カテゴリー「ウッドバッジ研修所」の19件の記事

2017年4月 1日 (土)

『本日は!(その2)』

おはようございます。



【本日は!(その2)】



『原点回帰の日。』



31名いた仲間も、15名までになってしまいました。 Img_2206
ですが、自衛官退官後の、私の原点は、ここにあると思っています。 0002
故人となってしまった仲間を偲びつつ、初心に帰りたいと思います。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ。

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『本日は!(その1)』

おはようございます。



【本日は!(その1)】



『祈りの日。』



本日は、一方的にですが、私が、『師』と仰いでいた方の命日です。 Img_4769
心静かに、祈りを捧げつつ、過ごしたいと思います。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ。

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2016年6月 9日 (木)

『忘却のか~な~たぁ~!』(^^;

(# 04)

おはようございます!(^o^)/

【忘却のか~な~たぁ~!】(^^;

「いやぁ、はっきり言って、よく覚えていないっす!!!」

平成28年に入ってから、新年度(平成28年度)の、ベンチャー隊長候補のローバー君に来て貰って、
「心の準備は、如何?」
と聞いたところ、第一声の応えは、上記の様なものでした。(^^; Img_3983 Img_3984 Img_3992 Img_3993
まぁ、そんなところなのかも知れないと思っていたのですが、色々と突っ込んで話を聞いて行くと、本当に、ベンチャー隊の運営や進歩、技能章、プログラム、プロジェクトの進め方、宗教章、等々、すっかり、記憶が飛んでしまってしまっていた様でした。
また、研修所で学んできたことについても、記憶は、随分と曖昧になってしまっていた様でした。

富士章取得から、8年。
研修所参加から、6年。
間が空き過ぎてしまったのかなぁ。(^^;

『きゃさりん副長。』は、
「私だって、今でもよく解かんないもん!
 仕方が無いんじゃない!」
と、言い、
「それにさ、隼章とか増えちゃっているから、きちんと説明しないと解からないと思うよ。」
と、続けていました。

それで、よくよく考えてみると、ローバー君は、ベンチャー隊の副長として、活動に参加はしていたものの、途切れ途切れの参加であり、また、何かを分掌させて、その任務を達成させると言うことはしていませんでした。
今思うと、それは、私の思慮不足であり、かなりの怠慢だったと思います。
つまり、実践不足は否めないと言う事実が、はっきりと、露呈したと言うことでした。(>_<)!

とは言っても、今更、後戻りをする訳にも行かず、何回かに分けて、ベンチャー隊の話しを進めて行くことにしました。
また、先輩富士スカウトにも来て貰い、応援の形で、一緒に学習をして貰いました。 Img_4032 Img_4039 Img_4041
と、そこまでは良かったのですがぁ!

実際には、新隊長と共に、ベンチャー隊の活動を進めて行く、大事なバディとなる、副長候補のローバー君もいる訳でして、その彼にも、同席をして貰って、学習を進めたいと考えていたのですが、どうしても、二人の日程が上手く噛み合いませんでした。

『きゃさりん副長。』は、
「どうすんのぉ?
 同じことを、2回、説明するの?
 一つのことに対して、2日間、必要ってこと?
 それに、私も付き合うのぉ?
 気が乗らないなぁ。」
と、随分と辟易してしまっていました。

それに加えて、
「どうしたって、(新隊長と新副長の知識などに)差が付いちゃうんじゃなのぉ。
 (二人の)話が合うのかなぁ。
 とっても心配!」
とも言っていました。

私は、確かにその通りだと思いつつも、
「でもねぇ、隊長と副長のどちらかを選択するとなると、やっぱり、隊長じゃなのかなぁ。」
と、『きゃさりん副長。』をなだめつつ、どの様な方策があるのだろうかと、模索を続けておりましたが、結局は、その答えは見付かりませんでした。 Img_4043 Img_4044
私は、自分が、初めて隊指導者になった時には、一体全体、どうしていたんだろうと気になり、自分自身の記憶を辿ってみました。

その昔、と言っても、随分と昔なのですが、私が、少年隊の上級班長になった頃、その当時の、少年隊隊長が、
「平出君!
 こんなもの(教育規定)があるんだけど、一緒に読まない?」
と言って、お誘いを受けました。
その隊長は、スカウト経験は無く、ご自身の息子さんが、ボーイスカウトに入団して、ボーイスカウトとの関わり合いを持つ様になり、山歩きが趣味だったために、少年隊隊長となったばかりでした。

・ボーイスカウトのことは、何も解らない。
・何をしたら良いのか、見当もつかない。
・知識も技能もない。
・不安だらけ!

と、心の内は、その様なものだったと思いました。
そして、今更、他の指導者に聴いて回る訳にも行かず、私を誘ったのかも知れません。
多分ですが、そのお誘いのお陰で、その当時の、『教育規定』の学習が、その後の、私の隊指導者としての出発に当たり、とても役立ったのだと思います。
私には、隊指導者になることに対しての、抵抗感と言うものは、全く無かったと思います。


そんなことを想い出しながら、現状に照らし合わせてみたら、
(やっぱり、『教育規程』や『ハンドブック』の読み合わせしかない!
 時間が掛かろうが、同じことを、2回繰り返そうが、そんなことは厄介なことではない!
 やるっきゃないのだ!)
と言う、結論に至ったのでありました。

そのことを、『きゃさりん副長。』に伝えましたら、
「でもなぁ。
 できたら、(二人の)足並みを揃えて欲しいわよねぇ。
 何回もやっていたら、お爺ちゃん(私のこと)も、お婆ちゃん(『きゃさりん副長。』自身)も、その内、疲れちゃって、パタッと倒れちゃいそう。
 早く、会計も、備品も渡したいしぃ。」
と、ぼそぼそと言い続けていたのでありました。(^^;

さて、足並みが、全く揃わない二人ではありますが、それでも、メールでの連絡は、取り続けていてくれた様でした。

ただ、そこで困ったことが一つありまして、二人とも、

『副長は、隊長の代わりができる!』

と、思い込んでいたことでありました。

確かに、副長の、団会議などへの委譲的な出席は良いかも知れませんが、『進歩の認証』や、『ちかい式』など、隊長でなければできないものがあります。

よく間違ってしまうのが、
『団委員長と副団委員長の関係』
と、
『隊長と副長の関係』
です。

副団委員長は、団委員長に事故ある時は、代理することになります。
ですが、副長は、隊長より分掌を命ぜられた任務しか行えません。
副長は、隊長の代理はできないのです。
要は、『副隊長』と言う、名称などであり、『副隊長』が一人であれば、それは可能かも知れませんが、隊長の代わりは、任命をした団員会、つまり、団委員長しかできないのです。
従って、団委員長の責任はとても重くなり、賠償責任の責任も比例してしまいます。

と言うことで、新隊長と新副長が、
「上進式と、『ちかいの再認』は、副長が行う。」
と、言っていたのですが、それに対して、私は、
「止めておいた方が良くない?
 やっぱり、隊長が行うべきではないのかなぁ?」
と、話をし、一旦、止まって貰いました。

その様なことを考えると、やはり、『教育規程』と『ハンドブック』類の、読み合わせと読み込みは、とても重要だと思いました。

そして、『きゃさりん副長。』曰く、
「ほんと!
 疲れちゃうわよねぇ。
 これなら、私達が、(隊指導者を)やった方が速くない?
 楽だし!
 でもぉ、それだと、いつまでも私達がやるってことだよねぇ。
 やっぱり、疲れちゃうかぁ!
 頑張るっきゃ無さそうだよねぇ。」
と、宣われておりました。(^^; Img_4052
新隊指導者達への申し送り!

