カテゴリー「東日本大震災」の14件の記事

2018年3月11日 (日)

『黙祷』


おはようございます

 

 

【黙祷】

 

 

大自然に生かされていることに感謝し、『今』を精一杯生きる

 

『黙祷』

 

皆様、どうか、今日も、好い一日になります様に!

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2017年7月10日 (月)

『匂いの、正体!(その4(終))』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その48)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【匂いの、正体!(その4(終))】(^-^)/


(ペン)「『Wさん』と、おデブ隊長。
     不思議な、『ご縁』が、できちゃったね。」

(ハム)「あぁ、そうだね。」

(ペン)「二人の話し。
     全然、途切れないけど、このままなのかなぁ。」

(ハム)「多分だけど、『北島国造館』に入ったら、
     急に変わると思うよ。

     話の切り替えが速い。
     それが、自衛官だから。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだ。

     でもさ。
     『Wさん』、何で、あんなに大喜び
     してるんだろ。」

(ハム)「んとね。

     『航空通信』の話しだけど、

      『超~、久々にした。』

     って、『Wさん』が、言ってるよ。

     それにね。

      『F-15が、導入されてからは、
       『地方連絡部(現:地方協力本部)』
       等の、勤務に回った。』

     んだって。

     だから、

      『『航空通信』の話などは、通じないし、
       誰もしないし、誰も聞いてくれないし、
       孤独感もあったし、
       鬱屈感の様なものもあった。』

     そうだよ。

     それで、ここで、おデブ隊長に、
     遭ったおかげで、昔の記憶が蘇って来て、
     思う存分、話すことができて、少し、
     ガイドの役目を忘れかけてしまったけれど、
     とことん、昔の話を、話すことができて、
     とっても、愉しかったそうだよ。

     おまけに、陸上自衛隊の、パイロットの
     養成の様子や、無線機の整備の話なども
     聞くことができて、何となく、合点が行った、
     とも、言ってるよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そんなにも、内容が、深かったんだぁ。

     やっぱり、自衛官にしか分からないって言うか、
     そんな話を、おデブ隊長と話せて、
     『Wさん』は、良かったんだぁ。」

(ハム)「そうだね。
     何となくだけど、心のつかえが、
     取れたみたいだよ。

     だけどね。
     『Wさん』が、残念なことが、一つあるって、
     言ってるよ。」

(ペン)「え゛~。
     なんだろうね。」

(ハム)「おデブ隊長がね。
     明日の晩、『航空通信修理課程』の、
     同期生と、一杯やると言ったら、『Wさん』が、
     何かを、想い出したみたいだよ。」

(ペン)「何だろうね?
     『同期生と、一杯!』
     そこに、何かあるのかなぁ。」

(ハム)「うん。
     なんでも、6年前の話しなんだって。」

(ペン)「6年前ぇ~?
     何か、あったかなぁ。
     まぁ、俺達は、カブだったかも
     知れないけどぉ。」

(ハム)「おいおい!
     大事なことを忘れてないか?
     2011年3月11日(金)だよ!」

(ペン)「あ゛~!
     『東日本大震災!』

     え゛っ、おや?
     ちょっと待って!

     確か、『航空自衛隊生徒』が、
     廃止されたのは、2011年3月だったよね。

     ひょっとして、もしかして、それと、
     関係があるのぉ?」

(ハム)「有るも無いも、大有りだよ!

     『Wさん』の話しによると、
     『航空自衛隊生徒』の最後の卒業式と、
     『航空自衛隊生徒の廃止式典』、
     『祝賀会』が、2011年3月19日(土)に、
     行われる予定だったんだって。

     だけど、現役の自衛官は、みんな、
     『東日本大震災』の、災害派遣で、
     出動してしまったんだよ。

     それに、『ブルーインパルス』だって、
     一部だけど、津波に、流されちゃったじゃん!

     そうしたら、呑気に、『式典』や『祝賀会』
     なんて、やってられないじゃん。

     それでね。
     『最後の日』に、『航空自衛隊生徒』の、
     OBの皆さんは、期待に胸を膨らませて、
     『熊谷基地』に集う予定だったんだって。

     勿論、『Wさん』も、とっても、
     愉しみにしていたんだって。

     だってさ!
     自衛隊は、日本全国でしょ。

     『Wさん』の、第5期の、50名程度の、
     同期生の皆さんは、全国に、バラバラに
     いる訳だから、なかなか、会うことが
     できなかったし、多分、『最後の卒業式』、
     『廃止式典』、『祝賀会』が、本当に、
     最後に会うチャンスなんだろうって、
     考えていたんだって。

     他の同期生の皆さんも、
     『これが、最後になるだろう。』
     って、覚悟を決めていたんだって。

(ペン)「そうだよね。
     最後だもん!
     みんな、会いたいに決まってるじゃん!」

(ハム)「でもね。
     結局、みんながみんな、
     『熊谷基地』に集って、会うことは
     できなかったんだって。

     やっぱり、大災害が起きて、多くの人々を、
     緊急に救助しなければならない状況下では、
     国内移動は、極力、控えて、
     自衛隊の災害派遣や、その他、警察、消防、
     行政機関、民間のボランティアなどが、
     優先的に移動できる様にすべきだと考えて、
     腹を決めたんだって!

     流石に、そこは、『航空自衛隊生徒』なんだよ。

     と言うか、自衛官なんだよ。

     被災者のことを、最優先に考えたんだね。

     それでね。
     『最後の卒業式』は、集まることのできる、
     近隣のOBが集まり、『最後の卒業生』を、
     見守ったんだって。

     だけど、『航空幕僚長』は、『熊谷基地』に、
     来ることはできず、『航空生徒隊 隊旗』は、
     『航空幕僚長』に、直接は、
     返納できなかったんだって。

     『廃止式典』は、簡略化され、勿論、
     『祝賀会』は、諦めざるを得なかったんだけど、
     OBから集められた、『祝賀会費』の、
     『約300万円』は、『東日本大震災』の、
     被災者に、贈られたんだって!

     それでね。
     そのことは、

     『皆の胸に秘めておこう。』

     と言うことで、当初は、一切、
     口外されなかったんだって。」

(ペン)「すんげぇ~!
     なんと言うことだ!

     母校が、無くなってしまうと言う、
     とっても悲しい時に、『東日本大震災』で、
     追い打ちを掛けられてしまって、
     本当ならば、挫けちゃうところなのに、
     みんな、凄いなぁ!

     『航空自衛隊生徒』って、凄いじゃん!」

(ハム)「そうだね。

     今の、『Wさん』のお話。
     おデブ隊長は、初めて聴いたみたいだよ。

     『知らなくて、とっても恥ずかしい!』

     って、言ってるから。」

(ペン)「そっかぁ。

     おデブ隊長、あれで、結構、
     涙もろいんだよなぁ。
     おまけに、そう言う、感動する話って、
     いつまでも、引き摺るしぃ。

     それで、『Wさん』は、何て言ってるの。」

(ハム)「うん!
     すっきりしたって!

     今まで、話す相手もいなくて、同期生達とは、
     電話だけの話しだし、全く、
     詰まらなかったんだって!

     それが、おデブ隊長が、現れてくれたお陰で、
     殆ど、話すことができたんだって。

     だから、とっても、有難かったって!」

(ペン)「そうなんだ。
     本当に、胸のつかえが、取れたって感じなんだね。
     良かったじゃん。

     おデブ隊長も、少しは、役に立ったじゃん。」

(ハム)「そうかもね。

     でもさぁ。
     これって、きっと、『大国主大神』や、
     『出雲大社』の、パワーのお陰なんだよ。
     そして、絶対に、『縁結び』は、あると、
     信じるよ。」

(ペン)「そうだよね。
     こんな話、『Wさん』と、おデブ隊長が、
     出会わなかったら、まず、聴けないもんね。

     本当に、超~、不思議だよなぁ。

     『出雲大社』、畏るべし!

     俺も、『縁結び』、信じるどぉ~!」

(ハム)「あとね。
     『Wさん』がね。

      『同期会、思う存分、
       愉しんでくださいね。』

     って、言ってるよ。」

(ペン)「え゛?」

(ハム)「『Wさん』達は、『最後の同期生会』が、
     できなかったし、何も、
     愉しめなかったじゃん。

     それに、いつ、どこで、何が起こるか
     分からないし。

     だから、生かせるチャンスは、
     きちんと生かして、悔いを残さない様に、
     と言うことじゃないのかなぁ。」

(ペン)「あ゛~!
     そっかぁ。
     そうだよね。

     『Wさん』達は、何もできなかったし、
     何も愉しめなかったんだものね。」

(ハム)「うん。
     とっても、悲しかっただろうね。

     だから、その想いで、おデブ隊長に、

     『思う存分、愉しんで!』
     って、言ってるんだろうね。」

(ペン)「う゛~ん。
     優しいなぁ。

     『Wさん』って、とっても優しいじゃん。

     そんなに、気を遣って貰ってさ。
     おデブ隊長は、とても有難い『ご縁』に、
     巡り合っちゃったじゃん!」

(ハム)「そうだね。
     本当に、信じられない程の、
     不思議な『ご縁』だよね。

     だけど、こう言うことって、
     現実に起こるんだね!

     偶然じゃぁ、済まされないし、
     ただただ、驚きだよ!」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月26日 (日)

『貴女なぁらどうしゅる~?』(>_<)!

(# 014-終)

おはようございます!(^o^)/

【貴女なぁらどうしゅる~?】(>_<)!

