カテゴリー「航空学校」の43件の記事

2017年7月 9日 (日)

『匂いの、正体!(その3)』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その47)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【匂いの、正体!(その3)】(^-^)/


(ペン)「あのさぁ。
     今までの話を聴いているとさぁ。
     『Wさん』と、おデブ隊長の、共通点って、
     『自衛隊生徒』だけじゃん。
     それで、どうして、話が盛り上がってんのさ。」

(ハム)「そうだね。

     実はね。
     『通信』は、通信でも、『航空通信』と
     言うことが、かなりの共通点みたいなんだよ。

     『Wさん』はね。
     戦闘機の、『通信修理』だったみたい。
     それで、最初の赴任地は、沖縄だったんだって。

     それはね。
     最新鋭の戦闘機が、配備されると、
     最新の通信機器の整備、修理ができる者が、
     付いて行かなくちゃならなかった
     からなんだって。

     だから、学校で、最新の教育を受けた生徒が、
     赴任するのが、当たり前の様な感じだった、
     って、言ってるよ。

     その後も、『戦闘機』がある部隊、基地へしか、
     転属は、できなかったんだって。

     例えばだけど、お隣の、鳥取県境港市にある、
     『美保基地』には、『輸送航空隊』が、
     あるんだけど、そう言う所に、転属の希望を
     出しても、叶わなかったんだって。

     でも、『浜松基地』の実習で、
     『ブルーインパルス』を、観たり、触ったり、
     できた時には、無茶苦茶、嬉しかったそうだよ。」

(ペン)「へぇ~!
     『ブルーインパルス』、格好良いもんね。」

(ハム)「それでね。

     『Wさん』が、

      『陸上自衛隊にも、『航空通信修理課程』と
       言うものが、あるとは知りませんでした。』

     って、言ってるよ。

     それに対して、おデブ隊長が、

      ・生徒17期から、新設された課程

      ・自分は、『航空通信修理課程』では、
       5期生に当たる

      ・『航空通信修理課程』の人数は、
       他の課程に比べて、とても少なく、
       17名だった

     などの説明をしているよ。」

(ペン)「そっかぁ!
     『航空通信修理』、繋がりなんだぁ!
     だから、話が、滅茶苦茶、
     盛り上がってたんだね。」

(ハム)「うん!

     それとね。
     『第5期生』と言うのが、『Wさん』の興味を、
     かなり、そそったみたいだよ。」

(ペン)「え゛~!
     でもさ。
     5期って言っても、全然、違う5期じゃん!
     それでも、良いの?」

(ハム)「いいみたいだよ。
     とにかく、おデブ隊長の方が、
     少しでもずれていたら、例えば、
     『航空通信修理課程』の、4期だとか、
     6期だったら、どうなると思う?」

(ペン)「ん゛~!
     まぁ、何となく、しっくりとは来ないよなぁ。」

(ハム)「でしょう!
     だから、『Wさん』は、同じ職種で、同じ期で、
     ワクワクしちゃったみたいなんだ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そんなものなのかなぁ。
     『自衛隊生徒』って、超~、ふ・し・ぎ!」

(ハム)「何だか、アルファベットの話をしているよ。

     えっとぉ。

     VHF・UHF・HF・AM・FM・SSB・
     ADF・VOR・GS・ILS・LOC・
     SIF・IFF・GCA・TACAN・
     DEM・GPS・AMeDAS・
     CONTROL・APPROACH・
     TOWER・JP4・JP5・
     FOLLOW ME・・・・・。

     って、際限が無いなぁ。」

(ペン)「げぇ~!

     何を言ってるのか、全く、解んないよぉ。
     おデブ隊長、いい加減なことを、
     言ってんじゃないのぉ。

     適当に、滅茶苦茶に、アルファベットを、
     並べているだけじゃないのぉ。」

(ハム)「ん゛~。
     そうでもないみたい。

     『Wさん』がね。
     一つずつ、頷きながら、聞いているもの。
     その上、相槌まで打ってるよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだ。
     でもさぁ。
     なんで、あんな単語で、話が通じるのさ?」

(ハム)「そこなんだよなぁ。
     どうやら、みんな、アルファベットの、
     頭文字を、取ったものみたい。

     それでね。
     無線機の名前だったり、航空システムの名称
     だったり、気象・管制の名前だったり、
     色々みたいだよ。

     それが、二人が共通認識できて、話は、充分、
     通じるみたいなんだ。」

(ペン)「ひょぇぇ~!

     それってさ。
     隠語とか、合言葉とか、二人だけにしか、
     解からない言葉って、そう言うことだよね。」

(ハム)「そうだね。
     多分、ここ周辺にいる人達の中で、
     二人の言葉が判る人は、殆ど、
     いないんじゃないのかなぁ。

     余程の、航空マニアならば、話は、別だけどぉ。」

(ペン)「でもさぁ。
     そんな話で、面白いのかなぁ。」

(ハム)「大丈夫みたいだよ。

     『Wさん』は、

      『いやぁ、大駐車場でお会いしてから、
       色々と、お話を聴いていて、
       ひょっとしたら、元自衛官だったんじゃ
       ないのかって、気になっていたんですよぉ。
       それが、まさか、生徒ご出身の方だった
       なんて。

       それも、同じ、『航空通信修理』
       だったとは、信じられない、
       巡り合わせですよ。

       自衛官の方は、何回か、ご案内した経験が
       ございますが、今回はですねぇ。

       いやぁ、実に驚きました。

       これは、もはや、偶然ではないですねぇ。
       やはり、お導きがあったのだと思います。
       それも、単なる『縁結び』ではなく、
       『超~、縁結び』ですなぁ。

       ワッハッハッハ!』

      って、大喜びしているから。」

(ペン)「そんなにも、陸海空の、生徒同士が、
     出会うのは、珍しいものなの?

     確率が、超~、低いってことなのぉ?」

(ハム)「そうだね。

     おデブ隊長がねぇ。
     立川駐屯地にいた時に、『入間基地』とか、
     『厚木基地』に、行くことがあったんだって。

     そこで、色々と聞いてみても、生徒出身者は、
     見付けることができなかったんだって。

     あとね。
     市ヶ谷駐屯地や、防衛庁(桧町駐屯地)で、
     勤務していた時には、海上自衛官や、
     航空自衛官とも、一緒に勤務していたことが
     あったんだけど、海上自衛官で、一人だけ、
     生徒出身者に、会うことができたんだって。

     それも、珍しいことに、第21期の同期生
     だったんだって。

     航空自衛官では、生徒出身者には、
     会えなかったんだって。」

(ペン)「ふぇ~!
     超~、難関って言うことぉ?」

(ハム)「そうみたい。

     やっぱり、『航空自衛隊生徒』は、
     人数が少ないだけに、会える確率は、
     物凄く、低いみたいだよ。

     その上、同じ職種って言うのは、
     奇跡に近いみたいだよ。」

(ペン)「そっかぁ。
     そうなんだ。
     それで、『物凄い縁結び』って、
     ことなんだね。」

(ハム)「うん!
 
     きっと、『Wさん』にとっては、初めてのこと
     なんじゃないのかなぁ。

     勿論、おデブ隊長に、とってもだけど。」

(ペン)「そっかぁ。

     二人にとっては、とっても意外で、初めての
     ことだから、こんなにも、
     盛り上がっているんだね。

     するってぇと、話しの止め様が無いし、
     こりゃ、放置だな。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年7月 8日 (土)

『匂いの、正体!(その2)』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その46)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【匂いの、正体!(その2)】(^-^)/


(ペン)「『Wさん』と、おデブ隊長の、縁結びって、
     一体、何なのぉ?」

(ハム)「それじゃぁ、整理して、話すよ。

     まず、おデブ隊長だけど、
     『陸上自衛隊生徒 第21期生』だよね。

     それで、15歳で、
     『陸上自衛隊 少年工科学校』に入校して、
     19歳で、『陸上自衛隊 航空学校』を
     卒業して、三等陸曹になって、
     部隊配置されてるよね。

