カテゴリー「ボーイスカウト駿東地区」の4件の記事

2016年11月15日 (火)

『『きゃさりん副長。』のご指摘!』(^^;

おはようございます!(^o^)/


【『きゃさりん副長。』のご指摘!】(^^;

とある日曜日のことでした。

『きゃさりん副長。』が、所用で私の家に来た時に、何気に話し始めました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※注:「 」内は、『きゃさりん副長。』のお言葉です。
   ( )内は、言い返した訳ではなくて、私が、その時、
    思ったことです。(^^;

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「最近、朝の散歩、してないでしょ!」
(だってぇ、暗いし、寒かったりして、気乗りがしないんだもん。)

「自分で自分が、随分と、太ったと思わない?
 以前は、ちゃんと、散歩と運動(リハビリ体操)をしていたでしょ!」
(だってぇ、一度止めちゃうと、楽だし、再開させるのが難しいだよぉ。)

「その昔(ボーイ隊長兼ベンチャー隊長兼ローバー隊長だった頃)は、きちんと運動してたし、金曜日にはお風呂に入って、身体を柔らかくして、土曜日に、日曜日の(ボーイスカウト活動の)準備をして、早寝をして、体調を整えて、日曜日は、制服をビシッと着て、ボーイスカウト活動をやってたじゃない!」
(だってぇ、ボーイ隊長はクビになっちゃったし、ベンチャー隊は、若き指導者達に任せるって、決まっちゃったんだもん!
 もう、どうにもできないよぉ。)

「ここ3か月ぐらい、全く、スカウトハウスに行ってないでしょ!」
(だってぇ、用事が無いんだもん。
 それに、団の会議は、土曜日の夜で、夜間の歩行は、ドクターから止められているしぃ。
 団の会議に出て来い、とは言われるけど、行ったら行ったで、邪魔者扱いされちゃうしぃ。)

「地区にも、全く、顔を出していないでしょ!」
(だってぇ、ラウンドテーブルは、土曜の夜だし、タクシーで行かなきゃなんないし、疲れてへこたれちゃうし、そのため、日曜日は、疲れが残って、何もできなくなっちゃうし、地区TTは、何時の間にか外されちゃったし、お呼びは全く掛からないしぃ。)

「県連だって、行かなくなっちゃったじゃん!」
(だってぇ、休務されては如何ですかって、言われちゃったし、県連TTも外れちゃったしぃ。)

「貴方が外出する時って、通院する時ぐらいじゃないの?
 みんな(理学療法士・作業療法士・スポーツトレーナーの皆さん)が、言っていたじゃん。
 きちんと、歩行訓練(散歩)をしないと、歩けなくなるって!
 それに、遺された右膝が駄目になったら、車椅子生活になるって!」
(そりゃそうだけどさぁ。
 だけどぉ、外出する用事も無いしぃ。)

「昔はさ!
 ペリカン便で、早朝から夜間まで、走り回ってて、
 (プレーヤーとして)野球をやってて、
 (野球の)審判で、一日中、炎天下でも元気だったし、派遣審判員で、静岡県内を飛び回っていたじゃん!
 高校野球の審判もやっていたじゃん。
 それに、銃剣道だって、短剣道だって、やってたじゃん!」
(それはぁ、身体障害者になる前の話じゃん。
 困っちゃうなぁ。)

「今はさ!
 何も無い感が、抜殻感が、強過ぎるの!
 殆ど、ボーイスカウト活動もやらなくなっちゃったし。
 私は、お茶(茶道)があるから、(金・土・日は、特に)忙しくしていられるから、ボーイスカウトが無くっても平気だけどさ。」
(確かにねぇ、それは感じる。
 それに、郷愁感もある。
 でもなぁ、どれもこれも、健常者でさえ、普通にやっても大変なものばかりだしぃ。)

「貴方が『師』と仰いでいた方は、どうしたんだっけぇ?
 ボーイスカウトを辞めた後は、確か、自治会の役員か何かに就いて、今まで、地域に対して恩返しができなかったことなんかをやったんでしょ。」
(そうです!
 舞阪町新町自治会長をされて、舞阪郷土史研究会の運営委員もされて、舞阪しらす漁などを研究し、紹介されていましたよぉ。)

「だったらさ!
 貴方も、地域に貢献することを考えたら?
 今まで、自治会の役員などに就いて、特にお手伝いをしていた訳では無かったんでしょ。」
(いやぁ、補導員は、受けてたけどぉ。
 お祭りの役員もやったけどぉ・・・。)


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と言うことで、まだまだ、『きゃさりん副長。』の、ご指摘は続いた様な記憶があります。(^^;

それで!

