カテゴリー「富士章」の17件の記事

2018年7月19日 (木)

『角刈りぃ~?』(^^;

(薩摩半島 訪問 : その41)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【角刈りぃ~?】(^^;
(ペン)「おお゛~!
     なんともまぁ!
     ここからも、『薩摩富士』が、拝めるぜ!」 Img_0530
(ハム)「あ゛~!
     ほんとだぁ。
     霞掛かって観得るけど、稜線まで、
     はっきりと観得るじゃん!」
(ペン)「凄いなぁ。
     姿形が、何にも変わらないよぉ!」
(ハム)「本当だねぇ。
     『薩摩富士』は、どこから観ても、
     本当に、美しいよねぇ。
     だけど、たぶん~。」
(ペン)「え゛っ?
     なぁに?」
(ハム)「運転手さんがね。
     『開聞岳』が観得るのは、多分、これが、
     最後になると思うって。
     だから、この姿を、      眼に焼き付けておいてって。」
(ペン)「え゛~!
     そうなのぉ?
     残念だよなぁ。
     もちょっと、観ていたかったのになぁ。」
(ハム)「まぁ、仕方ないよ。
     これから、どんどん、      北上して行くんだからさ。」 Img_0531
(ペン)「おんやぁ?
     いきなり、景色が変わったぜ。
     これって、もしかして!」
(ハム)「お゛~!
     お茶だね。
     お茶畑だね。」
(ペン)「あらら。
     お茶畑が、どんどんと、広がって行くよ。」 Img_0533
(ハム)「あぁ、これは、確かに凄いね。
     静岡県は、山間部に、お茶畑が多いから、
     牧之原台地以外、あまり、こう言う景色は、
     観られないよね。
     でもなぁ。
     何か、違うんだよなぁ。
     えっとぉ?」
(ペン)「え゛~?
     どうしたのぉ?」
(ハム)「お茶の木の形が、何か、違う様な気がする。」
(ペン)「んとね。
     俺には、お茶の木の緑色が、
     とっても濃く観得る!」
(ハム)「ん゛~、確かに、それはある!
     だけどもなぁ。
     お茶の木の高さが、      低い様な気がするんだよなぁ。
     それに、畝の間が、狭いと言うかぁ、      お茶の木が、
     密集している様な気もするんだよなぁ。」
(ペン)「あれあれ。
     運転手さんが、車を停めちゃったよぉ。
     この、眼の前の機械は、一体、なんだろうね?」 Img_0534
(ハム)「あ゛~!
     解ったぞうぉ~!
     それで、お茶の木が、四角に、
     刈られているんだよぉ。」
(ペン)「それで、しかくぅ~、って?」
(ハム)「この、目の前の機械は、お茶刈り機なんだよぉ。
     だからぁ、お茶の木が、
     四角に刈られているんだよぉ。
     それに、キャタピラが、付いているじゃん。
     だから、人間が、入れなくっても、
     キャタピラが通れれば、それで良くって、
     お茶の葉を、刈れるんだよぉ。
     キャタピラが、通れば良いってことは、
     お茶の木の間隔が、狭くったって、
     構わないんだよぉ。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     ハムは、一匹で興奮しているんだけどさぁ。
     運転手さんが、何か、説明してくれているよ。」
(ハム)「え゛っ!
     それは、まずい!
     運転手さんの、お話しを聴かなくっちゃ!」
(ペン)「それで、なんだって?」
(ハム)「えっとね。
     はっきりとは、判らないんだけど、その昔から、
     静岡県と、鹿児島県は、お茶の生産で、
     協力し合って来たんだって。
     後継ぎが、いない時なんかは、わざわざ、
     静岡県まで出向いて、お婿さんを、
     貰って来たリしたんだってさ。」
(ペン)「ありゃま!
     本当なのぉ?」
(ハム)「うん。
     だから、その逆も、あったんだって。
     それでね。
     相良町か、榛原町か、地名は、
     よく解らないんだけど、お婿さんに来た人が、
     静岡県と、鹿児島県を、行ったり来たりして、
     乗用型の、『摘採機』を、開発したんだって。
     その後も、改良を続けて、今の様な形に、
     なったんだってさ。」
(ペン)「ほぇ~!
     本当ぉ?
     それって、凄いことじゃん!」
(ハム)「確かに、そうなんだけどさ。
     旧相良町と、旧榛原町は、平成の大合併で、
     合併しちゃって、牧之原市に、
     なっちゃったんだよ。
     だから、どこの会社か、までは、追跡できない。
     それに、牧之原台地の周りは、
     お茶畑だらけだから、島田市や、川根、金谷、
     それに、菊川市もあるしさ。
     一体、どこの会社なんだろうね。
     だけど、このタイプだと、      牧之原台地周辺ならば、
     ガンガンに、使えそうだよね。」
(ペン)「んん゛?
     それって、どう言うことぉ?」
(ハム)「さっきも、言ったけどさぁ。
     静岡県で、ここの台地の様に、こんなに、
     だだっ広くて、平坦で、道路も、広くて、
     便が良いところは、牧之原台地周辺以外には、
     そうそう、無いんだよ。
     静岡県の、お茶畑は、大体が、      斜面に多くあって、
     それに、機械で、お茶を刈る時は、概ね二人で、
     でっかい、バリカンの様な機械を持って、
     お茶の葉を、刈り取っているんだよ。
     だから、こんな立派な、乗用の機械は、
     使えないと思うんだ。
     あとは、手摘みとかも、するじゃん。
     そうすると、お茶の木の間隔は、
     人が通れるぐらいの幅にして、なおかつ、
     お茶の木の高さは、
     人の腰ぐらいの高さが必要なんだ。
     要は、鹿児島県と、静岡県では、
     お茶の摘み取り方法に、
     大きな違いがあると思うんだ。」
(ペン)「ありゃま!
     そうなのぉ?」
(ハム)「だからさ。
     静岡県の、お茶畑の写真なんかは、お茶の木が、
     大体、丸いじゃん。
     だけど、鹿児島県は、四角じゃん。
     要は、静岡県は、丸刈りで、鹿児島県は、
     角刈りなのさ。」
(ペン)「あれまぁ~!
     それって、おデブ隊長の、髪型と同じじゃん。
     中学生の時は、丸坊主で、
     少年工科学校の3年生の時に、やっと、
     角刈りになったじゃん。」
(ハム)「まぁ、言いたいことは、解るんだけど、
     例えがなぁ。
     とっても、解り辛い!」
(ペン)「別に、いいじゃん!
     それよりも、運転手さんが、
     お話しの続きをしているよ。」
(ハム)「あぁ、ごめん、ごめん。
     えっとね。
     鹿児島県の、お茶の生産量だけど、      日本国内では、
     静岡県に次いで、第2位なんだ。
     日本全国の生産の割合としては、静岡県の、
     38%に迫る勢いで、33%も、
     占めているんだって。
     それでね。
     静岡県から、やって来る人達も、
     言っていたそうなんだけど、その内に、
     生産量では、鹿児島県が、静岡県を、
     抜いちゃうんじゃないのかってさ。」
(ペン)「げぇ~!
     本当なのぉ?
     静岡県が、抜かれちゃうのぉ?」
(ハム)「だってさ。
     このお茶畑を、よぉ~く、観てご覧よ。
     お茶の葉は、青々として、
     とっても生気に満ちているし、どこまでも、
     お茶畑が、続いているんだよぉ。
     これは、事実なんだよ!」
(ペン)「んが!
     確かに、そう言われれば、そうだけどさぁ。
     なんか、落胆~!
     残念な気分だよなぁ。」 Img_0545
(ハム)「そうだね。
     それは、俺も感じる。
     それでね。
     運転手さんが、今、右奥に観得る方は、
     『頴娃茶』を、生産している、って言ってる。
     それから、左側は、『川辺茶』だって。」 Img_0547
(ペン)「え゛~!
     そんなに、お茶の種類があるのぉ?」
(ハム)「うん。
     これから先の畑は、『知覧茶』だって!」
(ペン)「ちらんちゃぁ~?
     あ゛~!
     思い出したぞぉ!
     『西大山駅』で、      『知覧茶』の販売をしてたぁ。」
(ハム)「え゛~、そうだったのぉ?」
(ペン)「うん!
     それでね。
     タクシーに乗る前に、運転手さんと、
     『きゃさりん副長。』が、
     お茶の試飲をしてたんだよ。
     そしたら、『知覧茶』を販売していた、
     その生産者の女性が、藤枝市出身で、こちらに、
     嫁いで来たんだって。
     それで、『きゃさりん副長。』と、
     話しが盛り上がちゃって、
     お喋りを続けていたんだよぉ。」
(ハム)「あらまぁ~!
     そんなことが、あったのぉ?
     やっぱり、鹿児島県と、静岡県は、
     お茶の繋がりが、とっても深いんだねぇ。
     そう言えば、枕崎市の、かつお節でも、
     繋がりがあるし、何だか、
     とっても不思議だよねぇ。
     静岡県と、鹿児島県は、ご縁が深いのかなぁ。
     それとも、似ているのかなぁ。」
(ペン)「ん゛?
     今、運転手さんが、
     『ブレンド』って言ったけど、なんだろうね?」
(ハム)「えっとね。
     『知覧茶』なんだけど、静岡県に、
     運んでいるはずなんだって。」
(ペン)「え゛~?
     それまた、どぼじでぇ?」
(ハム)「なんでも、ペットボトルとかのお茶を作る時に、
     静岡茶と混ぜ合わせるんだって。」
(ペン)「ひょぇ~!
     そんなことをして、味の方は、大丈夫なのぉ?」
(ハム)「あのね。
     静岡県は、『やぶきた茶』が、主流なんだけど、
     鹿児島県では、『ゆたかみどり』・『あさつゆ』
     ・『さえみどり』などの、様々な種類のお茶が、
     生産されているんだって。
     だから、それらを混ぜ合わせて、      味の良いお茶を、
     作っているんだって。」
(ペン)「そうなのぉ?
     そんなこと、全然、知らなかったぁ。」
(ハム)「俺だって、知らなったよ。
     今ね。
     おデブ隊長と、『きゃさりん副長。』が、
     話しをしていたんだけど、女子スカウトが、
     富士スカウトを目指す時に、プロジェクトで、
     煎茶の生産や、お茶の特色や、
     お茶の美味しい入れ方を、研究したんだって。
     その時に、静岡県内には、主に、
     20か所の生産地があることが、      判ったんだって。
     それでね。
     運転手さんに、鹿児島県内の、主な、
     お茶の生産地を聞いたら、殆どが、
     『薩摩半島』や『大隅半島』のシラス台地で、
     生産されているんだって。
     だけどもね。
     『霧島市』や、『種子島』でも、      生産されていて、
     大体、15か所ぐらい、
     生産地があるんじゃないのかって。」
(ペン)「ほぇ~!
     15か所かぁ。
     全国第2位にしては、微妙な数だよなぁ。」
(ハム)「そうだね。
     だけど、生産地の数が少なくても、
     生産量が多いってことは、
     生産効率が良いってことにもなるよね。」
(ペン)「あ゛~、確かに!」
(ハム)「その上さ。
     品種が違った、様々な味のお茶を、
     沢山生産してるってことはぁ、
     物凄いことだと思うよ。」
(ペン)「そっかぁ。
     そうだよね。
     確かに、凄いやぁ!」
(ハム)「俺達は、お茶の生産には、全く、
     関われないけどさ。
     ほら、観てご覧!
     お茶畑の向こう!」 Img_0548
(ペン)「あ゛~、『薩摩富士』が、あんなに、
     小っちゃくなっちゃったぁ。」
(ハム)「でもさ。
     こっちの、鹿児島県は、
     お茶畑の向こうに『薩摩富士』じゃん!
     俺達の静岡県は、
     お茶畑の向こうに『富士山』じゃん!
     やっぱり、本家本元が、頑張らないとね。」
(ペン)「そっかぁ。
     そうだよね。
     静岡県の、お茶生産者の皆さんに、
     頑張って貰わないとね。」
(ハム)「うん。
     とっても大変だとは思うけど、      全国第1位の座は、
     簡単には、譲れないからね。」
(ペン)「よっしゃぁ~!
     俺も、頑張るどお~!」
(ハム)「ん゛?
     それで、ペンは、何を頑張るの?」
(ペン)「できるだけ、お茶を飲む!」
(ハム)「そっかぁ。
     実は、お茶の消費量全国第1位は、あくまでも、
     緑茶に限ってだけど、静岡県なんだよ。」
(ペン)「あれま!
     そうだったの。
     じゃぁ、ちょっとだけ、頑張ることにするよ。」
(ハム)「なんだかなぁ。
     かなり、微妙だなぁ。
     こりゃぁ、絶対に、長続きはしないな。」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年6月 3日 (土)