(※注:写真は、本文とは関係ありません。)(^^;

3月下旬に掛けて、『きゃさりん副長。』の意気込みに押され、『九州訪問』を、粛々と計画しておりました。

とは言っても、旅行会社との調整は、かなりの速さを持って、順調に進んでいました。
そして、宿泊先や、新幹線等の乗車券など、車椅子の関係もあり、駅近くのホテルであったり、車椅子を積み込むので、各列車は、車両の一番後ろの席を確保して貰うなど、旅行会社には、とても細かい注文にも応じて頂き、4月の第3週(※正確には、4月12日(火))には、その準備は、ほぼ完璧に整っていました。


『きゃさりん副長。』には、4月13日(水)に、私の自宅まで来てもらって、行程表や、チケットなどを、一緒に確認して貰い、漏れが無いかチェックをし、確認終了と共に、旅行会社に、
「確認が終わりました!
 ありがとうございました!」
と、メール連絡を入れたのでありました。

(やった!
 これで、あとは、荷物だけだ!)

しかしながら、その安心が、『超』糠喜びであったのを知るのは、そう遠くのことではありませんでした。(>_<)!



4月15日(金)の未明、私は、トイレに行くために目覚め、何気にテレビを点けました。

すると!

とんでもない映像が!

『4月14日(木)、21:26、『熊本地震』発生!』

※この場を借りまして、『熊本地震』で被災された皆様には、衷心より、お見舞い申し上げます。



(何だ! 
 何だ~っ!
 一体全体、何が起こっているのだ?)


その時から、刻一刻と変化する状況と、余りにも強すぎる、余震の連続発生!
そして、拡大を続ける、とんでもない被害状況!

私は、テレビの前に釘付けとなり、その場から、離れられなくなっていました。

『きゃさりん副長。』からは、06:00過ぎに連絡が入り、

「ねぇ、どうするのぉ?
 (九州に)行けるのぉ?
 どうしたら良いの?」

私は、テレビの画面を観続けながら、言葉に詰まり、

「旅行会社と、相談するしかないと思う。」

そう言うのが、精一杯でした。



この時のことを、時系列で整理すると、

・4月12日(火) 行程表、チケット等受領
・  13日(水) 行程表、チケット等確認終了
・  14日(木) 『熊本地震』発生!
・  15日(金) 早朝から、途方に暮れる!(>_<)!

と、平成28年の年明けと共に、ボーイスカウトで、様々な無理難題、難問が、繰り返され続けたのを象徴するかの様に、この時もまた、私と『きゃさりん副長。』は、大自然の脅威に振り回され、一挙に、またまた、『悶々』とする日々を送ることに、なってしまったのでありました。


私は、15日(金)の午前中に、恐る恐る、旅行会社に電話を入れてみたのですが、
「まだ、(九州訪問出発までに)2週間ほど、お時間があります。
 とりあえず、1週間は、このまま、様子を見て頂けますでしょうか。
 現地(の支社)も、混乱している状況で、情報が集められません。
 大変、申し訳ございませんが、お時間をください。」
とのことでした。 Img_6740
ところで!


『きゃさりん副長。』は、九州上陸は、全くの初めてでした。
要は、九州を訪れた経験がありませんでした。
従って、九州の県名は、全くのちんぷんかんぷんでありました。(^^;

「私は、知覧(特攻平和会館)に行きたいの!」

と、言ってはいましたが、それが、何県にあるのか。
全く判ってはいませんでした。

おまけに、

「◯◯◯さんて、博多(本当は糸島市)だよね。
 博多って、博多県じゃないよね?」

とまで、言い出す始末。(^^;

私は、
(行程表を見直さなくては!)
と、思っていたのですが、結局のところ、『きゃさりん副長。』には、相談するのは止めておこうと思いました。



それから、1週間ほど掛けて、旅行会社の担当者の方と、話しを詰めていったのですが、
・「(観光として)九州訪問自体が、可能なのか。」
・「救援物資や、ボランティアが優先されるかも?」
・「地震被害の拡大は無いのか。」
・「九州新幹線は、動く(この時は、脱線中)のか?」
・「鹿児島県(知覧)までは行けないかも?」
・「現地で被災してしまったら、(身体障害者なので)援けを求めるのは難しいかも?(旅行会社内には、事例や、経験が無い。)」
・「JRのダイヤが、乱れる(乱れている)可能性がある。」
・「熊本県と大分県には、災害救助などで、迂闊に近寄れない。」
・「熊本県の通り抜けは厳しい。」
・「航空機は、混雑が予想され、避けた方が好ましい。」
・「バスは、(私の身体の都合で)お勧めできない。」
などなど、結局は、否定的なものばかりでしたが、どれもこれも、確実に保障できるものは、何もありませんでした。


私は、思い切って、九州にいる、同期生達や、先輩達に、現地の状況を聴いてみようかと思ったのですが、それは、即、止めておくことにしました。
と言うのも、過去に、大きな失敗をやらかしていたからであります。

『東日本大震災!』

私は、その時、多くの同期生達に、安否確認のため、また、災害派遣に出ていると言うのに、その任務中にも拘わらず、電話を掛け捲り、メールを送り捲った経験があります。

とんでもないことであり、やってはならないこと!(>_<)!

今回は、
(自重! 自重!)
と、心に言い聞かせていたのでありました。


ところが! です!


地震被害が、熊本県と大分県に集中していると聞き、恐る恐るですが、福岡県と長崎県の同期生に連絡を取ったところ、

「あぁ~、こっちは大丈夫!
 揺れたけど、被害は無いけん、待ってるよん!」

「知覧(まで行くの)は、難しいだろうけど、(こっちは)大丈夫だから!
 こちらは、何も起こっていないよ。
 揺れも、然程ない。
 交通も問題ない。
 楽しみにしているよ!」

と、随分と、予想に反した、あっけらかんとした、嬉しい言葉が返って来たのでした。(^-^)/


私は、
(よっしゃぁ!
 大丈夫!
 九州には行ける!)
と、確信をしたのでありました。


ただぁ、『きゃさりん副長。』は、
「知覧に行きたいの!
 明太子!
 からすみ!
 博多ラーメン!
 長崎ちゃんぽん!
 皿うどん!
 馬刺し!
 もつ鍋!
 屋台!
 それとぉ~!
 ・・・・・。」
とまぁ、とにかく、『愉しみ』だけを、思い浮かべていた様でした。

ですがまぁ、本来は、それで良いのでしょうけれどもね。(^^;



私は、その『きゃさりん副長。』の姿を見まして、ちょっと意地悪をしてやろうかと思い、
「ねえねえ、貴女だったら、行程表は、どう見直す?」
と聞いてみたのですが、
「そんなのは、平出さんがやるに決まってんじゃん!」
と、いとも簡単に、逆襲を喰らってしまったのでありました。



それから、旅行会社の担当者の方とは、4月の下旬、ギリギリまで、行程表を見直していました。
・『果たして、九州新幹線が復旧するのか?』
・『熊本県を抜けて、鹿児島県まで、行くことができるのか?』
・『鹿児島県から、福岡県まで、予定の時間内で戻って来ることができるのか?』
話しの焦点は、その3つに絞られていました。


果たして、私と『きゃさりん副長。』の行く末は?

え~と、準備が整うまで、暫しお待ちください。(^^;


(おしまい!)


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2015年11月19日 (木)

『ちょっと振り向いてみただけ!』(^^;

(# 35)

おはようございます!(^o^)/

【ちょっと振り向いてみただけ!】

(※9月23日(水・祭)の記憶です。)

仙台訪問、最終日、4日目の朝を迎えました。

ですがぁ!

やっぱり、お爺ちゃん(私)と、お婆ちゃん(『きゃさりん副長。』)は、06:00前には、目覚めてしまいましたぁ。
昨夜、あんなに、呑んで、大騒ぎをしたっちゅうのにぃ。(^^;

身体自体は、そんなには、疲れを感じていませんでした。
ただ、気持ち的には、もやぁ~っとしたものがあり、私は、若干、寂しいものを感じていました。

『きゃさりん副長。』はと言うと、
『さぁ、帰るよ!
 忘れ物をしないでね!
 駅が混んでいなければ良いよね。』
と、パワー一杯で、とっても元気でありました。
やっぱり、温泉のお陰なのかなぁ。(^^;

食事は、バイキングでありましたが、やはり、家族連れが多い!
それに、とっても賑やか!
一体全体、何処に、これだけの人が隠れていたのか。
昨夜の静けさは、一体、何だったのか。
本当に、不思議でなりませんでした。(^^;

前日までの、大渋滞のこともあり、また、フロントの方の勧めもあり、タクシーは、09:00に、予約していました。

そこで、私達は、さっさと部屋を出て、フロントに向かいました。
そして、
『精算を!』
などと言ってしまったのですが、
『何もございません!』
と、ちょっときつめに、返答されてしまったのでした。(^^;

フロントの壁掛け時計を見てみたら、まだ、8時ちょっと過ぎ。
そんなにも早く、チェックアウトするお客さんも、滅多にいないことだろうし、やっぱり、印象は、昨日から、ずっと、悪かったのでしょうねぇ。
いやぁ~、これまた、失敗!(^^;

タクシーが来るまで、約1時間。

どうやって、時間を潰そうかと考えていたのですが、売店が、既に開いていました。
ただ、商品の搬入中で、それに、
『昨日、買ったし、送ったから、もういいじゃん。』
と、『きゃさりん副長。』が言いましたので、売店には寄りませんでした。

こちらの売店は、『山形屋』と言う屋号で、お隣の山形県の品も多く、宮城県の、牛タンの缶詰めとか、牛タンスモーク、萩の月、笹かまぼこ、などが見当たらずに、玉こんにゃく、ゆべし、芋煮のレトルト、米沢牛など、どちらかと言うと、屋号そのままの、山形県色が強かった様な感じがしました。

ですが、『きゃさりん副長。』は、お茶の師範としての眼で、昨日、ほんの少しの時間で、『和菓子』を中心に買い求め、既に、宅配便で送ってしまっていたのでありました。

何でも、
『お茶の先生に(お菓子を)観て貰うの。
 それで、評価して貰うの。』
と、言っていました。

それで、私が、
『じゃぁ、(無料)ドリンクコーナーにでも行こうか。』
と言いましたら、
『何言ってんのよ!
 ダメよ!(ダメ!ダメ!)
 だってもう、チェックアウトしちゃったじゃん!
 そんな、泥棒みたいなことはできないよぉ~!』
と、これまた、きついお叱りを受けてしまいました。(^^;