なかなか巧くいきません!(>_<)!

『きゃさりん副長。』も私も、ヘトヘトであります。(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

(つづく。)(^^;

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2016年6月 7日 (火)

『休まれては如何?』(^^;

(# 02)

おはようございます!(^o^)/

【休まれては如何?】(^^;

(※注:写真は、昭和62年(1987年)4月29日(水・祝)
        平成20年(2008年)11月8日(土)
        平成20年(2008年)11月9日(日)
                       のものです。)
 
お正月が明けて、2年に一度ですが、とても愉しみにしていたことがありました。
それは、県コミッショナーとの面談でした。

平成28年の本年は、その2年に一度の愉しみが回って来る年でありました。
しかしながら、本年は、その面談は行われず、県コミッショナーとは、面談の代わりに、メールでの遣り取りと言うことになりまして、とっても残念に思いました。
そして、その内容は、
「休まれては如何?」
と言うことでした。(^^;
私は、昭和60年(1985年)に、ボーイ課程の研修所を修了し、同62年に、ボーイ課程の実修所(第2教程)に参加させて頂きました。
同年11月には、ウッドビーズの伝達を受け、翌年の昭和63年3月には、県連盟トレーニングチームメンバー養成課程に参加させて頂き、同年4月からは、指導者講習会・研修所・非定型訓練(当時はそう呼んでいました。)等に、奉仕をさせて頂くことになりました。 0002
私自身は、研修所・実修所を修了したと言うだけで、まだまだ、右も左も全く判らないと言う、単なる若造に過ぎませんでした。
ところが、当時は、研修所は、春(5月)と秋(9月or10月)の2回開催され、裏方を担当する、本部員や奉仕員が、全くと言っていいほど、不足していました。
私は、同じ地区内(旧駿東地区)の、『U氏』に誘われると共に、会社の様子を伺いつつ、できる限りの範囲で、本部員として、研修所に奉仕をしていました。

そこで、『U氏』から、
「(研修所の)所員になりたくないか?
 とにかく、(本部員として)下積み5年だからな!
 それも、続けて、毎年だからな!
 俺も頑張るから、お前も頑張れよ!」
と、言われ続けていました。

その後、『U氏』が、研修所の所員として奉仕をされ始めた頃に、今度は、
「いいか!
 次は、所員として、最低5年だからな!
 それも、連続してだからな!
 年が空いたり、途切れたりしたら、もう一度、やり直しだからな!」
と、言われ始めました。

私は、何が何だか、さっぱり解からずにいたのですが、その後、
・(故)『三輪 悦爾』県コミッショナー
・(故)『原口 芳彦』県コミッショナー
・   『杉山 博通』県コミッショナー
・(故)『中村 昌春』県コミッショナー
に、お仕えする内に、その『U氏』の言葉の意味が、段々と判る様になったのでありました。

私と、年齢が、丁度、3回りも上の、(故)『原口 芳彦』県コミッショナーからは、
「研修所だけでは、足りないから、ジャンボリー等の奉仕も頼むよ。」
と言われ、10NJには、名指しで、7SCシニアー奉仕隊静岡第1隊の隊長に任命され、伊豆大島で開催された、第2回ローバーシンポジウムの広報班長として、派遣されたりもしました。

『杉山 博通』県コミッショナーからは、
「長泉地区の平出君!
 (実際は、駿東地区なのですが、どう言う訳か、そう呼ばれ続けられていました。(^^;)
 (地区)コミッショナーなんだから、早いとこ(コミッショナー)実修所に行っておいでよ。」
と言われ、これまた、何が何だかわからない内に、参加させて頂きました。

(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「何だ?
 行って(参加して)いない?
 何やってんだ!
 早く行って来い!」
と言われ、平成11年(1999年)10月に、那須に向かったのでありました。
県連トレーニングチームメンバーとして、11年が経過していましたが、『U氏』に言われ続けた『合算の10年間』は、気が付けば、満たしていたと言う訳でした。

那須に到着し、コースが始まって、2日後のことでした。
コースディレクターは、愛知連盟の(故)『伊籐 智是』日本連盟ディレクター(当時)でしたが、それが、突然、『鈴木 節子』同副ディレクター(当時)に交代することとなりました。
『鈴木 節子』氏は、当県連盟の重鎮中の重鎮であり、
「平出さん。
 (静岡県)連盟の代表なんだから、しっかりと学習して帰ってね!」
と、お言葉を掛けて頂いたのですが、その瞳の奥底からは、今まで味わったことの無い様な、重たい重たい光が、放たれていたのでありました。
ちなみに、女性のコースディレクターは、日本連盟としては、初であり、また、その時の奉仕を持って、『鈴木 節子』氏は、最後の奉仕とし、勇退の花道を飾ったのでありました。

翌年(2000年)3月に委嘱を受けまして、それから、今までの16年間、様々な課程で、また形で、奉仕をさせて頂きました。
しかしながら、脳出血を発症した翌月には、大阪市での実修所の奉仕が控えていた時でして、当時の所長以下、所員の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けしてしまって、言葉もありません!(>_<)!
誠に申し訳ございませんでした。
実際のところ、実働は、6年間と言っても良いかと思います。
脳出血を発症後の10年間は、指導者講習会と個別支援だけの奉仕となりました。

それでも、
・『小笠原 四郎』県コミッショナー
・『滝嶋 三郎』県コミッショナー
・『戸田 正明』県コミッショナー
は、私の身体を気遣いながらも、10年もの間、面談をし続けてくれたのでありました。

しかしながら、(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「奉仕ができなくなったら、潔く辞めるだに!
 だらだらしていたって、仕方が無いだに!
 次の人財に、席を空けるだに!
 おらだって、(県コミッショナー)の立場上、休む(休務)だに!」
と言われていました。 Img_4769
更には、私が師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、
「年を取ると、(奉仕をする)居場所が無くなるだに。
 定型訓練の奉仕は、難しくなるだに。
 入り込む隙間は、無くなるだに。」
と言われ、正確な年数は判りませんが、私が倒れる少し前でしたから、平成16年(2004年)頃だったでしょうか。
自ら、休務の道を選択されました。
また、その後、登録自体も辞められてしまいました。 Img_4693
※ここで、余談を少々。(^^;
(故)『原口 芳彦』様は、私より、3回り上の方です。
   『鈴木 節子』様は、私より、2回り上の方です。
(故)『中島 繁光』様は、私より、1回り上の方です。
要は、干支が、皆さん、『猪突猛進』と言うことです。(^^;

