カテゴリー「陸上自衛隊」の114件の記事

2018年8月31日 (金)

『薩摩の『3M』!』(^-^)/

(薩摩半島 訪問 : その77)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【薩摩の『3M』!】(^-^)/
(ペン)「あれまぁ~!
     『きゃさりん副長。』、グイグイ、
     やっちゃってるぜ。
     本当に、大丈夫なのかなぁ?」 Img_0758
(ハム)「ん゛~、ちょっと、ヤバいかもね。
     それで、おデブ隊長に渡した、デザートを、
     やっぱり、食べるんだって。」
(ペン)「ええ゛~?
     それって、デザートを、おつまみに、
     するってことぉ?
     そんなの、超~、邪道じゃん!
     良いのかなぁ?」
(ハム)「まぁ、仕方ないよ。
     あと、2杯、頼んじゃったんだからさ。
     何か食べないと、身体に、良くないよぉ。」
(ペン)「げぇ~!
     2杯も頼んじゃったのぉ?
     どぼじでぇ~?」
(ハム)「あのね。
     まず、指宿市の話しをしてたでしょ。
     そうしたら、『指宿酒造株式会社』の、
     名前が出て来たんだ。
     それで、そこの会社では、『黒麹』・『白麹』・
     『黄麹』を使った焼酎が、それぞれ、
     あるんだって。
     だから、お兄さんが、
     『飲み比べをされては如何でしょう。』
     って、勧めてくれたんだ。
     その話しに、おデブ隊長も、
     『きゃさりん副長。』も、
     乗っかっちゃったんだ。」
(ペン)「あれまぁ~!
     お兄さん、お上手~!
     と言うか、流石に、
     プロフェッショナルだよねぇ~!」
(ハム)「それでね。
     『指宿酒造株式会社』の、売れ筋銘柄が、4つ、
     あるんだって。」
(ペン)「え゛~!
     そしたら、その4つを、
     頼んじゃいそうじゃん!」
(ハム)「いやいや!
     流石に、そこまで、おデブ隊長も、
     『きゃさりん副長。』も、おバカじゃぁないよ。
     『白麹』と、『黄麹』の、
     焼酎を頼んだんだって。」
(ペン)「あ゛~、良かった!」
(ハム)「ちなみにだけどね。
     その、4つの銘柄なんだけど、
     ・利右衛門(白麹)
     ・黒利右衛門(黒麹)
     ・赤利右衛門
      (紅さつま・黒麹)+(黄金千貫・白麹)
     ・前田利右衛門(黄麹)
     なんだって。
     その内、今回は、『利右衛門』と、
     『前田利右衛門』を、頼んだんだって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     するってぇと、『白麹』と、
     『黄麹』の飲み比べかぁ。
     って!
     指宿の、ホテルでも、
     そんなことをしていなかったっけ?」
(ハム)「俺も、そう思ったんだよ。
     だけど、今回は、『きゃさりん副長。』が、
     きちんと、呑み比べをしてみたいって、
     言ってるんだよぉ。」
(ペン)「あれまぁ~!
     それじゃぁ、仕方ないよね。」
(ハム)「ところでさ。
     『前田利右衛門』と言う人は、
     実在したみたいだよ。
     それでね。
     江戸時代中期に、琉球から、本土に、
     さつま芋を持ち込んだ人物と、
     されているんだって。」
(ペン)「おんやぁ?
     『青木昆陽』、じゃぁなかったのぉ?」
(ハム)「こらこら!
     その人は、関東地方で、
     さつま芋の栽培に成功して、さつま芋栽培を、
     普及させた人だよぉ。」
(ペン)「ありゃま!
     そいつは、失礼!」
(ハム)「それでね。
     お兄さんのお話しだと、『利右衛門』に比べて、
     『前田利右衛門』の方が、『黄麹』らしい、
     華やかな香りが特徴なんだって。
     さっきの、4つの銘柄の中でも、一番、
     呑み易いんじゃないのかって。
     味わいが、まろやかで、優しい口当たりなので、
     焼酎初心者の方には、比較的、
     お勧めの銘柄なんだってさ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     だからかぁ。
     『きゃさりん副長。』が、グビグビ、
     行けちゃっているのはぁ!」
(ハム)「まぁ、焼酎に、慣れてきたと言うのも、
     あるかも知れないけれどもね。
     それから、『利右衛門』の原酒なんだけど、
     アルコール度数が、37度もあるんだって。」
(ペン)「げぇ~!
     それって、もう、ウイスキー状態じゃん!」

(ハム)「そうなんだけどさ。
     沖縄には、焼酎の仲間で、『泡盛』があるんだ。
     その中でも、『どなん』・『与那国』・
     『舞富名』と言う銘柄は、原酒で、度数が、
     60度も、あるんだよ。」
(ペン)「ろくじゅうどぉ~!
     って、ひょっとして、
     火が点くんじゃないのぉ?」
(ハム)「お゛~!
     よく解ったねぇ。
     おデブ隊長が、市ヶ谷駐屯地にいた時に、
     一度だけ、『どなん60度』を、
     呑んだことがあるんだって。
     その時に、火を点けたら、確かに、
     燃え上がったんだって。
     その『どなん』なんだけど、沖縄出身の後輩が、
     お土産で買って来てくれたんだって。
     それで、その後輩が、グイグイ、呑むので、
     おデブ隊長も、真似をして呑んでいたんだって。
     甘くて、とっても美味しかったんだけど、いざ、
     トイレに行こうとしたら、全く、
     立ち上がれなかったんだって。
     つまり、腰が抜けちゃったんだ。」