いきなり、自治会と言う訳にはいかないと思いまして、また、自主防災会もありますが、そちらの方は、協力と言うよりは、援けられる身の方ですので、ご迷惑が掛かるばかりです。

そこで!

今まで、かなり疎遠になっていた同級生達と、旧交を温めてみたらどうかと言う話になりました。

ただ、私自身は、かなりの疎遠と感じていますので、果たして、『旧交』と言えるのかどうなのか?

また、みんなが応えてくれるのか、どうなのか?

ん゛~!


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『きゃさりん副長。』曰く、

「そんなこと言っている暇があったら、即、行動!」

と言うことで、超~、久々の呑み会に至ったのでありました。 Img_4859
それも、午前様で! Img_4862
良くもまぁ、体力が持ったものだと、自分自身で感心しておりますが。(^^; Img_4864
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月 7日 (火)

『休まれては如何?』(^^;

(# 02)

おはようございます!(^o^)/

【休まれては如何?】(^^;

(※注:写真は、昭和62年(1987年)4月29日(水・祝)
        平成20年(2008年)11月8日(土)
        平成20年(2008年)11月9日(日)
                       のものです。)
 
お正月が明けて、2年に一度ですが、とても愉しみにしていたことがありました。
それは、県コミッショナーとの面談でした。

平成28年の本年は、その2年に一度の愉しみが回って来る年でありました。
しかしながら、本年は、その面談は行われず、県コミッショナーとは、面談の代わりに、メールでの遣り取りと言うことになりまして、とっても残念に思いました。
そして、その内容は、
「休まれては如何?」
と言うことでした。(^^;
私は、昭和60年(1985年)に、ボーイ課程の研修所を修了し、同62年に、ボーイ課程の実修所(第2教程)に参加させて頂きました。
同年11月には、ウッドビーズの伝達を受け、翌年の昭和63年3月には、県連盟トレーニングチームメンバー養成課程に参加させて頂き、同年4月からは、指導者講習会・研修所・非定型訓練(当時はそう呼んでいました。)等に、奉仕をさせて頂くことになりました。 0002
私自身は、研修所・実修所を修了したと言うだけで、まだまだ、右も左も全く判らないと言う、単なる若造に過ぎませんでした。
ところが、当時は、研修所は、春(5月)と秋(9月or10月)の2回開催され、裏方を担当する、本部員や奉仕員が、全くと言っていいほど、不足していました。
私は、同じ地区内(旧駿東地区)の、『U氏』に誘われると共に、会社の様子を伺いつつ、できる限りの範囲で、本部員として、研修所に奉仕をしていました。

そこで、『U氏』から、
「(研修所の)所員になりたくないか?
 とにかく、(本部員として)下積み5年だからな!
 それも、続けて、毎年だからな!
 俺も頑張るから、お前も頑張れよ!」
と、言われ続けていました。

その後、『U氏』が、研修所の所員として奉仕をされ始めた頃に、今度は、
「いいか!
 次は、所員として、最低5年だからな!
 それも、連続してだからな!
 年が空いたり、途切れたりしたら、もう一度、やり直しだからな!」
と、言われ始めました。

私は、何が何だか、さっぱり解からずにいたのですが、その後、
・(故)『三輪 悦爾』県コミッショナー
・(故)『原口 芳彦』県コミッショナー
・   『杉山 博通』県コミッショナー
・(故)『中村 昌春』県コミッショナー
に、お仕えする内に、その『U氏』の言葉の意味が、段々と判る様になったのでありました。

