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2017年1月 8日 (日)

『Do Venture! 心開いて』(^-^)/

(# 九州―41)


おはようございます!(^o^)/


【『Do Venture! 心開いて』】(^-^)/


(※注:平成28年5月7日(土)の記憶です。)


『Eさん』との、待ち合わせ場所は、単に、私達が宿泊する、

『ホテルの前』

と、してありました。 Img_4689
と言うことで、『きゃさりん副長。』と、ホテルの前に出てみましたら、

「ここってさぁ。
 コンビニはあるし、地下鉄の出入り口もあるし、人通りは多いし、歩道みたい感じだし、こんな所で(待ち合わせて)、良いのぉ?」

と、『きゃさりん副長。』が、不安そうに、周囲を見回していました。 Img_4690
実際問題、ホテルのビルの1階部分には、店舗等の、商業施設が入っており、ホテルのエントランス、ロビー、フロント等は、2階にあって、そこまでは、エスカレーターで、昇り降りする様になっていました。

また、エレベーターは、ビルの一角の、別の場所にあり、エレベーターを利用した、私達は、エスカレーターとは、かなり、かけ離れた場所から、外に出て来たと言う格好でした。

『きゃさりん副長。』は、

「これじゃぁ、待ち合わせ場所になってないよ。
 2階(のエントランス)に、戻った方が良いんじゃないのぉ。」

と、言っていました。

私も、

(これはぁ、確かに、人通りが多過ぎて、待ち合わせ場所にならないかも。
 さぁて、どうする?
 移動すべきか?
 それとも、ここにいて、車椅子を見付けて貰うか?)

と、かなり悩んでおりました。 Img_4691
そこへ!

「いやぁ、お待ち遠様でした!」

と、頭の上の方から、声が降りて来ました。

「(待ち合わせ)場所がね。
 『ホテルの前』と言った手前、ここで良いものかと思っていたんですが、解り辛いかと思って、ホテルの入り口に行ったんですよ。
 それで、考えてみたら、車椅子では、エスカレーターを使えないし、もう、下に行かれたんじゃないのかと思って、降りて来てみたんです。」

と、懐かしの『Eさん』が、お姿を現したのでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『Eさん』は、

『第5回ベンチャースカウト大会(通称:ベンチャー2000)』
の際に、大層、お世話になってしまった方でした。

私は、佐賀県の『吉野ヶ里活動基地』に、奉仕したのですが、役務は、『総務班長』でした。

しかしながら、実情は、プログラム運営から、スカウト達の生活担当まで、殆ど、全てを統括すると言う、『総括班長』とでも言ったら良いのでしょうか。

佐賀県以外からの奉仕者の皆さんが、それぞれ、とてもお若く、経験も少ないと言うことから、私が、それぞれの担当者をフォローしつつ、なおかつ、指示も与えると言う立場になってしまいました。

このことは、基地長と副基地長が合議され、私に一任すると言う、とても変則的なことなのですが、決定されたことでした。

その分、基地長と副基地長は、他に手を回すことができ、不測の資材の調達や、各施設との調整、プログラム展開先との調整、インストラクターや講師などとの調整、佐賀県教育委員会との調整など、奔走されつつも、それぞれを、かなり綿密に行うことができていた様でした。

それで、私は、宿泊施設がある活動基地本部外の、プログラム展開場所など、あっちこっちに、動き回らなければならず、そのために、とても面倒なのですが、一々、車両で、その場所まで、送迎をして貰うことになっていました。

と言うことで、私だけのために車を動かすと言う、とんでもない特別扱いで、面倒や、時間と労力を、皆さんに、掛けてしまったと思いました。(^^;

『Eさん』をはじめ、佐賀県連盟の皆様には、本当にお世話になってしまいました。

改めて、感謝申し上げます。(^-^)/

さて、無事に再会できたところで、『Eさん』に、『きゃさりん副長。』を、紹介しようと思いましたら、

「お噂は、かねがね。
 Facebookで、お伺いしております。」

とのことで、まぁ、特に、紹介するまでも無かった様でした。(^^;

『きゃさりん副長。』には、『Eさん』のお話は、かなりしてありましたので、『Eさん』に会った途端に、

「とっても、優しそうな人。」

と、私に、耳打ちしていました。 Img_4692
私と『きゃさりん副長。』は、

(お土産は、博多駅で買い込もう!)

と、当初から、決めていました。

そして、『H氏』が、

「おらが、案内してやる!」

と、豪語していたのですが、結局のところ、

「仕事があった。」

とのことで、

(あんのやろう!
 まぁ、仕方が無いけど。)

と、思いつつ、どうし様かと悩んでいました。

そんなところへ、『Eさん』が、

「構いませんよ。
 私で良ければ、(お土産を買うのに)お付き合いしますよ。」

と、言って下さったのでした。

(おぉ~!
 有難や!
 『渡りに船』だぁ!)

と、私も『きゃさりん副長。』も、すっかり、『Eさん』に、甘えることに、してしまったのでした。(^^;

その上、『きゃさりん副長。』は、

「車椅子、良いですかぁ?」

と、これまた、甘えに甘えていました。(^^;

『Eさん』は、おデブの車椅子を押し始め、

「では、行きましょうか。」

と、駅ビルの中に、私達を、案内してくれたのでした。

4日振りに、博多駅に戻って来た私達でしたが、4日前は、博多口を利用していたのと、駅ビル内の施設は、あまりよく観てはいませんでした。

ですので、駅ビルの中は、全く、分からない状態でした。

『Eさん』の案内で、筑紫口から、駅構内に入ったのですが、何ともまぁ!

入って直ぐ右側に、物凄い数のお土産屋さんが、集中してありました。

私と『きゃさりん副長。』は、顔を見合わせ、

「凄いなぁ~!
 こんなにも、お店があったんだ!」

「物凄い、お店の数だよねぇ。
これじゃぁ、多過ぎちゃって、何を買ったら良いのか、判らないよねぇ。」

と、驚きっ放しでした。

『きゃさりん副長。』は、

「目移りばっかりしちゃって、どれが良いのか、全然、判んないよぉ~!」

と言っては、歩みを止め、なかなか、奥の方まで、進むことができませんでした。

そこで、『Eさん』が、

「どちらかで、お土産は、買われたのですか?
 佐賀と、長崎に行かれたんですよね。
 そちらでは、お買い求めにならなかった?」

と言われ、更に、

「先に、ぐるっと回ってみましょうか。
 ここには、かなりのお店が集まっていて、『ひよこ』などの有名菓子から、地元の和菓子もありますよ。」

と、お話をされていました。

それを聞いた『きゃさりん副長。』が、

「◯◯◯、有りますか?」

と、いきなり質問をしていました。

『Eさん』は、

「あぁ~、それは、有名ですね。
 多分、有りますよ。」

と言われ、それで、やっと、『きゃさりん副長。』の脚が、動き始めたのでした。

私は、その和菓子の名前は、すっかり、忘れてしまったのですが、何でも、

『お茶(茶道)の世界では有名』

とのことで、どうしても手に入れたかったそうなのです。

「何だぁ、自分へのお土産?」

と、言いましたら、

「良いじゃん!
 それに、自分だけじゃないから!
 お茶の仲間にも、持って行くんだから!」

と、少々、膨れていました。(^^;

『Eさん』は、その、『きゃさりん副長。』ご所望の、和菓子店に向かいながらも、陳列されているお土産について、色々と、説明をし続けてくれていました。

そして、私達が、お土産を渡す予定の人の、年代などを伝えますと、

「ならば、これなんか、良いかも知れませんね。」

と、とても丁寧にお答えくださっていました。

その、お言葉を聴きながら、

(『H氏』に失礼だけど、『Eさん』で良かった!)

と、私は、思わず、心の中で叫んでいたのでした。(^^;

私は、車椅子に座ったままでいたのと、

(お土産は、明太子ぐらいで良いや。)

と、思っていましたので、買い物は、『きゃさりん副長。』に任せていました。

すると、『きゃさりん副長。』は、『Eさん』に、幾度も幾度も、質問を浴びせていました。

ですが、『Eさん』は、一つ一つ、お応えくださり、とても有難く思いました。

(私だったら、こう言う買い物には、絶対に付き合えないなぁ。
 あんなに、優しく、丁寧に受け答えもできないし。)

と、その遣り取りの様子を観ながら、ただただ、感服するばかりでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さて、買い物が、やっとのことで終わり、宅配の手続きも済み、そこで、『Eさん』が、

「少々、早いですが、お食事に行かれますか?
 何か、ご希望はありますか?」

と、聞かれてきたので、私達は、

「何でも構いません。」

と言うと、

「色々とお連れしても良いのですが。
 (時間的にお店が開くのが)まだ早いかなぁ。」

と、言われていたので、

「駅ビルの中にはありませんか?」

と、私が聞くと、

「博多の街へ、ご案内したいところなんですが、この(駅ビルの)中でも良いですか?」

と言うことで、駅ビル内を案内して頂きました。

そして、駅構内を、博多口方面に向かい、途中で、左側の店舗内に入って行きました。

「ここには、阪急(百貨店)が入っているんですよ。」

と、『Eさん』は、説明をし続けてくれながら、阪急百貨店側の、エレベーターホール前まで、私達を、連れて行ってくださいました。

そこで!

