カテゴリー「ウッドバッジ実修所」の168件の記事

2017年4月 1日 (土)

『本日は!(その2)』

おはようございます。



【本日は!(その2)】



『原点回帰の日。』



31名いた仲間も、15名までになってしまいました。 Img_2206
ですが、自衛官退官後の、私の原点は、ここにあると思っています。 0002
故人となってしまった仲間を偲びつつ、初心に帰りたいと思います。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ。

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『本日は!(その1)』

おはようございます。



【本日は!(その1)】



『祈りの日。』



本日は、一方的にですが、私が、『師』と仰いでいた方の命日です。 Img_4769
心静かに、祈りを捧げつつ、過ごしたいと思います。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ。

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2016年8月 1日 (月)

『「超丁寧」の記憶!』(^-^)/

(# 九州ー04)

おはようございます!(^o^)/

【『超丁寧』の記憶!】(^-^)/

(※注:写真は、平成28年5月3日(火・祝)のものです。)

名古屋駅で、『こだま』から降りる際に気が付いたのですが、『おしぼり』が2本、テーブルの上に置かれていました。

『きゃさりん副長。』に聞いてみましたら、
「それさぁ、(乗車してから)随分と時間が経った後に、持って来たんだよ。
 眠たかったから、そのまま置いといた。」
とのこと。 Img_4212
(へぇ~!
 そうなんだ!)

と、思いつつも、

(持ってくるのが、随分と、遅いんじゃないのかなぁ。
 でもまぁ、『こだま』だし、遅いし、寝ていたし、まぁ良いっかぁ。)

と思っていました。 Img_4213
名古屋駅では、『のぞみ』に乗り換え。

その前に、駅員さんに『行程表』を渡し、帰りの介助のお願いをしておきました。
すると、
「三島駅から連絡が来ています。
 大丈夫ですので、ご安心ください。
 好い旅をどうぞ!」
とのこと。

(流石に凄いなぁ~!)

と、感心しきりでした。(^-^)/

さて、乗り換えた、その『のぞみ』は、新大阪駅が終着なので、これまた、寝てても大丈夫かなと思っていました。
『きゃさりん副長。』の眼は、相変わらず、ぼわぁ~っとしているし、私も、何だか、とっても眠たかったです。(^^;

そんなところに、またまた、『おしぼり』のサービスが! Img_4214
(んぎゃ!
 これで、『おしぼり』が、4本になっちゃったじゃん!
 特に使わないのに、何だかなぁ。)

まぁ、グリーン車は、そう言うシステムになっているのでしょうから、
「ここは、有難く頂いておきましょう。」
と、『きゃさりん副長。』のお言葉。
結局のところ、特に使わないし、仮に使ってしまうと、ゴミになってしまうし、
(何だか、無駄の様な気がするし、こう言うのが、積もり積もって、多くのゴミの元になっちゃうんじゃないのかなぁ。
 まぁ、別の機会に、何かに役立てれば良いのだろう。)
と、思いつつも、自分自身を納得させていたのでありました。(^^; Img_4215
『のぞみ』ですが、名古屋駅から新大阪駅までは、何と、50分!

寝る間も無く、あっという間に到着してしまいました。
睡眠を貪ろうとしていた、私達二人には、とても残念な時間となってしまいましたが、
(流石は、『のぞみ!』)
と、二人で、妙な納得をしておりました。(^^;


さてさて、前置きが長くなりましたが、これからが本題です。


新大阪駅での、駅員さんのご対応です。
記憶が、かなり曖昧になりつつありますが、思い出せる範疇で書き述べてみたいと思います。

駅員さんですが、コテコテの関西弁と言う感じだったのですが、実際には関西弁ではなく、イントネーションが、関西弁調と言う感じで、言葉は、とても丁寧で、聴き取り易かったのです。

「大変、お疲れ様でございました。
 お疲れになられていませんか?
 私は、JR西日本の◯◯と申します。
 これから、ご案内、させていただきます。
 よろしく、お願い申し上げます。
 三島駅からの連絡では、これから、当駅(新大阪駅)、10時28分発、『みずほ615号』にご乗車と言うことですが、それに間違いはございませんか。
 ご乗車は、6号車で、座席番号は、15番のA・Bで、それも間違いはございませんか?」

と、私は尋ねられましたので、前もって用意をしておいた『行程表』を渡しましたら、

「あっ、あぁ~、誠に、ありがとうございます。
 わざわざご用意頂いて、感謝します。」

とのこと。

その時、『きゃさりん副長。』の様子を観てみましたら、随分と呆気に取られた表情をしておりました。
そして、駅員さんの、とても丁寧で、その慇懃な態度に、怪訝な表情も示していました。

駅員さんは、私の車椅子を押しながら、

「こちらで、ございます。
 列車(九州新幹線)は、もう、入線しております。
 お座席の方は、列車の、一番、うしろで、ございます。
 そちらまで、ご案内させて頂きます。」

と言いながら、私の車椅子を運び込んでくれました。

「私の、ご案内は、ここまででございます。
 何せ、ここ(『みずほ』の車中)は、JR九州でございます。
 ここで、交代とさせて頂きます。
 なお、別に、(JR九州の車掌さんから)ご案内があると思いますが、『みずほ』は、熊本駅まで、しか行っておりません。
 その、先は、『さくら』として運行しております。
 また、余震の影響で、ダイヤの乱れが、発生する、かもしれません。
 その、際には、ご容赦を、お願い申し上げます。
 お客様は、博多駅までと、お聞きしております。
 博多駅までなら、(今現在は)時間の遅れはなく、約2時間半で、ご到着でございます。
 (JR西日本を)ご利用ありがとうございます。
 良い旅をどうぞ!
 失礼、させて頂きます。」 Img_4218 (※実際には、新大阪駅から博多駅までの、山陽新幹線の区間は、JR西日本であり、JR九州ではありません。
 この時は、熊本地震後のこともあり、勤務状況が、何か違っていたのかも知れません。
 上記に関しては、詳しくは、全く解りませんので、私の記憶の範疇でと言うことで、また、間違って記憶している場合もありますので、ご承知、ご容赦頂きたいと存じます。)


さてさて、九州新幹線(※ここはまだ、山陽新幹線区間)の『みずほ』に乗り込んだ私達ですが、『きゃさりん副長。』が、いきなり、

「ねぇねぇ、あの(新大阪駅の)駅員さん、物凄く丁寧だったよね!
 言葉を選んでいるって言うか、とにかく、物凄く丁寧だったよね。
 みんな、ああ言う話し方をするのかなぁ。
 なんて言うか、逆に丁寧過ぎるって言うか、驚いちゃった!
 だってさ!
 『秘密のケンミンSHOW』なんかじゃさ。
 道案内をする時には、
『だぁ~って行って、右にグンと曲がって、がぁ~っと行って、左にひょいと曲がって、すぐそこや!』
 なんて、言ってるじゃん!
 あの駅員さんは、全然違うじゃん!
 驚いちゃった!
 それにさ、東海道新幹線とか、東北新幹線の係りの人と、全然違うじゃん!
 関西(新大阪駅)って、何か不思議!」 Img_4219

