カテゴリー「航空学校」の82件の記事

2018年9月27日 (木)

『てやんでぃ! べらぼうめぇ!』(^^;

(薩摩半島 訪問 : その98)
(※注:平成30年 5月 5日(土・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【てやんでぃ! べらぼうめぇ!】(^^;
(ハム)「あ゛~!
     おい、ペン!
     なにやってんだよぉ!」
(ペン)「うぃ~、ひっく!
     お゛~、何か言ったかい?」
(ハム)「ひょっとして、酔っ払っているのぉ?」
(ペン)「てやんでぃ!
     それが、どうじだっで、言うんでぃ?」
(ハム)「さっき、無事に、家に着いたばかりじゃん。
     それに、富士山に、
     『ただいまぁ~!
      自宅に戻るまで、ちゃんとするぞぉ~!』
     って、言ってたじゃん。
     JR東海『三島駅』の皆さんにも、
     『ありがとうございました!』
     って、挨拶してたじゃん。
     三島駅から、自宅まで、送ってくれた、
     タクシーの運転手さんにも、感謝してたじゃん。
     それが、一体、どうしたって言うのぉ?」
(ペン)「お゛~?
     だってよぉ!
     おデブ隊長は、シャワーを、浴びるとか言って、
     どっか、行っちまったじゃん。
     『きゃさりん副長。』は、よぉ!
     自宅に、戻っちまったじゃん。
     俺達は、放ったらかしに、されてんだぜ。
     暇を、持て余してんだぜ。
     酒でも呑まなければ、やってられねぇぜぃ!」
(ハム)「でもさ。
     おデブ隊長は、ホテルでは、なかなか、
     ゆっくりと、シャワーを浴びられなかったしさ。
     『きゃさりん副長。』は、自分の荷物を置きに、
     それと、洗濯をしに、自宅に戻ったんだよ。
     小一時間もすれば、戻って来るよぉ。」
(ペン)「へへん!
     そんなこと、解ってらぁ!
     ただ、こちとら、待つのが嫌いで、
     気が短けぇんだよぉ!
     酒でも呑まなければ、待てねぇんだよぉ。
     酒を呑んで、何が悪いって、言うんでぃ?」
(ハム)「あ゛~あ。
     そう言うことかぁ。
     でもさ。
     そんなに、酔っ払っちゃってさ。」
(ペン)「てやんでぃ!
     酒呑んで、酔っ払って、何が悪い?」 Photo
(ハム)「酒を呑んでも良いけど、酔っ払い過ぎなの!
     あ゛~!
     一体、何を、やってんだよぉ!
     それは、大事な『赤霧島』だろ!」
(ペン)「え゛~?
     なぁにがぁ、でいじぃだっでぇ?」
(ハム)「その『赤霧島』だよぉ!
     それは、おデブ隊長が、
     鳥栖市の『S先輩』から、わざわざ、
     贈って貰ったものだろ!」
(ペン)「お゛っ!
     それがぁ、どうじだっで言うんでぃ。」
(ハム)「おデブ隊長が、呑まずに、
     大事にとっておいた焼酎じゃん!
     それを、開けちゃったのぉ?
     それも、呑んでるのぉ?」
(ペン)「あたぼうよぉ!
     こちとら、焼酎の呑み方を、しっかりと、
     教わって来たんでぃ。
     『香りが開く』
     ってなぁ。
     それも、本場、鹿児島でだぜぃ。
     どんなもんでい!」
(ハム)「あぁ~、あぁ~あ。
     酷い、酔っ払い方だなぁ。
     一体、どうやって呑んだのぉ?」
(ペン)「生一本よ!
     そりゃもう、五臓六腑に沁みわたってよぉ。
     えれぇ~、いい気分だぜぃ。
     お前さんも、ちょいと、どうだい?」
(ハム)「あ゛~、もう!      何をやっているんだよぉ。  
     ストレートで呑んだら、そりゃダメでしょ。
     鹿児島では、ロックに、
     お水を足してたじゃん!」
(ペン)「てやんでぃ!
     『赤』が、ダメなら、じゃぁ、こっちでぃ!」 Photo_2
(ハム)「何と!
     『茜霧島』じゃん!
     一体、どこから持って来たの?」
(ペン)「ん゛っ?
     冷蔵庫のぉ、横のぉ、箱のぉ、中のぉ、
     箱の中から、だよぉ~だ!」
(ハム)「あらら!
     その箱は、確か、『きゃさりん副長。』の、
     秘密の箱だったと思うよ。
     そこから、持って来ちゃったのぉ?」
(ペン)「あたぼうよぉ!
     見付けちまえば、こちとらの物よぉ!」
(ハム)「あれまぁ~!
     『茜霧島』は、確か、『きゃさりん副長。』が、
     『ローバー達と会った時に開ける。』
     とか言ってたよなぁ。
     とっても、愉しみにしてたのにぃ。
     これまた、超~、ヤバいじゃん!
     ひょっとして、こっちも、
     開封しちゃったのぉ?」
(ペン)「へへんだぁ!
     『あたり前田のクラッカー』
     だぜぃ!
     こちとら、
     『宵越しの銭は持たねぇ。』
     てなぁ!
     てやんでぃ!
     酒も、おんなじなんだよぉ。
     一度、開けた酒は、宵越しは、
     させねぇんだよぉ。
     ケチケチしないで、お前さんも、呑め、呑め!」
(ハム)「あぁ~あ。
     俺はもう、本当に、知らないからなぁ。
     おデブ隊長と、『きゃさりん副長。』に、
     絶対に、こっ酷く、怒られるぞぉ!
     覚悟しておくんだな!
     俺は、ペンを、助けてやらないぞ!」
(ペン)「大丈夫だって!
     全部、呑んじまって、瓶を、
     捨てちまえば良いのさ。」
(ハム)「こらぁ~!
     まだ、そんなことを言ってるのぉ?
     でもさぁ。
     どうして、『赤霧島』と、『茜霧島』を、
     呑もうと思ったのさ?」
(ペン)「ん゛っ?
     だってよぉ。
     指宿から、送ったお土産。
     それによぉ。
     鹿児島から送ったお土産は、まだ、
     着かねぇんだぜぃ。
     その中には、とっても、旨ぁ~い焼酎が、
     入っているはずなんだぜぃ。
     だけどもよぉ。
     こちとら、待ち切れなくてよぉ。
     それで、つい、手が出ちまったんだ。
     ほんの、出来心なんだよぉ。
     勘弁してくれよぉ、旦那ぁ~!」
(ハム)「あ゛~あ。
     こりゃもう、本当に、どうしようもないよなぁ。
     ペンは、このまま、寝かせちゃって、
     『赤霧島』と、『茜霧島』を隠してっと。
     知らん振りをして、
     ほとぼりを冷ますしか無さそうだなぁ。」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年8月 3日 (金)