『祓え給い、清め給え!』<m(_ _)m>

(出雲市・米子市 訪問:その18)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【祓え給い、清め給え!】<m(_ _)m>


(ペン)「あの、大駐車場から観得た、おっきな、
     国旗掲揚柱のところに来たぜ。」

(ハム)「近くに来て、見上げてみると、流石の、
     ド迫力だね!」 Img_5438
(ペン)「おやぁ、おデブ隊長が、キャップを脱いでいる。
     ガイドさんも、帽子を取ってるね。」

(ハム)「何だろうね。
     ちょっと、話を、聴いてみようよ。」 Img_5439
(ペン)「何だって?」

(ハム)「んとね。
     ここは、『祓社(はらえのやしろ)』って、
     言うみたい。

     それでね。
     鳥居を通り抜けたら、右側にあるんだって。
     今回は、『勢溜の鳥居』の方から入らなかった
     けど、そちらの方にも、鳥居を通り抜けたら、
     直ぐ、右側にあるんだって。

     それで、参拝をする前に、まず、『祓社』で、
     今までに、知らぬうちに犯した、心身の罪汚を
     祓い清めて貰い、清々しい姿で、本殿に、
     参拝することが、とっても大事なんだって。」

(ペン)「知らぬうちにぃ~?
     って、俺、結構、ヤバいかも!」

(ハム)「それとね。
     お賽銭は、投げ込んじゃ駄目なんだって。
     お賽銭箱に、そっと、
     差し入れる様にするんだって。」

(ペン)「俺は、ずっと、投げ込んでた!」

(ハム)「それから、一般的には、
     『二拝二拍手一拝』
      なんだけど、手出雲大社では、
     『二拝四拍手一拝』
     なんだって。」

(ペン)「四拝?
     何か意味があるのぉ?」

(ハム)「話すと、長くなるらしい。
     でも、おデブ隊長が、よく知っているらしいから、
     後から聞けると思うよ。」

(ペン)「おデブ隊長が、よく知っているぅ?」

(ハム)「知らなかったのぉ?
     おデブ隊長は、今は、廃団になっちゃったけど、
     元々は、清水町第2団に所属していたんだ。

     その団が、
     『全国神社スカウト協議会(神S協)』
     に加盟していて、『宗教章』の中の、
     『神道章』を、取得しようとしていたんだ。
     だけど、それが間に合わなくって、
     『富士章』が取得できなかったんだよ。

     それが、悔しくって、悔しくって、だから、
     今のスカウト達には、そう言う想いを、絶対に、
     させたくなくって、『きゃさりん副長。』と、
     頑張っているんだよ。

     それにさ。
     清水町第2団の、隊指導者の頃にはさ。
     神S協の会議で、神社本庁に行ったり、
     明治記念館のパーティなんかに、結構、
     出席していたみたいだよ。」