     それは、憶えてる?」

(ペン)「あぁ、憶えてる。
     大丈夫だよぉ。

     じゃぁ、『Wさん』は、おデブ隊長の、
     先輩なのぉ!」

(ハム)「いいや!
     ちょっと、違うんだよなぁ。
     でも、大先輩であることは、確かだよ。

     それじゃぁ、今度は、『Wさん』の方だよ。

     えっとねぇ。
     『Wさん』は、『航空自衛隊生徒 第5期生』
     なんだって。」

(ペン)「こうくうじえいたいぃ~!」

(ハム)「あぁ、そうだよ。

     自衛隊の生徒制度は、陸海空に、
     それぞれ、あったんだよ。

     だけどね。
     海上自衛隊と、航空自衛隊の生徒制度は、
     2,011年に、廃止されちゃったんだ。」

(ペン)「え゛え゛~、どうしてぇ?
     なんでなのぉ?」

(ハム)「政府の方針だったんだ。

     生徒の教育・育成に関して、お金が、
     掛かり過ぎ、だとかで。

     それに、自衛官の募集方法や、
     予備自衛官のあり方などを変えて、新たな、
     部隊組織編成に、踏み切ったからだったんだって。

     でもね。
     陸上自衛隊だけは、残ったんだよ。

     多くの、生徒OBや、
     『陸上自衛隊 少年工科学校』の、必要性や、
     重要性を、認識していた方々が、
     ありとあらゆるところで、働き掛け、
     『陸上自衛隊 高等工科学校』として、
     遺すことができたんだ。」

(ペン)「そうだったんだぁ。」

(ハム)「でもね。

     生徒の身分は、おデブ隊長の頃は、
     『自衛官』で、『特別職国家公務員』
     だったんだけど、今は、『自衛隊員』で、
     『特別職国家公務員』なんだよ。

     だからね。
     実際には、生徒は、『防衛省職員』と言う
     身分なんだ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     何だか、ややこしいけど、陸上自衛隊には、
     生徒制度が、遺ったんだぁ。
     良かったじゃん!」

(ハム)「それでね。
     おデブ隊長には、母校が、遺っているけど、
     『Wさん』には、母校に相当する処が、
     遺っていないって、そう言ってる。」

(ペン)「げぇ~!
     そうだよねぇ。

     廃止されちゃたんだもんね。
     寂しいよね。
     何だか、可哀想過ぎる感じがする。」

(ハム)「『Wさん』だけど、最初は、山口県の
     『防府南基地』で、『航空生徒隊』に、
     入隊したんだって。

     それで、『航空自衛隊 熊谷基地』に、
     『航空自衛隊 第二術科学校 熊谷分校』が、
     新編されたんだって。

     そこで、
     『航空自衛隊 第二術科学校 熊谷分校』に、
     『航空生徒隊』が編成されて、途中で、
     『防府南基地』から移転したんだって。」

(ペン)「ひぇ~!
     そっかぁ。
     移動しているから、母校が、
     無くなっているってこと?」

(ハム)「いや、実は、もっとあるんだ。

     『航空自衛隊 第二術科学校 熊谷分校』は、
     その後、『航空自衛隊 第四術科学校』と
     なるんだけど、『航空生徒隊』は、
     その隷下に入るんだ。

     そして、
     『航空自衛隊 第四術科学校 生徒隊』と、
     呼ばれる様になるんだ。」

(ペン)「ふんげぇ~。
     そんなにも変わっちゃうのぉ。
     自衛隊って、何だか、ややこしいなぁ。」

(ハム)「それでね。」

(ペン)「え゛っ!
     まだあんの?」

(ハム)「うん。

     『航空自衛隊 第四術科学校 生徒隊』は、
     その後、かなりの間、そのままだったんだけど、
     今度は、生徒が、『熊谷基地』にいる、
     そのままの状態で、所属だけ、
     『防府南基地』の、
     『航空自衛隊 航空教育隊』の隷下に、
     入れられてしまうんだ。」

(ペン)「げぇ~!

     それって、何だか、故郷に、戻ったって
     感じだけど、なんか、たらい回しの様な
     気がするなぁ。」

(ハム)「自衛隊だもん。
     仕方ないって言えば、仕方ないんだけどさ。

     『Wさん』は、

      『まぁ、空自の生徒(制度)は、
       無くなってしまいましたが、熊谷の
       『四術校』が、私達の、母校と言えば、
       母校なのでしょうね。』

     って、言ってるよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。

     だけど、そうしたらさ。
     名前は変わっちゃったけど、母校が、
     現実的に遺っている、おデブ隊長は、
     幸せ者だよね。」

(ハム)「でもね。

     『Wさん』が、

      『空自生徒は、弱小でしたからねぇ。

       陸上さんは、『少年工科学校』でしょ。
       海さんは、『少年術科学校』でしょ。
       それぞれ、学校がありましたからねぇ。

       私共は、あくまでも『生徒隊』で、
       『四術校』の、一部でしたからね。

       ただ、隊舎は遺っている様で、やはり、
       『四術校』が、私達の、
       母校なのでしょう。』

      だって。」

(ペン)「ん゛~。
     なかなか、難しい、お話し!

     頭の中では、分かってはいるんだけど、
     心が、落ち着かないって、感じなのかなぁ。

     故郷が無いって言うか、戻る所が、
     消えちゃったって言うかぁ。
     なんか、複雑だよなぁ。

     それで、おデブ隊長が、
     『航空自衛隊生徒』の、変遷と言うか、
     歴史と言うか、そんなことを、しつこく、
     聴いていたんだね。」

(ハム)「実際問題、陸海空の生徒は、あまり交流が
     無いんだよ。
     だから、お互いのことを、殆ど、知らないんだ。

     あとね。
     『Wさん』が、人数のことも言ってる。

     『21期生の、入校当時、生徒の定数は、
      一学年で、陸上さんは、500名位
      だったでしょ。
      海さんは、150名。

      我々は、確か、100名程度だと
      思いましたが、蓋を開けてみると、
      入校者は、70~80名程度でしたからねぇ。

      その上、何期からでしたかねぇ。
      定数が、半減されてしまったでしょ。

      つまり、一期当たり、『空自生徒』は、
      50名ってことですよ。

      そうなると、とてもではないですが、
      生徒専用の、学校などは、
      用意して貰えない訳です。

      それに、『四術校』では、
      成人の自衛官も多く、若輩の、
      生徒との諍いも、少なからず、
      あった訳です。

      おまけに、生徒達は、成人の振りをして、
      悪さをする者もおり、退職者も出ました。

      ですが、一番は、やはり、『パイロット』
      と言う将来を、夢見て、みんな入隊して
      くる訳です。

      それが、実現できないと言うことを知り、
      悲観的になる者も多く、また、希望する職種
      にも就けず、夢破れて、退官する者も、
      多かった様です。』

     だって!」

(ペン)「そうなんだぁ。
     パイロットになれず、希望の仕事にも就けない。
     何だか悲しくって、色々と、大変だったんだね。」

(ハム)「そうだね。
     きっと、おデブ隊長は、『少年工科学校』で、
     お気楽に、過ごしていたんじゃないのかなぁ。

     それに比べて、『Wさん』達、
     『航空自衛隊生徒』は、厳しい環境で、
     苦労をしていたって、ことじゃないのかなぁ。」

(ペン)「ところでさ。
     おデブ隊長は、『少年工科学校』を、
     卒業してから、『航空学校』に、入ったじゃん。

     それで、『Wさん』は、
     『航空自衛隊 第四術科学校 生徒隊』のあとは、
     どうしたの?」

(ハム)「えっとねぇ。

     『Wさん』の頃の、『航空自衛隊生徒』の進路は、
     色々だったんだって。

     主は、『通信』なんだけど、その中には、
     無線も有線もあるし、役割として、
     通信手だったり、整備士であったり、
     修理を行なったり、レーダーを操作したり、
     レーダーの、整備も修理もしたり、あと、
     気象とか、航空管制もあったとか。

     とにかく、物凄い数の、職種と言うか、
     種類があって、空自の生徒は、
     『引く手あまた』だったんだって。

     それでね。
     基本は、『熊谷基地』の『第四術科学校』
     だったんだけど、『Wさん』は、
     『航空自衛隊 浜松基地』に行って、
     実習を行ったんだって。

     そして、『第四術科学校』に戻って来て、
     『3等空曹』に、なったんだって。

     自衛隊生徒課程が、4年間だと言うことは、
     陸海空、共通なんだよね。」

(ペン)「ふぅ~ん。

     4年間と言っても、やっぱり、色々と、
     移動があるんだ。
     大変だにゃぁ。

     でもさ。
     今までの話を聴いているとさ。
     『Wさん』と、おデブ隊長の、共通点って、
     『自衛隊生徒』だけじゃん。

     それで、どうして、話が盛り上がってんのさ。」

(ハム)「そうだね。
     でも、実はね。
     どうやら、職種に、関係があるみたいだよ。」

(ペン)「職種?」

(ハム)「うん。
     『航空通信修理』、みたい。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月15日 (日)

