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2017年4月 1日 (土)

『本日は!(その1)』

おはようございます。



【本日は!(その1)】



『祈りの日。』



本日は、一方的にですが、私が、『師』と仰いでいた方の命日です。 Img_4769
心静かに、祈りを捧げつつ、過ごしたいと思います。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ。

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2017年1月 8日 (日)

『Do Venture! 心開いて』(^-^)/

(# 九州―41)


おはようございます!(^o^)/


【『Do Venture! 心開いて』】(^-^)/


(※注:平成28年5月7日(土)の記憶です。)


『Eさん』との、待ち合わせ場所は、単に、私達が宿泊する、

『ホテルの前』

と、してありました。 Img_4689
と言うことで、『きゃさりん副長。』と、ホテルの前に出てみましたら、

「ここってさぁ。
 コンビニはあるし、地下鉄の出入り口もあるし、人通りは多いし、歩道みたい感じだし、こんな所で(待ち合わせて)、良いのぉ?」

と、『きゃさりん副長。』が、不安そうに、周囲を見回していました。 Img_4690
実際問題、ホテルのビルの1階部分には、店舗等の、商業施設が入っており、ホテルのエントランス、ロビー、フロント等は、2階にあって、そこまでは、エスカレーターで、昇り降りする様になっていました。

また、エレベーターは、ビルの一角の、別の場所にあり、エレベーターを利用した、私達は、エスカレーターとは、かなり、かけ離れた場所から、外に出て来たと言う格好でした。

『きゃさりん副長。』は、

「これじゃぁ、待ち合わせ場所になってないよ。
 2階(のエントランス)に、戻った方が良いんじゃないのぉ。」

と、言っていました。

私も、

(これはぁ、確かに、人通りが多過ぎて、待ち合わせ場所にならないかも。
 さぁて、どうする?
 移動すべきか?
 それとも、ここにいて、車椅子を見付けて貰うか?)

と、かなり悩んでおりました。 Img_4691
そこへ!

「いやぁ、お待ち遠様でした!」

と、頭の上の方から、声が降りて来ました。

「(待ち合わせ)場所がね。
 『ホテルの前』と言った手前、ここで良いものかと思っていたんですが、解り辛いかと思って、ホテルの入り口に行ったんですよ。
 それで、考えてみたら、車椅子では、エスカレーターを使えないし、もう、下に行かれたんじゃないのかと思って、降りて来てみたんです。」

と、懐かしの『Eさん』が、お姿を現したのでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『Eさん』は、

『第5回ベンチャースカウト大会(通称:ベンチャー2000)』
の際に、大層、お世話になってしまった方でした。

私は、佐賀県の『吉野ヶ里活動基地』に、奉仕したのですが、役務は、『総務班長』でした。

しかしながら、実情は、プログラム運営から、スカウト達の生活担当まで、殆ど、全てを統括すると言う、『総括班長』とでも言ったら良いのでしょうか。

佐賀県以外からの奉仕者の皆さんが、それぞれ、とてもお若く、経験も少ないと言うことから、私が、それぞれの担当者をフォローしつつ、なおかつ、指示も与えると言う立場になってしまいました。

このことは、基地長と副基地長が合議され、私に一任すると言う、とても変則的なことなのですが、決定されたことでした。

その分、基地長と副基地長は、他に手を回すことができ、不測の資材の調達や、各施設との調整、プログラム展開先との調整、インストラクターや講師などとの調整、佐賀県教育委員会との調整など、奔走されつつも、それぞれを、かなり綿密に行うことができていた様でした。

それで、私は、宿泊施設がある活動基地本部外の、プログラム展開場所など、あっちこっちに、動き回らなければならず、そのために、とても面倒なのですが、一々、車両で、その場所まで、送迎をして貰うことになっていました。

と言うことで、私だけのために車を動かすと言う、とんでもない特別扱いで、面倒や、時間と労力を、皆さんに、掛けてしまったと思いました。(^^;

『Eさん』をはじめ、佐賀県連盟の皆様には、本当にお世話になってしまいました。

改めて、感謝申し上げます。(^-^)/

さて、無事に再会できたところで、『Eさん』に、『きゃさりん副長。』を、紹介しようと思いましたら、

「お噂は、かねがね。
 Facebookで、お伺いしております。」

とのことで、まぁ、特に、紹介するまでも無かった様でした。(^^;

『きゃさりん副長。』には、『Eさん』のお話は、かなりしてありましたので、『Eさん』に会った途端に、

「とっても、優しそうな人。」

と、私に、耳打ちしていました。 Img_4692
私と『きゃさりん副長。』は、

(お土産は、博多駅で買い込もう!)

と、当初から、決めていました。

そして、『H氏』が、

「おらが、案内してやる!」

と、豪語していたのですが、結局のところ、

「仕事があった。」

とのことで、

(あんのやろう!
 まぁ、仕方が無いけど。)

と、思いつつ、どうし様かと悩んでいました。

そんなところへ、『Eさん』が、

「構いませんよ。
 私で良ければ、(お土産を買うのに)お付き合いしますよ。」

と、言って下さったのでした。

(おぉ~!
 有難や!
 『渡りに船』だぁ!)

と、私も『きゃさりん副長。』も、すっかり、『Eさん』に、甘えることに、してしまったのでした。(^^;

その上、『きゃさりん副長。』は、

「車椅子、良いですかぁ?」

と、これまた、甘えに甘えていました。(^^;

『Eさん』は、おデブの車椅子を押し始め、

「では、行きましょうか。」

と、駅ビルの中に、私達を、案内してくれたのでした。

4日振りに、博多駅に戻って来た私達でしたが、4日前は、博多口を利用していたのと、駅ビル内の施設は、あまりよく観てはいませんでした。

ですので、駅ビルの中は、全く、分からない状態でした。

『Eさん』の案内で、筑紫口から、駅構内に入ったのですが、何ともまぁ!

入って直ぐ右側に、物凄い数のお土産屋さんが、集中してありました。

私と『きゃさりん副長。』は、顔を見合わせ、

「凄いなぁ~!
 こんなにも、お店があったんだ!」

「物凄い、お店の数だよねぇ。
これじゃぁ、多過ぎちゃって、何を買ったら良いのか、判らないよねぇ。」

と、驚きっ放しでした。

『きゃさりん副長。』は、

「目移りばっかりしちゃって、どれが良いのか、全然、判んないよぉ~!」

と言っては、歩みを止め、なかなか、奥の方まで、進むことができませんでした。

そこで、『Eさん』が、

「どちらかで、お土産は、買われたのですか?
 佐賀と、長崎に行かれたんですよね。
 そちらでは、お買い求めにならなかった?」

と言われ、更に、

「先に、ぐるっと回ってみましょうか。
 ここには、かなりのお店が集まっていて、『ひよこ』などの有名菓子から、地元の和菓子もありますよ。」

と、お話をされていました。

それを聞いた『きゃさりん副長。』が、

「◯◯◯、有りますか?」

と、いきなり質問をしていました。

『Eさん』は、

「あぁ~、それは、有名ですね。
 多分、有りますよ。」

と言われ、それで、やっと、『きゃさりん副長。』の脚が、動き始めたのでした。

私は、その和菓子の名前は、すっかり、忘れてしまったのですが、何でも、

『お茶(茶道)の世界では有名』

とのことで、どうしても手に入れたかったそうなのです。

「何だぁ、自分へのお土産?」

と、言いましたら、

「良いじゃん!
 それに、自分だけじゃないから!
 お茶の仲間にも、持って行くんだから!」

と、少々、膨れていました。(^^;

『Eさん』は、その、『きゃさりん副長。』ご所望の、和菓子店に向かいながらも、陳列されているお土産について、色々と、説明をし続けてくれていました。

そして、私達が、お土産を渡す予定の人の、年代などを伝えますと、

「ならば、これなんか、良いかも知れませんね。」

と、とても丁寧にお答えくださっていました。

その、お言葉を聴きながら、

(『H氏』に失礼だけど、『Eさん』で良かった!)

と、私は、思わず、心の中で叫んでいたのでした。(^^;

私は、車椅子に座ったままでいたのと、

(お土産は、明太子ぐらいで良いや。)

と、思っていましたので、買い物は、『きゃさりん副長。』に任せていました。

すると、『きゃさりん副長。』は、『Eさん』に、幾度も幾度も、質問を浴びせていました。

ですが、『Eさん』は、一つ一つ、お応えくださり、とても有難く思いました。

(私だったら、こう言う買い物には、絶対に付き合えないなぁ。
 あんなに、優しく、丁寧に受け答えもできないし。)

と、その遣り取りの様子を観ながら、ただただ、感服するばかりでした。


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さて、買い物が、やっとのことで終わり、宅配の手続きも済み、そこで、『Eさん』が、

「少々、早いですが、お食事に行かれますか?
 何か、ご希望はありますか?」

と、聞かれてきたので、私達は、

「何でも構いません。」

と言うと、

「色々とお連れしても良いのですが。
 (時間的にお店が開くのが)まだ早いかなぁ。」

と、言われていたので、

「駅ビルの中にはありませんか?」

と、私が聞くと、

「博多の街へ、ご案内したいところなんですが、この(駅ビルの)中でも良いですか?」

と言うことで、駅ビル内を案内して頂きました。

そして、駅構内を、博多口方面に向かい、途中で、左側の店舗内に入って行きました。

「ここには、阪急(百貨店)が入っているんですよ。」

と、『Eさん』は、説明をし続けてくれながら、阪急百貨店側の、エレベーターホール前まで、私達を、連れて行ってくださいました。

そこで!

とっても驚いてしまったのですが、案内看板を、よくよく観てみると、阪急百貨店は、駅ビルに、寄り添ってあると言う感じでした。

駅ビルのメインは、東急ハンズであったり、ファッション、インテリア、雑貨、音楽、書籍、ホビー、カルチャー教室など、各階によって、そのテーマに分けられたお店が、とても数多く入っている様でした。

その上、映画館やホール、会議室まであり、何せ、10階建てで、屋上では、イベントも開催されていると言う、静岡県東部の片田舎では、とてもでは無いですが、駅ビルとしては、絶対的に考えられない、かなりの規模の、大型複合施設だったのでした。

そして、人の流れは、とても多く、エレベーターが、3か所ぐらいに、それぞれ、4基ぐらいはあったと思いました。

また、エレベーターの前には、人が列を成し、順番待ちにも、時間が掛かっていました。

私は、

(凄いなぁ。
 博多は、やっぱり、大都会なんだよぉ。
 それに、キャナルシティだってあるし!
 そう言えば、福岡市は、人口が、150万を超えてるんじゃなかったっけ?
 『若い世代と、世帯が多く、活気溢れる街』
とか、テレビで言っていた記憶がある。)

などと、エレベーターの、階数表示が移って行くのを、目で追いながら、思っていたのでした。

私と『きゃさりん副長。』は、完全に、『Eさん』に、お任せ状態で、最初に、レストランやカフェが入っている、9階に、連れて行って貰いました。

そこのフロアは、南北、2か所にあるエスカレーターと、中央エレベーターを中心にして、回廊の様になっていました。

そして、飲食店は、回廊を取り巻く様にして、並んでいました。

ですので、中央が拓けているので、とっても見通しが良く、どこのお店が営業中で、どこのお店が混んでいるのか、その様なことも、知ることができたと思いました。

『Eさん』は、私の車椅子を押しながら、

「さぁて、どこが良いでしょう。
 ここは、やっているけど、韓国料理。
 甘味処。
 お寿司屋は、まだやっていない。」

などと、それぞれのお店を、じっくりと、観てらっしゃいました。

そんな時に、『きゃさりん副長。』が、

「きゃぁ~!
 『利休』がある。
 こんな所にもあるのぉ。」

と、仙台で、寄ることができなかった、牛タン炭焼きのお店を見付け、一人、騒いでおりました。

ですが、幸いにも、お店は、大変混んでおり、博多で、仙台の牛タンを頂くことはありませんでしたぁ。(^^;

9階を、一周した段階で、

「ここは、若者向けの店が、多い様ですね。
 やっぱり、映画館があるからかなぁ。
 10階に行ってみます?」

と言うことで、私達は、10階に向かってみました。

10階も、9階と同じ様な造りになっていたと思いましたが、

(何かが違う!)