何れにしても、よくもまぁ、揃ったもんだと思いました。
また、皆様、私のことを気に掛けて、とても良く、可愛がってくださいました。
その様なご縁は、なかなか得られるものでは無いと思っております。

また、歴代の県コミッショナーを始めとしまして、数え切れないほどの、多くの皆様に、ご指導、ご鞭撻、また、多くのご支援と、ご協力、励ましの言葉など、勇気づけられることを頂戴いたしました。
改めまして、衷心より感謝申し上げます。 Img_2206
日本連盟からの、委嘱の条件は、
「定型訓練への奉仕」
と言うことでした。
しかしながら、私は、この2年間で、その要件を満たすことはできませんでした。

平成28年を迎えた段階で、(故)『中村 昌春』氏、そして、(故)『中島 繁光』氏の言葉を思い出しつつ、私は、
(もうそろそろ、良いんじゃないのかなぁ。
 『きゃさりん副長。』は、ウッドバッチャーになってくれたし、ローバー達も、研修所に参加してくれたし。)
と、考え始めていたのでありました。

また、師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、今の私と同じぐらいの歳に、休務を申し出ていました。
それで、とっても、短絡的ではありますが、
(ならば、私も!)
と、正月早々に、そう、決意することに至ったのでありました。

『きゃさりん副長。』は、
「まぁ、もう良いんじゃない。
 お休み! お休み!
 他の愉しみを考えたら。」
と、いつものお気楽さを発揮してくれて、私の心をなだめてくれたのでありました。

『潮時』と言う言葉は、本来は、
『適当な時機。好機。ちょうどいい時期。』
など、良い意味で使われるのですが、今回は、本来の意味では無い、
『ものごとの終わり。』
と言う意味で、使ってみたいと思います。

私も、『潮時』を迎えたのだと!(^^;

とっても寂しくもあり、正月早々に、『ものごとの終わり』を迎えるのには、とっても抵抗がありました。
また、自分自身に言い聞かせ、自分の心をなだめるのには、『無理』と言う言葉が付き纏いました。
しかしながら、『潮時』なのです。
皆さん、その時は、必ず迎えているのです。
そう考えるしか無く、またまた、『悶々とした平成28年』を、迎えてしまったのでありました。


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく)(^^;

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2010年7月18日 (日)

(きゃ#43) 『ぐるぐる!ぐるぐる!』(>_<)! (今現在)

休憩時間の、お終いの方にですが、ベンチャー君が、1枚の図柄が描かれた紙を取り出しまして、それを、ずっと観ていました。

そこで彼は、

『げっ! 気持ち悪り~! 眼が回るぅ! やっぱり、気持ち悪い!』

と、何やら、叫んでおりました。(^^;

一体全体、何をやっているのだろうと、その紙を見せて貰いました。

Img_0675

何やら、デザイン画の様でありました。(^-^)/

そこで、それをどうしたのかと聞きましたら、

『小野寺先輩に貰った。』

と言うのです。

『タケちゃん』が、そんなにも気の利いた物を、元々、持っているはずがなく、彼が持っているとしたら、ゲーム機か、ゲームソフトぐらいのもので、一体全体、どうしたのかと、ベンチャー君に聞くと、

『何でも、桃沢(ベンチャー研修所)で、貰って来たみたいです。』

との、応えでした。

それで、ベンチャー君に、

『一体全体、どの様に回って見えるんだ?』

と聞きますと、

『何て、言ったら好いのか判らないけれど、全体的に、うにぃ~って、回るんですよぉ。それで、勝手に、自由な方向に、回っているって言うか・・・。』

う~~ん。(^^;

ですが、私には、全く、回って見える事はありませんでした。

本当に、感覚が無いと言うか、年寄りと言うのか、とにかく、右に向けたり、左に向けたりしても、全く、変化は起きませんでした。

そこで!(^o^)/

『きゃさりん副長。』にも、見てもらう事にしました。

Img_0676

『どう? この絵だけど、回って見える?』

の、私の問い掛けに、『きゃさりん副長。』は、

『何が?』

との、応えだけでした!(^^;

私は内心、『やった!』と、心の中ででガッツポーズをしまして、

『これは、回って、見えるんだってよ! 回って見えない?』

と、さも自分が、回って見える様な口振りで言ってしまったのですが、直ぐに、『きゃさりん副長。』の逆襲に遭ってしまいました。(^^;

『本当は、自分だって、回って見えないんでしょ!』

確かにまぁ、図星でありました。(^^;

Img_0677

それからは、『きゃさりん副長。』と二人で、あ~でもない、こ~でもないと、図柄の描かれた紙を、あっちに向けたり、こっちに向けたりとしていましたが、結局は、何も変化は起きませんでした。(^^;

二人とも、単なる、時間の無駄遣いと、徒労に終っただけでありまして、本当に、『回らない』つまらなさと、ただ単に、『歳』を感じるだけで、ありました。(^^;

結局、最後には、

『ふ~~んだ! こう言うのは、若い人にしか見えないのよ! 私達、年寄りには見えないのよ! それで好いの! 世の中はそうなっているの!』

と、『きゃさりん副長。』の叫びで、この図柄の絵は、仕舞われてしまう事になりました。

ですがまぁ、本当に、年寄りには見えないのかなぁ?(^^;

と、思っていましたら、世の中には、とても親切な方が、数多く、いらっしゃるものです!

早速、その情報を、教えて頂く事ができました!(^o^)/

何でも、『錯視』と言うのだそうです。

それでそれは、

『北岡明佳の錯視のページ』

http://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/

と言う所に、載っているとまで、教えて頂いてしまいました!

そこで早速、ホームページを観に行きましたら!(^o^)/

『ぐるぐる! ぐるぐる!』

回るではないですか!(^o^)/

どうやら、『歳』は、関係が無かった様です。

どうも、印刷の具合で、色合いが良く無かった様でありました!

ですが、いや!

待てよ!

どの道、色合いが悪くても、ベンチャー君が回って、私達が回らなかったと言う事は、結局は!

『歳』のせいなのでしょうねぇ。(^^;

『きゃさりん副長。』は、

『さぁ、休憩終わり! 次に進みま~す!』

との、事でありました。(^^;

(つづく・・・。)

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2010年6月16日 (水)

(きゃ#11) 『評価・反省!』(^o^)/ (今現在)

ベンチャー君の、『プロジェクト報告書の作成』が、一段落をしまして、また、『タケちゃんインストラクター』の、コメントの記入も、一区切りが付いた様でありました。(^-^)/

今回の隊集会は、『きゃさりん副長。』が、ウッドバッジ実修所の『基本訓練』に参加をし、その後、自らが『企画・計画』をした、初めての隊集会でありました。

また、『タケちゃんインストラクター』は、ウッドバッジ研修所を修了して、初めて、『インストラクター』として、参加をした、隊集会でもありました。

さてさてそこで、早速、『評価・反省』を、行ってみる事に致しました。

まずは、時系列から追って、時間配分が、妥当だったかどうか、から始めました。

実際、『きゃさりん副長。』には、本当に酷な話なのでありますが、彼女は、『技能訓練』の『基本動作』に、どの位の時間が掛かるのか?

