カテゴリー「中央基地通信隊」の2件の記事

2010年7月11日 (日)

(きゃ#36) 『手旗の起源!』(^o^)/ (今現在)

『きゃさりん副長。』の、感動的な『スカウツオウン』が終りまして、次は、『技能訓練』の時間となりました!(^o^)/

今回の『技能訓練』は、何と!

『手旗』なのです!(^-^)/

『きゃさりん副長。』から、強~~い、ご希望がありまして、『手旗通信』を、行なう事となりました。

ですが、一体全体、インストラクターを、誰にするのか?

そこは本当に、大問題であります!

ですが、身近で、『手旗』を行なえる者は、極々、限られております。

それに、『手旗通信』となりますと、殆ど、ほぼ、一人しかおりません!

但し、その人間は、左半身片麻痺の、身体障害者であります。

それでも、その人間を扱き使おうと言うのですから、インストラクターになる人間は、堪ったものではありません!(>_<)!

ですが、仕方が無いのです。

今現在の、指導者の技能は、相当、低下をしております。

どうしようもない位に、低下をし切っています。

ですが、それで、通用させてしまっています。

当団の、ボーイ隊は、果たして、本当に『手旗訓練』を行っているのでしょうか。

いや、多分、無理な相談でしょう。

ですので、ボーイ隊指導者に、お願いをする訳にもいきません。

ですので、そこは仕方がありません。

『解っている人間が行なう!』

それは、『スカウト技能』教育の、大鉄則であります。

決して、『嘘』や『中途半端』な技能を教えてはなりません!

教えるならば、『本物』を、伝え教えなければなりません。

また、見学をするならば、『本物』を観る!

体験をするならば、『本物』に触る!

それは、本当に、『鉄則』であります。

それを行わないからこそ、スカウティングは、指導者の能力の低下を招き、プログラムの愚劣化を引き起こし、魅力が無い物に、成り下がってしまったのであります。

本当に、何と言う、愚かな事でしょう!

本当に、情けなく思います。

スカウティングの衰退の原因の一つには、その様な事もあるのです。

と、まぁ、愚痴を言っていても何も始まりません。

私は、中学校1~2年生の頃に、海軍出身の、初代駿東地区地区コミッショナーに、地区で行われていました少年幹部訓練で、嫌と言うほど、体に叩き込まれました。

ですが、『カタカナ手旗通信』の実技は知っていても、その歴史は、全く知りませんでした。

その前に、『欧文(アルファベット)』ですが、ボーイスカウトの創始者である、ベーデン・パウェルが、今から100年以上前に『スカウティング・フォア・ボーイズ』と言う著書を著しました。

その著書は、ボーイスカウトを、爆発的に発展させる切欠となったものですが、その著書の中には、『アルファベット』の『手旗信号』が記されていました。

調べてみますと、『セマフォア信号』と言うものらしいです。

『スカウティング・フォア・ボーイズ』は、中学時代に読み漁っていたのですが、どうしても、『カタカナ手旗通信』の歴史は、知る事ができませんでした。

また、駿東地区の初代コミッショナーは、多くを語る事無く、鬼籍に入られてしまいました。

今現在は、インターネットの時代であります。

何かを調べようとしますと、直ぐに、見つけ出す事ができます。

『手旗の起源』。

この事に付きましても、直ぐに発見をする事ができます。

ですが、私がボーイスカウトを拝命した25年前は、少なくとも、

和文タイプライターからワープロへ、

感熱式コピーから、熱転写(カーボン:トナー)式コピーへ、

と、移りつつあった時代だと思いました。

通信の先端と言えば、FAXが、席巻していた頃だったと思います。

インターネットも、電子メールも、まだまた、登場してはいなかったと思いました。

そんな頃、防衛庁で勤務をしていた頃ですが、一人の、海上自衛隊生徒出身者と出会うことができました。

それも、同期の21期生でした。

彼とは、大学も同じで、尚且つ、工学部電子工学科の、同じ同窓生でもありました。

そんな彼に、無理を承知で、お願いをしてしまったのでありました。

『手旗の起源を、教えてくれ!』、と!(^^;

自衛隊の文書規則は厳しく、おいそれと簡単には、文書などを出す訳には行きません。

その文書が、流出してしまっても大丈夫な物かどうかなどは、とても判断か付くものではありません。

そこで彼は、『自分の知識』として、FAXで私に、知らせてくれました。

本当に、有り難かったと思いました。

自衛隊生徒の同期って、本当に、何と有り難いものか!