と、思いまして、よくよく観てみましたら、各店舗の大きさが、違っていた様でした。

多分、ですが、10階の店舗面積の方が、広かった様に思います。

これは、あくまでも、私の、車椅子目線の話です。

ですので、違っていたら、ごめんなさいです。(^^;


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10階には、もつ鍋・焼き鳥・串焼き・串揚げ・海鮮料理・博多ラーメン・沖縄料理・四川料理・ピザ・焼肉・ステーキ・黒豚・馬肉など、とてもバラエティーに富んだ、お店が軒を連ね、目移りするばかりでした。

そんな時に、またまた、『きゃさりん副長。』が、

「きゃぁ~!
 オイスターバーだってよ。
 やってるよ!」

と、これまた、騒ぎ出してしまいました。

それは、どうやら、糸島市で、牡蠣小屋だけを見せられて、牡蠣を食べられなかったので、衝動的に、言葉に出てしまったのだと思いました。(^^;

(あ゛~!
 食い物の恨みは恐ろしい!
 と言っても、牡蠣はなぁ。
 博多って、感じじゃないんだけどなぁ。)

と、私は、思っていました。

『きゃさりん副長。』が、オイスターバーを覗いている、その、超~、危ない時に、『Eさん』が、

「もつ鍋は、どうでしょう?」

と、直ぐ近くのお店を見付けてくださいました。

私は、

(この名物は、絶対的に、頂いておかないと、後で、とんでもない後悔をする!)

と思い、

「良いですねぇ~!」

と、即答でした。

そして、

「お酒を頂いちゃっても良いでしょうか?」

と、『Eさん』に、お伺いをすると、

「構わないですよ。
 どんどん、やっちゃってください。」

と、応えてくださいました。

実は、『Eさん』は、

「元々、下戸でして、ですが、お酒の席は嫌いではなく、お付き合いはできます。
 今日は、車で来ていますので、余計に飲めませんね。」

と、事前に、言われていたのでした。

お店は、夜の部のために、開店したばかりの様子で、どうやら、私達が、一番乗りの様でした。 Img_4694
お店の入り口の、直ぐ脇の席に案内され、そこで、もつ鍋のコースを、『Eさん』が、注文してくださいました。

「もつ鍋。
 良いよねぇ。
 ワクワクしちゃう!」

と、さっきまでの、オイスターバーへの拘りは、どこへやら。(^^; Img_4697
そして!

「お会いできて、とっても嬉しいです!
 かんぱぁ~い!」

と、何時の間にか、『きゃさりん副長。』が、仕切っていました。

(おんやぁ。
 この場面は、どこかで、観たことがあるぞう。)

と、私は、思っていたのですが、まぁ、毎度のことですから、

(そっとしておくのが一番!)

と、思っていました。(^^; Img_4699
『Eさん』とは、Facebookで、かなりの、情報交換を行なっていました。

また、お互いの悩みですとか、取り巻く人間関係などについても、意見の交換を行っていました。

と言うことで!

『Eさん』との話は、

・富士スカウトのこと
・富士スカウトを育てるには
・富士章を目標にさせたい

そのためには!

・隊指導者訓練が必要
・班長訓練が必要
・ボーイ隊の充実が欠かせない

などの話から始まり、お互いの、団や隊の状況なども話し合い、問題点を洗い出し、どの様に対処したいと考えているのか、など、様々な話しを続けていたのですが、

(これはもう、時間が、幾らあっても足りないなぁ。)

と、思っていましたら、『きゃさりん副長。』が、

「私は、女子スカウトが、富士スカウトになるまで、そのために、ここまで続けて来たんです!」

と、自分と、スカウティングとの関わり合いを、話し始めました。 Img_4700
『きゃさりん副長。』ですが、他県連盟の方と、お酒を酌み交わしながら、スカウティングの話をするのは、初めてだったと思いました。

ですので、とても熱っぽく、語っていたと思います。

『Eさん』は、それを、しっかりと受け止めてくださいまして、『きゃさりん副長。』の話を、一つ一つ、頷きながら、丁寧に聴いてくださっていました。

そして!

『きゃさりん副長。』の話が、ひと段落した時に、今度は、『Eさん』が、『Eさん』のその想いを、『きゃさりん副長。』に、話し始めてくれたのでした。 Img_4701
『きゃさりん副長。』も、『Eさん』の話を、夢中になって聴いていました。

私は、その二人の遣り取りを邪魔しちゃいけないと思い、私としては、とても珍しく、二人の話を、静かに聴いていました。 Img_4702_2
そんな時に、ふと、店内を見渡してみましたら、いつの間にか、お客で、超満員!

そして、トイレに行きたかったことを思い出し、『きゃさりん副長。』に、

「トイレに連れてって欲しい。」

と、お願いをし、『きゃさりん副長。』が、店員さんに、トイレの場所を尋ねたら、

「トイレは、共用で、店外にあります。」

とのこと。

『きゃさりん副長。』は、

「何で、もっと早く言わなかったのよぉ。
 お店の外なんでしょ。
 間に合わなかったら、洩らしたら、どうするのよぉ!」

と、慌てて、車椅子を組み立てていました。

(と、言われてもねぇ。
 二人の話を、邪魔しちゃいけないと思ってたんだけどなぁ。)(^^;

トイレは、フロアの中央付近にあり、多目的トイレも、きちんと整っており、とても綺麗でした。

そうして!

そのトイレの帰りに、

「この並んでいる人達は、なに?」

と、『きゃさりん副長。』が言い、その列の先頭を確かめてみると、そこは、何ともまぁ、私達が利用していた、もつ鍋屋さんだったのです!

「なにこれ?
 この人達が、みんな、待ってるのぉ!」

と、『きゃさりん副長。』と私は、とても驚いてしまい、慌てて、店内に戻りました。

(一体全体、何時間、ここにいるのだろう?
 それにしても、このお店は、ずっと居させてくれて、何と優しいのだろう。)

と、自分達の居座り時間と、お店の対応に、とっても驚いてしまっていたのでした。

『Eさん』との話は、お互いに、絶対的に、尽きないことは判っていましたので、

「そろそろ、切り上げましょうか。」

と、腰を上げることにしました。

だけどぉ!

つい、話に夢中になり過ぎて、最後の、締めのラーメンを、完食できず、残してしまったのは、とっても心残りでした。

とは言え、お腹は、満腹を超え、何も入らない状態でしたが。(^^;


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お店を出てから、お店の前で、並んでいる方々を観ながら、

「物凄い、行列ですね!」

と、『Eさん』に言うと、

「かなりの人気店みたいですね。
 それにしても、最初に入れて良かった。
 時間が、少しでもずれていたら、入れなかったかも知れませんね。」

とのこと。

私も『きゃさりん副長。』も、納得の一言でした。

(確かに、ラッキーだったよねぇ。
 一番最初に、お店に入れたんだもん。
 それで、あんなにも長く、お店に居れたんだもん。
 もつ鍋も、とっても美味しかったし!)

と、超~、大満足でありました。(*^-^*)/

『Eさん』は、駅ビルの1階まで、私達を案内してくださって、そこで、お別れをすることになりました。

とっても、名残惜しかったのですが、『Eさん』は、私達と会った後にも、所用があった様でして、その時間が押しているのにも拘わらず、私達に、付き合ってくれていた様です。

何ともまぁ、本当に有難いことでした。 Img_4704 それにしても!

今回の、『Eさん』との再会は、とっても有意義なことばかりでした。

特に、『きゃさりん副長。』にとりましては、貴重な経験だったと思います。

『Eさん』のお話は、きっと、とても新鮮だったと思いました。

また、傾聴や、受容、共感、と言った、カウンセリングマインドを、『Eさん』が、実践されていたお姿は、『きゃさりん副長。』にとっては、とても参考になったと思います。

それから、言葉遣い、言葉の選択、優しい眼差し、丁寧な受け答えなど、それらの態度も含めまして、『きゃさりん副長。』には、それが、『信頼に繋がる』と言う想いで、心に、遺ったと思います。

ですが!

私は、またまた、お世話になりっ放しでぇ。(^^;

『ベンチャー2000』の時の、ご恩も返せず、それに加えて、今回もまた、かなりのお世話になってしまいました。

面倒な、買い物に付き合ってくださいました。

とっても美味しい、もつ鍋を、目茶苦茶、腹一杯、ご馳走になってしまいました。

そして、とっても愉しい語らいの時。

私達のために、貴重なお時間を割いてくださったのが、本当に、有難かったと思います。

この場を借りまして、感謝申し上げます。

誠に、ありがとうございました。(^-^)/


『Eさん』と、別れたその後ですが!

私と『きゃさりん副長。』は、

「う゛~!
 うごけない~!
 おなか、いっぱい!
 でもぉ、とっても美味しかった。
 大満足~!」

と、ホテルのベッドの上で、同じことを、何度も、何度も、繰り返し、言い続けていたのでした。

そして!

とっても愉しかった、最終日の夜は、あっという間に更けてしまったのでした。(^^;



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(※注:参考 第5回日本ベンチャースカウト大会資料より)


     第5回日本ベンチャースカウト大会

       (ベンチャー2000)

          『未知への挑戦』

   ~ 21世紀へ飛び出せ! 高く広く遠く ~




     ~ ベンチャースカウト大会歌 ~


      『Do Venture! 心開いて』


刻みつけよう 心に深く 君と交わした 瞳の約束を
次に会う日が いつでどこでも 見逃さないさ その瞳の煌めき
繰り返し 朝が来ることの 素晴らしさ 気付いてるかい?
道はそれぞれ 夢も色々 大切に 抱いて行こう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて All the time  Be Pre-pared !
It’s just the word of B-P !