『ささやかなお礼。』(^^;

(# 九州―46(特:追記))


おはようございます!(^o^)/


【ささやかなお礼。】(^^;


(※注:平成28年6月の記憶です。)


九州訪問から、戻って来まして、『きゃさりん副長。』には、お土産を、届け捲ってもらっていました。

その間に、

「ねぇねぇ。
 九州で、お世話になった人達への、お礼は、しなくていいのぉ?」

と、『きゃさりん副長。』が、私に、聞いてきました。

そこで、

「そうだなぁ。
 贈り物は、何かある?」

と、聞いてみたところ、

「え゛~?
 干物?
 あとはぁ、わさび漬け?
 お茶は、持って行っちゃったし。
 安倍川餅は、静岡だし。
 うなぎパイは、浜松だしぃ。
 こっちには、目立ったお菓子はないし。
 ここって、名物みたいなものが、何も無いよねぇ。」

私も、

(確かに、何も無いよなぁ。
 名物らしきものが。)

と、思っていました。

そうして、二人で、話し合った結果、

「やっぱり、お酒?」

と、『きゃさりん副長。』が言うので、地元のお酒を贈ることにしました。

私の同級生が、酒店の店主をしているのですが、地元の『緑米』を使用し、富士山の湧水で、地元の蔵元が、醸造したお酒です。

早速、同級生に頼んで、贈って貰ったところ、先輩諸氏や、同期生達から、即、反応がありました。 Photo
『きゃさりん副長。』は、九州の皆さんからの、返礼のメッセージや、写真を観て、

「あ~、良かった!
 みんな、悦んでくれているみたいだね。
 これで、やっと、九州訪問が、終わったって、感じだね。」

と、言っていました。 Photo_2
そして、私も、

(あぁ、確かに、そうだよね。
 やっと、終了って感じかなぁ。
 それにしても、九州の皆さんの対応は、とっても、嬉しい限りだね。)

と、思っていたのでした。(^o^)/



(本当に、おしまい!)(^-^)/



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月14日 (土)

『ただただ、感謝!』(^-^)/

(# 九州―45(終))


おはようございます!(^o^)/


【ただただ、感謝!】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


今回の、九州訪問でも、またまた、多くの皆様に、大変、お世話になってしまいました。

改めまして、心より、御礼申し上げます。

誠にありがとうございました。m(_ _)m

振り返ってみれば、計画段階で、熊本地震が発生し、九州を、訪問すべきか、止めるべきか、とても悩みました。

しかしながら、このチャンスを逃す訳にはいかないだろうと思い、計画変更を、旅行会社の担当者の方にお願いし、また、私達の迷いから、幾度となく、担当者の方を、振舞わす様な格好になってしまい、大変、申し訳なかったと思いました。

それでも、その都度、対応してくださり、綿密に、行程表を練り上げてくださったのには、プロ意識を感じ、頭が下がるばかりでした。

九州訪問、出発当日、三島駅までの移動には、タクシーを利用したのですが、運転手さんは、私と車椅子の扱いに慣れている、ベテランドライバーの方が、迎えに来てくださいました。

JR東海には、事前に、電話連絡を入れておいたのですが、

「一応、利用駅数分、『行程表』を、ご用意して頂けますか。」

と言うことで、三島駅では、私達の『行程表』をお渡しし、

「解りました。
 博多までは、連絡をしておきます。
 ご安心ください。」

と、JR西日本、JR九州まで、概略の連絡をしてくださった様でした。

名古屋駅では、『行程表』を確認した上で、往路だけでなく、5日後の、復路の際にも、とても丁寧に対応してくださいました。

新大阪駅では、九州新幹線が、通常運行できない状況下にあり、かなりの混乱を来たしていたのに、また、ホームが、大混雑の状況にあったのに、JR西日本の駅員さんが、丁寧に案内してくれまして、そして、JR九州の車掌さんに、私達のことを、申し送ってくださっていました。

博多駅では、新幹線の駅員の方が、

「JR九州の中でも、新幹線と、在来線は、異なる部門になります。
 地下鉄は、(福岡)市営になりますので、本来は、ご案内はしないのですが、上司の指示で、それぞれの、窓口までご案内します。」

と言って、新幹線側の駅員さんが、市営地下鉄、在来線側のJR九州の窓口まで、連れて行ってくださいました。

それも、私の車椅子を押しながら、かなりの距離を、移動してでした。

とっても丁寧で、大変、有難かったです。

また、

「『行程表』は、確かに受け取りました。
 お帰りの際までに、連絡をしておきます。」

と言うことで、

(新幹線の、各駅への連絡は、相当、徹底されているんだなぁ。)

と、感心するばかりでした。

そして、博多駅の、在来線の女性駅員の方は、かなりの時間は掛かりましたが、

「波多江駅、新鳥栖駅、吉野ヶ里公園駅、鳥栖駅、長崎駅、大村駅、諫早駅、全部、連絡が取れましたぁ!」

と、息を切らせながら、報告してくださいました。

多分、そんなにも、一度に、連絡調整することは無かったのでしょうね。

(とっても大変だったんだなぁ。)

と、恐縮してしまいました。

初日の、『H氏』のお出迎えには、驚いてしまいましたが、サプライズとしては、大変、嬉しく思いました。

ただ!

「雨の中を歩こう。」

と、言わなければ、でしたが。(^^;

九州での、タクシーの利用は、初日と2日目、3日目の、博多駅~キャナルシティ博多の間だけでしたが、流石に、観光地だけあって、運転手さんの対応は、とても親切で、優しかったと思いました。


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2日目の、市営地下鉄と、波多江駅では、乗車券の購入方法が判らず、結局、駅員さんに、購入して貰うと言うこともありました。

そして、糸島市では、『H氏』に、九州大学や、糸島市の観光地を案内して貰い、糸島牛や、糸島豚を、鱈腹、ご馳走になってしまいました。

その上、酔っ払い捲りました。

『H氏』の奥様には、君津市に次いで、またまた、とってもご厄介になってしまいました。

また、宮崎県から駆けつけてくれた、『K氏』との再会も、とても嬉しく思いました。


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3日目の、博多駅、新鳥栖駅、吉野ヶ里公園駅、鳥栖駅では、駅員さんの対応が、素早く、その動きが、とてもスマートに思え、列車の乗降も、スムーズでした。

『K先輩』が、なかなか、姿を現してくれなかったのは、とても心配になりましたが、16年振りに、奥様とお会いできたのは、嬉しいことでした。

16年振りの『吉野ヶ里歴史公園』訪問は、『K先輩』が、ずっと、車椅子を押し続け、申し訳なく思うのと、嬉しい気持ちで一杯でした。

この時は、とっても不思議で、複雑な思いもありましたが、

(先輩に、甘えられるって、結構、幸せだよなぁ。)

と、思っていました。

そして、夕刻、『S先輩』と、約34年振りに、再会することができ、感動で一杯でした。

両先輩には、お酒も、焼き鳥も、目一杯、ご馳走になってしまい、とっても、愉しく過ごすことができたのですが、両先輩との、別れ際には、胸が一杯になり、思わず、涙ぐんでしまいました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


4日目は、私も『きゃさりん副長。』も、人生、初の、長崎訪問でしたが、鳥栖駅でも、長崎駅でも、列車への乗降は、とてもスムーズでした。

どちらの駅でも、

「そんなに、広範囲を(九州北部を)回られているのですか。
 お気を付けて、どうぞ。
 良い旅を!」

と、駅員さんと、会話を交わしていたのが、印象に残っています。

さて、長崎駅では、『S氏』が、万全の準備を整えて、待っていてくれました。

改札口で、大きく手を振って、出迎えてくれたのは、私も『きゃさりん副長。』も、大喜びでした。

そして、私や『きゃさりん副長。』への気遣いが、とても手厚く、細かなところにも、気を配ってくれたのには、感服していました。

私の、念願の『平和公園』、そして、『きゃさりん副長。』、念願の『本場のちゃんぽん』。

それと、私の我儘で、連れて行って貰った、『諫早湾』。

どれもこれも、大満足でありました。

そして、夜には、『F氏』との再会もでき、大ジョッキ、焼き鳥、お刺身で、歓待して頂きました。

その上、ホテルは、大村湾の近くにあり、長崎空港が望め、食事も、とっても美味しく、『きゃさりん副長。』は、この頃から、元気を取り戻していました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