同期生のみんなに対しましては、本当に、いつもいつも、『感謝!』ばかりであります。(^^;

さて、そんな事も含めながらでありますが、『きゃさりん副長。』と、ベンチャー君に対しまして、偉そうに、『手旗の起源』に付きまして、お話をしたのでありました。(^^;

Img_0648

私は、ついつい、『手旗通信』と申してしまいますが、どうやら、『手旗通信法』と言うのが、正しい呼称の様です。

ですが、とりあえずは、海上自衛隊の同期に頂いた資料を基に、話を進めて行きました。

その、内容によりますと。

Img_0649

『手旗は、日清戦争(1894年)の直前、当時海軍中尉であった釜谷忠道(かまたに ただみち)氏が部下と共同して考察したものであり、カタカナの裏文字を、両手に旗を持ち、書いてみせたところ、十分読み取れることがわかり、近距離用における実用信号として使えることで海軍省に進言したところ、正式に採用され、海軍の手旗信号法となった。』

と言う、ことでありました。

要は、時代は、明治時代だったと言う事なのですね。

それで、海軍軍人の方が、考案したと言うこと。

また、『カタカナの裏文字』に、着目をしたと言うこと。

近距離用の実用信号として、十分に使える。

海軍が一番最初に始め、海軍の手旗信号法として、成り立った、と言う事の様です。

つまり、海上自衛隊の同期に聞いてみて、正解だったと言う訳なのです!(^-^)/

それで、現代は、どの様な扱いになっているかと言いますと、

Img_0650

『手旗は、最も容易な視覚信号で、艦艇に、短艇に、陸上にと、この使用範囲は極めて広く、また、実用の機会は最も多く、電波機器が発達した現在においても、近距離用において、簡単に交信できうるものである。』

と言う、ことだそうです。

つまり、現在でも、しっかりと、『手旗信号法』を、用いていると言う状況の様です。

ここでのポイントは、

・最も容易な視覚信号である。

・私達、ボーイスカウトにとっては、海に、山に、川に、野原にと、どこでも使う事ができる。

・使用範囲が、極めて広い。

・実用の機会も多い。

・電気が無くても使える。

・近距離において、簡単に交信ができる。

と、まぁ、私達ボーイスカウトにとりましては、本当に、持って来いの通信法なのではないのでしょうか!(^o^)/

それを、見事に訓練もしないで、また、見事に使いこなせない。

本当に、現代の指導者達は、情けなくって情けなくって、仕方がありません。

この『手旗通信法』の話を聞きました、『きゃさりん副長。』ですが、俄然、やる気が湧いて来てしまった様でありました。

早く、『手旗』を手にとって、旗を振ってみたくて、仕方が無い様でありました。(^^;

ここで、ちょっと、補足をしておきたいと思います。

海軍省に、採用されてからでありますが、

・種々改良を加えた上で海軍信号規程として整備された。

・国民皆兵時代になり全国的に普及された。

・商船、漁船を問わず『手旗信号法』が一般船舶間で利用された。

・1931年(昭和6年)逓信省が告示し、日本船舶手旗信号法が制定された。

・1952年(昭和27年)運輸省が告示し、日本船舶信号法が公布され現在に至る。

とまぁ、様々な変遷はありますが、海軍省~逓信省と渡り、自衛隊は軍隊ではありませんから、防衛庁に返す訳にも行かず、結局、運輸省に落ち着いたのでしょうね。

今現在で言いますと、『国土交通省』になるのでしょうか。

そうしますと、今現在の『手旗通信法』の管轄は、『海上保安庁』と言う事になってしまいますね。(^^;

なかなか、本当に、厄介な話です。

元は、海軍ですから、海上自衛隊が歴史を持っているのに、それを管理しているのは、『海上保安庁』であると言う、とても、嫌~な、話になってしまいますね。(^^;

この辺りは、戦後の日本の、官僚主義の政治による、とっても捻れた、湾曲してしまった、おかしな現実の中に、『手旗信号法』が、捲き込まれてしまっていると思います。

それもまぁ、今現在の、日本の政治を観ていれば、仕方が無い事なのでしょうね。

本当に、この国は、何処まで、馬鹿な国になってしまうのでしょうか!

ボーイスカウトの指導者と同様に、情けなくって仕方がありません!(>_<)!