(ペン)「へぇ~!
     そうなんだ。
     全く、知らなかった。」

(ハム)「おっと!
     ガイドさんの、説明の続きがあるみたい。」

(ペン)「今度は、なんだって?」

(ハム)「『拝』と、『礼』の違いみたい。

     『礼』は、会釈みたいな、軽いものだから、
     身体が悪くなければ、避けて欲しいって。

     『拝』は、敬礼と同じ様なもので、できれば、
     身体を90度ぐらいまで、折り曲げて欲しいって。

     でも、無理であれば、極力、45度以上は、
     頭を下げて欲しいって。」

(ペン)「おやぁ、おデブ隊長が、ガイドさんに、
     何か言っているよ。」

(ハム)「あぁ、『拝』の際の手の位置だね。

     手の平は、身体の横に付けるんではなくて、
     腿の上に乗せる感じとか言っている。
     それを、『拝』の際には、手の平を滑らす様にして、
     膝の方に動かすとか言っているけど、ガイドさんは、
     頷いてるね。

     それと、『拍手』の話しだね。
     まずは、両手を合わせて、右手を少しずらして、
     それで、『拍手』を、四回。
     そして、両手を、元の様に、
     合わせ戻すって言ってる。」

(ペン)「どうなの?
     それで、良いの?」

(ハム)「あぁ、良いみたいだよ。
     だけど、もう少し、やって欲しいことが
     あるみたい。」

(ペン)「まだあるのぉ?」 Img_5440
(ハム)「えっとねぇ。

     ガイドさんのお話しだと、『祓社』では、
     と言うか、『祓社』だけでいいみたいだけど、
     手を合わせた時に、
     『はらいたまい、きよめたまえ。』
     と、四回、言って欲しいとのことだよ。
     それは、口に出しても良いし、
     心の中で唱えても良いらしいよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     参拝の方法って、決まりごとが沢山あって、
     大変だにゃぁ。
     俺は、覚え切らないよぉ。」

(ハム)「だけど、ガイドさんが言ってた。
     解らなかったら、周りの人をよくみて、
     それを参考にしても良いって。
     それと、とにかく、心がこもっていることが
     大事なんだって。
     礼儀作法って言っても、間違うこともあるし、
     とにかく、心の想いが大事なんだろうね。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだ。
     この機会に、作法を、何とか、身に付けたいよね。
     ところで、おデブ隊長は、どうすんのかなぁ。」

(ハム)「車椅子のままで良いらしいよ。
     ガイドさんは、
     『ありのままの姿を観て頂く。』
     と言うことも、大事だと言ってた。

     無理をして、立ち上がったりしても、あまり、
     意味は持たないみたい。
     だから、座ったままで、『拝』も、
     できる範囲で良いし、『拍手』も、
     できることで良いみたいだよ。

     おデブ隊長は、左手が、全く動かないから、
     右手で、左の、手の甲を、叩くみたいだよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     なるほどねぇ。
     何となくだけど、こうって、決め付けなくって、
     良いって感じもするし、神様も、ガイドさんも、
     みんな、とっても、優しい感じがするね。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月 8日 (日)

『Do Venture! 心開いて』(^-^)/

(# 九州―41)


おはようございます!(^o^)/


【『Do Venture! 心開いて』】(^-^)/


(※注:平成28年5月7日(土)の記憶です。)


『Eさん』との、待ち合わせ場所は、単に、私達が宿泊する、

『ホテルの前』

と、してありました。 Img_4689
と言うことで、『きゃさりん副長。』と、ホテルの前に出てみましたら、

「ここってさぁ。
 コンビニはあるし、地下鉄の出入り口もあるし、人通りは多いし、歩道みたい感じだし、こんな所で(待ち合わせて)、良いのぉ?」

と、『きゃさりん副長。』が、不安そうに、周囲を見回していました。 Img_4690
実際問題、ホテルのビルの1階部分には、店舗等の、商業施設が入っており、ホテルのエントランス、ロビー、フロント等は、2階にあって、そこまでは、エスカレーターで、昇り降りする様になっていました。

また、エレベーターは、ビルの一角の、別の場所にあり、エレベーターを利用した、私達は、エスカレーターとは、かなり、かけ離れた場所から、外に出て来たと言う格好でした。

『きゃさりん副長。』は、

「これじゃぁ、待ち合わせ場所になってないよ。
 2階(のエントランス)に、戻った方が良いんじゃないのぉ。」

と、言っていました。

私も、

(これはぁ、確かに、人通りが多過ぎて、待ち合わせ場所にならないかも。
 さぁて、どうする?
 移動すべきか?
 それとも、ここにいて、車椅子を見付けて貰うか?)

と、かなり悩んでおりました。 Img_4691
そこへ!

「いやぁ、お待ち遠様でした!」

と、頭の上の方から、声が降りて来ました。

「(待ち合わせ)場所がね。
 『ホテルの前』と言った手前、ここで良いものかと思っていたんですが、解り辛いかと思って、ホテルの入り口に行ったんですよ。
 それで、考えてみたら、車椅子では、エスカレーターを使えないし、もう、下に行かれたんじゃないのかと思って、降りて来てみたんです。」

と、懐かしの『Eさん』が、お姿を現したのでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『Eさん』は、

『第5回ベンチャースカウト大会(通称:ベンチャー2000)』
の際に、大層、お世話になってしまった方でした。

私は、佐賀県の『吉野ヶ里活動基地』に、奉仕したのですが、役務は、『総務班長』でした。

しかしながら、実情は、プログラム運営から、スカウト達の生活担当まで、殆ど、全てを統括すると言う、『総括班長』とでも言ったら良いのでしょうか。

佐賀県以外からの奉仕者の皆さんが、それぞれ、とてもお若く、経験も少ないと言うことから、私が、それぞれの担当者をフォローしつつ、なおかつ、指示も与えると言う立場になってしまいました。

このことは、基地長と副基地長が合議され、私に一任すると言う、とても変則的なことなのですが、決定されたことでした。

その分、基地長と副基地長は、他に手を回すことができ、不測の資材の調達や、各施設との調整、プログラム展開先との調整、インストラクターや講師などとの調整、佐賀県教育委員会との調整など、奔走されつつも、それぞれを、かなり綿密に行うことができていた様でした。

それで、私は、宿泊施設がある活動基地本部外の、プログラム展開場所など、あっちこっちに、動き回らなければならず、そのために、とても面倒なのですが、一々、車両で、その場所まで、送迎をして貰うことになっていました。

と言うことで、私だけのために車を動かすと言う、とんでもない特別扱いで、面倒や、時間と労力を、皆さんに、掛けてしまったと思いました。(^^;

『Eさん』をはじめ、佐賀県連盟の皆様には、本当にお世話になってしまいました。

改めて、感謝申し上げます。(^-^)/

さて、無事に再会できたところで、『Eさん』に、『きゃさりん副長。』を、紹介しようと思いましたら、

「お噂は、かねがね。
 Facebookで、お伺いしております。」

とのことで、まぁ、特に、紹介するまでも無かった様でした。(^^;

『きゃさりん副長。』には、『Eさん』のお話は、かなりしてありましたので、『Eさん』に会った途端に、

「とっても、優しそうな人。」

と、私に、耳打ちしていました。 Img_4692
私と『きゃさりん副長。』は、

(お土産は、博多駅で買い込もう!)

と、当初から、決めていました。

そして、『H氏』が、

「おらが、案内してやる!」

と、豪語していたのですが、結局のところ、

「仕事があった。」

とのことで、

(あんのやろう!
 まぁ、仕方が無いけど。)

と、思いつつ、どうし様かと悩んでいました。

そんなところへ、『Eさん』が、

「構いませんよ。
 私で良ければ、(お土産を買うのに)お付き合いしますよ。」

と、言って下さったのでした。

(おぉ~!
 有難や!
 『渡りに船』だぁ!)

と、私も『きゃさりん副長。』も、すっかり、『Eさん』に、甘えることに、してしまったのでした。(^^;

その上、『きゃさりん副長。』は、

「車椅子、良いですかぁ?」

と、これまた、甘えに甘えていました。(^^;

『Eさん』は、おデブの車椅子を押し始め、

「では、行きましょうか。」

と、駅ビルの中に、私達を、案内してくれたのでした。

4日振りに、博多駅に戻って来た私達でしたが、4日前は、博多口を利用していたのと、駅ビル内の施設は、あまりよく観てはいませんでした。

ですので、駅ビルの中は、全く、分からない状態でした。

『Eさん』の案内で、筑紫口から、駅構内に入ったのですが、何ともまぁ!

