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2017年6月 3日 (土)

『祓え給い、清め給え!』<m(_ _)m>

(出雲市・米子市 訪問:その18)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【祓え給い、清め給え!】<m(_ _)m>


(ペン)「あの、大駐車場から観得た、おっきな、
     国旗掲揚柱のところに来たぜ。」

(ハム)「近くに来て、見上げてみると、流石の、
     ド迫力だね!」 Img_5438
(ペン)「おやぁ、おデブ隊長が、キャップを脱いでいる。
     ガイドさんも、帽子を取ってるね。」

(ハム)「何だろうね。
     ちょっと、話を、聴いてみようよ。」 Img_5439
(ペン)「何だって?」

(ハム)「んとね。
     ここは、『祓社(はらえのやしろ)』って、
     言うみたい。

     それでね。
     鳥居を通り抜けたら、右側にあるんだって。
     今回は、『勢溜の鳥居』の方から入らなかった
     けど、そちらの方にも、鳥居を通り抜けたら、
     直ぐ、右側にあるんだって。

     それで、参拝をする前に、まず、『祓社』で、
     今までに、知らぬうちに犯した、心身の罪汚を
     祓い清めて貰い、清々しい姿で、本殿に、
     参拝することが、とっても大事なんだって。」

(ペン)「知らぬうちにぃ~?
     って、俺、結構、ヤバいかも!」

(ハム)「それとね。
     お賽銭は、投げ込んじゃ駄目なんだって。
     お賽銭箱に、そっと、
     差し入れる様にするんだって。」

(ペン)「俺は、ずっと、投げ込んでた!」

(ハム)「それから、一般的には、
     『二拝二拍手一拝』
      なんだけど、手出雲大社では、
     『二拝四拍手一拝』
     なんだって。」

(ペン)「四拝?
     何か意味があるのぉ?」

(ハム)「話すと、長くなるらしい。
     でも、おデブ隊長が、よく知っているらしいから、
     後から聞けると思うよ。」

(ペン)「おデブ隊長が、よく知っているぅ?」

(ハム)「知らなかったのぉ?
     おデブ隊長は、今は、廃団になっちゃったけど、
     元々は、清水町第2団に所属していたんだ。

     その団が、
     『全国神社スカウト協議会(神S協)』
     に加盟していて、『宗教章』の中の、
     『神道章』を、取得しようとしていたんだ。
     だけど、それが間に合わなくって、
     『富士章』が取得できなかったんだよ。

     それが、悔しくって、悔しくって、だから、
     今のスカウト達には、そう言う想いを、絶対に、
     させたくなくって、『きゃさりん副長。』と、
     頑張っているんだよ。

     それにさ。
     清水町第2団の、隊指導者の頃にはさ。
     神S協の会議で、神社本庁に行ったり、
     明治記念館のパーティなんかに、結構、
     出席していたみたいだよ。」

(ペン)「へぇ~!
     そうなんだ。
     全く、知らなかった。」

(ハム)「おっと!
     ガイドさんの、説明の続きがあるみたい。」

(ペン)「今度は、なんだって?」

(ハム)「『拝』と、『礼』の違いみたい。

     『礼』は、会釈みたいな、軽いものだから、
     身体が悪くなければ、避けて欲しいって。

     『拝』は、敬礼と同じ様なもので、できれば、
     身体を90度ぐらいまで、折り曲げて欲しいって。

     でも、無理であれば、極力、45度以上は、
     頭を下げて欲しいって。」

(ペン)「おやぁ、おデブ隊長が、ガイドさんに、
     何か言っているよ。」

(ハム)「あぁ、『拝』の際の手の位置だね。

     手の平は、身体の横に付けるんではなくて、
     腿の上に乗せる感じとか言っている。
     それを、『拝』の際には、手の平を滑らす様にして、
     膝の方に動かすとか言っているけど、ガイドさんは、
     頷いてるね。

     それと、『拍手』の話しだね。
     まずは、両手を合わせて、右手を少しずらして、
     それで、『拍手』を、四回。
     そして、両手を、元の様に、
     合わせ戻すって言ってる。」

(ペン)「どうなの?
     それで、良いの?」

(ハム)「あぁ、良いみたいだよ。
     だけど、もう少し、やって欲しいことが
     あるみたい。」

(ペン)「まだあるのぉ?」 Img_5440
(ハム)「えっとねぇ。

     ガイドさんのお話しだと、『祓社』では、
     と言うか、『祓社』だけでいいみたいだけど、
     手を合わせた時に、
     『はらいたまい、きよめたまえ。』
     と、四回、言って欲しいとのことだよ。
     それは、口に出しても良いし、
     心の中で唱えても良いらしいよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     参拝の方法って、決まりごとが沢山あって、
     大変だにゃぁ。
     俺は、覚え切らないよぉ。」

(ハム)「だけど、ガイドさんが言ってた。
     解らなかったら、周りの人をよくみて、
     それを参考にしても良いって。
     それと、とにかく、心がこもっていることが
     大事なんだって。
     礼儀作法って言っても、間違うこともあるし、
     とにかく、心の想いが大事なんだろうね。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだ。
     この機会に、作法を、何とか、身に付けたいよね。
     ところで、おデブ隊長は、どうすんのかなぁ。」

(ハム)「車椅子のままで良いらしいよ。
     ガイドさんは、
     『ありのままの姿を観て頂く。』
     と言うことも、大事だと言ってた。

     無理をして、立ち上がったりしても、あまり、
     意味は持たないみたい。
     だから、座ったままで、『拝』も、
     できる範囲で良いし、『拍手』も、
     できることで良いみたいだよ。

     おデブ隊長は、左手が、全く動かないから、
     右手で、左の、手の甲を、叩くみたいだよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     なるほどねぇ。
     何となくだけど、こうって、決め付けなくって、
     良いって感じもするし、神様も、ガイドさんも、
     みんな、とっても、優しい感じがするね。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月 8日 (日)

『Do Venture! 心開いて』(^-^)/

(# 九州―41)


おはようございます!(^o^)/


【『Do Venture! 心開いて』】(^-^)/


(※注:平成28年5月7日(土)の記憶です。)


『Eさん』との、待ち合わせ場所は、単に、私達が宿泊する、

『ホテルの前』

と、してありました。 Img_4689
と言うことで、『きゃさりん副長。』と、ホテルの前に出てみましたら、

「ここってさぁ。
 コンビニはあるし、地下鉄の出入り口もあるし、人通りは多いし、歩道みたい感じだし、こんな所で(待ち合わせて)、良いのぉ?」

と、『きゃさりん副長。』が、不安そうに、周囲を見回していました。 Img_4690
実際問題、ホテルのビルの1階部分には、店舗等の、商業施設が入っており、ホテルのエントランス、ロビー、フロント等は、2階にあって、そこまでは、エスカレーターで、昇り降りする様になっていました。

また、エレベーターは、ビルの一角の、別の場所にあり、エレベーターを利用した、私達は、エスカレーターとは、かなり、かけ離れた場所から、外に出て来たと言う格好でした。

『きゃさりん副長。』は、

「これじゃぁ、待ち合わせ場所になってないよ。
 2階(のエントランス)に、戻った方が良いんじゃないのぉ。」

と、言っていました。

私も、

(これはぁ、確かに、人通りが多過ぎて、待ち合わせ場所にならないかも。
 さぁて、どうする?
 移動すべきか?
 それとも、ここにいて、車椅子を見付けて貰うか?)

と、かなり悩んでおりました。 Img_4691
そこへ!