5日目の朝、『S氏』が、大村駅まで送ってくれ、名残りを惜しんでいました。

それにしても、出迎えから、見送りまで、『S氏』には、長崎の、最初から最後まで、お世話になりっ放しでした。

本当に、有難く、心強かったです。

大村駅では、列車に乗るために、駅員さんが、二人掛かりで、超長いスロープを、運んで来てくれました。

お二人の駅員さんは、

「これは、使ったことが無い。
 初めてだよ。」

「そう言えば、私も、かなり久し振りだよ。」

と、会話されていたので、私が、

「車椅子の人は、あまり来ないんですか?」

と聞くと、一人の駅員さんが、

「ここは、車が主だからねぇ。
 車椅子の人は、自動車を使っちゃうんじゃないのかなぁ。」

すると、もう一人の方が、

「(長崎)空港に来ても、この駅を使う人は、まずいないと思いますよ。
 みんな、高速(リムジンバス)を使いますから。
 ここは、通学、通勤なんかが、主ですね。」

と、言われていました。

私が、

「二人掛かりなんて、何か、申し訳が無いです。」

と言うと、

「いえいえ、良いんですよぉ。
 私達にとっちゃ、丁度良い、訓練にもなるんですから。」

「そうそう。
 私なんか、初めて見たぐらいですから。
 使っておかないと、いざって時に、人も物も、使い物にならなかったら、済まされないですからねぇ。」

「そうそう。
 その通り!」

と、かなり、陽気な、お二人でした。

大村駅から、諫早駅を経由し、博多駅まで戻り、ホテルにチェックインしたところで、再び、『H氏』の登場!

ボーイスカウト関係者と会うと言うことで、『H氏』のお宅に忘れてしまったキャップを、わざわざ、届けに来てくれたとのことでした。

何ともまぁ、『H氏』の、とっても優しいところが、顕わになった時でした。

この日の午後は、第5回日本ベンチャースカウト大会で、とてもお世話になった、『Eさん』と、お会いしました。

それが、お土産の買い物に、お付き合いさせてしまったり、車椅子を押して頂いたり、とっても美味しい『もつ鍋』を、ご馳走になってしまったりと、またまた、お世話になってしまったのでした。

また、『きゃさりん副長。』との会話で、かなりの刺激を与えてくださったのは、とっても、有難いことだと思いました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


九州訪問最終日、6日目の朝、『H氏』が、博多駅まで、見送りに来てくれました。

やっぱり、誰も、迎えに来てくれない。

誰も、見送ってくれないじゃ、とっても、寂しいですからね。

『H氏』の見送りは、九州訪問の締めとしては、最高に、嬉しさと歓びを感じるものでした。

そして、『H氏』の、期待通りの行動。

『のぞみ』には、敵いませんでしたが、果敢に挑戦してくれたのには、大喝采でした。

乗り換えの、名古屋駅では、初めて、パーサーに介助して頂き、富士川の手前で、富士山が確認できた時には、大きな安堵感と、深い郷愁感に包まれていました。

そして、三島駅では、またまた、駅員さんに、タクシー乗り場まで、送って頂いてしまいました。

普通は、改札口までだそうです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


結局のところ、

・タクシー運転手の皆さん

・JR東海の、駅員、車掌、パーサーの皆さん

・JR西日本の、駅員さん

・JR九州の、新幹線側の、駅員、車掌の皆さん

・JR九州の、在来線側の、駅員、車掌の皆さん

・福岡市交通局の、駅員の皆さん

そして、

・『K先輩』

・『S先輩』

・『H氏』と、奥様

・『K氏』

・『S氏』

・『F氏』

と、とても多くの皆様に、お世話になってしまいました。

その皆様が、手を貸してくださらなければ、今回の旅は、成立しなかったと思います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


そして、もう一人。

やはり、『きゃさりん副長。』の存在だと思います。

ボーイスカウトで、隊長、副長として、活動を行なってきた、大事な相棒です。

勿論、男女と言う性別はありますが、私が、左半身が、全く動かない、身体障害者になってしまってからは、性別と言うことは、全く、関係なくなってしまいました。

また、少年工科学校の同期生達も、皆、『同じ仲間』として、『きゃさりん副長。』を、迎え入れてくれています。

今回の九州訪問は、『きゃさりん副長。』が、いてくれたからこそ、成功裏に終えることができたのだと思います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今回の、九州訪問で、お世話になった皆様には、誠にありがとうございました。

衷心より、感謝申し上げます。(^-^)/



そして!

私の、乱文、稚拙な文章に、かなりの期間、お付き合い頂いた皆様にも、感謝申し上げます。

次は、どこへやら。

生ある内に、全国にいる、同期生達に、会いたい。

語り合いたい。

それが、今の、私の望みの一つでもあります。

長々と、誠に失礼いたしました。m(_ _)m



(おしまい!)(^-^)/



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月11日 (水)

『やっぱり、走ったぁ~!』(^-^)/

(# 九州―42)


おはようございます!(^o^)/


【やっぱり、走ったぁ~!】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


九州訪問最終日、と言っても、自宅に帰るだけの日でありましたが、この日も、『きゃさりん副長。』は、旅慣れてきたのか、絶好調でありました。(^-^)/ Img_4705
それに引き替え、私の方は、疲れが溜まってきたのか、それとも、九州の美味しいものを、腹一杯、頂き過ぎ、増々、デブになってしまったのか、身体が、重だるく感じていました。(^^; Img_4706
朝食は、バイキングと言うことでしたので、私は、行くのを止めておき、『きゃさりん副長。』が、コンビニで、おにぎりを買って来てくれると言うので、部屋で待っていました。

と言うか、実際のところは、寝てましたがぁ。(^^;

『きゃさりん副長。』が、部屋に戻って来て、カーテンを開けてみると、超快晴! Img_4708
5日前に、博多に来た時には、超~、土砂降りだったのが、信じられないぐらいに、空は晴れ渡り、静岡県の片田舎に戻るのが、本当に、勿体無いぐらいでした。

この日は、09:04発の、『のぞみ』に乗車する予定でしたが、

『Eさん』から、

「明太子は、朝、お求めになって、そのまま、お持ち帰りになった方が良いと思いますよ。
 (明太子の販売店は)8時頃から、開いていると言うので、十分、間に合うと思いますよ。」

と、言われていましたので、ホテルは、8時過ぎに、チェックアウトしました。 Img_4709
そして、筑紫口から、駅構内に入ってみますと、お土産物屋さんは、既に、全店舗が営業していました。

私は、

(何だろう?
 この活気は!
 これじゃぁ、否が応でも、お店の中に、引きこまれてしまう。
 これが、博多の勢いなのかなぁ。)

と、各店舗の様子を観ていました。

『きゃさりん副長。』は、『Eさん』から、アドバイスを受けていた様で、

「それじゃ、行ってくるから。」

と言って、明太子を買い求めに行き、私は、他のお客さん達の邪魔にならない様に位置取り、待機していました。

そこで!

『きゃさりん副長。』が、戻って来るのと、ほぼ、同時位に、

「おぉ~!
 もう、来とったか。」

と、『H氏』が、姿を現したのでした。 Img_4711
『H氏』は、前日の約束通り、私達の、見送りに来てくれたのでした。(^-^)/

私が、

「随分と早いじゃん!」

と言うと、

「『きゃさりん』が、大変かと思ってさ。
 荷物でも、持ってやろうかと思ってさ。
 ホテルに、行こうと思ってたんよ。」

とのこと。 Img_4712
「それにしても、よく見付けたね。」

と言うと、

「そりゃぁ、車椅子で、こんな所におったら、誰だって、見付けられるよ。」

(あちゃちゃちゃ!
 人の邪魔にならない様に、と思ってたけど、逆に、目立ってたってことかぁ。)

と、少々、ショックでありました。(^^; Img_4713
新幹線の発車時刻には、かなりの余裕がありましたが、腰を下ろして休むところも無く、私達は、ホームに上がり、そこで、休むことにしました。

ホームは、意外にも、かなり空いており、私も『きゃさりん副長。』も、

(始発だし、これならば、他のお客さんの邪魔にならないだろうし、のんびりと乗車できるなぁ。)