私は!
と言いますと、『きゃさりん副長。』のその言葉を聞きながら、実は、10年前の3月のことを想い出していました。

10年前の、2006年3月の、春分の日を含んだ連休のこと。
私は、『豊中市立青少年自然の家』で行われた、所員会議に向かっていました。

また、その前年の、2005年(平成17年)4月25日に、あの『福知山線脱線事故』が起きていました。

私は、
(どうせ(『豊中市立青少年自然の家』まで)行くなら、福知山線に乗り、電車の車内からだけど、哀悼の意を表し、黙祷を捧げたい。)
と、考えていました。

『豊中市立青少年自然の家』までは、大阪駅(梅田)から、阪急電車~能瀬電鉄~阪急バスを使用して行く様に案内が来ていて、夕刻までに到着すれば良かったのですが、私は、自宅を出る時間を早めて、新幹線の三島駅始発の『こだま』に乗って、新大阪駅に向かったのでありました。

その時の私は、とっても変な自信を持っていました。
と言うのも、私は、その昔、と言っても、19歳の頃です。
もう、40年近くも前の話です。(^^;

『陸上自衛隊 航空学校』にいた頃に、大阪市内には、『近鉄(近畿日本鉄道)』で、『難波』や『梅田』に遊びに出たことがありました。
その時の、本当に微かな記憶を辿り、10年前の3月に、
(大丈夫だ!
 土地勘は、少しはある。
 何とかなるだろう。)
ぐらいの気持ちで出掛けたのですが、そりゃぁ、30年も経ってしまえば、様相は、全く異なっている訳です。

新大阪駅に降り立った私は、一瞬にして、頭の中が空っぽになり、本当に、真っ白になってしまいました。(>_<)!

(どうやって、福知山線に乗ったら良いのだろう。
 乗り継ぎは、どうしたら良いんだ?)

迷いに迷った挙句、私は、お土産物屋さんの開店準備をしていた、お姉様に声掛けをしてみました。

すると!

「ちょっと待ってて!
 地図持ってくるから!」

と、意外にも、直ぐに対応をしてくれたのです。

そして、そのお姉様とお話をしていたら、隣のお店のお姉様、そして、近くのお店のお姉様と、3人もの人が集まって来てくれたのですが、
「こっちの方がええやろ。」
「いや、それじゃ面倒!」
「こっちの手もある。」
等々、『三人寄れば文殊の知恵』ではないですが、様々な移動案を提示してくださいました。

その上、どちらのお店のご主人か判りませんでしたが、最後に、その方が移動方法をまとめてくださり、とても丁寧に説明してくださり、メモも作成してくださいました。

時間的には、30分位だったでしょうか。
開店準備の慌ただしい時に、そんなにも時間を割いてくださって、本当に良かったのでしょうか。(^^;

また、途中の駅でも、確か、『川西市』だったと思いましたが、そこでも、懇切丁寧に、ご説明をしてくださった方がいたことを覚えています。


10年前のこと。
例え、時間が掛かろうとも、懇切丁寧に説明をする。
その、関西の皆様の、心優しい姿。
その姿を、私は体感していたのでした。
それを、今回も、体感させて頂いた。
また、想い出させて頂いた。
(果たして、私には、こんなにも手厚い説明や対応ができるのであろうか!)
そんなことを、『みずほ』の車中で想い出していたのでありました。(^-^)/ Img_4221

そこへ、『きゃさりん副長。』のお言葉が!

「ねぇねぇ!
 (グリーン車が)半分しかないよ!
 それに、(『みずほ』は)8車両だよ。
 (『のぞみ』・『ひかり』・『こだま』の)16車両の半分だから、グリーン車も半分なのかなぁ。
 向こう(車両半分)は、普通の2人掛けみたいなんだけど、でも、良い椅子なの。
 だったら、グリーン車でなくても良かったんじゃない。」

と、捲し立てていましたが、その
『グリーン車が半分』
と言うのが、この後、かなりの驚きと、苦労と、衝撃を呼んでしまうことになります。(^^; Img_4222

(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月 7日 (火)

『休まれては如何?』(^^;

(# 02)

おはようございます!(^o^)/

【休まれては如何?】(^^;

(※注:写真は、昭和62年(1987年)4月29日(水・祝)
        平成20年(2008年)11月8日(土)
        平成20年(2008年)11月9日(日)
                       のものです。)
 
お正月が明けて、2年に一度ですが、とても愉しみにしていたことがありました。
それは、県コミッショナーとの面談でした。

平成28年の本年は、その2年に一度の愉しみが回って来る年でありました。
しかしながら、本年は、その面談は行われず、県コミッショナーとは、面談の代わりに、メールでの遣り取りと言うことになりまして、とっても残念に思いました。
そして、その内容は、
「休まれては如何?」
と言うことでした。(^^;
私は、昭和60年(1985年)に、ボーイ課程の研修所を修了し、同62年に、ボーイ課程の実修所(第2教程)に参加させて頂きました。
同年11月には、ウッドビーズの伝達を受け、翌年の昭和63年3月には、県連盟トレーニングチームメンバー養成課程に参加させて頂き、同年4月からは、指導者講習会・研修所・非定型訓練(当時はそう呼んでいました。)等に、奉仕をさせて頂くことになりました。 0002
私自身は、研修所・実修所を修了したと言うだけで、まだまだ、右も左も全く判らないと言う、単なる若造に過ぎませんでした。
ところが、当時は、研修所は、春(5月)と秋(9月or10月)の2回開催され、裏方を担当する、本部員や奉仕員が、全くと言っていいほど、不足していました。
私は、同じ地区内(旧駿東地区)の、『U氏』に誘われると共に、会社の様子を伺いつつ、できる限りの範囲で、本部員として、研修所に奉仕をしていました。

そこで、『U氏』から、
「(研修所の)所員になりたくないか?
 とにかく、(本部員として)下積み5年だからな!
 それも、続けて、毎年だからな!
 俺も頑張るから、お前も頑張れよ!」
と、言われ続けていました。

その後、『U氏』が、研修所の所員として奉仕をされ始めた頃に、今度は、
「いいか!
 次は、所員として、最低5年だからな!
 それも、連続してだからな!
 年が空いたり、途切れたりしたら、もう一度、やり直しだからな!」
と、言われ始めました。

私は、何が何だか、さっぱり解からずにいたのですが、その後、
・(故)『三輪 悦爾』県コミッショナー
・(故)『原口 芳彦』県コミッショナー
・   『杉山 博通』県コミッショナー
・(故)『中村 昌春』県コミッショナー
に、お仕えする内に、その『U氏』の言葉の意味が、段々と判る様になったのでありました。