また、どの程度の時間を必要とするのかが、さっぱり、判ってはいません。

そこで、大体の時間を記入したとしましても、要は、実践不足なのであります。

ですがまぁ、そう言う事なので、『奉仕実績訓練』を行うのでありますが・・・。(^^;

次は、隊集会の内容に付いてであります。

『技能訓練』の内容の選択は、妥当であったのか?

インストラクターの活用はできていたのか?

事前の打合せは、充分であったのか?

などが、検討をされて行きます。

Img_0490

ですがここで、『タケちゃんインストラクター』は、どうしても、『基本動作』の評判が、気になって仕方が無かったのでしょうね。(^-^)/

ベンチャー君に、

『どうだった? 楽しかった?』

と、感想を聞いておりました。

まぁ、感想を聞くのは、一向に構わないのですが、やはり、感想は感想であります。

ベンチャー君から返って来る言葉と言えば、

『楽しかった。』

『疲れた。』

『でも、面白かった。』

『参考になった。』

などの、途切れ途切れの言葉になってしまいます。

結局、それらの言葉は、『感想』と言う事になってしまいます。

『評価・反省』の言葉としては、

『久々に、基本動作を行ったが、できていない部分もあったので、継続的に行なって行った方が好い。』

とか、

『時間的には丁度良く、また、インストラクターの指導も、適切であった。』

とか、

『次回は、国旗掲揚の動作も行いたい。』

など、より具体的な話であり、また、次回のニーズも出して貰えると、とっても有り難いのですが、なかなかそうは、好い言葉が返って来るものではありません。

『評価・反省』は、とても難しいものでありまして、

『何を評価するのか?』

また、

『評価の基準は、何処に置くのか?』

など、とても細かな要素が含まれて来てしまいます。

まsぁ、それらに付きましては、やはり、段階的に訓練を積んで行かないと、無理な相談なのでしょうね。(^^;

そして、『プロジェクト報告書の作成』に付いては、やはり、

『やり方を忘れている。』

『活動を行なったならば、直ぐに、報告書の作成を行なった方が好い。』

などの話を貰いました。

Img_0491

ただここで、『タケちゃん』ですが、話し合いの中で、多少、慣れてきたのでしょうか。

『歌は、アカペラでなくて、ちゃんと歌いたい。それに、しっかりと覚えたいです。ですので、CDがあれば、それを使って貰えませんか?』

それから、

『技能訓練は、単調になると面白くないので、やっぱり、ゲーム化してください。』

『スカウティングはゲームです!』

など、どうやら、研修所で教わって来ました事だと思うのですが、しっかりと、述べておりました。(^^;

他にも、『タケちゃん』は、意見を述べておりましたが、それらに付きましては、『きゃさりん副長。』が、しっかりと、記録をしていた様でありました。

今回の隊集会、そして、向こう2ヶ月間の隊集会は、『きゃさりん副長。』運営の下の隊集会となります。

『奉仕事跡訓練』の期間は、3ヶ月間と定められています。

隊集会を、『企画』し、『計画』をして、『実施・展開』をする中心人物は、『きゃさりん副長。』と言う事になります。

またそれを、『評価・反省』し、次回の隊集会の計画に生かすのも、『きゃさりん副長。』であります。

まだ、始まったばっかりですが、『タケちゃん』の様な協力者を得て、何とか頑張って貰いたいものです!(^-^)/

(つづく・・・。)

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2010年6月 5日 (土)

さらば!『IPPEI副長』(T_T)/~ (今現在)

『きゃさりん副長。』と、お手伝いに来て下さっていた女性とで、様々なお話しが、展開をされていました。

『次回は、お茶室を使ってみたい。』

『清水町の公民館(今現在は地域交流センター)には、お茶室は無いのかなぁ。』

などと言う、お話が交わされていました。

それよりも何よりも、

『団で、プログラムを展開しなくっちゃ! それで、もっともっと、協力者を集めて、スカウト達も育てなくっちゃ!』

と言う事の方が、先決の様でありました。

私は、そのお話しを横で聞いていたのですが、その頃『IPPEI副長』は、

Img_0440

すっかり、夢の中におりました。

奉仕日の、前夜の事に付きましては、何も聞いてはいませんでした。

ですので、夜更かしをしたとか、眠れなかったのかなど、何も聞いてはおりませんでした。

疲れてしまったのでしょうか?

眠りは、随分と深かった様でありました。

『きゃさりん副長。』が、横でちょっかいを出そうが何をしようが、何の変化も起こりませんでした。(^^;

Img_0441

いや、それ以上に、彼の眠りは、どんどんと、深まって行ってしまった様でありました。(^^;

姿勢は、どんどんと左に倒れて行きまして、結局は、椅子を並べて、横になってしまいました。(>_<)!

Img_0443

何か、相当、疲れていたのでしょうか?

とにかく、うんともすんとも言わずに、深い眠りに入ってしまった様でありました。

今回の『出張お茶会』は、確かに、『IPPEI副長』に、大きな負担が掛かった事は確かでありました。

ベンチャースカウトは、誰も奉仕には来ない!

ローバースカウトも、誰も奉仕には出て来ない!

団委員長と団委員がお手伝いに来ても、勝手が判らずに、動きが取れない。

など、気を病む事も、多々あったと思います。

ですが、実際のプログラムの展開では、全てがスムーズに、運ぶ事ができました。

それはやっぱり、『IPPEI副長』のお陰だったのでは無いのでしょうか。

ただ問題は、この次の日、月曜日の朝から始まってしまいました。

『IPPEI副長』から、突然、私の所に、メールが舞い込んでしまいました。

『スカウティングに、不信感を抱いた。』

『僕のボーイスカウトは、これで終わりです。』

『理由は聞かないで下さい!』

『さようなら!』

等々・・・。

確かに彼は、実修所の基本訓練に参加をする前から、不穏な動きがありました。

また、怪しげな、発言も度々繰り返していました。

私は、『IPPEI副長』の、その様な兆候は、確かに、把握はしていました。

ですが、その都度、『IPPEI副長』に対しまして、対処はしていませんでした。

それは、過去の経験も踏まえまして、不平不満をやたらと述べている時には、返って逆効果になってしまうからであります。

相手の気持ちを、逆撫でしてしまったり、相手の怒りを増長させてしまう場合があります。

ですので、観察を続ける事に、決めていた訳でありました。

彼が、実修所の基本訓練から戻って来た時に、ベンチャースカウトと共に、スカウトハウスで待っていました。

そして、ベンチャースカウトと、『きゃさりん副長。』と『IPPEI副長』を出迎えた時に、彼は、

『何をやっているんですか! 帰って来るに決まっているじゃぁ無いですか! (出迎えなんていいから)家で大人しくしていて下さいよ!』

『ベンチャーまで待たせていたなんて、何をやっていたんですか!』

『この団は、今に潰れますよ!』

『どうせなら、潰してしまった方がいいんじゃないですか!』

『団の人達は、もっと学習をしなければいけないです!』

などなど、多くの文句を述べていました。

考えてみましたら、『IPPEI副長』は、確かに一人で頑張って来ました。

ベンチャー達の面倒を観て、そして、私の体が動かない為に、ベンチャー達との活動は、彼がいつも一緒でありました。

富士登山も、県連の面接も、日連の顕彰式も、全て彼は付き合い、そして、運転手をして来ました。

他のローバースカウト達と言えば、21時頃に集まり、食事に行き、腹ごなしにボーリングをし、そして、朝方まで麻雀をやって、ローバーの活動と称し、随分と遊び捲くっていました。

