カテゴリー「定型訓練」の163件の記事

2017年12月14日 (木)

『まだ色があったのぉ?』(^^;

(ハム & ペン : 続その14)


【まだ色があったのぉ?】(^^;


(ペン)「おんやぁ?
     おデブ隊長が、上機嫌で戻って来たぜ。
     でもぉ、ネッカチーフが、いつもと
     違うぜ。

     なんかぁ、肌色っぽいぜぇ。」

(ハム)「うん。
     あれはねぇ。
     『ギルウェルスカーフ』って
     言うんだ。」


(ペン)「ぎるうぇるすかーふぅ?
     何だか、舌を噛みそうだよ。」


Img_5294



(ハム)「ウッドバッジ実修所の、修了者のみが、
     着用できるネッカチーフなんだ。

     イギリスに、『ギルウェルパーク』
     って言う、指導者訓練施設があって、
     その敷地の寄贈者の、
マクラーレン家の
     キルトの紋様(格子じまの家紋)、
     つまり、タータンチエックなんだけど、

     その布章(パッチ)が、首の後ろに
     当たる、三角の頂点付近に付けられて
     いるんだ。

     それで、『ギルウェルスカーフ』の
     表面は、肌色の目立たない色になって
     いて、
裏は、心に秘める情熱を表す
     赤色になっているんだって。」


(ペン)「ほぇ〜!
     何だか、荘厳な話しになって
     きちゃった。

     でもぉ、どうして、
     『ギルウェルスカーフ』なのぉ?」


(ハム)「あぁ。
     それはね。
     『ギルウェルパーク』で、初めて、
     『ウッドバッジ実修所』が、開設された
     からなんだよ。

     それで、ボーイスカウトの創始者の
     『ベーデン・パウェル』が、
     マクラーレン家に敬意を表し、

     『ギルウェルスカーフ』を作った
     んだって。」


(ペン)「ありゃまぁ〜!
     するってぇっと、『肌色』も、
     大事な色じゃん!」


(ハム)「そうだね。
     そう言うことになるね。」

(ペン)「ん゛〜、全くもう!
     いい加減、これ以上、色分けは
     無いよね!」



(つづく・・・。)

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2017年4月 1日 (土)

『本日は!(その2)』

おはようございます。



【本日は!(その2)】



『原点回帰の日。』



31名いた仲間も、15名までになってしまいました。 Img_2206
ですが、自衛官退官後の、私の原点は、ここにあると思っています。 0002
故人となってしまった仲間を偲びつつ、初心に帰りたいと思います。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ。

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『本日は!(その1)』

おはようございます。



【本日は!(その1)】



『祈りの日。』



本日は、一方的にですが、私が、『師』と仰いでいた方の命日です。 Img_4769
心静かに、祈りを捧げつつ、過ごしたいと思います。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ。

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2016年11月15日 (火)

『『きゃさりん副長。』のご指摘!』(^^;

おはようございます!(^o^)/


【『きゃさりん副長。』のご指摘!】(^^;

とある日曜日のことでした。

『きゃさりん副長。』が、所用で私の家に来た時に、何気に話し始めました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※注:「 」内は、『きゃさりん副長。』のお言葉です。
   ( )内は、言い返した訳ではなくて、私が、その時、
    思ったことです。(^^;

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「最近、朝の散歩、してないでしょ!」
(だってぇ、暗いし、寒かったりして、気乗りがしないんだもん。)

「自分で自分が、随分と、太ったと思わない?
 以前は、ちゃんと、散歩と運動(リハビリ体操)をしていたでしょ!」
(だってぇ、一度止めちゃうと、楽だし、再開させるのが難しいだよぉ。)

「その昔(ボーイ隊長兼ベンチャー隊長兼ローバー隊長だった頃)は、きちんと運動してたし、金曜日にはお風呂に入って、身体を柔らかくして、土曜日に、日曜日の(ボーイスカウト活動の)準備をして、早寝をして、体調を整えて、日曜日は、制服をビシッと着て、ボーイスカウト活動をやってたじゃない!」
(だってぇ、ボーイ隊長はクビになっちゃったし、ベンチャー隊は、若き指導者達に任せるって、決まっちゃったんだもん!
 もう、どうにもできないよぉ。)

「ここ3か月ぐらい、全く、スカウトハウスに行ってないでしょ!」
(だってぇ、用事が無いんだもん。
 それに、団の会議は、土曜日の夜で、夜間の歩行は、ドクターから止められているしぃ。
 団の会議に出て来い、とは言われるけど、行ったら行ったで、邪魔者扱いされちゃうしぃ。)

「地区にも、全く、顔を出していないでしょ!」
(だってぇ、ラウンドテーブルは、土曜の夜だし、タクシーで行かなきゃなんないし、疲れてへこたれちゃうし、そのため、日曜日は、疲れが残って、何もできなくなっちゃうし、地区TTは、何時の間にか外されちゃったし、お呼びは全く掛からないしぃ。)

「県連だって、行かなくなっちゃったじゃん!」
(だってぇ、休務されては如何ですかって、言われちゃったし、県連TTも外れちゃったしぃ。)

「貴方が外出する時って、通院する時ぐらいじゃないの?
 みんな(理学療法士・作業療法士・スポーツトレーナーの皆さん)が、言っていたじゃん。
 きちんと、歩行訓練(散歩)をしないと、歩けなくなるって!
 それに、遺された右膝が駄目になったら、車椅子生活になるって!」
(そりゃそうだけどさぁ。
 だけどぉ、外出する用事も無いしぃ。)

「昔はさ!
 ペリカン便で、早朝から夜間まで、走り回ってて、
 (プレーヤーとして)野球をやってて、
 (野球の)審判で、一日中、炎天下でも元気だったし、派遣審判員で、静岡県内を飛び回っていたじゃん!
 高校野球の審判もやっていたじゃん。
 それに、銃剣道だって、短剣道だって、やってたじゃん!」
(それはぁ、身体障害者になる前の話じゃん。
 困っちゃうなぁ。)

「今はさ!
 何も無い感が、抜殻感が、強過ぎるの!
 殆ど、ボーイスカウト活動もやらなくなっちゃったし。
 私は、お茶(茶道)があるから、(金・土・日は、特に)忙しくしていられるから、ボーイスカウトが無くっても平気だけどさ。」
(確かにねぇ、それは感じる。
 それに、郷愁感もある。
 でもなぁ、どれもこれも、健常者でさえ、普通にやっても大変なものばかりだしぃ。)

「貴方が『師』と仰いでいた方は、どうしたんだっけぇ?
 ボーイスカウトを辞めた後は、確か、自治会の役員か何かに就いて、今まで、地域に対して恩返しができなかったことなんかをやったんでしょ。」
(そうです!
 舞阪町新町自治会長をされて、舞阪郷土史研究会の運営委員もされて、舞阪しらす漁などを研究し、紹介されていましたよぉ。)

「だったらさ!
 貴方も、地域に貢献することを考えたら?
 今まで、自治会の役員などに就いて、特にお手伝いをしていた訳では無かったんでしょ。」
(いやぁ、補導員は、受けてたけどぉ。
 お祭りの役員もやったけどぉ・・・。)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


と言うことで、まだまだ、『きゃさりん副長。』の、ご指摘は続いた様な記憶があります。(^^;

それで!