さてそこで、どうしたら良いものかと思っていましたら、強い陽射しが、サロンに入り込んで来ました。
私達は、顔を見合わせ、
(あ゛っ、そうかぁ。
 ここは、谷間(たにあい)だった。)
と、思いまして、
『テラスに出て、陽を浴びよう!』
と言うことになりました。

テラスに出るには、とても大きなガラス戸を開けなければならなかったのですが、まだ、鍵が締まっており、少々、戸惑っていましたら、売店近くにいた方が、直ぐに来てくれまして、解錠して、ガラス戸も開けてくれました。
とても大きなガラス戸だけあって、力と言うか、要領と言うのか、その様なものが、必要の様でした。

Img_3265

流石に、森の深くの谷間(たにあい)です。
ひんやりとした空気が、私達を包み込みました。
それでも、温かな陽射しを感じ、清々しい空気を、久々に、胸一杯、吸い込むことができたのでありました。

Img_3267

私達は、ベンチに腰掛け、陽射しと共に、次第に明るくなってくる山肌を、のんびりと眺めていました。

すると、
『初日の、(新幹線の)こだまは良かったよね。
 東京駅では、(大混雑で)ビックリしちゃった。
 でもさぁ、『嵐』は、旅行社では、解らなかったのかなぁ。
 少しぐらいは、解りそうなものなのになぁ。
 何か、聞いていなかった?』
と、『きゃさりん副長。』が、いきなり、質問をぶつけて来ました。

私が、
『何も言っていなかったし、特に、何も聞かなかったよ。』
と、答えると、
『ふぅ~ん。
 そうなんだ。
 でもさぁ、他の(旅行会社の)お客さんもいるしさぁ。
 少しは、情報が洩れたって、おかしくないじゃん。
 それにしてもさぁあ。
 あの、三島駅の駅員の人、物凄い慌てようだったよね。
 大変だったと思うよ。
 多分、土曜日(19日)が、目茶苦茶だったのよ。
 それで、対応できなくってさ。
 みんな、パニックだったんじゃない。
 だけど、東京駅は良かった。
 何処を、どう通っているのかは、さっぱり解らなかったけど、(車椅子に)付いて行くのに、もう必死。
 でもさぁ、普段、通れない所を通ったから、面白かったよね。』
と、かなりの勢いで、話していました。

それに続けて、
『仙台(駅)も、良かったね。
 何だか、キオスクの人が通る様なところを通っちゃってさぁ。
 VIPみたかったし。(VIPみたいだったし。※方言です。)
 あっと言う間に、(タクシー乗り場まで)着いちゃって、トオル(ローバースカウト)を、撒いちゃうところだったよね。
 あの、タクシー運転手さんも良かった。
 あんなに大渋滞してたのに、伊達正宗の像まで行ってくれちゃってさ。
 トオルが、(青葉山公園に)初めて行ったなんて、信じられな~い。
 何やってたのかしらねぇ。
 ずうっと、仙台にいたはずなのにねぇ。
 そうそう!
 あのビール!
 ラーメン屋の!
 あれはぁ、失敗したよね。
 我慢すれば良かったなぁ。
 あれで、へこたれちゃったんだよね。
 あのビールさえ無ければ、(晩)ご飯が、美味しく食べられたのに。
 失敗したよねぇ。』

私は、適当に相槌を打ちながら、話を聴いていたのですが、
(これはぁ~!
 ひょっとしてぇ!
 職業じゃないけれども、職業病!?)
と、思わずにはいられませんでした。

『PLAN ⇒ DO ⇒ SEE ⇒ ACTION』

どうにも、身体に染み込んでしまっている様です。(^^;
それが、自然と、口をついて、出て来てしまっていた様でした。

この時の、『きゃさりん副長。』の、『SEE』に依りますと、

(第1日目)
・JRの対応が、丁寧で、とても良かった。
 (特に、東京駅構内と、仙台駅構内)
・JR東海と、JR東日本の連携が、良く取れていて、驚いた。
・『嵐』の情報を知ることができなかった。
・タクシーの中で、退屈することが無かった。
・伊達正宗(の像)と、そこからの景色が素晴らしかった。
・ラーメンと、ビールは余分で、失敗!
・夕食を愉しめなかった。
・(秋保)温泉に入れなかった。
・ローバースカウトから、写メが送られて来なくて、憤慨した。
など。

(第2日目)
・Mさんが、今でも、とても格好良くて、かなり驚いた。
・Mさんじゃなければ、あんなにも、(広範囲を)見学できなかった。
・浪分神社に感動した。
・荒浜では、言葉が何も見付からなかった。
・オロナミンCが、意外で、驚いて、面白くって、美味しかった。
・本物(被災地や復興状況)を、視なければ、何も解らなかった。
・本物を視ることによって、自分もローバースカウトも、意識が変わり、理解が深まり、大きな経験となった。
・長淵剛の話しには、驚かされた。
・さんさん商店街で、海鮮丼を食べたかった。
・さんさん商店街で、自分達が食べた(使用した)後の食器を片づけておらず、脇の方に山積みになっていたのは、良くないと思う。
 (※私は、現状を観ていないので、よく解らないです。)
・ローバー隊の隊集会は、成果があった。
・ローバースカウトには、大きな学習効果があった。
・まさか、紙袋の底が抜けて、ボールを落とすなんて!(ごめんなさい!)
・(航空通信の)同期会は愉しかったけど、話が飛び捲って、よく解らなかった。
・(私を含めての)同期生の話って、難しくって、よく解らなかった。
・Mさんに、『もっとしっかりと、真剣に考えなさい。』って、叱られちゃった。
・お酒も料理も、とっても美味しかった!
など。

(第3日目)
・朝食が、目茶苦茶、美味しかった! 感動した! だけど食べ過ぎ! 
・要らない衣類を送ったのは、大正解!
・大渋滞のタクシーの中でも、とっても愉しかった。
・宴会場までのタクシーが確保できるか、とっても心配だったが、確保できて、とっても安心をした。
・南東北3県の同期生達を観て、『何だ! やっぱり、単なるオジサン達じゃん!』と、安心をした。
・『同期生は、同級生! だから、私も仲間なの!』
・『幹事のKが面白かった! 一番仲良くなった!』
・同期生会は、結局、何が何だかよく解らなかったけれども、とにかく、愉しかった。
・お料理を、満足に食べられなかったのが、とても残念!
・それに、勿体無いと思った。
・作並温泉に入れて、とても良かった。
など。

そして、
『やっぱり、旅館全体が、静かだったのが良かったのよ。
 そのお蔭で、ぐっすり眠れたんだと思うの。』
と言うことでした。

私が、
『それ(今までの話)って、何?
 ひょっとして、評価・反省?
 中間評価?』
と、聞いてみましたら、
『ちょっと振り向いてみただけなの。』
と、『きゃさりん副長。』は、言っておりました。

ははぁ~ん!(^^;

昨晩は、同期生達は、宴会後、カラオケに流れて行ったのですが、『きゃさりん副長。』は、カラオケが大好きです!
ですので、本人も行きたかったんじゃないのかと、直ぐに感じました。

Img_3268

そして、
『それって、振り返りって、言うんじゃない?
 振り向くのは、異邦人じゃない?』
と言いましたら、
『いいじゃん!
 そんなの!
 どうでもいいでしょ!』
と、少々、いや、かなり、ちんぶくれて(※方言です。)いたのでありました。(^^;

(つづく~!) (^^;

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2015年11月13日 (金)

『もりのぉふかくぅ たにあぁ~い!』(^o^)/

(# 32)

おはようございます!(^o^)/

【もりのぉふかくぅ たにあぁ~い!】

(※9月22日(月・国休)の記憶です。)

さて、ホテルをチェックアウトした私達ですが、とりあえず、仙台駅へ行ってみて、コインロッカーや、お土産物屋さんなどの様子を視てみることにしました。

しかしここで!

私の執着心から、『きゃさりん副長。』に、無理を言って、昨晩、歩いた道を、少し辿ってみて貰うことにしました。
ボールは見付からないかと!

ですがねぇ、やっぱりねぇ、『嵐ファン』の皆様が、ゴロゴロ~っと、ねぇ。(^^;
結局、青葉通りを少し入ったところで、引き返して貰いました。

仙台駅では、やはり、コインロッカーは、全部、使用中!
私達は、荷物を置いて、身軽になることはできませんでした。
1階は、お客さんで溢れている。
2階からは、人がどんどんと流れ出て来ている。
私達は、買い物を諦め、昼食でも摂ろうかと、3階へ。

ところが、考えが甘過ぎ!

『だって、みんな考えることは同じじゃん!』
と、『きゃさりん副長。』から、かなり、キツイお言葉。(^^;

お店は、何処も彼処も、満席、行列!

