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2018年3月16日 (金)

『年賀はがきの妙!(その3:終)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その3:終)】(^^;

 

 

12年前の、4月6日。

 

私は、自宅の2階で、脳出血を発症しました。

 

前日まで、ペリカン便の仕事で、日本大学の三島キャンパスにおいて、入学を迎える学生達の、冷蔵庫やら、洗濯機やら、テレビやら、パソコンやら、なんやらの、電化製品を、各々の下宿先まで配送し捲っていました。

 

下宿先は、エレベーターが無い、5階の部屋など、それもう、配達には、厳しい場所ばかりでした。

 

大学の入学式は、私が倒れた、4月6日。

 

(何で、こんなにギリギリになって、引っ越しをするんだよぉ!)

 

と、思っていましたが、惨酷にも、私の配送の師匠が、

 

「あぁ、補欠だよ。

 補欠合格!

 飛び込みだから、良い下宿先は、埋まっちゃってる。

 毎年、大騒ぎさ。」

 

と、言っていました。

 

師匠は、

 

「お疲れさん。

 これで、暫くは静かになるから、2~3日、休んで良いよ。」

 

と、言われたので、1日だけ、休みを貰うことにしました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

私の家は、大工の棟梁が設計したそうで、そのためかどうかは判りませんが、家の歪みが、とっても酷いのです。

 

建付けが悪く、サッシは、開かない、閉まらないは、当たり前。

 

隙間風は、ガンガン入って来て、酷い時には、雨も入ってきます。

 

私は、配送の仕事柄、いつも天気を気にしていて、そんな、建付けが悪い窓の状態でも、毎朝、西側の窓を、無理矢理、開け、天気の様子を観るために、西の空を眺めていました。

 

その様な、毎朝のルーティーンと言うか、身に付いた生活習慣は、本当に恐ろしいものです。

 

4月6日の朝も、休みなのに、西側の窓を、無理矢理、開けようと、ぐっと、力を入れたその瞬間、左足に力が入らなくなり、左肩から倒れ墜ちました。

 

私は、一瞬、何が起こったのか判りませんでしたが、とにかく、その場に留まってはいけないと思い、右腕と右足だけの、第2匍匐状態で、2階の自室にある、電話のところまで、何とか、這いずって行ったのですが、口が開き、よだれが垂れだして、

 

(これは話せない!)

 

と、思い、119番は諦めて、1階の母親に、電話をしたのでした。

 

全く何も、話すことはできなかったのですが、それでも、母親は察知して、母親からの119番で、救急搬送され、今に至っています。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ところで!

 

話しは変わりまして、手持ちの切手を、ざっと見てみたのですが、お年玉付き年賀はがきの切手シートは、どさぁっと、あったのですが、第11回日本ジャンボリーの記念切手が出て来まして、それで、ボーイスカウトの記念切手の方が気になってしまい、ついつい、そちらの方を探してしまいました。(^^;

 

とは言っても、探しものは、お年玉付き年賀はがきの切手シートですから、直ぐに、気持ちを切り替えて、切手シートの年の確認をしてみました。

 

すると!

 

平成6年まで、遡ることができたのですが、その年は、正しく、第11回日本ジャンボリーの開催年でありました。

 

(おんやぁ?

 平成6年より前のもの(切手シート)が無い!

 あんれぇ?

 どこかに、しまっちゃったのかなぁ。)

 

と、思ったのですが、どうやら、湿気を避けるために、棚の上に上げてしまった様です。

 

今の、この身体(左半身片麻痺)では、棚の上には、全く手が届かず、なす術もありません。

 

と言うことで、過去にしがみ付くのは止め、平成6年からの、切手シートを確認してみました。

 

 

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その結果!

 

やはり、記憶は間違っていませんでした。

 

その年、その年にもよりますが、確か、平成に入ってからは、毎年、切手シートが当たっていたと思いました。

 

たったと言っては、大変失礼なのですが、当たった切手シートが、1枚の年もありました。

 

とにかく、毎年、当たっていたと思いました。

 

ですが、やはり、「平成18年」だけ、切手シートが無い。

 

今から12年前。

 

その年だけ、切手シートが、1枚も当たらなかったのでした。

 

 

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『きゃさりん副長。』に言わせると、

 

「だからかぁ。

 切手シートに当たらず、脳の血管の方が、当たっちゃったんだね。

 当たりは当たりでも、厄介な方に当たっちゃったよね。」

 

だそうです。(^^;

 

切手シートが当たらないと、何か別のものに当たってしまう。

 

そんなことが、果たして、あるのでしょうか。

 

その様な、ジンクスがあるのでしょうか。

 

また、母親が言うには、

 

「あんた、今年は、厄年(前厄)だよ。

 お正月から、鼻血を出して、縁起が悪い。

 もう、厄が始まってるかもね。

 早いとこ、厄払いに行って来な。」

 

とのことです。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

脳出血発症から、満12年になろうとしています。

 

その上、厄年(前厄)です。

 

『きゃさりん副長。』の、

 

「2.5ペアじゃん!

 ラッキー!

 今年は、何か良いこと、ありそう~!」

 

と言う言葉は、とっても有難いのですが、ここは、自分への戒めとして受けたいと思います。

 

と言うことで、近日中に、ご祈祷に、行って来たいと思います。

 

切手シートの当たり葉書を、贈ってくださった皆様には、私への警告として、有難く受け止め、感謝したいと思います。

 

浮かれて過ごしていると、本当に、とんでもない罰が当たる!

 

今現在の、自分の生活を、しっかりと見詰め直さなければいけないのでしょうね。

 

 

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『初心忘るべからず!』

 

脳出血発症後、リハビリに、励んでいた日々。

 

また、リハビリを愉しんでいた日々。

 

何も辛くはありませんでした。

 

今年は、しっかりとしたリハビリを、再開すべき年なのかも知れません。

 

 

(おしまい!)(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月15日 (木)

『年賀はがきの妙!(その2)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その2)】(^^;

 

 

今年と言うか、昨年になりますが、年賀状は、350枚、買い求めました。

 

そして、出した年賀状は、約320通。

 

印刷を、ミスしたものもありますが、30枚ほど、余ったと言うことになります。

 

と言うのも、頂いた喪中の葉書は、二十通近くを数えていました。

 

喪中の葉書が、そんなにも届いたのは、今回が、初めてじゃないのかと、ただただ、驚いているばかりでした。

 

時の流れは、誰にも止めることはできず、また、突然の、思わぬ事故や、傷病等、悲しいお知らせも届きました。

 

心が痛みます。

 

改めまして、謹んでご冥福をお祈りしたいと存じます。m(_ _)m

 

 

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さて、私が、お年玉付き年賀はがきの初当選を得たのは、小学校5年生の時だったと思います。

 

その頃は、何等まで、当選番号があったかは覚えていませんが、とにかく、切手シートが1枚、当たりました。

 

それはもう、大喜びで、宝物の様に、机の引き出しの中にしまっておいたのですが、保管状態が悪かったのか、入れてあった袋と、切手シートがくっついてしまい、とっても落胆していました。

 

そこへ、母親が、切手シートを差し出し、

 

「これは、叔父さん(母の弟)からだよ。」

 

と、言ってくれたのを覚えています。

 

当時、叔父は、郵便局員で、私の話しを聞き、わざわざ、切手シートを贈ってくれたそうです。

 

また、切手の、取り扱いや、保管方法も教えてくれて、そのお陰で、私は、いきなり、俄か切手収集家になってしまったのでした。

 

その頃は、ちょっとした切手ブームでもありまして、私が通っていた小学校でも、ちびっ子収集家が溢れ、「見返り美人」や「月に雁」と言った、超高額の切手を、わざわざ見せびらかせに、学校に持って来ていた児童もいました。

 

そのため、小学校では、切手の持込が禁止されたのですが、それでも、裏取引?をしている児童達が、絶えることはありませんでした。(^^;

 

私は、叔父から、

 

「切手収集は、お金が掛かる。

自分の小遣いで賄えなければ、止めなさい。

身の程を知るんだよ!」

 

と、釘を刺され、私の切手は、母親の監視下のもとに、置かれることになってしまったのでした。(^^;

 

 

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さてさて、またまた、前置きが長くなってしまいました。(^^;

 

小学校5年生で、初切手シートを、ゲットしてから、私は、お年玉付き年賀はがきを受け取るのが、本当に楽しみになってしまいました。

 

ん゛っ?