私と、年齢が、丁度、3回りも上の、(故)『原口 芳彦』県コミッショナーからは、
「研修所だけでは、足りないから、ジャンボリー等の奉仕も頼むよ。」
と言われ、10NJには、名指しで、7SCシニアー奉仕隊静岡第1隊の隊長に任命され、伊豆大島で開催された、第2回ローバーシンポジウムの広報班長として、派遣されたりもしました。

『杉山 博通』県コミッショナーからは、
「長泉地区の平出君!
 (実際は、駿東地区なのですが、どう言う訳か、そう呼ばれ続けられていました。(^^;)
 (地区)コミッショナーなんだから、早いとこ(コミッショナー)実修所に行っておいでよ。」
と言われ、これまた、何が何だかわからない内に、参加させて頂きました。

(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「何だ?
 行って(参加して)いない?
 何やってんだ!
 早く行って来い!」
と言われ、平成11年(1999年)10月に、那須に向かったのでありました。
県連トレーニングチームメンバーとして、11年が経過していましたが、『U氏』に言われ続けた『合算の10年間』は、気が付けば、満たしていたと言う訳でした。

那須に到着し、コースが始まって、2日後のことでした。
コースディレクターは、愛知連盟の(故)『伊籐 智是』日本連盟ディレクター(当時)でしたが、それが、突然、『鈴木 節子』同副ディレクター(当時)に交代することとなりました。
『鈴木 節子』氏は、当県連盟の重鎮中の重鎮であり、
「平出さん。
 (静岡県)連盟の代表なんだから、しっかりと学習して帰ってね!」
と、お言葉を掛けて頂いたのですが、その瞳の奥底からは、今まで味わったことの無い様な、重たい重たい光が、放たれていたのでありました。
ちなみに、女性のコースディレクターは、日本連盟としては、初であり、また、その時の奉仕を持って、『鈴木 節子』氏は、最後の奉仕とし、勇退の花道を飾ったのでありました。

翌年(2000年)3月に委嘱を受けまして、それから、今までの16年間、様々な課程で、また形で、奉仕をさせて頂きました。
しかしながら、脳出血を発症した翌月には、大阪市での実修所の奉仕が控えていた時でして、当時の所長以下、所員の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けしてしまって、言葉もありません!(>_<)!
誠に申し訳ございませんでした。
実際のところ、実働は、6年間と言っても良いかと思います。
脳出血を発症後の10年間は、指導者講習会と個別支援だけの奉仕となりました。

それでも、
・『小笠原 四郎』県コミッショナー
・『滝嶋 三郎』県コミッショナー
・『戸田 正明』県コミッショナー
は、私の身体を気遣いながらも、10年もの間、面談をし続けてくれたのでありました。

しかしながら、(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「奉仕ができなくなったら、潔く辞めるだに!
 だらだらしていたって、仕方が無いだに!
 次の人財に、席を空けるだに!
 おらだって、(県コミッショナー)の立場上、休む(休務)だに!」
と言われていました。 Img_4769
更には、私が師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、
「年を取ると、(奉仕をする)居場所が無くなるだに。
 定型訓練の奉仕は、難しくなるだに。
 入り込む隙間は、無くなるだに。」
と言われ、正確な年数は判りませんが、私が倒れる少し前でしたから、平成16年(2004年)頃だったでしょうか。
自ら、休務の道を選択されました。
また、その後、登録自体も辞められてしまいました。 Img_4693
※ここで、余談を少々。(^^;
(故)『原口 芳彦』様は、私より、3回り上の方です。
   『鈴木 節子』様は、私より、2回り上の方です。
(故)『中島 繁光』様は、私より、1回り上の方です。
要は、干支が、皆さん、『猪突猛進』と言うことです。(^^;

何れにしても、よくもまぁ、揃ったもんだと思いました。
また、皆様、私のことを気に掛けて、とても良く、可愛がってくださいました。
その様なご縁は、なかなか得られるものでは無いと思っております。

また、歴代の県コミッショナーを始めとしまして、数え切れないほどの、多くの皆様に、ご指導、ご鞭撻、また、多くのご支援と、ご協力、励ましの言葉など、勇気づけられることを頂戴いたしました。
改めまして、衷心より感謝申し上げます。 Img_2206
日本連盟からの、委嘱の条件は、
「定型訓練への奉仕」
と言うことでした。
しかしながら、私は、この2年間で、その要件を満たすことはできませんでした。

平成28年を迎えた段階で、(故)『中村 昌春』氏、そして、(故)『中島 繁光』氏の言葉を思い出しつつ、私は、
(もうそろそろ、良いんじゃないのかなぁ。
 『きゃさりん副長。』は、ウッドバッチャーになってくれたし、ローバー達も、研修所に参加してくれたし。)
と、考え始めていたのでありました。

また、師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、今の私と同じぐらいの歳に、休務を申し出ていました。
それで、とっても、短絡的ではありますが、
(ならば、私も!)
と、正月早々に、そう、決意することに至ったのでありました。

『きゃさりん副長。』は、
「まぁ、もう良いんじゃない。
 お休み! お休み!
 他の愉しみを考えたら。」
と、いつものお気楽さを発揮してくれて、私の心をなだめてくれたのでありました。

『潮時』と言う言葉は、本来は、
『適当な時機。好機。ちょうどいい時期。』
など、良い意味で使われるのですが、今回は、本来の意味では無い、
『ものごとの終わり。』
と言う意味で、使ってみたいと思います。

私も、『潮時』を迎えたのだと!(^^;

とっても寂しくもあり、正月早々に、『ものごとの終わり』を迎えるのには、とっても抵抗がありました。
また、自分自身に言い聞かせ、自分の心をなだめるのには、『無理』と言う言葉が付き纏いました。
しかしながら、『潮時』なのです。
皆さん、その時は、必ず迎えているのです。
そう考えるしか無く、またまた、『悶々とした平成28年』を、迎えてしまったのでありました。


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく)(^^;

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2016年4月 1日 (金)

『一周忌』(>_<)!

【一周忌!】

『嘘だろ! 悪い冗談はよしてくれ!』

『4月1日だからって、そんな話は、幾らなんでも、有り得ないだろう!』(>_<)!