入って直ぐ右側に、物凄い数のお土産屋さんが、集中してありました。

私と『きゃさりん副長。』は、顔を見合わせ、

「凄いなぁ~!
 こんなにも、お店があったんだ!」

「物凄い、お店の数だよねぇ。
これじゃぁ、多過ぎちゃって、何を買ったら良いのか、判らないよねぇ。」

と、驚きっ放しでした。

『きゃさりん副長。』は、

「目移りばっかりしちゃって、どれが良いのか、全然、判んないよぉ~!」

と言っては、歩みを止め、なかなか、奥の方まで、進むことができませんでした。

そこで、『Eさん』が、

「どちらかで、お土産は、買われたのですか?
 佐賀と、長崎に行かれたんですよね。
 そちらでは、お買い求めにならなかった?」

と言われ、更に、

「先に、ぐるっと回ってみましょうか。
 ここには、かなりのお店が集まっていて、『ひよこ』などの有名菓子から、地元の和菓子もありますよ。」

と、お話をされていました。

それを聞いた『きゃさりん副長。』が、

「◯◯◯、有りますか?」

と、いきなり質問をしていました。

『Eさん』は、

「あぁ~、それは、有名ですね。
 多分、有りますよ。」

と言われ、それで、やっと、『きゃさりん副長。』の脚が、動き始めたのでした。

私は、その和菓子の名前は、すっかり、忘れてしまったのですが、何でも、

『お茶(茶道)の世界では有名』

とのことで、どうしても手に入れたかったそうなのです。

「何だぁ、自分へのお土産?」

と、言いましたら、

「良いじゃん!
 それに、自分だけじゃないから!
 お茶の仲間にも、持って行くんだから!」

と、少々、膨れていました。(^^;

『Eさん』は、その、『きゃさりん副長。』ご所望の、和菓子店に向かいながらも、陳列されているお土産について、色々と、説明をし続けてくれていました。

そして、私達が、お土産を渡す予定の人の、年代などを伝えますと、

「ならば、これなんか、良いかも知れませんね。」

と、とても丁寧にお答えくださっていました。

その、お言葉を聴きながら、

(『H氏』に失礼だけど、『Eさん』で良かった!)

と、私は、思わず、心の中で叫んでいたのでした。(^^;

私は、車椅子に座ったままでいたのと、

(お土産は、明太子ぐらいで良いや。)

と、思っていましたので、買い物は、『きゃさりん副長。』に任せていました。

すると、『きゃさりん副長。』は、『Eさん』に、幾度も幾度も、質問を浴びせていました。

ですが、『Eさん』は、一つ一つ、お応えくださり、とても有難く思いました。

(私だったら、こう言う買い物には、絶対に付き合えないなぁ。
 あんなに、優しく、丁寧に受け答えもできないし。)

と、その遣り取りの様子を観ながら、ただただ、感服するばかりでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さて、買い物が、やっとのことで終わり、宅配の手続きも済み、そこで、『Eさん』が、

「少々、早いですが、お食事に行かれますか?
 何か、ご希望はありますか?」

と、聞かれてきたので、私達は、

「何でも構いません。」

と言うと、

「色々とお連れしても良いのですが。
 (時間的にお店が開くのが)まだ早いかなぁ。」

と、言われていたので、

「駅ビルの中にはありませんか?」

と、私が聞くと、

「博多の街へ、ご案内したいところなんですが、この(駅ビルの)中でも良いですか?」

と言うことで、駅ビル内を案内して頂きました。

そして、駅構内を、博多口方面に向かい、途中で、左側の店舗内に入って行きました。

「ここには、阪急(百貨店)が入っているんですよ。」

と、『Eさん』は、説明をし続けてくれながら、阪急百貨店側の、エレベーターホール前まで、私達を、連れて行ってくださいました。

そこで!

とっても驚いてしまったのですが、案内看板を、よくよく観てみると、阪急百貨店は、駅ビルに、寄り添ってあると言う感じでした。

駅ビルのメインは、東急ハンズであったり、ファッション、インテリア、雑貨、音楽、書籍、ホビー、カルチャー教室など、各階によって、そのテーマに分けられたお店が、とても数多く入っている様でした。

その上、映画館やホール、会議室まであり、何せ、10階建てで、屋上では、イベントも開催されていると言う、静岡県東部の片田舎では、とてもでは無いですが、駅ビルとしては、絶対的に考えられない、かなりの規模の、大型複合施設だったのでした。

そして、人の流れは、とても多く、エレベーターが、3か所ぐらいに、それぞれ、4基ぐらいはあったと思いました。

また、エレベーターの前には、人が列を成し、順番待ちにも、時間が掛かっていました。

私は、

(凄いなぁ。
 博多は、やっぱり、大都会なんだよぉ。
 それに、キャナルシティだってあるし!
 そう言えば、福岡市は、人口が、150万を超えてるんじゃなかったっけ?
 『若い世代と、世帯が多く、活気溢れる街』
とか、テレビで言っていた記憶がある。)

などと、エレベーターの、階数表示が移って行くのを、目で追いながら、思っていたのでした。

私と『きゃさりん副長。』は、完全に、『Eさん』に、お任せ状態で、最初に、レストランやカフェが入っている、9階に、連れて行って貰いました。

そこのフロアは、南北、2か所にあるエスカレーターと、中央エレベーターを中心にして、回廊の様になっていました。

そして、飲食店は、回廊を取り巻く様にして、並んでいました。

ですので、中央が拓けているので、とっても見通しが良く、どこのお店が営業中で、どこのお店が混んでいるのか、その様なことも、知ることができたと思いました。

『Eさん』は、私の車椅子を押しながら、

「さぁて、どこが良いでしょう。
 ここは、やっているけど、韓国料理。
 甘味処。
 お寿司屋は、まだやっていない。」

などと、それぞれのお店を、じっくりと、観てらっしゃいました。

そんな時に、『きゃさりん副長。』が、

「きゃぁ~!
 『利休』がある。
 こんな所にもあるのぉ。」

と、仙台で、寄ることができなかった、牛タン炭焼きのお店を見付け、一人、騒いでおりました。

ですが、幸いにも、お店は、大変混んでおり、博多で、仙台の牛タンを頂くことはありませんでしたぁ。(^^;

9階を、一周した段階で、

「ここは、若者向けの店が、多い様ですね。
 やっぱり、映画館があるからかなぁ。
 10階に行ってみます?」

と言うことで、私達は、10階に向かってみました。

10階も、9階と同じ様な造りになっていたと思いましたが、

(何かが違う!)

と、思いまして、よくよく観てみましたら、各店舗の大きさが、違っていた様でした。

多分、ですが、10階の店舗面積の方が、広かった様に思います。

これは、あくまでも、私の、車椅子目線の話です。

ですので、違っていたら、ごめんなさいです。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


10階には、もつ鍋・焼き鳥・串焼き・串揚げ・海鮮料理・博多ラーメン・沖縄料理・四川料理・ピザ・焼肉・ステーキ・黒豚・馬肉など、とてもバラエティーに富んだ、お店が軒を連ね、目移りするばかりでした。

そんな時に、またまた、『きゃさりん副長。』が、

「きゃぁ~!
 オイスターバーだってよ。
 やってるよ!」

と、これまた、騒ぎ出してしまいました。

それは、どうやら、糸島市で、牡蠣小屋だけを見せられて、牡蠣を食べられなかったので、衝動的に、言葉に出てしまったのだと思いました。(^^;

(あ゛~!
 食い物の恨みは恐ろしい!
 と言っても、牡蠣はなぁ。
 博多って、感じじゃないんだけどなぁ。)

と、私は、思っていました。

『きゃさりん副長。』が、オイスターバーを覗いている、その、超~、危ない時に、『Eさん』が、

「もつ鍋は、どうでしょう?」

と、直ぐ近くのお店を見付けてくださいました。

私は、

(この名物は、絶対的に、頂いておかないと、後で、とんでもない後悔をする!)