とっても驚いてしまったのですが、案内看板を、よくよく観てみると、阪急百貨店は、駅ビルに、寄り添ってあると言う感じでした。

駅ビルのメインは、東急ハンズであったり、ファッション、インテリア、雑貨、音楽、書籍、ホビー、カルチャー教室など、各階によって、そのテーマに分けられたお店が、とても数多く入っている様でした。

その上、映画館やホール、会議室まであり、何せ、10階建てで、屋上では、イベントも開催されていると言う、静岡県東部の片田舎では、とてもでは無いですが、駅ビルとしては、絶対的に考えられない、かなりの規模の、大型複合施設だったのでした。

そして、人の流れは、とても多く、エレベーターが、3か所ぐらいに、それぞれ、4基ぐらいはあったと思いました。

また、エレベーターの前には、人が列を成し、順番待ちにも、時間が掛かっていました。

私は、

(凄いなぁ。
 博多は、やっぱり、大都会なんだよぉ。
 それに、キャナルシティだってあるし!
 そう言えば、福岡市は、人口が、150万を超えてるんじゃなかったっけ?
 『若い世代と、世帯が多く、活気溢れる街』
とか、テレビで言っていた記憶がある。)

などと、エレベーターの、階数表示が移って行くのを、目で追いながら、思っていたのでした。

私と『きゃさりん副長。』は、完全に、『Eさん』に、お任せ状態で、最初に、レストランやカフェが入っている、9階に、連れて行って貰いました。

そこのフロアは、南北、2か所にあるエスカレーターと、中央エレベーターを中心にして、回廊の様になっていました。

そして、飲食店は、回廊を取り巻く様にして、並んでいました。

ですので、中央が拓けているので、とっても見通しが良く、どこのお店が営業中で、どこのお店が混んでいるのか、その様なことも、知ることができたと思いました。

『Eさん』は、私の車椅子を押しながら、

「さぁて、どこが良いでしょう。
 ここは、やっているけど、韓国料理。
 甘味処。
 お寿司屋は、まだやっていない。」

などと、それぞれのお店を、じっくりと、観てらっしゃいました。

そんな時に、『きゃさりん副長。』が、

「きゃぁ~!
 『利休』がある。
 こんな所にもあるのぉ。」

と、仙台で、寄ることができなかった、牛タン炭焼きのお店を見付け、一人、騒いでおりました。

ですが、幸いにも、お店は、大変混んでおり、博多で、仙台の牛タンを頂くことはありませんでしたぁ。(^^;

9階を、一周した段階で、

「ここは、若者向けの店が、多い様ですね。
 やっぱり、映画館があるからかなぁ。
 10階に行ってみます?」

と言うことで、私達は、10階に向かってみました。

10階も、9階と同じ様な造りになっていたと思いましたが、

(何かが違う!)

と、思いまして、よくよく観てみましたら、各店舗の大きさが、違っていた様でした。

多分、ですが、10階の店舗面積の方が、広かった様に思います。

これは、あくまでも、私の、車椅子目線の話です。

ですので、違っていたら、ごめんなさいです。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


10階には、もつ鍋・焼き鳥・串焼き・串揚げ・海鮮料理・博多ラーメン・沖縄料理・四川料理・ピザ・焼肉・ステーキ・黒豚・馬肉など、とてもバラエティーに富んだ、お店が軒を連ね、目移りするばかりでした。

そんな時に、またまた、『きゃさりん副長。』が、

「きゃぁ~!
 オイスターバーだってよ。
 やってるよ!」

と、これまた、騒ぎ出してしまいました。

それは、どうやら、糸島市で、牡蠣小屋だけを見せられて、牡蠣を食べられなかったので、衝動的に、言葉に出てしまったのだと思いました。(^^;

(あ゛~!
 食い物の恨みは恐ろしい!
 と言っても、牡蠣はなぁ。
 博多って、感じじゃないんだけどなぁ。)

と、私は、思っていました。

『きゃさりん副長。』が、オイスターバーを覗いている、その、超~、危ない時に、『Eさん』が、

「もつ鍋は、どうでしょう?」

と、直ぐ近くのお店を見付けてくださいました。

私は、

(この名物は、絶対的に、頂いておかないと、後で、とんでもない後悔をする!)

と思い、

「良いですねぇ~!」

と、即答でした。

そして、

「お酒を頂いちゃっても良いでしょうか?」

と、『Eさん』に、お伺いをすると、

「構わないですよ。
 どんどん、やっちゃってください。」

と、応えてくださいました。

実は、『Eさん』は、

「元々、下戸でして、ですが、お酒の席は嫌いではなく、お付き合いはできます。
 今日は、車で来ていますので、余計に飲めませんね。」

と、事前に、言われていたのでした。

お店は、夜の部のために、開店したばかりの様子で、どうやら、私達が、一番乗りの様でした。 Img_4694
お店の入り口の、直ぐ脇の席に案内され、そこで、もつ鍋のコースを、『Eさん』が、注文してくださいました。

「もつ鍋。
 良いよねぇ。
 ワクワクしちゃう!」

と、さっきまでの、オイスターバーへの拘りは、どこへやら。(^^; Img_4697
そして!

「お会いできて、とっても嬉しいです!
 かんぱぁ~い!」

と、何時の間にか、『きゃさりん副長。』が、仕切っていました。

(おんやぁ。
 この場面は、どこかで、観たことがあるぞう。)

と、私は、思っていたのですが、まぁ、毎度のことですから、

(そっとしておくのが一番!)

と、思っていました。(^^; Img_4699
『Eさん』とは、Facebookで、かなりの、情報交換を行なっていました。

また、お互いの悩みですとか、取り巻く人間関係などについても、意見の交換を行っていました。

と言うことで!

『Eさん』との話は、

・富士スカウトのこと
・富士スカウトを育てるには
・富士章を目標にさせたい

そのためには!

・隊指導者訓練が必要
・班長訓練が必要
・ボーイ隊の充実が欠かせない

などの話から始まり、お互いの、団や隊の状況なども話し合い、問題点を洗い出し、どの様に対処したいと考えているのか、など、様々な話しを続けていたのですが、

(これはもう、時間が、幾らあっても足りないなぁ。)

と、思っていましたら、『きゃさりん副長。』が、

「私は、女子スカウトが、富士スカウトになるまで、そのために、ここまで続けて来たんです!」

と、自分と、スカウティングとの関わり合いを、話し始めました。 Img_4700
『きゃさりん副長。』ですが、他県連盟の方と、お酒を酌み交わしながら、スカウティングの話をするのは、初めてだったと思いました。

ですので、とても熱っぽく、語っていたと思います。

『Eさん』は、それを、しっかりと受け止めてくださいまして、『きゃさりん副長。』の話を、一つ一つ、頷きながら、丁寧に聴いてくださっていました。

そして!

『きゃさりん副長。』の話が、ひと段落した時に、今度は、『Eさん』が、『Eさん』のその想いを、『きゃさりん副長。』に、話し始めてくれたのでした。 Img_4701
『きゃさりん副長。』も、『Eさん』の話を、夢中になって聴いていました。

私は、その二人の遣り取りを邪魔しちゃいけないと思い、私としては、とても珍しく、二人の話を、静かに聴いていました。 Img_4702_2
そんな時に、ふと、店内を見渡してみましたら、いつの間にか、お客で、超満員!

そして、トイレに行きたかったことを思い出し、『きゃさりん副長。』に、

「トイレに連れてって欲しい。」

と、お願いをし、『きゃさりん副長。』が、店員さんに、トイレの場所を尋ねたら、

「トイレは、共用で、店外にあります。」

とのこと。

『きゃさりん副長。』は、

「何で、もっと早く言わなかったのよぉ。
 お店の外なんでしょ。
 間に合わなかったら、洩らしたら、どうするのよぉ!」

と、慌てて、車椅子を組み立てていました。

(と、言われてもねぇ。
 二人の話を、邪魔しちゃいけないと思ってたんだけどなぁ。)(^^;

トイレは、フロアの中央付近にあり、多目的トイレも、きちんと整っており、とても綺麗でした。

そうして!

そのトイレの帰りに、

「この並んでいる人達は、なに?」

と、『きゃさりん副長。』が言い、その列の先頭を確かめてみると、そこは、何ともまぁ、私達が利用していた、もつ鍋屋さんだったのです!

「なにこれ?
 この人達が、みんな、待ってるのぉ!」

と、『きゃさりん副長。』と私は、とても驚いてしまい、慌てて、店内に戻りました。

(一体全体、何時間、ここにいるのだろう?
 それにしても、このお店は、ずっと居させてくれて、何と優しいのだろう。)

と、自分達の居座り時間と、お店の対応に、とっても驚いてしまっていたのでした。

『Eさん』との話は、お互いに、絶対的に、尽きないことは判っていましたので、

「そろそろ、切り上げましょうか。」

と、腰を上げることにしました。

だけどぉ!

つい、話に夢中になり過ぎて、最後の、締めのラーメンを、完食できず、残してしまったのは、とっても心残りでした。

とは言え、お腹は、満腹を超え、何も入らない状態でしたが。(^^;


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お店を出てから、お店の前で、並んでいる方々を観ながら、

「物凄い、行列ですね!」

と、『Eさん』に言うと、

「かなりの人気店みたいですね。
 それにしても、最初に入れて良かった。
 時間が、少しでもずれていたら、入れなかったかも知れませんね。」

とのこと。

私も『きゃさりん副長。』も、納得の一言でした。

(確かに、ラッキーだったよねぇ。
 一番最初に、お店に入れたんだもん。
 それで、あんなにも長く、お店に居れたんだもん。
 もつ鍋も、とっても美味しかったし!)