胸を激しく 揺する刺激は 新たな勇気 目覚めさせてくれる
悲しみ 怒り 喜び 不思議 すべて素直に 引き受けてみよう
手から手に 渡された愛が 世界地図 作るんだね
そなえよつねに 心開いて 伝え合い 求めあおう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて All the time  Be Pre-pared !
It’s just the word of B-P !
B.P.!  Ven-ture !




(※注:追記 私個人の感想です。)

この『歌』は、第6回日本ベンチャースカウト大会から、正式に、『ベンチャースカウト大会歌』として、採用されました。

ですが、私が、第6回日本ベンチャースカウト大会に、奉仕した時には、一回も聴くことはありませんでしたし、ましてや、歌うことなどは、全く、ありませんでした。

そして、第7回日本ベンチャースカウト大会は、開催中止。

『ベンチャースカウト大会歌』は、全く、聴かれなくなってしまいました。

何と言う、寂しいことでしょう。

ベンチャースカウト大会の代替の様な、富士特別野営も、山中野営場が無くなることにより、行われなくなるでしょう。

全国の、ベンチャースカウト達が、今後、一堂に会することはあるのでしょうか。

日本ベンチャースカウト大会は、ベンチャースカウト達の、貴重な交流の場であって、お互いにお互いを比較し合い、競い合うことも、ある意味、必要であると、覚悟を決めることができる場だったとも感じています。

『富士章』を、見たこともないスカウト達が、実際に、『富士章』を着用しているスカウトを、生で観ることができた場です。

そして、『富士章』に、憧れを持った。

本連盟の、バッジシステムの迷走は、いつまで続くのでしょうね。

まるで、堂々巡りで、年長隊の頃の進歩制度に、戻っている気がするのですが。

とっても、残念に感じています。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月 7日 (土)

『信念会!』(^-^)/

おはようございます!(^o^)/



【信念会!】\(^-^)/



「来ないねぇ~!」

と、『きゃさりん副長。』が、時計を気にしていました。

2年ほど前までは、『望年会』も、『信念会』も行ない、そのどちらかに、ローバースカウト達は、必ず、参加してくれてたのですがぁ。(^^;

「やっぱり、二十歳を超えちゃうと、みんな、来なくなっちゃうのかなぁ。」

と、意気消沈気味のところに、

「すみません!
 制服が見付かりませんでした!」

と、ローバー君が、登場してくれました。 Img_4944
すると、

「Tも、Kも、Mも、みんな、元旦に、(下宿先に)帰っちゃったみたいですよぉ。」

とのこと。 P1110671
やはり、生活の拠点が、大学の周辺になっていると、大学での友人達との交流の方が、愉しいのかも知れませんねぇ。

まぁ、仕方がありません。(^^; P1110672
とりあえず、近況報告と、教育規定の改正などの話をし、柿田川公園の案内地図と、リーフレットの折り込み奉仕作業を行いました。 P1110674
そして、恒例の会食へ! Img_4956
ちなみにですが、今回、参加してくれたローバー君は、最近、実家が新築され、自分の荷物が、何処かに行ってしまったとのこと。

これもまぁ、ご家庭の事情ですし、仕方が無いのかなぁ。

それにしても、何とか、ローバー達を集めて、制服を着させねば!

今年の、大きな課題になりそうです。(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年11月30日 (水)

『国営だったのぉ~!』(^^;

※決して、パソコンの不調の腹癒せではありませんが、何しろ、4回も、投稿が消えてしまいましたので、かなりの長文となっています。

ご注意とご了解をお願いいたします。(^^;


(# 九州―16)


おはようございます!(^o^)/


【国営だったのぉ~!】(^^;


(※注:平成28年5月5日(木・祭)の記憶です。)


さてさて、『吉野ヶ里歴史公園』に入った途端に、16年前の記憶が、どどどどぉ~と、蘇ってしまいました。

それを少々。(^^;

『第5回ベンチャースカウト大会(高校生年代の全国大会)
(略称:5NV)
(通称:ベンチャー2000)』

は、2000年(平成12年)7月29日(土)~ 8月5日(土)の間、

・主会場を、11NJが行われた、大分県の久住高原

・活動基地を、沖縄:1 福岡:4 大分:3 宮崎:4 佐賀:5 長崎:3 熊本:3 鹿児島:5

に、それぞれ置き、過去に例をみない、とても壮大なスケールで、全国から、スカウト、指導者、奉仕員、およそ、4,500名が集まり開催されました。

開会式には、秋篠宮殿下、秋篠宮妃紀子様のご臨席を賜り、それはそれは、大いに盛り上がり、盛大に挙行されたとのことです。

ですが、私は、活動基地にいましたので、その様子を観ることができずに、とっても残念でしたが。(^^;

スカウト達の参加形態としては、日程を半分に分け、

・前半を主会場で過ごした者は、後半は活動基地で

・前半を活動基地で過ごした者は、後半は主会場で

それぞれ、活動を行なうと言う様に、入れ替わる形を取りました。

ただ、8月1日(火)だけは、スカウト達全員が、主会場に集結し、大集会を行いました。

主会場でも、活動基地でも、それぞれ、地域性のある独特のプログラムが展開され、スカウト達は、全国の仲間達と交流を深めつつ、若さを爆発させながら、プログラムを存分に愉しみ、夏を満喫したのでした。(^-^)/

しかしながら、台風の影響で、沖縄、屋久島等は、かなり苦労したと聞き及んでいます。

私は、当初、主会場での奉仕予定でしたが、『K先輩』や、同期生の『K氏』が、勤務していた付近に設けられた、佐賀県の『吉野ヶ里活動基地』に、どうしても行きたく、懇願に懇願を重ね、お願いし続けたところ、

「お前のことだから、まぁ、何を言っても、言うことは聞かんだろう!」

と言うことで、お許しを得られたのでありました。

本当は、いけないんですけれどもねぇ。(^^;

しかしながら、参加確定までは、はっきり言って、何処の基地に配置されるかは、全く判りませんでした。

と言うのも、奉仕者は、大会の前日に入場し、大会後に退場します。

私達は、それを、『前泊』と『後発』と呼んでいますが、それは、スカウト達の入場受付の準備、そして、スカウト達を見送った後、会場の後片付けがあるためです。

と言うことで、奉仕者の参加期間は、この大会の時には、10日間と、長期間に亘っていました。

そんなにも、10日間も仕事を休めば!

「(会社に)帰ってきたら机が無かった!」

「(会社が)倒産していた!」

まぁ、とっても悪い冗談なのですが、でも、普通に、10日間も休むことができる人は、ます、滅多にはおりません。

やっとのことで、休みを取ることができた人は、人数的に、そう多くは無かったはずです。

ですので、九州、沖縄の皆さんは、日々の時間を遣り繰りして、『時間帯を限っての奉仕』や、『早朝奉仕』・『夜間奉仕』など、相当、苦労をされていた様でした。

本当に、大変だったと思います。

今でも、そのご尽力には、『感謝!』の言葉しかありません。

私は、佐賀県は、決定していたのですが、佐賀県の活動基地は、

(順不同)
・波戸岬基地
・唐津基地
・有田基地
・鹿島基地
・吉野ヶ里基地

と、5つの活動基地がありました。

そのため、それらの基地に対しての、人員配置が、とっても難航していた様でした。

結局のところ、参加スカウトの受け入れ人数が、一番多い、と言うことで、私の経験と経歴を踏まえて頂き、『吉野ヶ里基地』に、招かれると言う形になったのですが、希望通りに配置されなかった奉仕員の方も、数多くいたと聞いています。

本当に、私は、ラッキーだったと、今でも思っています。(^^;

さて、前置きが長くなってしまいましたが、その後の、『ベンチャースカウト大会』に付いてです。

第6回ベンチャースカウト大会は、関東一円で開催されたのですが、第7回ベンチャースカウト大会は、新型インフルエンザの蔓延が危惧され、開催中止となってしまいました。

その後は、全国レベルでの大会は行われていません。

本当に、残念なことだと思います。(T_T;)


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さてさて、本題に戻んなきゃ!

と言いつつ、過去の話を、もう少々。(^^;

『吉野ヶ里歴史公園』ですが、公園の中央に、県道が、東西に通っていまして、南北に分かれる様な形になっています。

とは言っても、県道の一部は、トンネルになっていて、南北の行き来は可能です。

私達は、まず、『南内郭』(王や支配者層が住んでいた場所)に入って行ったのですが、そこが、『ベンチャー2000』の時の、活動場所だったと言うことは、直ぐに解りました。

ただ、16年前に、私達が、この地を訪れた時は、『南内郭』の東北側に、県道から、マイクロバスで、そのまま、乗り付けた様な記憶があります。

当時の写真を探してみたのですが、フロッピーディスクに取り込んでいまして、結局、見付けることができませんでしたぁ。(^^;

それで、その時は、鉄条網やトタン板で、周囲が囲まれており、入場券売り場も、お土産屋さんも、軽食屋さんも、警備員の詰所も、みんなみんな、プレハブ小屋でした。

発掘調査は、其処此処で、まだまだ続けられており、公開されていた部分は、ほんの僅かだったのだと思います。

そして、県道の北側では、巨大な建物を、クレーンなどを使って建設中で、それが、何なのかは、解ってはいませんでした。

今回、それが、『祭殿』だと判り、私は、

(早く観てみたい!)

と、ワクワク状態になっていました。

『K先輩』に、その様な話をしていましたら、

「それじゃぁ、行こか!
 ご要望の場所に連れてってやるよ。」

と、車椅子をグイグイと押して、私達は、『北内郭』に、向かったのでありました。 Img_4429
路は、すっかり綺麗に整備されていて、その昔の、埃だらけの状態とは、大きく異なっていました。

お陰で、車椅子は、快調に走ることができました。 Img_4431
途中、ゾーンの案内表示板や、建造物の案内看板が多数あり、その表示文字も大きく、解り易く、

(こりゃぁ、凄げえなぁ。
 かなり整備されている。)

と、思いつつ、私だけでしたが、キョロキョロとし続けていました。 Img_4432
そうして、『北内郭』(まつりごとの場所)の入り口に着いた時に、『K先輩』が、

「お゛っ、お前ぇ~!
 お゛っ、重過ぎぃ~!
 持ち上がらないじゃんかよ!」

と、悲痛な叫びを上げていました。(^^; Img_4433
『北内郭』ですが、周囲は、隙間無く、分厚い板壁で囲まれており、また、門には、扉もありました。

そうして、入り口は、鍵形に折れ曲がっており、その通路を、車椅子を押して通って行くのは、とても大変な様でした。

『K先輩』は、門を通過するたびに、車椅子を後向きにし、ふぅふぅ言いながら、『北内郭』の中まで連れて行ってくれたのでありました。

私はと言うと、ただ、ニコニコしていただけでしたがぁ。(^^;

その様子を観ていた『きゃさりん副長。』は、

「私だったら、絶対に押さない!
 (車椅子から)降りて、歩いて!
 って、言う!
 それか、置いてく!」

と、仰っておりました。(^^; Img_4434
さて、『北内郭』に入りまして、一番最初に、目に飛び込んできたのは、やはり、『祭殿』でした。

(でけぇ~!
 凄んごいなぁ!)