 

と言うことはぁ、切手シートが欲しいから、年賀状を、書き捲り、出し捲ったってことぉ?

 

ん゛~、確かに、その様な卑しい心が、少なからず、あったかも知れません。(^^;

 

とは言っても、お年玉付き年賀はがきが、毎年毎年、当たる訳がありません。

 

当然、当たらなかった年もある訳でして、ちょっと調べてみないと判りませんが、いつ頃から、毎年、何枚か、切手シートが当たる様になりました。

 

それは、やはり、年賀状の交歓枚数が、300通程度を、超えた辺りからの様に思います。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて!

 

やっと、本題です。(^^;

 

今年の、年賀状。

 

差し出して頂いた皆様が、ほぼ、お年玉付き年賀はがきで、年賀状を贈ってくださいました。

 

その他の、オリジナルの年賀状では、和紙に、挿絵を描いて頂いたものや、書を一筆、認めて頂いたものや、私の好きな、航空機の写真を贈ってくださったものなど、それぞれに、特徴や特色があり、とっても、愉しませて頂きました。

 

それで、以下の話ですが、鼻血ブーの後ですから、先週の日曜日のことです。

 

私は、再びの鼻血ブーで、気持ちが、超~凹んでしまい、食欲が全く湧かず、毎日、うだうだしていたのですが、それを、母親から聞いた『きゃさりん副長。』が、私の好物の、ミニうな重を買って来てくれました。

 

ですがまぁ、実際は、年次総会資料の確認もあったのですが。(^^;

 

そこで、総会資料の確認は、早々に済ませ、1月中旬から気になっていた、お年玉付き年賀はがきの、当選確認を手伝って貰うことにしました。

 

すると!

 

なんともまぁ、驚きの結果となったのです。

 

 

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一応、切手シートの当選葉書は、7枚ありました。

 

その内の1枚は、私の手持ちの、余った葉書でした。

 

残りの6枚については、いきなり、『きゃさりん副長。』が、

 

「きゃぁ~!

 ツーペアじゃん!

 あとは、出雲大社の、ご縁のお陰?

 それに、12年前のご縁?」

 

と、騒ぎ出してしまいました。

 

と言うのも、当選した年賀はがきは、

 

1.出雲・米子訪問でお世話になった同期生の、「E藤」氏から

 

2.草野球チーム監督の、「E藤」さんから

 

3.30数年前、「自衛隊 中央病院」で、陸曹航空操縦学生の身体検査を受けた時に、不整脈があると判り、そのままだと、不合格になってしまうので、何回も、測定し直してくれて、結局、不合格だったのですが、その時、彼女は、看護学生で、その後、野球で肩を壊し、中央病院に通院した時に再会し、その時は、既に看護師となっていて、なおかつ、階級が、2等陸曹になっていて、とっても驚いて、そのまたその後、防衛庁の陸自の野球部に所属し、三宿まで、試合に出向いた時に、またまた再会し、「私の旦那さん。」と紹介され、とんでもなく驚いてしまった、「S井」さんから

 

4.ボーイスカウトで、任期は少しずれたのですが、地区コミッショナー研究集会や、トレーニングチームのお仲間として、ご一緒させて頂いている、「S井」さんから

 

5.約12年前、実修所奉仕予定だった時に、脳出血を発症し、奉仕できなかった時の所長の、「M田」さんから

 

6.出雲大社で、まさか、大先輩の、航空自衛隊生徒第5期生だとは判らずに、車椅子を押し続けて頂いてしまった、「出雲かたりべ」ボランティアガイドの、「W田」さんから

 

だったのです!(^o^)/

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『きゃさりん副長。』の、大騒ぎは、なかなか収まらず、

 

「でもさ。

 『田』の人も、二人いるから、3ペアじゃないの。

 あ゛っ、ポーカーは、5枚だから、2.5ペアか。

 凄っいじゃん!

 面白いなぁ。

 今年は、何か良いことある?

 きっと、出雲大社の、ご縁のお陰だよ。

 だって、みんな、よく知っている人ばっかりなんでしょ。

 電話してみたら?

 きっと、何かのお告げなのよ!」

 

と、騒ぎ捲っておりました。(^^;

 

ですが、この事実には、私は何も応えることができず、

 

(こんな、不思議なことも起こるんだなぁ。)

 

と、ただただ、頂いた葉書を見つめ直すばかりでありました。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

とは言っても、今年は、年始からの、鼻血ブーから始まり、また、夜間救急で、MRI検査を受けたり、先々週からの、再度の鼻血ブーで、

 

(果たして、良い年になるのかなぁ。)

 

と、心配の種は尽きません。

 

それに、もう一つ!

 

12年前のことが、とても気になります。

 

やはり、お年玉付き年賀はがきが、関わっていたのを、思い出してしまいました。

 

その件につきましては、また、次回と言うことで。(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

 

 

(つづく・・・。)

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2018年3月14日 (水)

『年賀はがきの妙!(その1)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その1)】(^^;

 

 

本年も、あっと言う間に、約2か月半、経ってしまいました。

 

この時期になると、ボーイスカウトの、年次総会資料作成や、新年度の準備やら、何やらで、何となく、心が慌ただしくなってしまいます。

 

ただ、例年ですと、1月、2月は、そんなには、慌ただしくなく、お屠蘇気分も残って、ずるずると、ダラダラと過ごしてしまうのですが、今年は、年末年始の鼻血ブーや、突然の頭痛と左半身の痙攣で、急遽、夜間診察に行って、MRI検査を受けたり、先週からの、再びの鼻血ブーで、ずぅ~っと、心が落ち着かず、やや緊張感を持ちながら、過ごしています。

 

と言いつつ、何となく、なんだかなぁ、の日々にもなってしまっています。(^^;

 

それから、例年は、1月中旬から、下旬に掛けて、お年玉付き年賀はがきの当選番号を確認して、

 

「お゛っ!  今年も当たった!」

 

(※:切手シートしか、当たったことがありませんが。)(^^;

 

と、呑気に、悦んでいるのですが、今年は、今頃になって、お年玉付き年賀はがきの当選番号を、確認することとなりました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

話は変わって、私が、年賀状を出す様になったのは、確か、小学校3年生の時だったと思います。

 

その頃は、超~虚弱児で、病気ばかりしていて、ろくに、学校には、通っていませんでした。

 

そのため、クラスには、なかなか馴染めなかったと記憶していますが、それでも、幾つかの、忘れ難い想い出があります。

 

その中で、担任の女性の先生が、とても優しくしてくださって、このことは、後で判ることなのですが、病弱の私に対して、クラスの仲間の何名かに、私に、年賀状を送って欲しいと、年賀はがきを手渡して、お願いをしたのだそうです。

 

初めて、年賀状を受け取った私は、先生の気遣いも知らずに、有頂天となり、悦び捲っていました。

 

祖父に、年賀状の余りを貰い、年賀状の書き方を教わり、返信を書き上げ、ドキドキしながら、ポストに投函したことを覚えています。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

小学校4年生になっても、病弱だった私は、やはり、クラスの仲間とは、あまり馴染めませんでした。

 

そんな時に、祖父が、

 

「今年は、何枚、必要なんだ?」

 

と、聞いてきてくれました。

 

私は、祖父から、お年玉付き年賀はがきを、何枚か貰い、ドキドキ・ワクワクしながら、年賀状を認めました。

 

ところが!