『私も、俺も、無理!』(T_T);

(薩摩半島 訪問 : その54)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【私も、俺も、無理!】(T_T);
(ペン)「これから、どこに、行くんだっけ?」
(ハム)「『三角兵舎』だって!」 Img_0602  (ペン)「え゛~?
     『三角兵舎』って、知覧飛行場跡地に、
     あったやつだよねぇ。
     そこまで、また、戻るのぉ?
     時間が、無くなっちゃうじゃん!」
(ハム)「おっとぉ!
     それは、『三角兵舎跡』だよ。
     今は、石碑とか、灯篭が建てられ、
     案内板もあるけど、それだけしかないんだよ。」
(ペン)「さんかくへいしゃあとぉ~?
     じゃぁ、一体、どこに向かっているの?」
(ハム)「『知覧特攻平和会館』の、東側の杉林の中に、
     『三角兵舎』が、復元、されているんだって!」
(ペン)「げぇ~!
     そうなのぉ?
     全くもう、本当に、ややこしいよなぁ。
     おっ!
     これは、さっきの『ゼロ戦』だね。」 Img_0603
(ハム)「そうだね。
     だけど、外から観ると、何がなんだか、
     よく解からないね。
     やっぱり、近くで観てみないと、
     解からないこともあるよね。」
(ペン)「それは、確かにあるかも!
     おお゛~!
     ひょっとして、これが、『三角兵舎』?」 Img_0604
(ハム)「発見!
     あったね。
     でも、ちょっと、綺麗過ぎるのかなぁ?」
(ペン)「え゛~?
     それって、どう言う意味なのさ?」
(ハム)「実際はね。
     『三角兵舎』は、 空襲を避けるために、
     飛行場から離れた、松林の中に、
     造られていたんだって。
     それで、半地下式の、木造のバラック建てで、
     擬装用に、屋根に、幼木を載せていたんだって。
     だから、その話しからすると、
     こんなに明るい場所じゃぁなくって、もっと、
     薄暗い場所に建てられていたと思うんだ。
     それに、偽装もされていたって言うから、
     言い方は悪いんだけどさ。
     もっと、小汚い建物だったんじゃないかなぁ。」
(ハム)「そうなんだ。      空襲かぁ。
 