おっと、話がずれてしまいました。

実は、『海上保安庁』にも、同期生がいます。

と言う事で、今度は、『海上保安官』に、話を聞いてみたいと思います。

ですが彼は、1級無線技術士だからなぁ。(^^;

何となく、様相が異なる気がしています。

さぁて、超、やる気になりました、『きゃさりん副長。』ですが、『手旗』の実技は、一体全体、どの様な感じだったのでしょうか!

実は、『手旗』の『技能訓練』ですが、この後、延々と終わり無く、続いてしまう事になってしまうのでありました。(^^;

(つづく・・・。)

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2010年4月10日 (土)

『25年前の今日。』(^-^)/ (今現在)

今から25年前、昭和60年 4月10日の事である。

流石に、曜日までは覚えてはいない。

但し、天気は、晴天であった。

その時は、防衛庁にいた。

六本木の、一等地である。

今では、東京ミッドタウンとなってしまい、防衛庁の面影は、全く無いであろう。

残っているのは、檜町公園だけであろうか。

その10年前、昭和50年 4月10日に、私は、陸上自衛隊 少年工科学校に、陸上自衛隊生徒 第21期生として、入校をした。

それから、自衛官として、丁度、10年の、節目の日でもあった。

家にいるのが嫌で、家の仕来たりが嫌で、家の雰囲気が嫌で、家の食事が嫌で、とにかく、家を出たかった。

それに、普通の高校生活などは、全く、送りたくもなかった。

とにかく、人と同じ事をするなどとは、考えられなかった。

高校に行き、大学に行き、そして就職をする。

そんな事をして、一体全体、何になるのだと思っていた。

また中学の担任からは、

『君は、日大三島高校に行けば良いんだ。それでそのまま、大学に行けば良いんだ。』

と言われていた。

その、決め付けられた言葉に対しても、猛反発をしていた。

とにかく、全てが嫌だった。

そこから抜け出したかった。

陸上自衛隊 少年工科学校は、そんな私にとっては、格好の場所であった。

少年工科学校を卒業後は、航空学校を卒業し、東部方面ヘリコプター隊、中央基地通信隊を経て、防衛庁 檜町警備隊本部に、辿り着いていた。

本当に、楽しい日々であった。

まるで、水を得た魚の様に、動き回っていた。

自衛官としての時代は、毎日が、全て、充実していた。

職務も、食事も、そして、東京理科大学にも通学をし、野球・空手・銃剣道・格闘道、等々。

本当に、楽しかった。

申し分の無い、生活であった。

私は、自衛官として、そのまま、過ごすものだと、思っていた。

とにかく、そんなにも居心地の良い場所を、離れるなどとは、思いもしなかったのである。

行く行くは、北海道に行き、スキー三昧。

沖縄だって、何処だって、日本全国を駆け巡ってもみたかった。

とにかく、家に戻るなどとは、考えも及ばなかった。

父親が、木から落ちた。

下半身不随になるかも知れない。

3ヵ月は、絶対安静である。

その様に聞かされたのは、防衛庁に居た頃であった。

父親は、本当は、園芸農家をやりたかったらしい。

その先には、造園業を、営みたかったらしい。

通信教育で、造園業の2級の資格も取った。

しかしながら、そこから先には、進む事ができなかった。

それは、木から落下したためでは無かった。

資金も無ければ、その他の資格も無い。

人脈も無ければ、農業経営のセンスの欠片も無い。

それに、たかだか2級程度では、何もできないのである。

近所の皆様に頼まれて、植木屋さんの真似事を、するのが精一杯であった。

父親は、木から落ちた。

頭蓋骨も、背骨も折った。

骨盤まで折った。

私はその姿を観て、これはもう、駄目だと思った。

そう思うしか無かったのである。

その当時の、自衛官の退職については、依願退職の場合は、手続きに、相当な時間を要した。

それには、様々な事由があったからである。

詳しい事は、書き記せないが、辞令が出るまでには、3ヵ月ぐらいの、時間を要したと思った。

その頃は、パソコンは、出始めであったが、まだまだ、和文タイプの時代であった。

文書を一つ作るのにも、相当な時間を要した。

今でもそうであろうが、国の機関の文書規則は、物凄い量の文章によって、制約をされている。

それもまた、各省庁によって、違うのである。

陸上自衛隊の文書規則は、2cmほどの厚さの、立派な書籍になっていた。

尚且つ、取り扱い注意になっていた。

それに従って、文書を作成しなければならなかった。

総務科の皆さんは、本当に、苦労をしていた。

横目で観ていて、総務だけは、文書陸曹だけは、やりたくは無いと、思っていた。

そうして、私の退職申請が、なされて行った。

私は、何回か、長期の休暇を頂き、稲刈りなどで、家にも戻っていた。

ところがである。

何回目かの時に、父親が、退院をすると言う。

大丈夫、だと!