 

返って来た年賀状は、ほんの数通。

 

この時、初めて、小学校3年生の時の先生の、気遣いと、思い遣りであったことを、知ることになったのでした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

それでも、性分と言いましょうか、とってもしつこく、一度始めたら、なかなか止めないと言う性質が、(あまり、好まれず、受け入れて貰えませんが。)あったのだと思います。

 

無論、喪中の年もありましたが、結局のところ、年賀状は、小学校3年生から、今まで、49年間、出し続けています。(^^;

 

その間、小学校・中学校の先生と同級生、ボーイスカウトの仲間、特に、ジャンボリーなどで知り合った仲間などに出し続け、年賀状の枚数は、膨れ上がって行きました。

 

そして、少年工科学校の、同期生、区隊長、助教、教官、などと繋がって行きます。

 

気が付けば、年賀状の枚数は、三桁に突入していました。

 

ですが、そんなことはお構いなしで、逆に、枚数が増えることに、快感を覚えてしまっていたのかも知れません。

 

少年工科学校、そして、航空学校を卒業し、部隊配置となり、また、東京理科大学に入学し、年賀状の枚数は、どんどんと、増えて行きました。

 

そして、自衛官退官後は、就職先の会社の、上司・同僚、取引先の皆様。

 

また、ボーイスカウトで、お知り合いになった皆様。

 

特に、研修所(7コース)・実修所(3コース)・ALTC・その他セミナーなどで、ご一緒させて頂いた皆様には、必ずと言って、年賀状を送り付けてしまっていたと思います。

 

それに加えて、奉仕させて頂いた、各コースの所長・所員の皆様も、同様だったと思います。

 

それから、草野球チームの仲間、静岡県東部の野球審判部の皆様、御殿場市の銃剣道連盟の皆様、などなど、とにかく、年賀状を、出し捲っていた様に思います。

 

まぁ、当時は、インターネットや、電子メールは、一般家庭には、あまり普及しておらず、

 

「あけおめ! ことよろ!」

 

などと言う言葉は、勿論、無く、年賀はがきが、確実に、頼れる手段だったと思いました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

結局のところ、バブルではありませんが、私から出す年賀状は、500枚近くまで数え、自分自身、

 

(本当に、これで良いのだろうか?

 心は、こもっているのか?

 相手に、迷惑になっていないだろうか?)

 

などと、思う様になってしまいました。

 

それからは、返信が無い方や、また、住所を記載されていない方など、吟味しながら、年賀状を出すのを控える様にしました。

 

それと、命は、永遠ではありません。

 

至極当然、鬼籍に入られる方もいらっしゃいます。

 

それは、自分自身が、歳を重ねると共に、増えて行ったことは、言うまでもありません。

 

従って、年賀状の枚数は、今は、年々、減少しています。

 

それは、極、自然で、当たり前のことですので、その流れに、任せたいと思います。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

おっと、やばい!

 

余計なことを、書き過ぎました!

 

とっても、中途半端ですが、この続きは、次回と言うことで。(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

 

 

(つづく・・・。)

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2018年3月12日 (月)

『馬糞症?』(^^;

おはようございます!(^o^)/

 

 

【馬糞症?】(^^;

 

 

彼此、30年以上前になりますが、実家の都合で、自衛官を退官し、大学の指導教授に勧められ、富士山麓にある、とある企業に就職した時の話です。

 

当初は、製造部のオペレーターとして、勤務する予定でしたが、新たなプロジェクトに、人員が必要とのことで、研究開発部研究開発課(以下:開発課)に配属されてしまいました。

 

私は、

 

(研究開発なんて、無理だよぉ~!)

 

と、かなりビクついてしまい、猫を被り捲くっていました。

 

開発課の、毎朝のミーティングでは、光学の専門用語が飛び交い、私は、

 

(全然、意味が、解かんないじゃん!

 理解できないよぉ~!

 とてもじゃないけど、みんなに付いて行けないよぉ!)

 

と、何も言葉を発することができずにいました。

 

そんな状態の時の話です。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ある日、課長が、何も言葉を発しない私を、気遣ってくれたのか、話し掛けて来てくれました。

 

「ぢらいでぐんば、ばふんじょうは、だいじょうぶだの?」

 

私は、

 

(え゛え゛~?  馬糞症?)

 

と、一瞬、驚いてしまいましたが、

 

(そう言えば!

 会社の周りには、乗馬クラブが、幾つか、あったよな。

 会社の前の道路には、結構、馬糞が落ちているし、かなりの頻度で、馬も往来している。

 そうか!

 その馬糞が、乾燥して飛散して、何か悪さをしているんだろう。)

 

と、勝手に思い込み、

 

「大丈夫です!」

 

と、答えていました。

 

課長は、

 

「ぞうなど。

 ぞれば、よがっだ。

 うぢのがは、ごのぎぜつば、びんば、ばふんじょうで、ぐるぢんでんだお。」

 

と、話されていました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

上記の課長の言葉は、あくまでも、私が、その当時、聞き取ったものとして頂きたいと思います。

 

決して、オーバーに、書いている訳ではありません。

 

本当に、その様にしか、聞き取れなかったのです。

 

それで、開発課の部屋には、研究開発部長が、パーティションを挟んでいらっしゃったのですが、部長は、超お元気で、「馬糞症(花粉症)」には、全くご無縁の様でした。

 

課長の次に酷かったのが、大学の先輩で、主任を務められていた方なのですが、手提げの紙袋に、ティッシュペーパーと、ゴミ袋を入れて、いつも持ち歩いていました。

 

やはり、私のことを、

 

「ぢらいでぐん!」

 

と、呼んでいました。

 

その次が、係長で、眼と鼻は、いつも真っ赤っかで、酔っ払いじゃないのかって、思ってしまう程でした。

 

私を、指導してくださった主査の方は、然程、酷くはなく、それでも、頻繁に、目薬を点し、眼鏡を洗われていました。

 

それらの状況を観て、私は、

 

(馬糞症って、何て酷いんだろ。

 そう言えば、開発課の部屋だけ、道路側に窓がある。

 隣の総務課や、検査課には、道路側には壁で、窓になっていない。

 だからかぁ。)

と、勝手に納得していました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

それで、とある日、思い切って、総務課の、「J子」さんに聞いてみましたら、

 

「バカね、あんた!

 そんな(馬糞症)こと、ある訳無いでしょ!

 花粉症よ!

 知らないのぉ?」

 

と、一喝されてしまいました。

 

「J子」さんは、軽い花粉症とのことで、そんなには、辛くはないけれど、

 

「あんたのところの課長は、あれは、重症よ!

 だから、ちゃんと話せないし、話させちゃいけないの!

 会社の周りを、ちゃんと観たぁ?

 杉と、桧だらけよ。

 雪の様に、車の上に、(花粉が)積もっちゃうんだから!」

 

その話しを聞いて、昼休みに、社屋の外に出てみると!