「いやぁ、お待ち遠様でした!」

と、頭の上の方から、声が降りて来ました。

「(待ち合わせ)場所がね。
 『ホテルの前』と言った手前、ここで良いものかと思っていたんですが、解り辛いかと思って、ホテルの入り口に行ったんですよ。
 それで、考えてみたら、車椅子では、エスカレーターを使えないし、もう、下に行かれたんじゃないのかと思って、降りて来てみたんです。」

と、懐かしの『Eさん』が、お姿を現したのでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『Eさん』は、

『第5回ベンチャースカウト大会(通称:ベンチャー2000)』
の際に、大層、お世話になってしまった方でした。

私は、佐賀県の『吉野ヶ里活動基地』に、奉仕したのですが、役務は、『総務班長』でした。

しかしながら、実情は、プログラム運営から、スカウト達の生活担当まで、殆ど、全てを統括すると言う、『総括班長』とでも言ったら良いのでしょうか。

佐賀県以外からの奉仕者の皆さんが、それぞれ、とてもお若く、経験も少ないと言うことから、私が、それぞれの担当者をフォローしつつ、なおかつ、指示も与えると言う立場になってしまいました。

このことは、基地長と副基地長が合議され、私に一任すると言う、とても変則的なことなのですが、決定されたことでした。

その分、基地長と副基地長は、他に手を回すことができ、不測の資材の調達や、各施設との調整、プログラム展開先との調整、インストラクターや講師などとの調整、佐賀県教育委員会との調整など、奔走されつつも、それぞれを、かなり綿密に行うことができていた様でした。

それで、私は、宿泊施設がある活動基地本部外の、プログラム展開場所など、あっちこっちに、動き回らなければならず、そのために、とても面倒なのですが、一々、車両で、その場所まで、送迎をして貰うことになっていました。

と言うことで、私だけのために車を動かすと言う、とんでもない特別扱いで、面倒や、時間と労力を、皆さんに、掛けてしまったと思いました。(^^;

『Eさん』をはじめ、佐賀県連盟の皆様には、本当にお世話になってしまいました。

改めて、感謝申し上げます。(^-^)/

さて、無事に再会できたところで、『Eさん』に、『きゃさりん副長。』を、紹介しようと思いましたら、

「お噂は、かねがね。
 Facebookで、お伺いしております。」

とのことで、まぁ、特に、紹介するまでも無かった様でした。(^^;

『きゃさりん副長。』には、『Eさん』のお話は、かなりしてありましたので、『Eさん』に会った途端に、

「とっても、優しそうな人。」

と、私に、耳打ちしていました。 Img_4692
私と『きゃさりん副長。』は、

(お土産は、博多駅で買い込もう!)

と、当初から、決めていました。

そして、『H氏』が、

「おらが、案内してやる!」

と、豪語していたのですが、結局のところ、

「仕事があった。」

とのことで、

(あんのやろう!
 まぁ、仕方が無いけど。)

と、思いつつ、どうし様かと悩んでいました。

そんなところへ、『Eさん』が、

「構いませんよ。
 私で良ければ、(お土産を買うのに)お付き合いしますよ。」

と、言って下さったのでした。

(おぉ~!
 有難や!
 『渡りに船』だぁ!)

と、私も『きゃさりん副長。』も、すっかり、『Eさん』に、甘えることに、してしまったのでした。(^^;

その上、『きゃさりん副長。』は、

「車椅子、良いですかぁ?」

と、これまた、甘えに甘えていました。(^^;

『Eさん』は、おデブの車椅子を押し始め、

「では、行きましょうか。」

と、駅ビルの中に、私達を、案内してくれたのでした。

4日振りに、博多駅に戻って来た私達でしたが、4日前は、博多口を利用していたのと、駅ビル内の施設は、あまりよく観てはいませんでした。

ですので、駅ビルの中は、全く、分からない状態でした。

『Eさん』の案内で、筑紫口から、駅構内に入ったのですが、何ともまぁ!

入って直ぐ右側に、物凄い数のお土産屋さんが、集中してありました。

私と『きゃさりん副長。』は、顔を見合わせ、

「凄いなぁ~!
 こんなにも、お店があったんだ!」

「物凄い、お店の数だよねぇ。
これじゃぁ、多過ぎちゃって、何を買ったら良いのか、判らないよねぇ。」

と、驚きっ放しでした。

『きゃさりん副長。』は、

「目移りばっかりしちゃって、どれが良いのか、全然、判んないよぉ~!」

と言っては、歩みを止め、なかなか、奥の方まで、進むことができませんでした。

そこで、『Eさん』が、

「どちらかで、お土産は、買われたのですか?
 佐賀と、長崎に行かれたんですよね。
 そちらでは、お買い求めにならなかった?」

と言われ、更に、

「先に、ぐるっと回ってみましょうか。
 ここには、かなりのお店が集まっていて、『ひよこ』などの有名菓子から、地元の和菓子もありますよ。」

と、お話をされていました。

それを聞いた『きゃさりん副長。』が、

「◯◯◯、有りますか?」

と、いきなり質問をしていました。

『Eさん』は、

「あぁ~、それは、有名ですね。
 多分、有りますよ。」

と言われ、それで、やっと、『きゃさりん副長。』の脚が、動き始めたのでした。

私は、その和菓子の名前は、すっかり、忘れてしまったのですが、何でも、

『お茶(茶道)の世界では有名』

とのことで、どうしても手に入れたかったそうなのです。

「何だぁ、自分へのお土産?」

と、言いましたら、

「良いじゃん!
 それに、自分だけじゃないから!
 お茶の仲間にも、持って行くんだから!」

と、少々、膨れていました。(^^;

『Eさん』は、その、『きゃさりん副長。』ご所望の、和菓子店に向かいながらも、陳列されているお土産について、色々と、説明をし続けてくれていました。

そして、私達が、お土産を渡す予定の人の、年代などを伝えますと、

「ならば、これなんか、良いかも知れませんね。」

と、とても丁寧にお答えくださっていました。

その、お言葉を聴きながら、

(『H氏』に失礼だけど、『Eさん』で良かった!)

と、私は、思わず、心の中で叫んでいたのでした。(^^;

私は、車椅子に座ったままでいたのと、

(お土産は、明太子ぐらいで良いや。)

と、思っていましたので、買い物は、『きゃさりん副長。』に任せていました。

すると、『きゃさりん副長。』は、『Eさん』に、幾度も幾度も、質問を浴びせていました。

ですが、『Eさん』は、一つ一つ、お応えくださり、とても有難く思いました。

(私だったら、こう言う買い物には、絶対に付き合えないなぁ。
 あんなに、優しく、丁寧に受け答えもできないし。)

と、その遣り取りの様子を観ながら、ただただ、感服するばかりでした。


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さて、買い物が、やっとのことで終わり、宅配の手続きも済み、そこで、『Eさん』が、

「少々、早いですが、お食事に行かれますか?
 何か、ご希望はありますか?」

と、聞かれてきたので、私達は、

「何でも構いません。」

と言うと、

「色々とお連れしても良いのですが。
 (時間的にお店が開くのが)まだ早いかなぁ。」

と、言われていたので、

「駅ビルの中にはありませんか?」

と、私が聞くと、

「博多の街へ、ご案内したいところなんですが、この(駅ビルの)中でも良いですか?」

と言うことで、駅ビル内を案内して頂きました。

そして、駅構内を、博多口方面に向かい、途中で、左側の店舗内に入って行きました。

「ここには、阪急(百貨店)が入っているんですよ。」

と、『Eさん』は、説明をし続けてくれながら、阪急百貨店側の、エレベーターホール前まで、私達を、連れて行ってくださいました。

そこで!