(ペン)「げぇ~!
     何をやっているんだよぉ、おデブ隊長!
     それで、トイレは、どうしたのぉ?」

(ハム)「えっとね。
     『尿瓶』を使ったんだって。」
(ペン)「しびん~?」
(ハム)「うん。
     過去にも、腰を抜かした人が、
     何人もいたらしいんだ。
     だから、『尿瓶』は、
     既に用意されていたってことなんだって。」
(ペン)「あれまぁ~!
     おデブ隊長は、昔っから、
     お酒に呑まれていたんだねぇ。
     全く、どうしようもないよなぁ。」
(ハム)「おっと!
     話しが、随分と、横道に逸れちゃった。
     それでね。
     『利右衛門の原酒』なんだけど、それも、
     販売されているんだって。」
(ペン)「ほぇ~!
     37度の、原酒かぁ。
     一体、どうやって呑むんだろうね?」
(ハム)「普通に、だって。
     普通に、好き好きに、呑めば良いんだって。」
(ペン)「じゃぁ、ロックでも良いのぉ?」
(ハム)「うん。
     なんでもね。
     甘味と、香りが、とても強いんだって。
     だけど、味わいは、まろやかで、喉越しは、
     すっきりしているんだってさ。」
(ペン)「あれま!
     そうなのぉ?
     そんな話を聴いちゃうと、おデブ隊長、
     ヤバいじゃん!
     元々、ウイスキーとかさ。
     度数の強いお酒が、大好きなんだからさ。」
(ハム)「でも、ここのレストランには、
     置いてないって。」 Img_0760
(ペン)「あ゛~、良かった。
     それを聴いて、安心したよぉ。
     ところでさぁ。
     さっきの、『森伊蔵』・『魔王』・『村尾』の、
     3本の、一升瓶が、
     並べられているんだけどさぁ。
     あれは、何か、意味があるのかなぁ?」
(ハム)「『3M』なんだって!」
(ペン)「え゛っ?
     さんえむぅ~?
     すりーえむぅ~?」
(ハム)「お酒担当の、お兄さん曰く、『サンエム』でも、
     『スリーエム』でも、呼び方は、
     どっちでも良いって。
     要は、入手困難なプレミアム焼酎の内の、
     『森伊蔵』・『魔王』・『村尾』の、
     頭文字を取って、
     『3M』としているんだって!」
(ペン)「どっひゃぁ~!
     そうだったのぉ?
     『3M』かぁ。
     なんだか、接着剤みたいだけどさ。」
(ハム)「こらこら!
     変な例えをするんじゃないよ。」
(ペン)「ふぇ~い!
     わっかりやしたぁ。
     ところでさ。
     その『3M』の中には、『黄麹』はないのぉ?」
(ハム)「えっとね。
     『森伊蔵』は『白麹』、『魔王』も『白麹』、
     それで、『村尾』は『黒麹』なんだってさ。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだぁ。
     それにしても、焼酎の世界って、物凄く、
     幅広んだなぁ。
     驚いちゃったよ。」
(ハム)「お゛っ!
     『きゃさりん副長。』が、呑み干したぜ!」
(ペン)「お゛~、やっとかぁ。
     ところで、今は、何時頃なのぉ?」
(ハム)「21時を過ぎたって!」
(ペン)「ええ゛~!
     ということはぁ、3時間以上も、
     ここにいたってことなのぉ?」 Img_0761
(ハム)「まぁ、そう言うことになるよね。
     でもさ。
     一見しただけだと、単に、
     ホテル内のレストランだけとしか、
     観得ないけどさ。
     その実、『プレミアム焼酎3M』も、
     しっかりと用意されているってことはさ。
     鹿児島県ならではの、
     レストランって言うことだよね。」
(ペン)「そうだよね。
     薩摩焼酎、これまた、恐るべし!
     だよね。
     ところでさぁ。
     『きゃさりん副長。』の顔がさぁ。
     いつもと違って、やたらと、赤くなくない?」 Img_0762
(ハム)「あれまぁ~!
     これは、ひょっとして、やっちまったかなぁ?」
(ペン)「ん゛?
     やっちまったって、なにを?」
(ハム)「呑み過ぎだよぉ!
     おデブ隊長に、ペースを合わせちゃったし、
     それに、焼酎、5合だよ!
     5合!
     酔っ払わない方が、おかしいよ!」

(ペン)「そっかぁ。
     酔っ払っちゃったんだぁ。
     って、超~、ヤバいじゃん!
     これから、どうすんのぉ?」
(ハム)「んとね。
     おデブ隊長が、言うには、もう直ぐ、
     ベッドに倒れ込むだろうって。
     それで、夜中に、目を覚ますだろうって。
     それから、シャワーを浴びて、また、
     寝るだろうって。」
(ペン)「げぇ~!
     そんな風に、放っておいて良いのぉ?」

(ハム)「うん。
     酔っている時の方が、危ないから、
     構わない方が良いってさ。
     だからさ。
     俺達も、もう寝ようぜ!
     今日は、本当に、一日の時間が、短くも有り、
     長くも有り、充実し過ぎた日だったよね。
     だから、思いの外、疲れていると思うんだ。」

(ペン)「ん゛~、そう言われてみれば、確かに!
     本当に、物凄い、怒涛の一日だったよね。
     内容が、盛り沢山だったって言うかさ。
     色々な想い出が、詰め込まれた、
     凄い一日だった!」
(ハム)「そうだね。
     たった一日だったけど、内容が、濃過ぎたんだ。
     だから、頭も、身体も、まだ、
     興奮状態にあって、醒めていないんだと思う。
     その様なことが、予想されたから、
     おデブ隊長は、明日の朝は、
     ゆっくりと出発する様に、
     時間調整をしたみたいだよ。」