 

若い社員を中心として、車の上の、山吹色の粉を、エアガンで、吹き飛ばし捲っていました。

 

私には、駐車場が、まるで、オレンジ色の霧に、包まれているかの様に観得てしまいました。

 

何でも、スギの花粉は、そのままにしておくと、車のボディに、ねっちゃりと、粘着してしまうとのことでした。

 

また、そのまま洗車してしまうと、ボディに傷が付いたり、フロントガラスなどは、油膜が張った様な状態になってしまい、夜間などは、対向車のライトが乱反射して、何も観得なくなってしまうとのことでした。

 

私は、車には、全くの無頓着でしたので、山吹色の粉は、あまり気にしていませんでしたが。(^^;

 

いずれにしても、「花粉症」と言う言葉と、スギ花粉の猛威を認識したのは、この時が、全くの、初めてだったのです。

 

と言うことで、花粉症の皆様には、何も知らずに、大変、申し訳なく思います。

 

また、「馬糞症」などと記述してしまい、心から、陳謝いたします。

 

m(_ _)m

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて、その、杉と桧に囲まれた会社ですが、研究開発部長と、私の様に、スギ花粉に、全く反応しなかった鈍感者?は、極々、一部の人間だけでした。

 

ですので、殆どの人達が、花粉に悩まされていると言った感じで、クリーンルームで仕事を行える、・検査(受入れ・出荷)・洗浄(手拭き・超音波洗浄)・測定・出荷梱包などの各課は、超~人気の職場となり、特に、女性陣の争いは、相当、熾烈なものだったと思いました。

 

私は、そんな会社の様子を観ていて、ふと想ったことがありました。

 

(杉と桧かぁ。

 そう言えば、その昔。

ボーイスカウトで使っていた、桃沢(愛鷹山の麓)のキャンプ場は、杉と桧の森の中にあったよなぁ。

 年に、何回もキャンプに行って、2月は、「B‐P祭(ボーイスカウトの創始者の生誕を祝う会)」で、3月には、「幹部訓練(班長・次長の訓練キャンプ)」も、行ってたよなぁ。

 薪は、全て、現地調達だったから、間伐対象の立木を、斧で切り倒し、それを、みんなで担いで来たリ、ずるずると引き摺って来たりしてさ。

 それを、次のキャンプのために、斧や手斧、鉈で、沢山の薪を作り置いたんだっけ。

 杉や桧は、面白い様に、綺麗に割れてくれるから、手に肉刺ができたって、みんなで、争って、割り捲ってたよな。

 それに、杉や、桧の葉は、緑(生木)でも、火が点いて、良い着火剤になったし。

 杉や桧は、俺達、ボーイスカウトの大好物だったよな。

 でもなぁ。

 誰も、花粉症になんて、ならなかったよなぁ。)

 

と言うことで、花粉症について、調べてみることになる訳ですが。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

研究開発課の、直ぐ隣には、会社の図書室がありました。

 

社員であれば、誰でも入ることはできたのですが、専門書の類や、ニュースレターなどは、別枠として置かれていましたので、その部分は、ほぼ、研究開発課占有の場所となっていました。

 

私は、花粉症について、何か、手掛かりが無いかと、探し捲っていたのですが、結局、何も見付けることがでずにいました。

 

と言うのも、当時は、ネット検索などと言うものはありませんでしたので、とにかく、書籍に頼るしかありませんでした。

 

そんなことを、何回か繰り返していましたら、ある時、研究開発部長と、鉢合わせになってしまいました。

 

「ほぉ~、調べもんか?」

 

「はい。」

 

「何を探しとんのや?」

 

「えっと、あの~、その~、・・・。」

 

「なんや!

 気象の本やないけ。

 プラズマイオンと、ちゃうやん。」

 

「えっ、はぃ。」

 

と言うことで、部長に、こっ酷く、怒られるかと思い、相当な覚悟をした訳なのですが。(^^;

 

(※関西弁が間違っていたらごめんなさい。)(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あんな(花粉症)もん、現代病や!

 わしらの頃には、そんなもん、無かったし、そんなやわじゃなかった。

 みんな、意気地がないねん。

 君は、どや?」

 

「ボーイスカウトとか、自衛隊で、森の中を走り回っていましたが、全く平気でした。」

 

「そやろ!

 みんな、軟弱なんよ。

 鍛え方が、足らんのよ。

 そのボーイスカウトとか、自衛隊とか、(花粉症の人は)おったん?」

 

「いいえ。

 見たことがありませんでした。」

 

「わしの記憶だと、1960年代に、少し話題になって、つい最近や。

 80年代に入ってから、騒がれ始めたんや。

 だから、10年も経っておらへん。」

 

その様に、部長は、述べられておりました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

研究開発部長は、太平洋戦争中に、東大工学部に在籍していたとのことでした。

 

その間、海軍の要請を受け、光学フィルターや、レーザー、プラズマ放電などの研究を進め、それらを基に、博士課程を修められたとのことでした。

 

著書も、何冊かあった様なのですが、

 

「廃版になってしもた。」

 

と、寂しそうに、おっしゃっていました。

 

ですが、流石は、東大工学部。

 

光学以外の知識が豊富なことは勿論、その人脈も、かなりのものでして、後々、地学好きの私のために、お知り合いから頂いたと思われる、気象や地形・地層、地形図関係、河川、登山、天文学の本などを、こっそりと、プレゼントしてくださいました。

 

だからと言う訳ではないのですが、部長が言われることは、鵜呑みで信じていました。

 

蛇足ですが、部長が、常務取締役に就かれ、その後、いよいよ、引退となったある日、わざわざ、私のところまで来てくださって、

 

「実は、わしの愚息達は、大学まで、ボーイスカウトにお世話になっとたんや。

 お陰で、挫けることもなく、無事に就職できたと思う。

 今は、ボーイスカウトに感謝しとる。

 休暇をよく取る、君には悪かったが、周りの手前、なかなか、言い出せんかった。

 (そのとを)話せて、胸のつかえが降りた。

 これからも、子供達のために、頑張ってくれよ。

 応援しとる。」

 

と、胸の内を、明かしてくださいました。

 

ちなみに、どちらがどちらかは判りませんが、東大と京大だそうです。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その部長の話しを聴いて、私は、

 

(なんともまぁ!

 そんな秘話がったのぉ?

 だけど、休暇を取り過ぎたもんな。(^^;

 流石に、言い出せないのも無理は無いや。

 それにしても、花粉症は、こりゃぁ、これからが大変だなぁ。

 ボーイスカウトで、キャンプをする時に、安易に、杉林に、入れなくなるかも知れないよなぁ。

 薪の調達はどうする?

 スカウト達は、花粉症で、耐えられなくなるかも知れない。

 花粉症への対応は、どうする?

 購入できる薬とかあるのか?

 薬があったとしても、投与して良いのか?

 保護者への説明はどうする?

 安全対策計画書に、書き込む必要はあるのか?

 それよりも、キャンプ場の確保ができるのか?

 新たなキャンプ場を、探さなければならないのか?)

 

などなど、随分と悩んだ記憶があります。

 

その後、その悩みは、的中することになり、スカウトは、キャンプに参加したいのだけれど、保護者から、「待った!」が掛かることが多くなってしまうのでした。

 

このことは、「野外を教場とする」私達には、かなりの痛手でした。

 

ですが、次第に、花粉症に対する手当や、その方法。

 

また、予防法。

 

そして、薬などが普及しだし、何とか、持ち応えたと言う感じでした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

30数年前、馬糞症、いやいや、花粉症です。(^^;

 

大きな勘違いと共に、花粉症と出会ってから、今に至っている訳ですが、これからも、多くの方々が、花粉症に付き合って行かなければならないと思うと、胸が痛みます。

 

また、少なからず、ボーイスカウトの活動に、影響を与え、制限を生んでいると言うことは、否めないと思います。

 

今現在、杉の改良が行われ、花粉が少ない杉が生み出されているようですが、「花粉が少なくなる」・「花粉が飛散しない」と言う状況になるのには、まだまだ、随分と先の話の様です。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

またまた、長文となってしまいましたが、花粉症の皆様には、心より、お見舞い申し上げます。

 

また、最後までお読みになって頂いた方には、誠にありがとうございました。m(_ _ )m

 

 

皆様、どうか、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月11日 (日)

『黙祷』


おはようございます

 

 

【黙祷】

 

 

大自然に生かされていることに感謝し、『今』を精一杯生きる

 

『黙祷』

 

皆様、どうか、今日も、好い一日になります様に!