いきなり、自治会と言う訳にはいかないと思いまして、また、自主防災会もありますが、そちらの方は、協力と言うよりは、援けられる身の方ですので、ご迷惑が掛かるばかりです。

そこで!

今まで、かなり疎遠になっていた同級生達と、旧交を温めてみたらどうかと言う話になりました。

ただ、私自身は、かなりの疎遠と感じていますので、果たして、『旧交』と言えるのかどうなのか?

また、みんなが応えてくれるのか、どうなのか?

ん゛~!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『きゃさりん副長。』曰く、

「そんなこと言っている暇があったら、即、行動!」

と言うことで、超~、久々の呑み会に至ったのでありました。 Img_4859
それも、午前様で! Img_4862
良くもまぁ、体力が持ったものだと、自分自身で感心しておりますが。(^^; Img_4864
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年8月 1日 (月)

『「超丁寧」の記憶!』(^-^)/

(# 九州ー04)

おはようございます!(^o^)/

【『超丁寧』の記憶!】(^-^)/

(※注:写真は、平成28年5月3日(火・祝)のものです。)

名古屋駅で、『こだま』から降りる際に気が付いたのですが、『おしぼり』が2本、テーブルの上に置かれていました。

『きゃさりん副長。』に聞いてみましたら、
「それさぁ、(乗車してから)随分と時間が経った後に、持って来たんだよ。
 眠たかったから、そのまま置いといた。」
とのこと。 Img_4212
(へぇ~!
 そうなんだ!)

と、思いつつも、

(持ってくるのが、随分と、遅いんじゃないのかなぁ。
 でもまぁ、『こだま』だし、遅いし、寝ていたし、まぁ良いっかぁ。)

と思っていました。 Img_4213
名古屋駅では、『のぞみ』に乗り換え。

その前に、駅員さんに『行程表』を渡し、帰りの介助のお願いをしておきました。
すると、
「三島駅から連絡が来ています。
 大丈夫ですので、ご安心ください。
 好い旅をどうぞ!」
とのこと。

(流石に凄いなぁ~!)

と、感心しきりでした。(^-^)/

さて、乗り換えた、その『のぞみ』は、新大阪駅が終着なので、これまた、寝てても大丈夫かなと思っていました。
『きゃさりん副長。』の眼は、相変わらず、ぼわぁ~っとしているし、私も、何だか、とっても眠たかったです。(^^;

そんなところに、またまた、『おしぼり』のサービスが! Img_4214
(んぎゃ!
 これで、『おしぼり』が、4本になっちゃったじゃん!
 特に使わないのに、何だかなぁ。)

まぁ、グリーン車は、そう言うシステムになっているのでしょうから、
「ここは、有難く頂いておきましょう。」
と、『きゃさりん副長。』のお言葉。
結局のところ、特に使わないし、仮に使ってしまうと、ゴミになってしまうし、
(何だか、無駄の様な気がするし、こう言うのが、積もり積もって、多くのゴミの元になっちゃうんじゃないのかなぁ。
 まぁ、別の機会に、何かに役立てれば良いのだろう。)
と、思いつつも、自分自身を納得させていたのでありました。(^^; Img_4215
『のぞみ』ですが、名古屋駅から新大阪駅までは、何と、50分!

寝る間も無く、あっという間に到着してしまいました。
睡眠を貪ろうとしていた、私達二人には、とても残念な時間となってしまいましたが、
(流石は、『のぞみ!』)
と、二人で、妙な納得をしておりました。(^^;


さてさて、前置きが長くなりましたが、これからが本題です。


新大阪駅での、駅員さんのご対応です。
記憶が、かなり曖昧になりつつありますが、思い出せる範疇で書き述べてみたいと思います。

駅員さんですが、コテコテの関西弁と言う感じだったのですが、実際には関西弁ではなく、イントネーションが、関西弁調と言う感じで、言葉は、とても丁寧で、聴き取り易かったのです。

「大変、お疲れ様でございました。
 お疲れになられていませんか?
 私は、JR西日本の◯◯と申します。
 これから、ご案内、させていただきます。
 よろしく、お願い申し上げます。
 三島駅からの連絡では、これから、当駅(新大阪駅)、10時28分発、『みずほ615号』にご乗車と言うことですが、それに間違いはございませんか。
 ご乗車は、6号車で、座席番号は、15番のA・Bで、それも間違いはございませんか?」

と、私は尋ねられましたので、前もって用意をしておいた『行程表』を渡しましたら、

「あっ、あぁ~、誠に、ありがとうございます。
 わざわざご用意頂いて、感謝します。」

とのこと。

その時、『きゃさりん副長。』の様子を観てみましたら、随分と呆気に取られた表情をしておりました。
そして、駅員さんの、とても丁寧で、その慇懃な態度に、怪訝な表情も示していました。

駅員さんは、私の車椅子を押しながら、

「こちらで、ございます。
 列車(九州新幹線)は、もう、入線しております。
 お座席の方は、列車の、一番、うしろで、ございます。
 そちらまで、ご案内させて頂きます。」

と言いながら、私の車椅子を運び込んでくれました。

「私の、ご案内は、ここまででございます。
 何せ、ここ(『みずほ』の車中)は、JR九州でございます。
 ここで、交代とさせて頂きます。
 なお、別に、(JR九州の車掌さんから)ご案内があると思いますが、『みずほ』は、熊本駅まで、しか行っておりません。
 その、先は、『さくら』として運行しております。
 また、余震の影響で、ダイヤの乱れが、発生する、かもしれません。
 その、際には、ご容赦を、お願い申し上げます。
 お客様は、博多駅までと、お聞きしております。
 博多駅までなら、(今現在は)時間の遅れはなく、約2時間半で、ご到着でございます。
 (JR西日本を)ご利用ありがとうございます。
 良い旅をどうぞ!
 失礼、させて頂きます。」 Img_4218 (※実際には、新大阪駅から博多駅までの、山陽新幹線の区間は、JR西日本であり、JR九州ではありません。
 この時は、熊本地震後のこともあり、勤務状況が、何か違っていたのかも知れません。
 上記に関しては、詳しくは、全く解りませんので、私の記憶の範疇でと言うことで、また、間違って記憶している場合もありますので、ご承知、ご容赦頂きたいと存じます。)