私達、『静岡県人』にしましたら、『弥生時代』と言うのは、『登呂遺跡』ぐらいしか知りません。

せいぜい、『竪穴式住居』や『高床式倉庫』、そして、水田ぐらいしか、思い浮かびません。

それが!

とても、同時代の建造物とは、思えませんでした。

造りは、2層の3階建てであり、現代の、神社仏閣にも、引けを取らないと思いました。

『祭殿』は、中を見学することができると言うので、私は、到底、無理でしたので、また、『K先輩』は、何度も観ているとのことで、『きゃさりん副長。』一人で、観に行って貰いました。 Img_4436 Img_4437
私は、どんな感じなのかなと、ワクワクして待っていたのですが、

「あのね。
 人形が、一杯並んでるの。
 何だか、箱根の関所みたい。(失礼!(^^;)
それでね。
2階は、少しは、(『祭殿』の外が)見えたの。
だけど、3階は、戸が閉まってて、暗くて、外なんて見えなかった。
あんまり、面白くなかった!」

とのこと。(^^; Img_4439 Img_4440
それを聞いていた『K先輩』が、

「『祭殿』だからね。
 神聖な場所だから、外部と遮断することも必要なのだろうね。
 それと、斎事には、『火』は欠かせないだろうから、暗くする必要もあったんだろうね。」

と、まるで、今観て来た様な話をし、それを聞いていた『きゃさりん副長。』は、妙~に、納得していたのでありました。(^^; Img_4443 Img_4444 それから、『北内郭』内にある、『斎堂』、『竪穴式住居』や『物見櫓』、『高床住居』などを観て回り、ぐるっと一周して、『祭殿』まで戻って来たところ、まるで、弥生時代の服装ではないかと思ったのですが、その衣装を、身にまとった、男性が立っていました。 Img_4445
私が、『K先輩』に、その男性について聞いてみると、

「あぁ~、ガイドやろ。
 ここ(『吉野ヶ里歴史公園』)には、ボランティアで、沢山のガイドがおるんよ。
 色々な(建造物等)所におったり、一緒に(説明しながら)回ったりしてくれんのよ。
 無料よ。
 (ボランティアガイドは)結構、人気があるんだよ。
 (ボランティアガイドに)なりたい人も多くってさ。」

とのことでした。

それで、私が、ガイドの人に、興味津々だったのが解った様で、そのガイドさんのところまで、連れて行ってくれました。

そして、

「ここに来たのは、16年振りなんです。
 16年前に、ボーイスカウトの高校生年代の全国大会があって、その時以来なんです。」

と言うと、

「16年前ですか。
 と言うと、開園前ですね。」

と、思い掛けない言葉が返ってきました。

(あんれぇ~?
 開園前?
 当時は、観光客の人なんかもいたのになぁ。)

と、私は、怪訝な表情をしていたと思うのですが、それを感じたのかどうなのかは解りませんでしたが、

「ご存知かも知れませんが、ここは、佐賀県の工業団地になるはずでした。
それが、昭和61年から、本格的な発掘調査が行われたんです。
そうしましたら、ここは、国内でも、弥生時代の最大規模の、環壕集落であることが確認されたんです。
それで、『邪馬台国』とか、『卑弥呼』とかで、一挙に、全国の注目を浴びてしまって、工業団地にはならなかったんです。
平成4年ですね。
『国営吉野ヶ里歴史公園』として、整備することが閣議決定されたんです。
あと、この公園の周辺に、佐賀県の公園も設けて、国と佐賀県が、一体となって、平成13年4月21日に、一部開園したんです。
ですので、16年前と言うと、平成12年でしょ。
私が、(ここに)来る、1年前ってことかなぁ。」

と言うことでした。

私は、驚きに驚いてしまったのですが、とにかく、

(ここは、国営公園なのぉ~!)

と、思わず、車椅子から落ちてしまいそうになるほど、びっくらこいてしまったのでした。(※方言です。(^^;)

『K先輩』は、私に、

「さっき、(『南内郭』で)観たやろ。
 西の方。
 一段、下がった所に、広場があったろ。
 あそこなんかは、後から、かなり整備されたところなんよ。
 子供が遊べる遊具とかあってさ。
 グラウンドゴルフとか、ディスクゴルフなんかもできるんよ。
 あと、バーベキュー(野外炊事)とかもできる。
 (食材は)持込だけど、無料だから、みんな、あっち(西のエリア)に行くんだよ。
 こっち(東口)からも、園内バスがあるから、行けないことはないけど、西口があるから、みんな、そっちから入るんよ。」

とのこと。

それを聞いていた、弥生人風の男性は、

「よくご存じですね。
 地元の方ですか。」

と聞き、

「そうです。
 すぐ傍です。」

と、『K先輩』は答えていました。

私は、

(あんれまぁ!
 『ベンチャー2000』の時は、確か、佐賀県の教育委員会の方達が、対応してくれたよな。
 講義なんかも、してくれたけど、佐賀県が、全部、対応してくれていた。
 まさかねぇ。
 国営公園になっているなんて!
 ところで、国営公園って何?
 国立でも国定でもない。
 ん゛~?)

そんなことを思っていましたら、何時の間にか、その男性と、『K先輩』が、話し込んでいました。

その話しに耳を澄ましていましたら、『K先輩』が、

「確かに、ここの開園は、平成13年でしたね。
 盛大に、セレモニーをやっていた様な覚えがあります。
 ただその前は、『吉野ヶ里遺跡』として公開していましたよね。」

と。

そして、

「国営公園と言うのは、営造物公園なんですよ。
 つまり、自然では無くて、作られたものなんです。
 全国では、18か所あって、1か所だけ、開園されてなかったのかな。
 ここ(『国営吉野ヶ里歴史公園』)は、まだまだ、これからなんですよ。
 北側の整備が、これからなんです。
 全園開園は、まだ先の話です。」

と、弥生人風の男性が話していました。

私は、

(へぇ~!
 ガイドって、凄んげぇ~!
 こんなにも知識があるの。
 とんでもないや。)

などと思っていたのですが、その男性と分かれた後、『K先輩』に聞くと、

「違うやろ。
 あれは、職員やろ。
 ガイドは、ここ(『国営吉野ヶ里歴史公園』)の成り立ちなんて、あまりよく知らんと思うよ。
 多分だけど、県(の職員)じゃなくて、国の方じゃないのかなぁ。」

私が、

「それって、国家公務員ってことなんですか?」

と聞くと、

「判らんけど、多分、そうやろ。」

と言うことでした。

そうして、

「国ってことは、何処の管轄なんですかねぇ。」

と聞いてみたら、

「どこだろね。
 文化庁とか、文科省とか。
 解らん。」

と言うことでしたので、後から調べてみましたら、

・国は、国土交通省

・佐賀県は、土整備部 都市計画課

と言うことでした。

ん゛~!

重要文化財でもある訳ですが、それが、公園となると、管轄が、土木的な趣になってしまう。

何だか、しっくりと来ないものですねぇ。(^^;

ところで!

『きゃさりん副長。』はと言うと、

「だってぇ!
 (話が)内容が解んないし、濃そうな話だったし、つまんないんだもん。
 疲れちゃったしさ。
 もう、何処かで休みたいよ。」

と、かなりの辟易状態であった様でした。

ごめんなさいね。(^^;


(つづく・・・。)


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年8月 1日 (月)

『「超丁寧」の記憶!』(^-^)/

(# 九州ー04)

おはようございます!(^o^)/

【『超丁寧』の記憶!】(^-^)/

(※注:写真は、平成28年5月3日(火・祝)のものです。)

名古屋駅で、『こだま』から降りる際に気が付いたのですが、『おしぼり』が2本、テーブルの上に置かれていました。

『きゃさりん副長。』に聞いてみましたら、
「それさぁ、(乗車してから)随分と時間が経った後に、持って来たんだよ。
 眠たかったから、そのまま置いといた。」
とのこと。 Img_4212
(へぇ~!
 そうなんだ!)

と、思いつつも、

(持ってくるのが、随分と、遅いんじゃないのかなぁ。
 でもまぁ、『こだま』だし、遅いし、寝ていたし、まぁ良いっかぁ。)

と思っていました。 Img_4213
名古屋駅では、『のぞみ』に乗り換え。

その前に、駅員さんに『行程表』を渡し、帰りの介助のお願いをしておきました。
すると、
「三島駅から連絡が来ています。
 大丈夫ですので、ご安心ください。
 好い旅をどうぞ!」
とのこと。

(流石に凄いなぁ~!)

と、感心しきりでした。(^-^)/

さて、乗り換えた、その『のぞみ』は、新大阪駅が終着なので、これまた、寝てても大丈夫かなと思っていました。
『きゃさりん副長。』の眼は、相変わらず、ぼわぁ~っとしているし、私も、何だか、とっても眠たかったです。(^^;

そんなところに、またまた、『おしぼり』のサービスが! Img_4214
(んぎゃ!
 これで、『おしぼり』が、4本になっちゃったじゃん!
 特に使わないのに、何だかなぁ。)

まぁ、グリーン車は、そう言うシステムになっているのでしょうから、
「ここは、有難く頂いておきましょう。」
と、『きゃさりん副長。』のお言葉。
結局のところ、特に使わないし、仮に使ってしまうと、ゴミになってしまうし、
(何だか、無駄の様な気がするし、こう言うのが、積もり積もって、多くのゴミの元になっちゃうんじゃないのかなぁ。
 まぁ、別の機会に、何かに役立てれば良いのだろう。)
と、思いつつも、自分自身を納得させていたのでありました。(^^; Img_4215
『のぞみ』ですが、名古屋駅から新大阪駅までは、何と、50分!