1年前の今頃、私は、半信半疑の中、訃報を受け取っていました。

私が勝手に、『師』と仰いでいた方。 Img_4693
今は、東京湾で眠っていると聴いています。

遺作となってしまった

『スカウト スピリッツ(-スカウティングは男のロマンー)』

本日は、その書を読み返し、静かに過ごしたいと思います。

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2010年12月19日 (日)

(報#8 終) 『できたっ! 完成~!』(*^o^*)/ (今現在)

ところで、『きゃさりん副長。』を、ここまで突き動かしてくれたものは、一体全体、何だったのでしょうねぇ。(^^;

本当に、不思議でなりません。(^^;

Img_1838

『きゃさりん副長。』ですが、今年度で、隊指導者としては、10年目を迎えました。

よくもまぁ、10年も続いたものだと思います。(*^o^*)/

と言うのも、『きゃさりん副長。』は、野外活動とか、青少年の健全育成とか、その様なものとは、全くと言って好い位に、無縁であったからです。

とにかく、キャンプを行った事が無い。

テントなどは、建てた事すら無い。

野外料理と言えば、周囲の人々が、用意をしてくれたバーベキューなどに、相乗りをさせてもらう程度。

勿論、ロープ結びはできず、読図やコンパスの扱いも知らず、救急法も、国旗の取り扱いも、基本動作も、何もかも、スカウト技能と呼ばれるものは、皆無と言って好いほど、何も知らずにいました。

本当に、スカウトスキルと呼ばれるものに付いては、知識も技能も、全く、持ち合わせてはいなかったと思いました。(^^;

そして、本人は、

『青臭い、ガキの面倒なんて、看ていられないわよ!』

とまで、豪語していました。(^^;

その様な状態であったのですが、何時の間にか、ベンチャー隊の副長として、馴染んでしまったのですねぇ。

本当に、不思議なものだと思いました。

Img_1839

『きゃさりん副長。』の特技は、『お茶』です。

その他にも、和裁や着付けなどを嗜んでいます。

ところで、ベンチャースカウト達ですが、スカウト活動の中で、プロジェクトを展開して行かなければなりません。

そのプロジェクトには、7つの分野があるのですが、その中に、『文化活動』と言う分野があります。

実はそこで、『きゃさりん副長。』の特技が、発揮されたと言う訳でした。

当初は、プロジェクトとか、文化活動と言った類のものではなくて、何とかして、『お茶』をベンチャー隊に浸透させようとする、啓蒙活動の様なものでした。

そして、『きゃさりん副長。』自身が、自分の居場所を確保したい。

そんな望みも、あったかも知れません。

その様な状況の中で、

『お茶を、ベンチャー隊の日常にしたい! もっと、身近なものにしたい!』

そんな想いが、『きゃさりん副長。』の願いとして、沸々と沸き上がって来ていた様でした。

その願いは、今現在、叶いつつあります。

と言うか、既に、叶っているとは思うのですが、スカウト達は、ベンチャー隊を、どんどんと卒業して行ってしまいます。

それに、新たにベンチャー隊に入隊して来るスカウト達は、『お茶』に関しては、全くの、ど素人なのですね。

要は、折角、育て上げたスカウトがいなくなってしまい、次は、またまた、ゼロからやり直さなければならい。

つまり、切りが無いのです!(>_<)!

とにかく、無限と言うか、スカウト達がいる限りは、終わりは無いのです。

ですが、『お茶』は、段々と、根付いてはいると思います。

そして、ベンチャー隊の伝統にも、成りつつあると感じています。(^-^)/

Img_1840

そんな『きゃさりん副長。』の想いが通じたのでしょうか。

今現在は、スカウト達は、必ず、技能章の茶道章を取得してくれます。

そして、その延長線上として、『茶道』を、文化活動のプロジェクトとして、実施・展開してくれています。

その事は、『きゃさりん副長。』にとりまして、この上ない歓びになっていると思います。

そしてそこに、とっても深い、遣り甲斐を見出しているのだと思います。

スカウト達もまた、『きゃさりん副長。』の、とっても明るい、屈託の無い性格に惹かれて、『お茶』を、とっても愉しく、嗜んでくれています。

つまり、相乗効果と言う事なのでしょうかねぇ。(^^;

Img_1841

私達指導者の、エネルギーの源と申しましょうか、スカウティングに対しての原動力となるものは、まず第一に、スカウト達の『笑顔』です。

そして、スカウト達が、感動を受けている姿や、新しい発見をした時の歓びの姿などでしょうか。

それらを、スカウトと共に、時を同じにし、場所を同じくし、尚且つ、スカウトと同じ視線と方向(ベクトル)で、見守る事ができた時、この上ない歓びに満たされます。(^o^)/

私達指導者は、その時の感激が、忘れられないのです。

そして、その時の満足感を、忘れる事ができないのです。

そうして、その歓びと、感動と、満足感と、充実感と、スカウト達との一体感を、再び、どうしても味わいたくって、スカウティングにのめり込んでしまうのですね。

一種、麻薬の様なものなのです。(^^;

Img_1845

スカウティングにおいての、スカウト達と共に味わった充足感と言うものは、一般社会や、一般家庭などでは、まず、味わう事ができません。

それは、スカウティングの教育方法が、とても素晴しいものだからだと思います。

そして、スカウト達もまた、充実感や達成感を味わい、スカウティングの魅力に取り付かれてしまうのだと思います。

その結果、スカウト達も、益々、スカウティングが愉しくなってしまい、どんどんと、スカウティングにのめり込んでしまうのだと思うのです。

そして、幼少期(小学校入学前)から始めたスカウティングの道を、成人になっても、歩み続けてくれるのだと思っています。(^-^)/

Img_1848

今回の『きゃさりん副長。』ですが、麻薬中毒?

いや、スカウティング中毒?

に、なってしまったのかも知れません。

ただ、幼少期から、スカウティングを行っているスカウト達と比較をしたら、急性の中毒かも知れませんが。(^^;

ですが、スカウティングが無ければ、生きては行けないと言う訳でもないのです。

『とにかく、愉しい!』

『きゃさりん副長。』は、ただ、その一言だけの様なのです。

但し、その後に、多くの言葉が続きます。

『もっともっと、愉しくしたい。だから、学習をした方が良いに決まっている。』

『スカウト達が頑張っているのに、私が何も研修を積まないのはおかしい。だから、研修所でも実修所でも、時間が取れれば、参加をしたいし、参加をするのが当たり前だと思うの!』

『スカウト達は、指導者を選ぶ事ができない。だから、できるだけ、スカウト達の人生を邪魔しない様な指導者になりたいの!』

『スカウティングは、勉強しても勉強しても、解らない事ばっかり! 勉強すると、余計に解らなくなっちゃう! だけど、勉強しないと、余計に解らなくなっちゃう!』

『スカウト達と、愉しい時間を過ごしたいんだもん! ちょっとぐらいの苦労なんて、問題じゃないわ!』

etc・・・。(^^;

『きゃさりん副長。』ですが、約3ヶ月に亘る『奉仕実績訓練』を終えまして、それから、約1ヶ月の時間を掛けまして、『報告書』をまとめ上げました。

その労力たるや、生半可なものでは無かったと思いました。

途中、不貞腐れた事も、何度かありました。(^^;

ですが、それらの苦難を、苦難と思わずに、見事に乗り越えたと思いました。

本当に、心から慶びたいと思います。

『きゃさりん副長。』!