私が、悩んでいたら、
『もう、(作並温泉に)行ってみない。
 朝ごはんを一杯食べたし、お腹もそんなに空いてないしさぁ。
 牛タンは、昨夜食べたし、もういいからさぁ。』
と言うことで、一路、今晩の目的地である、作並温泉に向かうことにしたのでありました。

『おっと!
 その前に、トイレ!』
と言うことで、トイレに向かって貰ったのですが、またまた、女性用トイレは、大行列!
それは、仕方の無いことなのでしょうが、何ともまぁ、その大行列の向こうに、多目的トイレがあったのです。

私達は、
『ごめんなさい!
 すみませ~ん!
 ちょっと、通して頂けますかぁ!』
などと、声をかけながら進んだのですが、多くの女性の視線は、とても冷ややかなものでありました。

車椅子と、私の顔と、『きゃさりん副長。』の顔を、斜に構えた視線で見ながら、
(何なの! この人達!)
と、明らかに、蔑視している態度で、一歩も動いてはくれませんでした。

そこで、『きゃさりん副長。』が、指で、列の奥の方を指しながら、
『その奥に、(多目的)トイレがあるんです!
 早く使いたいんです!』
と、かなり強い口調で言いましたら、一人の女性が、ハッとした表情に変わり、やっと、動いてくれました。
それに連れて、周りの女性達も、渋々、動き出し、道を開けてくれたのですが、こう言う時の心理って、一体全体、どの様なものなのでしょうねぇ。(^^;

私は、
(ここに(並んで)いる人達は、果たして、介護と言うものができるのであろうか。
 はたまた、自分や肉親が、私や『きゃさりん副長。』の様な立場になったら、対応できるのであろうか。)
などと、とても心配になってしまいました。

『嵐』も良いけれど、それに遣うパワーや、女子力を、(介護などの)違った方面でも、発揮して貰えることを、ただただ、祈るばかりでありました。
それにしても、身体障害者には、全く、優しくありませんでした。
私が、『嵐』じゃないからなのかなぁ。(^^;

さてさて、大混雑の仙台駅を逃げる様にして、私達は、タクシーに乗り込みました。
そこで、
『作並温泉までお願いします。』
と言いましたら、タクシーの運転手さんは、料金メーターは動かしたものの、黙り込んでしまいました。

暫くしてから、
『お客さん。
 (渋滞で)混んでるよ。
 ちょっと時間が掛かるけど、良いかなぁ。
 急ぐならば、仙山線があるけどもさぁ。
 宿は何処なの?』
と、静かに話しだしました。

私が、宿の名を告げると、
『あ゛っ、あ~!
 それじゃぁ駄目だ。
 (作並駅から)歩いたって良いけど、車椅子でしょ。
 坂が多いし、奥さん(『きゃさりん副長。』のこと)が、へばっちゃうなぁ。
 向こう(作並駅)には、タクシーは無いし、やっぱり、これ(タクシー)じゃぁないと、無理だなぁ。』
と言いまして、運転席で座り直していました。

タクシーの運転手さんの話しによりますと、
・仙台市街から、山形方面に向かうのは、この道(国道48号線)しかない。
・殆どの人が、この道を使う。
・(仙台市街の)南側に、山形自動車道があるが、そちらに回る人は、あまりいない。
・北(国道4号線or457号線~347号線)は、遠過ぎちゃって、新庄とかに行くのであれば別だけど、まず使わない。
・従って、みんなが、渋滞覚悟で、48号線に集中するので、また、作並温泉は、48号線の途中にあるので、渋滞は覚悟して欲しい。

更に、
『このずっと先なんだけどさ。
 関山(峠:宮城県と山形県の境)で、この前の大雨で、土砂崩れがあってさぁ。
 片側(交互)通行なんだよねぇ。
 この前(20日(日))の(山形の)芋煮会なんてさ。
 前の日の夜中から、大渋滞だったみたいなんだよ。』
とのことでした。(^^;

私達は、一昨日、昨日と、大渋滞に捲き込まれていましたので、その話を、運転手さんにしまして、
『大丈夫です!』
と、伝えたところ、いきなり、
『旦那(私のこと)さん。
 自衛隊なの?』
と、声を弾ませて聞いてきました。

そこで、
・陸上自衛隊 少年工科学校 出身者であること。
・航空科職種であったこと。
・同期生に、ヘリコプターのパイロットがいたこと。
・霞目駐屯地で、同期生が、村井宮城県知事と同僚であったこと。
・今晩は、作並温泉で、同期会があること。
などを話しましたら、もう、ノリノリで、私達との会話に夢中になられていました。

何でも、
『(自称)自衛隊大好きおじさん。』
だそうで、ブルーインパルスの、
『目茶苦茶、大ファン!』
とのことでした。

その他にも、高校野球や、野球の審判の話し、楽天イーグルス、MLB、NFL、NBA、空手の話し、銃剣道の話し、などなど、スポーツの話などを、沢山しまして、
(きっと、この方は、スポーツが大好きなんだなぁ。
 それに、物凄い物知りじゃん!)
と、思っていたのでありました。(^^;

そんな会話が弾んでいる最中、ずっと渋滞で、ノロノロ運転を続けていたのですが、道路左側を、電車が走り抜けて行きましたので、運転手さんに聞きましたところ、
『直ぐ止まる仙山線!』
(※運転手さんのお言葉です。ご容赦ください。)
と、いきなりのお返事でした。(^^;

それで、
『直ぐ止まる仙山線!
 雨で止まる仙山線。
 落ち葉で止まる仙山線。
 獣(鹿らしいのですが)で止まる仙山線。
 雪で止まる仙山線。
 とにかくよく止まる仙山線!
 ってね!』
と、何か、詩を唄う様な感じで、言われていました。

『いやぁ、この辺りは、まだ大丈夫なんだけどさぁ。
 この先、面白山って言うのがあるんだけどさぁ。
 そこはもう、山ん中。
 スキー場があるくらいだからさ。
 去年なんか、(電車が)雪の中で止まっちゃってさぁ。
 一日ぐらい、(お客さんが)閉じ込められたんじゃないのかなぁ。
 だってさ、線路にまで行く道が無いんだよ。
 助けに行けやしないさ。』
と、これまた、矢継ぎ早に話されていました。

とは言え、その国道48号線と、仙山線は、とても大事なものであり、宮城県、山形県の、両県の皆様にとっては、とっても大切で、大変重要な動脈であり、愛されていると言うことは、私にも『きゃさりん副長。』にも、充分に理解ができたのでありました。

『この左側にねぇ、ニッカのウィスキー工場があるんだよ。』
と、運転手さんが言われた頃から、車は、急に走り出し始めました。
いきなり、道路渋滞が無くなり、
『もう直ぐ、作並駅(入口)だよ。』
と、言われていました。

私と『きゃさりん副長。』は、宿泊をする宿と、同期会が行われるホテルが、別々の場所にあったので、その距離が、とても気になっていました。
また、仮に、作並駅から仙山線を利用するとしたら、宿から、どの程度の距離があるのかも、とても気になっていました。

私達は、『作並駅⇒』と書かれた看板があった場所から、所用時間の確認と、『まなこひらきて!』で、周囲の状況を観ていました。

ところが!

私達二人とも、観察するのを、直ぐに止めてしまいました。
『駄目だこりゃ!』
と、私が言ったら、『きゃさりん副長。』も、
『無理だよぉ、こんな坂!』
と、かなり肩を落としていました。
健常者ならまだしも、道路の起伏が、車椅子にとっては、激し過ぎたのです。

運転手さんも、
『いやぁ、こりゃ、距離がある。
 それに、坂がきついねぇ。
 車椅子じゃ、やっぱり、無理だろうねぇ。
 ホテルに相談するしか無さそうだね。』
と、言われていました。

仙台駅から、私達が宿泊する温泉旅館までは、2時間ほど掛かりました。
ですが、その2時間。
とっても有意義で、とっても愉しい時間でありました。
とてもではないですが、2時間も掛かったなんて思えませんでした。

運転手さんが、別れ際に、
『そのパイロット(同期生のこと)に、(私に代わって、大震災の時の)お礼を言っておいて!
 いやぁ、愉しかったよ。
 お礼を言うよ。
 ありがとう!
 良い旅をね。』
と言っていたのが、とても印象的でした。

勿論、私達も、運転手さんには、大感謝でした!(^o^)/

温泉旅館のチェックイン時刻までには、少々、時間があったのですが、フロントでは、受付済み券と、整理券を、『きゃさりん副長。』に、渡してくれまして、私達の荷物も預かってくれました。

そこで、私達は、旅館内の探索を始めたのですが。(^^;


Img_3160


何やら、普通の温泉旅館とは、と言うか、私達が想っている温泉旅館とは、雰囲気が全く異なっている、と言うことは、直ぐに感じ始めていました。

Img_3161

私と『きゃさりん副長。』が、頭の中で描いている温泉旅館とは、
・旅館の外の道路には、お土産屋さんが、立ち並んでいて、
・射的場があって、
・スマートボールがあって、
・小料理屋さんとかがあって、
・ラーメン屋さんもあって、
・スナックとかもあって、
などと言うものでした。

ところが、こちらの温泉旅館では、
・日帰り温泉施設があって、
・3つの源泉と、8種類のお風呂(広瀬川源流などの露天風呂)があって、湯巡りができて、
・おっきな暖炉があるサロンがあって、
・夜には、ライブコンサートがあって、
・ギャラリーがあって、
・無料のドリンクコーナーがあって、
・身体を休めるテラスがあって、
・無料の、大きなマッサージチェアーがあって、
・居酒屋も、バーも、レストランもあって、
と、まだまだ、あったと思いましたが、単に宿泊だけに来てしまった私達にとりましては、本当に、違和感を感じてしまいました。

Img_3162

特に、浴衣姿で、のんびりとされていた方が、とても多かったのですが、それらの皆様は、きっと、日帰り温泉を利用されていた皆様だったのでしょうね。

それから、隣の、ホテルや旅館までの距離が遠い。
しっかりと離されていると言うのか、全く、干渉し合わないと言うのか。
それぞれの施設が、自立と言うか、個立?と言うのか、存立している。

要は、『温泉の湯』を、しっかりと愉しむ宿(温泉地)であって、温泉によって、身も心も癒すことが、完全に主体となっていると言う感じがしました。
私達の様に、宴会をやって、大騒ぎをして、温泉街を練り歩いて、と言うのではなくて!