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2017年11月16日 (木)

『視力の不安!』(^^;


おはようございます!(^o^)/


【視力の不安!】(^^;


実は、運転免許証の更新に行く前日、不安で不安で堪らず、なかなか、寝付くことができませんでした。(^^;

と言うのも、寒さが増して来ると、私の顔面は、左側が硬くなり、引き攣った様な感じになります。

そのため、左目を、見開くことができなくなってしまいます。
視力検査で、引っ掛からないかと、それで、とても不安でした。

昨日は、朝4時に起き、顔面の左側を、ひたすら、マッサージしていました。

その効果もあったのか、視力検査は、全く、問題ありませんでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


とは言え、その昔は、とんでもない、視力の持ち主でした。

眼の不安は、全く、ありませんでした。

『陸上自衛隊 陸曹航空操縦学生課程(ヘリコプターのパイロット)』の試験を受けた時、身体検査で、5m離れて検査する遠視力は、両目とも、『2.0』で、全ての文字・記号を視認できました。

30cmから、文字が書かれた検査板を、距離を縮めて、眼に近付けて来て読み取る近視力は、『1.5』。

周辺視野範囲は、水平方向では、250度を超え、垂直方向でも、180度を超えていました。

深視力は、『0.0mm』。

真っ暗闇の部屋の中で行った検査で、動体視力(眼球運動)・瞬間視力(調節と輻輳(ふくそう)機能・視覚反応時間・目と体の連動力)なども、かなり高い数値(短時間単位)でした。

当時は、ドクターから、「凄い!」と、驚きの言葉を貰い、かなり有頂天になっていました。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


それが、今では、老眼となり、眼鏡を手放せなくなり、眼に不安を抱えています。

まぁ、加齢と言うこともありますが、やはり、パソコンの長時間使用や、きちんと、眼のケアをして来なかったのも、いけないのでしょうね。

やっぱり、顔面の筋肉のリハビリや、イチロー選手や、卓球の愛ちゃんの様に、しっかりと、眼のトレーニングを、しなきゃいけないのかなぁ。(^^;

あ゛っ!

ちなみにですが、パイロットの試験に合格しなかったのは、脳出血の原因となった、不整脈があったからです。

今となっては、試験に合格しなくて、本当に、良かったと思っています。(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年11月10日 (金)

『アルバム追加!』(^-^)/


右側のバーに、『出雲市・米子市 訪問』の、
アルバムを、追加しま
した。(^-^)/

あと、『ハム&ペン』のアルバムも、

載せてあります。

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2017年10月27日 (金)

『評価・反省~?』(^^;

(出雲市・米子市 訪問:その110(終))


(※注:平成29年5月6日(土)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【評価・反省~?】(^^;



(ペン)「あんれぇ~?

     おデブ隊長、さっきから、ずっと、
     ここにいて、動かなくなっちゃったじゃん!

     何やってんのぉ?」

(ハム)「眠いんだってっさ。」

(ペン)「眠いぃ~?」

(ハム)「うん。

     家に戻って来たら、安心したって言うかぁ、
     疲れが、どどぉ~っと、出て来ちゃった
     みたいなんだって。」 Img_5845
(ペン)「だったらさぁ。

     こんなところに、いつまでもいないでさぁ。

     早く、2階に上がって、
     寝ちゃえば良いのにぃ。」

(ハム)「それがね。

     布団を、敷いてないから、
     『きゃさりん副長。』を、
     待っているんだって。

     それに、着替えも、用意して貰わないと、
     自分では、着替えられそうにも
     ないんだって。」

(ペン)「え゛~?

     何言ってんだよぉ。

     自分のことは、自分で、やるんだろう?」

(ハム)「そうなんだけどさ。

     疲れていると、思わぬ場所で、コケたり、
     扉に、ぶつかったりしちゃってさ。

     この前も、それで、怪我をしたリ、
     ガラスを割っちゃったりしたことが
     あるんだ。

     だから、『きゃさりん副長。』に、
     待っている様に、言われているんだよ。」

(ペン)「げぇ~!

     なんだかなぁ。

     それじゃぁ、赤ちゃんと、一緒じゃん。」

(ハム)「まぁ、仕方ないよ。

     半身片麻痺の身体障害者は、
     大体、そんな感じなんだよ。」

(ペン)「じゃぁさ。

     俺達は、ここで、何をしていればいいの?」

(ハム)「『評価・反省』だって!」

(ペン)「ひょうか・はんせいぃ~?

     って、なに?」

(ハム)「まぁ、旅の、振り返りみたいなものかなぁ。」

(ペン)「ん゛~。

     よく分かんないけど、何をすればいいのさ。」

(ハム)「そうだなぁ。

     お世話になった人達を、確認するとかさ。

     計画と、実際の行動を、比較するとかさ。」

(ペン)「げげぇ~!

     そんなの、超~、面倒じゃん!」

(ハム)「まぁまぁ、そう言うなよ。

     先輩の、富士スカウト達は、みんな、
     きっちりと、やってきたんだからさ。

     俺達も、恥じない様に、やるっきゃないよ。」

(ペン)「ん゛~、仕方ないなぁ。

     それで、何から、始めるの?」

(ハム)「まずは、お世話になった、皆さんの、
     確認からかなぁ。」

(ペン)「んぎゃ!

     お世話になった人って、
     数え切れないじゃん。
     その人達を、確認するのぉ?」

(ハム)「まぁ、時間は、一杯沢山あるし、
     別に良いじゃん。

     とりあえず、ペンから、先に、名前を、
     挙げてみてよ。」

(ペン)「え゛~?

     ハムから、先に、名前を挙げてよ。

     そうしたらさ。

     俺も、少しは、思い出すかも
     知れないからさ。」

(ハム)「もぉ、仕方ないなぁ。

     それじゃぁ、始めるよ。

     まずは、切符と、宿の手配で、旅行会社さん。

     それと、観光ボランティアガイドの案内で、
     出雲市観光協会さん。

     それから、車椅子の列車利用で、
     JR東海、三島駅の担当者さん。」

(ペン)「げぇ~!

     そんな、出発前の、最初の方からやるのぉ?」

(ハム)「当然だよ。

     はい!

     次は、ペンの番だよ。

     出発、当日からね。」

(ペン)「ん゛~、えっとぉ、三島駅まではぁ、
     いつもの、タクシーの運転手さん。

     三島駅は、介助担当の駅員さんと、
     通過駅に、連絡する係りの人。」 Img_5324
(ハム)「そうそう。

     そんな感じ!」

(ペン)「でもぉ、物凄い数になっちゃうよ。」

(ハム)「まぁ、仕方ないよ。

     とりあえず、名前を、挙げてみようよ。」 Img_5327
(ペン)「新幹線の中では、車掌さん。

     名古屋駅で、介助の駅員さん。

     岡山駅では、介助の職員さんだったっけ?」

(ハム)「そうだったね。

     岡山駅は、物凄く混んじゃっていて、
     人手が足らなかったから、
     臨時の職員の人だったよね。」

(ペン)「特急『やくも』の中で、車掌さん。

     出雲市駅で、助役さんと、介助の駅員さん。

     だったよね。」 Img_5344
(ハム)「そうそう。

     それで、ホテルが近かったけど、
     タクシーに、乗って行ったんだよね。

     タクシーの運転手さんは、嫌な顔一つもせずに、
     丁寧で、優しかったよね。

     あとは、ホテルの食堂の人が、
     席を、広々と用意していてくれて、
     とっても、優しく対応してくれたって、
     おデブ隊長が、言ってたよね。」

(ペン)「ひょぇぇ~!

     初日だけでも、物凄い数じゃん。

     おデブ隊長、お世話になり過ぎだよぉ!」

(ハム)「だけど、これからが、本番じゃん。

     2日目にいくよ。

     まずは、『出雲大社』までの、
     タクシーの運転手さん。

     説明が上手くて、とっても、優しかったよね。

     そして、『Wさん』の、登場だったよね。」 Img_5424
(ペン)「お゛お゛~!

     そうだった。

     『Wさん』には、滅茶苦茶、お世話に、
     なっちゃったじゃん!」

(ハム)「そうだよね。

     感謝しても、感謝し切れないぐらいに、
     お世話になっちゃったよね。

     それに、とっても、不思議な、
     ご縁も頂いたし。」 Img_5445
(ペン)「ん゛?