と、安心していました。 Img_4715 Img_4716
ホームでは、『H氏』と、九州訪問の締めにと、写真を撮ったりしていましたが、『H氏』が、

「これこれ!」

と言うので、その表示板を観てみましたら、

『しんとす/はかたみなみ』

と、表示されていました。 Img_4717
「車両基地までの途中に、駅があるんよ。
 おれは、乗ったことがないけど、通勤、通学で、結構、使われておるんよ。」

と、言っていました。

私が、

「だって、新幹線だろ?
 と言うことは、特急券が、必要なんじゃない?」

と言うと、

「よくは知らん。
 だけど、人が、多く使うってことは、それなりに、安いんじゃないの。」

と、言っていました。 Img_4718
このことは、とても気になっていたので、後で調べたところ、『博多南線』と、言うのだそうです。

また、在来線特急扱いになるのだそうです。

『博多駅』から、『博多南駅』までの、乗車券は、200円。

特急券は、『特定特急券』と言って、100円。

合計、300円。

距離は、約9km。

それを、約10分で、繋いでいるそうです。

仮に、バスで行くと、約1時間程度、掛かるとのことで、所要時間を考えると、やっぱり、『博多南線』を使用する方が、利便性が高いとのことの様です。

世の中には、まだまだ、知らないことが、一杯沢山、ありますねぇ。(^^; Img_4719
さて、そんな遣り取りをしているところに、『のぞみ』が、入線してきました。

そこに、駅員さんが、来てくれたのですが、『H氏』は、駅員さんが、私達の、介助をしてくれると言うことを、全く、解っていなかった様でして、車椅子を、積み込むは、荷物も積み込むは、と言うことで、結局、駅員さんは、何もすることが無くなってしまい、

「大丈夫ですね!」

と、一言だけ言われて、戻られてしまいました。

何だか、大変、申し訳が無かったです。

私が、一言、『H氏』に、言っておけばよかったと、反省、頻りでした。(^^; Img_4720
車内放送が、始まったところで、

「それじゃぁ、行くは!」

と言って、『H氏』は、ホームに戻ったのですが、車内の私達に向かって、盛んに、手を振り続けていました。 Img_4722
そして、

「あいつ、絶対に走るぜ!
 観ててみ!」

と、私が、『きゃさりん副長。』に言うと、

「私も、絶対に、走ると思う!」

と、『きゃさりん副長。』は、『H氏』の挙動を、撮り続けていました。(^^; Img_4723
発車のチャイムが鳴り終わり、『のぞみ』が、ゆっくりと動き出すと、それに、並走し、『H氏』も、動き始めていました。 Img_4724
しかしながら!

『H氏』が、『のぞみ』に敵うはずはなく、『H氏』のその姿は、あっという間に、見得なくなってしまったのでした。(^^; Img_4725
「あぁ~あ。
 行っちゃったね。
 これでもう、帰るんだね。
 5泊6日も、いたんだねぇ。
 早かったよねぇ。」

『きゃさりん副長。』が、寂しそうに、述べ続けておりました。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月31日 (土)

『照る日はぁうらら~!』(^-^)/

(# 九州―40)


おはようございます!(^o^)/


【照る日はぁうらら~!】(^-^)/


(※注:平成28年5月7日(土)の記憶です。)


「こう言うのを、本当の、
『駅から徒歩1分』
って、言うんだよね!」

と、ホテルの窓から、博多駅、筑紫口のロータリーを見下ろしながら、『きゃさりん副長。』は、そう言っていました。 Img_4681
また、

「駅ビルだって、しっかりと観得るしぃ。
 (※注:鳥栖のホテルでは、駅が、全く見得なかったので。(^^;))
 それにしても、でっかい駅ビルだよね。
 流石に凄いね。
 奥行きが、かなりありそうだし。
 どこまでが、駅ビルなんだろ?」

とも言っていました。 Img_4682
ホテルのチェックイン前までは、かなり、お怒りになっていた『きゃさりん副長。』ですが、ホテルの部屋に入り、ホッと一息ついたところで、やっと、落ち着きを、取り戻していた様でした。

きっと、『白いかもめ』の車内の構造が、かなりの、トラウマになっていたのかも知れません。

また、これは、比較してはいけないとは思うのですが、諫早駅での、駅員さんの対応が、今まで、経験してきたこととは、大きく食い違ってしまったのも、かなりのショックだったと思います。

ですが、窓から観得る、街路樹の新緑や、然程、混んでおらず、ゆったりとした流れの、ロータリーの様子などを観て、次第に、心が鎮まってきたのだと思いました。

そして、何よりも、

(博多まで、無事に戻って来られた!
 佐賀も、長崎も、とっても愉しかった!)

と言うことが、『きゃさりん副長。』の心を、回復に、導いてくれたのだと思います。 Img_4684
私は、『きゃさりん副長。』の顔が、次第に、いつもの笑顔に移りつつあるのを感じ、

(あ゛~、良かった!
 あのままじゃ、『Eさん』に、会わす顔が無かった!)

と、思っていました。(^^; Img_4685
私と『きゃさりん副長。』は、少しの休息を挟んだ後、『Eさん』に会う、予定時間を確認し、そのための準備をしていました。

すると!

『ピンポ~ン!』

と、部屋のチャイムが鳴ったのです。

私と『きゃさりん副長。』は、眼を合わせ、

(ホテルの人かな?
 何だろう?)

と思い、『きゃさりん副長。』が、様子を観てみると、

「きゃぁ~!
 『HTちゃん』だよぉ~!」

と言いながら、戻って来ました。

「ねえねぇ、どうする?
 暫く、知らん振りしている?
 ドアを開ける?
 中に入れる?
 驚かす?
 どうする?」

と、ちょっとした、悪戯の提案をしていました。

『きゃさりん副長。』と、『H氏』は、かなりの仲良しでありまして、多少の、悪戯では、何の変哲もなく、問題も起きません。

ですがまぁ、その二人の、お遊びに付き合っている訳にもいかず、

(あんまり、時間が無いんだからさぁ。)

と、私は思い、

「ドアを、開けてやりなさいよ。
 中に、入れてあげれば。」

と、『きゃさりん副長。』に、『H氏』を、部屋に、招き入れる様に伝えました。 Img_4686
『H氏』は、部屋に入るなり、

「おぉ~!
 どうやった?
 佐賀、長崎は?
 『S』に、会ったろ?
 ちゃんぽん食ったか?」

など、矢継ぎ早に、質問を浴びせて来ました。

私は、

(あぁ~!
 これで、煩い、二枚看板が、揃った!
 ヤバ過ぎるほど、騒がしくなるぞぉ。
 『Eさん』は、この二人が騒いでも、大丈夫かなぁ。)

と思い、かなり心配になっていたのですが、『H氏』は、

「いやぁ、おれさ。
 これから、仕事なんだ。
 本当は、休みだよ。
 だけど、先輩っちゅうか、先任者が、不幸が入ったとかでさ。
 緊急の電話を貰ってさ。
 これから、その代わりで、工事の立ち合いに行かなければならないんだ。」

と、いきなり、切り出してきました。

「何でよ?
 折角、ゆっくり呑めると思ったのにさぁ。
 他に、交代の人はいないの?
 義務的休日出勤?」

と、私が聞くと、

「やっぱ、立場があるじゃん。
 後から入ったって言うか、後任は、何でも引き受けんといかんのよ。
 それは、解るやろ。」

と、言っていました。

『H氏』とは、この日、『Eさん』と、私達が会っているその場に来て、合流して貰うか、『Eさん』と、分かれた後に合流して貰うか、どちらかを、選択する様に、事前に、打ち合わせしていました。

ですので、

(随分と、早く来たなぁ。)

と、思っていた私は、

「それを言いに、わざわざ来たの?
 電話で十分やろ。」

と言うと、

「おぉ、そうやった。
 これこれ!」

と言いながら、私が、『H氏』のお宅に忘れていったキャップを、ごそごそと取り出していました。

私は、

(そうだったぁ!
 不覚のキャップ。
 これがあったら、『国営吉野ヶ里歴史公園』で、どれだけ楽だったことか!)

と、かなり、反省しておりました。 Img_4687
そして、

「これを、わざわざ届けに来てくれたの?
 いやぁ、済まなかった。
 それにしても、ホテルの部屋が、よく判ったよな。」

と言うと、

「それ(キャップ)は、ボーイ(スカウト)のもんやろ。
 今日は、ボーイ(スカウト)の人と会うんやろ。
 だから、大事な物で、必要かと思ってさ。」

そして、

「(ホテルの部屋は)そんなもん、フロントで聞けば判るさ。
 『お電話しますか?』
 と、聞かれたけど、面倒だから、そのまま来た。」

と、そう言っていました。

(あれあれ!
 随分と優しいじゃん!)