(ペン)「ん゛っ?
     それって、どう言うことぉ?」
(ハム)「クールダウンさ。
     頭も、身体も、しっかりと、休めてあげないと、
     正しい判断ができなかったり、
     思わぬ怪我をしちゃうことがあるんだ。
     だから、明日の朝は、ちょっとぐらい、
     寝坊したって構わないのさ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     じゃぁ、朝寝坊しよぉっと!
     おやすみ~!」
(ハム)「って、そう言う意味じゃぁないんだけどなぁ。
     まぁ、いいっかぁ。
     おやすみ!」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年8月30日 (木)

『デザートなのにぃ!』(^^;

(薩摩半島 訪問 : その76)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【デザートなのにぃ!】(^^;
(ペン)「おんやぁ?
     『きゃさりん副長。』、随分と、暇そうだよ。
     お料理は、もう、終わっちゃったのかなぁ?」 Img_0751
(ハム)「いいや!
     そんなはずは、ないと思うよ。
     メインのお料理が済んだから、あとは、
     デザートと、飲み物が、あるはずだよ。」
(ペン)「そうなんだ。
     って、飲み物は、もう要らないんじゃない?
     二人とも、お酒を、かなり呑んでいるよ。
     確か、生ビールを、3杯。
     それに、『森伊蔵』・『魔王』・『村尾』が、
     ロックで、それぞれ、1合ずつ。
     結構、呑んでいると思うよ。
     『きゃさりん副長。』は、大丈夫なのかなぁ?」 Img_0753
(ハム)「そうだねぇ。
     結構、呑んでいるよねぇ。
     『きゃさりん副長。』は、日本酒は、
     かなり強いんだけど、焼酎は、どうかなぁ?
     おデブ隊長は、立川の時に、
     九州の先輩達に鍛えられたから、多分、焼酎は、
     大丈夫だと、思うんだけどもなぁ。」
(ペン)「それにしたってさぁ。
     フレンチだぜ!
     なんだかなぁ?
     お゛っ!
     デザートが、運ばれて来たよぉ。
     すっごい、お洒落じゃん!」 Img_0754
(ハム)「ふぅ~う。」
(ペン)「どしたの?
     溜息なんか、ついちゃってさ。」
(ハム)「だってぇ、デザートじゃん。
     これで、やっと、食事が終わるかと思ったら、
     安心しちゃったんだよぉ。」

(ペン)「あ゛~、そっかぁ!
     そうだよね。
     やっと、終わるんだぁ。
     そう言えばさ。
     俺達より、後から来たお客さん達は、殆ど、
     いなくなっちゃたものね。
     一体、おデブ隊長と、『きゃさりん副長。』は、
     何時間ぐらい、
     ここに居座っているんだろうね。」
(ハム)「約2時間半!」
(ペン)「げっ!
     そんなにも、ここにいるのぉ?
     ところでさ。
     おデブ隊長の、デザートって、なんか、
     おかしくない?」 Img_0755
(ハム)「あ゛~、それはね。
     『きゃさりん副長。』が、
     食べ切れなかった分なんだ。
     それにね。
     シャーベットがあるから、
     おデブ隊長に食べさせようとして、
     交換しちゃったんだ。」 Img_0756
(ハム)「え゛~?
     ひょっとして、デザートを、
     交換しちゃったのぉ?」

(ハム)「うん。
     でもさ。
     本当の、ねらいは、
     違うところにあるみたいなんだ。」
(ペン)「と言うと?」
(ハム)「実は、まだ、焼酎が残っているんだよぉ。」
(ペン)「え゛っ?
     だってさ。
     さっき、ハムは、これで、食事は終わりだって、
     言ってたじゃん。
     なのに、どうして、焼酎が、残っているのぉ?」
(ハム)「頼んじゃったの!」
(ペン)「頼んだって!
     まさか!
     また、新しい焼酎を、ってことぉ?」
(ハム)「あのね。
     さっき、焼酎を、色々と、説明してくれた、
     お兄さんが、いたじゃん。
     そのお兄さんと、指宿市の話になったんだ。
     って言うか、昨日から、今日までのことを、
     色々と話してたんだ。
     そうしたら、『麹』の話になっちゃったんだ。」
(ペン)「え゛~!
     『麹』って、あの、白とか、黒とか、
     黄色のぉ?」
(ハム)「うん。
     そうなんだよねぇ。
     それでね。
     そのお兄さんが、わざわざ、焼酎の、
     在庫確認に、行ってくれたんだ。
     そうしたら、『黄麹』の焼酎が、
     見付かったんだって。」
(ペン)「あれまぁ~!
     見付けちゃったのぉ?
     お兄さんも、随分と、仕事熱心だよなぁ。」
(ハム)「まぁ、お客様の、ご要望だからね。
     それは、当たり前のことじゃん。」
(ペン)「まぁ、そうだけどさ。
     それで、その『黄麹』を、頼んじゃったんだ。」
(ハム)「だからね。
     『きゃさりん副長。』は、その焼酎を、
     呑むための、お腹のスペースを、空けて、
     待っているんだ。」
(ペン)「おれまぁ~!
     女の人はさ。
     よく、
     『デザートは、別腹!』
     って、言うけどさぁ。
     今回は、別腹にならないんだね。
     何てこったい!」
(ハム)「でもまぁ、今回、頂いている、
     それぞれの焼酎は、相当、
     美味しいんじゃないのかなぁ?
     完全な、ロックではないし、それに、
     水割りじゃぁないし。
     お兄さんの、お勧めの飲み方で呑んで、
     とっても、呑み易く、
     とっても美味しんだと思うよ。」
(ペン)「あちゃ~!
     そうなんだぁ。
     するってぇと、ひょっとして、お兄さんは、
     焼酎ソムリエだったりして。」