Img_3163

私と『きゃさりん副長。』は、とりあえず、テラスに出てみたりしてみたのですが、浴衣姿の皆様がとても多く、その場違いさは、一目瞭然でありまして、私達は、居場所を失っていました。

そんな時に、『きゃさりん副長。』が、
『ねえねえ、ここってさぁ。
 おっきさは違うけど、何となく、桃沢(キャンプ場)とか、木立(キャンプ場)とか、感じ(谷間で陽が陰るのが早い)が似てない?
 太田山(野営場)は、(大きさが)違い過ぎるけど、近くに、川(広瀬川)が流れててさぁ。』

そして、私達二人は、この時、同じことを考えていました。

『♪ 森の深く 谷間 素晴らしい キャンプ こんな良い所はない
   谷間の白いキャンプ!』

思わず、小声で歌ってしまいました。(^^;

そうこうしている内に、チェックインの時刻が来ましたので、フロントに向かったのですが、それからが、実は、とっても大変だったのでありました。

今回の仙台訪問の際に、旅行会社にお願いをし、
・作並温泉では、夕食は要らない。
・宴会会場に移動をするのに、タクシーの送迎をお願いしたい。
その2点を、一応、この日の旅館に伝えては貰ったのですが、旅行会社からは、
『一応、先方には、お伝えしましたが、はっきりとはしていません。
 大変申し訳ございませんが、到着後に、もう一度お話ください。』
と、言われていたのでありました。

『きゃさりん副長。』が、フロントから、なかなか戻って来なかったので、私は、とっても嫌ぁ~な気持ちと、不安で一杯になりました。

案の定、結局のところは、
・夕食は、パック料金となっているので、キャンセルはできない。
・タクシーは、今から頼んでも、(渋滞で)来られる可能性は、とても低い。
と言うことでした。

私は、
(あ゛~あ! やちまったなぁ!)
と思いまして、『きゃさりん副長。』に、これ以上、辛酸を嘗めさせる訳にも行かず、私が、交渉に当たることにしました。

すると、担当の女性の方が、
『少々、お待ちください。』
と、言いまして、フロント裏に回って行きました。
そして、戻って来ると、
『承りましたが、夕食の方は、ご容赦ください。
 タクシーの方は、ただ今、問い合わせ中です。
 誠に申し訳ございませんが、お部屋の方でお待ち頂けますか。
 お電話で、ご案内申し上げます。』
との回答を貰いました。

きっと、上司か、その様な方と相談されていたのだと思います。
本当に、厄介な客で、ごめんなさい!(^^;

それに、折角の温泉宿なのに、何と言う場違いな行動!
と言うことも、本当に申し訳なかったと思います。

夕食も、勿体無いことをしてしまって、その上、お湯を愉しまなかった。
これでは、こちらの宿に、宿泊する資格など無かったでしょうね。

本当に、悔いが残ってしまいました。(^^;

さて、部屋で、のんびりとする訳にも行かず、ソワソワして、電話を待っていましたら、ベルが鳴り、『きゃさりん副長。』が出てみると、
『やったぁ!
 大丈夫だって!
 (宴会場のあるホテルへの)送りのタクシーは、もう出たって!
 (同上のホテルからの)迎えのタクシーも、大丈夫だって!
 明日の朝のタクシーも、手配できたって!
 あ゛~、良かった!』
と、大喜びでした。
とっても心配だったのでしょうね。

Img_3164

タクシーが迎えに来てくれる時間を見計らって、フロントロビーに降りて行った私達ですが、その時には、かなり疲れ果てていました。
言葉も笑いも出ずに、ただ、ぼぉ~っとしておりました。
これから、宴会だっちゅうのに!(^^;

Img_3165

タクシーですが、ほぼ、時間通りに、迎えに来てくれました。
ですが!
『いやぁ、間に合って良かったです!
 (午後)3時過ぎに、会社から連絡を貰ったんですけど、焦りましたよ。
 直ぐに向かったんですけど、途中まで、大渋滞で。
 今は、渋滞(の方向)が逆になってます。
 お客さん、作並駅方面に向かうんですよね。
 (渋滞で、時間に)間に合うかなぁ。』

Img_3166

側道から、国道48号線に、タクシーが、なかなか入ることができずに、私達は、
(え゛~、どうなってんの!
 何でぇ?
 さっきまでは、あんなに空いていたのにぃ!
 宴会場のあるホテルには、2kmも無いじゃん!
 本当に間に合うの?
 車椅子で行った方が、早いの?)
などと、またまた、不安が募るばかりでありました。(^^;

(つづく~!) (^^;

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2015年11月 7日 (土)

『じゃんえーぴーえっくすろくはちの!』(^o^)/

(# 29)

こんにちは!(^o^)/

【じゃんえーぴーえっくすろくはちの!】

(※9月21日(月・祝)の記憶です。)

一足先に、お店に着いた私達ですが、
『ちょっと一杯、やろうぜぇ!』
と、私が言ったところ、いきなり、『きゃさりん副長。』が、
『駄目に決まってんじゃん!
 待つに決まってんじゃん!』
と、物凄い剣幕で言い出しまして、
『今日、一日、お世話になったじゃん!
 私だって、ビールを我慢したじゃん!
 それに、みんなで、乾杯した方が、美味しいに決まってんじゃん!』

Img_3115

ん゛~!(^^;

『きゃさりん副長。』ですが、どうやら、自分自身に言い聞かせて、とにかく、必死で我慢していた様子でした。(^^;

Img_3116

ホテルからお店までの道中、
『牛タンにビール!
 牛タンにビール!
 トオル、急ご!』
と、あんなに、騒いでいたのになぁ。(^^;

すると、10分も経たない内に、M氏が、到着をしてくれました。
『なんだ、先にやっていてくれて良かったのにぃ!
 ほら、お昼は(きちんと)食べなかったし、もう、喉がカラッカラ!
 ビール、飲みましょうよ!』

Img_3117

その言葉を聞いた途端に、『きゃさりん副長。』は、解放感一杯の笑顔に変わり、
『やったぁ!
 牛タンにビール!』
と、再び、喚いていたのでありました。(^^;

M氏は、
『最近、あんまり飲みに出なくってさぁ。
 どんなお店が良いかって、娘に聞いたら、ここのお店が良いって、薦められたのよ。
 食事の種類も豊富だって言うから、どんどん、頼んじゃって。』

Img_3120

その言葉に、押されるかの様に、『きゃさりん副長。』と、ローバースカウトは、メニューから、これぞと言うものを選んで、注文していました。
と言うか、M氏を待っている間に、既に決めていたのでしょうねぇ。(^^;

さて、1回目の乾杯を済ませ、料理も運ばれ、ある程度落ち着いたところへ、T氏が現れてくれました。

ここで、またまた、乾杯!

Img_3121

ビールを運んで来てくれたお嬢さんに頼み、みんなでの写真を撮って貰いました。

Img_3123

Img_3124

その後は、
『牛タン食べよ!
 モツ煮も旨いらしい!
 サラダも食べよ!
 サバも良いぜ。
 日本酒はどう?』
などと、呑み態勢を、暫く、みんなで整えておりました。

次第に、みんなが落ち着いてきたところで、ローバースカウトが、私と、M氏、T氏の関係をよく解っていなかった様でしたので、その関係を理解し易い様に、航空学校時代に、私が、自分自身の個人用に作ったアルバムを取り出して、説明をしていました。

Img_3125

(※(# 2)【つらつら想ふ!】を、ご参照頂けたら有難いです。)

そこで!
何と!

記念のボールの紛失が、発覚してしまったのであります。(^^;

(※(# 1)&(# 28)【いざ出陣!】を、ご参照ください。)

とまぁ、ボールの紛失と言う残念なことはありましたが、M氏もT氏も、アルバムを観ながら、航空学校時代を偲び、私も含め、3人で大いに話が盛り上がっておりました。

Img_3126

その時に、『きゃさりん副長。』も、ローバースカウトも、聞き役に回ってしまっていたのですが、そのことを気に掛けた、T氏が、
『ところで、今日は、どうだったの?
 被災地とか、色々、回って来たんでしょ?』
と、話題を変えてくれました。

Img_3128

T氏も、とても優しい人物です。
温和な人柄で、やはり、誰からも好かれます。
少年工科学校時代に、私が、彼にギターを教えたところ、あっと言う間に上達してしまい、私なんか、敵わなくなってしまったと言う努力家でもあり、器用さも持っています。
特に、笑顔が良い!
彼の笑顔は、本当に強力な武器であると、私は思っています。

Img_3129

さて、ここからはもう、目茶苦茶です。(^^;

Img_3135

ビールを切り上げ、利き酒ではないのですが、日本酒を数種類頼み、『きゃさりん副長。』は、
『私は、ハイボール!』
と言いだし、ローバースカウトは、
『僕は、日本酒を制覇しまっす!』

Img_3136

まるで、飲み放題の様な状況になりまして、そして、酔いが回り、みんなの話しは、

Img_3137

Img_3138

・東日本大震災発生直後の話し
・被災地の話し
・東北大学の話し
・航空学校の話し
・野球と合気道の話し
・少年工科学校の話し
・ボーイスカウトの話し
・柿田川湧水の話し
・大学生活の話し
・地下鉄の話し
・『嵐』の話し
・身体障害者の話し
・日本酒の話し
・仙台平野の話し
・伊達正宗公の話し
・貿易の話し
・北上川の話し
・水害の話し
・宮城県の名産品の話し
・ずんだシェイクの話し
・笹かまぼこの話し
・霞目駐屯地の話し
・浪分神社の話し
・仙台空港の話し
・他の同期生の話し
・ローバースカウトの家庭事情の話し
・孫の話し
・『きゃさりん副長。』の身の上話
・『きゃさりん副長。』の自慢話
・仙台市街地についての話し
・秋保温泉の話し
・作並温泉の話し
・松島の話し
・牡蠣の話し
・南東北の同期会の話し
・パイロットの話し
・ヘリコプターの話し
・自衛隊の話し
・ハイパーレスキューの話し
・海上保安庁の話し
・津波の話し
・御嶽山の話し
・富士山の話し
・銃剣道の話し
・格闘道の話し
・武道館の話し
・音楽祭の話し
・中央式典の話し
・三陸の海の話し
・芋煮会の話し
・東北新幹線の話し
・高速道路の話し
・運転の話し
・スキーの話し
・ギターの話し
・老眼の話し