とっても驚いてしまったのですが、案内看板を、よくよく観てみると、阪急百貨店は、駅ビルに、寄り添ってあると言う感じでした。

駅ビルのメインは、東急ハンズであったり、ファッション、インテリア、雑貨、音楽、書籍、ホビー、カルチャー教室など、各階によって、そのテーマに分けられたお店が、とても数多く入っている様でした。

その上、映画館やホール、会議室まであり、何せ、10階建てで、屋上では、イベントも開催されていると言う、静岡県東部の片田舎では、とてもでは無いですが、駅ビルとしては、絶対的に考えられない、かなりの規模の、大型複合施設だったのでした。

そして、人の流れは、とても多く、エレベーターが、3か所ぐらいに、それぞれ、4基ぐらいはあったと思いました。

また、エレベーターの前には、人が列を成し、順番待ちにも、時間が掛かっていました。

私は、

(凄いなぁ。
 博多は、やっぱり、大都会なんだよぉ。
 それに、キャナルシティだってあるし!
 そう言えば、福岡市は、人口が、150万を超えてるんじゃなかったっけ?
 『若い世代と、世帯が多く、活気溢れる街』
とか、テレビで言っていた記憶がある。)

などと、エレベーターの、階数表示が移って行くのを、目で追いながら、思っていたのでした。

私と『きゃさりん副長。』は、完全に、『Eさん』に、お任せ状態で、最初に、レストランやカフェが入っている、9階に、連れて行って貰いました。

そこのフロアは、南北、2か所にあるエスカレーターと、中央エレベーターを中心にして、回廊の様になっていました。

そして、飲食店は、回廊を取り巻く様にして、並んでいました。

ですので、中央が拓けているので、とっても見通しが良く、どこのお店が営業中で、どこのお店が混んでいるのか、その様なことも、知ることができたと思いました。

『Eさん』は、私の車椅子を押しながら、

「さぁて、どこが良いでしょう。
 ここは、やっているけど、韓国料理。
 甘味処。
 お寿司屋は、まだやっていない。」

などと、それぞれのお店を、じっくりと、観てらっしゃいました。

そんな時に、『きゃさりん副長。』が、

「きゃぁ~!
 『利休』がある。
 こんな所にもあるのぉ。」

と、仙台で、寄ることができなかった、牛タン炭焼きのお店を見付け、一人、騒いでおりました。

ですが、幸いにも、お店は、大変混んでおり、博多で、仙台の牛タンを頂くことはありませんでしたぁ。(^^;

9階を、一周した段階で、

「ここは、若者向けの店が、多い様ですね。
 やっぱり、映画館があるからかなぁ。
 10階に行ってみます?」

と言うことで、私達は、10階に向かってみました。

10階も、9階と同じ様な造りになっていたと思いましたが、

(何かが違う!)

と、思いまして、よくよく観てみましたら、各店舗の大きさが、違っていた様でした。

多分、ですが、10階の店舗面積の方が、広かった様に思います。

これは、あくまでも、私の、車椅子目線の話です。

ですので、違っていたら、ごめんなさいです。(^^;


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10階には、もつ鍋・焼き鳥・串焼き・串揚げ・海鮮料理・博多ラーメン・沖縄料理・四川料理・ピザ・焼肉・ステーキ・黒豚・馬肉など、とてもバラエティーに富んだ、お店が軒を連ね、目移りするばかりでした。

そんな時に、またまた、『きゃさりん副長。』が、

「きゃぁ~!
 オイスターバーだってよ。
 やってるよ!」

と、これまた、騒ぎ出してしまいました。

それは、どうやら、糸島市で、牡蠣小屋だけを見せられて、牡蠣を食べられなかったので、衝動的に、言葉に出てしまったのだと思いました。(^^;

(あ゛~!
 食い物の恨みは恐ろしい!
 と言っても、牡蠣はなぁ。
 博多って、感じじゃないんだけどなぁ。)

と、私は、思っていました。

『きゃさりん副長。』が、オイスターバーを覗いている、その、超~、危ない時に、『Eさん』が、

「もつ鍋は、どうでしょう?」

と、直ぐ近くのお店を見付けてくださいました。

私は、

(この名物は、絶対的に、頂いておかないと、後で、とんでもない後悔をする!)

と思い、

「良いですねぇ~!」

と、即答でした。

そして、

「お酒を頂いちゃっても良いでしょうか?」

と、『Eさん』に、お伺いをすると、

「構わないですよ。
 どんどん、やっちゃってください。」

と、応えてくださいました。

実は、『Eさん』は、

「元々、下戸でして、ですが、お酒の席は嫌いではなく、お付き合いはできます。
 今日は、車で来ていますので、余計に飲めませんね。」

と、事前に、言われていたのでした。

お店は、夜の部のために、開店したばかりの様子で、どうやら、私達が、一番乗りの様でした。 Img_4694
お店の入り口の、直ぐ脇の席に案内され、そこで、もつ鍋のコースを、『Eさん』が、注文してくださいました。

「もつ鍋。
 良いよねぇ。
 ワクワクしちゃう!」

と、さっきまでの、オイスターバーへの拘りは、どこへやら。(^^; Img_4697
そして!

「お会いできて、とっても嬉しいです!
 かんぱぁ~い!」

と、何時の間にか、『きゃさりん副長。』が、仕切っていました。

(おんやぁ。
 この場面は、どこかで、観たことがあるぞう。)

と、私は、思っていたのですが、まぁ、毎度のことですから、

(そっとしておくのが一番!)

と、思っていました。(^^; Img_4699
『Eさん』とは、Facebookで、かなりの、情報交換を行なっていました。

また、お互いの悩みですとか、取り巻く人間関係などについても、意見の交換を行っていました。

と言うことで!

『Eさん』との話は、

・富士スカウトのこと
・富士スカウトを育てるには
・富士章を目標にさせたい

そのためには!

・隊指導者訓練が必要
・班長訓練が必要
・ボーイ隊の充実が欠かせない

などの話から始まり、お互いの、団や隊の状況なども話し合い、問題点を洗い出し、どの様に対処したいと考えているのか、など、様々な話しを続けていたのですが、

(これはもう、時間が、幾らあっても足りないなぁ。)

と、思っていましたら、『きゃさりん副長。』が、

「私は、女子スカウトが、富士スカウトになるまで、そのために、ここまで続けて来たんです!」

と、自分と、スカウティングとの関わり合いを、話し始めました。 Img_4700
『きゃさりん副長。』ですが、他県連盟の方と、お酒を酌み交わしながら、スカウティングの話をするのは、初めてだったと思いました。

ですので、とても熱っぽく、語っていたと思います。

『Eさん』は、それを、しっかりと受け止めてくださいまして、『きゃさりん副長。』の話を、一つ一つ、頷きながら、丁寧に聴いてくださっていました。

そして!

『きゃさりん副長。』の話が、ひと段落した時に、今度は、『Eさん』が、『Eさん』のその想いを、『きゃさりん副長。』に、話し始めてくれたのでした。 Img_4701
『きゃさりん副長。』も、『Eさん』の話を、夢中になって聴いていました。

私は、その二人の遣り取りを邪魔しちゃいけないと思い、私としては、とても珍しく、二人の話を、静かに聴いていました。 Img_4702_2
そんな時に、ふと、店内を見渡してみましたら、いつの間にか、お客で、超満員!

そして、トイレに行きたかったことを思い出し、『きゃさりん副長。』に、

「トイレに連れてって欲しい。」

と、お願いをし、『きゃさりん副長。』が、店員さんに、トイレの場所を尋ねたら、

「トイレは、共用で、店外にあります。」

とのこと。

『きゃさりん副長。』は、

「何で、もっと早く言わなかったのよぉ。
 お店の外なんでしょ。
 間に合わなかったら、洩らしたら、どうするのよぉ!」

と、慌てて、車椅子を組み立てていました。

(と、言われてもねぇ。
 二人の話を、邪魔しちゃいけないと思ってたんだけどなぁ。)(^^;

トイレは、フロアの中央付近にあり、多目的トイレも、きちんと整っており、とても綺麗でした。

そうして!

そのトイレの帰りに、

「この並んでいる人達は、なに?」

と、『きゃさりん副長。』が言い、その列の先頭を確かめてみると、そこは、何ともまぁ、私達が利用していた、もつ鍋屋さんだったのです!

「なにこれ?
 この人達が、みんな、待ってるのぉ!」

と、『きゃさりん副長。』と私は、とても驚いてしまい、慌てて、店内に戻りました。

(一体全体、何時間、ここにいるのだろう?
 それにしても、このお店は、ずっと居させてくれて、何と優しいのだろう。)

と、自分達の居座り時間と、お店の対応に、とっても驚いてしまっていたのでした。

『Eさん』との話は、お互いに、絶対的に、尽きないことは判っていましたので、

「そろそろ、切り上げましょうか。」

と、腰を上げることにしました。

だけどぉ!