そんな事を、横目で観ながらでも、『IPPEI副長』は、たった一人で、頑張って来たのでありました。

ですが私は、いつかは破綻するとも、感じていました。

『IPPEI副長』本人は、頑張っていたのでしょうけれども、やっぱり、24歳の若者であります。

到々、自分で自分を、コントロールする事ができなくなってしまった様でありました。

無理をし過ぎたのでしょうか?

我慢をし過ぎたのでしょうか?

彼の、鬱憤と、疑問と、怒りと、文句と、全てを放棄してしまいたい気持ちが、一挙に、爆発をしてしまった様でありました。

『メールはしないで下さい!』

『勿論、電話も受けません!』

それが、彼の、最後のメールでした。

『出張お茶会』で、団委員長や団委員の方が、だらしなかったとは、決して思いません。

ですが、『水屋』で、何があったのかは判りません。

彼は、黙って、『水屋』で作業を行っていました。

結局、そこで、何かを考えていたのではないのかと思われます。

その泣きかを考え込む内に、何かの考えに取り付かれてしまったのかも知れません。

そうして、結局の所は、爆発に繋がってしまった・・・。

今となっては、その程度の事しか考えが及びません。

そして、メールを送り付けて来た次の日の火曜日、彼は密かに、私の家に、備品を置いて行きました。

それも、こそっと、であります。

尚且つ、『ハット』であるとか、彼に貸しておいた『雨具』であるとか、『手旗』であるとか、そんな物だけでした。

きっと、とりあえず、眼に入った物を、適当に掻き集めて、持って来たのでありましょう。

とても浅はかな、安直な考えであります。

まるで、小学生のガキが、行なう様な行為であります。

その事も、とっても危険な行為であります。

私は、その事には、触れないでおこうと思いました。

そこまで、彼の行為が及んでしまいますと、もう、どうにもなりません。

考えの爆発の上に、行動の暴走化が始まりますと、それはもう、精神状態が、途轍もなく、不安定になっていると言う証拠でもあります。

何処でどうなってしまったのか?

本当に、残念でなりませんでした。

ですが、ここで、彼を相手にしてしまったら、彼は、ダークサイドに、増々、どんどんと、のめり込んで行ってしまいます。

従ってここは、とにかく、静観をするしかありませんでした。

『きゃさりん副長。』とも話をしたのですが、やはり、様子を観ようと言う事になりました。

ですが、『きゃさりん副長。』は、

『IPPEIは、もう多分、戻っては来ない! そう感じるの!』

と、言っていました。

女性の勘とでも言うのでしょうか。

私も確かに、その様に、感じていました。

『IPPEI副長』を失うのは、物凄く大きな痛手であります。

また、4年以上の歳月を掛けて、ここまで来て貰った訳ですから、こちらとしましても、とても辛く悲しい話であります。

ですが、仕方がありません。

今は、どうする事もできないのです。

彼が、頭を下げて、再び、戻って来るとは、到底、思えません。

彼も、その様な事は考えてはいないでしょうし、スカウティングに、戻って来る気も無いと思います。

本当に、仕方がありません。

『IPPEI副長』いや、『IPPEI』君とは、今が、決別の時なのでしょう!

さらば! 『IPPEI』!

今まで、色々とありがとう!

何とか、幸福な人生を送って欲しい。

それだけが、私達の願いであります。

本当に、悲しい結末になってしまいましたが、こんな顛末も、あるのですね。(^^;

(おしまい。)

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2010年5月17日 (月)

『一人では・・・。』(>_<)! (今現在)

『IPPEI副長』は、孤軍奮闘で、ローバー隊の中でも、一人で頑張っていてくれました。

そして、指導者型のローバー隊の実践としまして、隊指導者訓練の定型訓練にも、積極的に、参加をしてくれました。

『ボーイスカウト講習会』。

そして、『ウッドバッジ研修所ベンチャースカウト課程』。

また、『ウッドバッジ研修所ボーイスカウト課程』にも、参加をしてくれました。

本当によく、自己研鑽を積み、自己研修も行ってくれました。

ですが・・・。

この頃になりますと、ローバー隊は、『IPPEI副長』を含みまして、4名にまで、クルーメンバーが減少をしていました。

一学年上の先輩達は、大学卒業後、2名の者が、この運動から離れて行ってしまいました。

そして、残りの2名も、ローバーの活動には、めっきり姿を現さない様になっていました。

それから、『IPPEI副長』の同級生のローバーも、同様に、ローバー活動には、全く姿を現しませんでした。

要は、『IPPEI副長』は、独りぼっちだったのです。

それでも『IPPEI副長』は、一人でも頑張っていてくれました。

団の広報が、全く行われていないと知ると、広報用のパンフレットを用意し、それを配布してくれたりもしてくれていました。

団委員会が、ベンチャーの活動に協力的で無い事を知りますと、積極的に、運転手もしてくれました。

ですがここで、大きな問題が出て来てしまいました。

一つは、隊指導者訓練への参加です。

今現在、ローバー隊では、『ボーイスカウト講習会』及び、『ウッドバッジ研修所』への参加を義務付けています。

これは、過去に、指導者養成を何も行って来なかった、団の非常に好ましくない、苦い経験からであります。

とにかく、若い溌溂とした指導者は、この運動(スカウティング)には、絶対に欠かせないものです。

それを怠っていた団は、とんでもない『団』だったのです。

『IPPEI副長』は、それを理解し、納得して、定型訓練コースに参加をしていてくれました。

しかしながら、『IPPEI副長』以外の3名はと言うと、あれやこれやと、様々な理由をこじつけて、結局、『ボーイスカウト講習会』しか、参加をしませんでした。

それも、『I君』に至っては、2回もドタキャンをしました。

その上、『ボーイスカウト講習会』で頂いた、折角の資料を、何と!スカウトハウスに放置をしてあるのです。

『G君』は、『ボーイスカウト講習会』の当日、約束の時刻に、スカウトハウスに現れませんでした。

慌てて自宅まで迎えに行きまして、危うく、敵前逃亡を阻止する事ができました。

しかしながら、『ウッドバッジ研修所』は、参加申し込みをしたのに、わざと仕事を入れまして、到々、逃げ切ってしまいました。

『IT君』は、『IPPEI副長』とは、同級生であります。

『ボーイスカウト講習会』への参加は、『IPPEI副長』と一緒でした。

ところが、その後です。

『IT君』は、逃げ回りの人生を選択してしまいました。

とにかく、逃げ回るのです。

電話には出ない!