寝る間も無く、あっという間に到着してしまいました。
睡眠を貪ろうとしていた、私達二人には、とても残念な時間となってしまいましたが、
(流石は、『のぞみ!』)
と、二人で、妙な納得をしておりました。(^^;


さてさて、前置きが長くなりましたが、これからが本題です。


新大阪駅での、駅員さんのご対応です。
記憶が、かなり曖昧になりつつありますが、思い出せる範疇で書き述べてみたいと思います。

駅員さんですが、コテコテの関西弁と言う感じだったのですが、実際には関西弁ではなく、イントネーションが、関西弁調と言う感じで、言葉は、とても丁寧で、聴き取り易かったのです。

「大変、お疲れ様でございました。
 お疲れになられていませんか?
 私は、JR西日本の◯◯と申します。
 これから、ご案内、させていただきます。
 よろしく、お願い申し上げます。
 三島駅からの連絡では、これから、当駅(新大阪駅)、10時28分発、『みずほ615号』にご乗車と言うことですが、それに間違いはございませんか。
 ご乗車は、6号車で、座席番号は、15番のA・Bで、それも間違いはございませんか?」

と、私は尋ねられましたので、前もって用意をしておいた『行程表』を渡しましたら、

「あっ、あぁ~、誠に、ありがとうございます。
 わざわざご用意頂いて、感謝します。」

とのこと。

その時、『きゃさりん副長。』の様子を観てみましたら、随分と呆気に取られた表情をしておりました。
そして、駅員さんの、とても丁寧で、その慇懃な態度に、怪訝な表情も示していました。

駅員さんは、私の車椅子を押しながら、

「こちらで、ございます。
 列車(九州新幹線)は、もう、入線しております。
 お座席の方は、列車の、一番、うしろで、ございます。
 そちらまで、ご案内させて頂きます。」

と言いながら、私の車椅子を運び込んでくれました。

「私の、ご案内は、ここまででございます。
 何せ、ここ(『みずほ』の車中)は、JR九州でございます。
 ここで、交代とさせて頂きます。
 なお、別に、(JR九州の車掌さんから)ご案内があると思いますが、『みずほ』は、熊本駅まで、しか行っておりません。
 その、先は、『さくら』として運行しております。
 また、余震の影響で、ダイヤの乱れが、発生する、かもしれません。
 その、際には、ご容赦を、お願い申し上げます。
 お客様は、博多駅までと、お聞きしております。
 博多駅までなら、(今現在は)時間の遅れはなく、約2時間半で、ご到着でございます。
 (JR西日本を)ご利用ありがとうございます。
 良い旅をどうぞ!
 失礼、させて頂きます。」 Img_4218 (※実際には、新大阪駅から博多駅までの、山陽新幹線の区間は、JR西日本であり、JR九州ではありません。
 この時は、熊本地震後のこともあり、勤務状況が、何か違っていたのかも知れません。
 上記に関しては、詳しくは、全く解りませんので、私の記憶の範疇でと言うことで、また、間違って記憶している場合もありますので、ご承知、ご容赦頂きたいと存じます。)


さてさて、九州新幹線(※ここはまだ、山陽新幹線区間)の『みずほ』に乗り込んだ私達ですが、『きゃさりん副長。』が、いきなり、

「ねぇねぇ、あの(新大阪駅の)駅員さん、物凄く丁寧だったよね!
 言葉を選んでいるって言うか、とにかく、物凄く丁寧だったよね。
 みんな、ああ言う話し方をするのかなぁ。
 なんて言うか、逆に丁寧過ぎるって言うか、驚いちゃった!
 だってさ!
 『秘密のケンミンSHOW』なんかじゃさ。
 道案内をする時には、
『だぁ~って行って、右にグンと曲がって、がぁ~っと行って、左にひょいと曲がって、すぐそこや!』
 なんて、言ってるじゃん!
 あの駅員さんは、全然違うじゃん!
 驚いちゃった!
 それにさ、東海道新幹線とか、東北新幹線の係りの人と、全然違うじゃん!
 関西(新大阪駅)って、何か不思議!」 Img_4219

私は!
と言いますと、『きゃさりん副長。』のその言葉を聞きながら、実は、10年前の3月のことを想い出していました。

10年前の、2006年3月の、春分の日を含んだ連休のこと。
私は、『豊中市立青少年自然の家』で行われた、所員会議に向かっていました。

また、その前年の、2005年(平成17年)4月25日に、あの『福知山線脱線事故』が起きていました。

私は、
(どうせ(『豊中市立青少年自然の家』まで)行くなら、福知山線に乗り、電車の車内からだけど、哀悼の意を表し、黙祷を捧げたい。)
と、考えていました。

『豊中市立青少年自然の家』までは、大阪駅(梅田)から、阪急電車~能瀬電鉄~阪急バスを使用して行く様に案内が来ていて、夕刻までに到着すれば良かったのですが、私は、自宅を出る時間を早めて、新幹線の三島駅始発の『こだま』に乗って、新大阪駅に向かったのでありました。

その時の私は、とっても変な自信を持っていました。
と言うのも、私は、その昔、と言っても、19歳の頃です。
もう、40年近くも前の話です。(^^;

『陸上自衛隊 航空学校』にいた頃に、大阪市内には、『近鉄(近畿日本鉄道)』で、『難波』や『梅田』に遊びに出たことがありました。
その時の、本当に微かな記憶を辿り、10年前の3月に、
(大丈夫だ!
 土地勘は、少しはある。
 何とかなるだろう。)
ぐらいの気持ちで出掛けたのですが、そりゃぁ、30年も経ってしまえば、様相は、全く異なっている訳です。

新大阪駅に降り立った私は、一瞬にして、頭の中が空っぽになり、本当に、真っ白になってしまいました。(>_<)!

(どうやって、福知山線に乗ったら良いのだろう。
 乗り継ぎは、どうしたら良いんだ?)

迷いに迷った挙句、私は、お土産物屋さんの開店準備をしていた、お姉様に声掛けをしてみました。

すると!

「ちょっと待ってて!
 地図持ってくるから!」

と、意外にも、直ぐに対応をしてくれたのです。

そして、そのお姉様とお話をしていたら、隣のお店のお姉様、そして、近くのお店のお姉様と、3人もの人が集まって来てくれたのですが、
「こっちの方がええやろ。」
「いや、それじゃ面倒!」
「こっちの手もある。」
等々、『三人寄れば文殊の知恵』ではないですが、様々な移動案を提示してくださいました。

その上、どちらのお店のご主人か判りませんでしたが、最後に、その方が移動方法をまとめてくださり、とても丁寧に説明してくださり、メモも作成してくださいました。

時間的には、30分位だったでしょうか。
開店準備の慌ただしい時に、そんなにも時間を割いてくださって、本当に良かったのでしょうか。(^^;

また、途中の駅でも、確か、『川西市』だったと思いましたが、そこでも、懇切丁寧に、ご説明をしてくださった方がいたことを覚えています。


10年前のこと。
例え、時間が掛かろうとも、懇切丁寧に説明をする。
その、関西の皆様の、心優しい姿。
その姿を、私は体感していたのでした。
それを、今回も、体感させて頂いた。
また、想い出させて頂いた。
(果たして、私には、こんなにも手厚い説明や対応ができるのであろうか!)
そんなことを、『みずほ』の車中で想い出していたのでありました。(^-^)/ Img_4221

そこへ、『きゃさりん副長。』のお言葉が!

「ねぇねぇ!
 (グリーン車が)半分しかないよ!
 それに、(『みずほ』は)8車両だよ。
 (『のぞみ』・『ひかり』・『こだま』の)16車両の半分だから、グリーン車も半分なのかなぁ。
 向こう(車両半分)は、普通の2人掛けみたいなんだけど、でも、良い椅子なの。
 だったら、グリーン車でなくても良かったんじゃない。」

と、捲し立てていましたが、その
『グリーン車が半分』
と言うのが、この後、かなりの驚きと、苦労と、衝撃を呼んでしまうことになります。(^^; Img_4222

(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月15日 (水)

『言葉が届かない?』(>_<)!

(# 010)

おはようございます!(^o^)/

【言葉が届かない?】(>_<)!

(※注:新聞記事は、平成28年3月31日(木)のものです。)


1990年代、当町内に、まだ、5個団が存在していた頃の話しです。

新聞社への取材依頼や、町広報係への広報協力依頼、町広報紙への掲載依頼など、その5個団が、バラバラに依頼をしていました。
そのため、取材日程のバッティング、取材内容の重複、取材の追加依頼、取材内容の変更依頼など、そりゃもう、かなりの目茶苦茶な状況でありました。(^^;

それを見兼ねました、当時の『社会教育課(現:生涯学習課)』の係長だった、中学校時代の先輩が、
「(取材依頼を)統一できないの?
 まとめられない?
 一つの系統にしてくれると、混乱が起きなくて、面倒が無くて良いんだけどさぁ。」
と、私に相談を持ち掛けてまいりました。

しかしながら、私が動く訳にもいかず、5個団の団委員長の皆様にお話をしていたところ、突如として、5個団統合の話しが持ち上がり、結果的には、バラバラだった取材依頼等は、自然に一系統となってしまったのでありました。(^^;

また、その当時の係長からは、
「新聞社にはさぁ、こちらから(取材依頼等を)しても良いよ。」
との提案もありました。

よくよく話を聞いてみますと、
・新聞記者が、月曜日には、必ず(町役場に)立ち寄る。
・新聞社と、町広報係とは、かなりの連携がある。
・取材内容にもよるが、新聞に掲載して貰うだけでなく、町広報誌にも掲載したい時がある。
などなど、新聞記事と、町広報誌の内容の整合性も図りたい考えもあった様でした。

そこで、その先輩のご配慮のお陰で、今現在は、取材依頼等については、
『団 ⇔ 生涯学習課 ⇔ 町広報係 ⇔ 新聞社』
と言う、系統を取っています。

一見すると、時間が掛かりそうで、また、厄介そうで、面倒臭そうですが、これがなかなかのものでありまして、慣れてしまって、機能しだしますと、とても楽なのです。
また、町に於いては、人事異動があっても、その申し送りは、きちんと為されてる様でして、とっても有難く思っています。(^-^)/ Photo
さて、年代は、2000年代に入ります。

2008年頃までだったでしょうか。
新聞社の記者さんは、女性の方でした。
2~3年は、お付き合いをして頂いたと思います。
取材内容は細かく、かなり、微に入り細に入り、質問をしてくださったことを覚えています。
ボーイスカウト運動に対しての理解も深くなり、面白がって、私や『きゃさりん副長。』、そして、スカウト達の話しを、よく聴いてくださいました。
何でも、その記者さんの、小学校、中学校時代には、
「クラスには、2~3人のボーイスカウトがいた。
 一体全体、何をしているのだろうと、とても興味があったが、その頃は、話を聞いても、何も解らなかった。
 今は、話を聞いて解かるし、理解ができ、納得ができ、話しが面白いし、(小学校、中学校時代のもやもやが晴れて)嬉しい。」
と、その様なことを述べられていたと思いました。


そして、2013年頃までは、今度は、男性の記者さんでした。
こちらの方も、小学校、中学校時代には、クラスにボーイスカウトがいたと言われていました。
「何となく、(何をやっていたか)解かるんだけど、半袖・半ズボンから(ユニフォームが)変わってしまったので、違和感がある。
 キャンプや、(緑の)募金が、(活動の)主体であったと認識していた。
 その自分の記憶と違って、(富士章や進歩制度を知って)とても驚いている。
 プロジェクト(報告書)なんて、大学の卒論みたい!」
と言う様なことを言われ、スカウト達の話しを、熱心に、興味深く、一つ一つ、きちんとしっかり聴かれ、取材が、30分以上に及んだこともありました。(^^;


そうして、ここ2~3年の、近年に至る訳ですが、突如として、状況は一変します。

記者さんが、かなり若返ったと言うこともあるのでしょうが、今回の、女子スカウトの『町長表敬訪問』の際には、

「ボーイスカウトというものが、あるのは知っている。
 奉仕や、アウトドアをする団体だと認識している。
 (小学校や、中学校時代は)ボーイスカウトは見たことが無い。
 (当然)学校や地域、近所には、(ボースカウトは)誰もいなかった。
 (富士章の)資料を頂いたが、あまりよく理解できない。
 (ユニフォームは)初めて近くで見た。
 (制服と言うと)何となく、軍隊っぽい。」

などなど、こちらとしましては、ある程度の予想はしていたものの、驚きの連続となってしまった、お話を頂戴しました。(>_<)!