私と、年齢が、丁度、3回りも上の、(故)『原口 芳彦』県コミッショナーからは、
「研修所だけでは、足りないから、ジャンボリー等の奉仕も頼むよ。」
と言われ、10NJには、名指しで、7SCシニアー奉仕隊静岡第1隊の隊長に任命され、伊豆大島で開催された、第2回ローバーシンポジウムの広報班長として、派遣されたりもしました。

『杉山 博通』県コミッショナーからは、
「長泉地区の平出君!
 (実際は、駿東地区なのですが、どう言う訳か、そう呼ばれ続けられていました。(^^;)
 (地区)コミッショナーなんだから、早いとこ(コミッショナー)実修所に行っておいでよ。」
と言われ、これまた、何が何だかわからない内に、参加させて頂きました。

(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「何だ?
 行って(参加して)いない?
 何やってんだ!
 早く行って来い!」
と言われ、平成11年(1999年)10月に、那須に向かったのでありました。
県連トレーニングチームメンバーとして、11年が経過していましたが、『U氏』に言われ続けた『合算の10年間』は、気が付けば、満たしていたと言う訳でした。

那須に到着し、コースが始まって、2日後のことでした。
コースディレクターは、愛知連盟の(故)『伊籐 智是』日本連盟ディレクター(当時)でしたが、それが、突然、『鈴木 節子』同副ディレクター(当時)に交代することとなりました。
『鈴木 節子』氏は、当県連盟の重鎮中の重鎮であり、
「平出さん。
 (静岡県)連盟の代表なんだから、しっかりと学習して帰ってね!」
と、お言葉を掛けて頂いたのですが、その瞳の奥底からは、今まで味わったことの無い様な、重たい重たい光が、放たれていたのでありました。
ちなみに、女性のコースディレクターは、日本連盟としては、初であり、また、その時の奉仕を持って、『鈴木 節子』氏は、最後の奉仕とし、勇退の花道を飾ったのでありました。

翌年(2000年)3月に委嘱を受けまして、それから、今までの16年間、様々な課程で、また形で、奉仕をさせて頂きました。
しかしながら、脳出血を発症した翌月には、大阪市での実修所の奉仕が控えていた時でして、当時の所長以下、所員の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けしてしまって、言葉もありません!(>_<)!
誠に申し訳ございませんでした。
実際のところ、実働は、6年間と言っても良いかと思います。
脳出血を発症後の10年間は、指導者講習会と個別支援だけの奉仕となりました。

それでも、
・『小笠原 四郎』県コミッショナー
・『滝嶋 三郎』県コミッショナー
・『戸田 正明』県コミッショナー
は、私の身体を気遣いながらも、10年もの間、面談をし続けてくれたのでありました。

しかしながら、(故)『中村 昌春』県コミッショナーは、
「奉仕ができなくなったら、潔く辞めるだに!
 だらだらしていたって、仕方が無いだに!
 次の人財に、席を空けるだに!
 おらだって、(県コミッショナー)の立場上、休む(休務)だに!」
と言われていました。 Img_4769
更には、私が師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、
「年を取ると、(奉仕をする)居場所が無くなるだに。
 定型訓練の奉仕は、難しくなるだに。
 入り込む隙間は、無くなるだに。」
と言われ、正確な年数は判りませんが、私が倒れる少し前でしたから、平成16年(2004年)頃だったでしょうか。
自ら、休務の道を選択されました。
また、その後、登録自体も辞められてしまいました。 Img_4693
※ここで、余談を少々。(^^;
(故)『原口 芳彦』様は、私より、3回り上の方です。
   『鈴木 節子』様は、私より、2回り上の方です。
(故)『中島 繁光』様は、私より、1回り上の方です。
要は、干支が、皆さん、『猪突猛進』と言うことです。(^^;

何れにしても、よくもまぁ、揃ったもんだと思いました。
また、皆様、私のことを気に掛けて、とても良く、可愛がってくださいました。
その様なご縁は、なかなか得られるものでは無いと思っております。