と思い、

「良いですねぇ~!」

と、即答でした。

そして、

「お酒を頂いちゃっても良いでしょうか?」

と、『Eさん』に、お伺いをすると、

「構わないですよ。
 どんどん、やっちゃってください。」

と、応えてくださいました。

実は、『Eさん』は、

「元々、下戸でして、ですが、お酒の席は嫌いではなく、お付き合いはできます。
 今日は、車で来ていますので、余計に飲めませんね。」

と、事前に、言われていたのでした。

お店は、夜の部のために、開店したばかりの様子で、どうやら、私達が、一番乗りの様でした。 Img_4694
お店の入り口の、直ぐ脇の席に案内され、そこで、もつ鍋のコースを、『Eさん』が、注文してくださいました。

「もつ鍋。
 良いよねぇ。
 ワクワクしちゃう!」

と、さっきまでの、オイスターバーへの拘りは、どこへやら。(^^; Img_4697
そして!

「お会いできて、とっても嬉しいです!
 かんぱぁ~い!」

と、何時の間にか、『きゃさりん副長。』が、仕切っていました。

(おんやぁ。
 この場面は、どこかで、観たことがあるぞう。)

と、私は、思っていたのですが、まぁ、毎度のことですから、

(そっとしておくのが一番!)

と、思っていました。(^^; Img_4699
『Eさん』とは、Facebookで、かなりの、情報交換を行なっていました。

また、お互いの悩みですとか、取り巻く人間関係などについても、意見の交換を行っていました。

と言うことで!

『Eさん』との話は、

・富士スカウトのこと
・富士スカウトを育てるには
・富士章を目標にさせたい

そのためには!

・隊指導者訓練が必要
・班長訓練が必要
・ボーイ隊の充実が欠かせない

などの話から始まり、お互いの、団や隊の状況なども話し合い、問題点を洗い出し、どの様に対処したいと考えているのか、など、様々な話しを続けていたのですが、

(これはもう、時間が、幾らあっても足りないなぁ。)

と、思っていましたら、『きゃさりん副長。』が、

「私は、女子スカウトが、富士スカウトになるまで、そのために、ここまで続けて来たんです!」

と、自分と、スカウティングとの関わり合いを、話し始めました。 Img_4700
『きゃさりん副長。』ですが、他県連盟の方と、お酒を酌み交わしながら、スカウティングの話をするのは、初めてだったと思いました。

ですので、とても熱っぽく、語っていたと思います。

『Eさん』は、それを、しっかりと受け止めてくださいまして、『きゃさりん副長。』の話を、一つ一つ、頷きながら、丁寧に聴いてくださっていました。

そして!

『きゃさりん副長。』の話が、ひと段落した時に、今度は、『Eさん』が、『Eさん』のその想いを、『きゃさりん副長。』に、話し始めてくれたのでした。 Img_4701
『きゃさりん副長。』も、『Eさん』の話を、夢中になって聴いていました。

私は、その二人の遣り取りを邪魔しちゃいけないと思い、私としては、とても珍しく、二人の話を、静かに聴いていました。 Img_4702_2
そんな時に、ふと、店内を見渡してみましたら、いつの間にか、お客で、超満員!

そして、トイレに行きたかったことを思い出し、『きゃさりん副長。』に、

「トイレに連れてって欲しい。」

と、お願いをし、『きゃさりん副長。』が、店員さんに、トイレの場所を尋ねたら、

「トイレは、共用で、店外にあります。」

とのこと。

『きゃさりん副長。』は、

「何で、もっと早く言わなかったのよぉ。
 お店の外なんでしょ。
 間に合わなかったら、洩らしたら、どうするのよぉ!」

と、慌てて、車椅子を組み立てていました。

(と、言われてもねぇ。
 二人の話を、邪魔しちゃいけないと思ってたんだけどなぁ。)(^^;

トイレは、フロアの中央付近にあり、多目的トイレも、きちんと整っており、とても綺麗でした。

そうして!

そのトイレの帰りに、

「この並んでいる人達は、なに?」

と、『きゃさりん副長。』が言い、その列の先頭を確かめてみると、そこは、何ともまぁ、私達が利用していた、もつ鍋屋さんだったのです!

「なにこれ?
 この人達が、みんな、待ってるのぉ!」

と、『きゃさりん副長。』と私は、とても驚いてしまい、慌てて、店内に戻りました。

(一体全体、何時間、ここにいるのだろう?
 それにしても、このお店は、ずっと居させてくれて、何と優しいのだろう。)

と、自分達の居座り時間と、お店の対応に、とっても驚いてしまっていたのでした。

『Eさん』との話は、お互いに、絶対的に、尽きないことは判っていましたので、

「そろそろ、切り上げましょうか。」

と、腰を上げることにしました。

だけどぉ!

つい、話に夢中になり過ぎて、最後の、締めのラーメンを、完食できず、残してしまったのは、とっても心残りでした。

とは言え、お腹は、満腹を超え、何も入らない状態でしたが。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


お店を出てから、お店の前で、並んでいる方々を観ながら、

「物凄い、行列ですね!」

と、『Eさん』に言うと、

「かなりの人気店みたいですね。
 それにしても、最初に入れて良かった。
 時間が、少しでもずれていたら、入れなかったかも知れませんね。」

とのこと。

私も『きゃさりん副長。』も、納得の一言でした。

(確かに、ラッキーだったよねぇ。
 一番最初に、お店に入れたんだもん。
 それで、あんなにも長く、お店に居れたんだもん。
 もつ鍋も、とっても美味しかったし!)

と、超~、大満足でありました。(*^-^*)/

『Eさん』は、駅ビルの1階まで、私達を案内してくださって、そこで、お別れをすることになりました。

とっても、名残惜しかったのですが、『Eさん』は、私達と会った後にも、所用があった様でして、その時間が押しているのにも拘わらず、私達に、付き合ってくれていた様です。

何ともまぁ、本当に有難いことでした。 Img_4704 それにしても!

今回の、『Eさん』との再会は、とっても有意義なことばかりでした。

特に、『きゃさりん副長。』にとりましては、貴重な経験だったと思います。

『Eさん』のお話は、きっと、とても新鮮だったと思いました。

また、傾聴や、受容、共感、と言った、カウンセリングマインドを、『Eさん』が、実践されていたお姿は、『きゃさりん副長。』にとっては、とても参考になったと思います。

それから、言葉遣い、言葉の選択、優しい眼差し、丁寧な受け答えなど、それらの態度も含めまして、『きゃさりん副長。』には、それが、『信頼に繋がる』と言う想いで、心に、遺ったと思います。

ですが!

私は、またまた、お世話になりっ放しでぇ。(^^;

『ベンチャー2000』の時の、ご恩も返せず、それに加えて、今回もまた、かなりのお世話になってしまいました。

面倒な、買い物に付き合ってくださいました。

とっても美味しい、もつ鍋を、目茶苦茶、腹一杯、ご馳走になってしまいました。

そして、とっても愉しい語らいの時。

私達のために、貴重なお時間を割いてくださったのが、本当に、有難かったと思います。

この場を借りまして、感謝申し上げます。

誠に、ありがとうございました。(^-^)/


『Eさん』と、別れたその後ですが!

私と『きゃさりん副長。』は、

「う゛~!
 うごけない~!
 おなか、いっぱい!
 でもぉ、とっても美味しかった。
 大満足~!」

と、ホテルのベッドの上で、同じことを、何度も、何度も、繰り返し、言い続けていたのでした。

そして!

とっても愉しかった、最終日の夜は、あっという間に更けてしまったのでした。(^^;



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



(※注:参考 第5回日本ベンチャースカウト大会資料より)


     第5回日本ベンチャースカウト大会

       (ベンチャー2000)

          『未知への挑戦』

   ~ 21世紀へ飛び出せ! 高く広く遠く ~




     ~ ベンチャースカウト大会歌 ~


      『Do Venture! 心開いて』


刻みつけよう 心に深く 君と交わした 瞳の約束を
次に会う日が いつでどこでも 見逃さないさ その瞳の煌めき
繰り返し 朝が来ることの 素晴らしさ 気付いてるかい?
道はそれぞれ 夢も色々 大切に 抱いて行こう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて All the time  Be Pre-pared !
It’s just the word of B-P !