(ハム)「えっとね。
     おデブ隊長も、同じ様なことを聞いたんだ。
     だけど、そう言う称号は、ないみたいだよ。
     でも、ワインについては、
     ソムリエじゃぁないけど、何かしらの資格を、
     持っているって言ってた。
     それとね。
     焼酎も、物凄い数の銘柄があるから、
     お酒担当の仲間や、友達たちと、
     焼酎の情報交換は、頻繁にしてるんだって。」
(ペン)「へぇ~!
     そうなんだ。
     大したものだよねぇ。
     おんやぁ?
     『きゃさりん副長。』、ぐびぐび、
     呑み捲ってるぜ。
     それに、なんだか、呑み方が、
     大胆になってきた様な気がする。」 Img_0757
(ハム)「まぁ、良いじゃん!
     こんな機会、二度と巡って来るかどうか、
     判らないんだもん。
     愉しく、美味しく、呑めれば、
     それで良いじゃん!」
(ペン)「まぁ、そうだよねぇ。
     焼酎のことを、お兄さんに、
     詳しく説明して貰って、こんなにも、
     焼酎のことを知ることができて、しっかりと、
     味わうことができているんだもの。
     愉しまないと、勿体ないよね。」
(ハム)「うん。
     それにさ。
     今日一日、『きゃさりん副長。』は、とっても、
     大変だったんだもの。
     『きゃさりん副長。』には、しっかりと、
     愉しんで貰おうよ。」
(ペン)「そうだね。
     存分に、愉しんで貰おうね。」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年8月24日 (金)

『◯◯長の篤き想い!(その7)』(^-^)/

(薩摩半島 訪問 : その70)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【◯◯長の篤き想い!(その7)】(^-^)/
(ペン)「ほう!
     ここが、最後の場所なのぉ?
     『西郷どん』の、誕生地の直ぐ傍じゃん!」 Img_0721
(ハム)「うん。
     直ぐ傍なんだけど、ここが、案内する、
     最後の場所になっちゃうんだって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     なんかさぁ。
     ちょっとした、公園って感じなんだけど、
     ここはぁ、何なのぉ?」
(ハム)「えっとね。
     『大久保利通 生い立ちの地』
     なんだって。」
(ペン)「ん゛?
     生い立ちって?
     生誕の地じゃぁないのぉ?」
(ハム)「うん。
     運転手さんが、そう言っているから、
     間違いはないと思うよ。」
(ペン)「あれま!
     そうなんだ。
     じゃぁさ。
     『誕生地』と『生い立ちの地』は、一体、
     何が違うの?」
(ハム)「ん゛~!
     ちょっと待って。
     あのね。
     『大久保利通』は、元々は、鹿児島城下の、
     高麗町と言うところで生まれたんだって。
     その後、幼少期に、ここの、
     『下加治屋町方限』に、移住したんだって。
     それで、下加治屋町の郷中に入って、
     『西郷どん』などの仲間達と、
     共に学んだんだってさ。」
(ペン)「へぇ~、そうなんだ!
     今で言えばさ。
     転校生って感じだよね。
     それで、下加治屋町の郷中では、みんなと、
     上手く、仲良くなれたのかなぁ?」
(ハム)「それは、大丈夫だったみたいだよ。
     だけどもね。
     胃が弱かったんだって。
     そのため、武術は、得意ではなかったみたい。
     その代わり、討論や、読書などの学問は、
     郷中のなかで抜きん出ていたそうだよ。」
(ペン)「ありゃま!
     そうなのぉ?
     何となくだけどさ。
     病弱だけど、成績優秀って、ありがちだよね。」
(ハム)「でもまぁ、『西郷どん』達と、
     親友になって行くんだからさ。
     やっぱり、『郷中教育』が、
     効果を発揮してたんだろうね。」
(ペン)「なるほどぉ!
     転校生にも優しい、『郷中教育』かぁ!」
(ハム)「おいおい!
     何を、一人で納得しているんだよぉ。」 Img_0722
(ペン)「ところでさ。
     ここの奥にも、
     大きな石碑の様なものがあるんだけどさ。
     観光客の姿が、全く、観得ないよ。
     誰もいないじゃん!
     一体、これは、どう言うことなのぉ?」
(ハム)「あのね。
     運転手さんが、とっても、難しいところだと、
     言ってるよ。
     運転手さんが、ここだけの話し、
     『大久保利通は、西郷どんの敵』
     とも、言われているんだって。
     だからぁ、人気が無いんだって!」
(ペン)「え゛え゛~!
     『西郷どんの敵』~!
     ほんとにぃ~!
     そんなことがあるのぉ?
     だってさ。
     家だって、隣近所で、親友だった訳でしょ。
     それが、『敵』だなんて!」
(ハム)「まぁ、信じられないけど、ここに、観光客が、
     誰もいなって言うことは、一つの、
     証拠になるかもね。
     あとね。
     運転手さんが、もしかしたら、ここの、
     『大久保利通  生い立ちの地』
     より、もう少し、先に行ったら、
     『大久保利通 銅像』
     が、あるから、そちらの方に、観光客が、
     集まっているかも知れないって。」
(ペン)「お゛っ!
     銅像があるんだぁ。
     だったら、みんな、そっちの方に、
     行っているんじゃないのかなぁ。
     おお゛~!
     この像が、『大久保利通 銅像』なのぉ?」 Img_0724
(ハム)「そうだって!
     でもね。
     その、『大久保利通 銅像』なんだけどさ。
     昭和54年(1979年)の、
     西南戦争百周年の機会になって、
     やっと建立されたんだって。」
(ペン)「え゛っ?
     ちょっと、待ってよぉ!
     えっとぉ。
     『西南戦争』は、1877年(明治10年)に、
     起きたんだよね。
     それで、『西郷隆盛 銅像』は、確か、
     没後50年祭記念として、
     何年もの歳月を掛けて、
     昭和12年(1937年)5月23日に、
     完成したんだよね。
     と言うことは!
     『大久保利通 銅像』は、それから、
     42年後ってことなのぉ?
     『西南戦争』からは、102年後~?」
(ハム)「まぁ、単純計算だと、
     そう言うことになるよね。」
(ペン)「でもさぁ。
     さっきさぁ。
     おデブ隊長が、『大久保利通』は、
     『維新の三傑』とか、『維新の十傑』とか、
     言ってたじゃん!
     と言うことは、
     明治維新の立役者だったんじゃないのぉ?
     それがさ。
     どうして、『西郷どんの敵』に、なっちゃって、
     銅像も、なかなか建てられなかったのかなぁ。」
(ハム)「それはさ。
     『征韓論』って、憶えてる?」
(ペン)「う、うん。」
(ハム)「ありゃりゃ!
     怪しいなぁ。
     最後だから、ちゃんと、もう一度、
     話しをしておくね。
     とにかく、『征韓論』が、全ての始まりなんだ。
     『大久保利通』は、明治4年(1871年)に、
     『大蔵卿』に就任して、
     『岩倉使節団』の副使として、外遊したことは、
     憶えているよね。」
(ペン)「うん。
     それは、憶えてる。」