報告書完成、おめでとう!(*^o^*)/

ウッドバッジ実修所の、5泊6日の『基本訓練』は、『課題研修』を行い、それが認証され、参加申込書が受理されれば、誰でもが参加をする事ができます。

ですが!(^^;

その後の、『奉仕実績訓練』は、誰でもが行えると言うものではありません。

現に、『きゃさりん副長。』と一緒に『基本訓練』に参加をしました『IPPEI副長』ですが、5月の段階で、早々と放棄をしてしまいました。

その上、スカウティングから、逃避までしてしまいました!(>_<)!

『奉仕実績訓練』、そして、その後の『報告書』の作成。

やはり、そこまで行ってこそ、初めて『ウッドバッチャー』と呼ばれるのだと思います。

そうして、その事が、スカウト達を、また、スカウティングを愛している証拠だと思うのです。

『きゃさりん副長。』ですが、報告書の提出期限が、1週間後に迫っていました。

報告書の完成直後ですが、宅配便で直ちに送付をしたのは、言うまでもありませんね!(^^;

(『奉仕実績訓練報告書作成!』)

(おしまい!)

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2010年12月18日 (土)

(報#7) 『佳境~!』(^o^)/ (今現在)

さて、『きゃさりん副長。』の、奉仕実績訓練の報告書が、『形』になる時が、やっと、やって参りました!(^o^)/

ここまで、どの位の、時間と労力を費やして来たのでしょうか。

本当に、長く、苦しかったと思いました。

それは、『きゃさりん副長。』本人が、一番よく、実感をしていたと思いました。

Img_1813

『きゃさりん副長。』ですが、とっても分厚くなってしまったファイルを観まして、しみじみと、眺め入っていました。(^^;

ですが、未だ、この段階では、完成ではありませんでした。

一部、修正を行わなければならない箇所がありまして、それは、今いるスカウトハウスでは行えないものでした。

従って、完全な完成は、次回と言う事で、本人も納得をしていました。

そこで、今回は、課題にはありませんでしたが、5泊6日の基本訓練参加前の、『課題研修』から始まりまして、5泊6日の『基本訓練』、そうして、今回の『奉仕実績訓練』までを通して、感想文と言いましょうか、所感と言う様なものを、書いて貰う事に致しました。

Img_1816

その文章は、ある意味、謝辞と言った意味合いもありました。

大学の卒業論文などでは、よく書かれているものです。

小説などでは、『あとがき』とでも言ったら好いのでしょうか。

その様なものを、書いて貰う事に致しました。

実際、この事は、自分が、約6ヶ月もの時間を掛けて、研修と訓練を積み重ねて来た集大成を述べる事にもなります。

そうして、自己を振り返る事にも繋がり、自分の、今現在の考えや、心構えなどを確認することもできます。

『きゃさりん副長。』ですが、この事に関しては、とてもよく納得をしてくれまして、

『うん! 解った! 書いてみる!』

と、宣言をしてくれまして、早速、その作業に取り掛かってくれました!(^-^)/

Img_1819

ですが、いざ実際に、書き始めてみますと、

『感想文って、考えてみたら、高校以来、書いた事なんて無いわよ!』

と、ちょっと、引き気味でありました。(^^;

確かに、そうなのでしょうね。

学校を卒業してしまいますと、資格を取得するなどの余程の事が無い限り、まず、学習をする機会は無い様に思われます。

それに、手書きで、こんなにも大量の報告書などを書くと言う事は、ほぼ、有り得ない事だったと思いました。

『きゃさりん副長。』ですが、今回は、

『スカウト達が、手書きでプロジェクト報告書を書いているんだから、私だって、手書きで書くわよ!』

と、敢えて、このパソコン時代に、とっても大変な手書きに、挑戦をしてくれたのでありました!(^o^)/

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ただ、久々に書いてみる文章と言うものは、とても、難しい様でありました。

今までは、報告書であったために、事実の羅列で好かった訳でした。

また、『評価・反省』におきましても、それは事実に基づいている訳ですから、多少の感想は入ったとしても、ほぼ、事実でありました。

従って、ペンも進んだと言う訳でした。

しかしながら、今度は、その様には行かなかった訳でした。

自分の想いを、どの様に表現をするのか?

はたまた、今まで受けて来た感動をどの様に表現したら好いのか?

今までの苦労は?

とっても、苦心した事は?

そして、基本訓練中の、所長を始めとした所員の皆様や、仲間達へのお礼の言葉など。

それから、『きゃさりん副長。』が、最も書きたかったのは、『きゃさりん副長。』に付き合ってくれたスカウト達へのお礼の言葉だった様でした。

スカウト達ですが、『きゃさりん副長。』の報告書を読む事などは、まず、有り得ません。

それでも、『きゃさりん副長。』は、その事を認めておきたかった様でした。(^-^)/

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『きゃさりん副長。』の、感想文作成は、午前中から始めましたが、午後まで及んでしまいました。

しかしながら、それも当然の様に、仕方の無い事だと思いました。

気持ちを込めて、文章を作成し、自分自身が、悔いを残さない様にするためには、その位の時間は必要だったと思いました。

『きゃさりん副長。』ですが、その作成した、気持ちのこもった感想文を、ファイルの最後に綴じ込みました。

そこで、予め用意をして来ましたインデックスを、それはそれは、とても丁寧に貼り付けていました。

その様子を観ていたのですが、段々と、『形』になってくる分厚い報告書を観まして、私の方も、段々とワクワクして来てしまっていました。(^^;

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そうして、最後に、奉仕実績訓練の表紙に、必要事項を記入していました。

この段階で、記入を残す項目は、『報告書の提出年月日』だけとなっていました!(^-^)/

それにしましても、まぁ、随分と分厚い報告書が出来上がってしまったものでした。(^^;

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実際、私も、こんなにも分厚いものになってしまうなどとは、全く、予想をしていませんでした。

それだけ、研修と訓練を積んだと言う事なのですが、それにしましても、ちょっと、いや、かなり、量が多かった様に思いました。

報告書には、実施した計画書や、実践記録、また、記録写真などを添付することになっていました。

確かに、その部分が、大半を占めてはいたと思いましたが、『きゃさりん副長。』は、レポート用紙を2冊は使ってしまっていたと思いました。

2冊ものレポート用紙に、文字を書き込むと言うのは、並大抵の事では、成し遂げられないと思いました。

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何が、彼女を、ここまで突き動かしてくれたのか。

それは、本人にも、全く、判らない様子でした。

義務感と言う訳でもなく、ウッドビーズが欲しいからと言う欲望でもなく、遣り遂げなければならないと言う使命感なのか、この様にして、『形』になってしまいますと、その様な事は、どうでもよくなってしまっていたようでした。

とにかく、遣り遂げた!