     恐いよなぁ、って、空襲のことは、全く、
     何も解らないんだけどさ。
     それを避けるためにって言っても、薄暗い、
     小汚い、バラック小屋じゃぁなぁ。
     精神的に、参っちゃいそう!
     俺には、ここでの生活は、無理だな!」
(ハム)「いやいや!
     俺が言ったのは、あくまでも、      外観のことだよお。
     内部のことまでは、よく知らないよ。
     だけど、おデブ隊長が言うには、
     快適に造られていたんじゃないのかってさ。
     おっと!
     『きゃさりん副長。』が、      中に入ってみるって。」 Img_0605
(ペン)「お゛~!
     中に、入れるんだぁ。」
(ペン)「中の様子は、っと!
     まずは、寝床だね。
     おデブ隊長が、自衛隊の、演習場の『廠舎』と、
     似てるって言ってるよ。」 Img_0606
(ペン)「ええ゛~?
     そうなのぉ?」
(ハム)「うん。
     でもね。
     今は、この様な、土台の上に、
     高床が造られている構造のものは、
     もう無いだろうって。
     現在は、殆ど、ベッドが、
     備えられているんだって。
     だけど、毛布とシーツだけは、全く、
     変わらないみたい。」
(ペン)「毛布と、シーツだけ?
     冬じゃなきゃ、一見、寝易そうにも、
     観得るけどもなぁ。
     寒い時にも、毛布とシーツだけで、
     眠れるのかなぁ?」
(ハム)「それはね。
     ちゃんとした、寝床の作り方があるんだって。
     毛布4枚と、シーツ2枚で、
     ベッドメーキングをするんだって。
     それは、今でも、      変わっていないだろうってさ。」
(ペン)「ほぇ~!
     そうなんだぁ。
     でもなぁ。
     俺は、寒さは、大丈夫だけどさ。
     人間となると、毛布だけだは、
     寒そうにも感じるんだけどなぁ。」 Img_0607
(ペン)「それはぁ、大丈夫だって!
     おデブ隊長が、保証するって。
     さて、反対側は?
     げっ!
     これって、残骸?
     『きゃさりん副長。』が、『垂直尾翼』って、
     言ってるし、タイヤもあるし、
     手前の平たいものは、主翼かも知れないね。
     思わず、残骸って言っちゃったけど、こう言う、
     航空機の遺品も、ちゃんと、
     保管されているんだねぇ。
     ここにあると言うことは、きっと、
     『隼』のものだろうなぁ。
     驚きだよね。」
(ペン)「あれれ?
     『きゃさりん副長。』、
     展示されていた写真を観て、
     『三角兵舎』の中から、
     飛び出して来ちゃったよ。」 Img_0608
(ハム)「ん゛~!
     辛いんだって!」
(ペン)「辛いって、何がぁ?」
(ハム)「写真に写っている、特攻兵達が、
     若過ぎるんだって!
     まるで、おデブ隊長の、陸上自衛隊生徒時代の、
     アルバムを観ている様で、      とてもじゃないけれど、
     観ていられないんだって。」 Img_0609
(ペン)「ふんぎゃ!
     それで、飛び出して来ちゃったのぉ?
     『きゃさりん副長。』、意外と、
     優し過ぎるところもあるからなぁ。」
(ハム)「おっと!
     こっちに、『三角兵舎』の、
     説明文が掲示されているよ。」 Img_0610
(ペン)「えっとぉ!      ちょっと、気になったんだけどさぁ。  
     説明文の、
     『各地から集まった隊員は二~三日後には
      雲のかなた沖縄の空に散華されました。』
     って、ところなんだけどさぁ。
     特攻隊員って、みんな、知覧飛行場に、
     いたんじゃぁないのぉ?」
(ハム)「ん゛~、そっかぁ。
     みんな、そう思っちゃうんだね。
     まずさ。
     特攻隊員って、志願制だったよね。      だから、志願した者のみ、知覧に集まったんだ。  
     それと同時に、特攻攻撃は、飛行隊、つまり、
     隊長が任命され、編隊を組む必要があったんだ。
     だから、映画『月光の夏』の中で、
     描かれていた様に、知覧特攻基地に、
     他の基地から、
     転進(集合・集結)する必要があったんだ。
     要は、志願した、飛行兵が、
     知覧特攻基地に集結して、編隊を組み、そして、
     出撃して行ったんだ。」
(ペン)「え゛~!
     そうだったんだぁ。
     みんな、最初から、ここに、      いたのかと思ってた。
     何てこったい!
     こんなこと、言っても良いか、
     どうか判らないけど、特攻隊員って、まるで、
     死ぬために、この『三角兵舎』に、
     集まって来たってことじゃん!
     あ゛~、何という悲しいことだぁ!
     辛過ぎるよぉ!
     だから、『きゃさりん副長。』は、
     『三角兵舎』から、      飛び出して来ちゃったんだ!」
(ハム)「本当に悲しいんだけど、その通りなんだよね。
     実際は、天候の状況や、攻撃目標等の都合で、
     『三角兵舎』に滞在した期間は、
     まちまちだったんだって。
     あっと言う間に、特攻に出撃してしまった人や、
     何日もここで、待たされた人もいるらしいよ。
     無論、特攻出撃命令が出された、      特攻兵にのみに、限られての話だけどね。 
     だから、辛くって、眠れなくって、
     すすり泣いたり、寝たふりをしてたりと、
     真の姿は、とてもではないけれど、
     不寝番の兵士は、様子を観たり、聞いたり、      また、そのことを、後に語ることも、全く、
     できなかったそうだよ。」 
(ペン)「そっかぁ。
     そうなんだぁ。
     ここで、待つこと自体、精神的に、
     とっても大変な重圧なのに、      何日も待つだなんて、