と、超~、大満足でありました。(*^-^*)/

『Eさん』は、駅ビルの1階まで、私達を案内してくださって、そこで、お別れをすることになりました。

とっても、名残惜しかったのですが、『Eさん』は、私達と会った後にも、所用があった様でして、その時間が押しているのにも拘わらず、私達に、付き合ってくれていた様です。

何ともまぁ、本当に有難いことでした。 Img_4704 それにしても!

今回の、『Eさん』との再会は、とっても有意義なことばかりでした。

特に、『きゃさりん副長。』にとりましては、貴重な経験だったと思います。

『Eさん』のお話は、きっと、とても新鮮だったと思いました。

また、傾聴や、受容、共感、と言った、カウンセリングマインドを、『Eさん』が、実践されていたお姿は、『きゃさりん副長。』にとっては、とても参考になったと思います。

それから、言葉遣い、言葉の選択、優しい眼差し、丁寧な受け答えなど、それらの態度も含めまして、『きゃさりん副長。』には、それが、『信頼に繋がる』と言う想いで、心に、遺ったと思います。

ですが!

私は、またまた、お世話になりっ放しでぇ。(^^;

『ベンチャー2000』の時の、ご恩も返せず、それに加えて、今回もまた、かなりのお世話になってしまいました。

面倒な、買い物に付き合ってくださいました。

とっても美味しい、もつ鍋を、目茶苦茶、腹一杯、ご馳走になってしまいました。

そして、とっても愉しい語らいの時。

私達のために、貴重なお時間を割いてくださったのが、本当に、有難かったと思います。

この場を借りまして、感謝申し上げます。

誠に、ありがとうございました。(^-^)/


『Eさん』と、別れたその後ですが!

私と『きゃさりん副長。』は、

「う゛~!
 うごけない~!
 おなか、いっぱい!
 でもぉ、とっても美味しかった。
 大満足~!」

と、ホテルのベッドの上で、同じことを、何度も、何度も、繰り返し、言い続けていたのでした。

そして!

とっても愉しかった、最終日の夜は、あっという間に更けてしまったのでした。(^^;



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(※注:参考 第5回日本ベンチャースカウト大会資料より)


     第5回日本ベンチャースカウト大会

       (ベンチャー2000)

          『未知への挑戦』

   ~ 21世紀へ飛び出せ! 高く広く遠く ~




     ~ ベンチャースカウト大会歌 ~


      『Do Venture! 心開いて』


刻みつけよう 心に深く 君と交わした 瞳の約束を
次に会う日が いつでどこでも 見逃さないさ その瞳の煌めき
繰り返し 朝が来ることの 素晴らしさ 気付いてるかい?
道はそれぞれ 夢も色々 大切に 抱いて行こう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて All the time  Be Pre-pared !
It’s just the word of B-P !


胸を激しく 揺する刺激は 新たな勇気 目覚めさせてくれる
悲しみ 怒り 喜び 不思議 すべて素直に 引き受けてみよう
手から手に 渡された愛が 世界地図 作るんだね
そなえよつねに 心開いて 伝え合い 求めあおう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて All the time  Be Pre-pared !
It’s just the word of B-P !
B.P.!  Ven-ture !




(※注:追記 私個人の感想です。)

この『歌』は、第6回日本ベンチャースカウト大会から、正式に、『ベンチャースカウト大会歌』として、採用されました。

ですが、私が、第6回日本ベンチャースカウト大会に、奉仕した時には、一回も聴くことはありませんでしたし、ましてや、歌うことなどは、全く、ありませんでした。

そして、第7回日本ベンチャースカウト大会は、開催中止。

『ベンチャースカウト大会歌』は、全く、聴かれなくなってしまいました。

何と言う、寂しいことでしょう。

ベンチャースカウト大会の代替の様な、富士特別野営も、山中野営場が無くなることにより、行われなくなるでしょう。

全国の、ベンチャースカウト達が、今後、一堂に会することはあるのでしょうか。

日本ベンチャースカウト大会は、ベンチャースカウト達の、貴重な交流の場であって、お互いにお互いを比較し合い、競い合うことも、ある意味、必要であると、覚悟を決めることができる場だったとも感じています。

『富士章』を、見たこともないスカウト達が、実際に、『富士章』を着用しているスカウトを、生で観ることができた場です。

そして、『富士章』に、憧れを持った。

本連盟の、バッジシステムの迷走は、いつまで続くのでしょうね。

まるで、堂々巡りで、年長隊の頃の進歩制度に、戻っている気がするのですが。

とっても、残念に感じています。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月29日 (木)

『チラッと、知覧!』(^^;

(# 九州―37)


おはようございます!(^o^)/


【チラッと、知覧!】(^^;


(※注:平成28年5月7日(土)の記憶です。)


この日の『きゃさりん副長。』は、どう言う訳か、超~、ニコニコ顔で、朝から絶好調でした!(^-^)/ Img_4646
「昨夜は、愉しかったよねぇ。
 お酒も料理も、とっても美味しかったし!」

(※注:『きゃさりん副長。』は、日本酒を、かなり頂いておりました。(^^;))

「朝食が愉しみ!
 きっと、豪華だよ。
 ちゃんとしたレストランで、バイキングじゃないんだよ。」

と、ワクワク感、一杯でした。

それに、ひきかえ、私は、眠くて眠くて、どうし様もありませんでした。(^^; Img_4647
前日、特に、呑み過ぎたと言う訳でも、夜更かしをしたと言う訳でも無く、逆に、寝過ぎたと言う感じでしたが、流石に、九州訪問、5日目ともなると、疲れが出ていたのかも知れません。

朝食は、『きゃさりん副長。』が、予想していた通り、とても豪華なものだったのですが、私が、寝ぼけていて、デジカメを忘れたために、写真を撮ることはできませんでした。

『きゃさりん副長。』が、

「全くもう!
 何で、(デジカメを)忘れたの!」

と、ぶ~ぶ~、言っていましたが、まぁ、仕方が無いです。

『超豪華朝食』の、写真はありません。(^^; Img_4642
朝食後、フロントで、宅配便の箱を貰い、衣類や、頂いたお土産などを梱包し、『S氏』が、迎えに来てくれる頃を見計らって、チェックアウトしました。

この日も、雨が降ったり止んだりの、ぐずついた天気でしたが、『S氏』が、迎えに来てくれる頃には、雨は止んでいました。 Img_4648
『S氏』は、約束の時間の、5分前には、迎えに来てくれました。

(やっぱり、習性と言うか、癖になっていると言うかぁ、その昔、しっかりと、身に付いてしまったものは、きっと、いつまでも、抜けないんだろうな。)

と、私は、ふと、思ってしまったのでした。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ホテルから、大村駅までは、ほんの数分で、意外にも、とても近く、直ぐに着いてしまいました。 Img_4650
『S氏』は、

「(時間的に)早過ぎた?」

と、言っていましたが、私達にとりましては、時間は、幾らでも欲しいので、

「大丈夫!
 とにかく、トイレとか、時間が掛かるからさぁ。
 逆に、有難いんだよね。」

と、話しておきました。

それで!

「あれぇ?
 ここ(大村駅)は、(車椅子等の)スロープは無いの?」

と、『きゃさりん副長。』が、言っていたので、私も、駅の様子を観てみると、駅舎の入り口前には、急な階段があるのみで、スロープは、どこにも見当たらない。

(げっ!
 もしかして、この階段を、昇んなきゃいけないの?)

と、思っていたら、『S氏』が、

「お~い!
 こっちにあるよ~!」

と、やや離れた所にあるスロープを、見付けて来てくれました。

その様子を観ていた、『きゃさりん副長。』は、

「やっぱり、フットワークが軽いのね。
 さっすがぁ~!
 素敵!」

と、言っていました。 Img_4652
『S氏』は、

「ここ(大村駅)は、(駅舎が)古いからねぇ。
 (スロープは)後付けなんだろうね。
 きゃさりん、荷物を持って、先に行ってて。
 おデブちゃんは、運ぶから。」

と言って、私の車椅子を、押し始めてくれました。

そして、

「おデブちゃんの車椅子を押すのも、これが最後か!」

と、少々、寂しそうに言っていたのが、かなり印象的でした。

改札口で、駅員さんに、介助の話をすると、

「博多(駅)から、連絡が来ています。」

とのことで、

(4日前の話が、きちんと届いているって、何となく嬉しいなぁ!)