ただ、その事が、とっても嬉しかった様でした。(*^o^*)/

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最後に、ファイルに、テプラを貼りまして、仮の完成と致しました。(^-^)/

『きゃさりん副長。』が、奉仕実績訓練の総仕上げとして行った、『1泊訓練キャンプ』からは、概ね1ヶ月が経過をしていました。

その間、資料の整理に翻弄され、文字を書き記すのが辛くって、何本、ボールペンを換えた事か。

それに、私に駄目出しを喰らって、何度、不貞腐れてしまった事か。

とにかく、ここまで辿り着くのに、本当に多くの、労力と時間とを費やしたと思いました。

出来上がりましたファイルを観まして、『きゃさりん副長。』は、かなり気が抜けてしまった様でありました。

この時は、悦びも何も無く、ただ単に、終わったと言う、安堵感だけだったそうでした。

とにかく、一区切りが付いた。

その様な、ちょっとした開放感だけだったそうでした。

と言うのも、実は、最後の修正が残っていたからでした。

今回は、『形』だけが出来上がりました。

ですが、その中身の『実』が、実際には、完結をしていなかったのでありました。(^^;

あと、もう少しです。

もう少しで、『実』が、実ります。

『きゃさりん副長。』も、その事が解っていた様でありました。

そして、次こそは絶対に、終わりにしてやると言う気構えで、この日は、報告書の作成作業を終えたのでありました!(^-^)/

それにしても、『形』になって、本当に良かったと思いました!(^o^)/

(つづく・・・。)

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2010年12月17日 (金)

(報#6) 『途方に暮れてはいないけど。』(^^; (今現在)

『きゃさりん副長。』ですが、やはり、『表』ものに悩まされていた様でありました。(^^;

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『安全対策計画書(表)』は、殆ど、出来上がっていたと思いました。

そして、それらに付きましては、特に、修正を加える必要は無いと伝えておきました。

ですが、どうしても、何かが引っ掛かってしまって、充分に納得が行かない様子でした。

そこで、

『何が、気に掛かるの?』

と、聞いてみましたら、

『対処の方法とか、通報先とか、みんな一緒になっちゃうの。ワンパターンはいけないって言われたけれども、みんな、ワンパターンになっちゃうの。』

との事でした。

私は、

『それはそれで仕方の無いこと。プログラムの展開場所が一箇所だし、移動はしないし、夜間にも行わないし、そんなものだよ。』

と、話をしておきました。

それに付け加えて、

『今は、未だ、奉仕実績訓練の最中。それに、良いものを書こうと思って、上を見たら切りが無いから、今の状態で好いんじゃないのかなぁ。これからだよ。』

と、伝えておきました。

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『きゃさりん副長。』ですが、納得をしたのかしなかったのかは、定かではありませんでしたが、とりあえずは、ペンを走らせてくれていました。(^-^)/

私は、作業が進んでいる状態を見まして、順調!順調!と、喜んでいたのですが、やっぱり、何かが引っ掛かってしまっているようでした。

それは、『安全』に対しての、評価と反省についての事の様でした。

と言うのも、

『安全基準は、どこに置いたらいいの?』

と言う事でありました。

そして、

『安全教育は、何時何処で行うのが、最適なのかなぁ。』

と、話を続けていました。

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その上、

『ベンチャーと言っても、学年が違うとさぁ、経験も違ってくるしさぁ、安全教育と、安全管理の仕方は違って来るんじゃないのかなぁ。』

と、段々と、『きゃさりん副長。』の、思考の回路が複雑になって行く様子が窺えてしまいました。(^^;

私は、『やばい!』と、思いました。

確かに、そこまで考え込んでくれるのは、とっても有り難い事だと思いました。

ですが、この『安全』に関しましては、考えても考えても、一般的な答えと言うものは、まず出て来はしません。

それは、安全は、その現状に即したものでなければならないからです。

それを、机上で突き詰め様と思いましても、まず、できないと思います。

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『きゃさりん副長。』でありますが、とっても、悩んでしまった様でありました。

それから、もう一つ。

彼女を、惑わせてしまう様な事も話してしまったと思いました。

それは、

『スカウティングでは、安全によって、雁字搦めにしてしまうと、活動自体が萎縮してしまう場合がある。なので、柔軟性も必要だし、緩和をしなければならない場合もあるし、臨機応変に対応をしなければならない場合もあるし、その状況によって、変化をするものである。』

と言う様な事でした。

この事は、彼女の思考に、より一層の戸惑いを与えてしまった様でありました!(>_<)!

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そこで、一つの例え話としまして、

『ナイフで、指を切ったって、それはそれで、経験になるから、別に気にしなくたってさぁ、良いんじゃない?』

とか、

『とにかく、命を失う様な事が無ければ、問題は無いと思うよ。』

と、話をしてみました。

すると、『きゃさりん副長。』は、

『それじゃぁ、骨を折ったって良いって言うの? 何針も縫う様な、怪我をしたって良いって言うの?』

それに加えて、

『命が助ければ、例え、手足が無くなったって、良いって言っている様なものじゃないの!』

と、かなり興奮気味に、意見を申して来てしまいました。(^^;

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私は、

『そんな極端な話ではなくって、安全教育と完全管理は、当然するさ。だけれども、一番重要になって来るのは、スカウトの安全能力の向上なんだよ。』

『ここで言う、安全能力と言うのは、スカウト技能の事さ。ナイフや鉈などの刃物を巧く扱えたり、火の後始末をきちんとできたりとか、そう言う、スカウト技能の向上が、安全能力の向上に繋がって、安全確保の確立ができる様になるんだよ。』

と、思わず述べてしまいました。(^^;

この時点で、『きゃさりん副長。』のペンは、完全に止まってしまいました。(>_<)!

おまけに、私の方も、見てはくれなくなってしまいました。(^^;

折角、ここまで順調に、報告書の作成を行って来たのに、いきなり、急ブレーキが掛かってしまいました。

本当に、突然の事でありました。(^^;

しかしながら、『安全』に付きましては、スカウティングの隊指導者は、やはり、この様に徹底的に考えないといけないと思いました。

『きゃさりん副長。』でありますが、不貞腐れているとか、怒っているとか、その様な事では無かった様でした。

ただ、私に言われるままで、それはそれで、理解ができるのだけれども、自分なりの言葉が頭に浮かんで来ないと言う事で、とっても、悩み苦しんでいるようでした。

確かに、最後の最後に来まして、この悩みは、とても大きな壁となってしまったと思いました。

ここまで、とっても気持ち良く、報告書を作成して来たのですが、何だか、とってもやる気が失せてしまっていたようでした。

そこで、

『今日は、もう、止めにしておこうよ。ちょっと、時間を置いてから考えようよ。』

と、『きゃさりん副長。』に言ってみました。

すると、

『もうちょっと待って! もう少し、考えてみるから。』

と言う事でした。

『きゃさりん副長。』ですが、その後、30分ぐらいは、沈黙を続けていたでしょうか。

そうして、

『判った! 私が、勉強不足だって事! それに、理解力が無いって事! それと、文章表現能力が無いって事! 今日は、もう止めた! 出直して来るわ!』

と言いまして、荷物をさっさとまとめて、あっと言う間に、帰宅の途に着いてしまったのでありました。(^^;