     俺には、とてもじゃないけれど、耐えられない!
     俺には、絶対に、無理!」
(ハム)「だからこそ、
     『きゃさりん副長。』が観た写真の様に、      みんな、いつも、気力を振り絞って、笑顔で、
     いたんじゃないのかなぁ。 
     それと、説明文の中に、『遺書』・『手紙』を、
     したためたとあるけど、飛行編隊の仲間で、
     日の丸に、寄せ書きをしたリ、      写真を撮ったりと、
     気を紛らわすために、色々と、
     していたみたいだよ。
     だから、それらが、遺品となって、
     『知覧特攻平和会館』の中央展示室に、
     展示されているんだ。」
(ペン)「あ゛~!
     それって、あの、
     立体ケースの中の『日の丸』かぁ!
     何気なく、観ていただけだったけど、あれは、
     覚悟の印!
     そして、仲間との、絆の証しだったんだぁ。
     くそぉ~!
     ちゃんと、観ておけばよかったぁ!」 Img_0611
(ハム)「まぁ、今ここで、理解できたんだから、      それでも良いんじゃない?  
     ところでさぁ。
     『なでしこ隊』って、憶えてる?」
(ペン)「あぁ、勿論さ!
     もう、忘れない!」
(ハム)「その『なでしこ隊』が、特攻隊員達の、食事や、
     洗濯、裁縫などの、身の回りの、
     お世話をしたって言うのは、それも、
     憶えているよね。」
(ペン)「う゛、うん!
     も、も、勿論さ。」
(ハム)「ん゛~!
     まぁ、良いっかぁ。
     それでね。
     『きゃさりん副長。』なんだけど、
     『無理!
      絶対に、無理!
      私に、できる訳がないわ!』
     なんだってさ。」
(ペン)「え゛~?
     それってぇ、何が無理なのぉ?」
(ハム)「勿論、特攻隊員達の、お世話だよぉ!」
(ペン)「ええ゛~?
     だって、『きゃさりん副長。』は、その当時は、
     生まれていないじゃん。」
(ハム)「そうじゃぁなくってぇ!
     もし、その当時、『きゃさりん副長。』が、
     女学生だったとして、特攻兵達が、
     死ぬことが判っているのに、
     身の回りのお世話をするなんて、そんな、
     気力はないし、耐える力もない。
     特攻兵達に、近付く勇気も、何も無い。
     つまり、『三角兵舎』には、多分、全く、
     近付くことはできなかっただろうって。
     『きゃさりん副長。』は、
     『多分、私には、『なでしこ隊』の任務は、
      絶対に、果たせなかったと思う!』
     って、言ってるんだよぉ。」
(ペン)「そっかぁ。
     そうだよね。
     『なでしこ隊』のみんなも、相当、
     辛かったんだろうね。
     これまた、悲しいよなぁ。」
(ハム)「そうだね。
     実際は、様々な人達が、入れ代わり立ち代わり、
     特攻隊員に対して、勤労奉仕をしたみたい。
     その内、『なでしこ隊』はね。
     『「なでしこ隊」とは、
      知覧高等女学校第3学年の少女達(15歳)の
      こと。
      校章が、「なでしこの花」であったことから、
      「なでしこ隊」と呼ばれた。
      昭和20年(1945年)3月27日から、
      4月18日までの23日間、
      知覧特攻基地において、
      特攻隊員への勤労奉仕を命じられた。
      「なでしこ隊」の任務は、特攻隊員のために、
      掃除・洗濯・給仕・裁縫などの世話をし、
      特攻隊員達の、「死への出撃」を、
      笑顔で見送ることであった。
      23日間で、109名の、特攻隊員を、
      笑顔で手を振り続け、見送った。』
     そうだよ。」
(ハム)「辛いなぁ~!
     辛過ぎるよぉ~!
     そんなこと、普通じゃぁ、絶対に、
     できやしないよぉ!」
(ハム)「そうだね。
     辛いよね。
     だから、23日間と、
     日にちを区切ったのかも知れないね。
     だけど、特攻隊員達と、『なでしこ隊』は、
     結局は、気持ちの上でも、距離が縮まるんだ。」
(ペン)「あ゛~!
     それってさぁ。
     もしかしたらさぁ。
     歳が、近かったからってことぉ?」
(ハム)「うん。
     その通りだよ。
     凄いじゃん、ペン!
     特攻隊員達は、『なでしこ隊』にとっては、
     小父さんや、お兄さん的な存在。
     特攻隊員達にとっては、『なでしこ隊』は、
     妹的存在。
     だけど、感情移入と言う、
     一線だけは越えない様にしたみたいだよ。
     でもね。
     そんなのは、当然、無理な話しで、みんな、
     とっても辛かったそうだよ。」
(ペン)「そりゃそうだよぉ!
     ふぇ~ん!
     悲し過ぎるよぉ!
     辛いよう!
     その話しは、もういいよぉ。
     ここも、もういいよぉ。
     これ以上、ここには、居たくないよぉ。」 Img_0612
(ハム)「うん!
     解かったよ。
     本当は、『三角兵舎』を抜けて、
     次の場所に行くんだけど、      回り道ができるみたい。
     だから、その方に向かうって。」
(ペン)「分かった!
     だけどもう、悲しいのと、辛いのは、嫌だよ。
     絶対に、無理だからね!」
(ハム)「ん゛~!
     そればっかりは、何とも言えないなぁ。
     だって、ここは、      『知覧特攻平和会館』なんだよ。
     ちゃんと、事実に対峙して、悲しさと、      辛さにも、耐えなくっちゃ!」 
(ペン)「う゛~。
     また、泣いちゃうかも知れないけど、
     耐えることを、頑張ってみる。」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年7月30日 (月)