と、思ったのでした。 Img_4653
列車の発車時刻には、まだ、30分程度ありました。

そこで、私達3人は、写真を撮ったりして、時間を潰していたのですが、その程度では、流石に、時間を消費することはできませんでしたので、

「(多目的)トイレは、中(ホーム内)にあるみたい。
 もう、中(ホーム内)に入ろうかと思う。」

と言うと、『S氏』が、

「見送らなくて、いい?」

と、聞いてきたので、

「もう、充分!
 お世話になったね。
 ありがとう!」

と言って、握手を交わし、『S氏』とは、改札口で別れたのでした。 Img_4655
私と『きゃさりん副長。』は、多目的トイレに寄り、そして、エレベーターと、連絡通路を使い、反対側のホームに渡ったのですが、そこで、いきなり、私の携帯電話が、鳴り出しました。 Img_4657
「もしも~し!
 なかなか、ホームに現れないから、どうしたのかと思ってさ。」

何ともまぁ、電話の主は、『S氏』でした。

そして、

「ここ!
 ここにいるよ!」

と言っていたので、反対側のホームを探してみると、

「いや、そっちじゃない。
 目の前の、柵のところ。」

と言うので、視線を移してみると、そこには、大きく手を振る、『S氏』の姿があったのです。

私も『きゃさりん副長。』も、それに応えて、手を振っていたのですが、

「(私達がホームに着いたので)もう、大丈夫かな。
 それじゃぁ、行くよ!」

と言って、『S氏』は、戻って行ったのでした。

「最後の最後まで、心配してくれて。
 本当に優しいのね!」

と、『きゃさりん副長。』は、かなり感動していたのでした。 Img_4656
そして、

「飲み物、買ってくるね。」

と、言って、『きゃさりん副長。』が、お茶を買って来たのですが、

「へっへぇ~!
 良い物、見付けちゃった!」

と、言っていましたので、その手元を観てみると、そこには、

『知覧の緑茶』

と、記されたペットボトルがありました。

「ちょっと、知覧へ行った気分!」

と、『きゃさりん副長。』は、ご満悦状態でした。(^^; Img_4660
私達は、熊本地震の影響が無ければ、初日に、鹿児島中央駅まで行き、『知覧特攻平和会館』を、見学する予定でした。

それで、

「でもさぁ。
 どうして、長崎に、知覧のお茶があるの?」

と、言っていましたので、

「女子スカウトのプロジェクトの時に、みんなで、一緒に学習したじゃん。
 お茶の生産量トップは?」

「静岡県。」

「じゃぁ、2位は?」

「そんなの、忘れちゃったわよ。
 でもぉ、ひょっとして、鹿児島県?」

「正解!」

「だから、ここにもあるってこと?」

「八女茶は、玉露が主だし、お茶の流通を考えると、多分、そうだと思う。」 Img_4658
そんな、遣り取りをしながら、私達は、静かな佇まいの、大村駅のホームで、列車の到着を待っていたのでありました。(^-^)/



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月10日 (土)

『全長三十二尺余!』\(・o・)/

(# 九州―23)


おはようございます!(^o^)/


【全長三十二尺余!】\(・o・)/


(※注:平成28年5月6日(金)の記憶です。)


「で、でかいぃぃぃ!
 こんなにも、大きかったのぉ!」

私は、思わず、大きな声を出して、その像を見上げてしまいました。 Img_4520
そして、その像の、勢いに圧倒され、たじろぎ、身動きできなくなり、ただただ、像を見上げているだけでした。

私が、是非とも、訪れてみたかった場所。

『平和公園』。

そして、視認してみたかったもの。

『平和記念像』。

九州訪問の前に、『S氏』には、

「観光スポットは、特に、観に行かなくてもいいから、『平和公園』だけは、行ってみたい。」

そう、伝えてありました。

『S氏』は、私達を、真っ先に、その場所に、連れて行ってくれたのでした。

(私の希望を、一番に叶えてくれて、やっぱり、優しいよな。)

と、『きゃさりん副長。』と私は、お互いの眼で、確認しあっていました。 Img_4521
『きゃさりん副長。』も、

「本当に大きいよねぇ。
 写真とかさぁ、テレビでとかさぁ、そんなもので観ていたら、大きさなんて、判らないものね。

 本当に、『百聞は一見に如かず!』だよね。

 本当におっきい!

 来られて良かった!」

と、とっても、悦んでいました。(^-^)/ Img_4522
私が、『S氏』に、

「どのくらいの、大きさなの?」

と聞くと、

「高さはねぇ。
 ん゛~、はっきりとは覚えていないけど、10mぐらいじゃなかったかなぁ。
ただ、像だけだから、台座を入れると、もっと高いよね。」

とのことでした。

(へぇ~、ビルの3~4階ってこと?
 凄過ぎだよねぇ。)

と、私は思い、そして、私から、『S氏』に話し掛け、

「前にさ。
 この像に、ペンキが掛けられた事件があったよねぇ。」

「うん。
 あった、あった。」

「確かさ、水色のペンキじゃなかったっけ?」

「よく覚えてんね。
 確か、そんな色だと思った。」

「最初は、テレビで、観ただけだったから、像の大きさなんて気にしてなくってさぁ。
 もっともっと、小さな像かと思ってた。
 人が、手で(ペンキを)掛けられるぐらいの大きさかと思ってた。
 それが、(像が)こんなに大きいとは、思ってもいなかった。
 でもさぁ。
 どうやって、登ったんだろ。
 だって、こんなに大きかったら、ペンキを投げたって、届かないよねぇ。
 ペンキを持って登るって言うのも、かったるそうだし。」

「やっぱり、登ったんだろうねぇ。
 まぁ、どこから登ったかは、判らないけどさ。
 物好きがいるんだよ。」

「(ペンキを)落とすの、大変だったろうね。」

「んとね。
 確か、一回、(像が)修復されたんだよなぁ。
 青銅製だから、痛みが酷くなって、解体されて。
 ペンキ事件が、その前だったら、(像は)綺麗さっぱりなんだろうけど、その後だったら、大変だったろうね。」 Img_4523
私は、

(へぇ~!
 そうだったんだ。)

と、思いながらも、

(平和への願いと想いを、この『平和記念像』の大きさが、物語っている。
 それに、この迫力と圧倒感!
 これは、一度は絶対、観に来るべきだ!

 でもなぁ。
 どうして、11NJ(第11回日本ジャンボリー)とか、5NV(第5回ベンチャースカウト大会)の時に、『ピースプログラム』を展開しなかったんだろう。
 23WSJ(第23回世界スカウトジャンボリー)の時には、(広島で)展開したのにぃ。

 広島じゃないからか?

 移動距離の問題か?

 費用の問題か?

 人数の問題か?

 それとも、誰も考え付かなかったのか?

 それにしても、勿体無い話だ。
 折角、九州が、大会会場になっていたと言うのに。
 青少年時代に、この像に圧倒されれば、平和に対する想いは、大きく違ってくるはずだ。
 ましてや、ペンキなんか!)

などと、私が思っていましたら、『S氏』が、

「さぁて、普通、来る方向って言うかぁ、本当は、みんな、向こうから、階段を上って来るんだよね。
 そっちの方に行ってみようか。
 (見学の)順番が、逆になっちゃったけどね。」

そう言って、『S氏』は、車椅子を押し始めました。 Img_4526
実は、『S氏』は、私の身体を気遣い、『平和記念像』の近くに、車を停めてくれていたのでした。

それにしても!

この日は、雨が降ったり止んだりの天気でしたが、『平和公園』に着くと、雨は、ピタッと止んでしまいました。

本当に、ラッキーでした。

そのことを『S氏』に言うと、

「おれの、日頃の行いが良いせいさ。」

と、さらっと、言っていましたが、確かにそうだと思いました。

彼の、優しさと気遣いが、そうさせたのだと思いました。(^-^)/

ところで!

私は、母親にも、『きゃさりん副長。』にも、

「天気と人には恵まれる。
 くじ運は全く無いけど。」

と、よく言われます。

全くの、手前味噌でありますが。(^^;

実を言うと、私は、

(やっぱり、今回も、天気に恵まれた!)

と、思っていました。

と言うのも、

(これが、昨日の様な晴天だったら、想いは、全く違っていただろう。
 真っ青な空が広がり、そのもとで、『平和記念像』を観る。
 そうしたら、どんな想いになったのだろう。
 ひょっとしたら、単なる『観光地巡り』の様な気分に、なってしまったかも知れない。

 雨が上がったのは、『S氏』のお陰だ。

 だけど、この、異様までの雲の姿。

 重たい曇天。

 表現は、かなり好ましくないと思うが、まるで、きのこ雲を彷彿させる様だ。

 『平和記念像』の右手は、原爆を指し示していると言う。  原爆投下の悲惨さを、少しは、肌で感じ取れたかも知れない。

 今日のこの日のシチュエーションは、やっぱり、天気に恵まれたんだと思う!) Img_4524
『S氏』に、車椅子を押してもらいながら、私は、そんなことを考えていたのでした。(^-^)/



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月 8日 (木)

『振り子式って?』(^^;

(# 九州―21)


おはようございます!(^o^)/


【振り子式って?】(^^;


(※注:平成28年5月6日(金)の記憶です。)


早朝からのドタバタで、私も、かなり、疲れてはいたはずなのですが、妙~に、目が冴えてしまって、流れ行く、外の景色を、眺め続けていました。

それは、多分、初めて訪問する『長崎』が、とっても愉しみで、ワクワク感一杯で、気持ちが高揚し過ぎていたからなのでしょうね。(^^; Img_4497
どの位の時間が経ったのかは判りませんでしたが、『白いかもめ』は、佐賀駅に停車しました。

(佐賀駅かぁ。
 16年前に、ここまで、来たんだよなぁ。
 あの時は、寝台列車だったよなぁ。
 沼津駅から乗って、B寝台の、個室だった。
 ゆっくりできて、とっても、楽ちんだったし、良く眠れた。
 乗客が、随分と少なくって、意外に思って、驚いた記憶がある。
 ただ、確か、熊本駅行きの『はやぶさ』と、連結されていたと思った。
 ん゛~!
 あんれぇ?
 列車の名前は、『はやぶさ』と分かれた後は、何と言ったっけ?)

私は、暫くの間、その寝台列車の、名前を思い出せずにいて、考え続けていましたが、ふと、車内の、JR九州のエンブレムを観まして、

(あ゛っ!
 つばめ!
 そうだそうだ!
 九州新幹線に、その名が、残ってんじゃん!)