胸を激しく 揺する刺激は 新たな勇気 目覚めさせてくれる
悲しみ 怒り 喜び 不思議 すべて素直に 引き受けてみよう
手から手に 渡された愛が 世界地図 作るんだね
そなえよつねに 心開いて 伝え合い 求めあおう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて All the time  Be Pre-pared !
It’s just the word of B-P !
B.P.!  Ven-ture !




(※注:追記 私個人の感想です。)

この『歌』は、第6回日本ベンチャースカウト大会から、正式に、『ベンチャースカウト大会歌』として、採用されました。

ですが、私が、第6回日本ベンチャースカウト大会に、奉仕した時には、一回も聴くことはありませんでしたし、ましてや、歌うことなどは、全く、ありませんでした。

そして、第7回日本ベンチャースカウト大会は、開催中止。

『ベンチャースカウト大会歌』は、全く、聴かれなくなってしまいました。

何と言う、寂しいことでしょう。

ベンチャースカウト大会の代替の様な、富士特別野営も、山中野営場が無くなることにより、行われなくなるでしょう。

全国の、ベンチャースカウト達が、今後、一堂に会することはあるのでしょうか。

日本ベンチャースカウト大会は、ベンチャースカウト達の、貴重な交流の場であって、お互いにお互いを比較し合い、競い合うことも、ある意味、必要であると、覚悟を決めることができる場だったとも感じています。

『富士章』を、見たこともないスカウト達が、実際に、『富士章』を着用しているスカウトを、生で観ることができた場です。

そして、『富士章』に、憧れを持った。

本連盟の、バッジシステムの迷走は、いつまで続くのでしょうね。

まるで、堂々巡りで、年長隊の頃の進歩制度に、戻っている気がするのですが。

とっても、残念に感じています。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月 6日 (金)

『何時から、着ていないのぉ~?』(^^;

おはようございます!(^o^)/


【何時から、着ていないのぉ~?】(^^;


ローバー隊の、『信念会』の準備を行なっていた時に、

「ねぇねぇ、制服って、この前は、何時、着たんだっけ?」

と、『きゃさりん副長。』が、カレンダーを交換しながら、言っていました。 Img_4929
私達の、スカウトハウスの小部屋には、みんなが確認できる様に、対面で、カレンダーを、壁に貼ってあります。 Img_4930
その片方は、11月と12月になっていたのですが、もう片方は、7月と8月のままでした。 Img_4931
「と言うことは!
 8月の隊集会が、最後?」 Img_4933
『きゃさりん副長。』は、

「まぁ、そんなものかも知れないね。
 だってぇ!
 ズボンが入るかどうか、物凄く、心配しちゃったもん!」

とのことでした。(^^; Img_4936
今年の、ローバー隊の目標! Img_4937
『とりあえず、制服を着用する機会を増やす!』 Img_4939_2
何とも情けないですが、幹事長と、相談してみます。(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月30日 (木)

『無意味なシンボル?』(>_<)!

(# 000ー追加)(^^;

おはようございます!(^o^)/

【無意味なシンボル?】(>_<)!

(※注:写真は、平成28年6月3日(金)のものです。)


私は、とっても無責任ではありますが、どうしても、気持ちを前向きにすることができす、大変申し訳ないと思いつつも、『きゃさりん副長。』に、5月の中旬、写真の『物』を、取りに行って貰いました。

その『物』を、6月の上旬に、女子スカウトの自宅に出向き、お母様に手渡しました。 Img_4753 Img_4754 Img_4758
お母様は、

「あれまぁ~!
 いまごろぉ~?
 (4回目の富士章受章の)今回は、随分と遅かったのねぇ。
 (年度が)変わってから貰ってもねぇ。
 ◯◯(女子スカウトは)は、(大学の寮にいて)家にいないし。
 それで、もう(富士章は制服に)着けられないんでしょ。
 どうしたら良いのかって言っても、もう、どうし様もないんでしょ。
 『記念章』って、ことかしら。 
 (制服に)着けなければ、単なる『物』になっちゃって、何も役立たないわよね。
 無意味よねぇ~!
 それとも、(平出さんが)見本として持ってる?」


私も『きゃさりん副長。』も、言葉に詰まりまして、何も弁明することはできませんでした。(>_<)!


当隊では、
・平成18年度
・平成19年度
・平成23年度
・平成24年度
・平成27年度
に、富士スカウトが誕生しています。

平成27年度以外は、富士章は、スカウト達に、直接、地区から伝達されています。
要は、地区行事等の場で、手渡されていると言うことです。



平成18年度は、私が倒れてしまったこともあり、また、ベンチャー隊長交代の時でもあったので、生憎と、記録が残っていません。

その他の年度におきましては、団への申請から、スカウト達への、富士章伝達まで掛かった日数は、団面接、地区面接、県連面接を含んで、

・平成19年度  71日(2月24日:地区進歩委員長伝達)
・平成23年度 128日(9月28日:地区委員長伝達)
・平成24年度  56日(3月27日:地区委員長伝達) 
・平成27年度 154日(6月 4日:お母様へ手渡し)

となっています。

平成23年度は、かなりの日数が掛かっていますが、これは、部活動の大会や、夏休み中の部活動などの絡みと、スカウト本人の都合もあり、わざと、富士章伝達を遅らせて頂いたのですが、『年度』は、跨いでいません。

平成24年度は、超~ギリギリと言う感じですが、見事に、『年度内』に伝達して頂きました。


それで!


今回の『物』を観てみますと、
『平成28年2月23日(火)』
には、日本連盟で認証されています。 Img_4751 Img_4755
それが!


5月の中旬まで、一体全体、何処に行っていたのか?
誰が、保管されていたのか?
本当に不思議でなりません。

まぁ、今となっては、
『どうでも良いこと!』
なのですが、
『平成28年2月23日(火)』
の、認証であれば、平成27年度内の伝達は可能であったかも知れません。

それが、どうして、何処で滞ったのか!

本当に、無念でなりません!(>_<)! Img_4750 Img_4759

と言うことで!(^^;



超~短絡的なのですが、私と『きゃさりん副長。』は、ベンチャー隊指導者を、若き力に任せ、ローバー隊指導者として、次の若き力を求め、彼等がいる日本国内を行脚し、現地で、隊集会を行うことにしました。
と言っても、至極当然、物見遊山も含まれていますが。(^^;

愉しいスカウティングを、展開していきたいものですね!(^o^)/


(おしまい!)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月21日 (火)

『激励と賞賛!』(>_<)!

(# 012)

おはようございます!(^o^)/

【激励と賞賛!】(>_<)!

(注:写真は、平成25年11月4日(月・振)のものです。)

平成27年度の話しですが、昨年度内も、私が、勝手に師と仰ぎ、勝手に心の拠り所とさせていた方々が、次々と、旅立たれてしまいました。

特に、5個団が統合して、『新生』清水町第1団として、新たに動き始めた時の、
・初代団委員長
・初代育成会長
が、次々と、お亡くなりになってしまいました。

このことは、痛恨の極み!
私の心の拠り所が、より少なくなり、とても大きな痛手となってしまいました。(>_<)!