また、歴代の県コミッショナーを始めとしまして、数え切れないほどの、多くの皆様に、ご指導、ご鞭撻、また、多くのご支援と、ご協力、励ましの言葉など、勇気づけられることを頂戴いたしました。
改めまして、衷心より感謝申し上げます。 Img_2206
日本連盟からの、委嘱の条件は、
「定型訓練への奉仕」
と言うことでした。
しかしながら、私は、この2年間で、その要件を満たすことはできませんでした。

平成28年を迎えた段階で、(故)『中村 昌春』氏、そして、(故)『中島 繁光』氏の言葉を思い出しつつ、私は、
(もうそろそろ、良いんじゃないのかなぁ。
 『きゃさりん副長。』は、ウッドバッチャーになってくれたし、ローバー達も、研修所に参加してくれたし。)
と、考え始めていたのでありました。

また、師と仰いでいた、(故)『中島 繁光』氏は、今の私と同じぐらいの歳に、休務を申し出ていました。
それで、とっても、短絡的ではありますが、
(ならば、私も!)
と、正月早々に、そう、決意することに至ったのでありました。

『きゃさりん副長。』は、
「まぁ、もう良いんじゃない。
 お休み! お休み!
 他の愉しみを考えたら。」
と、いつものお気楽さを発揮してくれて、私の心をなだめてくれたのでありました。

『潮時』と言う言葉は、本来は、
『適当な時機。好機。ちょうどいい時期。』
など、良い意味で使われるのですが、今回は、本来の意味では無い、
『ものごとの終わり。』
と言う意味で、使ってみたいと思います。

私も、『潮時』を迎えたのだと!(^^;

とっても寂しくもあり、正月早々に、『ものごとの終わり』を迎えるのには、とっても抵抗がありました。
また、自分自身に言い聞かせ、自分の心をなだめるのには、『無理』と言う言葉が付き纏いました。
しかしながら、『潮時』なのです。
皆さん、その時は、必ず迎えているのです。
そう考えるしか無く、またまた、『悶々とした平成28年』を、迎えてしまったのでありました。


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく)(^^;

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2010年12月 3日 (金)

『どうなっているんだ!』(>_<)! (今現在)

本当に、一体全体、どうなっているんだ?

何が、起きているのだ?

どうなってしまったと言うのだ?

本当に、信じられない!

信じろと言う方が、無理がある!

何と言う事であろうか!

またまた、大切な人を失ってしまった!

本当に、大損失である!

ほんの3週間前に、大事な大事な人を失ったばかりではないか!

なのに、なぜ?

どうして?

またまた、大切な人財を失うとは、今年はどうなっているのだ?

おかしい!

本当におかしい!

何かが狂っている。

気候もそうであるが、大自然が、生き物のリズムが、生命の営みが、全て狂っているに違いない!

絶対におかしい!(>_<)!

昨晩の事である。

20時過ぎだったと言う。

母親が、家の前で、近所のご婦人と立ち話をしたそうである。

ただ、そのご婦人の服装が、やけに黒っぽかったのだそうだ。

そこで母親が、話を聞いてみると、

『勝又宮司が亡くなった。』

と言う話を聞いたのだそうだ。

それで、お悔やみを申し上げに行って、その帰りだったと言う事であった。

何と言う事であろうか!

3週間前にお亡くなりになったのは、ボーイスカウト長泉第4団の団委員長であった。

今度の、勝又宮司と言えば、長泉第2団の団委員長であったお人ではないか!

そして、私達、八幡区の鎮守の神様である、郷社八幡神社の、宮司でもあったお人ではないか!

私は、耳を疑った。

そこで、直ぐに、電話を掛け捲った。

とにかく、真相を知りたかった。

それに、どうして連絡が来ないのか?

勝又宮司が亡くなれば、区の放送があってもおかしくは無かったし、ボーイスカウトの方面からの連絡があったって、おかしくは無い筈であった。

何処で、何が、どうなったんだ?

とにかく、団委員長に電話をした。

すると、

『知らない。聞いていない。』

そこで、今度は、副団委員長に電話をした。

『えぇ~、ほんとかよ! 聞いてないぜ!』

一体全体、どうなっているんだ?