さてさて、九州新幹線(※ここはまだ、山陽新幹線区間)の『みずほ』に乗り込んだ私達ですが、『きゃさりん副長。』が、いきなり、

「ねぇねぇ、あの(新大阪駅の)駅員さん、物凄く丁寧だったよね!
 言葉を選んでいるって言うか、とにかく、物凄く丁寧だったよね。
 みんな、ああ言う話し方をするのかなぁ。
 なんて言うか、逆に丁寧過ぎるって言うか、驚いちゃった!
 だってさ!
 『秘密のケンミンSHOW』なんかじゃさ。
 道案内をする時には、
『だぁ~って行って、右にグンと曲がって、がぁ~っと行って、左にひょいと曲がって、すぐそこや!』
 なんて、言ってるじゃん!
 あの駅員さんは、全然違うじゃん!
 驚いちゃった!
 それにさ、東海道新幹線とか、東北新幹線の係りの人と、全然違うじゃん!
 関西(新大阪駅)って、何か不思議!」 Img_4219

私は!
と言いますと、『きゃさりん副長。』のその言葉を聞きながら、実は、10年前の3月のことを想い出していました。

10年前の、2006年3月の、春分の日を含んだ連休のこと。
私は、『豊中市立青少年自然の家』で行われた、所員会議に向かっていました。

また、その前年の、2005年(平成17年)4月25日に、あの『福知山線脱線事故』が起きていました。

私は、
(どうせ(『豊中市立青少年自然の家』まで)行くなら、福知山線に乗り、電車の車内からだけど、哀悼の意を表し、黙祷を捧げたい。)
と、考えていました。

『豊中市立青少年自然の家』までは、大阪駅(梅田)から、阪急電車~能瀬電鉄~阪急バスを使用して行く様に案内が来ていて、夕刻までに到着すれば良かったのですが、私は、自宅を出る時間を早めて、新幹線の三島駅始発の『こだま』に乗って、新大阪駅に向かったのでありました。

その時の私は、とっても変な自信を持っていました。
と言うのも、私は、その昔、と言っても、19歳の頃です。
もう、40年近くも前の話です。(^^;

『陸上自衛隊 航空学校』にいた頃に、大阪市内には、『近鉄(近畿日本鉄道)』で、『難波』や『梅田』に遊びに出たことがありました。
その時の、本当に微かな記憶を辿り、10年前の3月に、
(大丈夫だ!
 土地勘は、少しはある。
 何とかなるだろう。)
ぐらいの気持ちで出掛けたのですが、そりゃぁ、30年も経ってしまえば、様相は、全く異なっている訳です。

新大阪駅に降り立った私は、一瞬にして、頭の中が空っぽになり、本当に、真っ白になってしまいました。(>_<)!

(どうやって、福知山線に乗ったら良いのだろう。
 乗り継ぎは、どうしたら良いんだ?)

迷いに迷った挙句、私は、お土産物屋さんの開店準備をしていた、お姉様に声掛けをしてみました。

すると!

「ちょっと待ってて!
 地図持ってくるから!」

と、意外にも、直ぐに対応をしてくれたのです。

そして、そのお姉様とお話をしていたら、隣のお店のお姉様、そして、近くのお店のお姉様と、3人もの人が集まって来てくれたのですが、
「こっちの方がええやろ。」
「いや、それじゃ面倒!」
「こっちの手もある。」
等々、『三人寄れば文殊の知恵』ではないですが、様々な移動案を提示してくださいました。

その上、どちらのお店のご主人か判りませんでしたが、最後に、その方が移動方法をまとめてくださり、とても丁寧に説明してくださり、メモも作成してくださいました。

時間的には、30分位だったでしょうか。
開店準備の慌ただしい時に、そんなにも時間を割いてくださって、本当に良かったのでしょうか。(^^;

また、途中の駅でも、確か、『川西市』だったと思いましたが、そこでも、懇切丁寧に、ご説明をしてくださった方がいたことを覚えています。


10年前のこと。
例え、時間が掛かろうとも、懇切丁寧に説明をする。
その、関西の皆様の、心優しい姿。
その姿を、私は体感していたのでした。
それを、今回も、体感させて頂いた。
また、想い出させて頂いた。
(果たして、私には、こんなにも手厚い説明や対応ができるのであろうか!)
そんなことを、『みずほ』の車中で想い出していたのでありました。(^-^)/ Img_4221

そこへ、『きゃさりん副長。』のお言葉が!

「ねぇねぇ!
 (グリーン車が)半分しかないよ!
 それに、(『みずほ』は)8車両だよ。
 (『のぞみ』・『ひかり』・『こだま』の)16車両の半分だから、グリーン車も半分なのかなぁ。
 向こう(車両半分)は、普通の2人掛けみたいなんだけど、でも、良い椅子なの。
 だったら、グリーン車でなくても良かったんじゃない。」

と、捲し立てていましたが、その
『グリーン車が半分』
と言うのが、この後、かなりの驚きと、苦労と、衝撃を呼んでしまうことになります。(^^; Img_4222

(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月 7日 (火)

『休まれては如何?』(^^;

(# 02)

おはようございます!(^o^)/

【休まれては如何?】(^^;

(※注:写真は、昭和62年(1987年)4月29日(水・祝)
        平成20年(2008年)11月8日(土)
        平成20年(2008年)11月9日(日)
                       のものです。)
 
お正月が明けて、2年に一度ですが、とても愉しみにしていたことがありました。
それは、県コミッショナーとの面談でした。

平成28年の本年は、その2年に一度の愉しみが回って来る年でありました。
しかしながら、本年は、その面談は行われず、県コミッショナーとは、面談の代わりに、メールでの遣り取りと言うことになりまして、とっても残念に思いました。
そして、その内容は、
「休まれては如何?」
と言うことでした。(^^;
私は、昭和60年(1985年)に、ボーイ課程の研修所を修了し、同62年に、ボーイ課程の実修所(第2教程)に参加させて頂きました。
同年11月には、ウッドビーズの伝達を受け、翌年の昭和63年3月には、県連盟トレーニングチームメンバー養成課程に参加させて頂き、同年4月からは、指導者講習会・研修所・非定型訓練(当時はそう呼んでいました。)等に、奉仕をさせて頂くことになりました。 0002
私自身は、研修所・実修所を修了したと言うだけで、まだまだ、右も左も全く判らないと言う、単なる若造に過ぎませんでした。
ところが、当時は、研修所は、春(5月)と秋(9月or10月)の2回開催され、裏方を担当する、本部員や奉仕員が、全くと言っていいほど、不足していました。
私は、同じ地区内(旧駿東地区)の、『U氏』に誘われると共に、会社の様子を伺いつつ、できる限りの範囲で、本部員として、研修所に奉仕をしていました。

そこで、『U氏』から、
「(研修所の)所員になりたくないか?
 とにかく、(本部員として)下積み5年だからな!
 それも、続けて、毎年だからな!
 俺も頑張るから、お前も頑張れよ!」
と、言われ続けていました。

その後、『U氏』が、研修所の所員として奉仕をされ始めた頃に、今度は、
「いいか!
 次は、所員として、最低5年だからな!
 それも、連続してだからな!
 年が空いたり、途切れたりしたら、もう一度、やり直しだからな!」
と、言われ始めました。

私は、何が何だか、さっぱり解からずにいたのですが、その後、
・(故)『三輪 悦爾』県コミッショナー
・(故)『原口 芳彦』県コミッショナー
・   『杉山 博通』県コミッショナー
・(故)『中村 昌春』県コミッショナー
に、お仕えする内に、その『U氏』の言葉の意味が、段々と判る様になったのでありました。