『知覧町の固き情念!』(T_T);

(薩摩半島 訪問 : その52)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【知覧町の固き情念!】(T_T);
(ペン)「ん゛?
     なに? なに?
     どしたの?」
(ハム)「運転手さんが、
     『こちらの、CG映像は、観ましたか?』
     だって!」
(ペン)「え゛~?
     そんなところに、モニターテレビが、
     あったのぉ?」
(ハム)「さっきはさぁ。
     物凄い人だかりで、全く、      近寄れなかったじゃん。
     だから、モニターが、判らなくっても、
     仕方無かったんだよぉ。」
(ペン)「それで、内容は、どの様なものなのぉ?」
(ハム)「『知覧飛行場の歴史の紹介』だって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     だけどさ。
     今まで、知覧飛行場の歴史を、
     学習して来た訳じゃん。
     重複しちゃうんじゃないのかなぁ。」
(ハム)「そうでもないみたいだよ。
     運転手さんのお話しだと、最初に、一度観て、
     帰りに、もう一度、観る人もいるんだって。
     だから、俺達も、今、観たら、
     学習が深まるかもって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     じゃぁ、観てみようよ。
     ・・・・・。」
(ハム)「・・・・・。」
(ペン)「・・・・・。
     やっぱ、悲しいよぉ!
     いくらCGだからって、
     『開聞岳』の上を飛んで行く、
     『隼』を観るのは、辛過ぎるよぉ!」
(ハム)「そうだね。
     最初はさぁ。
     知覧は、大刀洗陸軍飛行学校の分教所でさ。
     教育・訓練が主で、飛行兵と、技術兵の養成が、
     目的だったのにさ。
     それが、段々と、      特攻基地に変貌してしまってさ。
     15歳とか、17歳とかさ。
     それに、『なでしこ隊』までもさ。
     みんな、みんな、青春なんて、
     そんな言葉は無かったんだよ。
     惨いし、とっても、悲しいにゃぁ。」
(ペン)「やっぱり、若い人達が、どんどんと、
     命を失って行ったって言うのはさぁ。
     絶対に、あってはならないことだよねぇ。
     国の、人財が無くなって行っちゃうんだもん!
     あんれぇ?
     ところで、『きゃさりん副長。』はぁ?」
(ハム)「借りたタブレットを、      返しに行ったんだけどさぁ。
     ああ゛~!
     お土産コーナーに、行っちゃってるぅ!」
(ペン)「やっぱりね!
     『きゃさりん副長。』は、そう言うところは、
     かなり、目聡いからなぁ。
     それで、おデブ隊長はぁ?」
(ハム)「車椅子の、ハンドリムを使って、ちょこちょこ、
     自分で、少しずつ移動してたんだけどなぁ。」
(ペン)「あ゛~!
     壁画の前で、固まってるよぉ。
     何をしてるのかなぁ。」
(ハム)「あの壁画もさ。
     さっきは、人だかりで、全く、
     近づけなかったじゃん。
     今は、かなり空いて来たから、近くに行って、
     観てみたくなったんじゃない?」
(ペン)「それにしても、随分と、大きな壁画だねぇ。」
(ハム)「そうだね。
     でも、おデブ隊長、近付き過ぎて、
     写真に納められないみたいだよ。
     えっとぉ、壁画の名前は、
     『知覧鎮魂の賦』
     だって。
     高さが、3m。
     幅4.4m
     なんだって。
     それも、設樂焼の陶板壁画なんだってよぉ。」
(ペン)「ひょぇ~!
     これが、焼き物なのぉ?
     凄いじゃん!」
(ハム)「えっとぉ、なになに。
     画は、『宮崎市 仲矢勝好氏』だって。
     運転手さんのお話しだと、画家の方で、
     宮崎県立美術館にも、
     作品が収蔵されているんだってよ。」
(ペン)「へぇ~!
     そうなんだぁ。
     色々な方々が、ここ『知覧特攻平和会館』に、
     作品を納めているんだねぇ。」
(ハム)「おや?
     解説もあるよ。
     『紅蓮の炎をあげて燃える隼の機体から       特攻隊員の魂魄を6人の飛天(天女)が       救い出し昇天させる姿を表したもの。』
     なんだって。」
(ペン)「あ゛~、ほんとだぁ。
     日の丸に、プロペラに、尾翼。
     『隼』の中から、天女が、パイロットを、
     救い出しているぅ。
     切ないなぁ~!」
(ハム)「そうだね。
     とっても悲しくて、切なくて、
     遣り切れないよねぇ。
     でもさ。
     もし、一番最初に、この画を観ていても、
     何にも解らなかっただろうね。
     最後に、観ることによって、
     とっても理解が深まったって感じだよね。」
(ペン)「うん!
     それは、確かに、絶対にあると思う。
     それにしてもさ。
     おデブ隊長、固まったまま、
     なぁ~んにも動かないよぉ。
     一体、何をしているのぉ?」
(ハム)「どうやら、銘板を、読んでいるみたい。」 Img_0594
(ペン)「めいばん~?」
(ハム)「ほら!
     『知覧鎮魂の賦』の画の前に、
     銅のプレートがあるじゃん。
     あそこに、文字が刻まれているんだよぉ。」
(ペン)「え゛~、そうなのの?
     それで、何のプレートなのぉ?」
(ハム)「『特攻平和会館について』だって。」
(ペン)「え゛~?
     『知覧特攻平和会館』じゃぁないのぉ?」
(ハム)「そうだね。
     確かに、そうなんだけどさ。
     最初は、『特攻平和観音堂』が、
     昭和30年(1955年)9月28日に、
     建立されたじゃん。
     だから、『特攻平和会館』って、
     称してもおかしくはないと思うよ。」
(ペン)「そっかぁ。
     それで、何て刻まれているのぉ?」
(ハム)「ちょっと待ってね。
     おデブ隊長でも、流石に憶えられないから、
     写真から、文面を起こすって。
     『   特攻平和会館について
       この特攻平和会館は、太平洋戦争の末期、
      沖縄戦において、特攻という人類史上類例を
      見ない作戦で、爆弾搭載の飛行機もろとも
      肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した
      多くの特攻隊員の遺品や関係資料を展示して
      います。
       私たちは、特攻隊員たちの崇高な犠牲に       よって生かされ、国は繁栄の道を進み、       今日の平和日本があることに感謝し、       特攻隊員のご遺徳を静かに回顧しながら、       再び日本に特攻隊をつくってはならない       という情念で、貴重な遺品や資料をご遺族の       方々のご理解、ご協力と、関係者の方々の       ご協力、ご支援で展示しています。
       特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じた
      ことは、再びこの国に平和と繁栄が甦ることで
      あっただろうと思います。
       この地が特攻隊の出撃基地であったことに
      かんがみ、雄々しく大空に散華された隊員を
      とこしえに顕彰し、当時の真の姿、遺品、       記録を後世に残し、恒久の平和を祈念する       ことが基地住民の責務であろうと信じ、       ここに特攻平和会館を建立した次第です。』
 