そこで、仕方なく、長泉2団の方に電話を入れた。

すると、

『亡くなったのは、一昨日の事。通夜は昨日で、今日が葬儀だった。全て、終わった。』

との事であった。

何と言うことであろうか!

もう、3日も経っていた。

なのに、何も連絡を貰えなかった。

本当に、どう言う事であったのだろうか?

長泉町のボーイスカウトの、団委員長が、続けてお二人もお亡くなりになってしまった。

本当に、信じられない話である。

一体全体、何が起こったと言うのであろうか。

勝又さんとは、私がウッドバッチャーになってからのお付き合いである。

もう、23年は経つであろうか。

私は、ボーイ課程と、シニアー課程の、二つの実修所を修了している。

その私の前に、ボーイ課程とシニアー課程の二つの実修所を修了していたのは、勝又さんだけであった。

従って、私にとっては、大先輩であり、いわゆる、とても良いお手本であった。

尚且つ、心の支えの様な方でもあった。

その方を、失ってしまうとは、何と言う事であろうか。

その上、最後のお別れもできなかった。

とても悲しく、辛い事である。

本当に、身を捥がれる想いである。

今は、悔しいとしか、言い様が無い!

本当に、悔しい!

今年は、どうしてこんなにも、人を失ってしまうのであろうか。

異常気象のせいなのか?

この気候が、全てを狂わせてしまったのか?

本当に、訳が判らない。

人がお亡くなりになると言うのは、自然の定めであり、絶対に、避けられない事である。

しかし、それにしても、大事な方々を、たった3週間の内に、お二人も失ってしまうとは!

大自然も、何と、過酷で辛い試練を与えるものなのか。

ご家族も、そして、ボーイスカウトの2個団の皆様も、本当に、辛いと思う。

そして、途方に暮れてしまっているに違いない!

電話では、多くを聞く事はできなかった。

それに、電話などで、状況を語って貰うのは、とても失礼だと思った。

その上、電話からは、とても疲れた、弱々しい声しか流れて来なかった。

だから、詳しい話をお伺いするのは、止めにしておいた。

そんな状況でも、神社の祭典は行われると言っていた。

明日の土曜日に、郷社八幡神社では、『新嘗祭』が行われると言う。

新宮司には、息子さんが就任していると言う。

悲しみの中でも、祭典は行わなければならないのか。

神職とは、何と、辛いものであろうか!

『きゃさりん副長。』に連絡を取った。

明日は、私の代理で、郷社八幡神社に行って貰う事にした。

とにかく今は、ただただ、ご冥福を祈るしかない!

本当に、安らかに、お休み頂くしかない。

ただ、この事だけは、言えると思う。

長泉町と、私達の清水町は、10年ほど前までは、2町で『駿東地区』を形成していた。

その旧『駿東地区』が、益々、強固に結束して、協力をし合って行かなければならない。

そうしなければ、『人財』を失ってしまった今は、全てが弱体化しかねない。

人の力とは、何と大きなものか。

そして、経験が豊富な方ほどその力は、途轍もなく大きく、計り知れない。

残念だ。

本当に、残念だ。

本当に、悔しいけれども、今は、安らかにお眠り頂きたい。

勝又さん、今までのご指導、誠にありがとうございました。

心から、ご冥福をお祈り申し上げると共に、感謝を申し上げます。

割狐塚稲荷神社(わりこづかいなりじんじゃ)

http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4403128

http://www.inarijinja.com/

対面石八幡神社(たいめんせきはちまんじんじゃ)

http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4403134

http://www.inarijinja.com/yahata/

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2010年11月11日 (木)

『よっしゃ! 頑張ろう!』 (今現在)