私と、年齢が、丁度、3回りも上の、(故)『原口 芳彦』県コミッショナーからは、
「研修所だけでは、足りないから、ジャンボリー等の奉仕も頼むよ。」
と言われ、10NJには、名指しで、7SCシニアー奉仕隊静岡第1隊の隊長に任命され、伊豆大島で開催された、第2回ローバーシンポジウムの広報班長として、派遣されたりもしました。

『杉山 博通』県コミッショナーからは、
「長泉地区の平出君!
 (実際は、駿東地区なのですが、どう言う訳か、そう呼ばれ続けられていました。(^^;)
 (地区)コミッショナーなんだから、早いとこ(コミッショナー)実修所に行っておいでよ。」
と言われ、これまた、何が何だかわからない内に、参加させて頂きました。

(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「何だ?
 行って(参加して)いない?
 何やってんだ!
 早く行って来い!」
と言われ、平成11年(1999年)10月に、那須に向かったのでありました。
県連トレーニングチームメンバーとして、11年が経過していましたが、『U氏』に言われ続けた『合算の10年間』は、気が付けば、満たしていたと言う訳でした。

那須に到着し、コースが始まって、2日後のことでした。
コースディレクターは、愛知連盟の(故)『伊籐 智是』日本連盟ディレクター(当時)でしたが、それが、突然、『鈴木 節子』同副ディレクター(当時)に交代することとなりました。
『鈴木 節子』氏は、当県連盟の重鎮中の重鎮であり、
「平出さん。
 (静岡県)連盟の代表なんだから、しっかりと学習して帰ってね!」
と、お言葉を掛けて頂いたのですが、その瞳の奥底からは、今まで味わったことの無い様な、重たい重たい光が、放たれていたのでありました。
ちなみに、女性のコースディレクターは、日本連盟としては、初であり、また、その時の奉仕を持って、『鈴木 節子』氏は、最後の奉仕とし、勇退の花道を飾ったのでありました。

翌年(2000年)3月に委嘱を受けまして、それから、今までの16年間、様々な課程で、また形で、奉仕をさせて頂きました。
しかしながら、脳出血を発症した翌月には、大阪市での実修所の奉仕が控えていた時でして、当時の所長以下、所員の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けしてしまって、言葉もありません!(>_<)!
誠に申し訳ございませんでした。
実際のところ、実働は、6年間と言っても良いかと思います。
脳出血を発症後の10年間は、指導者講習会と個別支援だけの奉仕となりました。

それでも、
・『小笠原 四郎』県コミッショナー
・『滝嶋 三郎』県コミッショナー
・『戸田 正明』県コミッショナー
は、私の身体を気遣いながらも、10年もの間、面談をし続けてくれたのでありました。

しかしながら、(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「奉仕ができなくなったら、潔く辞めるだに!
 だらだらしていたって、仕方が無いだに!
 次の人財に、席を空けるだに!
 おらだって、(県コミッショナー)の立場上、休む(休務)だに!」
と言われていました。 Img_4769
更には、私が師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、
「年を取ると、(奉仕をする)居場所が無くなるだに。
 定型訓練の奉仕は、難しくなるだに。
 入り込む隙間は、無くなるだに。」
と言われ、正確な年数は判りませんが、私が倒れる少し前でしたから、平成16年(2004年)頃だったでしょうか。
自ら、休務の道を選択されました。
また、その後、登録自体も辞められてしまいました。 Img_4693
※ここで、余談を少々。(^^;
(故)『原口 芳彦』様は、私より、3回り上の方です。
   『鈴木 節子』様は、私より、2回り上の方です。
(故)『中島 繁光』様は、私より、1回り上の方です。
要は、干支が、皆さん、『猪突猛進』と言うことです。(^^;

何れにしても、よくもまぁ、揃ったもんだと思いました。
また、皆様、私のことを気に掛けて、とても良く、可愛がってくださいました。
その様なご縁は、なかなか得られるものでは無いと思っております。

また、歴代の県コミッショナーを始めとしまして、数え切れないほどの、多くの皆様に、ご指導、ご鞭撻、また、多くのご支援と、ご協力、励ましの言葉など、勇気づけられることを頂戴いたしました。
改めまして、衷心より感謝申し上げます。 Img_2206
日本連盟からの、委嘱の条件は、
「定型訓練への奉仕」
と言うことでした。
しかしながら、私は、この2年間で、その要件を満たすことはできませんでした。

平成28年を迎えた段階で、(故)『中村 昌春』氏、そして、(故)『中島 繁光』氏の言葉を思い出しつつ、私は、
(もうそろそろ、良いんじゃないのかなぁ。
 『きゃさりん副長。』は、ウッドバッチャーになってくれたし、ローバー達も、研修所に参加してくれたし。)
と、考え始めていたのでありました。

また、師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、今の私と同じぐらいの歳に、休務を申し出ていました。
それで、とっても、短絡的ではありますが、
(ならば、私も!)
と、正月早々に、そう、決意することに至ったのでありました。

『きゃさりん副長。』は、
「まぁ、もう良いんじゃない。
 お休み! お休み!
 他の愉しみを考えたら。」
と、いつものお気楽さを発揮してくれて、私の心をなだめてくれたのでありました。

『潮時』と言う言葉は、本来は、
『適当な時機。好機。ちょうどいい時期。』
など、良い意味で使われるのですが、今回は、本来の意味では無い、
『ものごとの終わり。』
と言う意味で、使ってみたいと思います。

私も、『潮時』を迎えたのだと!(^^;

とっても寂しくもあり、正月早々に、『ものごとの終わり』を迎えるのには、とっても抵抗がありました。
また、自分自身に言い聞かせ、自分の心をなだめるのには、『無理』と言う言葉が付き纏いました。
しかしながら、『潮時』なのです。
皆さん、その時は、必ず迎えているのです。
そう考えるしか無く、またまた、『悶々とした平成28年』を、迎えてしまったのでありました。


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく)(^^;

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2010年12月19日 (日)

(報#8 終) 『できたっ! 完成~!』(*^o^*)/ (今現在)

ところで、『きゃさりん副長。』を、ここまで突き動かしてくれたものは、一体全体、何だったのでしょうねぇ。(^^;

本当に、不思議でなりません。(^^;

Img_1838

『きゃさりん副長。』ですが、今年度で、隊指導者としては、10年目を迎えました。

よくもまぁ、10年も続いたものだと思います。(*^o^*)/

と言うのも、『きゃさりん副長。』は、野外活動とか、青少年の健全育成とか、その様なものとは、全くと言って好い位に、無縁であったからです。

とにかく、キャンプを行った事が無い。

テントなどは、建てた事すら無い。

野外料理と言えば、周囲の人々が、用意をしてくれたバーベキューなどに、相乗りをさせてもらう程度。

勿論、ロープ結びはできず、読図やコンパスの扱いも知らず、救急法も、国旗の取り扱いも、基本動作も、何もかも、スカウト技能と呼ばれるものは、皆無と言って好いほど、何も知らずにいました。