つい、話に夢中になり過ぎて、最後の、締めのラーメンを、完食できず、残してしまったのは、とっても心残りでした。

とは言え、お腹は、満腹を超え、何も入らない状態でしたが。(^^;


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お店を出てから、お店の前で、並んでいる方々を観ながら、

「物凄い、行列ですね!」

と、『Eさん』に言うと、

「かなりの人気店みたいですね。
 それにしても、最初に入れて良かった。
 時間が、少しでもずれていたら、入れなかったかも知れませんね。」

とのこと。

私も『きゃさりん副長。』も、納得の一言でした。

(確かに、ラッキーだったよねぇ。
 一番最初に、お店に入れたんだもん。
 それで、あんなにも長く、お店に居れたんだもん。
 もつ鍋も、とっても美味しかったし!)

と、超~、大満足でありました。(*^-^*)/

『Eさん』は、駅ビルの1階まで、私達を案内してくださって、そこで、お別れをすることになりました。

とっても、名残惜しかったのですが、『Eさん』は、私達と会った後にも、所用があった様でして、その時間が押しているのにも拘わらず、私達に、付き合ってくれていた様です。

何ともまぁ、本当に有難いことでした。 Img_4704 それにしても!

今回の、『Eさん』との再会は、とっても有意義なことばかりでした。

特に、『きゃさりん副長。』にとりましては、貴重な経験だったと思います。

『Eさん』のお話は、きっと、とても新鮮だったと思いました。

また、傾聴や、受容、共感、と言った、カウンセリングマインドを、『Eさん』が、実践されていたお姿は、『きゃさりん副長。』にとっては、とても参考になったと思います。

それから、言葉遣い、言葉の選択、優しい眼差し、丁寧な受け答えなど、それらの態度も含めまして、『きゃさりん副長。』には、それが、『信頼に繋がる』と言う想いで、心に、遺ったと思います。

ですが!

私は、またまた、お世話になりっ放しでぇ。(^^;

『ベンチャー2000』の時の、ご恩も返せず、それに加えて、今回もまた、かなりのお世話になってしまいました。

面倒な、買い物に付き合ってくださいました。

とっても美味しい、もつ鍋を、目茶苦茶、腹一杯、ご馳走になってしまいました。

そして、とっても愉しい語らいの時。

私達のために、貴重なお時間を割いてくださったのが、本当に、有難かったと思います。

この場を借りまして、感謝申し上げます。

誠に、ありがとうございました。(^-^)/


『Eさん』と、別れたその後ですが!

私と『きゃさりん副長。』は、

「う゛~!
 うごけない~!
 おなか、いっぱい!
 でもぉ、とっても美味しかった。
 大満足~!」

と、ホテルのベッドの上で、同じことを、何度も、何度も、繰り返し、言い続けていたのでした。

そして!

とっても愉しかった、最終日の夜は、あっという間に更けてしまったのでした。(^^;



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(※注:参考 第5回日本ベンチャースカウト大会資料より)


     第5回日本ベンチャースカウト大会

       (ベンチャー2000)

          『未知への挑戦』

   ~ 21世紀へ飛び出せ! 高く広く遠く ~




     ~ ベンチャースカウト大会歌 ~


      『Do Venture! 心開いて』


刻みつけよう 心に深く 君と交わした 瞳の約束を
次に会う日が いつでどこでも 見逃さないさ その瞳の煌めき
繰り返し 朝が来ることの 素晴らしさ 気付いてるかい?
道はそれぞれ 夢も色々 大切に 抱いて行こう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて All the time  Be Pre-pared !
It’s just the word of B-P !


胸を激しく 揺する刺激は 新たな勇気 目覚めさせてくれる
悲しみ 怒り 喜び 不思議 すべて素直に 引き受けてみよう
手から手に 渡された愛が 世界地図 作るんだね
そなえよつねに 心開いて 伝え合い 求めあおう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて All the time  Be Pre-pared !
It’s just the word of B-P !
B.P.!  Ven-ture !




(※注:追記 私個人の感想です。)

この『歌』は、第6回日本ベンチャースカウト大会から、正式に、『ベンチャースカウト大会歌』として、採用されました。

ですが、私が、第6回日本ベンチャースカウト大会に、奉仕した時には、一回も聴くことはありませんでしたし、ましてや、歌うことなどは、全く、ありませんでした。

そして、第7回日本ベンチャースカウト大会は、開催中止。

『ベンチャースカウト大会歌』は、全く、聴かれなくなってしまいました。

何と言う、寂しいことでしょう。

ベンチャースカウト大会の代替の様な、富士特別野営も、山中野営場が無くなることにより、行われなくなるでしょう。

全国の、ベンチャースカウト達が、今後、一堂に会することはあるのでしょうか。

日本ベンチャースカウト大会は、ベンチャースカウト達の、貴重な交流の場であって、お互いにお互いを比較し合い、競い合うことも、ある意味、必要であると、覚悟を決めることができる場だったとも感じています。

『富士章』を、見たこともないスカウト達が、実際に、『富士章』を着用しているスカウトを、生で観ることができた場です。

そして、『富士章』に、憧れを持った。

本連盟の、バッジシステムの迷走は、いつまで続くのでしょうね。

まるで、堂々巡りで、年長隊の頃の進歩制度に、戻っている気がするのですが。

とっても、残念に感じています。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月 6日 (金)

『何時から、着ていないのぉ~?』(^^;

おはようございます!(^o^)/


【何時から、着ていないのぉ~?】(^^;


ローバー隊の、『信念会』の準備を行なっていた時に、

「ねぇねぇ、制服って、この前は、何時、着たんだっけ?」

と、『きゃさりん副長。』が、カレンダーを交換しながら、言っていました。 Img_4929
私達の、スカウトハウスの小部屋には、みんなが確認できる様に、対面で、カレンダーを、壁に貼ってあります。 Img_4930
その片方は、11月と12月になっていたのですが、もう片方は、7月と8月のままでした。 Img_4931
「と言うことは!
 8月の隊集会が、最後?」 Img_4933
『きゃさりん副長。』は、

「まぁ、そんなものかも知れないね。
 だってぇ!
 ズボンが入るかどうか、物凄く、心配しちゃったもん!」

とのことでした。(^^; Img_4936
今年の、ローバー隊の目標! Img_4937
『とりあえず、制服を着用する機会を増やす!』 Img_4939_2
何とも情けないですが、幹事長と、相談してみます。(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月30日 (木)

『無意味なシンボル?』(>_<)!

(# 000ー追加)(^^;

おはようございます!(^o^)/

【無意味なシンボル?】(>_<)!

(※注:写真は、平成28年6月3日(金)のものです。)


私は、とっても無責任ではありますが、どうしても、気持ちを前向きにすることができす、大変申し訳ないと思いつつも、『きゃさりん副長。』に、5月の中旬、写真の『物』を、取りに行って貰いました。

その『物』を、6月の上旬に、女子スカウトの自宅に出向き、お母様に手渡しました。 Img_4753 Img_4754 Img_4758
お母様は、

「あれまぁ~!
 いまごろぉ~?
 (4回目の富士章受章の)今回は、随分と遅かったのねぇ。
 (年度が)変わってから貰ってもねぇ。
 ◯◯(女子スカウトは)は、(大学の寮にいて)家にいないし。
 それで、もう(富士章は制服に)着けられないんでしょ。
 どうしたら良いのかって言っても、もう、どうし様もないんでしょ。
 『記念章』って、ことかしら。 
 (制服に)着けなければ、単なる『物』になっちゃって、何も役立たないわよね。
 無意味よねぇ~!
 それとも、(平出さんが)見本として持ってる?」


私も『きゃさりん副長。』も、言葉に詰まりまして、何も弁明することはできませんでした。(>_<)!