     と言う文面なんだってさ。」
(ペン)「ん゛~!
     そうなんだぁ。
     だけどぉ、知覧町自体が、知覧町に対して、
     自虐的で、知覧町自身が、知覧町に対して、
     とっても、厳しくしているって、
     感じてしまうのは、なぜ?
     だってさ!
     知覧に、飛行場を造ったのは、陸軍じゃん。
     つまり、日本国じゃん。
     いくら、お国のためだと言ってもさぁ。
     知覧の人々に、責任なんて、あるの?
     それに、出撃基地になったからと言ってさ。
     知覧の人々が、責務を感じる必要があるの?
     たまたま、出撃基地になっただけじゃん!
     それに、他にも、出撃基地は、あった訳じゃん!
     これじゃぁ、知覧の人達が、
     あまりにも可哀想だよぉ!」
(ハム)「うん!
     解るよ!
     その、ペンの気持ち。
     俺だって、どうして、知覧の人達ばっかりに、
     重荷を負わせるのさ?
     と、そう思うよ。
     だけどもさ。
     プレートの文面から、知覧の人々の覚悟も、
     伝わって来るんだ。
     だって、特攻出撃までの様子を、
     一番知っていたのは、      知覧の人々だけなんだもん。
     特攻隊員の様子は、親兄弟だって、
     知らなかった人の方が、
     とっても多かったんじゃないのかなぁ。
     だから、知覧の人々は、遺したいし、      伝えたいし、例え、負の歴史であろうと、      守りたいんだよ。
     しっかりと、後世に遺し、伝えたいんだよ。
     文面の中にも、      『情念』って言葉があったじゃん。
     だから、南九州市になる前の、
     知覧町の人々の想いは、
     本当に、信念が強かったんだと思う。
     きっと、特攻隊員達のために、      何かしなければと、
     いたたまれなかったんだと思うよ。」
(ペン)「そっかぁ。
     俺も、何かしたい!
     何か、できることはないの?」
(ペン)「そうだね。
     だから、みんな、
     石灯篭を寄進したりしてるんじゃないのかなぁ。
     でもさ。
     俺達は、お金も何も持っていないじゃん。
     だからさ。
     今回の様に、きちんと学習することが、
     とっても大事何じゃないのかなぁ。
     そのことを、正確に、他の人々にも伝える。
     それが、俺達の、役目なんじゃないのかぁ。」
(ペン)「そうだね。
     俺達は、正しい知識を身に付ける。
     それが、特攻隊員の慰霊になり、
     お役に立てることに、なるのかも知れないね。
     それと、世界平和を願い続けることだね。」
(ハム)「そうだね。
     二度と、特攻隊はつくってはならないって、
     刻まれていたものね。
     一緒に、正解平和を祈ろう!」
(ペン)「うん!
     わかったぁ~!
     ところでさ。
     おデブ隊長、相変わらず、固まったままだぜ。
     あのままで、良いのかなぁ~?」
(ハム)「うん。
     おデブ隊長は、暫く、あのままに、      しておこうぜ。
     多分だけど、あの様子だと、相当、
     考え込んでると思うよ。」
(ペン)「え゛~?
     考えてるって、なにを?」
(ハム)「勿論、特攻隊員のこともあるだろうけど、
     亡くなってしまった、      陸上自衛隊生徒の先輩のことや、
     同期生達のことなんかも、
     考えているんじゃないのかなぁ。」
(ペン)「なんだかなぁ。
     おデブ隊長、考えだすと、長いからなぁ。
     早いとこ、『きゃさりん副長。』に、
     声を掛けて貰おうよぉ。」
(ハム)「ん゛~!
     それは、今は、ちょっと、無理かもよ。」
(ペン)「なんでぇ?
     どうしてなのさ?」
(ハム)「今はぁ、お買い物に、夢中~!」
(ペン)「あ゛~!
     ダメだ、こりゃ!」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/
 

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2018年7月21日 (土)

『広過ぎでしょ!』(^^;