(ハム)「それで、『岩倉使節団』の外遊中に、
     留守政府で、朝鮮出兵を巡る征韓論が、
     論議されていたよね。
     『西郷どん』は、使節団を送ることを要望して、
     ほぼ、決まっていたんだけどさ。
     『大久保利通』は、『西郷隆盛』や、
     『板垣退助』達と、意見が対立してしまい、
     また、『岩倉使節団』派遣中には、
     留守政府は、
     重大な改革を行わないという盟約をしてたんだ。
     それに、背く様な形で、『西郷どん』達が、
     『征韓論』と言う、
     急激な改革を起こしちゃって、
     『大久保利通』と『西郷隆盛』は、
     流石に意見が、
     合わなくなってしまったんだよ。」

(ペン)「うん。
     そこまでも、憶えているよ。
     だけど、その後なんだよねぇ。
     その後が、よく解からないんだけどさ。」
(ハム)「そっかぁ。
     その後は、確かに、話しはしてなかったよね。
     実は、『明治六年政変』と言う、一大政変が、
     起きちゃうんだ。
     当時の、政府首脳である『参議』の半数と、
     軍人、官僚の、約600人が、
     職を辞めちゃうんだ。」
(ペン)「あれまぁ~!
     それって、分裂ってことぉ?
     『西郷どん』も、辞めちゃったのぉ?」
(ハム)「勿論だよ。
     だって、自分の考えを、
     全否定されちゃったんだからさ。
     政府には、『西郷どん』の居場所は、
     無くなっちゃったんだよ。
     要は、『西郷隆盛』は、『大久保利通』に、
     失脚させられたってことなんだ。」
(ペン)「あ゛~!
     だからなの?
     『大久保利通は、西郷どんの敵』
     と言うことになっちゃったのは?」
(ハム)「ん゛~!
     実は、まだあるんだよ。
     『大久保利通』なんだけどさ。
     明治政府では、参議に就任して、『版籍奉還』・
     『廃藩置県』などの、明治政府の、
     中央集権体制確立を行ったんだ。
     その後は、『内務省』を設置して、自らが、
     『初代内務卿(参議兼任)』となり、
     実権を握るんだ。
     そうして、『学制』や『地租改正』、
     『徴兵令』などを実施したんだ。
 