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Img_3140

とまぁ、そんなものでは、済まなかったと思うのですが、話題が、沢山、有り過ぎてしまって、それが、それらの話しが、ぐるぐると、ぐるぐると回りながら、途絶えることなく続き、5人が、5人とも、別の話しをしていた時もあって、お酒と話しが入り乱れ、何が何だか目茶苦茶で、訳が解らなくなってしまう寸前でもありました。

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ちなみにですが、私から、M氏、T氏には、
『みかたしきべつきじゃんえーぴーえっくすろくはちのもーどわんのりぷらいとじぇねれーたーにふのぱるすがはいるってぇとだな!』
と言う話しも、一応、しておきました。(^^;

M氏ですが、昼間の疲れもあってか、瞼が、だいぶ、仲良くなり始めていました。
私は、今回の記念に、寄せ書きを作っておこうと思い、店員さんに、無理矢理お願いをしまして、ダンボールを分けて貰いました。

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M氏は、航空学校時代、私達同期の学生長でありましたので、ダンボールに、真っ先に書いて貰おうと思いました。
しかしながら、M氏の瞼は、無情にも、M氏の意志には反して、視力を奪っていた様でありました。
そのため、寄せ書きには、『表』と『裏』があります。
決して、失敗などではありません。(^^;

Photo

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その後も、みんなの話しは止まることを知らずに、結局、5時間以上も、話し続けてしまったのでありました。

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と、言うかぁ、同期との話は、時間が幾らあっても足りないんですよねぇ。(^^;

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それは、何処かの青少年教育団体と、その点では、とても似通っているんですよねぇ。(^^;


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とにかく、話は、止まることを知らず、暴走状態にあったのですが、学生長が、
『そろそろ、お昼(24時)にもなっちゃうし、切り上げよっか!』
と、言いまして、やっとのことで、暴走状態は、収まることになったのでありました。

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私は、ローバースカウトに、
『ローバー隊 臨時隊集会 終了! 解散!』
と伝えまして、私達は、お店から脱出したのでありました。

昼の、被災地、復興地の案内に続き、M氏には、夜遅くまでお付き合い頂き、本当にお世話になってしまいました。
おまけに、全て、ご馳走になってしまって!
心より、感謝申し上げます。
誠にありがとうございました。

さて、お店を出た私ですが、タクシーに乗車し、M氏、T氏、そして、ローバースカウトに、手を振って、分かれを告げたのは覚えています。
その後の記憶は、全くありません。(^^;

『きゃさりん副長。』によりますと、ホテルで、
『ここから(10階)の景色を、撮っておこう。』
と言って、気を失ったそうです。

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10階からの写真は、『きゃさりん副長。』が撮影したのですが、その画像を観る限り、『きゃさりん副長。』も、気を失う寸前であった様でした。(^^;

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仙台訪問、第2日目。

途轍もなく充実し、長くもあり、短くもあった一日でしたが、この日のことは、忘れることがないと思っています。(^o^)/

(つづく~!) (^-^)/

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2015年11月 6日 (金)

『碧! 燦燦と!』(^o^)/

(# 27)

おはようございます!(^o^)/

【碧! 燦燦と!】

(※9月21日(月・祝)の記録です。)

少々、後ろ髪を引かれる想いで、『南三陸町 防災対策庁舎(震災遺構)』を、後にした私達ですが、
(昼食を摂っていない!)
と言うことで、『南三陸さんさん商店街』を、目指すことにしました。

ところが!
です!

ここで、またまた、同期生が、道を見失ことになります。(^^;

道路は、ビルの3階程度の高さがある『盛り土』に囲まれて、その合間を、縫う様に走っていました。
そのため、辺りを見渡すことができずに、目標物を、見付けることができなかったからだと思いました。

『きゃさりん副長。』ですが、
『きっと、空からなら、(同期生は)簡単に行けちゃうのよ。
 やっぱり、地上は、苦手なんじゃない。』
などと、これまた、余計なことを言っておりました。
全くもう、どうし様も無いです。(^^;

とは言え、『きゃさりん副長。』は、ヘリコプターに乗ったことがあります。
その時の想いから、この地も、上空から観てみたかったのかも知れません。
ちなみに、私もそうですが、二人とも、高い所が大好きです!(^^;

さて、同期生ですが、場所が特定できず、諦めた様子で、電話を掛けていました。
結局、電話を掛けた位置から、もうちょっと先の様でした。

『南三陸さんさん商店街』には、直ぐに着いたのですが、駐車場の様子を観まして、私達一同は、驚愕!愕然!

満車!
ぎっしり!
ぎゅうぎゅう詰め!

駐車スペースを探している車もあり、同期生は、
『ここで降りてくれる?
 車を停める場所を探して来る。』
と言いまして、私達3人だけで、商店街に向かいました。

Img_3101

私は、
(こりゃぁ、『嵐』のせいではないな。
 やっぱり、碧い空に誘われて、皆さん、出掛けて来たんだろなぁ。
 北上川の、『道の駅』も、きっと、同じだったんだろうなぁ。)
と、商店街駐車場の、その混雑振りを見て思っていました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『南三陸さんさん商店街』について、少々。

『南三陸さんさん商店街』は、2012年2月25日(土)に、宮城県南三陸町の志津川地区にオープンした仮設商店街です。
2014年7月23日(水)には、天皇皇后両陛下が、お視得になったそうです。
復興をになう地元の事業者32店が軒を連ね、連日多くの観光客で賑わっているそうです。
週末には、フードコートや特設のステージで様々な催しが、開催されているそうです。

詳しくは、こちらで。
http://www.sansan-minamisanriku.com/

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さて、商店街に、歩みを進めた私達ですが、駐車場の大混雑とは裏腹に、商店街内は、意外と人通りが少なく、
(なんだ。
 空いてんじゃん!
 これで、食い物にありつけるな。)
と、思わせるほどでした。

Img_3102

そこに、同期生が追い付き、商店街の物色を始めたのですが、いとも簡単に、私達の期待は、消え失せてしまうことになります。(^^;

この日は、碧い空のお陰で、真夏日を思わせるほどの暑さでした。
そんな時に、眩し過ぎる太陽の下を歩いている人なんて、いる訳が無かったのです。

商店街を訪れた皆さんは、日陰を求め、涼を求め、商店街の中央にある、『フードコート』に逃げ込んでいました。

また、お食事処は、何処も満席!
おまけに、大行列!
『売り切れ! 完売! 御礼!』の、看板を出しているお店もある!

空いていたのは、燦燦と陽が降り注ぐ、お土産物屋さんの前だけでした。

同期生は、
『あ゛~!
 やっぱり、ここ(商店街のお食事処)もダメかぁ!』
と、嘆いていたのですが、そこに、揚げ物と思われる、香ばしい臭いが漂って来ました。

『きゃさりん副長。』と、ローバースカウトですが、
『この臭い、良い感じぃ~!
 何となく、食欲をそそられるぅ~!』
と、言いまして、その香りの元に、近寄って行ったのでありました。

Img_3106

私は、お店の周りが混雑していましたので、車椅子では厳しいと思い、独り、炎天下に残ったのですが、残りの3人が向かったのは、鮮魚店の様でした。
そこでは、お惣菜も作って、販売をしていたとのことでした。

3人が戻って来て、同期生が、
『いやぁ~、スマンな。
 これでも、少しは、腹の足しになるだろうから、今は、これで我慢して、夜に期待してくださいな。』
と言い、差しだしてくれたのは、様々な、『フライ』でした。

Img_3108

ローバースカウトは、どう言う訳か、とても上機嫌で、
『いやぁ~、ハラスって、大好きなんすよねぇ。
 ハラスのフライって、食ったこと無いんすよぉ。
 いやぁ~、旨そうだなぁ。
 ホヤも無いっす。
 ホヤ、どんな味がするんだろう。
 タコも、旨そうっすねぇ。』
と、独り、喋くり捲っていました。(^^;

Img_3109

そのお店では、もっと多くの種類のフライもあった様ですが、何でも、『きゃさりん副長。』と、ローバースカウトの要望で、購入品目が決まってしまったそうでした。
結局、B型二人組は、大体、そうなっちゃうんだよねぇ。
だから、ローバースカウトが、上機嫌だったんだろうなぁ。(^^;

同期生は、
『ちょっと待ってて!』
と言って、ローバースカウトと一緒に、ソフトクリームを買って来てくれました。
『いやぁ、日陰が無いし、少しでも、涼めればと思ってさぁ。』
と、相変わらず、とても優しかったです。

そして、
『日陰も無いし、座るところも無いから、車の中で食べようか。
 それに、時間も無くなって来たし。』
と言うことで、私達は、同期生が運転する車の中で、フライの臭いをプンプンさせながら、舌鼓を打っていたのでありました。(^^;

Img_3110

『南三陸さんさん商店街』。

今は、『仮設商店街』です。
それが、今後、あの高く、多量に盛られた『盛り土』が整地され、きちんとした『商店街』に生まれ変わることでしょう。

その時もまた、この日の様な、大賑わいをしていることを、衷心より祈りたいと思います。
そして、ローバースカウトに成り代わり、
『南三陸の海の幸、ご馳走様でした!
 とっても美味しかったです!
 心より、感謝します。』(^o^)/

(つづく~!) (^^;

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2015年10月29日 (木)

【復興の勢い!】(^o^)/

(# 25)

こんにちは!(^o^)/

【復興の勢い!】

(※9月21日(月・祝)の記録です。)

『荒島』を出ましてから、同期生と、助手席に乗っていたローバースカウトは、水産業の話しと、それに応用できるだろう『ナノバブル』の話しで、大いに盛り上がっていました。

ところが!