(薩摩半島 訪問 : その43)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【広過ぎでしょ!】(^^;
(ペン)「それにしてもさ。
     運転手さん。
     物凄く、物知りだよね。」
(ハム)「そうだよね。
     それにさ。
     話に、どんどんと、力が入って、      熱いんだもん!」 Img_0557
(ペン)「確かに、それはある!
     ところでさぁ。
     ここの看板に、
     ・『三角兵舎跡 1km』
     ・『山砲座跡 1.8km』
     って、あるんだけどさぁ。
     これらは、なんなのぉ?」
(ハム)「さっきさぁ。
     知覧飛行場が、空から観ても、
     判らない様にしてたって言ってたじゃん。
     つまりぃ、飛行場内には、何も、
     施設を造らなかったってことなんだ。
     『三角兵舎』は、半地下式の、
     特攻隊員の宿泊施設。
     『山砲座』は、高射砲の設置座、なんだよ。」
(ペン)「と言うことはぁ、みんな、飛行場の外から、
     この辺りまで、通っていたってことなのぉ?」
(ハム)「うん。
     そう言うことに、なるよねぇ。
     それも、燃料が無かったから、歩きでね。」
(ペン)「げぇ~!
     それって、物凄く大変じゃん!
     俺なんか、歩くのが、とっても苦手だから、
     途中で、挫けちゃうよぉ。」
(ハム)「でもね。
     もっと、もっと、遠くにあった施設も、
     あったんだよ。
     ・『対空無線通信施設』
     ・『第3攻撃集団の司令部』
     ・『大刀洗陸軍航空廠知覧分廠(整備工場)』
     ・『陸軍病院』
     など、なんだけど、一番大変だったのが、
     『掩体壕』なんだって。」
(ペン)「えんたいごう?」
(ハム)「うん。
     この後、観に行くんだけど、航空機個別の、
     格納施設なんだ。
     さっきも言ったけど、ここには、
     管制塔が無かったじゃん。
     それと同じ様に、格納庫も無かったんだ。
     と言うかぁ、元々は、あったんだけどね。」
(ペン)「え゛~?
     格納庫があったけど、無くなったって、一体、
     どう言うことぉ?」
(ハム)「えっとぉ。
     『知覧飛行場』はね。
     元々は、『大刀洗陸軍飛行学校』の、
     『分教場』だったんだ。
     だから、教育、訓練を担い、当初は、
     『赤とんぼ』と呼ばれた、
     複葉機の練習機しかなかったんだ。
     それがね。
     太平洋戦争の、各地での敗退と共に、
     本土決戦を視野に入れて、『知覧飛行場』は、
     『知覧特攻基地』に、なっちゃったんだよ。」
(ペン)「と言うことはぁ?
     格納庫があったら、ヤバかったってことぉ?」
(ハム)「そうなんだよ。
     もし、航空機が、一杯、      格納されている格納庫を、
     攻撃されたら、壊滅しちゃうじゃん。
     だからさ。
     とっても面倒なんだけど、
     4mぐらいの高さの土塁を、コの字型に造って、
     そこに、航空機を格納したんだ。
     それで、木々や葉っぱで、覆ってしまえば、
     航空機を隠すことができたんだ。」
(ペン)「でもさぁ。
     一機ずつなんでしょ。
     それも、飛行場の外なんでしょ。
     どの位の距離を、どうやって、
     航空機を運んだのさ?」
(ハム)「えっとね。
     距離は、1km~2kmで、      まちまちなんだって。
     運搬は、人力とか、馬や、牛に、
     曳かせたりもしたんだって。
     特に、これから行く所は、坂の上にあったから、
     大変だったろうってさ。」
(ペン)「どっひゃぁ~!
     そりゃ、大変に決まってんじゃん!
     それに、その運搬は、毎日、      やっていたんでしょ。
     全く、想像できない!」
(ハム)「確かにぃ、俺も、想像はできない。
     でもね。
     当時の人達は、みんな、日本国の勝利を、
     信じていたんだよ。
     だから、苦労を、苦労と、
     思わなかったんじゃないのかなぁ。」 Img_0558
(ペン)「でもなぁ。
     そうは言ってもなぁ。
     納得は、できないよなぁ。
     ところでさ。
     ここに、『靖国の桜』・『神戸大学』って、
     あるんだけどさぁ。
     これは、なんだろうね?」
(ハム)「んとね。
     これはねぇ、運転手さんも、
     よくは知らないんだって。
     それでね。
     知覧町は、合併して、      南九州市になったんだけど、
     そこの担当者や、観光協会の人達も、
     誰も何も知らないし、判らないんだって。
     ただ、運転手さんが言うには、
     『桜の木は、その名の通り、靖国神社から、
      頂いて来たのでしょう。
      神戸大学と言うのは、『石原慎太郎』が、
      神戸生まれで、『石原慎太郎』の、
      ファンクラブか、研究サークルが、
      あるのかも知れませんね。
      その輩が、植えたのかも知れませんね。』
     だって!
     でもまぁ、本当に、判らないんだってさ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     でもさ。
     いくら『靖国の桜』でも、
     勝手に植えちゃって良いのかなぁ?
     それに、南九州市の担当者の方々が、
     誰も何も知らないなんて、
     とんでもない話だと思うよ。
     ただ、流石の運転手さんでも、
     判らないことがあるんだぁ。
     それを聴いて、ちょっと、
     ホッとした気持ちになってしまったのは、
     なぁ~ぜ?」
(ハム)「まぁ、運転手さんだって、そう言う時が、
     あったって良いじゃん。
     その方が、お互いに、気楽になれるしさ。」 Img_0559
(ペン)「それにしてもさ。
     ここは、よく観てみると、本当に、
     だだっ広いよねぇ。
     どこまでも、平らな気がする。」
(ハム)「そうだね。
     それに、目立つ様な、高い山も無いよね。
     だからこそ、飛行場に適していたんだね。」
(ペン)「うん。
     視界が、十分に拓けているって言うか、
     これならば、管制塔なんて、
     要らない様な気になっちゃう。」
(ハム)「もし、仮にさ。
     飛行場として遺っていたら、物凄く、
     でっかい空港になっていたかも知れないね。」
(ペン)「え゛~?
     そう言うことを言うのぉ?
     さっきはさぁ。
     飛行場が無くなったことが、
     『平和のシンボルだ!』
     ぐらいのことを言っていたのにさ。
     なんか、おかしくなくない?」
(ハム)「あ゛~、そうだったね。
     ごめん、ごめん。」 Img_0560
(ペン)「ところでさぁ。
     さっきから、運転手さんと、おデブ隊長がさぁ。
     『俺は、君のためにこそ死ににいく』
     の、石碑の前でさぁ。
     滅茶苦茶、何か話し込んでいるんだけどさぁ。
     一体、何を、話しているんだろうねぇ。」
(ハム)「なんでもね。
     あの石碑の形が、
     知覧飛行場の形に似ているんだって。」
(ペン)「え゛え゛~!
     そうななのぉ?」
(ハム)「うん。
     なんでもね。
     下側が、東で、左側が、南側なんだって。」
(ペン)「するってぇとぉ、ひょっとして、右上に、
     長く伸びているのはぁ~!」
(ハム)「そう!
     『主滑走帯』!」
(ペン)「あ゛~!
     やっぱりぃ!」
(ハム)「それで、飛行場の、色々な跡地を、
     観て周っていると、      時間が無くなっちゃうかから、
     今回は、『掩体壕』だけ、観に行くんだって。
     その他の場所は、ここで、大体の、
     位置関係を説明しておくんだって。」
(ペン)「ひょぇぇ~!
     そんなので、おデブ隊長は、      大丈夫なのかなぁ?」

(ハム)「実はね。
     おデブ隊長、さっき、元自衛官ってことを、
     運転手さんに、言っちゃったんだ。
     おまけに、職種が、
     『陸上航空』だったってことも、
     言っちゃったんだ。」