と、16年前の、寝台列車の名前を、思い出せたのでした。

『寝台特急「さくら」』

ただぁ、『富士』や『はやぶさ』の、先頭車両のエンブレムは、直ぐに思い浮かべることができたのですが、『さくら』のエンブレムは、全く、思い浮かばない。

と言うか、連結されていたために、エンブレムを、観ることは、叶わなかったのだと思いました。 Img_4498
佐賀駅を出てから、暫くの間は、『白いかもめ』の走りは、快調に思えていたのですが、とあるところから、車体が、左右に、かなり揺れ出してしまいました。

私は、3日前の、九州新幹線を思い出し、

(結構、左右に振れてんじゃん。
 風が強いのかなぁ。
 それとも、運行が遅れていて、時間を取り戻すべく、スピードを出しているのかなぁ。)

などと思っていました。

とは言っても、その様な状況の中でも、『きゃさりん副長。』は、眠り続けていましたが。(^^; Img_4500
さて!

『鳥栖駅』から、『長崎駅』までは、約1時間半の乗車時間でした。

私は、

(終点までだから、乗り過ごすことは無いし、私も、寝ちゃおっかなぁ。)

などと、思っていたのですが、そこに、いきなり、一面に広がる『海』が、飛び込んできたのでした。 Img_4504
(おぉ~!
 『有明海』だぁ!
 かなり広そうだぞぉ。
 『駿河湾』と、どっちが広いんだろう?
 まぁ、『海』って言うぐらいだから、こっちの方が、広いんじゃないのかなぁ。)

と思って、『有明海』を観続けていました。

そうしているうちに、

(あんれぇ?
 『鹿島』の駅は、過ぎたんだっけぇ?)

と、思ったのですが、正確な駅名は、『肥前鹿島駅』であり、もうとっくに、通り過ぎ、その上、停車までしていました。

どうやら、その時には、『肥前』が付く駅名が多く、きちんと、駅名を認識できていなかった様でした。(^^; Img_4507
そうして!

(そう言えば、『ベンチャー2000』の時に、『K先輩』に、ここ(の周辺)まで、連れて来て貰ったっけ。
 その時は、干潮だったよなぁ。
 だから、干潟ばっかりで、『海』を観ることは無かった。)

と、これまた、16年前のことを、想い出していたのでした。

『ベンチャー2000』の時には、こちらには、『鹿島活動基地』があり、ベンチャースカウト達は、『ガタリンピック』の種目に、挑戦していたと思いました。

今では、全世界から、『ガタリンピック』に、とても多くの参加者が、集うと聞いています。

それから、ベンチャー達は、『ムツゴロウ』の捕獲や、料理、生態観察(研究)などにも挑戦したと、聞いています。

それで!

『K先輩』には、他にも、『有田活動基地』があった有田町や、伊万里市にも連れて行ってもらい、

「流石に、唐津(市)に行くと、時間が足りなくなる。」

と言うことで、唐津市までは、行けませんでしたが、それでも、他の活動基地を観て回ることができて、本当に有難かったです。

ただただ、『感謝!感謝!』でした!(^-^)/

さて、『鹿島市』では、

「名物を食わせてやる!」

と言うことで、海沿いの大きなレストランに入りまして、少々、遅かったのですが、昼食を摂ることになりました。

『K先輩』は、かなりのグルメです。

ですので、かなりの期待感を持っていました。

そうしましたら、何ともまぁ!

『ムツゴロウ~!』

らしきものが、運ばれてきたのです。

と言うのも、真っ黒な棒状で、独特のヒレは無く、よく判らない。

香りからすると、どうやら、蒲焼の様な感じ?

こちら(静岡県)では、蒲焼と言えば、ウナギ。

当然、ウナギは、身を開いてあるので、丸々、蒲焼にしてしまうと言うのは、私の頭の中には、その様な発想は、全くありませんでした。

(あぁ~!
 やっぱり、こうなると思ってたんだよなぁ。
 『ムツゴロウ』だぁ!)

と、私は思っていました。

そうして!

甘露煮らしきものが。

また、味噌汁が。

次々と運ばれてきたのですが、『K先輩』は、

「刺身はないですか?」

と、聞いていましたが、確か、ウェイトレスさんが、

「今日は、品切れで、もうないんですよ。」

と、言っていた様な記憶があります。

私は、

(へぇ~!
 『ムツゴロウ』も、刺身で食えるんだ。
 どんな味なんだろう。
 それに、お刺身は、超人気みたい。)

などと、興味津々になってしまいましたが、

(これだったら、定食にしても良かったんじゃないのかなぁ。)

と思い、そのことを、『K先輩』に伝えましたら、

「見てみろよ。
 みんな、グロテスクだろ。
 初めての人は、大体、食べられないんだよ。
 だから、別々に、頼んだのさ。
 お前が、何でもかんでも食っちまう人間だと言ったってさ。
 初物は、どうかなぁと思ってさ。
 さぁ、食え!食え!」

と、言われていました。(^^;

私は、黒い棒状の物に、手を伸ばしてみたのですが、かなり固い!

箸では、なかなか千切れない。

『K先輩』は、と言うと、かぶりついて食べている。

私も、そうしようかと思ったのですが、甘露煮?の方が、軟らかそうでしたので、そちらの方と、味噌汁を頂いた様な記憶があります。

その、お味はぁ~!

実を言うと、それらの味は、よく覚えていません。(^^;

と言うのも、『K先輩』に勧められ、やたらと、ビールを呑んでしまっていたからです。(^^;

『ベンチャー2000』の開催期間中は、当然ですが、飲酒はご法度でした。

そのことを、『K先輩』に伝えたところ、

「ほぉ~!
 お前にしたら、大したもんだ。
 褒美を取らそう。」

と、行く先々で、ビールを、ご馳走になり続けていたのでした。

『K先輩』は、運転手に専念し、一滴も、呑むことはありませんでしたが。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さてさて!

これまた、何処の駅かは、忘れてしまったのですが、

「上り列車の通過を待ちます。
 5分ほど、停車します。」

と、車内放送がありました。

その時、『きゃさりん副長。』が、

「うぅ~ん!
 ここ、どこぉ?
 もうすぐ着くのぉ?」

と、目覚めました。

私は、

(これは、チャ~ンス!
 今のうちに、トイレに行って来よう。)

と、思いまして、『きゃさりん副長。』に、トイレに連れて行ってもらいました。

私達が、座っていた席は、1号車の一番後ろ。

トイレは、2号車の先頭部分。

要は、旅行会社の担当の方が、

『トイレに一番近い席』

を、確保してくれていたのでした。

トイレは、『多目的トイレ』でして、3畳ぐらいの広さがあったと思いました。

車椅子でも、楽々入ることができ、十分過ぎる、スペースだったと思いました。

私と『きゃさりん副長。』は、車椅子を折り畳んで、座席シートの後に入れていましたので、車椅子を出すのが面倒で、トイレには、徒歩で向かいました。

私も、

(多分、5分あれば、間に合うだろう!)

と、安心し切っていました。

ところが!

『白いかもめ』は、車内放送は無く、するすると動き出してしまいました。

そうして、スピードを、ぐんぐんと上げていくのが体感できました。

それと共に、車体が、左右に大きく揺れ出し、『きゃさりん副長。』は、便座に腰掛けていた私を、支えるだけで、精一杯でした。

そして、

「大丈夫?
 歩けそう?」

と、円周状に開くスライドドアを、『きゃさりん副長。』が開けてみたのですが、何ともまぁ、1号車の自動ドアまでは、3mほどの距離がありました。

それに、2号車の先頭部分は、通路ではなく、これまた、3畳ほどの、広い空間になっていました。

ですので、手摺りも無ければ、何も無い。

要は、掴まる所が、何も無かったのです。

杖を使って歩く、私達にとりましては、『手摺り』は、『最後の砦』と言っても、過言ではないと思います。

(あちゃ~!
 トイレに来る時には、全く、気にしていなかったぁ!
 何ぁ~んにも、気が付かなかったなんて、ヤバ過ぎじゃん!)

と、思いましたが、もはや、後の祭りでした。

私は、迷いながらも、歩いてみることにしたのですが!

一歩、進んだだけで、私の身体はぐらつき、その上、半円状のスライドドアの、取っ手に掴まった途端に、そのスライドドアが、右へ左へと動き出し、『きゃさりん副長。』は、そのドアの動きを止めるのが、やっとでした。

私は、再び、便座に戻ることになってしまいました。(^^;

「全くもう、『行きは良い良い帰りは恐い』、だよねぇ。
 やっぱり、車椅子を取って来るよ。」

と、『きゃさりん副長。』は、1号車に戻って行きました。

私は、便座に座りながら、

(何で、こんなに揺れるんだろう?
 そう言えば!
 さっき、上り列車の通過待ちで停まったよなぁ。
 と言うことは、ここは、単線?
 まぁ、単線は、関係ないにしても、海岸線を走ってるから、それで、カーブが多いのかなぁ。
 それで、こんなにも揺れるのかなぁ。
 確かに、佐賀駅ぐらいまでは、こんな揺れは、無かったよなぁ。)

と、色々、あれこれ思っていたのですが、『きゃさりん副長。』が戻って来まして、車椅子を、多目的トイレの中に入れようとしましたら、例のドアが、右へ左へ!