『あれっ?
 あれれれぇ~?
 ん゛~と、何処だったっけ?』
と、同期生が、悩み始めてしまいました。(^^;

何でも、『南三陸町 防災対策庁舎(震災遺構)』に行きたいのだけれども、その場所が、特定できなくなってしまっていた、とのことでした。
『きゃさりん副長。』は、
『やっぱり、空から行かないと駄目なのかしら。』
と、冗談のつもりで言っていた様なのですが、同期生からは、笑いの一つも出ず、それが、冗談では無くなってしまいそうな状況でありました。(^^;

私は、相変わらず、辺りを見回してばかりいたのですが、同期生は、
『この前、来たばっかりなんだよなぁ。
 でもぉ、かなり変わっちゃってさ。
 この道路も、こんなには(標高が)高くは無かったんだよぉ。
 直ぐ近くのはずなんだけどなぁ。』
と、辺りを、頻りに見回していました。

私が、周囲を見渡したところ、
・何台ものダンプカーが、土を運んでいる。
・そこここで、土が台形に盛られている。
・盛り土は、1段のものや、2段のものもあるが、MAXで3段。
・1段の高さは、約3m程度。
・重機が、盛り土の成形を行っている。
などのことは、見て取れてたので、目的の場所は、多分、今走っている道路よりは、低い所にあるのではないのかと思っていました。

それで、同期生に、現在地の状況を聞きましたところ、
・この道路は国道で、この高さ(標高)は、維持(決定)される。
・盛り土をしてあるところは、養生した後に均し、また盛り土をし、それを繰り返す。
・道路(国道)を先に確保する必要があったので、ここ(現在、走っている地点)は、先に工事が行われた。
等の話しを貰いました。

同期生は、意を決したかの様に、ダンプカーが、ガンガン走っている道路に入って行ったのですが、そこで、
『おっ!
 あった!』
までは良かったのですが、道路脇には、ガードレールが、がっちりと設置されており、
『あれぇ~?
 入口が無いじゃん!』
と、これまた困惑をしていました。(^^;

Img_3083

同期生の車は、他の車と共に流れに乗るしか無く、『防災対策庁舎』を左に見ながら、過ぎ去ってしまったのですが、すぐその先の、左側のガードレールの隙間から、車が出て来ましたので、
『お゛っ!
 (入口は)あそこか!』
と、左折を試みたのですが、そこは、道路と言えば道路の様で、道路ではない様な感もあり、舗装はされておらず、でこぼこの、ガタガタ道でありました。

それでも、『防災対策庁舎』が、段々と近付いて来ましたので、同期生は、スピードを緩めず、進んで行ったのですが、私は、
(んがぁ! ジープじゃあるまいし!)
と、心の中で、ちょっとだけ、思っていました。(^^;

さてさて、やっとのことで、『防災対策庁舎』に着いたのですが、道が判らなくなってしまった原因は、直ぐに解った様でした。
それは、
・盛り土の工事が、どんどんと進んでいる。
・そのため、今まであった道路が無くなっている。
・『防災対策庁舎』の前の道路は、通行止めにされ、ガードレールで塞がれた。
・その反対側(南側)も、通行止めだし、既に、土が盛られているところがある。
・本来、通って来たかった道は無くなっていた?
と言うことの様で、要は、結果的に、
『復興工事が、大きく進捗しているため、道が解らなくなってしまった。』
と言うことの様でした。

私は、『防災対策庁舎』の周りの盛り土を観ながら、また、いくら周囲に住宅が無いからと言っても、道路がどんどんと変化してしまう環境や、その様なものを観まして、エネルギーと言いましょうか、復興への勢いとでも言ったら良いのでしょうか。
その様なものを、肌で感じたのでありました。

さて、『防災対策庁舎』ですが、勿論、その機能は、もうありません。
ですが、名前だけは、遺されているとのことでした。
また、私達以外にも、とても多くの人が訪れていまして、建物の前に設けられた祭壇の前では、皆さんが、手を合せられていました。

Img_3096

同期生からは、
・最後の最後まで、放送をし続けた、女性職員のお話し。
・地震発生直後は、周辺の住民が、大挙して押しかけてしまったこと。
・屋上が人で溢れたこと。
・アンテナの柱だけ残り、柱にしがみついていた人は助かったが、他の人々は、手すりごと流されてしまった。
・津波の高さは、この庁舎の高さ越えたこと。
・津波の速度がとても速かったこと。
・町長の、今現在も含めてのお話し。
などの話しをして貰いました。

Img_3098

『きゃさりん副長。』は、
『ごめんなさい。
 わたし、そう言う話って、ちょっと苦手なの。
 写真撮ってる。』
と言って、私達とは、少し距離を置いていました。

私とローバースカウトは、建物の構造や、損傷などについて、興味津々で、正面からだけですが、様々な角度から、建物を盛んに視ておりました。

Img_3099

同期生は、
『実際、壁とか、天井とか、残っていた部分もあったんだけど、落下すると危ないので、最小限、残して、あとは、みんな取ってしまった。
 ケーブル類とかもね。』
と言っていました。

ローバースカウトは、
『柱(6本の鉄骨)が、しっかりと残っていますよねぇ。
 それと同等の(強度を持った)壁だったら、津波に負けなかったんじゃないっすかぁ。』
とか、
『外(付け)の階段が、目茶苦茶じゃないですか。
 あのくらいの細さじゃ役に立たないってことっすよねぇ。』
また、
『屋上のアンテナの柱が、もう何本かあったら、もう少し、人が助かったかも知れいっすよね。』
などなど、独り言の様に、かなり多くのことを語っていました。

Img_3100

そして最後に、
『ここは10年間、遺します。
 維持費は、(宮城)県が出して、管理は、南三陸町が行います。』
と、同期生から、説明がありました。

確かにこの場所では、とても多くの方が、命を落とされました。
それに対しましては、衷心よりご冥福を申し上げたいと存じます。
どうか、安らかにお休み頂きたいと思います。

ただ、周囲を見渡した時に、ピラミッドの様な盛り土に囲まれながら、ここだけが、時間が止まっている。
周囲には、復興へのエネルギーと勢いが感じられるが、ここには、悲しみと痛みがある。

その様なことを想い、とっても複雑な状態で、尚且つ、上の空で、ローバースカウの質問に答えていたのでありました。(^^;

おっと!
もう一つ。
『防災対策庁舎』への道路は、変化し続けている様です。
お出掛けの際には、お気を付け頂きたいと思います。
余計なお世話ですが。(^^;

(つづく~!) (^o^)/

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【How mortifying!!!】(>_<)!

(# 24)

おはようございます!(^o^)/

【How mortifying!!!】

(※9月21日(月・祝)の記憶です。)

空は青く、心晴れ晴れ~!
白い雲は、その流れも美しく、清々しい。
海は穏やかで、波音も、心地良い。
潮の香りは、ほんのりと漂い、気を休めてくれた。
ほんの少しの風は、それでも、涼を与えてくれた。
木々の緑は、太陽光を反射し、眼に眩しく、命の息吹を感じることができた。

Img_3095

私と『きゃさりん副長。』、それに、ローバースカウトは、初めて訪れた海岸とは言え、何か懐かしさを感じつつ、
(あ~!
 物凄く気持ちが良い。
 大自然に包まれるのは、良いよなぁ。
 大自然を、身体全体で感じられるのが嬉しい。
 やっぱり、人間も、大自然の一部なんだ。
 大自然とは、共存共生を、積極的に求めたい。
 人間は、大自然に生かされているんだ。
 だからこそ、大自然を知り、大自然の学習をするんだ。
 そのために、大自然の中に身を置き、体感するんだ。
 大自然を、傷付けてはいけない。
 大自然に遺せるのは、貴重な思い出と感謝の心、そして、少々の足跡。
 人間は、大自然には抗うことはできない。
 だけれども、大自然に、ただ単に、身を委ねると言うのは失礼だ。
 大自然からの教えを守り、そして、伝えていく。
 『それらを守らなければ、大自然は、牙を剥く!』)
とまぁ、私だけかも知れませんが、そんなことを、想い考えていたと思います。

とは言え、それらのことは、ボーイスカウト教育の受け売りでありまして、ボーイスカウト運動の仲間として、『きゃさりん副長。』も、ローバースカウトも、その様な想いであったと、期待したいと思います。(^^;

それと!

これは、後々、『きゃさりん副長。』と、話すことになるのですが、
『松島に行けなくっても、ここで、良かったんじゃない!』
と言う話しに落ち着いたのでした。(^^;

さて、同期生が、私達を連れて行ってくれた海岸ですが、彼は、多くを語らないので(決して悪口ではありません。)、後で調べたところ、『大森崎』と言う場所の様でした。
そして、目の前にあった『島』ですが、『荒島(あれしま)』と言う名で、『荒島神社』と言うお社もあった様です。

大震災の前の姿は、

http://miyagitabi.com/minamisanriku/aresima/index.html

こちらで、ご確認頂きたいと思います。

また、大震災後の姿は、

http://www.m-kankou.jp/recommend/7540.html/

こちらで紹介されています。

きっと、大震災前は、多くの家族連れや、カップル等で、大いに賑わっていたのでしょうね。

それで!