居留守は使う。

やばいと判断をしたならば、自宅から、逃亡を図る。

そして、行き先知れずになってしまう。

その様な状況を見ていました『IPPEI副長』は、当然の如く、私に文句を呈して来ました。

『隊長の、指導が悪いんじゃないですか?』

『僕、一人だけ参加して、何だか損をしている感じがします。』

『僕、一人だけ、苦労をしているみたいで、馬鹿みたいです。』

『どうして、他の人は、参加をしないのでしょうか? 教えて下さい。』

とまぁ、苦言は呈しますが、彼の優しさがどうしても出てしまうようでして、彼は、それ以上は、私を追及する事はありませんでした。

ですがやはり、その我慢も限度を迎えてしまった様でありました。

その3名の、のらりくらりとした姿。

また、真摯に立ち向かおうとしないその姿。

そして、ローバー隊を、見習ローバーのままで、去って行ってしまった事。

そして、何も研修を積まないでも、自分と同等に、一端の指導者として扱われている事。

などなど。

そしてその3名が、ボーイ隊で、のらりくらりと過ごしている姿を見ましたら、確かに私でも、相当、頭に来ます。

そしてその事を、ボーイ隊の指導者達が、許してしまっている事。

実は、『IPPEI副長』以外の3名は、ボーイ隊に引き取って貰いました。

と言うのも、ボーイ隊が、かなりの低レベルであるからです。

隊指導者を始めとしまして、『お遊び』の伝統が残ってしまったボーイ隊は、どうし様も無い位に、レベルが低下をしてしまっています。

そこであれば、彼等3人も、この運動から、とりあえずは逃げ出す事は無いと思ったからでありました。

員数合わせでは無いのですが、居れば何かの役には立つかなと、思ったのでした。

ですがそれが、とんでもない、逆効果だった様でありました。

『IPPEI副長』にとりましては、

『気に入らない!』

ただ、その一言に、尽きると思いました。

そして、今回の、『実修所』の『基本訓練』への参加でありました。

彼は、今回の参加は、頑なに拒んでいました。

本当に珍しく、頑なでありました。

それと言うのも、やはり、

『自分だけ? 独りだけ? どうして、僕だけが、研修をしなければならないの?』

と言う、気持ちが強かったに違いないと感じています。

ですが、実際には、本人に聞いてみない事には解らない話であります。

ただ、私がそれを強要してしまったこと。

その事が、大きな引き鉄になっていることは、間違いが無いと感じています。

『IPPEI副長』の反乱、とも言える、彼の今までに無かった言動。

彼の心の中は、穏やかでは無い事は、確かだと感じました。

それから・・・。

やっぱり、『独りぼっち』は、好くない様であります。

『IPPEI副長』と同級生の『IT君』ですが、彼は、ボーイ隊の副長と、とっても仲良しです。

プライベートで、一緒にボーリングに行ったり、一緒に食事に行ったりと、とても好く一緒に行動をしています。

その事が、『IPPEI副長』にとりまして、羨ましいのかどうなのかは判りませんが、確かに、気にしている事だけは確かであります。

かなり頻繁に、『IPPEI副長』の口から、『IT君』の話も出て来ます。

実は、『IT君』は、私の手元に置いておきたかったのです。

しかしながら、現実は、そうは上手くは行きません。

『IT君』と『IPPEI副長』で、ペアを組ませて、切磋琢磨をお願いしたかったのですが、脆くも画策は、崩れ去りました。

そして、『IT君』は、ボーイ隊に逃亡をし、『IPPEI副長』は、私の下に、置き去りにされてしまった訳なのです。

それにまた、その事に、追い討ちを掛けてしまう事があります。

ボーイ隊副長は、とっても器用な人間であります

また、やり手の営業マンでもあります。

その為か、また、会社社会でもまれたのでしょうか。

お酒は嗜みませんが、『遊び』に関しましては、ピカイチなのであります。

麻雀・ゴルフ・将棋やトランプ・・・、などなど。

どれをとっても、何をさせても、私達は、誰も敵う事ができません。

そして、『I君』や『G君』、『IT君』達を集めては、食事に行き、麻雀をし、夜中まで『遊び』に付き合ってあげています。

特に、『I君』や『G君』などは、ボーイ隊の活動には、顔も出さないのに、ボーイ隊副長の呼び出しには応じ、そして、遊び捲くっているのです。

また、『I君』の場合は、21時まで仕事だと言います。

ボーイ隊副長は、わざわざ『I君』の都合に合わせて、21時過ぎに集合を掛け、食事に行き、会議を行い、それから遊ぶのです。

一見すると、ボーイ隊の指導者達は、とても仲良しに見えます。

ですが、私に取りましては、本当に、『眼の上のたんこぶ』なのです。

やってはいけないこと。

そして、『I君』達の、ご機嫌取りにしか、思えないのです。

『IPPEI副長』の場合は、昼間から、ベンチャー達と一緒になっての活動です。

当然、夜中までは、お付き合いができなくなります。

ですが、『IPPEI副長』の様子を観ていますと、やはり彼も、遊びたいのでしょう。

そして、同年代の仲間達と、一緒になって、遊びたいのだと思います。

ですが、それができない。

そして、『研修所』も『実修所』も、経験をしてしまっている現在、僅かながら、疎外感も味わっている事だと思います。

その葛藤たるものは、かなりの辛酸を味わっている事だと思います。

片や、スカウティングも何も展開をせず、そして『遊び』が中心となってしまっている集団。

片や、『富士スカウト』を誕生させようと躍起になっている、初老の隊指導者・・・。

どちらが好いのか、どちらを選ぶのか。

その様なことは、全く解り得ぬところであります。

ただ、『IPPEI副長』の眼には、一体全体、何が映っているのか。

楽しい事を、欲している事だけは、確かな様な気がします。

『IPPEI副長』は、どうやら、大きなストレスを抱えてしまった様であります。

そして、ボーイスカウトのダークサイドが、光り輝いて、観得て来てしまった様であります。

苦しく、辛くなってしまったら、人間、どうしたって、楽しく、楽に観得るものの方に行きたくもなります。

また、苦言を呈し、反抗をし、反乱も起こすのだと思います。

『IPPEI副長』が、『実修所』の『基本訓練』から戻って来てからの、私に対して吐き出した、数々の暴言。

一応、危険信号と受け取ったのですが、やはり、根本的な原因が掴めていません。

ですが、『IPPEI副長』は、私に対しまして、反乱を起こす事になってしまいます。

今現在は、彼との通信は途絶えています。

とっても悲しい事であります。

ですが、今の状況では、彼は戻って来そうにもありません。

その仔細に付きましては、また後日、記載をしたいと思います。

今回は、とりあえず、ここまで!