「ダメだこりゃ!
 ねぇ、(ドアの)手前に(車椅子を)置くから、乗れる?」

と、『きゃさりん副長。』が、ドアを押さえてくれ、私は、飛び移る様にして、車椅子に乗ったのでありました。

「これ(『白いかもめ』の車内)って、優しくないよねぇ!」

と、『きゃさりん副長。』は、うんざりしていた様でした。 Img_4509
私達が、やっと席に戻り、落ち着きを取り戻しつつあった頃には、既に、『諫早駅』に着く寸前でした。

(一体全体、どの位、格闘を続けていたのだろう。
 今日は、疲れることばっかり。)

私達は、へこたれつつありました。(^^;

それでも!

「諫早ってことは、もう、長崎県に入っちゃったんだぁ!」

と、私が言いましたら、

「きゃぁ~!
 素敵ぃ~!
 九州で、3つ目の県に突入~!」

と、『きゃさりん副長。』は、悦んでいました。 Img_4511
そして、『白いかもめ』は、『浦上駅』で停車。

いよいよ、終着駅の、『長崎駅』到着を迎えていたのでありました。(^-^)/ Img_4513

これは、後々、知ることになるのですが、『885系電車』は、

『振り子式車両(車体傾斜式車両)』

と言うのだそうです。

有明海の入り組んだ沿岸部を走るため、多くの曲線区間に対して、特急列車の速度アップのためと、曲線通過時に、車体を傾斜させることで、乗り心地の改善を図った車両とのことです。

ですので、左右に揺れているのではなくて、左右に傾いている、と言うことの様です。

ただ、車両の連結部分近くは、やはり、揺れ?傾き?が、大きく感じられる様です。

と言うことで、私は、

(なるほどねぇ。
 そう言えば、乗客の皆さんは、比較的中央の座席に座っていたっけ!)

と、何となぁ~く、ですが、納得したのでありました。(^^;


(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月 4日 (日)

『懐かしの森かげに~!』(^-^)/

(# 九州―18)


おはようございます!(^o^)/


【懐かしの森かげに~!】(^-^)/


(※注:平成28年5月5日(木・祭)の記憶です。)


『北墳丘墓保存館』を出た私達は、今度は、南に向かって、要は、太陽に向かって、歩くことになりました。

「あづいぃ~!」

と、『きゃさりん副長。』の一言。(^^; Img_4466
そして、視線を前方に向けてみると、あんなに大きかった『祭殿』が、かなり小さく見えていました。

それだけでも、どれだけ歩いたのか。

そして、どれだけ、この『国営吉野ヶ里歴史公園』が、広いのか!

一目瞭然でありました。(^^;

私達は、『北内郭』の西側を通り、『南内郭』へと向かいました。 Img_4470
途中、『きゃさりん副長。』に、何枚かの写真を撮ってもらったのですが、

「ねぇねぇ、知ってるぅ~?
 わたしぃ~、1枚も、写真撮ってもらってなんいだよ!」

私は、

(あちゃ~!
 やっちゃった!
 やば過ぎ~!)

と、思って、

「デジカメ貸して!
 撮るから。」

と、言ったのですが、

「もういいもん。
 明日っから、バンバン撮ってもらうから!」

と、少々、ちんぶくれ(※方言です。)気味でありました。(^^; Img_4472
『南内郭』を、少し過ぎたところで、行きには気付かず、全く分からなかったのですが、

(おんやぁ~?
 ここはぁ~?
 確か!)

と思って、その建物を、じっくりと観てみると、確かに、その建物だったのです。

建物の周囲は、木々で覆われ、建物の手前には、すだれが掛けられた休憩所があり、その状態では、一見すると、単なる休憩所の様にしか観えず、

(これでは、全く分からないはずだ!
 16年前は、木々も無く、休憩所もなく、野中の一軒家で、逆に目立っていた!)

と、私は思いました。

その建物はと言うと、16年前の当時、唯一あった『展示室』でした。

『ベンチャー2000』の時は、その『展示室』で、説明や講義を受けたり、休憩したり、また、昼食も摂っていました。

それに、『勾玉づくり』や、『土笛づくり』などもしたと思いました。

私は、当時を想い出し、目茶苦茶、懐かしくなってしまい、『K先輩』に、思わず、

「連れてってください!」

と、懇願してしまいました。

そうして、『展示室』の中に入ってみましたら、何と、当時と、殆ど変わっていない!

(あぁ~!
 確かに、こうだった!
 一番奥に、会議室があったはずだ。
 その奥に、トイレがあったけど、スカウト達が、長蛇の列を作っていた。)

など、一瞬にして、16年前の想い出が、またまた、蘇ってしまったのでありました。 Img_4467
私達は、とりあえず、展示室内の見学は後回しにし、一番奥の部屋に行ってみました。

そうしましたら、今は、休憩室となっているのですが、机や椅子は、ほぼ、当時のまま。

何せ、机の大きさが、独特でしたので、よく覚えていました。

それと、カーテンは、暗幕兼用で、教育用スライドや、ビデオなども観させて頂きました。

そんな話を、『K先輩』としていたのですが、『きゃさりん副長。』の空腹は、かなりの度合いを迎えていた様でありまして、私達は、席を立つことにしました。

展示室内を回っているときに、『きゃさりん副長。』が、突然、
「私、これで良いから!」

と言って、写真撮影を頼まれました。 Img_4469
ですが、

(あぁ~あ!
 これはきっと、後々、引き摺るよなぁ~。
 「吉野ヶ里は、この写真しかない!」
って、多分、1年以上、話のネタにされるだろうなぁ。)

と、私は、少々、落胆気味でありました。(^^;

そうして、展示室を出ようと思ったのですが、入り口付近に、受付兼事務室があり、そこに、やや、ご年配の職員の方がいました。

そこで、私は、16年前のことについて聞いてみました。

すると!

「知ってますよ!
 ボーイスカウトの人達が来たこと。
 私は、直接は携わりませんでしたが、県教委が、担当していましたよ。」

とのこと。

私は、

(おやぁ~?
 ここは、国営だったんじゃないのかなぁ?)

と思い、色々と話を聴いていきましたら、

「ここ(『展示室』)は、佐賀県教育委員会の担当なんですよ。
展示物も、(県教委)担当です。
昔(16年前)もそうでした。」

などなど。

それから、

・『吉野ヶ里歴史公園』は、国と佐賀県の担当が、色々と入り混じっている。

・平成12年の開園前(『ベンチャー2000』の時)は、主に、佐賀県の担当だった。

・平成13年の開園後は、国営となったため、前面に、国(国土交通省)が出ている

等のことでした。

そして更に、

・『北墳丘墓』の北側に、未開園エリアがある

・そこでは、佐賀県が、発掘調査を続けている

・ただ、調査が終わった所は、『芝生広場』や『多目的広場』として、解放予定

・ボーイスカウトで、そこを使ってくれたら嬉しい

などなどの話もして頂きました。

私は、

(凄んげぇなぁ!
 まだ、未開園エリアがあるなんて!
 発掘調査も、まだ続いている。
 一体全体、どれだけの広さになるんだぁ?
 ひょっとして、地区キャンポリー程度の大会が、できてしまうんじゃないのか。)

などと思っていましたら、今度は、『K先輩』が、その方と話しだし、今後の発掘調査のことや、北側のエリアの担当は佐賀県になるのか、など、地元の人間として、様々なことを聴いていました。

『きゃさりん副長。』は、と言いますと、流石に疲れた感じがあり、『K先輩』に、話を、いつ切り上げて貰おうかと思っていましたが、

「私は、大丈夫!
 佛教章(の事前研修)で、長ぁ~い話を聴くのは慣れているから。」

と、少々、いや、かなり嫌味が混ざったお言葉を述べておりました。

大丈夫そうかなと思いましたが、非常に気まずい状況であったのは確かでした。(^^;

(さぁて、レストランは空いたかな。)

と、私達は、『展示室』を後にしたのですが、途中で、またまた、見覚えのある場所が! Img_4473
そこは、環濠(堀)だったのですが、今は、当然、入ることはできません。

と言うか、入ることができなくなっています。

16年前も、

「入らないでください!」

と、言われてはいたのですが、そこは、やんちゃなベンチャー達。

入りたくて、入ってみたくて、うずうずしていたのは、直ぐに判りました。

そこで、率先して、私が!

ですが、環濠に入った途端に、

((堀が深くて)高い!!!
 高過ぎるぅ~!
 こりゃ登れないぞ!
 どうやって出るんだぁ?)

と、私と数人のベンチャー達は、慌てふためいてしまったのでありました。

まぁ、防御のための『堀』なのですから、出られなくて当たり前なのですが、随分と、間抜けな話しです。(^^;

そうして、担当職員の方に、

「助けたくないけど、仕方が無い!」

と、言われつつも、救出して頂いたのでありました。

何とも情けなかったです。

とってもお恥ずかしい想い出です。(^^;

さてさて、やっとのことで、公園東口の『歴史公園センター』に辿り着いた私達ですが、

(こりゃ、ダメだ!)