と、私は、かなり感心して、嬉しくなってしまいました。(^-^)/

『きゃさりん副長。』は、

「なんだぁ。
 つまんないの!
 一緒に、呑めないの?」

 と、言っていましたが、『H氏』は、

「明日、必ず、見送りに来るから!
 それで、勘弁して。
 (新幹線の)時間は、分かっているから。
 おれ、ほら、自転車通学だろ。
 (※自転車通勤です。)
 (職場まで行くのに)時間が掛かるから、これで、失礼するは!」

と言って、あっという間に、帰って行ってしまったのでした。(^^; Img_4688
『H氏』を、部屋のドア付近で見送った後、『きゃさりん副長。』が、

「ひょっとして、遠慮したんじゃないの?
 キャップを、大事な物って言ってたし。
 ボーイスカウトのことも、かなり気にしていた様だし。
 ボーイスカウトの話を、邪魔しちゃいけないと、思ったんじゃないのぉ。」

と、言っていました。

私は、

(なるほどなぁ。

 それは、あるかも知れない。

 でも、奴は、嘘は、絶対に付けないタイプだ。

 それに、第一、彼の嘘を聞いたことが無い。

 だから、彼の言葉は、そのまま受け取れるし、受け取るべきだろう。

 確かに、真偽は解らないけれども、真として捉えるべきだろう。

 それにしても、ボーイスカウトのことを、そんなにも、大事に思っていてくれたとは!

 何と言うことだろう。

 ウッドバッチャーでも、ビーズや、ギルウェルスカーフを、いとも簡単に、失くしてしまうと言う者がいると言うのに。

 やっぱり、物品愛護の念と言うか、制服の類に関する品物についての意識は、とっても高いのだろうなぁ。

 『S氏』と言い、『H氏』と言い、『昔取った杵柄』は、伊達じゃないし、衰えてはいない。

 流石に、凄い同期達だなぁ。)

と、考えながら、『陸上自衛隊生徒教育』の凄さを想い出し、その余韻に、暫く、ひたっていたのでありました。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月29日 (木)

『チラッと、知覧!』(^^;

(# 九州―37)


おはようございます!(^o^)/


【チラッと、知覧!】(^^;


(※注:平成28年5月7日(土)の記憶です。)


この日の『きゃさりん副長。』は、どう言う訳か、超~、ニコニコ顔で、朝から絶好調でした!(^-^)/ Img_4646
「昨夜は、愉しかったよねぇ。
 お酒も料理も、とっても美味しかったし!」

(※注:『きゃさりん副長。』は、日本酒を、かなり頂いておりました。(^^;))

「朝食が愉しみ!
 きっと、豪華だよ。
 ちゃんとしたレストランで、バイキングじゃないんだよ。」

と、ワクワク感、一杯でした。

それに、ひきかえ、私は、眠くて眠くて、どうし様もありませんでした。(^^; Img_4647
前日、特に、呑み過ぎたと言う訳でも、夜更かしをしたと言う訳でも無く、逆に、寝過ぎたと言う感じでしたが、流石に、九州訪問、5日目ともなると、疲れが出ていたのかも知れません。

朝食は、『きゃさりん副長。』が、予想していた通り、とても豪華なものだったのですが、私が、寝ぼけていて、デジカメを忘れたために、写真を撮ることはできませんでした。

『きゃさりん副長。』が、

「全くもう!
 何で、(デジカメを)忘れたの!」

と、ぶ~ぶ~、言っていましたが、まぁ、仕方が無いです。

『超豪華朝食』の、写真はありません。(^^; Img_4642
朝食後、フロントで、宅配便の箱を貰い、衣類や、頂いたお土産などを梱包し、『S氏』が、迎えに来てくれる頃を見計らって、チェックアウトしました。

この日も、雨が降ったり止んだりの、ぐずついた天気でしたが、『S氏』が、迎えに来てくれる頃には、雨は止んでいました。 Img_4648
『S氏』は、約束の時間の、5分前には、迎えに来てくれました。

(やっぱり、習性と言うか、癖になっていると言うかぁ、その昔、しっかりと、身に付いてしまったものは、きっと、いつまでも、抜けないんだろうな。)

と、私は、ふと、思ってしまったのでした。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ホテルから、大村駅までは、ほんの数分で、意外にも、とても近く、直ぐに着いてしまいました。 Img_4650
『S氏』は、

「(時間的に)早過ぎた?」

と、言っていましたが、私達にとりましては、時間は、幾らでも欲しいので、

「大丈夫!
 とにかく、トイレとか、時間が掛かるからさぁ。
 逆に、有難いんだよね。」

と、話しておきました。

それで!

「あれぇ?
 ここ(大村駅)は、(車椅子等の)スロープは無いの?」

と、『きゃさりん副長。』が、言っていたので、私も、駅の様子を観てみると、駅舎の入り口前には、急な階段があるのみで、スロープは、どこにも見当たらない。

(げっ!
 もしかして、この階段を、昇んなきゃいけないの?)

と、思っていたら、『S氏』が、

「お~い!
 こっちにあるよ~!」

と、やや離れた所にあるスロープを、見付けて来てくれました。

その様子を観ていた、『きゃさりん副長。』は、

「やっぱり、フットワークが軽いのね。
 さっすがぁ~!
 素敵!」

と、言っていました。 Img_4652
『S氏』は、

「ここ(大村駅)は、(駅舎が)古いからねぇ。
 (スロープは)後付けなんだろうね。
 きゃさりん、荷物を持って、先に行ってて。
 おデブちゃんは、運ぶから。」

と言って、私の車椅子を、押し始めてくれました。

そして、

「おデブちゃんの車椅子を押すのも、これが最後か!」

と、少々、寂しそうに言っていたのが、かなり印象的でした。

改札口で、駅員さんに、介助の話をすると、

「博多(駅)から、連絡が来ています。」

とのことで、

(4日前の話が、きちんと届いているって、何となく嬉しいなぁ!)

と、思ったのでした。 Img_4653
列車の発車時刻には、まだ、30分程度ありました。

そこで、私達3人は、写真を撮ったりして、時間を潰していたのですが、その程度では、流石に、時間を消費することはできませんでしたので、

「(多目的)トイレは、中(ホーム内)にあるみたい。
 もう、中(ホーム内)に入ろうかと思う。」

と言うと、『S氏』が、

「見送らなくて、いい?」

と、聞いてきたので、

「もう、充分!
 お世話になったね。
 ありがとう!」

と言って、握手を交わし、『S氏』とは、改札口で別れたのでした。 Img_4655
私と『きゃさりん副長。』は、多目的トイレに寄り、そして、エレベーターと、連絡通路を使い、反対側のホームに渡ったのですが、そこで、いきなり、私の携帯電話が、鳴り出しました。 Img_4657
「もしも~し!
 なかなか、ホームに現れないから、どうしたのかと思ってさ。」

何ともまぁ、電話の主は、『S氏』でした。

そして、

「ここ!
 ここにいるよ!」

と言っていたので、反対側のホームを探してみると、

「いや、そっちじゃない。
 目の前の、柵のところ。」

と言うので、視線を移してみると、そこには、大きく手を振る、『S氏』の姿があったのです。

私も『きゃさりん副長。』も、それに応えて、手を振っていたのですが、

「(私達がホームに着いたので)もう、大丈夫かな。
 それじゃぁ、行くよ!」

と言って、『S氏』は、戻って行ったのでした。

「最後の最後まで、心配してくれて。
 本当に優しいのね!」

と、『きゃさりん副長。』は、かなり感動していたのでした。 Img_4656
そして、

「飲み物、買ってくるね。」

と、言って、『きゃさりん副長。』が、お茶を買って来たのですが、

「へっへぇ~!
 良い物、見付けちゃった!」

と、言っていましたので、その手元を観てみると、そこには、

『知覧の緑茶』

と、記されたペットボトルがありました。

「ちょっと、知覧へ行った気分!」

と、『きゃさりん副長。』は、ご満悦状態でした。(^^; Img_4660
私達は、熊本地震の影響が無ければ、初日に、鹿児島中央駅まで行き、『知覧特攻平和会館』を、見学する予定でした。