この時は、私も、『きゃさりん副長。』も、この地が、観光スポットだったなんてことは、全く知りませんでしたので、『きゃさりん副長。』に、
『(私は砂地を通り抜けることができないから)トオルと、(島の様子を)ちょっと視て来てよ!』
と言いまして、暫く待っていましたら、

『無いのよ!
 無い!
 なんかね、道(防波堤)の両側に、きちんと並んでるから、元は欄干だと思うんだけど、その根っこしか無くって、あとは何も無いの!
 んでね、一番奥のところに、赤い柱が2本あって、Mさん(同期生)は、「鳥居の跡」って言ってたけど、鳥居自体が、根こそぎ(津波に)持って行かれたのよ!』

と、やや興奮気味に話しておりました。

Img_3090

その話を聞いて、
(ここは、今は、平穏な姿を見せているけど、やっぱり、相当な被害を受けていたんだなぁ。
 元の姿を取り戻すのには、あとどの位、掛かるのだろか。)
と、空を仰ぐだけでありました。

Img_3091

Img_3092

Img_3093

私は、砂地に入ることができませんでしたので、その手前で、みんなの帰りを待っていました。
まぁ、記念写真でも撮ろうと言うことになったのですが、同期生が、荒島の向こう側、湾を形作っている岬の方を指差して、津波の状況について、少しずつですが、説明をしてくれました。

Img_3094

『(岬の)先の部分、判るかなぁ。
 あそこは、ギザギザになっているでしょ。
 あれは、津波を受けてね、木が薙ぎ倒されて、残った木が、あんな形を作っているんですよ。
 つまり、津波は、あの(岬の)先端を越えて、この湾に押し寄せたってことかな。
 だから、相当な高さ(の津波)だったんだろうね。
 その高さでさぁ、(南三陸町が)襲われてしまったら、もう逃げ場は無かったのかも知れないね。
 隣の石巻(市)も、同じぐらいの高さ(の津波)だったんだろうねぇ。
 だから、物凄い被害を受けてしまったんだろうね。』

そして、更に、

『航空自衛隊の東松島基地。
 そこに、「長淵剛」氏が、隊員の激励ライブに来たの知ってる?
 (※2011年4月16日(土)の出来事。)
 それでね、その時に、被災地を視たいって言うから、案内したの。
 結構、時間を取ってさ。
 被災地の殆どを飛んで回って、勿論、この(南三陸町)上も飛んだ。
 そしたらね・・・。』

『(被災地の視察の間)ずっと言ってんのよ。
 上空(ヘリコプターの中)で。
 「長淵剛」氏が・・・。』

『「くやしい・・・。」
 「くやしい・・・。」
 って!』

『意味はよく解らなかった。
 とにかく、
 「くやしい・・・。」
 ってね。
 飛んでいる間、ほぼ、ずうっと言ってたかなぁ。
 上空から、被災地をじっと見詰め、視線を逸らさずに、ただ、
 「くやしい・・・。」
 って。』

と、静かに、そして、その時を想い出しながらと思われる様に、ゆっくりと語ってくれました。

私と、『きゃさりん副長。』、それに、ローバースカウトの3人は、その話を聴いて、黙り込むしかありませんでした。

「くやしい・・・。」か。

この言葉は、漢字には、直すことはできないと、私は思いました。
また、同期生も言っていた通り、
『意味は無い。』
と言うことだったのかも知れません。

それか、とんでもない被災状況を目の当たりにし、その時に、勝手に心の中から出て来てしまった言葉、なのかも知れません。

私が、
「くやしい・・・。」
と聞きますと、
・思い通りでない
・腹立たしい
・残念
・後悔
・悔いを残す
・諦め切れない
などのことを、即座に連想してしまいます。

また、
・誰に対して?
・何に対して?
・どの様な行為に対して?
・どの様な事象に対して?
などと、追究したくなってしまいます。

ですが、この時の、
「くやしい・・・。」
は、その様なこととは、無縁だったのではないのかと感じました。

そのことは、
『意味はよく解らなかった。』
と、語っていた同期生が、一番、感じ取っているのではないのでしょうか。

「長淵剛」氏、ご本人を目の前にし、そのご本人から、聴いた言葉です。

「くやしい・・・。」

か。

この言葉については、また、その意味については、結局のところは、ご本人にお聴きするしか無いのでしょうね。(^^;

私達が被災したら、
『悔しい! 悔しい! 悔しいぃ~!』
と、連呼するかも知れません。

ですが、その前に、やっておきたいことがあります。

『大自然に生かされている。』
と言うことを、肝に銘じること。

そして、どの様な事態に対しても、物心両面の、
『そなえよつねに!』

(つづく!)

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2015年10月28日 (水)

『食う! 寝る! 出す!』(^o^)/

(# 23)

こんにちは!(^o^)/

【食う! 寝る! 出す!】

(※9月21日(月・祝)の、ちょっと不確かな記憶です。)

※記憶が、かなり曖昧ですので、ご勘弁ください。(^^;

南三陸町に向かって、車は、山あいの道を進んで行きました。
その時に、まず、目に飛び込んできたのは、
『東日本大震災でここまで津波が来ました。』
と言う様な内容で書かれた、道路標識?・道路標示?だったと思います。

それには、幾つかの種類があって、
・道路上方に掲げられたもの
・道路脇に立てられたもの
・道路脇のコンクリート壁に書かれたもの
などがあったと思いました。

それを見まして、
(あぁ~、やっぱり、きちんと、この様な表示をしておくことは、とっても大事なことで、必要なことなんだろうなぁ。)
と、しきりに思っていました。

その次に、気になったのが、道路左側に、一段高くなって、ずっと続いている道の様なものでした。
それが何なのかと、尋ねてみましたら、
『線路の跡だよ。』
と、返事が返って来ました。

そして、更に、
『気仙沼線なんだけど、壊滅的被害を受けてしまって、もう、使えないんだ。
 今は、BRTが走っている。』
とのことでした。

私は、『BRT』が、何なのか解らなかったので、聞き返そうと思っていたのですが、そうしたら、いきなり、ローバースカウトが、
『僕、それ知ってます。
 バスで、元線路があった部分を走っているやつですよね。
 走れない所は、普通の道路を走っているんですよね。』
と、同期生に語りかけていました。

同期生は、
『おぉ、流石に、現役大学生だねぇ。
 よく知っている。』
と応え、それに続けて、
『高架橋とか、高架されていた大部分は、地震で、倒れてしまったり、崩れてしまったり、ひび割れたりして、使えなくなってしまった。
 ただ、左側みたいなところは、舗装して、バス専用道路として使っているんだ。
 それと、頑丈なトンネルがあって、そこは使えるので、バスが走っている。
 つまり、元線路があったところで、頑丈なところは、舗装をして、バス専用道として使っているんだ。
 そうすれば、信号も無いし、渋滞も無いし、電車と同じ様に、速く行けるって訳だよ。
 もう少し行くと、駅と言うか、バス停と言うか、見得て来るから、確認してみて。』
と言うことだったのですが、これまた、写真を撮り忘れてしまって、本当に残念です!(^^;

それで!
私達が観た『駅舎』ですが、『陸前戸倉駅』と言う名前の、駅舎(停留所)でした。
と言うことで、ご興味のある方は、グーグルマップの、ストリートビューで観て頂けると有難いのですが、小さいけれども、可愛らしく、とても綺麗な駅舎でした。

また、『BRT』については、こちらを、

http://www.jreast.co.jp/railway/train/brt/system.html

ご参照頂きたいと思います。

その『陸前戸倉駅』を過ぎ、暫く走りましたら、いきなり、右側の視界が開けました!
そこはもう、南三陸町の海でした。

ですが、重機が、そこここに置かれ、同期生からは、
『やっと(復興工事が)ここまできたけれども、まだまだだよねぇ。』
と、溜め息交じりの言葉が洩れていました。

そこから、海岸線を、南三陸町の街中方面に進んで行ったのですが、やはり、
『津波が、この高さまで到達した。』
と言う表示が多く観られたのと、
『気仙沼線の高架橋』
が、不気味に、道路と並走していたのが、とても印象強く残っています。

さて、いよいよ、街中に入って行くと言う時に、同期生が、
『目の前の、鉄板の橋があるでしょ。
 あれは、(陸上)自衛隊が架けたんだよ。
 橋が落ちちゃってさぁ。
 行くに行けないし、まず、仮設の橋を架けることから始めたんだよねぇ。』
と、当時のことを思い出しつつ、話をしている様でした。

それで、
『まずは、高台に行ってみよう。』
と言うことで、
・南三陸町図書館
・南三陸町役場スポーツ交流村
・南三陸町災害ボランティアセンター
・南三陸町役場
などが立ち並ぶ、町の心臓部分とも言える場所に連れて行って貰いました。

そこでは、
『これらの建物は、災害が起きたら、防災基地になるんだよね。
 図書館やスポーツ交流村は、避難所。
 そして、役場は指揮を執って、ボランティアセンターは、補給って感じかな。』

それから、少し、坂を下ったところで、
『役場の(一段)下に、保健センターって、看板があるでしょ。
 あの辺りに、(陸上)自衛隊が、宿泊してたんだよね。
 でもねぇ、やっぱり、色々と難しかった。
 自衛隊は、自己完結型と言われているけれども、睡眠とか、排便がねぇ、円滑にはいかなかった。
 みんな、交替で勤務しているでしょ。
 飯はいいんだけど、昼間、身体を休めるとかねぇ。
 特に、し尿処理が難しかった。
 溜まりに溜まっちゃってねぇ。』
と、当時を振り返るかの様に、話を続けていました。

彼は、きっと、この地に、何回も何回も、足を運んで、それらを目の当たりにしていたのでしょうね。

私が、そんなことを考えていましたら、ローバースカウトが、
『食う、寝る、出す、っすか!』
と、ボーイスカウトのキャンプの合言葉を、いきなり、言いまして、その言葉を受けた私は、
(やはり、いくら自衛隊と言えども、超緊急的な、それも、未曾有の大災害に対しては、対応し切れなかったのかなぁ。
 本当に、この地で、自衛官達は、大変な思いをしてたんだなぁ。
 食う、寝る、出す、ができなければ、スカウト達なんか、簡単に体調を崩してしまう。
 指導者だって、同じだしさ。
 自衛官達は、精神力だけで、その難局を、乗り切っていたのかも知れない。)
と、思わずにはいられませんでした。

災害派遣だから。
任務だから。
命令だから。

でもぉ、そんなこと言ったって、本当に本当に、大変だったんだろうなぁ。

救助活動に当たった自衛官達のことを考えていましたら、私は、涙が出そうになるくらい、悲しく、辛くなってしまいました。

同期生の、
『さて、山を下りて、海でも観に行きますか。』
と言う言葉で、私達は、海岸で、小休止することにしました。

Img_3085

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南三陸町の海は、本当に穏やかで、心安らぐものでした。

Img_3088

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この海が、牙を剥いたとは、私達、のほほん3人組には、絶対に理解し得ないであろう、と思ったのでありました。(^^;

(つづく~!) (^o^)/

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