当隊では、
・平成18年度
・平成19年度
・平成23年度
・平成24年度
・平成27年度
に、富士スカウトが誕生しています。

平成27年度以外は、富士章は、スカウト達に、直接、地区から伝達されています。
要は、地区行事等の場で、手渡されていると言うことです。



平成18年度は、私が倒れてしまったこともあり、また、ベンチャー隊長交代の時でもあったので、生憎と、記録が残っていません。

その他の年度におきましては、団への申請から、スカウト達への、富士章伝達まで掛かった日数は、団面接、地区面接、県連面接を含んで、

・平成19年度  71日(2月24日:地区進歩委員長伝達)
・平成23年度 128日(9月28日:地区委員長伝達)
・平成24年度  56日(3月27日:地区委員長伝達) 
・平成27年度 154日(6月 4日:お母様へ手渡し)

となっています。

平成23年度は、かなりの日数が掛かっていますが、これは、部活動の大会や、夏休み中の部活動などの絡みと、スカウト本人の都合もあり、わざと、富士章伝達を遅らせて頂いたのですが、『年度』は、跨いでいません。

平成24年度は、超~ギリギリと言う感じですが、見事に、『年度内』に伝達して頂きました。


それで!


今回の『物』を観てみますと、
『平成28年2月23日(火)』
には、日本連盟で認証されています。 Img_4751 Img_4755
それが!


5月の中旬まで、一体全体、何処に行っていたのか?
誰が、保管されていたのか?
本当に不思議でなりません。

まぁ、今となっては、
『どうでも良いこと!』
なのですが、
『平成28年2月23日(火)』
の、認証であれば、平成27年度内の伝達は可能であったかも知れません。

それが、どうして、何処で滞ったのか!

本当に、無念でなりません!(>_<)! Img_4750 Img_4759

と言うことで!(^^;



超~短絡的なのですが、私と『きゃさりん副長。』は、ベンチャー隊指導者を、若き力に任せ、ローバー隊指導者として、次の若き力を求め、彼等がいる日本国内を行脚し、現地で、隊集会を行うことにしました。
と言っても、至極当然、物見遊山も含まれていますが。(^^;

愉しいスカウティングを、展開していきたいものですね!(^o^)/


(おしまい!)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月21日 (火)

『激励と賞賛!』(>_<)!

(# 012)

おはようございます!(^o^)/

【激励と賞賛!】(>_<)!

(注:写真は、平成25年11月4日(月・振)のものです。)

平成27年度の話しですが、昨年度内も、私が、勝手に師と仰ぎ、勝手に心の拠り所とさせていた方々が、次々と、旅立たれてしまいました。

特に、5個団が統合して、『新生』清水町第1団として、新たに動き始めた時の、
・初代団委員長
・初代育成会長
が、次々と、お亡くなりになってしまいました。

このことは、痛恨の極み!
私の心の拠り所が、より少なくなり、とても大きな痛手となってしまいました。(>_<)!



初代育成会長は、スカウトハウスの傷みを気にされ、雨漏りなどの修繕を、小まめにしてくださり、『活動場所の提供』を、特に気にされ、団の誰もが、全く何も知らないところで、様々な方法で、私達を、密かにバックアップし続けてくれていました。


また、初代団委員長は、
「とりあえず、70(歳)までは、頑張るから。
 それまでに、(富士スカウトを)お願いね。」
と言うのが、口癖でしたが、時間を空けては、スカウト達の活動の様子を、しばしば、視に来てくださいました。

ただ、初代団委員長との約束は果たせず、富士スカウトが誕生したのは、団委員長退任後、約4年後のことでした。
それでも、
『(団) 富士スカウト 顕彰式』
の際には、わざわざ足を運んでくださり、その時の、優しい眼差しと笑顔は、今でも忘れることができません。


その後、初代育成会長は、招かれる形で、友団を援けるべく、移籍されて行きました。

初代団委員長はと言いますと、宣言された年齢(70歳)を、少々、いや、かなりオーバーをされてしまいましたが、
「これで(登録を)辞める!」
と言われ、スカウティングとは、間を置かれる様になりました。

そして、今度は、
「孫と遊ばなきゃ。
 その時間が欲しいんだよ。」
と言うのが、口癖になっていたのでした。



ところで、当隊からは、
・平成18年度 1名
・平成19年度 2名
・平成23年度 1名
・平成24年度 2名
・平成27年度 1名
の、富士スカウトが誕生していますが、初代団委員長は、スカウティングと間を置いていたとは言え、そのことを、聴き伝えに耳にしたり、新聞記事等で知ると、必ず、スカウトハウスに立ち寄ってくださいました。

そうして、
「良かったね!
 素晴らしいよ!
 (スカウト達)みんな、頑張ってくれて嬉しい!
 大きな自信になったね。
 これからも、きっと、良いことがある。」
と、『激励の言葉』を、これまた必ず、遺して行ってくれたのでした。


初代団委員長は、長年に亘り、『旧』駿東地区の、
・野営行事委員長
・進歩委員長
を、歴任されていました。

特に、『進歩委員長』の時には、『面接』に拘りを持ち、『激励』と『賞賛』についても、
・どの様な言葉が適切なのか。
・どのタイミングで、言葉を掛ければ良いのか。
・言葉を、スカウトの心の中に届けたい。
・心の底から、お祝いの言葉を述べたい。
・信頼していることを伝えて、自信として貰いたい。
など、かなりの研究を積まれていたと思いました。

その研究熱心で、真摯な姿は、誰にも見せることは無く、いつもの優しい笑顔に包み、隠されていたのでした。 Img_8600

さて、私が、脳出血を発症し、それでも、スカウティングを続けていると知ると、初代団委員長は、スカウト達の様子だけではなく、今度は、私の様子まで、見に来てくださるようになりました。

「どうだい?
 身体の調子は?
 無理しちゃいけないよ。
 優秀な副長(『きゃさりん副長。』)もいることだしさ。
 (スカウト達も)優秀だから、大丈夫だよ。
 まぁ、ボチボチ、やってください。」

と、『激励の言葉』を、遺し続けてくださったのでした。


そうして!


私が、平成25年度に、ボーイ隊長、ベンチャー隊長、ローバー隊長の、3個隊の隊長を兼務することになった時!
(『きゃさりん副長。』は、3個隊の副長を兼務。)

「おいおい、随分と、(団は)派手なことをするねぇ。
 いくら、平出君だって、そりゃ無茶だろう。
 おまけに、その身体(左半身片麻痺)なのにねぇ。
 無理難題ってもんだ。
 弱ったね。」

と、スカウトハウスを訪れてくださったのでした。


しかしながら!(>_<)!


その時、初代団委員長のお身体は、既に、大変な病魔に侵されていたのでした。(>_<)!

『パーキンソン病!』

初代団委員長は、
「いやぁ、僕も、年を食っちまったもんだ。
 まさか、こんな病気になるとは思わなかったよ。
 でもね。
 お蔭で、平出君が、どんだけ苦労しているかが解かったよ。
 身体が自由に動かないって、どんだけ歯痒いか。
 リハビリも辛いしね。」 Img_8601
初代団委員長は、自分の苦労話などを、決して洩らすことはありませんでした。
そのため、何時頃から、病魔に侵され始めたのか。
そのことは、最後の最後まで、知ることはありませんでした。
また、お亡くなりになった日も、明かされることは無く、密葬(家族葬)の形を取られ、私が知ったのは、平成27年の12月、
『喪中葉書』
が、届いた時でした。(>_<)!


平成25年度内は、
「僕は、リハビリの散歩のついでだから。
 身体を動かしていないと、震えが止まらなかったり、(関節が)固まっちまうから。
 (自宅からスカウトハウスまで)歩いて、丁度良い距離なんだよ。
 それに、ここ(スカウトハウス)は、居心地が良い。」
と言っては、初代団委員長は、かなりの頻度で、スカウトハウスを訪れてくださっていました。

そこで、私は、
(初代団委員長の◯◯さんに、身体が思う様に動く、残された時間は、あまり無いかも知れない!)
と思い、余計なことかも知れないと認識しつつも、前団委員長に、
「初代団委員長の、◯◯さんの、表彰(かっこう章)を検討して頂けないでしょうか。」
と、お願いをしてみました。

すると!