本当に、スカウトスキルと呼ばれるものに付いては、知識も技能も、全く、持ち合わせてはいなかったと思いました。(^^;

そして、本人は、

『青臭い、ガキの面倒なんて、看ていられないわよ!』

とまで、豪語していました。(^^;

その様な状態であったのですが、何時の間にか、ベンチャー隊の副長として、馴染んでしまったのですねぇ。

本当に、不思議なものだと思いました。

Img_1839

『きゃさりん副長。』の特技は、『お茶』です。

その他にも、和裁や着付けなどを嗜んでいます。

ところで、ベンチャースカウト達ですが、スカウト活動の中で、プロジェクトを展開して行かなければなりません。

そのプロジェクトには、7つの分野があるのですが、その中に、『文化活動』と言う分野があります。

実はそこで、『きゃさりん副長。』の特技が、発揮されたと言う訳でした。

当初は、プロジェクトとか、文化活動と言った類のものではなくて、何とかして、『お茶』をベンチャー隊に浸透させようとする、啓蒙活動の様なものでした。

そして、『きゃさりん副長。』自身が、自分の居場所を確保したい。

そんな望みも、あったかも知れません。

その様な状況の中で、

『お茶を、ベンチャー隊の日常にしたい! もっと、身近なものにしたい!』

そんな想いが、『きゃさりん副長。』の願いとして、沸々と沸き上がって来ていた様でした。

その願いは、今現在、叶いつつあります。

と言うか、既に、叶っているとは思うのですが、スカウト達は、ベンチャー隊を、どんどんと卒業して行ってしまいます。

それに、新たにベンチャー隊に入隊して来るスカウト達は、『お茶』に関しては、全くの、ど素人なのですね。

要は、折角、育て上げたスカウトがいなくなってしまい、次は、またまた、ゼロからやり直さなければならい。

つまり、切りが無いのです!(>_<)!

とにかく、無限と言うか、スカウト達がいる限りは、終わりは無いのです。

ですが、『お茶』は、段々と、根付いてはいると思います。

そして、ベンチャー隊の伝統にも、成りつつあると感じています。(^-^)/

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そんな『きゃさりん副長。』の想いが通じたのでしょうか。

今現在は、スカウト達は、必ず、技能章の茶道章を取得してくれます。

そして、その延長線上として、『茶道』を、文化活動のプロジェクトとして、実施・展開してくれています。

その事は、『きゃさりん副長。』にとりまして、この上ない歓びになっていると思います。

そしてそこに、とっても深い、遣り甲斐を見出しているのだと思います。

スカウト達もまた、『きゃさりん副長。』の、とっても明るい、屈託の無い性格に惹かれて、『お茶』を、とっても愉しく、嗜んでくれています。

つまり、相乗効果と言う事なのでしょうかねぇ。(^^;

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私達指導者の、エネルギーの源と申しましょうか、スカウティングに対しての原動力となるものは、まず第一に、スカウト達の『笑顔』です。

そして、スカウト達が、感動を受けている姿や、新しい発見をした時の歓びの姿などでしょうか。

それらを、スカウトと共に、時を同じにし、場所を同じくし、尚且つ、スカウトと同じ視線と方向(ベクトル)で、見守る事ができた時、この上ない歓びに満たされます。(^o^)/

私達指導者は、その時の感激が、忘れられないのです。

そして、その時の満足感を、忘れる事ができないのです。

そうして、その歓びと、感動と、満足感と、充実感と、スカウト達との一体感を、再び、どうしても味わいたくって、スカウティングにのめり込んでしまうのですね。

一種、麻薬の様なものなのです。(^^;

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スカウティングにおいての、スカウト達と共に味わった充足感と言うものは、一般社会や、一般家庭などでは、まず、味わう事ができません。

それは、スカウティングの教育方法が、とても素晴しいものだからだと思います。

そして、スカウト達もまた、充実感や達成感を味わい、スカウティングの魅力に取り付かれてしまうのだと思います。

その結果、スカウト達も、益々、スカウティングが愉しくなってしまい、どんどんと、スカウティングにのめり込んでしまうのだと思うのです。

そして、幼少期(小学校入学前)から始めたスカウティングの道を、成人になっても、歩み続けてくれるのだと思っています。(^-^)/

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今回の『きゃさりん副長。』ですが、麻薬中毒?

いや、スカウティング中毒?

に、なってしまったのかも知れません。

ただ、幼少期から、スカウティングを行っているスカウト達と比較をしたら、急性の中毒かも知れませんが。(^^;

ですが、スカウティングが無ければ、生きては行けないと言う訳でもないのです。

『とにかく、愉しい!』

『きゃさりん副長。』は、ただ、その一言だけの様なのです。

但し、その後に、多くの言葉が続きます。

『もっともっと、愉しくしたい。だから、学習をした方が良いに決まっている。』

『スカウト達が頑張っているのに、私が何も研修を積まないのはおかしい。だから、研修所でも実修所でも、時間が取れれば、参加をしたいし、参加をするのが当たり前だと思うの!』

『スカウト達は、指導者を選ぶ事ができない。だから、できるだけ、スカウト達の人生を邪魔しない様な指導者になりたいの!』

『スカウティングは、勉強しても勉強しても、解らない事ばっかり! 勉強すると、余計に解らなくなっちゃう! だけど、勉強しないと、余計に解らなくなっちゃう!』

『スカウト達と、愉しい時間を過ごしたいんだもん! ちょっとぐらいの苦労なんて、問題じゃないわ!』

etc・・・。(^^;

『きゃさりん副長。』ですが、約3ヶ月に亘る『奉仕実績訓練』を終えまして、それから、約1ヶ月の時間を掛けまして、『報告書』をまとめ上げました。

その労力たるや、生半可なものでは無かったと思いました。

途中、不貞腐れた事も、何度かありました。(^^;

ですが、それらの苦難を、苦難と思わずに、見事に乗り越えたと思いました。

本当に、心から慶びたいと思います。

『きゃさりん副長。』!

報告書完成、おめでとう!(*^o^*)/

ウッドバッジ実修所の、5泊6日の『基本訓練』は、『課題研修』を行い、それが認証され、参加申込書が受理されれば、誰でもが参加をする事ができます。

ですが!(^^;

その後の、『奉仕実績訓練』は、誰でもが行えると言うものではありません。

現に、『きゃさりん副長。』と一緒に『基本訓練』に参加をしました『IPPEI副長』ですが、5月の段階で、早々と放棄をしてしまいました。

その上、スカウティングから、逃避までしてしまいました!(>_<)!

『奉仕実績訓練』、そして、その後の『報告書』の作成。

やはり、そこまで行ってこそ、初めて『ウッドバッチャー』と呼ばれるのだと思います。

そうして、その事が、スカウト達を、また、スカウティングを愛している証拠だと思うのです。

『きゃさりん副長。』ですが、報告書の提出期限が、1週間後に迫っていました。

報告書の完成直後ですが、宅配便で直ちに送付をしたのは、言うまでもありませんね!(^^;

(『奉仕実績訓練報告書作成!』)

(おしまい!)