(ペン)「あれまぁ~!
     やっぱり、おデブ隊長、お喋りなんだよなぁ。」
(ハム)「それで、運転手さんも、熱が入っちゃって、
     かなりの場所を、説明しているんだよ。」
(ペン)「そうなのぉ?
     それで、どんな場所なのぉ?」
(ハム)「えっとね。
     時計回りで、
     ・出発線の碑
     ・対空無線通信施設跡(飛行場外)
     ・集団司令部跡
     ・三角兵舎跡
     ・集団司令部兵舎跡
     ・対空無線通信施設跡(飛行場内)
     ・なでしこ隊見送りの地
     ・掩体壕
     ・対空監視所跡
     ・中継無線機地跡
     ・山砲座跡
     ・知覧駅跡
     ・陸軍病院跡
     なんだけどさぁ。
     『山砲座』は、幾つかあったんだけど、今は、
     『猿山』と言うところだけに、
     遺してあるんだって。
     それと、『知覧駅跡』と、『陸軍病院跡』は、
     『知覧特攻平和会館』の見学後に、車で、
     通過するって。」
(ペン)「んげぇ~!
     話を聴くだけじゃぁ、何にも判らないし、
     それに、第一、何も覚えられないよぉ。
     おデブ隊長、本当に、覚えてんのかなぁ?」
(ハム)「まぁ、多分、覚えてんじゃないの。
     航空科職種的には、相当な、もの好きだからさ。
     あとね。
     『知覧特攻平和会館』に行って、そこで、
     復習するみたいだよ。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     いくら、記憶力が良いからって言ってもさ。
     限界ってものがあるじゃん。
     一体、おデブ隊長の、頭の中は、
     どうなってんのかなぁ。」
(ハム)「おデブ隊長は、身体障害者になってから、
     記憶力が増したみたいだよ。
     何せ、片手しか使えないし、
     じっとしていることもできないし、
     動かなくったって、直ぐに疲れちゃうじゃん。
     だから、片手じゃ、ページをめくれないし、
     直ぐに、眼も疲れちゃうから、本や、
     新聞を読むことが、億劫になっちゃったんだ。
     それで、集中力を高める様にして、極力、
     その場で覚えて、忘れない様に、パソコンに、
     打ち込んでいるみたいだよ。」
(ペン)「なんだかなぁ。
     そっちの方が、とっても、
     疲れる様な気がするんだけどもなぁ。」
(ハム)「まぁ、やり方は、人それぞれだからさ。」
(ペン)「おんやぁ?
     おデブ隊長、今度は、      『枕崎ヘリポート』なんて、
     言い出してるぜ。」
(ハム)「そっかぁ。
     『枕崎ヘリポート』かぁ。
     きっと、おデブ隊長、遊覧飛行か、
     その様なものが、何かないか、
     聞いているんだよ。」
(ペン)「遊覧飛行~?」
(ハム)「ほら!
     枕崎駅から、こっちに向かって来る時に、
     お茶畑の手前辺りで、案内看板が、
     出ていたじゃん。
     それを、おデブ隊長が、運転手さんに、
     聞き捲っていたじゃん。」
(ペン)「え゛~?
     そうだったっけぇ?」
(ハム)「それで、運転手さんが、
     『昔は、『枕崎空港』だったんです。
      滑走路もあって、地方空港として、
      鹿児島空港や、離島などと、
      定期便があったんです。
      でも、利用者が少な過ぎて、
      大赤字を出してしまい、滑走路は、
      メガソーラーの会社に貸してしまって、今は、
      ヘリポートだけなんです。
      それでも、鹿児島空港とは、       ヘリの不定期便が、
      あったんですが、それも、無くなってしまい、
      今は、防災基地になって、ヘリが、       1機ぐらい、残ってたかなぁ。』
     って、言ってたじゃん!」
(ペン)「げぇ~!
     ハムは、そんなことを覚えているのぉ?
     俺には、全く、記憶がない!」

(ハム)「だからさ。
     おデブ隊長は、飛びたいんだよぉ。
     ここの空を、飛んでみたいんだよぉ。
     それで、上空から、『知覧飛行場』を、
     観てみたいんだよぉ。」
(ペン)「そっかぁ!
     なぁ~るほどぉ。
     そうすれば、一目瞭然、ってことかぁ。
     あれれ?
     運転手さんの様子が、何か、変だよ。」
(ハム)「もしかして!
     おデブ隊長、やっちまったかも!」
(ペン)「え゛~、どうしたのぉ?」
(ハム)「あのね。
     運転手さんが、
     『ここは、鎮魂の地なんです。
      様々な場所に、特攻隊員を含め、
      様々な人々の魂や、想いが、
      あるところなんです。
      勿論、この空も含めてです。
      いくら、儲けが出ても、遊覧飛行なんて、
      とてもではないですが、       考えられないのです。』
     って、おデブ隊長を、窘めているよ。」
(ペン)「あ゛~あ!
     やっちまったなぁ!
     ダメだなぁ、おデブ隊長。
     しくじっちゃったよねぇ。」
(ハム)「うん。
     たまには、そう言う時も、あるさ。
     おデブ隊長、調子に乗り過ぎたみたいだね。」
(ペン)「おデブ隊長、お調子者だからなぁ。
     それで、嫌われちゃうんだよねぇ。」
(ハム)「でもさ。
     きちんと、反省して、修正すれば良いのさ。
     それは、俺達だって、同じだぜ。」
(ペン)「そうだね。
     りょぉ~かい!」
(ハム)「さてと。
     ここでも、時間を遣い過ぎちゃったから、
     とにかく、『掩体壕』だけに、向かうって。」
(ペン)「ありゃりゃ。
     時間の遣い過ぎかぁ。
     それは、おデブ隊長のせいだよねぇ。」
(ハム)「まぁまぁ、そう言うことは言わずに!
     とにかく、気持ちを切り替えて行こうぜ!」
(ペン)「うん!
     分かったよ!」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年7月20日 (金)

『管制塔は、無い!』(T_T);

(薩摩半島 訪問 : その42)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【管制塔は、無い!】(T_T);
(ハム)「お゛っ!
     いよいよ、知覧町の中心に、
     近付いたみたいだよ。」
(ペン)「って、言うかぁさぁ。
     さっきからさぁ。
     物凄い数の、石灯篭が並んでいるんだけどさぁ。
     一体、どうなってんのかなぁ。」 Img_0551
(ハム)「運転手さんがね。
     『(石燈籠の数は)こんなもんじゃない!
      ずっと先まで続いて(並んで)いるし、
      (知覧特攻)平和会館まで、行って頂けたら、
      もっともっと、驚くと思いますよ。
      とにかく、観て頂けたら、
      お解かりになると思います。』
     って、言ってるよ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     ずっと先まで、続いているんだぁ。
     凄いことになっているんだね。」
(ハム)「運転手さんが、ちなみにだけど、
     『この辺りの灯篭は、新しい物なんです。
      ですので、特攻隊員の遺族や、戦友などから、
      寄進されたものではありません。       全国の、有志の方々から、
      寄進されたものです。
      その有志の方の、お名前を、灯篭に、
      刻むか刻まないかは、その方の、
      ご希望に沿っての様です。
      ちょっと、解り辛いかも知れませんが、
      灯篭には、特攻隊員を模した像が、
      付けられています。
      それで、元々は、       『知覧平和祈念通り』として、
      特攻隊員、1,036柱の、
      石灯篭を建立する予定だったんです。