「僕は、(制服の)胸に、色々と着けるのが嫌なんだよ!
 (申請が)面倒だし、(スカウティングを)辞めてんだし、(表彰の申請は)やらない!」
と、一蹴されてしまいました。



それは、多分ですが、以下の様なことに要因があると思います。

5個団が統合され、『新生』清水町第1団となった時、色々な話を詰めて行ったら、

『面接』については、
・「進歩、進級の際には、必ず行う。」
・「やったり、やらなかったり。」
・「都合が付けばやる。」
・「キャンプの時にやる。」
・「『面接』って、何? 必要?」

『激励』については、
・「そりゃ、絶対必要さ!」
・「隊長達が、やってりゃぁ、それで、良いんじゃないのか。」
・「いつも励ましているから、問題は無い。」

『賞賛』は、
・「良いセレモニーをして、保護者も呼んで、顕彰している。」
・「バッジを与えているから、それで良いんじゃない。」
・「賞状とか、出さなきゃけないの?」

などなど、そりゃもう、目茶苦茶で、バラバラでありました。


ですが、初代団委員長が、団を牽引されていた頃は、『面接』は、しっかりと為されていました。
そして、『激励』は、初代団委員長、自らが、スカウト達だけではなく、私達、隊指導者に対しても為されていました。
同様に、『賞賛』も、セレモニー等が、粛々と進められ、スカウト全員を対象とし、漏らすことは無かったと思いました。


今現在の話しですが、スカウト達や、その保護者の皆様にお話を聴きますと、

『面接は!』
・「隊長達と、面接(面談等)している時の方が、よっぽど緊張するし、(スカウティングについて)理解が深まる。」
・「団委員長達とは、滅多に会わないから、あんまり緊張しないし、一方的に話をされるので疲れる。」

『激励と賞賛は!』
・「滅多に(隊長は)誉めないから、誉められると、とっても嬉しい!」
・「(団委員長等に)誉められても、実感が湧かない。」

などの話しが、私共の隊では出て来てしまっています。



つまり、今現在の、当団に於いては、何かが足りない!(>_<)!



それは、一体全体、何だろうかと思いを巡らせたのですが、結局のところ、初代団委員長の姿が、浮かびっ放しとなってしまったのでありました。

そして!

『激励と賞賛』は、スカウト達にとっては、かなり重要な要素となっているが、ひょっとして、今現在の、当団に於いては、

『スカウト達より、指導者達の方にこそ、必要ではないのか!』

と、思う様になってしまいました。


『激励!』は、
・「団委員長、育成会長等から、励ましの言葉を掛けて頂く。」
・「それも、タイムリーであり、笑顔と共にであり、すんなりと心の中に浸透していく言葉。」
・「とても、心が安らぐ言葉。」
・「自己の自信が継続できる様に、信頼の言葉。」
・「情熱が、持続できる様な言葉。」

また、私はそうでしたが、『賞賛!』は、
・「何時の間にか、県連(特別)有功章、特別年功章等が申請されている(いた)。」
・「育成総会等の場で、顕彰して頂く(いた)。」



当団の指導者達ですが、多分ですが、
『激励と賞賛』
は、受けたことが無いのだと思います。

5個団の強制統合。
その負の遺産が、何時までも何時までも、根強く残り続けている。
それが、団を、増々、衰退の一途を辿らせている。



平成27年度の終わりに、私と『きゃさりん副長。』は、その様なことを考えながら、『悶々』と、し続けていましたが、
『初代団委員長』
及び、
『初代育成会長』
の、ご冥福を祈りつつ、お二人から頂いた、
『激励と賞賛!』
は、
(絶対に忘れないぞ!)
と、心に銘ずると共に、感謝の念に堪えなかったのでありました。



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/



(つづく。)(^^;

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2016年6月16日 (木)

『偶然!それともぉ?』(^^;

(# 011)

おはようございます!(^o^)/

と言うかぁ、実際は、
『こんにちは!(^o^)/』
ですがぁ。(^^;

実は、今朝は、早朝より、テレビに噛り付いておりました。

それで!!!

いきなりの、ツーシームを引っ掛けての、キャッチャーゴロ!

(何てこったい!)

と、思っていましたら、キャッチャーへの内野安打。
いとも簡単に、安打記録が並んでしまいました。(^o^)/

その後は、
(まぁ、今日は(記録更新は)無いだろう。)
と思っていましたが、何と何と、9回に打席が回って来て、矢の様な、見事な二塁打!
(流石は、イチロー!)
と、早朝から、『独り、興奮のるつぼ』状態に陥っていました。(^^;

ただここで、
(あのスイングは、もしかしたら、ホームランを狙っていたかも知れない。)
と、独り、ほくそ笑んでも、いたのでありました。(^^;

その後、『オリオールズ × レッドソックス』の中継が始まり、気が抜けてしまったのか、何となぁ~く観ていましたら、何時の間にか、気を失っていました。

と言うことで、あっと言う間に、午後になってしまい、先程、気が付いたと言う訳です。(^^;




【偶然!それともぉ?】(^^;

(注:画像は、町広報誌 平成28年5月1日号のものです。)


とある日、母親が、

「これね!
 ◯◯◯君じゃない?
 だけど、こっちは、妹さんだよね。
 2人一緒に(広報誌に)載っているよぉ。
 凄いね!」

と、言いまして、町の広報誌を、私の元に置いて行きました。

私は、
(あぁ、この前の(『町長表敬訪問』の)記事だろ。)
ぐらいに思いまして、あまりよく見ませんでした。

それで、少々、手が空きましたので、広報紙を観てみると、兄の方の記事が見当たらない。

私は、
「何だよぉ。
 何処に載ってんだよぉ。
 見付からないよぉ。」
と、母親に言いましたら、

「最後!
 一番最後!」

との返事でした。

私は、母親に言うままに、最後のページを観てみたのですが、どうにも見付からない。
最後のそこには、やはり、女子スカウトの記事が。 Photo
(何だよぉ!
 違うじゃん!)

と、思いつつ、1枚、めくり返しましたら、そこに、『消防団通信』と言う記事が。

(へぇ~!
 こんな記事もあるんだ。)

と思いまして、よくよく観てみますと、賞状を手にした、女子スカウトの兄の姿が!(^^;

(あちゃぁ~!
 何だこれ!) Photo_2
女子スカウトの兄ですが、5人兄妹の長男です。
そして、当団に於いては、3人目の富士スカウトであり、ベンチャー隊の副長でもあります。

社会人として、その職を熟し、消防団員として、地域に貢献し、そして、スカウティングでも、活躍をしている。
こんなにも嬉しいことはありません。

若い力が、躍動している。
その姿を、観ることができるのは、心からの歓びです!(^-^)/



『きゃさりん副長。』に、その記事を見せましたら、

「これってさぁ。
 きっと、偶然じゃぁ、無いわよね。
 何か、匂うぅ~!」

と言い、

「『知る人ぞ知る!』って、感じだけどさ。
 目立って、良いじゃなぁ~い!」

と、彼女もまた、悦びを隠せない様でした。(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!


(つづく。)(^^;

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2016年6月15日 (水)

『言葉が届かない?』(>_<)!

(# 010)

おはようございます!(^o^)/

【言葉が届かない?】(>_<)!