     でもさ。

     2日目は、『Wさん』が、主で、あとは、
     思い出さないんだけどなぁ。」 Img_5496
(ハム)「こらこら。

     『旧大社駅』から、タクシーに、
     乗ったでしょ。

     その運転手さんが、色々と、
     説明してくれたじゃん。

     それで、『出雲市駅』に、戻って来て、
     『出雲そば』を食べて、お土産を、
     大量に買ったでしょ。

     その時に、宅急便のところまで、それぞれの、
     お店の店員さんに、お土産を
     運んでもらったじゃん。」 Img_5562
(ペン)「あ゛~!

     思い出したぁ。

     それで、『出雲市駅』で、助役さんと、
     介助の駅員さんに、特急『やくも』に、
     乗せて貰ってぇ、車掌さんが、来てくれてぇ、
     『米子駅』で、3人掛かりで、
     降ろして貰ったんだぁ。」 Img_5583
(ハム)「でしょう。

     だから、他の人達にも、物凄く、
     お世話になっているんだよ。

     それに、米子市のホテルは、夕食を
     予約してくれていたでしょ。

     まぁ、そのお店は、好評では、
     なかったみたいだけど。

     その後、『Hさん』と、出くわして、
     焼き鳥屋さんに行って、女性の店員さんに、
     わざわざ、席を空けて貰ったんだよ。」 P1120130
(ペン)「あ゛あ゛~!

     物凄く、慌ただしかったって、一件だよね。

     『Hさん』が、朝来て、その日の夜に、
     帰って行ったって、やつだよね。」

(ハム)「そうなんだよねぇ。

     2日目は、時間的に、充分、余裕を持たせて、      かなり早く、ベッドに潜り込むはずだった      んだけど、どう言う訳か、結局、遅い時間に、      なっちゃったんだよねぇ。」

(ペン)「それってさぁ。」 P1120136
(ハム)「まぁ、仕方が無いことさ。      それじゃぁ、3日目にいくよ。」

(ペン)「ちょっと待って!

     3日目って、『妖怪』だよね。」

(ハム)「ん゛っ?

     『妖怪』には、幾ら何でも、
     お世話になっていないでしょう。」

(ペン)「いいや!

     『ネコ娘』が、お出迎えでいた!」 Img_5634
(ハム)「ん~、もう!

     その話は、おいておきなさい。

     とにかく、一日中、『Eさん』に、
     お世話になったことは、間違いはないよね。

     その他には?」

(ペン)「ん゛~?

     あ゛っ!

     『水木しげる記念館』で、車椅子のリフトを、
     操作して貰った。

     それに、混んでいるから、車椅子では、
     順路は、無視しても良いって、
     係りの人に言われた。」

(ハム)「そうだったよねぇ。

     かなり、融通の利く、係りの人ばかりで、
     とっても助かったよね。

     そのあとの、『夢みなとタワー』でも、
     車椅子を、優先させて貰ったしさ。」

(ペン)「そっかぁ。

     それから、『とっとり花回廊』に行った時も、
     車椅子は、優先させてくれたよね。

     何だか、どこに行っても、みんな、
     とっても優しかった。」 Img_5742
(ハム)「そうだったね。

     『フラワートレイン』の乗降も、
     おデブ隊長を、しっかりと見守って
     くれていたし、皆さん、対応が、
     とっても丁寧だったよね。

     そして、極み付けは・・・。」

(ペン)「ちょっと待ったぁ!

     それはぁ、俺に言わせてよぉ。

     『あっちゃん』!

     だよね。」 Img_5800
(ハム)「うん!

     ご主人が、優しくって、面白くって、
     雰囲気が、とっても良かったよね。

     料理も、とっても美味しかったし。

     最後の締めが、『あっちゃん』で、本当に、
     良かったよね。

     それで、タクシーが、タイミング良く、
     迎えに来てくれてさぁ。

     あのタイミングも、とっても不思議だった。」

(ペン)「本当だよね。

     初めは、タクシーが、掴まらないって、
     言ってたのにねぇ。」

(ハム)「それで、ホテルまで、無事に、戻って
     来られたのは良かったんだけど、
     最終日はねぇ。

     おデブ隊長も、『きゃさりん副長。』も、
     二日酔いになっちゃうなんてさ。

     『米子駅』で、3人掛かりで、
     特急『やくも』に、乗せて貰ったけど、
     きっと、お酒臭かったよねぇ。」 Img_5805
(ペン)「うん。

     それは、言えると思うよ。

     ひょっとしたら、岡山駅でも、名古屋駅でも、
     お酒臭かったかも知れないよ。」

(ハム)「だよねぇ。

     だから、おデブ隊長、二日酔いを引き摺って、
     今も、こんな感じなんだよ。

     それで、眠たいんだよ。」

(ペン)「全くもう、どう仕様もないよなぁ。

     こんなにも、多くの人のお世話になって、
     無事に帰って来たって言うのに、自分は、
     ぼぉ~っとしちゃって、俺達だけに、
     『評価・反省』なんて、させちゃってさぁ。」

(ハム)「まぁまぁ。

     『評価・反省』は、絶対に、必要なことだし、
     それなりに、行動の確認が、
     できたから良いじゃん。

     それにしても、今回は、不思議なご縁を、
     多く頂いたと思わない?」

(ペン)「ん゛?

     『不思議なご縁』?」

(ハム)「そうさ。

     『不思議なご縁』だよぉ。

     とにかく、俺達は、『縁結びの神様』の
     ところに、行って来たんだぜ。

     そこで、多くの『ご縁』を、頂いたじゃん!

     でもまぁ、殆どが、おデブ隊長が、頂いた、
     『ご縁』だったけどぉ。」 Img_5493
(ペン)「あ゛~

     それって、『Wさん』と、
     おデブ隊長のこと?」

(ハム)「うん!

     まさかねぇ。

     『Wさん』が、航空自衛隊生徒、第5期生
     だなんて、誰も、絶対に、思わないじゃん!

     それがさ。

     おデブ隊長と、出会っちゃうんだよぉ。

     不思議だと思わない?」

(ペン)「まぁ、確かに、そう言われれば、
     そうだけどさ。」

(ハム)「俺は、奇跡に近いと思うよ。」

(ペン)「そっかぁ。

     そう言えば、『Wさん』が、

     『まさか、陸上自衛隊生徒の方と、
      お会いするとは、思いませんでしたよ。』

     って、言ってたもんな。」
Img_5561
(ハム)「でしょう!

     俺は、『大国主大神』の、パワーを、
     絶対に信じるよ。

     『縁結び』は、絶対にあると、信じる!」

(ペン)「そうだよなぁ。

     そう言えば、『きゃさりん副長。』も、

     『きゃぁ~!

      なんて、素敵なことなのぉ!

      自衛隊の、生徒の、大先輩に、
      出逢っちゃうなんて!

      それに、案内まで、してもらちゃう
      なんて!』

     って、大騒ぎしてたもんな。」 Img_5547
(ハム)「それにさ。

     『Hさん』のことも、あるじゃん!」

(ペン)「あ゛っ!

     あの、お店の前での、これまた、
     奇跡に近い、遭遇ってやつぅ?」 P1120135
(ハム)「そうそう、それそれ!

     時間がさ。

     ほんの、5分でもずれていたら、
     絶対に、会えなかったってやつ!」

(ペン)「そっかぁ。

     あれも、本当に、不思議なタイミング
     だったよね。

     よくもまぁ、『Hさん』と、会えたよね。

     本当に、不思議だぁ。」

(ハム)「それもさ。

     きっと、『大国主大神』が、
     見守っていてくれたんだよ。

     航空通信修理の、絆を壊さない様にってさ。

     ご縁を、結び直してくれたんだよ!」

(ペン)「え゛~?