それで、

「でもさぁ。
 どうして、長崎に、知覧のお茶があるの?」

と、言っていましたので、

「女子スカウトのプロジェクトの時に、みんなで、一緒に学習したじゃん。
 お茶の生産量トップは?」

「静岡県。」

「じゃぁ、2位は?」

「そんなの、忘れちゃったわよ。
 でもぉ、ひょっとして、鹿児島県?」

「正解!」

「だから、ここにもあるってこと?」

「八女茶は、玉露が主だし、お茶の流通を考えると、多分、そうだと思う。」 Img_4658
そんな、遣り取りをしながら、私達は、静かな佇まいの、大村駅のホームで、列車の到着を待っていたのでありました。(^-^)/



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月25日 (日)

『嬉し、懐かし、大ジョッキ!』(^◇^)/

(# 九州―36)


おはようございます!(^o^)/


【嬉し、懐かし、大ジョッキ!】(^◇^)/


(※注:平成28年5月6日(金)の記憶です。)


前置きで。(^^;

私だけかも知れませんが、4泊5日とか、8泊7日など、学習のためや、その奉仕などで、山籠もり?をしますと、どうしても、『生もの』が、欲しくなってしまいます。

それも、『お刺身』。

その、山籠もり中の、日にちが経過して行くと、胃腸が疲れてくると言うか、お腹が、『お刺身』を欲してしまいます。

どうしてなんでしょうねぇ。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ホテルの部屋の入り口付近で、『きゃさりん副長。』が、そわそわし続けていました。

「えっとぉ!
 あれは持った。
 あれも持った。
 これで大丈夫かなぁ。」

と、一人、確認を、し続けていました。

そして、

「ねぇねぇ、『S』さんて、時間に正確そうだよね。
 もう、下(ロビー)に、降りていた方が良いんじゃない。」

と言うことで、私と『きゃさりん副長。』は、『S氏』が、迎えに来てくれる時刻より、かなり早目に、部屋を出たのでした。

そして、ロビーに降りてみますと、

(ありゃりゃりゃりゃ!
 これはぁ、何かぁ、今まで泊まったホテルと、随分と、雰囲気が違うぞぉ。)

と、私は、思い始めていたのでした。

と言うのも、ウェディングドレスが、ずら~っと並んでいたり、挙式の様子の写真が展示されていたりと、

(ここのホテルは、結婚式にも、かなりの力を入れているんだろうなぁ。)

と、まずは、思いました。

そして、他の場所に目を向けてみたら、今度は、

『宴会・パーティー・イベントプラン』

とか、

『会議・展示会・研修会・各種会合プラン』

そして、

『ご法要』・『宅配料理』・『出張パーティ』

などと言うものもありまして、それらが、かなり解り易く、写真で紹介されていました。

それに加えて、

『団体昼食プラン』

なんて言うものもあって、コース料理の写真が、これまた、ずらぁ~っと並んでいて、『きゃさりん副長。』は、

「これは、ダメ。
 こんなもん(コース料理の写真を)観ていたら、お腹が空いちゃって、我慢できなくなる。」

と、ボヤいておりました。(^^;

そして、

「ディナーショーも、やっているみたいだよ。
 もう、終わっちゃったみたいだけど。」

と、『きゃさりん副長。』が、そのポスターを、指差していました。

私は、

(チェックインの時には、全く気にならなかった、と言うか、気付かなかったけどぉ。
 ひょっとして!
 このホテルって、バカでかいんじゃないのぉ?)

と、思い始めて、『きゃさりん副長。』に、ホテルの外に連れて行って貰う様に、お願いをしました。

ところが!

何ともまぁ、小降りでしたが、雨が降り出していて、外に出ることができない。

中庭の様な所もあったのですが、そこにも、出られそうにもない。

私は、ホテルの全容と言うか、建物全体の姿を観て、その大きさを判断したいと思っていたのですが、まぁ、諦めざるを得ませんでした。

ただ、駐車場が、やたらと広い、と言うことだけは、確認できましたがぁ。(^^;

結局、私と『きゃさりん副長。』は、ホテルのロビーや、玄関周りを、ウロチョロとしていただけで、時間が、あっという間に経ってしまい、迎の『S氏』の車が、到着してしまったのでした。

車は、奥様が、運転されていました。

そして、『S氏』は、雨降る中、身体が濡れるのも構わず、さっと、私の車椅子を折り畳んで、トランクに積み込み、ここでも、そのスマートな動きを発揮していたのでした。(^-^)/


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


私達は、再び、夕暮れの、綺麗な街並みの中に、戻って行きました。

(あぁ、やっぱり、街が綺麗だ。
 そう言えば!
 街全体が、窮屈に感じられない。
 建物と建物の間が、余裕を持って、充分に空いていて、それで、ゆったりとしているんだ。)

と、私は、流れ行く街並みを観ながら、新たに感じていました。

さて、『夜の部?』は、とても雰囲気のある、綺麗なお店で、開宴になりました。

残念ながら、奥様とは、お店の前でお別れ!

ですがまぁ、私達に付き合っていたら、大変なことになってしまうと思いますので、それが、正解だと思いました。(^^;

店内の、綺麗な内装を眺めつつ、お店の奥に進んで行くと、そこには、『F氏』の姿が!

「おぉ~!
 久し振りぃ!」

軽く挨拶を交わし、私達も、着座をしたのですが、『F氏』とは、私が、脳出血を発症して、リハビリと言うか、トレーニングを行っていた頃に、銀座で会って以来でしたから、約9年振りの、再会だったと思いました。 Img_4621
私は、

(『S氏』も、『F氏』も、どうして、こんなにも、体型が変わらないのだろう?
 それに、かなり、若々しい!)

と、思っていたのですが、

「随分と、丸くなったけど、元気そうで何より!
 ちょっと、安心したよ。」

と、『F氏』が言っていました。

そこに、

「とりあえず、ビール!」

と、『S氏』が、声高らかに、注文を発していました。

そして、運ばれて来たものは!

「きゃぁ~!
 素敵ぃ~!
 まだ有ったのぉ~!
 懐かしの、大ジョッキ!
 かんぱぁ~い!」

と、あっという間に、『きゃさりん副長。』の指揮下に、同期生3人は、置かれてしまったのでした。(^^;

そして、『S氏』が、

「ご所望のものを、用意した。」

と言って、店員さんが、私の目の前に運んで来てくれたものは、何と!

『お刺身盛り!』

でした。

何でも、

「帰りの車の中で、『長期間、家を出ていると、刺身が食いたくなる。』って、言ってたよね。」

と、私の言葉を、覚えていてくれたのでした。

何と言う、優しさなのでしょう!(*^o^*)/

『きゃさりん副長。』は、

「きゃぁ~!
 嬉しい~!
 私も、食べて良い?」

と、言うのと同時に、マグロの赤身を、箸でつまんでいました。(^^;

私は、

(おやぁ。
 しめ鯖もある!
 私が、酢が欲しくなるとか、だから、しめ鯖を食いたいとか、しめ鯖は好物だ、とか、そんなことまで、覚えていてくれたんだろうなぁ。
 何とも有難い!)

と、思っていました。

『S氏』が、

「ここの名物は、『焼き鳥』。
 糸島(市)や、鳥栖(市)でも、食べただろうけど、少ぉ~しずつ、(味や形状が)違うんだよね。
 九州全体で、焼き鳥が名物なんだけど、ここは、具が大きいんだ。
 大ジョッキも、良い感じでしょ!」

と言っていたので、運ばれてきた『焼き鳥』を観ましたら、

(ありゃ!
 長い!
 串が長くって、具がデカくって、これは、確かに凄い!
 だから、大ジョッキなのなぁ?)

などと、思っていました。

『きゃさりん副長。』は、と言うと、

「焼き鳥、美味しい~!
 昨日、あんなに食べたのに、まだまだ、食べられるぅ~!」

と、叫んでおりました。(^^; Img_4622
『夜の部』の入りは、かなりの騒ぎでしたが、次第に、落ち着いたところで、『S氏』には、

『第21期 航空通信修理課程』

時代に、私が、自分自身用に作った、『自分用の卒業アルバム』を、観て貰いました。

そのアルバムは、仙台訪問の時にも、持って行っています。

そして、

・再確認した日付
・コメント等

を、再会した、同期生達に、記入して貰っています。 Img_4624
『S氏』は、それを、懐かしそうに観ていましたが、『S氏』にも、勿論、書き込みをお願いしました。

その間、私は、『F氏』と、『少年工科学校』時代の話をしていました。 Img_4623
『F氏』とは、第1学年、第2学年と、2年間、一緒の区隊でした。

生粋の『ラガーマン』で、今でも、『現役続行中!』なのだそうです。(^-^)/

(だから、こんなにも良い身体をしているのかぁ!)