『よっしゃ! 頑張ろう!』

この言葉と声、そして、その声の主の顔。

それらが一体となって、未だに、頭の中を駆け巡ってる。

そして、一向に涙が止まらない。

人の死は、確かに必ずやって来る。

だけれども、突然の悲報には、耐え切れない時がある。

本当に、耐え切れない。

こんなにも、悲しいものなのか。

辛過ぎる。

本当に辛い。

昨日の事である。

いつもの様に、パソコンに向かっていた。

午前9時前頃であったろうか。

パソコンの横に置いてあった携帯が鳴った。

電話の相手は、ボーイスカウト長泉第4団の方であった。

『今朝、音無さんが亡くなった。』

あまりにも、寝耳に水の話であり、唐突にも程があると思った。

だけれども、

『喉頭がんだったそうで、見付かった時には転移が酷くって、手遅れだった。』

本当に本当の、事実の様であった。

昨日は、奇しくも、私の誕生日。

そんな日に亡くなるなんて。

何も、私の誕生日を、自分の命日にすることなんか無いのに!

私は、そう思っていた。

そう思って、少しは冷静になろうと思った。

だけれども、そんなのは一瞬にして木っ端微塵に吹っ飛んだ。

お通夜に行けそうも無い。

今現在の、自分の体調と体力からして、最後の別れに行けそうも無い。

その事が、頭の中で、ぐるぐると回り始めてしまった。

もう、彼此、20年以上のお付き合いだろうか。

年月が経つのは、本当に速いものである。

私が、まだ20代だったかも知れない。

当時は、半袖で、半ズボンにハイソックス、頭にはハットと言う制服姿であった。

それに逆らう様にして、長袖・長ズボンを着用し、ハットには、戦後左右に凹みを付けなければならなかったが、そんなものはお構い無しの人物であった。

風貌は、見るからにして、ダサさの象徴であった。

声のトーンは低い。

それに、滑舌もよくない。

私達に、とても人懐っこく、話し掛けて来てくれる。

でも時々、全く聞き取れない時があった。

それでも、一人で喋り続けていた。

挙句の果てには、一人で喋り一人で笑っていた。

人の眼などは気にしない。

全く、お構い無しであった。

ひょうきんでもあった。

笑いを好んだ。

辛そうな表情は、殆ど観た事が無かった。

また、見せなかった。

とても前向きであった。

私達の、好き理解者であった。

助けてもくれた。

周囲の圧力からも、私達を守ってくれた。

そして自分自身は、圧力には、決して屈しなかった。

新しい考えを、受け入れてくれた。

一緒になって考えてくれた。

そして、最後に、

『よっしゃ! 頑張ろう!』

と、励ましてもくれた。

だがその声は、もう聴く事ができない。

だけれども、頭の中で、響き渡っている。

音無さんと、本格的に一緒に仕事をさせて頂いたのは、もう、10年以上前になると思う。

私が、駿東地区の地区コミッショナーであった頃の話である。

地区の地区委員会の運営を司る地区委員長と、地区の指導者やスカウト達を見守り、地区の教育面を代表する地区コミッショナーは、地区運営の両輪と言って良い。

私が地区コミッショナーを拝命し、その1年後に、音無さんが地区委員長となった。

それから、何年間だろう。

私達二人は、回り続けた。

とにかく、

『駿東地区を良くしよう! 盛り上げよう!』

その言葉を、二人の合言葉にして、回り続けた。

私は、ウッドバッチャーであり、ALTである。

音無さんは、研修所を何コースか修了をしたと言う程度であった。

そこはもう仕方が無い。

いくら年下と言えども、私の考えや指示には素直に従った。

そして、私が思う存分、動ける様にと、陰になって支え続けてくれた。

本当に、十分すぎるほど、黒子に徹してくれた。

決して、必要以上には、表に出ることは無かった。

二つの両輪は、駿東地区の、前輪駆動となって、動き続けていた。

地区の運営も、順調であった。

その様な時に、突然、とんでもない愚案が、飛び込んで来てしまった。

ボーイスカウト静岡県連盟からであった。

『今在る地区を、合併し、再編をする。15地区までに減らす!』

と言うものであった。

これまた、寝耳に水の話であった。

県連盟の、常任理事会で話が決まった。

理事会に提出をされ、即決された。

各地区の都合などは、全く関係が無い。

『理事会で決まった事である!』

印籠を、出されてしまった。

『冗談じゃない!』

私達は、勿論、猛反発をした。

頑張って、頑張って、頑張り抜いて、地区の運営を安定させて来た。

ほんの少しずつであったが、スカウト人口も増えていた。

愚かしい事などは、何も見当たらなかった。

それを無碍にも、合併をしろと!