ん゛~!

やっぱり!

そうなんだろうなぁ~!


私と『きゃさりん副長。』は、これは、
「どげんかせんといかん!」
と、思いまして、

・「青少年のための、世界的教育運動」
・「年代に応じた5つの部門(隊)がある」
・「3つの「ちかい」と、8つの「おきて」の日々の実践」
・「(ビーバースカウトからの)進歩制度」
・「班制教育」
・「野外(戸外)を教場とする」
・「教育の4本の柱」
・「シンボルの活用」

など、とりあえず、私が作成した資料を提示しながら、説明を試みてみました。


しかしながら!


記者さんにとりましては、とてもではないですが、頭の中に浸透して行く様な、言葉では無かったのだと思います。
まぁ、新聞紙面の都合もあったのだと思いますが、やはり、
『(富士章は)奉仕活動で地域に貢献したことが認められた。』
と言うところに、落とし所を持って行かれた様でした。 Photo_2
私と『きゃさりん副長。』は、その新聞記事を読みながら、新聞記者さんだけではなく、今現在の社会には、私達の概念的なものは通じないと思い、

・「ボーイスカウト講習会で、使用する様な言葉は通用しないので、別の言葉を探す。」
・「奉仕団体と言う概念は、拭い去れない。」
・「ならば、奉仕について、もっともっと魅力が発生する様な、派手(?)な奉仕の、より具体的な内容を提示する。」
・「奉仕の貢献度について、年数など、具体的に数値で示す。」
・「奉仕の評価について、町などから助言を貰う。」
・「アウトドア団体と言うのであれば、探検旅行の内容など、ワクワク、ドキドキするものを提示する。」
・「スカウト達が参加したジャンボリーなど、大きな大会の、愉しかった思い出話や、ハプニングなどの内容を提示する。」
・「特技など、スカウト自身の、身に付いた知識や技能など、より具体的に、スカウト達に話して貰う。」
・「スカウト達の技能が、どの様に役立っているのか、また、役立つのかを伝える。」
・「仲間(班員や、先輩、後輩など)との交流の愉しさを、スカウト達に話して貰う。」
・「全国、全世界のスカウト達との交流(NJ、WSJ、JOTA/JOTIなど)の醍醐味を、スカウト達に話して貰う。」

などなど、多くのことを話し合いました。

また、その話には、先輩富士スカウト達にも加わって貰い、
『社会の皆様に、私達の運動(活動)を理解して貰うためには、また、話しを受け入れて貰うためには、どの様な言葉を使用したら良いのか?』
と言うテーマを掲げ、今も、話し合いは、続行中であります。(^^;


結局のところ

「ボーイスカウトは、奉仕団体ではない!
 ボーイスカウトは、アウトクラブ団体ではない!
 ボーイスカウトは、必ずボランティアをする訳ではない!」

と言う様な言葉は、全く響かず、届かず、聴き入れては貰えないと言うことなのでしょう。

ならば、最早、それを逆手に取って、「奉仕」と「アウトドア」で売り出した方が早いのかも知れませんね。(^^;


『言葉よ! 届けぇ~!』(^o^)/


私と『きゃさりん副長。』の『悶々』は、まだまだ、続いていたのでありました。(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく。)(^^;

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2016年6月 7日 (火)

『休まれては如何?』(^^;

(# 02)

おはようございます!(^o^)/

【休まれては如何?】(^^;

(※注:写真は、昭和62年(1987年)4月29日(水・祝)
        平成20年(2008年)11月8日(土)
        平成20年(2008年)11月9日(日)
                       のものです。)
 
お正月が明けて、2年に一度ですが、とても愉しみにしていたことがありました。
それは、県コミッショナーとの面談でした。

平成28年の本年は、その2年に一度の愉しみが回って来る年でありました。
しかしながら、本年は、その面談は行われず、県コミッショナーとは、面談の代わりに、メールでの遣り取りと言うことになりまして、とっても残念に思いました。
そして、その内容は、
「休まれては如何?」
と言うことでした。(^^;
私は、昭和60年(1985年)に、ボーイ課程の研修所を修了し、同62年に、ボーイ課程の実修所(第2教程)に参加させて頂きました。
同年11月には、ウッドビーズの伝達を受け、翌年の昭和63年3月には、県連盟トレーニングチームメンバー養成課程に参加させて頂き、同年4月からは、指導者講習会・研修所・非定型訓練(当時はそう呼んでいました。)等に、奉仕をさせて頂くことになりました。 0002
私自身は、研修所・実修所を修了したと言うだけで、まだまだ、右も左も全く判らないと言う、単なる若造に過ぎませんでした。
ところが、当時は、研修所は、春(5月)と秋(9月or10月)の2回開催され、裏方を担当する、本部員や奉仕員が、全くと言っていいほど、不足していました。
私は、同じ地区内(旧駿東地区)の、『U氏』に誘われると共に、会社の様子を伺いつつ、できる限りの範囲で、本部員として、研修所に奉仕をしていました。

そこで、『U氏』から、
「(研修所の)所員になりたくないか?
 とにかく、(本部員として)下積み5年だからな!
 それも、続けて、毎年だからな!
 俺も頑張るから、お前も頑張れよ!」
と、言われ続けていました。

その後、『U氏』が、研修所の所員として奉仕をされ始めた頃に、今度は、
「いいか!
 次は、所員として、最低5年だからな!
 それも、連続してだからな!
 年が空いたり、途切れたりしたら、もう一度、やり直しだからな!」
と、言われ始めました。

私は、何が何だか、さっぱり解からずにいたのですが、その後、
・(故)『三輪 悦爾』県コミッショナー
・(故)『原口 芳彦』県コミッショナー
・   『杉山 博通』県コミッショナー
・(故)『中村 昌春』県コミッショナー
に、お仕えする内に、その『U氏』の言葉の意味が、段々と判る様になったのでありました。

私と、年齢が、丁度、3回りも上の、(故)『原口 芳彦』県コミッショナーからは、
「研修所だけでは、足りないから、ジャンボリー等の奉仕も頼むよ。」
と言われ、10NJには、名指しで、7SCシニアー奉仕隊静岡第1隊の隊長に任命され、伊豆大島で開催された、第2回ローバーシンポジウムの広報班長として、派遣されたりもしました。

『杉山 博通』県コミッショナーからは、
「長泉地区の平出君!
 (実際は、駿東地区なのですが、どう言う訳か、そう呼ばれ続けられていました。(^^;)
 (地区)コミッショナーなんだから、早いとこ(コミッショナー)実修所に行っておいでよ。」
と言われ、これまた、何が何だかわからない内に、参加させて頂きました。

(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「何だ?
 行って(参加して)いない?
 何やってんだ!
 早く行って来い!」
と言われ、平成11年(1999年)10月に、那須に向かったのでありました。
県連トレーニングチームメンバーとして、11年が経過していましたが、『U氏』に言われ続けた『合算の10年間』は、気が付けば、満たしていたと言う訳でした。

那須に到着し、コースが始まって、2日後のことでした。
コースディレクターは、愛知連盟の(故)『伊籐 智是』日本連盟ディレクター(当時)でしたが、それが、突然、『鈴木 節子』同副ディレクター(当時)に交代することとなりました。
『鈴木 節子』氏は、当県連盟の重鎮中の重鎮であり、
「平出さん。
 (静岡県)連盟の代表なんだから、しっかりと学習して帰ってね!」
と、お言葉を掛けて頂いたのですが、その瞳の奥底からは、今まで味わったことの無い様な、重たい重たい光が、放たれていたのでありました。
ちなみに、女性のコースディレクターは、日本連盟としては、初であり、また、その時の奉仕を持って、『鈴木 節子』氏は、最後の奉仕とし、勇退の花道を飾ったのでありました。

翌年(2000年)3月に委嘱を受けまして、それから、今までの16年間、様々な課程で、また形で、奉仕をさせて頂きました。
しかしながら、脳出血を発症した翌月には、大阪市での実修所の奉仕が控えていた時でして、当時の所長以下、所員の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けしてしまって、言葉もありません!(>_<)!
誠に申し訳ございませんでした。
実際のところ、実働は、6年間と言っても良いかと思います。
脳出血を発症後の10年間は、指導者講習会と個別支援だけの奉仕となりました。

それでも、
・『小笠原 四郎』県コミッショナー
・『滝嶋 三郎』県コミッショナー
・『戸田 正明』県コミッショナー
は、私の身体を気遣いながらも、10年もの間、面談をし続けてくれたのでありました。

しかしながら、(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「奉仕ができなくなったら、潔く辞めるだに!
 だらだらしていたって、仕方が無いだに!
 次の人財に、席を空けるだに!
 おらだって、(県コミッショナー)の立場上、休む(休務)だに!」
と言われていました。 Img_4769
更には、私が師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、
「年を取ると、(奉仕をする)居場所が無くなるだに。
 定型訓練の奉仕は、難しくなるだに。
 入り込む隙間は、無くなるだに。」
と言われ、正確な年数は判りませんが、私が倒れる少し前でしたから、平成16年(2004年)頃だったでしょうか。
自ら、休務の道を選択されました。
また、その後、登録自体も辞められてしまいました。 Img_4693
※ここで、余談を少々。(^^;
(故)『原口 芳彦』様は、私より、3回り上の方です。
   『鈴木 節子』様は、私より、2回り上の方です。
(故)『中島 繁光』様は、私より、1回り上の方です。
要は、干支が、皆さん、『猪突猛進』と言うことです。(^^;

何れにしても、よくもまぁ、揃ったもんだと思いました。
また、皆様、私のことを気に掛けて、とても良く、可愛がってくださいました。
その様なご縁は、なかなか得られるものでは無いと思っております。

また、歴代の県コミッショナーを始めとしまして、数え切れないほどの、多くの皆様に、ご指導、ご鞭撻、また、多くのご支援と、ご協力、励ましの言葉など、勇気づけられることを頂戴いたしました。
改めまして、衷心より感謝申し上げます。 Img_2206
日本連盟からの、委嘱の条件は、
「定型訓練への奉仕」
と言うことでした。
しかしながら、私は、この2年間で、その要件を満たすことはできませんでした。

平成28年を迎えた段階で、(故)『中村 昌春』氏、そして、(故)『中島 繁光』氏の言葉を思い出しつつ、私は、
(もうそろそろ、良いんじゃないのかなぁ。
 『きゃさりん副長。』は、ウッドバッチャーになってくれたし、ローバー達も、研修所に参加してくれたし。)
と、考え始めていたのでありました。