     ご縁を、結び直してもくれるのぉ?」

(ハム)「俺は、ご縁の結び直しも、
     絶対にあると思う!

     『大国主大神』は、何でも
     お見通しなんだよ。」

(ペン)「う゛~!

     そうなると、物凄いパワーを、
     『大国主大神』が、持っているって
     ことじゃん。」

(ハム)「そうだよぉ。

     だから、全国の、八百万の神々が、
     『出雲大社』に、集まるんだよ。」 Img_5490
(ペン)「そっかぁ。

     そうだったよね。

     『出雲大社』は、パワースポットだらけ
     だったしね。」 Img_5370
(ハム)「あとはさ。

     初日に、とっても美しい『大山』が、
     出迎えてくれたりさ。

     ANA機と『大山』を、一緒に、
     観ることができたり、
     大型クルーズ客船の出港を観たりさ。

     滅茶苦茶、混んでいたけど、
     『あっちゃん』のカウンター席に、
     座ることができたりさ。

     タクシーが、タイミング良く、
     迎えに来てくれたりさ。

     良いことばっかり、だったじゃん!」 Img_5721
(ペン)「確かにねぇ。

     本当に、良いことばっかりだった。

     それも、『大国主大神』の、お陰なの?」 Img_5724
(ハム)「勿論、『大国主大神』のパワーも、
     あるだろうけど、やっぱり、
     八百万の神々のお陰も、あると思うよ。

     でなきゃ、こんなにも、良いことには
     恵まれないよぉ。

     それにさ。

     おデブ隊長は、

     『俺は晴れ男!』

     なんて言っているけど、やっぱり、
     見守ってくれている、不思議な力に、
     援けられているんだと思うよ。」

(ペン)「そうだよね。

     今回も、目茶苦茶、天気が良かったけれども、
     『風神・雷神』などの神様もいるんだし、
     他の神様達にも、援けられたんだよね。」

(ハム)「そうなんだけどね。

     観得ない力にも、勿論、感謝しなくっちゃ
     いけないけど、やっぱり、とっても
     大事なのは、直接、お世話になった方々に、
     感謝することだと思うんだ。

     そのことが、とっても大事で、
     その行動を見守ってくれている神様達が、
     少しだけ、援けてくれていると思うんだ。」 Img_5494
(ペン)「そうかぁ!

     そうだよね。

     『感謝の心をもつ』

     ことが大事で、その心も、

     『そなえよつねに』

     の精神で、いつもいる。

     そのことが、とっても大事なんだね。」

(ハム)「そうだよねぇ。

     『常に感謝!』

     これからも、そのことは、絶対に
     忘れちゃいけないよね。」

(ペン)「うん!

     解ったぁ!

     心に、刻むよ。

     それにしてもさぁ。

     『評価・反省』って言うからさ。

     もっともっと、大袈裟なことかと
     思ったけどさ。

     こう言うことだったんだぁ。

     『評価・反省』は、とっても大事じゃん。」

(ハム)「お゛お゛~!

     解って貰えたかぁ!

     良かったよ。」

(ペン)「うん!

     『評価・反省』も、きちんと、
     やる様にするよ。

     ところでさ。

     俺も、何だか、眠たくなって
     来ちゃったんだけどぉ。」

(ハム)「あぁ、実は、俺もそうなんだ。

     早く、『きゃさりん副長。』に、2階に、
     連れて行って貰おうぜ。」

(ペン)「りょうかぁ~い!

     その前に、ハム、お疲れ様!」

(ハム)「おぉ!

     こちらこそだよ。

     ありがとう、バディ!

     お疲れ様!」



(おしまい!)(^-^)/



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



今回は、短く、早目に、終了させようと
思っていましたが、またまた、とんでもなく、
長くなってしまいました。(^^;


Facebookの、不調もありましたが、5月に始まり、
足掛け、5か月にも及んでしまいました。


お付き合いを頂いた皆様には、
誠にありがとうございました。


心より、感謝申し上げます。m(_ _)m


少々の、後日談がございますが、それは、
またの機会にと言うことで。


一旦、お終いであります。(^^;

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2017年10月 5日 (木)

『抜け殻!』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その109)


(※注:平成29年5月6日(土)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【抜け殻!】(^-^)/



(ペン)「やったぁ~!

     到着ぅ~!」

(ハム)「無事に着いたね。

     それも、予定通りだしさ。

     何事も無くって、本当に良かったよ。」

(ペン)「うん!

     『きゃさりん副長。』も、元気を、
     取り戻したみたいだしさ。

     俺達も、潰されなかったし!」

(ハム)「そうだね。

     『出雲大社』の人混みとか、新幹線や、
     在来線への乗り換えとか、一時は、
     どうなるかと思ったけど、なんとか、
     乗り切れたものね。

     怪我も無く、トラブルもなく、
     本当に良かったと思うよ。」

(ペン)「それは、やっぱり、『Wさん』とか、
     『Eさん』とか、JRの職員の方々とか、
     お世話になった、皆さんの、お陰だよね。

     それに、『大国主大神』にも、
     護られていたと思うんだ。」

(ハム)「本当に、色々な人達に、援けられちゃったね。

     勿論、『大国主大神』にもね。

     感謝、感謝だよね。」

(ペン)「最後に、おデブ隊長も、『きゃさりん副長。』
     も、二日酔いになっちゃって、
     ヘロヘロだったけど、まぁ、

     『終わり良ければ全て良し!』

     って、言うことかな。

     ところでさぁ。

     『きゃさりん副長。』は、どこに
     行っちゃったのぉ?」

(ハム)「あぁ、おデブ隊長の、お袋さんに、
     呼ばれて、行っちゃったんだ。」

(ペン)「え゛~?

     何しに、行っちゃったのぉ?」

(ハム)「お土産だって。」

(ペン)「お土産ぇ~?」

(ハム)「うん。

     出雲市駅から、大量に、お土産を、
     送ったじゃん。

     それから、米子市から、不要な衣類を、
     送ったじゃん。

     それを、確認して、開梱しに
     行っちゃったんだ。」

(ペン)「あれまぁ~。

     そんなに、急ぐものなのぉ?」

(ハム)「まぁ、お留守番をしていた、お袋さんは、
     届いた荷物が、とっても気になって
     いたみたいだからさ。」

(ペン)「そうなのぉ?」

(ハム)「うん。

     お袋さんは、洗濯物のお土産は、早く、
     洗濯してしまいたいみたいだし、
     ちゃんとしたお土産の方は、近所の親戚や、
     知り合いに、配ってしまいたいみたいだよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。

     そうなんだ。

     でもさぁ。

     明日でも、良いんじゃないのかなぁ。」

(ハム)「それはね。

     お袋さんの、信念と言うか、今できることは、
     今やってしまおうと言う、考え方から
     なんだろうね。

     明日とかさ。

     次に回しちゃうと、
     やりたくなくなっちゃうとか、
     面倒になっちゃうとかさ。

     今日は、自宅に居るのが判っているけど、
     明日になって、お土産を、持って行ったら、
     訪ねて行った家の人が、出掛けちゃって、
     いなかったりとかさ。

     そう言うのが、嫌なんだろうね。」

(ペン)「ほぉ~、なるほどね。

     今できることは、今やってしまうのか。

     それは、大事かも知れないね。

     ところでさぁ。

     おデブ隊長は、何をやってるのぉ?」 Img_5844
(ハム)「ん゛~、どうやら、
     気が抜けちゃったみたい。」

(ペン)「気が抜けたぁ~?」

(ハム)「まぁ、二日酔いから、醒めたってことも
     あるかも知れないけど、かなり、
     充実した日々を過ごしていたじゃん。

     それで、緊張が、解けたって言うかぁ、
     何もすることが無くなっちゃったって言うか。

     それで、ぼぉ~っと、してるんだろうね。」

(ペン)「なんだかなぁ。

     それだったら、お袋さんとか、
     『きゃさりん副長。』を、
     手伝いに行けば良いのにぃ。」

(ハム)「そりゃぁ、無理だろうよ。」

(ペン)「え゛~、どうしてぇ?」

(ハム)「身体が動かないから、口ばっかりで、
     お袋さん達に、煩がられて、
     邪魔にされるだけだよぉ。」

(ペン)「そっかぁ。

     それじゃぁ、駄目だよね。」

(ハム)「それに、おデブ隊長は、
     『きゃさりん副長。』がいないと、
     何もできないからね。」

(ペン)「まぁ、仕方ないかぁ。

     それにしても、おデブ隊長、何だか、
     抜け殻の様だよ。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年10月 4日 (水)

『締めの、醍醐味!』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その108)


(※注:平成29年5月6日(土)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【締めの、醍醐味!】(^-^)/



(ペン)「あれまぁ~!