     それから、『富国強兵』をスローガンにして、
     『殖産興業政策』を、推し進めたんだ。
     つまり、『西郷どん』達を、追い遣った後は、
     ほぼ、『大久保利通』の考え、やり方で、
     明治政府は、動いて行ったんだ。」
(ペン)「げぇ~!
     それってさぁ。
     何となく、『独裁者』って感じがしない?
     『西郷どん』達と、折角、
     仲良くやって来たのにさ。
     失脚させちゃって、追い遣っちゃって、その上、
     自分の考えで、政策を進めるってさぁ。
     なんだか、とっても良くないよね。」
(ハム)「そうなんだよねぇ。
     だから、明治7年(1874年)2月に、
     『佐賀の乱』が起きちゃうんだ。
     すると、『大久保利通』は、直ちに、自ら、
     鎮台兵を率いて、遠征して、乱を、
     鎮圧しているんだ。
     この時に、『江藤新平』は、
     裁判を要求したんだけど、
     きちんとした裁判に諮られることなく、
     斬首されているんだよ。」
(ペン)「どっひゃぁ~!
     それこそ、独裁者じゃん!
     いくら、政府を守ろうとしててもさ。
     酷過ぎるよね。」
(ハム)「うん。
     だからね。
     不平士族が、どんどんと、増えちゃったし、
     『板垣退助』に代表される、
     『自由民権運動』が、生まれたりもしたんだ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     『大久保利通』と、『明治六年政変』は、
     物凄く、色々な影響を与えたんだね。」
(ハム)「それでね。
     政治面では、今の『官僚制度』は、その基礎を、
     『大久保利通』が、
     築いたとも言われているんだ。
     ただ、その様子を観て、『大久保利通』への、
     権力の集中には、批判も出ていたんだよ。」
(ペン)「そりゃぁ、批判も出るでしょ!
     だって、既に、『佐賀の乱』まで、
     起きちゃっているんだもん。
     あ゛っ!
     そう言えば、『西南戦争』の時は、一体、
     どうしていたの?」
(ハム)「京都で、政府軍を指揮していたんだって。
     ただね。
     この時に、『大久保利通』は、
     『薩摩の敵』・『鹿児島の敵』・
     『西郷どんの敵』
     と言う様に、観られ方が固まってしまうんだ。
     そんな状況下では、流石に、『西郷どん』とは、
     会えなかったんじゃないの?」
(ペン)「ええ゛~!
     そうなんだぁ。
     それで、『西郷どんの敵』なんだぁ。
     でもさ。
     実際は、どう思っていたんだろうね。
     『西郷どん』には、
     生きていて欲しかったのかなぁ?」
(ハム)「その辺りはねぇ。
     何とも、言えないところだと思うよ。
     友情だって、愛情だって、それが、
     憎悪に変わっちゃったらさ。
     どうにもならない時もあるじゃん。」
(ペン)「う゛~ん!
     でもさ。
     『大久保利通』と、『西郷どん』は、
     戦わなかった訳でしょ。
     それに、弟の、『西郷従道』だって、
     動かなかった訳でしょ。
     やっぱり、何かあると思うんだけどもなぁ。」
(ハム)「おや?
     ちょっと待って!
     運転手さんが、
     『大久保は、西南戦争前に、
      西郷と会談したいと思っていたそうですよ。
      ですが、暗殺の虞があると言うことで、
      『伊藤博文』達に、止められたそうです。
      西郷の、死の知らせが届くと、号泣して、
      そこら中に、頭を、
      ぶつけ捲っていたそうです。
      それから、
      『自分ほど西郷を知っている者はいない。』
      と、豪語もしていたそうです。
      暗殺された時には、
      西郷からの手紙を身に付けていた、
      とも言われています。』
     なんだって!」
(ペン)「あ゛~!
     やっぱり、そうじゃん!
     『大久保利通』は、『西郷どん』が、
     大好きだったんだよぉ。
     いくら、意見が合わなくっても、
     失脚させてしまった様にも観得ても、
     『西郷どん』が、いなくなってしまったことは、
     とっても、悲しかったんだよぉ。
     だから、その分、
     頑張ろうと思ったんじゃないのかなぁ?」
(ハム)「う゛~ん。
     そうなのかぁ。
     ペンは、さっき、『大久保利通』のことを、
     『独裁者』って言ってたけど、観方を変えると、
     『西郷どん』が、大好きだった、その裏返しと、
     そう言うことなのかも知れないよね。
     本当は、仲違いなんて、お互いに、絶対に、
     したくなかったのかも知れないね。」
(ペン)「そうだよぉ!
     きっと、そうだよぉ。
     だから、『西郷どんの敵』は、
     可哀想過ぎるよぉ。」
(ハム)「そうかもね。
     あと、運転手さんが、
     『大久保は、金銭には潔白で、
      私財を蓄えることは、全く、
      しなかったそうです。
      また、予算がつかなかった公共事業に、
      私財を投じたんだそうです。
      そのため、死後の財産が、
      現金140円だったそうです。
      その上、借金が、8,000円も、
      あったそうで、自宅などの財産も、全て、
      抵当に入っていたそうですよ。』
     って、言ってるよ。」
(ペン)「え゛~!
     本当にぃ?
     今まで、話しをしてきた人物像とは、全然、
     違うじゃん!」
(ハム)「んとね。
     まだ、続きがあるみたい。
     『大久保が、借金をした、
      債権者達なんですけどね。
      大久保の、心情を、理解していた様で、
      暗殺後に、遺族に、借金の返済を、
      求めなかったそうです。
      それから、大久保は、生前に、
      学校建設・運営費として、鹿児島県庁に、
      8,000円を、寄付してたんです。
      それを、政府が、回収して、あと、
      大久保暗殺の募金を、8,000円集めて、
      遺族を、1万6,000円で、
      養ったんです。』
     と言うことだよ。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだぁ。
     だけどもさ。
     死んじゃった後に、評価されてもさ。
     何となく、浮かばれない気もするんだよねぇ。」