また、師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、今の私と同じぐらいの歳に、休務を申し出ていました。
それで、とっても、短絡的ではありますが、
(ならば、私も!)
と、正月早々に、そう、決意することに至ったのでありました。

『きゃさりん副長。』は、
「まぁ、もう良いんじゃない。
 お休み! お休み!
 他の愉しみを考えたら。」
と、いつものお気楽さを発揮してくれて、私の心をなだめてくれたのでありました。

『潮時』と言う言葉は、本来は、
『適当な時機。好機。ちょうどいい時期。』
など、良い意味で使われるのですが、今回は、本来の意味では無い、
『ものごとの終わり。』
と言う意味で、使ってみたいと思います。

私も、『潮時』を迎えたのだと!(^^;

とっても寂しくもあり、正月早々に、『ものごとの終わり』を迎えるのには、とっても抵抗がありました。
また、自分自身に言い聞かせ、自分の心をなだめるのには、『無理』と言う言葉が付き纏いました。
しかしながら、『潮時』なのです。
皆さん、その時は、必ず迎えているのです。
そう考えるしか無く、またまた、『悶々とした平成28年』を、迎えてしまったのでありました。


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく)(^^;

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2011年4月10日 (日)

『何で、1回だけ?』(>_<)! (今現在)

昨夜の、団の会議で決まった事である。

本日、東日本大震災の、義援金の募金活動を行うと言う。

それはいい。

募金活動は、行っても構わないし、全く問題は無い。

むしろ、遅過ぎるぐらいである。

私達の団は、本当に腰が重い。

堪らないぐらいに、腰が重い。

動かない。

動こうとしない。

それに、一番最初には、必ず文句が出て来る。

一体全体、何故なのであろうか?

本当に、心苦しい。

とにかく、募金活動を行う事は決まったのである。

だけれども、その方法に多くの疑問を抱いてしまう。

たったの1日、1回しか行わないと言う。

それに、その時間は、2時間弱だと言う。

果たして、それが募金活動と言えるのであろうか?

それを、奉仕活動と呼ぶ事ができるのであろうか?

本当に、被災して苦しんでいる人達を、心の底から援けてあげたいと言う気持ちが、スカウト達に芽生えて来るのであろうか?

甚だ、疑問である。

まぁ、やらないよりは増し、と言ったところであろうか。

それにしても、団委員会は、何も考えてはいないのだろう。

それに、各隊の指導者達も、何も考えていないのだと感じてしまう。

ビーバースカウトならば、拘束時間が長過ぎてしまうと、体力的にも精神力的にもへこたれてしまう。

従って、団が提示をした、1日のみ、2時間程度でも構わないと思う。

だけれども、カブ隊やボーイ隊は、全く性質が違うのである。

それを、ビーバー隊と、ごちゃ混ぜにしてしまうのは、愚の骨頂である。

カブ隊の、活動の最小単位は、『デン(組)』である。

そして、ボーイ隊は、『パトロール(班)』である。

スカウティングでは、その最小単位を有効に生かす事で、『班制教育』が行える事になる。

また、そのシステムを生かさなければ、スカウティングとはならないのである。

今回の募金は、いきなりの、トップダウンの号令で決められた。

しかしながら、それは、とっても歓迎ができない行為である。

確かに、緊急性を帯びているならば、止むを得ない場合もある。

だけれども、今回の場合は、絶対的に長期戦である。

緑の羽根共同募金の様に、募金の期間が決められているものではない!

その事を考えると、義援金の募金行為は、全く性質が違ったものになって来るはずである。

そこで、疑問が、出て来てしまうのである。

スカウト達に、何も考えさせないのか?

何も、話し合いをさせないのか?

彼等に、自分達自身の手で、募金方法や、期間や期日、場所などを決めさせないのか?

それらの事に付いては、デンやパトロールで行えば好い。

そして、その場で、震災の事や防災の事も、併せて、みんなで考えてみる事ができる。

また、自分達で決めた事であるから、行動も起こし易い。

それが、スカウティングにおける、自発活動であり、奉仕活動であり、心から想う、募金活動に繋がると、私は考えている。

それを、団は!

全くもう、本当にどうしようもない!

また、それに同調をしてしまうボーイ隊長などは、本当に、阿呆の固まりか!

確かに、今現在は、スカウトの数が少ない。

デンやパトロールの形成もし辛い。

だからと言って、半強制的に、また、義務感があるからの様にして、募金活動を行わせて好いものなのか?

それも、一過性のものである。

私は、絶対的に反対である。

カブ隊には、カブ隊の姿で。

ボーイ隊にはボーイ隊の姿で。

それぞれに、それぞれの姿で、行って欲しいと思った。

例えば、である。

募金活動の場所を、2箇所に展開したとする。

午前中に、カブ隊が、2箇所に展開をする。

午後からは、それをボーイ隊が引き継ぐ。

その後は、部活から帰って来たベンチャースカウト達に引き継がせる。

そうすると、1日中、募金活動が展開できる。

また、とりあえず9月までは、第1日曜日は、募金活動を行おうと決めたとする。

そうなれば、一過性のものではなくて、継続性を持ったものともなる。

でもまぁ、スカウト達が、その様に決めてくれたらならばの話ではあるが。

とにかく、団委員会は、とりあえず、募金活動を行ってしまえば、それで体裁が整うとでも考えたのであろう。

行ったと言う、既成事実が欲しいのかも知れない。

だけれども、そんなのは、スカウティングの募金活動ではない!

全くの、出鱈目であって、金集めに、スカウト達を酷使するだけである。

本当に、情けない!

どうして、こんなにも、考えが浅はかで、いい加減になってしまったのだろう。

だが、その団委員会を説き伏せる事ができない私も、本当に情けない!

私の話を、聴き入れてくれる様にできない自分が本当に情けない!

悔しいなぁ。

本当に、悔しい!

自分に腹立たしい!

自分自身に、徳が無いのだろうなぁ。

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2010年12月13日 (月)

(報#2) 『ありゃまぁ!』(^^; (今現在)

『きゃさりん副長。』が、奉仕実績訓練の、報告書作成の準備を始めていました。

Img_0985

今回は、報告書作成の方針を決定する予定でした。

報告書ですが、一応、提出期限が決められていました。

ですので、そこから逆算をしまして、何時頃までに、何を終わらせるのかなどについて話し合う予定でした。

そして、報告書のスタイルも、ある程度、決めてしまいたいと思っていました。

そんな時にです。

スカウトハウスの扉が開きまして、誰かが入って来ました。

私と『きゃさりん副長。』は、二人とも、目を合わせまして、

『おやっ?』

っと、思ってしまいました。

今日は、誰も来ないはず!(^^;

Img_0986

ですが、そこに現れたのは、女子スカウトでありました。(^^;

私も『きゃさりん副長。』も、かなり驚いてしまいました。

と言うのも、スカウト達からは、誰からも出席の連絡が無かったからでした。

とにかく今日は、スカウトは誰も来ない。

私と『きゃさりん副長。』は、そう信じ込んでしまっていたのでありました。

そこに、女子スカウトの登場であったので、とても驚いてしまったのでありました。(^^;

Img_0987

『きゃさりん副長。』でありますが、何だか、出鼻を挫かれてしまったようでして、とってもガックリ来ていました。(>_<)!

それでも、一応、

『ユウキ! おはよう! 今日は連絡が無かったけど、大丈夫だったの?』

と、気丈に振舞っていましたのは、『きゃさりん副長。』だからこそ、為せる業だったと思いました。(^^;

『きゃさりん副長。』って、本当に、優しいやつなんだよなぁ。(^-^)/

Img_0990

とは言っても、『きゃさりん副長。』の心の中は、大荒れに荒れていたと思いました。

それは、『きゃさりん副長。』の表情を観てみれば、一目瞭然でありました。(^^;

と言うのも、『きゃさりん副長。』に、いつもの快活さと、明るい笑顔が全く観られないからでありました。

『きゃさりん副長。』ですが、私に対しましては、しばしば膨れっ面をする事がありますが、スカウトに対しましては、まず、その様な表情をするは無かったと思いました。

ひょっとして、今回が、全くの初めてだったのかも知れませんでした。

Img_0992

ところで、女子スカウトでありますが、プロジェクト報告書の作成にやって来たのでした。

部活動が、やたらと忙しくって、おまけに、宿題が山ほど出されてしまって、かなりの間、スカウトハウスから遠退いていたのでした。

女子スカウトもまた、『きゃさりん副長。』と同様に、焦っていた事には間違いは無かったと思いました。

だからこそ、わざわざスカウトハウスまでやって来たのだと思いました。

さぁてそこで、本当に困ってしまったのが、『きゃさりん副長。』でありました。

私からは、常々、

『全ては、スカウトの為に! スカウトが、最優先!』

と言われてしまっていましたから、女子スカウトの支援にあたらない訳には行きませんでした。

『きゃさりん副長。』でありますが、到々、奉仕実績訓練の報告書作成を諦めた様でありました。(^^;

Img_0998

今回の女子スカウトの作業は、報告書に添付するための写真選びの様でした。

但し、その写真が、どの写真が適切で、また、きちんとしたストーリーになるのかが、掴めなかった様でした。

そこで、『きゃさりん副長。』に、相談にやって来たと言う事の様でした。

『きゃさりん副長。』ですが、彼女は、気持ちを切り替えるのが、とっても速い人間です。

と言うか、その反面、とっても飽きっぽいところもあります。

諦めが早いと言うのか、粘りが無いと言うのか。(^^;

何れにしろ、まぁ、この日は、奉仕実績訓練の報告書の作成は行わないと決めてしまった様でありました。(^^;

Img_1000

その証拠に、自分の資料ファイルは、とっとと片付けてしまっていました。

女の一念とでも言うのでしょうかねぇ。(^^;

『きゃさりん副長。』の特質として、こうと決めてしまったならば、その考えを覆す事はまずできません。

ですので、今回は、実修所に参加をしてくれたのだと思いました。

そして、奉仕実績訓練の報告書を書き上げてしまいたかったのだと思いました。

しかしながら、この日は、残念ながら、諦めざるを得ないようでした。

ところで、この日の『きゃさりん副長。』ですが、終始、厳しい表情は変わりませんでした。(>_<)!