初代育成会長は、スカウトハウスの傷みを気にされ、雨漏りなどの修繕を、小まめにしてくださり、『活動場所の提供』を、特に気にされ、団の誰もが、全く何も知らないところで、様々な方法で、私達を、密かにバックアップし続けてくれていました。


また、初代団委員長は、
「とりあえず、70(歳)までは、頑張るから。
 それまでに、(富士スカウトを)お願いね。」
と言うのが、口癖でしたが、時間を空けては、スカウト達の活動の様子を、しばしば、視に来てくださいました。

ただ、初代団委員長との約束は果たせず、富士スカウトが誕生したのは、団委員長退任後、約4年後のことでした。
それでも、
『(団) 富士スカウト 顕彰式』
の際には、わざわざ足を運んでくださり、その時の、優しい眼差しと笑顔は、今でも忘れることができません。


その後、初代育成会長は、招かれる形で、友団を援けるべく、移籍されて行きました。

初代団委員長はと言いますと、宣言された年齢(70歳)を、少々、いや、かなりオーバーをされてしまいましたが、
「これで(登録を)辞める!」
と言われ、スカウティングとは、間を置かれる様になりました。

そして、今度は、
「孫と遊ばなきゃ。
 その時間が欲しいんだよ。」
と言うのが、口癖になっていたのでした。



ところで、当隊からは、
・平成18年度 1名
・平成19年度 2名
・平成23年度 1名
・平成24年度 2名
・平成27年度 1名
の、富士スカウトが誕生していますが、初代団委員長は、スカウティングと間を置いていたとは言え、そのことを、聴き伝えに耳にしたり、新聞記事等で知ると、必ず、スカウトハウスに立ち寄ってくださいました。

そうして、
「良かったね!
 素晴らしいよ!
 (スカウト達)みんな、頑張ってくれて嬉しい!
 大きな自信になったね。
 これからも、きっと、良いことがある。」
と、『激励の言葉』を、これまた必ず、遺して行ってくれたのでした。


初代団委員長は、長年に亘り、『旧』駿東地区の、
・野営行事委員長
・進歩委員長
を、歴任されていました。

特に、『進歩委員長』の時には、『面接』に拘りを持ち、『激励』と『賞賛』についても、
・どの様な言葉が適切なのか。
・どのタイミングで、言葉を掛ければ良いのか。
・言葉を、スカウトの心の中に届けたい。
・心の底から、お祝いの言葉を述べたい。
・信頼していることを伝えて、自信として貰いたい。
など、かなりの研究を積まれていたと思いました。

その研究熱心で、真摯な姿は、誰にも見せることは無く、いつもの優しい笑顔に包み、隠されていたのでした。 Img_8600

さて、私が、脳出血を発症し、それでも、スカウティングを続けていると知ると、初代団委員長は、スカウト達の様子だけではなく、今度は、私の様子まで、見に来てくださるようになりました。

「どうだい?
 身体の調子は?
 無理しちゃいけないよ。
 優秀な副長(『きゃさりん副長。』)もいることだしさ。
 (スカウト達も)優秀だから、大丈夫だよ。
 まぁ、ボチボチ、やってください。」

と、『激励の言葉』を、遺し続けてくださったのでした。


そうして!


私が、平成25年度に、ボーイ隊長、ベンチャー隊長、ローバー隊長の、3個隊の隊長を兼務することになった時!
(『きゃさりん副長。』は、3個隊の副長を兼務。)

「おいおい、随分と、(団は)派手なことをするねぇ。
 いくら、平出君だって、そりゃ無茶だろう。
 おまけに、その身体(左半身片麻痺)なのにねぇ。
 無理難題ってもんだ。
 弱ったね。」

と、スカウトハウスを訪れてくださったのでした。


しかしながら!(>_<)!


その時、初代団委員長のお身体は、既に、大変な病魔に侵されていたのでした。(>_<)!

『パーキンソン病!』

初代団委員長は、
「いやぁ、僕も、年を食っちまったもんだ。
 まさか、こんな病気になるとは思わなかったよ。
 でもね。
 お蔭で、平出君が、どんだけ苦労しているかが解かったよ。
 身体が自由に動かないって、どんだけ歯痒いか。
 リハビリも辛いしね。」 Img_8601
初代団委員長は、自分の苦労話などを、決して洩らすことはありませんでした。
そのため、何時頃から、病魔に侵され始めたのか。
そのことは、最後の最後まで、知ることはありませんでした。
また、お亡くなりになった日も、明かされることは無く、密葬(家族葬)の形を取られ、私が知ったのは、平成27年の12月、
『喪中葉書』
が、届いた時でした。(>_<)!


平成25年度内は、
「僕は、リハビリの散歩のついでだから。
 身体を動かしていないと、震えが止まらなかったり、(関節が)固まっちまうから。
 (自宅からスカウトハウスまで)歩いて、丁度良い距離なんだよ。
 それに、ここ(スカウトハウス)は、居心地が良い。」
と言っては、初代団委員長は、かなりの頻度で、スカウトハウスを訪れてくださっていました。

そこで、私は、
(初代団委員長の◯◯さんに、身体が思う様に動く、残された時間は、あまり無いかも知れない!)
と思い、余計なことかも知れないと認識しつつも、前団委員長に、
「初代団委員長の、◯◯さんの、表彰(かっこう章)を検討して頂けないでしょうか。」
と、お願いをしてみました。

すると!

「僕は、(制服の)胸に、色々と着けるのが嫌なんだよ!
 (申請が)面倒だし、(スカウティングを)辞めてんだし、(表彰の申請は)やらない!」
と、一蹴されてしまいました。



それは、多分ですが、以下の様なことに要因があると思います。

5個団が統合され、『新生』清水町第1団となった時、色々な話を詰めて行ったら、

『面接』については、
・「進歩、進級の際には、必ず行う。」
・「やったり、やらなかったり。」
・「都合が付けばやる。」
・「キャンプの時にやる。」
・「『面接』って、何? 必要?」

『激励』については、
・「そりゃ、絶対必要さ!」
・「隊長達が、やってりゃぁ、それで、良いんじゃないのか。」
・「いつも励ましているから、問題は無い。」

『賞賛』は、
・「良いセレモニーをして、保護者も呼んで、顕彰している。」
・「バッジを与えているから、それで良いんじゃない。」
・「賞状とか、出さなきゃけないの?」

などなど、そりゃもう、目茶苦茶で、バラバラでありました。


ですが、初代団委員長が、団を牽引されていた頃は、『面接』は、しっかりと為されていました。
そして、『激励』は、初代団委員長、自らが、スカウト達だけではなく、私達、隊指導者に対しても為されていました。
同様に、『賞賛』も、セレモニー等が、粛々と進められ、スカウト全員を対象とし、漏らすことは無かったと思いました。


今現在の話しですが、スカウト達や、その保護者の皆様にお話を聴きますと、

『面接は!』
・「隊長達と、面接(面談等)している時の方が、よっぽど緊張するし、(スカウティングについて)理解が深まる。」
・「団委員長達とは、滅多に会わないから、あんまり緊張しないし、一方的に話をされるので疲れる。」

『激励と賞賛は!』
・「滅多に(隊長は)誉めないから、誉められると、とっても嬉しい!」
・「(団委員長等に)誉められても、実感が湧かない。」

などの話しが、私共の隊では出て来てしまっています。



つまり、今現在の、当団に於いては、何かが足りない!(>_<)!



それは、一体全体、何だろうかと思いを巡らせたのですが、結局のところ、初代団委員長の姿が、浮かびっ放しとなってしまったのでありました。

そして!

『激励と賞賛』は、スカウト達にとっては、かなり重要な要素となっているが、ひょっとして、今現在の、当団に於いては、

『スカウト達より、指導者達の方にこそ、必要ではないのか!』

と、思う様になってしまいました。


『激励!』は、
・「団委員長、育成会長等から、励ましの言葉を掛けて頂く。」
・「それも、タイムリーであり、笑顔と共にであり、すんなりと心の中に浸透していく言葉。」
・「とても、心が安らぐ言葉。」
・「自己の自信が継続できる様に、信頼の言葉。」
・「情熱が、持続できる様な言葉。」

また、私はそうでしたが、『賞賛!』は、
・「何時の間にか、県連(特別)有功章、特別年功章等が申請されている(いた)。」
・「育成総会等の場で、顕彰して頂く(いた)。」



当団の指導者達ですが、多分ですが、
『激励と賞賛』
は、受けたことが無いのだと思います。

5個団の強制統合。
その負の遺産が、何時までも何時までも、根強く残り続けている。
それが、団を、増々、衰退の一途を辿らせている。



平成27年度の終わりに、私と『きゃさりん副長。』は、その様なことを考えながら、『悶々』と、し続けていましたが、
『初代団委員長』
及び、
『初代育成会長』
の、ご冥福を祈りつつ、お二人から頂いた、
『激励と賞賛!』
は、
(絶対に忘れないぞ!)
と、心に銘ずると共に、感謝の念に堪えなかったのでありました。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/



(つづく。)(^^;

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2016年6月16日 (木)

『偶然!それともぉ?』(^^;

(# 011)

おはようございます!(^o^)/

と言うかぁ、実際は、
『こんにちは!(^o^)/』
ですがぁ。(^^;

実は、今朝は、早朝より、テレビに噛り付いておりました。

それで!!!