私は、呆気に取られていたのですが、『きゃさりん副長。』の事ですから、気持ちを切り替えて、きっと、報告書を仕上げてくれると信じていました。

そして、安心もしていました。

たまには、この様な、口論に似たような事も、必要なのだろうと思いました!(^-^)/

(つづく・・・。)

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2010年12月16日 (木)

(報#5) 『確認をして欲しいの!』(^-^)/ (今現在)

『きゃさりん副長。』の、奉仕実績訓練の報告書の完成が、間近に控えていました。

この日は、殆ど出来上がった報告書の、細かい部分を、確認して行く作業を行う予定でいました。

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この辺りまで来ますと、『きゃさりん副長。』も、やっと先が見えて来たと言う事で、かなり、落ち着きを取り戻していました。

一時は、とんでもない形相で、焦り捲くって、やたらとバタバタを繰り返していたのですが、だいぶ、穏やかな顔付きに戻っていました。

本当に、良かったと思いました。(^-^)/

と言うのも、私自身、自分自身が落ち着いているつもりでいたのですが、どうしても、『きゃさりん副長。』の勢いに、巻き込まれてしまっていたのでありました。(^^;

人の勢いと言うのか、パワーと言うものは、真剣になればなるほど、本当に凄さを増して来ます。

今回の、『きゃさりん副長。』にも、そんなものを感じることができました。

でも、その様なパワーがあったからこそ、報告書の作成にも取り組む事ができたのだと思いました。

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『きゃさりん副長。』ですが、添付用の記録写真につきましては、自分自身で選んでいました。

ですが。(^^;

当初は、記念写真の様なものであったり、スカウトなど、人がやたらと写っている写真などを選んでいました。

そうなってしまいますと、記録用の写真ではなくて、単なる、スナップ写真になってしまいます。(>_<)!

それでは、活動の記録写真とは成り得ません。

そこで、とても可哀相だとは思いましたが、写真に付きましては、厳選し直して貰いました。

それを、今回は、確認をさせてもらったのでありました。(^-^)/

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また、スカウト達への、お茶のお点前の指導の様子や、技能訓練の様子など、連続的な写真でないと、その全容や、プログラムのストーリーなどが、解り辛いものがありました。

それらの写真につきましては、写真自体が、小さくなってしまっても構わないと思いまして、できるだけ、連続的な写真を、1枚のシートにまとめてもらいまして、それを添付してもらうようにお願いをしました。

ただ、写真の解説は、しっかりと記入をしなければなりませんでしたので、その小さくなってしまった写真のシートですが、何とか、解説を書き加えてもらいました。

ですが、字がとっても小さくなってしまいまして、『きゃさりん副長。』が、

『こんなに、小さくって好いの? 眼が悪い人だったら、まるっきり、読めないんじゃないの?』

と、言っていました。

私が見てみましたら、確かに、とても読み辛く感じました。

それでもまぁ、それでも構わないと思いました。

とにかく、報告書と言うものは、その過程がとっても大切なものになってきます。

結論だけを書き記しましても、どうして、その様な結果が生まれたのかが判りません。

ですので、一連の流れを、とても大事にしてもらう様にしてもらいました。

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さて、お次ですが、写真の整理がだいぶできましたので、『評価・反省』の手直しに入ってもらいました。

ここで言う『評価・反省』ですが、最終的な、『評価・反省』ではありませんでした。

段階的な、評価・反省について、見直しをしてもらったのです。

と言うのは、評価・反省と言っても、いきなり最終的な、次のプログラムに繋がって行く評価・反省には成り得ないからです。

例えば、隊集会においては、隊集会実施中での、中間評価が必要になったりする場合があります。

その中間評価を受けて、プログラムを途中で修正する場合などがあります。

単に、隊集会のプログラムだけを提示しただけでは、その中間評価によって、プログラムを修正した事が、報告として伝わり切らない場合があります。

ですので、修正を加えたならば、どうして修正を行ったのかを、記述しておく必要があります。

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『きゃさりん副長。』ですが、その細かなと言うか、実際に、とっても細かいのですが、その修正と記入と、記述の作業を、本当に粘り強く行ってくれました。

これには、本当に驚かされてしまいました。(^^;

だって、『きゃさりん副長。』って、本当は、飽きっぽくって、粘り強く無くって、結構、物事を投げ出すタイプなのです。(^^;

特に、計画書の作成は、とっても苦手だったと思いました。

そして、プログラム(計画書)と言うものは、ストーリー性を持っています。

そのストーリー全体を見渡して、全部を掌握し、プログラムの完結まで持って行くのが、とても難しい事なのですが、その掌握力も、何となく、向上している様に感じられました。

そのプログラム全体を、見渡すことができて、評価をしつつ、尚且つ、修正を加えて行く事ができると言うのは、かなりの経験を積まないとできない事だと思っています。

そのためにも、今一度、段階的な評価・反省を見直してみてもらったのでありました。

Img_1798

『きゃさりん副長。』の報告書ですが、記述の部分は、殆ど終わっていたと思いました。

後は、何を残しているのかと言いますと、『表』の類でありました。

その中でも、『安全対策計画書』は、記入しきれずにいまして、最後まで残ってしまっていました。

『安全対策計画書』は、KYT(危険予知)を行って、その危険に対しての、対処方法を記入すれば、大まかなものができます。

それに加えて、誰が、何時、どの様に、安全教育を行い、安全対策を行うのか。

そして、まかり間違って、事故が起こってしまった場合に、どの様に対処を行い、誰に何をどの様に通知するのか。

その様なものを、まとめ上げれば、何とか『形』にはなります。

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しかしながら、『きゃさりん副長。』にとりましては、とっても厄介なものだった様でした。(^^;

と言うのも、危険予知はできましても、安全教育(安全対策)を、どの様に行ったら好いのかが、掴めずにいたようでした。

安全教育は、年代によって、大きく異なってしまいます。

例えば、お茶を例に挙げますと、ベンチャー年代では、

『やけどをしない様に、気を付けること。』

と言う様な、一言で終わってしまう場合があります。

ですが、幼いビーバースカウト年代では、

『お釜には、熱いお湯が入っています。触るとやけどをします。やけどをしてしまうと、とっても痛いです。それに遊べなくなって、つまらないでしょ。だから、お釜には、近寄らないようにして下さいね。』

と、言う様に、とても細かくお話をしてあげなければなりません。

『きゃさりん副長。』ですが、そのお話の程度が、今一つ、掴めずにいたようでした。

それも、経験の為せる業でありまして、仕方の無い事と言ってしまったらそれまでなのですが、今回は、折角の機会でしたので、大いに悩んでもらおうと思いました。

ちょっと、意地悪だったかも知れませんね。(^^;

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とは言っても、『きゃさりん副長。』の作業は、着実に進んでいました。