と、一挙に、意気消沈してしまいました。

レストランは、相変わらずの満員。

その上、長蛇の列。

『きゃさりん副長。』に、

「お土産はどうする?」

と、聞きましたら、

「もういい!」

とのこと。

『K先輩』は、

「これはもう仕方が無いから、鳥栖まで行ってしまおう。
 その方が、店もあるし、落ち着くと思う。」

と言うことで、私達は、『吉野ヶ里公園駅』へ向かうことにしました。

ただ、『きゃさりん副長。』のお腹は、

「くぅ~、くぅ~。」

と、可愛らしく鳴き続けていましたが。(^^;


(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月 3日 (土)

『何処まで続く~?』(^^;

(# 九州―17)


おはようございます!(^o^)/


【何処まで続く~?】(^^;


(※注:平成28年5月5日(木・祭)の記憶です。)


『K先輩』と職員の方、そして、私の3人が、何時までも話し続けていたので、『きゃさりん副長。』は、相当、辟易していた様でした。(^^;

「疲れちゃったよぉ。
 何処かに、休むとこは無いの。
 座りたくなっちゃった。」

その言葉を聴いて、『K先輩』は、

「あ゛っ!
 そうだよね。
 あとちょっとだから、少し急ごうか。」

と言って、『北内郭』を出て、更に北に向かって、進んで行きました。

そして、

「こっちは、流石に知らんやろ。
 発掘調査が進んでから、造られたからね。
 かなり立派なものが、できてる。
そこまで行けば、少しは、涼しいかも。」

と、歩みを進めながら、言われていました。

(それにしても、広い!
確かに、国内では、最大規模の『歴史公園』なのだろうけど、これでは、何かのついでに見学、などと考えてはいけない。
丸一日、掛けても、全部を観て回ることは、不可能かも知れない。)

私は、動かない左腕が、じりじりと日に焼かれている感触(痛く感じる)を受けながら、そう思っていました。

それにしても、この日は、目茶苦茶、熱かったです!

『晴れ男』も、考えものかも。(^^; Img_4446
案内看板の横を通り過ぎ、少し進んだら、『甕棺墓列』が。 Img_4447
私は、『ベンチャー2000』の時に、展示物を見学していましたので、それが何かは、直ぐに解りました。 Img_4448
ただ、『きゃさりん副長。』は、

「何かの壺?」

と言っていましたので、

「これに、死者を入れたんですよ。
 それで、埋葬をしたんです。
 それが、ここに、一杯沢山、埋められていたんですよ。」

と、『K先輩』が、説明をしていました。 Img_4449
そして、

・目の前に現れてきた丘は、人工的に造られたもの

・『北墳丘墓』と呼ばれている

・14基の甕棺が発見された

・歴代の、王の墓と考えられている

・古墳とは、性質を異にするかも知れないが、古墳と思っても良いかも知れない Img_4451
・くぼみは、『墓道』と呼ばれ、参拝のための道 Img_4453
・丘の手前にある柱は、『立柱』と呼ばれ、祖先の霊が宿る柱と考えられており、目印的(シンボル的な)役割を持っている Img_4454
などなど、ガイドさん、顔負けの説明をしてくれていました。

ですが、『きゃさりん副長。』は、それよりも、早く、休みたいと言った感じでした。(^^; Img_4452
さてさて、『北墳丘墓』は、一時、埋め戻されるなどの紆余曲折があった様ですが、『北墳丘墓保存館』として、内部が、展示施設になっていました。 Img_4455 Img_4456
その保存館の内部は、一定の温度と湿度に保たれているとのことで、

「きゃぁ~!
 涼しい~!」

と、『きゃさりん副長。』は、かなりの悦びようでした。(^^;

私は、

(保存のための空調なんだけどなぁ。)

と、思いましたが、実は、私も、ホッと一息、つくことができたのでした。(^^; Img_4457
『北墳丘墓保存館』の内部は、発掘された状態での、本物の遺構、及び、甕棺が展示されていました。 Img_4458
通路の一部は、透明になっており、甕棺の内部を、真上から観ることもできました。 Img_4462
また、こちらの甕棺の中からは、有柄銅剣や、ガラス製管玉が出土したそうです。 Img_4463
それらの物も、展示されていましたが、『きゃさりん副長。』曰く、

「どれを、写真に撮ったら良いのか分からないんだもん。
 (甕棺が)みんな同じに見えて、区別なんかつかないんだもん。」

と、憮然とし、写真係としては、かなり飽きが来ていた様でした。(^^;

その他にも、出土品の復元作業の様子や、その室内も、ガラス越しではありますが、見学することができました。

私は、

(確かに、16年前には、『北墳丘墓』の話は聞かなかったし、「発掘調査は、まだまだ、続けられます。」とは聞いたけど、物凄いことになっていたんだなぁ。)

と、ただただ、感心させられるばかりでありました。(^-^)/

さて、再び、ギラギラと輝く太陽の下に、出てしまった私達ですが、

「この先(北側)は、どうなっているんですか?」

と、『K先輩』に聞いてみたところ、

「お前ぇ~!
 それは、無理やろ。
 北口があるけど、今まで歩いた分の、倍近くはあるぞ。」

とのことで、私は、

(一体全体、何処まで、この遺跡は続いているんだぁ?)

と思い、

「止めた方が良い。」

との『K先輩』の言葉で、私達は、引き返すことにしたのでありました。

『きゃさりん副長。』は、

「お腹空いたぁ!」

と、頻りに言っていましたが。(^^;


(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年11月30日 (水)

『国営だったのぉ~!』(^^;

※決して、パソコンの不調の腹癒せではありませんが、何しろ、4回も、投稿が消えてしまいましたので、かなりの長文となっています。

ご注意とご了解をお願いいたします。(^^;


(# 九州―16)


おはようございます!(^o^)/


【国営だったのぉ~!】(^^;


(※注:平成28年5月5日(木・祭)の記憶です。)


さてさて、『吉野ヶ里歴史公園』に入った途端に、16年前の記憶が、どどどどぉ~と、蘇ってしまいました。

それを少々。(^^;

『第5回ベンチャースカウト大会(高校生年代の全国大会)
(略称:5NV)
(通称:ベンチャー2000)』

は、2000年(平成12年)7月29日(土)~ 8月5日(土)の間、

・主会場を、11NJが行われた、大分県の久住高原

・活動基地を、沖縄:1 福岡:4 大分:3 宮崎:4 佐賀:5 長崎:3 熊本:3 鹿児島:5

に、それぞれ置き、過去に例をみない、とても壮大なスケールで、全国から、スカウト、指導者、奉仕員、およそ、4,500名が集まり開催されました。

開会式には、秋篠宮殿下、秋篠宮妃紀子様のご臨席を賜り、それはそれは、大いに盛り上がり、盛大に挙行されたとのことです。

ですが、私は、活動基地にいましたので、その様子を観ることができずに、とっても残念でしたが。(^^;

スカウト達の参加形態としては、日程を半分に分け、

・前半を主会場で過ごした者は、後半は活動基地で

・前半を活動基地で過ごした者は、後半は主会場で

それぞれ、活動を行なうと言う様に、入れ替わる形を取りました。

ただ、8月1日(火)だけは、スカウト達全員が、主会場に集結し、大集会を行いました。

主会場でも、活動基地でも、それぞれ、地域性のある独特のプログラムが展開され、スカウト達は、全国の仲間達と交流を深めつつ、若さを爆発させながら、プログラムを存分に愉しみ、夏を満喫したのでした。(^-^)/

しかしながら、台風の影響で、沖縄、屋久島等は、かなり苦労したと聞き及んでいます。

私は、当初、主会場での奉仕予定でしたが、『K先輩』や、同期生の『K氏』が、勤務していた付近に設けられた、佐賀県の『吉野ヶ里活動基地』に、どうしても行きたく、懇願に懇願を重ね、お願いし続けたところ、

「お前のことだから、まぁ、何を言っても、言うことは聞かんだろう!」

と言うことで、お許しを得られたのでありました。

本当は、いけないんですけれどもねぇ。(^^;

しかしながら、参加確定までは、はっきり言って、何処の基地に配置されるかは、全く判りませんでした。

と言うのも、奉仕者は、大会の前日に入場し、大会後に退場します。

私達は、それを、『前泊』と『後発』と呼んでいますが、それは、スカウト達の入場受付の準備、そして、スカウト達を見送った後、会場の後片付けがあるためです。

と言うことで、奉仕者の参加期間は、この大会の時には、10日間と、長期間に亘っていました。

そんなにも、10日間も仕事を休めば!

「(会社に)帰ってきたら机が無かった!」

「(会社が)倒産していた!」

まぁ、とっても悪い冗談なのですが、でも、普通に、10日間も休むことができる人は、ます、滅多にはおりません。

やっとのことで、休みを取ることができた人は、人数的に、そう多くは無かったはずです。

ですので、九州、沖縄の皆さんは、日々の時間を遣り繰りして、『時間帯を限っての奉仕』や、『早朝奉仕』・『夜間奉仕』など、相当、苦労をされていた様でした。

本当に、大変だったと思います。

今でも、そのご尽力には、『感謝!』の言葉しかありません。

私は、佐賀県は、決定していたのですが、佐賀県の活動基地は、

(順不同)
・波戸岬基地
・唐津基地
・有田基地
・鹿島基地
・吉野ヶ里基地

と、5つの活動基地がありました。

そのため、それらの基地に対しての、人員配置が、とっても難航していた様でした。

結局のところ、参加スカウトの受け入れ人数が、一番多い、と言うことで、私の経験と経歴を踏まえて頂き、『吉野ヶ里基地』に、招かれると言う形になったのですが、希望通りに配置されなかった奉仕員の方も、数多くいたと聞いています。

本当に、私は、ラッキーだったと、今でも思っています。(^^;

さて、前置きが長くなってしまいましたが、その後の、『ベンチャースカウト大会』に付いてです。

第6回ベンチャースカウト大会は、関東一円で開催されたのですが、第7回ベンチャースカウト大会は、新型インフルエンザの蔓延が危惧され、開催中止となってしまいました。

その後は、全国レベルでの大会は行われていません。

本当に、残念なことだと思います。(T_T;)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さてさて、本題に戻んなきゃ!