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2010年12月18日 (土)

(報#7) 『佳境~!』(^o^)/ (今現在)

さて、『きゃさりん副長。』の、奉仕実績訓練の報告書が、『形』になる時が、やっと、やって参りました!(^o^)/

ここまで、どの位の、時間と労力を費やして来たのでしょうか。

本当に、長く、苦しかったと思いました。

それは、『きゃさりん副長。』本人が、一番よく、実感をしていたと思いました。

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『きゃさりん副長。』ですが、とっても分厚くなってしまったファイルを観まして、しみじみと、眺め入っていました。(^^;

ですが、未だ、この段階では、完成ではありませんでした。

一部、修正を行わなければならない箇所がありまして、それは、今いるスカウトハウスでは行えないものでした。

従って、完全な完成は、次回と言う事で、本人も納得をしていました。

そこで、今回は、課題にはありませんでしたが、5泊6日の基本訓練参加前の、『課題研修』から始まりまして、5泊6日の『基本訓練』、そうして、今回の『奉仕実績訓練』までを通して、感想文と言いましょうか、所感と言う様なものを、書いて貰う事に致しました。

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その文章は、ある意味、謝辞と言った意味合いもありました。

大学の卒業論文などでは、よく書かれているものです。

小説などでは、『あとがき』とでも言ったら好いのでしょうか。

その様なものを、書いて貰う事に致しました。

実際、この事は、自分が、約6ヶ月もの時間を掛けて、研修と訓練を積み重ねて来た集大成を述べる事にもなります。

そうして、自己を振り返る事にも繋がり、自分の、今現在の考えや、心構えなどを確認することもできます。

『きゃさりん副長。』ですが、この事に関しては、とてもよく納得をしてくれまして、

『うん! 解った! 書いてみる!』

と、宣言をしてくれまして、早速、その作業に取り掛かってくれました!(^-^)/

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ですが、いざ実際に、書き始めてみますと、

『感想文って、考えてみたら、高校以来、書いた事なんて無いわよ!』

と、ちょっと、引き気味でありました。(^^;

確かに、そうなのでしょうね。

学校を卒業してしまいますと、資格を取得するなどの余程の事が無い限り、まず、学習をする機会は無い様に思われます。

それに、手書きで、こんなにも大量の報告書などを書くと言う事は、ほぼ、有り得ない事だったと思いました。

『きゃさりん副長。』ですが、今回は、

『スカウト達が、手書きでプロジェクト報告書を書いているんだから、私だって、手書きで書くわよ!』

と、敢えて、このパソコン時代に、とっても大変な手書きに、挑戦をしてくれたのでありました!(^o^)/

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ただ、久々に書いてみる文章と言うものは、とても、難しい様でありました。

今までは、報告書であったために、事実の羅列で好かった訳でした。

また、『評価・反省』におきましても、それは事実に基づいている訳ですから、多少の感想は入ったとしても、ほぼ、事実でありました。

従って、ペンも進んだと言う訳でした。

しかしながら、今度は、その様には行かなかった訳でした。

自分の想いを、どの様に表現をするのか?

はたまた、今まで受けて来た感動をどの様に表現したら好いのか?

今までの苦労は?

とっても、苦心した事は?

そして、基本訓練中の、所長を始めとした所員の皆様や、仲間達へのお礼の言葉など。

それから、『きゃさりん副長。』が、最も書きたかったのは、『きゃさりん副長。』に付き合ってくれたスカウト達へのお礼の言葉だった様でした。

スカウト達ですが、『きゃさりん副長。』の報告書を読む事などは、まず、有り得ません。

それでも、『きゃさりん副長。』は、その事を認めておきたかった様でした。(^-^)/

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『きゃさりん副長。』の、感想文作成は、午前中から始めましたが、午後まで及んでしまいました。

しかしながら、それも当然の様に、仕方の無い事だと思いました。

気持ちを込めて、文章を作成し、自分自身が、悔いを残さない様にするためには、その位の時間は必要だったと思いました。

『きゃさりん副長。』ですが、その作成した、気持ちのこもった感想文を、ファイルの最後に綴じ込みました。

そこで、予め用意をして来ましたインデックスを、それはそれは、とても丁寧に貼り付けていました。

その様子を観ていたのですが、段々と、『形』になってくる分厚い報告書を観まして、私の方も、段々とワクワクして来てしまっていました。(^^;

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そうして、最後に、奉仕実績訓練の表紙に、必要事項を記入していました。

この段階で、記入を残す項目は、『報告書の提出年月日』だけとなっていました!(^-^)/

それにしましても、まぁ、随分と分厚い報告書が出来上がってしまったものでした。(^^;

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実際、私も、こんなにも分厚いものになってしまうなどとは、全く、予想をしていませんでした。

それだけ、研修と訓練を積んだと言う事なのですが、それにしましても、ちょっと、いや、かなり、量が多かった様に思いました。

報告書には、実施した計画書や、実践記録、また、記録写真などを添付することになっていました。

確かに、その部分が、大半を占めてはいたと思いましたが、『きゃさりん副長。』は、レポート用紙を2冊は使ってしまっていたと思いました。

2冊ものレポート用紙に、文字を書き込むと言うのは、並大抵の事では、成し遂げられないと思いました。

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何が、彼女を、ここまで突き動かしてくれたのか。

それは、本人にも、全く、判らない様子でした。

義務感と言う訳でもなく、ウッドビーズが欲しいからと言う欲望でもなく、遣り遂げなければならないと言う使命感なのか、この様にして、『形』になってしまいますと、その様な事は、どうでもよくなってしまっていたようでした。

とにかく、遣り遂げた!

ただ、その事が、とっても嬉しかった様でした。(*^o^*)/

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最後に、ファイルに、テプラを貼りまして、仮の完成と致しました。(^-^)/

『きゃさりん副長。』が、奉仕実績訓練の総仕上げとして行った、『1泊訓練キャンプ』からは、概ね1ヶ月が経過をしていました。

その間、資料の整理に翻弄され、文字を書き記すのが辛くって、何本、ボールペンを換えた事か。

それに、私に駄目出しを喰らって、何度、不貞腐れてしまった事か。

とにかく、ここまで辿り着くのに、本当に多くの、労力と時間とを費やしたと思いました。

出来上がりましたファイルを観まして、『きゃさりん副長。』は、かなり気が抜けてしまった様でありました。

この時は、悦びも何も無く、ただ単に、終わったと言う、安堵感だけだったそうでした。

とにかく、一区切りが付いた。

その様な、ちょっとした開放感だけだったそうでした。

と言うのも、実は、最後の修正が残っていたからでした。

今回は、『形』だけが出来上がりました。

ですが、その中身の『実』が、実際には、完結をしていなかったのでありました。(^^;