     『のぞみ』って、やっぱり、滅茶苦茶、
     速いんだねぇ~。

     あっと言う間に、『名古屋駅』に、
     着いちゃった!」

(ハム)「途中、結構、雨に降られたじゃん。

     『新大阪駅』じゃぁ、超~、土砂降り、
     だったよね。

     あれで、よく、遅れずに、着いたよね。

     新幹線って、やっぱり、大したもんだ!」 Img_5835
(ペン)「それで、次は、何に、乗り換えるの?」

(ハム)「今度は、『ひかり』だよ。」

(ペン)「え゛~?

     『三島駅』に停まる、『ひかり』なんて、
     あるのぉ?」

(ハム)「そこはぁ、流石に、旅行会社さんだよ。

     きちんと、『三島駅』に停まる、
     『ひかり』を、押さえてくれたんだ。」

(ペン)「ふぅ~ん。

     そうなんだ。」

(ハム)「最近は、長泉町が、充実しているからねぇ。

     東京まで、新幹線通勤をする人も、だいぶ、
     多くなったから、『三島駅』も、少しだけど、
     重要視されてるみたいだよ。」

(ペン)「あ゛っ、そうか!

     そう言えば、長泉町は、急速に、人口が伸びて、
     あっと言う間に、4万人を、超えちゃったし、
     静岡県で、住み良い町、1番に、
     なっちゃったもんなぁ。

     そりゃぁ、『三島駅』も、賑わう訳だ!

     おんやぁ?

     『きゃさりん副長。』が、ワゴンを呼び止めて、
     何か買ったよ。」 Img_5836
(ハム)「あぁ、お愉しみのものさ。

     最後の締めと言うか、もう、定番に、
     なっているよ。」

(ペン)「定番~?

     そんなものが、あったのぉ?」

(ハム)「勿論だよ。

     『きゃさりん副長。』にとっては、
     とっても大切なもの。

     『駅弁』だよ!」

(ペン)「え゛~?

     『駅弁』が、とっても、大事なものなのぉ?」

(ハム)「あぁ、そうさ。

     考えてみてごらんよ。

     在来線の、特急の車内では、今は、
     車内販売はやっていないでしょ。

     仮に、駅の構内や、ホームで、駅弁を買って、
     車内に持ち込んでも、揺れがきつくって、
     なかなか、落ち着いて、食べてはいられない。

     それに、乗り換えがあると、おデブ隊長の
     こともあって、これまた、なかなか、
     落ち着かない。

     だからさ。

     最後になる列車で、『駅弁』を、ゆっくりと
     味わうのが、『きゃさりん副長。』の、
     定番に、なっているのさ。」

(ペン)「ふぅ~ん。

     そうなんだ。

     やっと、『きゃさりん副長。』が、
     落ち着ける時なんだね。

     ところでさぁ。

     お弁当は、何なのぉ?」

(ハム)「今回は、『特製 幕之内御膳』だって!」

(ペン)「へぇ~。

     特製~?

     中身は、何だろうね。」 Img_5837
(ハム)「今、蓋を開けるよ。

     そうすると、蓋の裏側に、説明書きが
     あるんだ。

     『きゃさりん副長。』は、それを読んで、
     実物と、照らし合わせるのも、とっても、
     愉しみなんだって。」 Img_5838
(ペン)「お゛お゛~!

     超~、豪勢じゃん!

     これは、絶対に、美味そう~!」

(ハム)「だよねぇ~。

     おかずが、多いのが、これまた、
     良いよねぇ~。」

(ペン)「お゛っ!

     いよいよ、頂くみたいだよ。

     ところでさぁ。

     おデブ隊長は、駅弁は、食べないのぉ?」 Img_5840
(ハム)「うん。

     苦手なんだって。」

(ペン)「え゛~?

     超~、食いしん坊の、おデブ隊長が、
     駅弁を、食べられないの?

     信じられないよぉ。」

(ハム)「あのね。

     そうじゃなくって、列車の中で、お箸を使って、
     食事をするのが、苦手なんだって。」

(ペン)「お箸が苦手~?

     そんなことは、有り得ないじゃん!

     おデブ隊長は、お箸を使うのが、
     超~、上手いじゃん!

     何でもかんでも、みんな摘まんじゃうじゃん。

     この前なんか、ヒジキを、一本一本、摘まんで、
     食べてたじゃん。

     どう言うことなのぉ?」

(ハム)「あれは、自宅の食卓だったろ。

     だから、食卓の下に、下半身をすっぽりと、
     入れて、お腹を、食卓に押し付けて、
     隙間ができない様にして、
     食事をしてたじゃん。」

(ペン)「ん゛?

     どう言うこと?」

(ハム)「おデブ隊長は、口の左側が、麻痺しているから、
     食べ物を、口の左端から、こぼしちゃうんだよ。

     だから、こぼれても良い様に、食卓に、
     ぴったりと、くっつかないと、
     食事ができないんだ。」

(ペン)「げっ!

     そうだったのぉ。」

(ハム)「だからね。

     食べられるとしたら、サンドイッチ、
     ぐらいなんだよ。

     おにぎりだと、ご飯粒を、口の端から、
     ポロポロと、こぼしちゃうから、これまた、
     苦手なんだ。」

(ペン)「ありゃまぁ~。

     そりゃまた、厄介だよねぇ。」

(ハム)「だからね。

     おデブ隊長が、食事をする時は、
     『きゃさりん副長。』が、
     見張っているんだ。」

(ペン)「げぇ~!

     そうしたらさ。

     『きゃさりん副長。』は、落ち着いて、
     食事なんかしていられないじゃん!」

(ハム)「そうなんだよ。

     だから、おデブ隊長は、列車の中では、
     食事をしないんだ。

     『きゃさりん副長。』には、落ち着いて、
     食事をして貰いたいんだって。

     それに、自分が食べない分、
     『きゃさりん副長。』の駅弁は、
     一番、高価なものか、豪勢なものにして、
     貰っているんだって。」 Img_5843
(ペン)「ふぅ~ん。

     そうなんだぁ。」

(ハム)「旅の最後の締めは、そのくらいの、醍醐味が、
     あったって良いんじゃない?」

(ペン)「そうだよねぇ。

     ずっと、おデブ隊長の、面倒を
     看ていたんだからさ。

     最後ぐらいは、ゆっくりとして欲しいよね。」

(ハム)「おっとぉ!

     もう、『浜松駅』は、とっくに過ぎて、
     『静岡駅』に着くね。

     そうしたら、降りる準備をしないと、
     いけないね。」

(ペン)「あ~ぁ。

     もう、着いちゃうんだ。

     なんだか、寂しいよなぁ。

     それに、今日は、曇っているから、
     富士山の、お出迎えは無しかぁ。

     ちょっと、残念だよね。」

(ハム)「でもまぁ、無事に、帰って来られたんだから、
     それだけでも、充分じゃないのかな。」

(ペン)「そうだよね。

     贅沢ばかり言ってると、『大国主大神』に、
     怒られちゃうよね。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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