(ハム)「う~ん。
     それは、確かに、あるかもね。
     それでね。
     『大久保利通』の、暗殺に、
     ついてなんだけどさ。
     『紀尾井坂の変(きおいざかのへん)』
     って、呼ばれているんだって。
     他にも、『紀尾井坂事件』や、
     『大久保利通暗殺事件』と、
     呼ばれる場合もあるそうだよ。
     明治11年(1878年)5月14日に、
     起こったんだって。」
(ペン)「げぇ~!
     それって、『西南戦争』の、次の年じゃん!
     その上、『西郷どん』の死後、たったの、
     8か月じゃん!
     なんてこったい!
     一年も経たない内に、『維新の三傑』の、
     二人が、死んじゃうなんてさ!
     なんと言う皮肉!」
(ハム)「そうだよねぇ。
     本当に、そう思うよ。
     それで、
     事件の名称にもなった場所なんだけどさぁ。
     『東京府麹町区麹町紀尾井町清水谷
      (現在の東京都千代田区紀尾井町清水谷)』
     なんだって。
     皇居の西側で、
     東宮御所との中間位の位置なんだけどさ。
     直ぐ近くに、『ホテルニューオータニ』が、
     あるんだけど、おデブ隊長は、市ヶ谷駐屯地や、
     防衛庁(檜町駐屯地)にいたから、
     良く解るんだって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     まぁ、おデブ隊長の、自慢話は、
     どうでもいいとしてさ。
     犯人は、どんな人だったのぉ?」
(ハム)「えっとね。
     不平士族、6名、だったんだって。
     その6名なんだけど、石川県士族『島田一郎』・
     『長連豪』・『杉本乙菊』・『脇田巧一』・
     『杉村文一』と、
     島根県士族『浅井寿篤』の6名だったそうだよ。
     その6名は、自首したんだけど、結局、
     斬罪となったそうだよ。」
(ペン)「そっかぁ。
     そりゃそうだよね。
     暗殺だものね。
     いくらなんでも、人殺しは、
     絶対にダメだよね。」
(ハム)「それでね。
     『大久保利通』の葬儀は、
     現役の『内務卿』と言うこともあって、
     近代日本史上、最初の、
     国葬級葬儀となったんだって。」
(ペン)「まぁ、そうなんだろうね。
     でもなぁ。
     死んじゃったら、本当に、何も、
     意味が無いよなぁ。」
(ハム)「おっと!
     運転手さんが、
     『その(暗殺の)時に、
      馬車の御者をやっていた者なんですがね。
      『中村太郎』って、言うんですは。
      その『中村太郎』ですが、生まれは、
      大阪なんですが、捨て子だったんです。
      その子を、大久保が拾って、『中村太郎』と、
      名付けたんですは。
      『中村太郎』は、素手で、戦うんですが、
      喉を突かれて、絶命してしまいます。
      その時の、馬車の馬も、
      殺されてしまうんですは。
      それで、大久保の葬儀の時に、
      『中村太郎』の葬儀も行われ、
      『中村太郎』も、馬も、青山墓地で、
      大久保の、直ぐ傍らに、
      埋葬されたそうですは!
      大久保には、捨て子を、引き取って、
      その面倒を看ると言う、
      優しい一面もあった様です。
      明治政府内では、寡黙で、
      他を圧倒する威厳を持っていて、なおかつ、
      冷静な理論家であったので、誰も、大久保に、
      面と向かって、
      意見できなかったと聴いていますがね。』
     だそうだよ。」
(ペン)「なんだか、凄い話しになってきちゃったなぁ。
     実際問題、俺は、『大久保利通』に、
     偏見を持っていたかも知れないなぁ。
     本当に、
     『人は見掛けに寄らず』
     なのかも知れないね。」
(ハム)「あぁ。
     俺も、今、そう思っていたところさ。
     それで、『大久保利通』なんだけど、
     かなりの子煩悩でもあった様だよ。
     子供は、何と、八男一女を、
     授かったそうなんだ。
     だから、子孫は、目茶苦茶、多いみたい。
     『麻生太郎』元首相は、何ともまぁ、
     『大久保利通』の、『玄孫』なんだって!」
(ペン)「ほぇ~!
     そうなんだ。
     政治家から、政治家かぁ。
     明治から、大正。
     そして、昭和から、平成と、血は、
     脈々と続いているんだねぇ。
     ところでさぁ。
     この『大久保利通 銅像』なんだけどさ。
     鹿児島市内の、中心地に、
     建てられているって感じじゃないよね。」
(ハム)「うん。
     流石に、『西郷隆盛 銅像』の、近くには、
     建てられなかったみたい。
     だから、『大久保利通 生い立ちの地』の近く、
     そして、『西郷どん』達と、鰻を獲ったりして、
     遊び捲っていた、『甲突川』の辺。
     そこに、建てられているんだ。
     何を、見詰めているのかは、判らないけど。」 Img_0725
(ペン)「きっとさ!
     『甲突川』を、観ているんだよ。
     幼い頃から、そして、少年時代、青年時代と、
     『西郷どん』達と、
     遊び捲っていた『川』じゃん!
     想い出を、馳せ巡らせるのには、丁度良い、
     場所じゃん!
     そんな、愉しいことを、想い出すのには、
     この場所が、一番、良いんだと思うよ。
     『大久保利通』に、とってはさぁ。
     最高の、場所なんじゃないのかなぁ。」
(ハム)「そうだね。
     俺も、きっとそうだと思うよ。
     最後まで、薩摩、つまり、鹿児島までは、
     戻って来られなかったんだもの。
     今は、青山墓地で、眠りについているけど、
     ここに、銅像を建てて貰って、
     嬉しく思っているんじゃないのかなぁ。」
(ペン)「そうだよねぇ。
     あの世では、きっと、『西郷どん』達と、
     仲直りして、愉しく、
     過ごしているんじゃないのかなぁ。」
(ハム)「うん!
     きっと、そうだよ。
     最後の、見学場所は、
     ハッピーエンドじゃなくっちゃね!」
(ペン)「うん!
     勝手にだけど、ハッピーエンドだぁ~!」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年8月18日 (土)