(一時中断。)

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2010年5月13日 (木)

『クールダウン!』(^-^)/ (今現在)

『研修所』に参加をしてた、ローバースカウトの帰りを待っている時でした。

『IPPEI副長』が、ボヤキとも、独り言と取れる様な言葉でしたが、結局は、私に言っていたのでしょう。

『何で、ローバーを待つのに、わざわざベンチャーまで呼ぶかなぁ。』

『帰って来る大体の時間が判っているのに、何で2時間以上も前から待たなきゃなんないのかなぁ。』

これはもう、明らかに、危険信号でありました。

ですがこれは、その言葉に、一々反応し、一々受け答えをすると、逆効果になります。

余計に相手を刺激し、相手は更に、違った言葉を口にし出す様になります。

考えてみましたら、5月3日の事でした。

『IPPEI副長』と『きゃさりん副長。』が、『実修所』から戻って来た時でありました。

その時も、私とベンチャースカウトは一緒に、二人の帰りを待っていました。

そして、『IPPEI副長』が、スカウトハウスに戻って来た時の第一声が、

『何で、待っているんですか? 家で大人しくしてて下さいよ。』

『ちゃんと帰って来るんだから、メールとか電話とか、しないで下さいよ。』

『何で、かつっちゃ(ベンチャースカウトの愛称)もいるんですか?』

『ベンチャーの集会って、二人で何をやってたんですか? 休みなのに、付き合せて可哀想に。』

とまぁ、そんな感じでありました。(^^;

『きゃさりん副長。』に、色々と聞いてみたのですが、『IPPEI副長』に、特段変わった所は無かったと言っていました。

ですが何か様子がおかしいのです。

精神的に、何かおかしなダメージを受けていなければ良いのですが、私に対しまして、攻撃的になってしまったのです。

そして、ローバースカウト達が、『研修所』から戻って来ました時にも、

『こんなに疲れているんだから、早く家に帰してやりゃあ好いのに。』

『記章なんて、後からだって好いのに。』

『セレモニーだって、疲れちゃうのに。』

などなど。

とにかく、様子はおかしくなっていました。(>_<)!

一旦、『IPPEI副長』の話は、置いておきまして、確かに、『研修所』から戻って来ましたら、その疲れの度合いから、できるだけ速く、自宅に帰してあげたいとは思います。

ですが、『研修所』から戻って来ました『その時』に、『その時』だけしかできない事が多くあります。

そのタイミングを逃してしまいますと、折角『研修所』に参加をして来たのに、その効果を、薄めてしまう事があります。

と言う事で、『セレモニー』が、必要になってきます。

まず、『労いの言葉』は、絶対的に直接、言ってあげる事が必要だと思っています。

それはまた、逆の意味もありまして、今回のローバー達の様に、顔色や表情、姿などを確認して、状況を把握する必要があります。

そして、『記章の授与』は、自意識を高める効果が得られます。

『研修所』修了時には、『ウォッグル』と言う、皮製のチーフリングが授与されますが、それと共に、『指導者訓練修了章』を、遅滞無く着用することは、意識を高め、その『研修所』が何だったのかを、再認識させる事ができます。

そして、『記章について話しをする』事は、自分がこれから進むべき方向を、はっきりとさせてあげる事ができます。

とにかく、『研修所』から戻って来ましたら、ある程度のセレモニーは、行ってあげるべきだと、私は考えています。

それから、『クールダウン』です。

『研修所』から戻って来ますと、殆どの方々が、興奮状態にあります。

参加した本人には、全く、自覚症状はありませんが、本当に、ハイテンションになっています。

ですので、一旦、気持ちを落ち着かせる必要があります。

特に今回のローバー達の状況では、尚更の事です。

そのまま家に帰してしまっては、とてもではないですが、元の自分を取り戻す事はできません。

今回は、『きゃさりん副長。』が居てくれたので、とても助かりました。

『お茶の一服』も、効果覿面でありました!(^o^)/

実際、『研修所』から、自宅にそのまま戻ってしまうとどうなるのかと言いますと、自宅に戻った時に、ガス抜きができれば良いのですが、要は、自宅に、スカウティングを理解し、研修所の事を理解してる人がいれば良いのですが、なかなかそうは行きません。

話しを聴き、共感をしてくれ、理解を示してくれ、気持ちを鎮めてくれる人がいれば良いのですが、大体が、

『早く荷物を片付けて、早く洗濯物を出しなさい!』

『明日は学校(仕事)でしょ! 準備はできているの?』

『早くお風呂に入って、早くご飯を食べて、早く寝なさい!』

となってしまいます。

それでは、研修所から戻って来ましても、誰にも何も話す事ができず、また、研修所の追い討ちを掛けられた様な感じで、ただただ、辛いだけの話しになってしまいます。(>_<)!

ですので、話しを聴き、気持ちを鎮めるクールダウンは、研修所から自宅に戻るまでの間に、どうしても必要だと感じています。

と言う事で、私は、

『研修所での出来事は、自宅には、持ち込まない! とりあえず、スカウトハウスに置いて帰る!』

と言う、方針を採っています。

そして、できればと言いましょうか、できるだけ、『評価・反省』も行いたいものです。

『研修所』から戻って来た『その時』に行う、『評価・反省』は、絶大な効果を発揮します。

大体の皆さんが、疲れてしまって、放置と言いましょうか、『評価・反省』を放棄しがちですが、私の経験上、後からきちんと『評価・反省』をされた方は、殆ど見ては居ません。

本当に、惜しい事をされていると思います。

今回は、『IPPEI副長』の不服もあったのですが、一通りの事を、行う事ができました。

Img_0299

とにかく、『クールダウン』には、成功をしたと思いました!(^o^)/

一人は、その日の内に、御殿場まで戻らなければならず、もう一人は、早朝、愛知まで戻らなければなりませんでした。

彼等の笑顔が戻り、ほぼ、いつも通りの姿に戻ってくれて、本当に嬉しく思いました。

ですが、『IPPEI副長』は、それでも不服だった様でしたが・・・。(^^;

そんな『IPPEI副長』でしたが、やっぱり、後輩たちが可愛かったのでしょう!

Img_0300

最後は、ローバー達を、しっかりと、送り届けてくれました!(^o^)/

と言う事は、『IPPEI副長』の不満は、私に向けられてある様でした。

ですが、ローバー達のこの笑顔!

とてもではないですが、『研修所』から戻って来たばかりの時とは、比べ物になりません!

本当に、良かったと思いました!(^o^)/

そうそう、忘れていました!(^^;

最後の最後まで付き合ってくれたベンチャー君。

Img_0303

『僕は、自転車で帰ります。』

そう呟いて、帰って行きました!