いきなりの、ツーシームを引っ掛けての、キャッチャーゴロ!

(何てこったい!)

と、思っていましたら、キャッチャーへの内野安打。
いとも簡単に、安打記録が並んでしまいました。(^o^)/

その後は、
(まぁ、今日は(記録更新は)無いだろう。)
と思っていましたが、何と何と、9回に打席が回って来て、矢の様な、見事な二塁打!
(流石は、イチロー!)
と、早朝から、『独り、興奮のるつぼ』状態に陥っていました。(^^;

ただここで、
(あのスイングは、もしかしたら、ホームランを狙っていたかも知れない。)
と、独り、ほくそ笑んでも、いたのでありました。(^^;

その後、『オリオールズ × レッドソックス』の中継が始まり、気が抜けてしまったのか、何となぁ~く観ていましたら、何時の間にか、気を失っていました。

と言うことで、あっと言う間に、午後になってしまい、先程、気が付いたと言う訳です。(^^;




【偶然!それともぉ?】(^^;

(注:画像は、町広報誌 平成28年5月1日号のものです。)


とある日、母親が、

「これね!
 ◯◯◯君じゃない?
 だけど、こっちは、妹さんだよね。
 2人一緒に(広報誌に)載っているよぉ。
 凄いね!」

と、言いまして、町の広報誌を、私の元に置いて行きました。

私は、
(あぁ、この前の(『町長表敬訪問』の)記事だろ。)
ぐらいに思いまして、あまりよく見ませんでした。

それで、少々、手が空きましたので、広報紙を観てみると、兄の方の記事が見当たらない。

私は、
「何だよぉ。
 何処に載ってんだよぉ。
 見付からないよぉ。」
と、母親に言いましたら、

「最後!
 一番最後!」

との返事でした。

私は、母親に言うままに、最後のページを観てみたのですが、どうにも見付からない。
最後のそこには、やはり、女子スカウトの記事が。 Photo
(何だよぉ!
 違うじゃん!)

と、思いつつ、1枚、めくり返しましたら、そこに、『消防団通信』と言う記事が。

(へぇ~!
 こんな記事もあるんだ。)

と思いまして、よくよく観てみますと、賞状を手にした、女子スカウトの兄の姿が!(^^;

(あちゃぁ~!
 何だこれ!) Photo_2
女子スカウトの兄ですが、5人兄妹の長男です。
そして、当団に於いては、3人目の富士スカウトであり、ベンチャー隊の副長でもあります。

社会人として、その職を熟し、消防団員として、地域に貢献し、そして、スカウティングでも、活躍をしている。
こんなにも嬉しいことはありません。

若い力が、躍動している。
その姿を、観ることができるのは、心からの歓びです!(^-^)/



『きゃさりん副長。』に、その記事を見せましたら、

「これってさぁ。
 きっと、偶然じゃぁ、無いわよね。
 何か、匂うぅ~!」

と言い、

「『知る人ぞ知る!』って、感じだけどさ。
 目立って、良いじゃなぁ~い!」

と、彼女もまた、悦びを隠せない様でした。(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!


(つづく。)(^^;

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2016年6月15日 (水)

『言葉が届かない?』(>_<)!

(# 010)

おはようございます!(^o^)/

【言葉が届かない?】(>_<)!

(※注:新聞記事は、平成28年3月31日(木)のものです。)


1990年代、当町内に、まだ、5個団が存在していた頃の話しです。

新聞社への取材依頼や、町広報係への広報協力依頼、町広報紙への掲載依頼など、その5個団が、バラバラに依頼をしていました。
そのため、取材日程のバッティング、取材内容の重複、取材の追加依頼、取材内容の変更依頼など、そりゃもう、かなりの目茶苦茶な状況でありました。(^^;

それを見兼ねました、当時の『社会教育課(現:生涯学習課)』の係長だった、中学校時代の先輩が、
「(取材依頼を)統一できないの?
 まとめられない?
 一つの系統にしてくれると、混乱が起きなくて、面倒が無くて良いんだけどさぁ。」
と、私に相談を持ち掛けてまいりました。

しかしながら、私が動く訳にもいかず、5個団の団委員長の皆様にお話をしていたところ、突如として、5個団統合の話しが持ち上がり、結果的には、バラバラだった取材依頼等は、自然に一系統となってしまったのでありました。(^^;

また、その当時の係長からは、
「新聞社にはさぁ、こちらから(取材依頼等を)しても良いよ。」
との提案もありました。

よくよく話を聞いてみますと、
・新聞記者が、月曜日には、必ず(町役場に)立ち寄る。
・新聞社と、町広報係とは、かなりの連携がある。
・取材内容にもよるが、新聞に掲載して貰うだけでなく、町広報誌にも掲載したい時がある。
などなど、新聞記事と、町広報誌の内容の整合性も図りたい考えもあった様でした。

そこで、その先輩のご配慮のお陰で、今現在は、取材依頼等については、
『団 ⇔ 生涯学習課 ⇔ 町広報係 ⇔ 新聞社』
と言う、系統を取っています。

一見すると、時間が掛かりそうで、また、厄介そうで、面倒臭そうですが、これがなかなかのものでありまして、慣れてしまって、機能しだしますと、とても楽なのです。
また、町に於いては、人事異動があっても、その申し送りは、きちんと為されてる様でして、とっても有難く思っています。(^-^)/ Photo
さて、年代は、2000年代に入ります。

2008年頃までだったでしょうか。
新聞社の記者さんは、女性の方でした。
2~3年は、お付き合いをして頂いたと思います。
取材内容は細かく、かなり、微に入り細に入り、質問をしてくださったことを覚えています。
ボーイスカウト運動に対しての理解も深くなり、面白がって、私や『きゃさりん副長。』、そして、スカウト達の話しを、よく聴いてくださいました。
何でも、その記者さんの、小学校、中学校時代には、
「クラスには、2~3人のボーイスカウトがいた。
 一体全体、何をしているのだろうと、とても興味があったが、その頃は、話を聞いても、何も解らなかった。
 今は、話を聞いて解かるし、理解ができ、納得ができ、話しが面白いし、(小学校、中学校時代のもやもやが晴れて)嬉しい。」
と、その様なことを述べられていたと思いました。


そして、2013年頃までは、今度は、男性の記者さんでした。
こちらの方も、小学校、中学校時代には、クラスにボーイスカウトがいたと言われていました。
「何となく、(何をやっていたか)解かるんだけど、半袖・半ズボンから(ユニフォームが)変わってしまったので、違和感がある。
 キャンプや、(緑の)募金が、(活動の)主体であったと認識していた。
 その自分の記憶と違って、(富士章や進歩制度を知って)とても驚いている。
 プロジェクト(報告書)なんて、大学の卒論みたい!」
と言う様なことを言われ、スカウト達の話しを、熱心に、興味深く、一つ一つ、きちんとしっかり聴かれ、取材が、30分以上に及んだこともありました。(^^;


そうして、ここ2~3年の、近年に至る訳ですが、突如として、状況は一変します。

記者さんが、かなり若返ったと言うこともあるのでしょうが、今回の、女子スカウトの『町長表敬訪問』の際には、

「ボーイスカウトというものが、あるのは知っている。
 奉仕や、アウトドアをする団体だと認識している。
 (小学校や、中学校時代は)ボーイスカウトは見たことが無い。
 (当然)学校や地域、近所には、(ボースカウトは)誰もいなかった。
 (富士章の)資料を頂いたが、あまりよく理解できない。
 (ユニフォームは)初めて近くで見た。
 (制服と言うと)何となく、軍隊っぽい。」

などなど、こちらとしましては、ある程度の予想はしていたものの、驚きの連続となってしまった、お話を頂戴しました。(>_<)!


ん゛~!

やっぱり!