あと、もう少しです。

もう少しで、『実』が、実ります。

『きゃさりん副長。』も、その事が解っていた様でありました。

そして、次こそは絶対に、終わりにしてやると言う気構えで、この日は、報告書の作成作業を終えたのでありました!(^-^)/

それにしても、『形』になって、本当に良かったと思いました!(^o^)/

(つづく・・・。)

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2010年12月17日 (金)

(報#6) 『途方に暮れてはいないけど。』(^^; (今現在)

『きゃさりん副長。』ですが、やはり、『表』ものに悩まされていた様でありました。(^^;

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『安全対策計画書(表)』は、殆ど、出来上がっていたと思いました。

そして、それらに付きましては、特に、修正を加える必要は無いと伝えておきました。

ですが、どうしても、何かが引っ掛かってしまって、充分に納得が行かない様子でした。

そこで、

『何が、気に掛かるの?』

と、聞いてみましたら、

『対処の方法とか、通報先とか、みんな一緒になっちゃうの。ワンパターンはいけないって言われたけれども、みんな、ワンパターンになっちゃうの。』

との事でした。

私は、

『それはそれで仕方の無いこと。プログラムの展開場所が一箇所だし、移動はしないし、夜間にも行わないし、そんなものだよ。』

と、話をしておきました。

それに付け加えて、

『今は、未だ、奉仕実績訓練の最中。それに、良いものを書こうと思って、上を見たら切りが無いから、今の状態で好いんじゃないのかなぁ。これからだよ。』

と、伝えておきました。

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『きゃさりん副長。』ですが、納得をしたのかしなかったのかは、定かではありませんでしたが、とりあえずは、ペンを走らせてくれていました。(^-^)/

私は、作業が進んでいる状態を見まして、順調!順調!と、喜んでいたのですが、やっぱり、何かが引っ掛かってしまっているようでした。

それは、『安全』に対しての、評価と反省についての事の様でした。

と言うのも、

『安全基準は、どこに置いたらいいの?』

と言う事でありました。

そして、

『安全教育は、何時何処で行うのが、最適なのかなぁ。』

と、話を続けていました。

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その上、

『ベンチャーと言っても、学年が違うとさぁ、経験も違ってくるしさぁ、安全教育と、安全管理の仕方は違って来るんじゃないのかなぁ。』

と、段々と、『きゃさりん副長。』の、思考の回路が複雑になって行く様子が窺えてしまいました。(^^;

私は、『やばい!』と、思いました。

確かに、そこまで考え込んでくれるのは、とっても有り難い事だと思いました。

ですが、この『安全』に関しましては、考えても考えても、一般的な答えと言うものは、まず出て来はしません。

それは、安全は、その現状に即したものでなければならないからです。

それを、机上で突き詰め様と思いましても、まず、できないと思います。

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『きゃさりん副長。』でありますが、とっても、悩んでしまった様でありました。

それから、もう一つ。

彼女を、惑わせてしまう様な事も話してしまったと思いました。

それは、

『スカウティングでは、安全によって、雁字搦めにしてしまうと、活動自体が萎縮してしまう場合がある。なので、柔軟性も必要だし、緩和をしなければならない場合もあるし、臨機応変に対応をしなければならない場合もあるし、その状況によって、変化をするものである。』

と言う様な事でした。

この事は、彼女の思考に、より一層の戸惑いを与えてしまった様でありました!(>_<)!

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そこで、一つの例え話としまして、

『ナイフで、指を切ったって、それはそれで、経験になるから、別に気にしなくたってさぁ、良いんじゃない?』

とか、

『とにかく、命を失う様な事が無ければ、問題は無いと思うよ。』

と、話をしてみました。

すると、『きゃさりん副長。』は、

『それじゃぁ、骨を折ったって良いって言うの? 何針も縫う様な、怪我をしたって良いって言うの?』

それに加えて、

『命が助ければ、例え、手足が無くなったって、良いって言っている様なものじゃないの!』

と、かなり興奮気味に、意見を申して来てしまいました。(^^;

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私は、

『そんな極端な話ではなくって、安全教育と完全管理は、当然するさ。だけれども、一番重要になって来るのは、スカウトの安全能力の向上なんだよ。』

『ここで言う、安全能力と言うのは、スカウト技能の事さ。ナイフや鉈などの刃物を巧く扱えたり、火の後始末をきちんとできたりとか、そう言う、スカウト技能の向上が、安全能力の向上に繋がって、安全確保の確立ができる様になるんだよ。』

と、思わず述べてしまいました。(^^;

この時点で、『きゃさりん副長。』のペンは、完全に止まってしまいました。(>_<)!

おまけに、私の方も、見てはくれなくなってしまいました。(^^;

折角、ここまで順調に、報告書の作成を行って来たのに、いきなり、急ブレーキが掛かってしまいました。

本当に、突然の事でありました。(^^;

しかしながら、『安全』に付きましては、スカウティングの隊指導者は、やはり、この様に徹底的に考えないといけないと思いました。

『きゃさりん副長。』でありますが、不貞腐れているとか、怒っているとか、その様な事では無かった様でした。

ただ、私に言われるままで、それはそれで、理解ができるのだけれども、自分なりの言葉が頭に浮かんで来ないと言う事で、とっても、悩み苦しんでいるようでした。

確かに、最後の最後に来まして、この悩みは、とても大きな壁となってしまったと思いました。

ここまで、とっても気持ち良く、報告書を作成して来たのですが、何だか、とってもやる気が失せてしまっていたようでした。

そこで、

『今日は、もう、止めにしておこうよ。ちょっと、時間を置いてから考えようよ。』

と、『きゃさりん副長。』に言ってみました。

すると、

『もうちょっと待って! もう少し、考えてみるから。』

と言う事でした。

『きゃさりん副長。』ですが、その後、30分ぐらいは、沈黙を続けていたでしょうか。

そうして、

『判った! 私が、勉強不足だって事! それに、理解力が無いって事! それと、文章表現能力が無いって事! 今日は、もう止めた! 出直して来るわ!』

と言いまして、荷物をさっさとまとめて、あっと言う間に、帰宅の途に着いてしまったのでありました。(^^;

私は、呆気に取られていたのですが、『きゃさりん副長。』の事ですから、気持ちを切り替えて、きっと、報告書を仕上げてくれると信じていました。

そして、安心もしていました。

たまには、この様な、口論に似たような事も、必要なのだろうと思いました!(^-^)/

(つづく・・・。)

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2010年12月16日 (木)

(報#5) 『確認をして欲しいの!』(^-^)/ (今現在)

『きゃさりん副長。』の、奉仕実績訓練の報告書の完成が、間近に控えていました。

この日は、殆ど出来上がった報告書の、細かい部分を、確認して行く作業を行う予定でいました。

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この辺りまで来ますと、『きゃさりん副長。』も、やっと先が見えて来たと言う事で、かなり、落ち着きを取り戻していました。

一時は、とんでもない形相で、焦り捲くって、やたらとバタバタを繰り返していたのですが、だいぶ、穏やかな顔付きに戻っていました。

本当に、良かったと思いました。(^-^)/

と言うのも、私自身、自分自身が落ち着いているつもりでいたのですが、どうしても、『きゃさりん副長。』の勢いに、巻き込まれてしまっていたのでありました。(^^;

人の勢いと言うのか、パワーと言うものは、真剣になればなるほど、本当に凄さを増して来ます。

今回の、『きゃさりん副長。』にも、そんなものを感じることができました。

でも、その様なパワーがあったからこそ、報告書の作成にも取り組む事ができたのだと思いました。

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『きゃさりん副長。』ですが、添付用の記録写真につきましては、自分自身で選んでいました。

ですが。(^^;

当初は、記念写真の様なものであったり、スカウトなど、人がやたらと写っている写真などを選んでいました。

そうなってしまいますと、記録用の写真ではなくて、単なる、スナップ写真になってしまいます。(>_<)!