『◯◯長の篤き想い!(その3)』(^-^)/

(薩摩半島 訪問 : その66)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【◯◯長の篤き想い!(その3)】(^-^)/
(ペン)「凄いなぁ~!
     さっきからさ。
     石垣が、ずっと続いているよ。」 Img_0696
(ハム)「そうだね。
     それにしても、かなり、しっかりとした、
     立派な石垣だよね。
     おっとぉ!
     運転手さんが、『石垣』じゃぁなくって、
     『石塀』だって!」
(ペン)「石塀ぃ~?
     塀にしたらさぁ。
     物凄ぉ~く、頑丈そうなんだけどさ。
     やっぱり、これも、
     『史跡(記念物)』なのかなぁ?」
(ハム)「うん。
     やはり、そうなんだって!
     なんでも、『私学校』の跡地なんだって。」
(ペン)「しがっこう?
     と言うことは、私立の学校って言うことぉ?」
(ハム)「ん゛~ん。
     まぁ、間違いではないんだけどさ。
     『西郷隆盛』が、設立した学校なんだ。」
(ペン)「え゛~!
     西郷さんは、学校まで作っちゃったのぉ?」
(ハム)「うん。
     そうなんだって。
     だけど、実際には、鹿児島県令『大山綱良』・
     『桐野利秋』・『篠原国幹』・
     参議『大久保利通』と言う人達も、
     お金を出したんだそうだよ。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     それで、どうして、
     学校を作ることになったのぉ?」
(ハム)「きちんと話すと、
     とっても長くなっちゃうからさ。
     概要だけだよ。
     西郷さんは、明治政府の中で、
     『征韓論』を主張したんだ。」
(ペン)「げぇ~!
     それって、韓国を征服するって言うことぉ?
     かなり、ヤバいじゃん!」
(ハム)「んとね。
     『征韓』と言ってもね。
     韓国じゃぁないんだよ。
     この場合は、朝鮮半島と、
     考えた方がいいみたい。
     それでね。
     『板垣退助』・『江藤新平』・『後藤象二郎』・
     『副島種臣』などは、武力で、朝鮮開国を、
     迫ろうとしたんだけど、『西郷隆盛』だけは、
     まずは、使節団を送ろうと主張していたんだ。」
(ペン)「お゛~!
     流石は、『西郷どん』!
     戦争は、良くないと思ったんだね。」
(ハム)「そうなんだよ。
     それに、自らが、『使節団』として朝鮮に赴く、
     と言う考えだったんだ。
     だけど、『西郷隆盛』の使節派遣は、
     決定されていたのに、中止されてしまうんだ。」
(ペン)「あれま!
     それじゃぁ、気が抜けちゃうよね。」
(ハム)「うん。
     だからね。
     西郷さんは、明治6年(1873年)10月に、
     政府を辞めちゃうんだ。
     その時にね。
     西郷さんは、陸軍大将だったんだけど、
     多くの青年達も、官職を辞めて、
     鹿児島に帰って来ちゃうんだ。
     だから、その青年達と、
     鹿児島県内に残っていた士族達のために、
     翌年の、明治7年(1874年)6月に、
     『私学校』を設立したんだ。」 Img_0697
(ペン)「ふぅ~ん。
     だけどさ。
     学校って言っても、何を学んでいたのぉ?」
(ハム)「あのね。
     西郷さんは、いずれ、
     人財が必要になると思って、
     陸軍士官養成を、目的としていたんだって。
     それで、『幼年学校』・『銃隊学校』・
     『砲隊学校』の、三校を設けたんだってさ。
     教育訓練は、『篠原国幹』・『村田新八』が、
     主に担当したんだって。」
(ペン)「へぇ~。
     でもさ。
     はっきり言って、軍人養成学校だよね。
     どうして、そんな風になっちゃったのかなぁ?」
(ハム)「んとね。
     明治維新が、起きたじゃん。
     それで、諸藩や、身分制度が、崩壊して、
     士族の働き口が無くなっちゃったんだ。
     だから、結局は、
     軍人にならざるを得なかったんだよ。
     西郷さんは、その道を、
     切り拓こうとしたんだ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     だから、『銃』と『砲』なんだぁ。
     旧陸軍で言えば、『歩兵隊』と『砲兵隊』。
     陸上自衛隊で言えば、
     『普通科』と『野戦特科』だよね。
     学校は、『富士学校』だね。」
(ハム)「まぁ、確かにそうだけどぉ。
     そこまで、例えられるか、どうかは、
     判らないよ。
     と言うのはさ。
     『私学校』には、分校もあったんだ。」
(ペン)「あれま!
     そうなのぉ?」
(ハム)「えっとね。
     鹿児島県内各地に、分校が設置されたんだけど、
     明治9年(1876年)の末頃には、県内、
     全ての郷内に、分校が設立され、
     青少年の多くが学ぶ様になったんだって。
     その分校数は、136校にも、
     なっちゃったんだって!」
(ペン)「あれまぁ~!
     それまた、何と言う数なのぉ?
     物凄い数じゃん!」
(ハム)「そうなんだよねぇ。
     それでね。
     教育は、主に、漢文の素読と、
     軍事教練だったんだって。
     だけど、実際には、真の目的は、
     不平士族の暴発を防ぐためだった、
     とも言われているんだって。」
(ペン)「そっか!
     それでなんだ!
     県内、全ての郷内に、分校を作る必要があって、
     その数が、136校にもなっちゃったんだぁ。」
(ハム)「ただね。
     入校できたのは、下級藩士であった、
     士族に限られたんだって。」
(ペン)「ん゛~!
     そうなんだ。
     それまた、難しいところだよね。
     士族同士に、格差があって、それが、
     何かの火種になりそうだよね。」
(ハム)「実は、そうなんだよ。
     それが、『西南戦争』に、
     繋がっちゃうんだけどもね。
     その前に、運転手さんが、私学校の門が、
     遺されているから、観ておいて欲しいって。」 Img_0698
(ペン)「お゛っ!
     あれだね!」
(ハム)「その門からは、勿論、出入りはできないけど、
     『門』と『石塀』は、
     昭和43年(1968年)3月29日に、
     鹿児島県の、史跡(記念物)に、
     指定されたんだって。」
(ペン)「おやまぁ!
     今度は、『市』じゃなくて、『県』なんだ。
     それだけ、重要なところって、
     言うことなんだね。」
(ハム)「うん。
     実は、ここは、『鶴丸城(鹿児島城)』の、
     一部だったんだって。」
(ペン)「なんともまぁ!
     そうなのぉ?      だから、『市』じゃなく、『県』なんだぁ!」  
(ハム)「ここは、今は、
     『鹿児島医療センター』になっているんだけど、
     『鶴丸城』の頃は、『厩』だったんだって。」
(ペン)「え゛~!
     うまやって、あの馬小屋なのぉ?」
(ハム)「そうなんだけど、単に、馬小屋だけが、
     あった訳ではない様だよ。
     馬の調教をする、馬場も、あっただろうし、
     その他の、家畜なども、
     飼育していたみたいだから、これまた、