、一言、『H氏』に、言っておけばよかったと、反省、頻りでした。(^^; Img_4720
車内放送が、始まったところで、

「それじゃぁ、行くは!」

と言って、『H氏』は、ホームに戻ったのですが、車内の私達に向かって、盛んに、手を振り続けていました。 Img_4722
そして、

「あいつ、絶対に走るぜ!
 観ててみ!」

と、私が、『きゃさりん副長。』に言うと、

「私も、絶対に、走ると思う!」

と、『きゃさりん副長。』は、『H氏』の挙動を、撮り続けていました。(^^; Img_4723
発車のチャイムが鳴り終わり、『のぞみ』が、ゆっくりと動き出すと、それに、並走し、『H氏』も、動き始めていました。 Img_4724
しかしながら!

『H氏』が、『のぞみ』に敵うはずはなく、『H氏』のその姿は、あっという間に、見得なくなってしまったのでした。(^^; Img_4725
「あぁ~あ。
 行っちゃったね。
 これでもう、帰るんだね。
 5泊6日も、いたんだねぇ。
 早かったよねぇ。」

『きゃさりん副長。』が、寂しそうに、述べ続けておりました。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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