と言いつつ、過去の話を、もう少々。(^^;

『吉野ヶ里歴史公園』ですが、公園の中央に、県道が、東西に通っていまして、南北に分かれる様な形になっています。

とは言っても、県道の一部は、トンネルになっていて、南北の行き来は可能です。

私達は、まず、『南内郭』(王や支配者層が住んでいた場所)に入って行ったのですが、そこが、『ベンチャー2000』の時の、活動場所だったと言うことは、直ぐに解りました。

ただ、16年前に、私達が、この地を訪れた時は、『南内郭』の東北側に、県道から、マイクロバスで、そのまま、乗り付けた様な記憶があります。

当時の写真を探してみたのですが、フロッピーディスクに取り込んでいまして、結局、見付けることができませんでしたぁ。(^^;

それで、その時は、鉄条網やトタン板で、周囲が囲まれており、入場券売り場も、お土産屋さんも、軽食屋さんも、警備員の詰所も、みんなみんな、プレハブ小屋でした。

発掘調査は、其処此処で、まだまだ続けられており、公開されていた部分は、ほんの僅かだったのだと思います。

そして、県道の北側では、巨大な建物を、クレーンなどを使って建設中で、それが、何なのかは、解ってはいませんでした。

今回、それが、『祭殿』だと判り、私は、

(早く観てみたい!)

と、ワクワク状態になっていました。

『K先輩』に、その様な話をしていましたら、

「それじゃぁ、行こか!
 ご要望の場所に連れてってやるよ。」

と、車椅子をグイグイと押して、私達は、『北内郭』に、向かったのでありました。 Img_4429
路は、すっかり綺麗に整備されていて、その昔の、埃だらけの状態とは、大きく異なっていました。

お陰で、車椅子は、快調に走ることができました。 Img_4431
途中、ゾーンの案内表示板や、建造物の案内看板が多数あり、その表示文字も大きく、解り易く、

(こりゃぁ、凄げえなぁ。
 かなり整備されている。)

と、思いつつ、私だけでしたが、キョロキョロとし続けていました。 Img_4432
そうして、『北内郭』(まつりごとの場所)の入り口に着いた時に、『K先輩』が、

「お゛っ、お前ぇ~!
 お゛っ、重過ぎぃ~!
 持ち上がらないじゃんかよ!」

と、悲痛な叫びを上げていました。(^^; Img_4433
『北内郭』ですが、周囲は、隙間無く、分厚い板壁で囲まれており、また、門には、扉もありました。

そうして、入り口は、鍵形に折れ曲がっており、その通路を、車椅子を押して通って行くのは、とても大変な様でした。

『K先輩』は、門を通過するたびに、車椅子を後向きにし、ふぅふぅ言いながら、『北内郭』の中まで連れて行ってくれたのでありました。

私はと言うと、ただ、ニコニコしていただけでしたがぁ。(^^;

その様子を観ていた『きゃさりん副長。』は、

「私だったら、絶対に押さない!
 (車椅子から)降りて、歩いて!
 って、言う!
 それか、置いてく!」

と、仰っておりました。(^^; Img_4434
さて、『北内郭』に入りまして、一番最初に、目に飛び込んできたのは、やはり、『祭殿』でした。

(でけぇ~!
 凄んごいなぁ!)

私達、『静岡県人』にしましたら、『弥生時代』と言うのは、『登呂遺跡』ぐらいしか知りません。

せいぜい、『竪穴式住居』や『高床式倉庫』、そして、水田ぐらいしか、思い浮かびません。

それが!

とても、同時代の建造物とは、思えませんでした。

造りは、2層の3階建てであり、現代の、神社仏閣にも、引けを取らないと思いました。

『祭殿』は、中を見学することができると言うので、私は、到底、無理でしたので、また、『K先輩』は、何度も観ているとのことで、『きゃさりん副長。』一人で、観に行って貰いました。 Img_4436 Img_4437
私は、どんな感じなのかなと、ワクワクして待っていたのですが、

「あのね。
 人形が、一杯並んでるの。
 何だか、箱根の関所みたい。(失礼!(^^;)
それでね。
2階は、少しは、(『祭殿』の外が)見えたの。
だけど、3階は、戸が閉まってて、暗くて、外なんて見えなかった。
あんまり、面白くなかった!」

とのこと。(^^; Img_4439 Img_4440
それを聞いていた『K先輩』が、

「『祭殿』だからね。
 神聖な場所だから、外部と遮断することも必要なのだろうね。
 それと、斎事には、『火』は欠かせないだろうから、暗くする必要もあったんだろうね。」

と、まるで、今観て来た様な話をし、それを聞いていた『きゃさりん副長。』は、妙~に、納得していたのでありました。(^^; Img_4443 Img_4444 それから、『北内郭』内にある、『斎堂』、『竪穴式住居』や『物見櫓』、『高床住居』などを観て回り、ぐるっと一周して、『祭殿』まで戻って来たところ、まるで、弥生時代の服装ではないかと思ったのですが、その衣装を、身にまとった、男性が立っていました。 Img_4445
私が、『K先輩』に、その男性について聞いてみると、

「あぁ~、ガイドやろ。
 ここ(『吉野ヶ里歴史公園』)には、ボランティアで、沢山のガイドがおるんよ。
 色々な(建造物等)所におったり、一緒に(説明しながら)回ったりしてくれんのよ。
 無料よ。
 (ボランティアガイドは)結構、人気があるんだよ。
 (ボランティアガイドに)なりたい人も多くってさ。」

とのことでした。

それで、私が、ガイドの人に、興味津々だったのが解った様で、そのガイドさんのところまで、連れて行ってくれました。

そして、

「ここに来たのは、16年振りなんです。
 16年前に、ボーイスカウトの高校生年代の全国大会があって、その時以来なんです。」

と言うと、

「16年前ですか。
 と言うと、開園前ですね。」

と、思い掛けない言葉が返ってきました。

(あんれぇ~?
 開園前?
 当時は、観光客の人なんかもいたのになぁ。)

と、私は、怪訝な表情をしていたと思うのですが、それを感じたのかどうなのかは解りませんでしたが、

「ご存知かも知れませんが、ここは、佐賀県の工業団地になるはずでした。
それが、昭和61年から、本格的な発掘調査が行われたんです。
そうしましたら、ここは、国内でも、弥生時代の最大規模の、環壕集落であることが確認されたんです。
それで、『邪馬台国』とか、『卑弥呼』とかで、一挙に、全国の注目を浴びてしまって、工業団地にはならなかったんです。
平成4年ですね。
『国営吉野ヶ里歴史公園』として、整備することが閣議決定されたんです。
あと、この公園の周辺に、佐賀県の公園も設けて、国と佐賀県が、一体となって、平成13年4月21日に、一部開園したんです。
ですので、16年前と言うと、平成12年でしょ。
私が、(ここに)来る、1年前ってことかなぁ。」

と言うことでした。

私は、驚きに驚いてしまったのですが、とにかく、

(ここは、国営公園なのぉ~!)

と、思わず、車椅子から落ちてしまいそうになるほど、びっくらこいてしまったのでした。(※方言です。(^^;)

『K先輩』は、私に、

「さっき、(『南内郭』で)観たやろ。
 西の方。
 一段、下がった所に、広場があったろ。
 あそこなんかは、後から、かなり整備されたところなんよ。
 子供が遊べる遊具とかあってさ。
 グラウンドゴルフとか、ディスクゴルフなんかもできるんよ。
 あと、バーベキュー(野外炊事)とかもできる。
 (食材は)持込だけど、無料だから、みんな、あっち(西のエリア)に行くんだよ。
 こっち(東口)からも、園内バスがあるから、行けないことはないけど、西口があるから、みんな、そっちから入るんよ。」

とのこと。

それを聞いていた、弥生人風の男性は、

「よくご存じですね。
 地元の方ですか。」

と聞き、

「そうです。
 すぐ傍です。」

と、『K先輩』は答えていました。

私は、

(あんれまぁ!
 『ベンチャー2000』の時は、確か、佐賀県の教育委員会の方達が、対応してくれたよな。
 講義なんかも、してくれたけど、佐賀県が、全部、対応してくれていた。
 まさかねぇ。
 国営公園になっているなんて!
 ところで、国営公園って何?
 国立でも国定でもない。
 ん゛~?)

そんなことを思っていましたら、何時の間にか、その男性と、『K先輩』が、話し込んでいました。

その話しに耳を澄ましていましたら、『K先輩』が、

「確かに、ここの開園は、平成13年でしたね。
 盛大に、セレモニーをやっていた様な覚えがあります。
 ただその前は、『吉野ヶ里遺跡』として公開していましたよね。」

と。

そして、

「国営公園と言うのは、営造物公園なんですよ。
 つまり、自然では無くて、作られたものなんです。
 全国では、18か所あって、1か所だけ、開園されてなかったのかな。
 ここ(『国営吉野ヶ里歴史公園』)は、まだまだ、これからなんですよ。
 北側の整備が、これからなんです。
 全園開園は、まだ先の話です。」

と、弥生人風の男性が話していました。

私は、

(へぇ~!
 ガイドって、凄んげぇ~!
 こんなにも知識があるの。
 とんでもないや。)

などと思っていたのですが、その男性と分かれた後、『K先輩』に聞くと、

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