『沼津地区と、裾野地区が、おかしい。そこで、3地区合併をお願いしたい。』

私は思った。

何だと!

弱体化した地区を押し付ける気か!

そんなお荷物を貰ったって、結局は共倒れするだけだ!

自浄能力が無く、自助努力ができなければ、絶対に滅びる!

そして、その事を、音無さんに叫んだ。

しかしながら、音無さんは、黙っていた。

何も語らなかった。

地区委員長は、地区代表となり、県連盟の理事となる。

音無さんもまた、県連理事であった。

理事会での承認時には、その場にいたのである。

何もできなかったと言う。

何も抵抗ができなかった。

初めて、肩を落とした姿を観た様な気がした。

ボーイスカウト静岡県連盟は、最盛期には、3万人を超える登録者がいた。

それが今では、大きく1万人を下回ってしまっている。

確かに、そんな現状では、

 1.熱海

 2.伊東

 3.下田

 4.田方

 5.三島

 6.駿東

 7.裾野

 8.御殿場・小山

 9.沼津

10.富士

11.富士宮

12.庵原

13.清水

14.静岡

15.志太

16.島田

17.掛川

18.袋井

19.磐田

20.浜松東

21.浜松

22.浜名

23.浜北

24.天竜

25.湖西

こんなにも多くの地区を、支え切れる訳が無かった。

仕方が無かった。

音無さんは受け入れた。

そして、沼津地区・裾野地区・駿東地区が合併をした。

そして、沼駿地区などと言う、愚にも付かぬ、ちんけな名前が付けられてしまった。

私は、とても悲しかった。

だけれども、音無さんには、悲しんでいる暇などは与えられなかった。

見事に、沼津の策略にはまってしまった。

音無さんは、体良く、沼駿地区の初代地区委員長に推挙されてしまった。

全責任を、押し付けられてしまったのである。

沼津!

何と言う輩であろうか!

全く持って、人道主義に反する様な事を平気で行う!

恥と言うものを知らないのか!

まぁ、知らないから、平気で、人に押し付けられるのであろう。

私は、その時点で、地区の運営からは離れる事にした。

とにかく、気力が失せてしまったのである。

そして、団に集中しようと思った。

団もまた、沼津の策略にはまり、5個団が統合し1個団になってしまっていたのである。

団に集中し、隊に集中し、スカウトに集中をしようと思った。

音無さんは、案の定であった。

任期の2年間で、たったの2年間で、沼駿地区の地区委員長から引き摺り下ろされてしまった。

本当に、沼津を怨む!

その後、音無さんは私と同様に、長泉第4団の団委員長として団の運営に集中する事となった。

音無さんと私は、それぞれ最後の、駿東地区委員長と駿東地区コミッショナーとなってしまった。

私達の後には誰もいない。

そして、駿東地区の歴史も幕を閉じてしまった。

だけれども、人生の幕を閉じる事は無いだろう!

音無さんよぉ!

本当にやってくれるよなぁ。

私の誕生日に死んでくれるなんて!

『あの世で待っているよ!』

とでも言いたかったのだろうか!

確かに頑張った。

確かに、頑張ったよね、音無さん!

二人は良くやったよね!

よく頑張ったよね!

二人で二人を誉めたって良いよね!

だけど悔しいなぁ。

声を聴く事ができない。

あの、超ダサい、風貌を拝む事ができない。

悲しいなぁ。

辛いなぁ。

こんな時に、いつも、

『よっしゃ! 頑張ろう!』

そう、声を掛けてくれた。

でも、もう居ない。

だけれども、私の頭の中では、響き続けている。

『よっしゃ! 頑張ろう!』

ちゃんと、成仏しろよ!

心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

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