憶測で、物事を述べてしまってはいけませんが、本当に、心中穏やかでは無かったのでしょうねぇ。

自分の予定を、邪魔されてしまったと言うのでしょうか。

それとも、自分の時間が割かれてしまったのが、悔しかったのか。

日頃、感情を表に、それも顕に出す方ではないのですが、本当に、厳しい顔付きだったと思いました。

と言う事は、それだけ、奉仕実績訓練の報告書の重圧があったのだと思いました。

やっぱり、報告書を書き上げるまでには、相当な苦難の道程があるのだなぁと、しみじみと思った次第でありました。(^^;

(つづく・・・。)

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2010年12月11日 (土)

(Ca#49 終) 『清々しく、終了~』(^o^)/ (今現在)

さてさて、『1泊訓練キャンプ』の閉会式が終わり、そして、記章授与式のセレモニーも、無事に終わったと言うのに、そこで終わらないのが、スカウティングの難点の一つでもあります。(^^;

ここで、行っておかなければならないのが、『評価・反省』であります。

確かに、閉会式では、隊長の私が『講評』を述べます。

ですがそれは、一方的な見解でありまして、スカウト自身や、『きゃさりん副長。』達の考えではありません。

ですので、個々に『評価・反省』を行う必要がある訳です。

Img_1662

ただここで、『スカウティングの難点』と申しましたのは、スカウティングの初心者と申しましょうか、『評価・反省』に慣れていない方々は、どうしてもそれを避けてしまいます。

そして、物事を、有耶無耶の内に終わらせてしまおうとしてしまいます。

そこで、『評価・反省』を求めますと、どうしても嫌がってしまいます。

そうなりますと、大体、3つのパターンに分かれてしまうと思います。

まず、一つ目は、『評価・反省』を受け入れようとしてくれる人。

その様な方々は、特に問題はありません。

二つ目のパターンは、

『面倒臭い! どうして、そんな事をやらなきゃならないの!』

と、言い放って、この運動(スカウティング・スカウト運動)から、離れて行ってしまう人々です。

このパターンは、とても多いです。

大事な、人財を失う事になってしまうので、とっても残念な事であります。

ですが、『評価・反省』を受け入れる事ができないのですから、いつかはスカウティングから、離れて行ってしまう事になります。

ですので、言い方はとっても悪いですが、早目に離れられたと言う事で、然程、大きな影響は出て来ません。

最も困ってしまうのが、三つ目のパターンであります。

これは、本当に、厄介です。(>_<)!

そして、スカウティングの衰退の元凶となり、疫病神ともなります。

それは、『評価・反省』を捻じ曲げてしまう人々です。

その方々は、自分独自の、とてもスカウティングとは呼べない様なおかしな方法を、編み出して実行してしまいます。

そして、『反省』と言う名を借りて、スカウトや他の指導者を攻め立ててしまいます。

おっと、もう一つありました。(^^;

何も行わないで、知らん振りをすると言う人々でした。

その様な方々には、本当に手を焼いてしまいます。

おまけに、その様な方々に限って、スカウティングの世界に居座ってしまうんですねぇ。(^^;

本当に、参ってしまいます!(>_<)!

スカウティングの基本は、『PLAN』 ~ 『PROGRAM』 ~ 『DO』 ~ 『SEE』、のスパイラルサイクルです。

そこで、一番最後の、けじめを付けなければならない大事なものが抜けてしまっては、次の企画も何もあったものではありません。

おまけに、プログラムを遣りっ放しの状態にして、放置をしてしまいます。

ですので、スカウト達の進歩や成長、そして、指導者達自身の成長も見られない訳です。

と言う事は、スカウティングと言う皮を被った、単なるレジャークラブと言う事になってしまいます。

この事が、本当に多いのですね。

本当に、多すぎます!

私の団でも、皆さんが、『評価・反省』を行いません。

ですので、単なるレジャークラブと化し、どんどんと衰退の一途を辿っています。

本当に、情けなく思ってしまいます!(>_<)!

とは言え、『評価・反省』を正しく理解し、それを何度も繰り返していますと、苦にも何もなりません。

むしろ、次の『企画』への期待感や、個人のニーズが沢山出て来まして、面白くもあります。

と言う事で、本当の最後の最後に、『評価・反省』を行った訳でした。(^-^)/

Img_1663

今回は、それぞれに、『目的』と『目標』がありました。

と言うか、活動には、必ず、『目的』と『目標』があります。

ただ今回は、活動全体として、また、プログラム全体としては、『目的』と『目標』は用意をしませんでした。

みんなでの、『1泊訓練キャンプ』であったのですが、今回は、個人個人に『目的』と『目標』を持って貰いました。

まず、『タケ』ちゃんと『ショウイチ』君でありますが、彼等には、

『指導者としての役割を知り、役務を果たす。』

と言う、目標を持って貰いました。

そして、

『指導者として自己研鑽を行い、経験を積み上げ、指導者として自立を目指す。』

ために、今回のキャンプに参加をして貰いました。

Img_1665

『ショウイチ』君でありますが、

『今回は、何となく、終わってしまいましたぁ。インストラクターと言っても、名前ばかりの様な気がしまして、指導もろくにできなかった様な気がしました。でも、スカウト達が、技能章を取る事ができて、良かったと思います。』

と、簡単ではありますが、その様に述べておりました。

今回は、研修所修了後、本当に初めての、スカウト達への奉仕でありました。

隊指導者としてのノウハウなどは、全く持ち合わせてはいませんでした。

ですがまぁ、初めての奉仕と言う事で、とにかく、指導者としてのスタートを切る事ができたのです。

私にしましたら、それだけでも充分でありました。

今回は、参加をしてみて、それで指導者側の立場から、スカウト達を看て貰う。

それが経験できれば、私はそれで好いと思っていました。

ベンチャースカウト達ですが、彼等には、

『富士章を取得する。』

と言う、大きな目的があります。

そのために、

『技能章の、野営管理章と環境衛生章を取得する。』

と言う、目標を持って貰いました。

Img_1666

ベンチャー君と女子スカウトですが、ここまで、『評価・反省』は、かなり繰り返し行って来ていました。

そこで、二人に尋ねてみますと、

『目標は、達成できた!』

と、問題なく、評価の言葉が返って来ました。(^-^)/

ただ、そこからですが、彼等は、5W3Hに従って、反省の部分を話してくれました。

特に、強調をして言っていたのが、

『時間不足!』

と言う事でありました。

彼等の話では、

『丸二日間は、欲しい。』

と、述べていました。

私は、やっぱりなぁと思いながら、彼等の話を聴いていました。

そして、

『スキル不足!』

とも言っていました。

また、

『できたら、事前に技能訓練をやっておきたかった。』

とも、話してくれました。

ベンチャー達の話でありますが、今までは、『良かった。悪かった。』、程度の話しかできませんでしたが、ここに来まして、具体的な数字が出て来たり、反省に基づく解決案なども述べてくれる様になりまして、かなり成長をして来たなぁと、ちょっと、悦びを隠せませんでした。(^^;

さて、問題は、『きゃさりん副長。』でありました。

彼女は、

『実修所の、奉仕実績訓練の総仕上げとする。』

と言う事を、目標に置いていました。

Img_1667

その中には、

・『ちかい』と『おきて』の実践を、スカウト達にどの様に指導をするのか。

・隊集会の運営を、円滑に行う。

・安全管理と、安全教育を理解する。

・スカウト達の特性を知り、コミュニケーション技能を向上させる。

・スカウト技能の、スキルアップ

などが含まれていました。

それらの事に付いてですが、自己評価だけでは、到底、間に合うものではありません。

また、当然ながら、スカウト達から、評価を貰うと言う訳には行かなかった訳ですね。(^^;

そこで、『きゃさりん副長。』は、まず、自分なりの評価と反省を述べる事にした様でした。

そうして、その事についての、スカウト達の反応を聞いてみる事にしたようでありました。

『きゃさりん副長。』ですが、スカウト達の話を聞きながら、ひたすら、メモを取り捲っていました。

それを、何とかまとめるつもりだった様です。

でもまぁ、指導者としての『評価・反省』は、とっても大変なものです。

ただ単に、言葉の羅列では、まず許されるものではありません。

ある結果が出たとして、それがどの様な経過を辿って、どの様な要因によって為し得たのかを、分析しなければなりません。

また、評価に際して、評価基準というものを、自分なりに設定をしなければなりません。

その上、反省点が出て来たならば、その原因探求を行い、より具体的な対策案も出さなければなりませんでした。

この事は、本当に大変で、報告書の作成は、相当な苦労があるだろうと、私は心の中で、密かに思っていたのでありました。(^^;

Img_1668

さて、殿りでありますが、『タケ』ちゃんが控えておりました。

彼は、今回は、ベンチャー隊のインストラクターの他に、ベンチャー隊の議長代行と言う役務も負っていました。

実は、今現在、ベンチャー隊には、議長はいません。

ベンチャー君と女子スカウトですが、決して、仲が悪いと言う訳では無いのですが、どうにもやり辛いようです。(^^;

どちらかが、イニシアチブを取ってくれれば良いのですが、同級生と言う事と、二人とも、とてもおとなしいのです。

そして、異性と言う事もあるのでしょうか。

結局は、ベンチャー隊議長不在のまま、ここまで活動を進めて来てしまいました。

と言う事で、仕方がありませんでしたので、『タケ』ちゃんに、議長とはどの様なものかと言う例示も兼ねて、議長代行を務めて貰った訳でした。

そこで、『タケ』ちゃんには、ベンチャー隊インストラクターとして、また、ベンチャー隊議長代行として、評価と反省を述べて貰いました。

ですが、『タケ』ちゃん自身も、とっても話し辛かった様でした。(^^;

『タケ』ちゃんの話しによりますと、

『根本的に、人数が少ない。そのために、ダイナミックな活動ができない。まずは、人(スカウト)を集める事が、先なんじゃないですか。』

と言い、そして、

『人数が少ないために、競う事も無くって、スカウト技能(スカウティングスキル)も、伸びて来ないんじゃないんですか。』

と、述べていました。

この話には、流石に、胸にグサッと、刺されるものがありました。

本当に本当の、本質を突かれてしまった様でありまして、正しく、その通りだと思わされてしまいました。

流石に、清水町第1団を代表する、富士スカウトであります。

『タケ』ちゃんの、その話で、全ての『評価・反省』が、まとめられた様な気が致しました。

さて、いよいよ、解散の時刻がやって参りました。

最後の解散の指示は、当然、議長代行の役務です。

ただ、私達のベンチャー隊には、二通りの言い方があります。

それは、『解散!』と『帰さん!』、です。(^^;

隊集会が終わった後に、一緒に食事を摂ったりする時には、『帰さん!』と言います。

そうして、何も無しに、すんなりと解散をする時は、勿論、『解散!』です。

さて今回は、どちらの言葉が飛び出して来るのか?

『タケ』ちゃんの、最後の言葉は、『解散!』でありました!(^o^)/

スカウト達でありますが、私と『きゃさりん副長。』をスカウトハウスに残しまして、み~んな、そそくさと、帰途についてしまったのでありました。(^^;

『1泊訓練キャンプ』。

私が思うには、成功裡に終わったキャンプだったと思いました。

そして、それぞれが、それぞれに、目標を達成できたキャンプだったと思いました。(^o^)/

ただ、『きゃさりん副長。』の、奉仕実績訓練の報告書の作成が、しっかりと、待っていた訳ですが。(^^;

(『1泊訓練キャンプ!』)

(おしまい!)

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