(※注:新聞記事は、平成28年3月31日(木)のものです。)


1990年代、当町内に、まだ、5個団が存在していた頃の話しです。

新聞社への取材依頼や、町広報係への広報協力依頼、町広報紙への掲載依頼など、その5個団が、バラバラに依頼をしていました。
そのため、取材日程のバッティング、取材内容の重複、取材の追加依頼、取材内容の変更依頼など、そりゃもう、かなりの目茶苦茶な状況でありました。(^^;

それを見兼ねました、当時の『社会教育課(現:生涯学習課)』の係長だった、中学校時代の先輩が、
「(取材依頼を)統一できないの?
 まとめられない?
 一つの系統にしてくれると、混乱が起きなくて、面倒が無くて良いんだけどさぁ。」
と、私に相談を持ち掛けてまいりました。

しかしながら、私が動く訳にもいかず、5個団の団委員長の皆様にお話をしていたところ、突如として、5個団統合の話しが持ち上がり、結果的には、バラバラだった取材依頼等は、自然に一系統となってしまったのでありました。(^^;

また、その当時の係長からは、
「新聞社にはさぁ、こちらから(取材依頼等を)しても良いよ。」
との提案もありました。

よくよく話を聞いてみますと、
・新聞記者が、月曜日には、必ず(町役場に)立ち寄る。
・新聞社と、町広報係とは、かなりの連携がある。
・取材内容にもよるが、新聞に掲載して貰うだけでなく、町広報誌にも掲載したい時がある。
などなど、新聞記事と、町広報誌の内容の整合性も図りたい考えもあった様でした。

そこで、その先輩のご配慮のお陰で、今現在は、取材依頼等については、
『団 ⇔ 生涯学習課 ⇔ 町広報係 ⇔ 新聞社』
と言う、系統を取っています。

一見すると、時間が掛かりそうで、また、厄介そうで、面倒臭そうですが、これがなかなかのものでありまして、慣れてしまって、機能しだしますと、とても楽なのです。
また、町に於いては、人事異動があっても、その申し送りは、きちんと為されてる様でして、とっても有難く思っています。(^-^)/ Photo
さて、年代は、2000年代に入ります。

2008年頃までだったでしょうか。
新聞社の記者さんは、女性の方でした。
2~3年は、お付き合いをして頂いたと思います。
取材内容は細かく、かなり、微に入り細に入り、質問をしてくださったことを覚えています。
ボーイスカウト運動に対しての理解も深くなり、面白がって、私や『きゃさりん副長。』、そして、スカウト達の話しを、よく聴いてくださいました。
何でも、その記者さんの、小学校、中学校時代には、
「クラスには、2~3人のボーイスカウトがいた。
 一体全体、何をしているのだろうと、とても興味があったが、その頃は、話を聞いても、何も解らなかった。
 今は、話を聞いて解かるし、理解ができ、納得ができ、話しが面白いし、(小学校、中学校時代のもやもやが晴れて)嬉しい。」
と、その様なことを述べられていたと思いました。


そして、2013年頃までは、今度は、男性の記者さんでした。
こちらの方も、小学校、中学校時代には、クラスにボーイスカウトがいたと言われていました。
「何となく、(何をやっていたか)解かるんだけど、半袖・半ズボンから(ユニフォームが)変わってしまったので、違和感がある。
 キャンプや、(緑の)募金が、(活動の)主体であったと認識していた。
 その自分の記憶と違って、(富士章や進歩制度を知って)とても驚いている。
 プロジェクト(報告書)なんて、大学の卒論みたい!」
と言う様なことを言われ、スカウト達の話しを、熱心に、興味深く、一つ一つ、きちんとしっかり聴かれ、取材が、30分以上に及んだこともありました。(^^;


そうして、ここ2~3年の、近年に至る訳ですが、突如として、状況は一変します。

記者さんが、かなり若返ったと言うこともあるのでしょうが、今回の、女子スカウトの『町長表敬訪問』の際には、

「ボーイスカウトというものが、あるのは知っている。
 奉仕や、アウトドアをする団体だと認識している。
 (小学校や、中学校時代は)ボーイスカウトは見たことが無い。
 (当然)学校や地域、近所には、(ボースカウトは)誰もいなかった。
 (富士章の)資料を頂いたが、あまりよく理解できない。
 (ユニフォームは)初めて近くで見た。
 (制服と言うと)何となく、軍隊っぽい。」

などなど、こちらとしましては、ある程度の予想はしていたものの、驚きの連続となってしまった、お話を頂戴しました。(>_<)!


ん゛~!

やっぱり!

そうなんだろうなぁ~!


私と『きゃさりん副長。』は、これは、
「どげんかせんといかん!」
と、思いまして、

・「青少年のための、世界的教育運動」
・「年代に応じた5つの部門(隊)がある」
・「3つの「ちかい」と、8つの「おきて」の日々の実践」
・「(ビーバースカウトからの)進歩制度」
・「班制教育」
・「野外(戸外)を教場とする」
・「教育の4本の柱」
・「シンボルの活用」

など、とりあえず、私が作成した資料を提示しながら、説明を試みてみました。


しかしながら!


記者さんにとりましては、とてもではないですが、頭の中に浸透して行く様な、言葉では無かったのだと思います。
まぁ、新聞紙面の都合もあったのだと思いますが、やはり、
『(富士章は)奉仕活動で地域に貢献したことが認められた。』
と言うところに、落とし所を持って行かれた様でした。 Photo_2
私と『きゃさりん副長。』は、その新聞記事を読みながら、新聞記者さんだけではなく、今現在の社会には、私達の概念的なものは通じないと思い、

・「ボーイスカウト講習会で、使用する様な言葉は通用しないので、別の言葉を探す。」
・「奉仕団体と言う概念は、拭い去れない。」
・「ならば、奉仕について、もっともっと魅力が発生する様な、派手(?)な奉仕の、より具体的な内容を提示する。」
・「奉仕の貢献度について、年数など、具体的に数値で示す。」
・「奉仕の評価について、町などから助言を貰う。」
・「アウトドア団体と言うのであれば、探検旅行の内容など、ワクワク、ドキドキするものを提示する。」
・「スカウト達が参加したジャンボリーなど、大きな大会の、愉しかった思い出話や、ハプニングなどの内容を提示する。」
・「特技など、スカウト自身の、身に付いた知識や技能など、より具体的に、スカウト達に話して貰う。」
・「スカウト達の技能が、どの様に役立っているのか、また、役立つのかを伝える。」
・「仲間(班員や、先輩、後輩など)との交流の愉しさを、スカウト達に話して貰う。」
・「全国、全世界のスカウト達との交流(NJ、WSJ、JOTA/JOTIなど)の醍醐味を、スカウト達に話して貰う。」

などなど、多くのことを話し合いました。

また、その話には、先輩富士スカウト達にも加わって貰い、
『社会の皆様に、私達の運動(活動)を理解して貰うためには、また、話しを受け入れて貰うためには、どの様な言葉を使用したら良いのか?』
と言うテーマを掲げ、今も、話し合いは、続行中であります。(^^;


結局のところ

「ボーイスカウトは、奉仕団体ではない!
 ボーイスカウトは、アウトクラブ団体ではない!
 ボーイスカウトは、必ずボランティアをする訳ではない!」

と言う様な言葉は、全く響かず、届かず、聴き入れては貰えないと言うことなのでしょう。

ならば、最早、それを逆手に取って、「奉仕」と「アウトドア」で売り出した方が早いのかも知れませんね。(^^;


『言葉よ! 届けぇ~!』(^o^)/


私と『きゃさりん副長。』の『悶々』は、まだまだ、続いていたのでありました。(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく。)(^^;

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2016年6月14日 (火)

『行くっきゃない!』(>_<)!

(# 09)

おはようございます!(^o^)/

【行くっきゃない!】(>_<)!

(注:写真は、平成28年3月28日(月)のものです。)

当隊の女子スカウトですが、高校の卒業式後、ゆっくりとする間もなく、本年の3月上旬には、この地を離れ、大学の運動部の合宿所に入りました。
まだ、大学の入学式も迎えていなかったと言うのにねぇ。
まぁ、大学の運動部と言うか、体育会と言うか、言い方は悪いのですが、1年中、運動し続けている様な気がしてなりません。(^^;

それが、より強い、全国クラスの超強豪運動部になりますと、1年中はおろか、1日中、運動している、と言っても過言では無い様な気もします。
誠に勝手な解釈なのですがぁ。(^^;

さて、女子スカウトが、大学に行ってしまったので、暫くは、のんびりと、できるかと思っていたのですが、そこに、町の生涯学習課から連絡が!