かなり悩んでいた様子もありましたが、一つのプログラムについて、書き上げる事ができた後は、段々と作業が、加速度的に進んで行ったと思いました。

ただ、ここで気を付けて欲しかったのは、ワンパターン化しないようにと言う事でした。

プログラムには、ストーリーがあります。

やはり、そのストーリーを掌握して、その流れに沿って作成をしませんと、単なる危険の羅列になってしまいます。

そうなりますと、危険の予測も怪しいものになってしまいます。

極端な事を言えば、事故が起こってしまった状態まで想像をしながらでないと、作成ができない場合などがあります。

あまり良い例えではないかも知れませんが、山岳遭難や、水難事故などでは、最悪の状態までも予測をしておかなければなりません。

そして、どんな些細な事でも、事故は、できる限り起こしてはなりません。

そのためにも、『安全対策計画書』は、絶対に疎かにしてはならないのです。

作業を始めた頃の『きゃさりん副長。』ですが、かなり煮詰まった表情をしていました。(^^;

それが、作業を進めて行くうちに、段々と、霧が晴れるかの様に、落ち着いた表情になっていました。

その事が、報告書の、完成が近い事を知らせてくれていました!(^o^)/

(つづく・・・。)

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2010年12月15日 (水)

(報#4) 『こんなにあったっけぇ~?』(>_<)! (今現在)

奉仕実績訓練の課題は、3つありました。

その内の、課題1と課題2は、実際に行った事に付きまして、それをまとめ上げれば出来上がるものでした。

と、言いましても、とっても大変なものなのですが。(^^;

さてさて、『きゃさりん副長。』が、苦戦を強いられていたのは、課題の3でありました。

課題の3は、自らが計画をしました、自己研修についての報告でありました。

Img_1773

『きゃさりん副長。』ですが、ここまでは、少人数隊の隊集会につきまして、その運営方法を、深く掘り下げまして実施・展開して来ました。

実際、そちらへの時間と労力が、とても多く掛かってしまっていまして、自己研修につきましては、少々、疎かになっていたのは事実でありました。

ところで、ベンチャー隊でありますが、隊の構成としましては、ベンチャースカウト3名以上とされています。

ところが、私達の隊では、スカウトが2名しかいません。

そうなりますと、『隊』の構成要素を満たさないことになってしまいます。

それでは、どの様な扱いになってしまうかと言いますと、ベンチャースカウトの数が、構成要素を満たすまでの間、『暫定的ベンチャー隊』として扱われます。

『きゃさりん副長。』ですが、その暫定的ベンチャー隊の運営方法について、かなりの時間を割きまして、研修を続けて来た訳でした。

ですので、重きを隊運営に置いたために、どうしても、自己研修に取り組む時間が少なくなってしまったと言う事でした。(^^;

私としましては、それはまぁ、仕方の無い事かなぁ、と、思っていたのですが、『きゃさりん副長。』としましては、やっぱり、それでは、納得が行かない様子でありました。

Img_1782

そこで、今からでも好いので、できるだけ自己研修を進めたいと言う要望を出して来ました。

自己研修の課題は、自らが設定するものです。

その中には、キャンピング技能やロープ結び、手旗信号などのスカウトスキルがあったり、青少年の特質を知る事や、コミュニケーション技能を身に付けたいなど、様々なものがありました。

私としましては、

『ちょっと、欲張り過ぎじゃない?』

とも思ったのですが、ですがまぁ、決めてしまった事であります。

それに、5泊6日の基本訓練の時に、実修所の所長やチューターに指導を受けて、承認を受けてしまったものでもありました。

そうなりますと、やっぱり、行わない訳には行きませんでした。(^^;

スカウトスキルなどに付きましては、それは、隊集会の中で、技能訓練と称しまして、スカウト達と共に行う事ができていました。

しかしながら、ここで困ってしまったものは、書籍や文献などを紐解いて、調査・研究をするものでした。

『きゃさりん副長。』は、何冊かの書籍を購入していました。

ですが、なかなか読む機会に恵まれなかったと言う事でした。

Img_1783

それは、全く、その通りだと思いました。

と言うのも、『きゃさりん副長。』は、毎週毎週、隊集会計画書や、スカウツオウン計画書、そして、技能訓練計画書などの作成に追われていたからでありました。

その根本的な原因は、実は、駄目出しを出し続けていた、私にあったのですが。(^^;

いやぁ、実際、『きゃさりん副長。』に言われるまでは、本当に、気付かずにいました。

全く、本当に、申し訳が無かったと思いました。

もう少し早くから、手当てをして、バランス良く課題を進めていたならば、最後の最後に来て、この様なすし詰め状態には、ならなかった?かも知れませんでした。

ですが、今更、もう遅いと言う事でしたので、私の手持ちの資料から、『きゃさりん副長。』の課題に見合う様な内容のものを、引っ張り出して来ました。

そこで、『きゃさりん副長。』と、話し合いをしましたところ、それでも大丈夫そうだと言う事で、その資料について、学習をし、報告書にまとめることに致しました。

本当に、一時はどうなることかと、冷や冷やものでした。(^^;

Img_1784

ところで、自己研修ですが、A3の用紙に、研修計画を書き込んだ日程表を作成してありました。

但し、その枚数が、生半可なものではありませんでした。

スカウトハウスの小部屋の、机の上に広げてみましたら、机の上が一杯になってしまいました。(>_<)!

Img_1785

私は、『きゃさりん副長。』に、

『こんなにあったっけ?』

と、尋ねてみましたら、

『貴方が、こんなに作らせたのよ!』

と、逆に、鋭く指摘を受けてしまいました!(>_<)!

言われてみれば、確かにその通りでありました。(^^;

当初、『きゃさりん副長。』が、5泊6日の基本訓練で作成したきた計画書は、随分と、大雑把なものでした。

それでは、計画書とは言えず、単に、企画書程度のものでありました。

文言に、抽象的な部分もありまして、より具体的にしなければならないと思いました。

そこで、『きゃさりん副長。』が作成をしてきたものを、まず、大項目としまして、それから派生するものや、必要と思われるものを整理して行き、中項目、小項目と、より具体的にしたのでありました。

そうしましたら、結局、増えちゃったんですねぇ。(^^;

これも、結局は、私の仕業であったと言う事でした。

本当に、面目ないです!(>_<)!

それでも、自己研修計画表は、段々と、文字で埋め尽くされつつありました。

やっぱり、『きゃさりん副長。』の、頑張りの成果が表れて来た証拠だと思いました。

この段階で、課題1から課題3までは、一通り、報告書の形が出来上がっていました。

これからは、不足している部分や、修正を加えなければならない箇所の確認を行い、それらを、完成へと導けば良いだけとなりました。

『きゃさりん副長。』ですが、段々と、報告書の姿形が見え始めまして、ほんの少しですが、安堵の表情を浮かべていました。

完成までは、もう少しだと思いました。

『よっしゃ! 頑張ろう!』(^o^)/

(つづく・・・。)

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