と、感心していました。

そして、とても特徴的だった、区隊長の話。

助教や、教官の話。

同区隊だった、他の、同期生達の話と、その消息、などなど。

それから、今現在の、お仕事の話、ご家族の話など、結構、話が、あちらこちらと、飛んでしまった様にも思えましたが、きっと、ボーイスカウトと、『きゃさりん副長。』の話もしたと思います。

何せ、大体の、初対面の方々が、

「彼女は、何者?
 本当に、日本人?」

と、とっても、不思議そうに、聞いてきます。

まぁ、仕方が無いので、いつも、

「話せば、長くなるけどぉ。」

と、前置きをしてから、概略を話す様にしています。 Img_4626 Img_4627
結局、そんなことを話している内に、『きゃさりん副長。』は、『F氏』とも仲良くなってしまいまして、肩を組んで、写真などを撮っておりました。 Img_4629
まぁ、どうでも良いのですが、本当に、どうし様もないです。(^^; Img_4631 Img_4633 Img_4634
それと、私が話した内容を、再び、『きゃさりん副長。』が話したりと、話しが、堂々巡りの面もありましたが、そこは、『きゃさりん副長。』のご愛嬌で、勘弁して頂くと言うことで。 Img_4635
とにかく、話は尽きなかったのですが、翌日以降もあると言うことで、『S氏』が、

「そろそろ、切り上げようか。」

と、閉宴を、口にしてくれました。

なかなか、こう言うタイミングって、言い出すのが、とっても、難しいですよねぇ。(^^; Img_4636
そこで、私と『きゃさりん副長。』は、用意して来た、静岡茶の新茶と、隊のオリジナルキャップを、両氏に、渡しました。

すると!

キャップを、直ぐに被ったりしてくれて、これまた、とても、嬉しいことでした。 Img_4637
更に、『F氏』には、お土産まで頂いてしまって。(^^;

長崎の同期生は、何だか、みんな、とってもスマートでした。(^-^)/ Img_4639
ホテルまでは、『S氏』が、タクシーで送ってくれました。

「明日は、予定通り、迎えに来るから。」

と言って、自宅に戻って行きました。

私と『きゃさりん副長。』は、部屋に戻り、

「愉しかったよねぇ~!
 大ジョッキ!
 感動したぁ~!
 焼き鳥も、お刺身も、何もかも、みんな美味しかったぁ!」

と、『きゃさりん副長。』は、ご満悦状態でした。

私は、ふと、長崎空港を観たくなり、窓を開け、その方向を観てみたのですが、多分、観得るだろうと思っていた、管制塔の灯火や、誘導灯などの、灯火の類のものは、残念ながら、何も視認できませんでした。

『きゃさりん副長。』は、

「お水(ミネラルウォーター)を、買って来る。」

と、部屋を出て行ったのですが、部屋に戻って来た途端、

「きゃ~!
 いたのよぉ!
 いたの!
 パイロットが!
 それに、貴方の大好きな、すっちー!」

ちなみにですが、『CA』です。(^^;

「ほらさ。
 『S』さんも、言ってたじゃん。
 きゃぁ~!
 観ちゃった。
 やっぱり、ここのホテルって、凄いんだぁ!」

『きゃさりん副長。』は、全く収まらない興奮状態のままでしたが、大村湾と、その傍にあるホテルは、静かに、闇に包まれていったのでありました。

こうして、とても充実し、大満足の、長崎の一日は、終わろうとしていました。(^-^)/



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月24日 (土)

『ひょっこりひょうたん島?』(^^;

(# 九州―35)


おはようございます!(^o^)/


【ひょっこりひょうたん島?】(^^;


(※注:平成28年5月6日(金)の記憶です。)


この日、私と『きゃさりん副長。』は、大村市内の、『長崎インターナショナルホテル』に、宿泊予定でした。

それで!

土地勘が、全く無かった、私と『きゃさりん副長。』は、またまた、『S氏』に甘えてしまうことになるのですがぁ。

『雲仙多良シーライン』の休憩所から、ホテルまでは、これまた、1時間程度の道のりでありまして、『S氏』には、大変な、時間と労力を、消費させてしまうことになってしまったのでした。

と言うのも、長崎市内から、諫早湾に向かい、諫早湾を横断し、更に、諫早湾を、ぐるっと一周する様な形となり、なおかつ、JR九州の、長崎本線と、大村線に沿って、ホテルに向かうと言う、何とも、大掛かりの、ドライブになってしまったのでした。

本当にもう、

『何知らない!』

と言うのは、全く、どうし様も無かったです。(^^;

それでもまぁ、移動中の車内では、九州訪問の、初日からの話に花が咲き、『H氏』の話や、糸島市での話、『国営吉野ヶ里歴史公園』で、『きゃさりん副長。』の写真が、全く無かったこと、生徒の先輩諸氏の話、などなどを、繰り返し、喋っておりました。

また、『S氏』と奥様の馴れ初めや、『S氏』が、故郷に戻るまでの経緯など、その様なことも聴かせて貰っていました。

私は、話を聴きながらも、車窓から、あれやこれやと、流れ行く景色を観ていたのですが、

(おやぁ~!
 何だか、街が、とっても綺麗!
 とても、すっきりしている!)

と、感じ始めていました。

そのことを、『きゃさりん副長。』に、言ってみましたら、

「うん!
 そうなの。
 確かに、街が綺麗!」

と、言っていました。

私は、

(何だろな?
 何が違うんだろ?)

と、思っていたのですが、

(そうか!
 電線が無い!
 電柱もない!)

と、気付いたのでした。

そのことについて、『S氏』に、話を聞いてみると、

・いつ頃だったか忘れたけど、国道が、かなり綺麗に整備された。

・大村市には、長崎空港があり、空の玄関口となっている。

・JR大村線は、単線で、電化されていないが、その分、長崎自動車道などの、道路交通網が整備されている。

・2022年開業を目指して、長崎新幹線を建設中。

・大村市には、長崎新幹線の、『新大村駅』ができる。

など、

「それらが、相俟って、街の景観整備に、繋がっているのではないのか。」

と、言っていました。

また、『きゃさりん副長。』が、

「建物が、みんな、お洒落~!」

と、写真を撮っていましたが、その最初の1枚は、どうやら、警察署の様でした。(^^; Img_4616
また、その写真の様に、パトカーも、くるくる回っている赤色灯も、標語が記された幟も、何も写っておらず、とても、すっきりしていて、

(ここが、警察署?)

と、思わせる程で、私も、かなり、お洒落に思えました。

そして、『きゃさりん副長。』は、

「ここ(大村市)は、何だか、とっても、住み易そう。
 だって、こんなにも、綺麗なんだもん。
 それに、(長崎)空港だって、近くにあるんでしょ。
 新幹線も、通るって言うしぃ!」

と、やたら、燥いでおりました。(^^;

ですが、確かに、街の景観はとても良く、道路は、中央分離帯のある、片側2車線なのですが、とても、道幅が広く感じられ、それに加えて、とにかく、歩道の幅が広い!

このことは、車椅子使用者としての視点で観ていますので、十分、保証できると思います。

また、様々なお店が、かなり多く、お洒落で、とても充実している様子が覗えました。

それと、これは、航空法の関係かも知れませんが、大きなビルが、殆ど、見当たりませんでした。

マンション等は、あった様にも思いますが、ビルは、密集して、建てられていなかった様に思います。

その様に記憶しているのは、とにかく、街全体が、明るかったからです。

それは、高い建物が無いため、太陽の、日差しを、遮ってはいない。

そして、その日差しが、しっかりと地面まで届いている。

そのために、街全体が、明るく見得ている。

その様な印象を、受けていました。

いずれにしても、

(やたらと高いビルが無く、電柱も、電線も無いことが、こんなにも、街を明るくし、綺麗で、すっきりとした景観になるとは!)

と、とっても、感心してしまったのでした。


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さてさて、ホテルに向かう前に、遠目からですが、長崎空港を、案内して貰いました。

そして、『S氏』のご自宅に寄り、奥様に、ご挨拶を申し上げましたが、時間的に、あまり余裕が無かったので、玄関先でのご挨拶となり、大変、失礼してしまいました。 Img_4617
奥様のお姿と、ご自宅の全容は、NGと言うことで、写真では、チラッとのご紹介です。(^^:

そして、『S氏』に、ホテルまで送って貰ったのですが、私と『きゃさりん副長。』は、『S氏』が、相当、疲れているのではないかと思い、