私は、途方に暮れた。

一旦、覚悟を決めたとは言え、本当に、がっかりとした。

がっかりとしたどころでは無かった。

その時の想いは、とても、表すことはできない。

とにかく、怒る気にもなれなかった。

ドクターや、家族や、その周囲の人間達は、諸手を挙げて喜んでいる。

私一人だけが、悲しんでいた。

何とか、東京理科大学を卒業できることが確定し、教授の斡旋で、就職先も決まっていた。

そして、その上、結婚まで決まっていた。

もう、後戻りはできなかった。

総務科の先任陸曹は、

『1年以内なら、戻って来る事ができる。』

『7月の人事異動が過ぎたら、直ぐに申請を出せ。』

とまで言ってくれた。

しかしながら、全てが、退官確定の方向に、進んでいた。

結婚が、絡んでいた。

奥様になってくれる方は、婦人自衛官(当時の呼称:現在は、女性自衛官)であった。

それで、富士学校への転属も決まっていた。

もう、私一人での、話しでは無かったのである。

父親の木からの落下が、とても多くの、非常に多くの人々の、人生を、巻き込んでしまった。

後戻りはできない。

本当に、複雑な心境であった。

今考えてみると、ひょっとしたら、『覚悟』はできていなかったのではないのかと、思ってしまう。

いやきっと、『覚悟』はできていなかった様に思う。

後ろ髪は引かれていたであろう。

心は、六本木。

想いは、防衛庁。

それを無理矢理に、心の中に、閉じ込めていたと思う。

就職決定。

結婚決定。

新住居決定。

奥様の転属決定。

どれもこれも、破棄にする訳には行かなかった。

どれもこれも、実行を、するしか無かった。

そこで、自分自身が喜んでいると言う、演技をするしか無かった。

それによって、自分自身を、納得させる以外に、無かった様に思う。

実に情けなく、悲しく、空しいことであった。

決して、父親のせいにはしたくは無い。

だけれども、あの父親は、本当に、大事な時、ここぞと言う、大チャンスの時に、必ず何かをやらかしてくれていた。

必ず、大ピンチを作ってくれた。

今でも、不動産の関係で、ピンチを負わされている。

仕方が無いのだ。

とにかく、仕方が無いのだ!

父親なのだ。

仕方が無いのである。

だけれども、諦めがつかないし、踏ん切りもつかないし、覚悟もできない。

その昔、高校受験の頃であったろうか。

受験の面接で、

『尊敬する人は?』

と聞かれたら、

『父親です。』

と、答えなさいと、教え込まれた事があった。

私は、とてつもなく、怪訝に思っていたが、まぁ、先生が言うのだから、それに従っておこうぐらいの気持ちで、あまり深くは考えなかった。

しかしながらそれを、今は、とてつもなく、後悔をしている。

どうして、父親を尊敬しているなどと、心にも無い事を言ってしまったのか。

それが、その事が、そもそもの、自分自身の心の眼の、曇りの始まりであったのかも知れない。

父親の事は、残念ながら、全く、尊敬などしていない。

菩提寺の住職と大喧嘩をし、それはまだ良いが、それですぐさま、墓を引っ越してしまった。

そうしたらその翌年に、亡くなってしまった。

何をやっているんだと、いつも思ってしまう。

本当に、悲しくなってしまう。

そんな事はともかくとして、4月10日は、少年工科学校への入校日でもあり、自衛官を退官した日でもある。

今、2分の1世紀を生きた。

そしてその半分の25年前、もう、25年にもなってしまうのか。

だけれども、一つ一つ、鮮明に覚えている25年前。

その日に私は、自衛官を、退官してしまったのである。

今までは、そんなには、気にはしていなかったが、25年の節目を考えたら、一挙に、想いが巡ってしまった。

4月には、記念と記憶に残る日が、随分と、多い様な気がする。

(おしまい!)(^-^)/

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