それでは、活動の記録写真とは成り得ません。

そこで、とても可哀相だとは思いましたが、写真に付きましては、厳選し直して貰いました。

それを、今回は、確認をさせてもらったのでありました。(^-^)/

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また、スカウト達への、お茶のお点前の指導の様子や、技能訓練の様子など、連続的な写真でないと、その全容や、プログラムのストーリーなどが、解り辛いものがありました。

それらの写真につきましては、写真自体が、小さくなってしまっても構わないと思いまして、できるだけ、連続的な写真を、1枚のシートにまとめてもらいまして、それを添付してもらうようにお願いをしました。

ただ、写真の解説は、しっかりと記入をしなければなりませんでしたので、その小さくなってしまった写真のシートですが、何とか、解説を書き加えてもらいました。

ですが、字がとっても小さくなってしまいまして、『きゃさりん副長。』が、

『こんなに、小さくって好いの? 眼が悪い人だったら、まるっきり、読めないんじゃないの?』

と、言っていました。

私が見てみましたら、確かに、とても読み辛く感じました。

それでもまぁ、それでも構わないと思いました。

とにかく、報告書と言うものは、その過程がとっても大切なものになってきます。

結論だけを書き記しましても、どうして、その様な結果が生まれたのかが判りません。

ですので、一連の流れを、とても大事にしてもらう様にしてもらいました。

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さて、お次ですが、写真の整理がだいぶできましたので、『評価・反省』の手直しに入ってもらいました。

ここで言う『評価・反省』ですが、最終的な、『評価・反省』ではありませんでした。

段階的な、評価・反省について、見直しをしてもらったのです。

と言うのは、評価・反省と言っても、いきなり最終的な、次のプログラムに繋がって行く評価・反省には成り得ないからです。

例えば、隊集会においては、隊集会実施中での、中間評価が必要になったりする場合があります。

その中間評価を受けて、プログラムを途中で修正する場合などがあります。

単に、隊集会のプログラムだけを提示しただけでは、その中間評価によって、プログラムを修正した事が、報告として伝わり切らない場合があります。

ですので、修正を加えたならば、どうして修正を行ったのかを、記述しておく必要があります。

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『きゃさりん副長。』ですが、その細かなと言うか、実際に、とっても細かいのですが、その修正と記入と、記述の作業を、本当に粘り強く行ってくれました。

これには、本当に驚かされてしまいました。(^^;

だって、『きゃさりん副長。』って、本当は、飽きっぽくって、粘り強く無くって、結構、物事を投げ出すタイプなのです。(^^;

特に、計画書の作成は、とっても苦手だったと思いました。

そして、プログラム(計画書)と言うものは、ストーリー性を持っています。

そのストーリー全体を見渡して、全部を掌握し、プログラムの完結まで持って行くのが、とても難しい事なのですが、その掌握力も、何となく、向上している様に感じられました。

そのプログラム全体を、見渡すことができて、評価をしつつ、尚且つ、修正を加えて行く事ができると言うのは、かなりの経験を積まないとできない事だと思っています。

そのためにも、今一度、段階的な評価・反省を見直してみてもらったのでありました。

Img_1798

『きゃさりん副長。』の報告書ですが、記述の部分は、殆ど終わっていたと思いました。

後は、何を残しているのかと言いますと、『表』の類でありました。

その中でも、『安全対策計画書』は、記入しきれずにいまして、最後まで残ってしまっていました。

『安全対策計画書』は、KYT(危険予知)を行って、その危険に対しての、対処方法を記入すれば、大まかなものができます。

それに加えて、誰が、何時、どの様に、安全教育を行い、安全対策を行うのか。

そして、まかり間違って、事故が起こってしまった場合に、どの様に対処を行い、誰に何をどの様に通知するのか。

その様なものを、まとめ上げれば、何とか『形』にはなります。

Img_1801

しかしながら、『きゃさりん副長。』にとりましては、とっても厄介なものだった様でした。(^^;

と言うのも、危険予知はできましても、安全教育(安全対策)を、どの様に行ったら好いのかが、掴めずにいたようでした。

安全教育は、年代によって、大きく異なってしまいます。

例えば、お茶を例に挙げますと、ベンチャー年代では、

『やけどをしない様に、気を付けること。』

と言う様な、一言で終わってしまう場合があります。

ですが、幼いビーバースカウト年代では、

『お釜には、熱いお湯が入っています。触るとやけどをします。やけどをしてしまうと、とっても痛いです。それに遊べなくなって、つまらないでしょ。だから、お釜には、近寄らないようにして下さいね。』

と、言う様に、とても細かくお話をしてあげなければなりません。

『きゃさりん副長。』ですが、そのお話の程度が、今一つ、掴めずにいたようでした。

それも、経験の為せる業でありまして、仕方の無い事と言ってしまったらそれまでなのですが、今回は、折角の機会でしたので、大いに悩んでもらおうと思いました。

ちょっと、意地悪だったかも知れませんね。(^^;

Img_1802

とは言っても、『きゃさりん副長。』の作業は、着実に進んでいました。

かなり悩んでいた様子もありましたが、一つのプログラムについて、書き上げる事ができた後は、段々と作業が、加速度的に進んで行ったと思いました。

ただ、ここで気を付けて欲しかったのは、ワンパターン化しないようにと言う事でした。

プログラムには、ストーリーがあります。

やはり、そのストーリーを掌握して、その流れに沿って作成をしませんと、単なる危険の羅列になってしまいます。

そうなりますと、危険の予測も怪しいものになってしまいます。

極端な事を言えば、事故が起こってしまった状態まで想像をしながらでないと、作成ができない場合などがあります。

あまり良い例えではないかも知れませんが、山岳遭難や、水難事故などでは、最悪の状態までも予測をしておかなければなりません。

そして、どんな些細な事でも、事故は、できる限り起こしてはなりません。

そのためにも、『安全対策計画書』は、絶対に疎かにしてはならないのです。

作業を始めた頃の『きゃさりん副長。』ですが、かなり煮詰まった表情をしていました。(^^;

それが、作業を進めて行くうちに、段々と、霧が晴れるかの様に、落ち着いた表情になっていました。

その事が、報告書の、完成が近い事を知らせてくれていました!(^o^)/

(つづく・・・。)

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