彼にもまた、感謝をしたいところであります。

彼は、ローバースカウトの先輩の姿を見ていて、始めはかなり心配をしていたそうでありました。

ですが、その変貌振りを見まして、本当に、安心をしたと言ってくれました。

その言葉を聞きまして、ベンチャー君が、しっかりと見ていてくれた事に感謝したいのと、その言葉によって、私の気持ちも、救われた様な気がしました!(^o^)/

とにかく、今回の『ウッドバッジ研修所』への参加は、とても良い、効果を表した様でありました。

本当に、好い結末を迎えられて、良かったと思いました。(^o^)/

ただ、一つ、心に引っ掛かる物はありますが、それは、またと言う事で・・・。(^^;

(おしまい、です!)

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2010年5月12日 (水)

『笑顔の復活!』(^o^)/ (今現在)

『お茶』頂き、『お菓子』も頂き、そして、喋るだけ喋ったと言いましょうか、吐き出すだけ吐き出したと言う感じのローバー君達でしたが、本当に、笑顔も戻り、言葉も軽やかに、口も滑らかになり、いつもの姿を、すっかり、取り戻していました。(^o^)/

Img_0296

彼等は当初、『IPPEI副長』に対しまして、話しをしていましたが、その内に、段々と、自分達だけで話しをする様になっていました。

私は聞き耳を立てて、彼等の話を聴いていたのですが、どうやら二人で、評価・反省をしていた様でありました。

『評価・反省』。

一言で言ってしまえば、とっても簡単に聞こえますが、実はこれ程、難しいものは無いと思っています。

ボーイスカウト日本連盟は、過去に、登録者数、約33万人を数えた事がありました。

ですが今現在は、その半分以下の、約16万人です。

とにかく、1年に1万人近くの人々が、この運動から離れて行ってしまっています。

と言うのも、登録者数がとても多かった時には、『評価』もなにも、何もしないで良かったのです。

どんどん増え続ける登録者数に対しまして、ただ浮かれていたと言う事です。

では、登録者数が減少に転じた時に、しっかりと『評価』を行ったのか?

でもそれは、とても無理だったと思います。

世の中は、バブルの時代。

ボーイスカウトもバブルの時代。

誰も何も、気が付かなかったのだと思います。

仮に、警鐘を鳴らす方が居たとしても、みんなの耳には、響かなかったのだと思います。

と言う事で、『評価・反省』です。

『評価・反省』がしっかりと行われないと、登録者数の減少と同様に、どんどんと、先細りが始まってしまいます。

要は、『研修所』修了後に、

・参加した当初の目的は、達せられたか?(評価)

・新たに発生をした課題は何か?(反省)

せめてこの二つ位でも、考えるのと、考えないのとでは、雲泥の差になってしまいます。

果たして自分は、何を得てきたのか?

果てして自分は、何をしたら良いのか?

それさえも判らなくなってしまいます。

そして、折角『研修所』に参加をしたのに、それが、全く、無意味なものになってしまいます。

要は、『研修所』で学習をしたものを、全く、生かせなくなってしまいます。

それから、できるならば、『評価・反省』は、その修了時点で行うべきものです。

『後からでいいや。』

ぐらいに思っていますと、とんでもない眼に遭ってしまいます。

要は、『忘れてしまう!』のです。

とにかく、『喉元過ぎれば熱さ忘れる。』ではありませんが、『評価・反省』にも、絶対的にタイミングが必要です。

それを逃してしまいますと、本当に、徒労に終ってしまいます。

それが、その事が、みんなが、判っていれば良いのですが、それを理解してくれている指導者は・・・。(^^;

果たして、どの位の方が、いらっしゃるのでしょうね?(^^;

さてさて、ローバー君達ですが、

Img_0297

彼等は、富士章受章スカウトでもありました。

その富士章を取得する為には、自らが設定した『プロジェクト』を行い、『プロジェクトアワード』を、3つ以上、取得しなければなりません。

そして、その報告書の中で、『評価・反省』を行わなければなりませんでした。

と言う事で、彼等にとりましては、私に言われるでもなく、『評価・反省』を行うのが、当り前と言いましょうか、どうやら、身に付いていた様でありました。

彼等の話を聴いていましたら、まずは、現状分析と言いましょうか、起こった事実について、話をしていた様でありました。

『いやぁ、とにかく、準備不足だった。』

『隊長から、色々と話しを聞いていたのに、単純に考えていまた。』

『班の皆さんが(技能が)凄くて、何をしたら良いのか、何から手を付けて良いのか、さっぱり判らなかった。』

『皆さんに、付いて行くのが精一杯だった。』

『班の皆さんの、足手纏いになってしまった感じがして、申し訳無く思っている。』

『やっぱり、技能不足だと感じた。』

『体力には自信があったのに、こんなに、疲れるとは思わなかった!』

『時間がある様に思っていたんだけど、結局、時間が無くなっちゃって、時間に追われる様になっちゃって、それで疲れちゃって、とにかく、悔しい思いをした。』

『富士スカウトの方がいて、その方が凄くって、自分なんかは、足元にも及ばなかった。』

『学習の方は、それなりに理解はできたけど、技能が、何だか、とっても足りない気がした。』

などなど・・・。(^^;

とにかく、切が無い様な感じでありました。

彼等の話を総合してみますと、どうやら、自分自身に腹が立って、とても不甲斐無い思いをしていた様でありました。

それで自分自身が情けなくなり、随分と気落ちをしていた様でした。

私は、そんなに、自分自身を責めることも無いのにと思っていたのですが、どうやら彼等は、それでは、自分を許す事ができないでいた様でした。

私は、その事を聴きまして、随分と驚きました。

普通であれば、『研修所』から戻って来ますと、大体の方々が、不平不満ばかりを、のたまわってくれます。

本当に、文句、タラタラであります。

ですが彼等は、そんな事はありませんでした。

そして、

『やっぱり、駄目だよなぁ。もうちょっと、技能を付けないとなぁ。』

『体力だよ! 体力! もうちょっと、体を鍛えんとなぁ。』

『準備だって、必要だぜ! もうちょっと、本を読んでおけばなぁ。』

『確かに、準備は、足りなかった。』

『でも、3泊4日の研修をやって来れたから、良かったよなぁ。』

『確かに乗り切れて、本当に良かった。』

と言っていました。

どうやら、新たな目標も、見定まった様でありました。

Img_0298

そして最後に、

『参加をしてみて、どうだった?』

と、聞いてみました。

すると彼等は、

『そりゃ、楽しかったですよ!』

『行ってみて、良かったです。』

『勉強になりました。』

『好い経験になったと思いました。』

『色々な人を見る事ができて、本当に、楽しかったです。』

との事でした。

本当に、安心をしました。

帰って来たばかりの時は、そのボロボロの姿を観まして、一時は、どうなる事かと思いましたが、本当に、安心をしました。

また、彼等の逞しさにも、感心をしてしまいました。(^-^)/

本当に、良かったと思いました。

ただ、ここで一つ、困った事が起こってしまいました。

『IPPEI副長』の様子が、おかしくなってしまったのです。(^^;

ですがその事は、別の機会に・・・。(^^;

(つづく・・・。)

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