私は、忘却の彼方どころか、すっかり忘れていたのですが、
「◯◯さんの、町長訪問ですが、予定通りで良いですか?
 総務(秘書係)から連絡があって、町長の予定を確認して、その再確認だそうです。」


(あんぎゃぁ~!
 やっちまったぜぃ!)


実は、女子スカウトの『隼章取得 町長表敬訪問』の際に、
「3月下旬頃に、『富士章の町長表敬訪問』をお願いします。」
と、私が、先行して、生涯学習課と総務課に、お願いしてあったのでした。(^^;

そして、昨年の11月頃の段階ですが、女子スカウトのお母様とも話し合って、
「大学の(運動部の)顧問と話しをしたら、入学式前だから、3月の下旬なら(練習や試合の予定は無く、帰省しても)大丈夫みたいです。」
と言う話を聞き、私は、すっかり安心し切ってしまっていたのでありました。


(何てこったい!)


私は、慌てて、『きゃさりん副長。』に連絡を取り、打合せに来て貰いました。

当隊は、『富士スカウト』になりますと、
・ネーム入りの革ベルト
・富士スカウト用名札(えんじ色:授与番号入り)
・記念盾
・オリジナルキャップ(レッド)
を、プレゼントする様にしています。

それらは、私と『きゃさりん副長。』の、ポケットマネーで賄う様にしています。 Img_4125 Img_4126 Img_4127
ところが!


その時点では、『富士章』は、未だ届いてはおらず、『授与番号』も解かりませんでした。
そうなると、『富士スカウト用名札』は、発注することができず、(さぁて、どうしたものやら。)
と、悩み込んでしまいました。

そこで、悩んだ挙句、『ボーイスカウトエンタープライズ』様に、電話を入れてみることにしました。

すると!

「あぁ~、よくある話ですね。
 (授与番号を)忘れちゃって、皆さん、(授与番号等)色々と聞かれて来ますよ。」
言われ、とある知恵を授けて頂きました。
そのお蔭で、女子スカウトの、『富士章授与番号』が判明し、富士スカウト用の名札を発注することができたのでありました。

またこれは、とんでも無い話なのですが、
「(ベルトや盾は)納期が、早くても3週間ぐらい掛かるんですよぉ。」
と、言われたのにも拘わらず、ゴリ押しで、無理を言いましたら、
「解かりました!
 何とかしましょう。
 (希望納期)ギリギリになると思いますが、何とかします!」
と、言ってくださいまして、結局のところ、町長訪問前には、それらのものが、見事に手元に届いたのでありました。
本当に、『ボーイスカウトエンタープライズ』様様でした!
この場を借りて、感謝、御礼申し上げます。(^-^)/


さてさて!


ここでまたまた、大問題が!
と言うのも、肝心要の『富士章』が届いていなかったのでした。
これはもう、どうすることもできず、
(『隼章』のままで行くか?)
と、悩んでいたところ、女子スカウトのお母様が、
「お兄ちゃん達(3人)の(富士章)が、あるじゃない。
 それを着けてっちゃ駄目?」
と言われ、私が、
「◯◯ちゃんの(富士章)は、新しいタイプのやつで、違うんですよぉ。」
と言いましたら、
「そんなの、(町には)解かりはしないわよ。
 それに、本人(女子スカウト)や、私が、納得していれば、それで良いんじゃないの?
 (時間が掛かっても)結局は、(富士章は)届くんでしょ。
 だったら、良いじゃない!」

流石は、女子スカウトを含めて、4人もの富士スカウトを育ててくださった肝っ玉母さん!(^o^)/

(確かに、既に授与番号が発行されている。
 それに、ボーイスカウトエンタープライズで、富士スカウト用名札を作ってくれた訳だから、良いのか。)

と、私は思い、お母様に、お任せいたしました。
すると、
「(3枚の富士章の中から)一番、良さそうなのを着けて行きますから。」
と、笑顔で応えてくださったのでした。(^^; Img_4130 Img_4140 Img_4141

当初、私は、『富士章』が無いため、『町長へのご挨拶』としていたのですが、そんな、まどろっこしいことをやっていても仕方が無いと思い、『富士スカウト 町長表敬訪問』とすることにしました。
そして、町の生涯学習課と調整を進め、表敬訪問の際に、富士章のプロジェクトについて、15分間で、プレゼンを行うことになりました。

プレゼンについては、先輩スカウト達も行って来たことでありまして、女子スカウトは、覚悟はしていた様ですが、プレゼンの準備が思う様に進まず、かなり、やきもきはしていたと思います。
そこで、プレゼンの資料は、『きゃさりん副長。』と女子スカウトとの、メールの遣り取りで、『きゃさりん副長。』が、準備を整えることにした様でした。

その資料は、プロジェクト報告書の『別冊』なのですが、女子スカウトが、ワードで作成し、表紙も含め、全部で39ページもあります。(^^;
『きゃさりん副長。』は、とっても大変だったとは思いましたが、印刷後に、綺麗に製本までしてくれました。(^-^)/

私はと言いますと、『口述書』について、女子スカウトと、メールで推敲を繰り返しました。
そして、それを、『きゃさりん副長。』に、読み上げて貰い、何とか15分以内に収まる様にいたしました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(※『プレゼン資料』、『口述書』を観てみたいと言うご希望がありましたら、メッセージでお知らせください。
 添付ファイルにて、お送りいたします。
 女子スカウトは、許可を貰ってあります。)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


女子スカウトですが、結局、先輩達の手前もあり、表敬訪問の前日の夜遅くに、自宅に戻って来た様でした。
表敬訪問の当日には、早朝に、スカウトハウスに集まり、服装を整えた後、プレゼンの予行演習に入りました。

ただぁ、やっぱり、実際に行ってみますと、どうしても、言い辛い言葉や、言い回しがあったりして、言葉に詰まったり、噛んだりしてしまっていたので、ここで更に、推敲を行ったのでありました。(^^; Img_4144 Img_4145
『町長表敬訪問』は、1時間程度の時間を取って頂いていたのですが、結局は、軽くオーバーしてしまいました。
と言うのも、女子スカウトのプレゼンに感動した、町長、副町長、教育長、生涯学習課長等の皆様が、質問責めをし、また、過去の富士スカウト達の思い出話にも飛び火し、治まりが付かなくなっていました。 Img_4158 Img_4161 Img_4162
この日は、平日であり、『きゃさりん副長。』は、時間休で出席していたくれたので、
「ねぇねぇ、まだ終わんないのぉ?」
と、私の脇腹を突き捲っていました。(^^; Img_4165
そこで、
「そろそろ、記念撮影をお願いできますか?」
と、何とか話を振り、話しを切り上げることができたのでありました。(^^; Img_4166 Img_4173 Img_4174
その後、『きゃさりん副長。』は、そそくさと、会社に向かい、女子スカウトとお母様も、
「(合宿所に)買っていく物があるから!」
と、私は、独り、スカウトハウスに残されたのでありました。(^^;


何だかなぁ~!

寂しい~!(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく。)(^^;

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2016年6月12日 (日)

『間違い探し?』(^^;

(# 07)

おはようございます!(^o^)/

【間違い探し?】(^^;

(注:写真は、平成28年1月10日(日)
            1月31日(日)
            2月20日(土)のものです。)

って、言う訳ではありませんが、各々の写真の中に、それぞれ間違いがあります。(^^;

写真は、全て『富士章面接』のものなのですが、私以外に誰も気が付かなかったのは、また、指摘を受けなかったのは、何だか、とっても寂しい気がしています。(^^;


それで!

またまた、私事になってしまいますが、私は、ろくに勉強をしなかったせいか、視力がとても良かったです。
自衛官を退官し、一般企業に就職した途端に、その視力は次第に落ちて行くのですが、25歳までは、両眼共に、『2.0以上』の視力がありました。

今では、超老眼のお爺ちゃんになってしまいましたが。(^^;

そのお蔭で、少年野球では、選球眼を買われて、2番バッターに収まり、フォアボールの獲得数は、常にナンバーワンを保ち、ピッチャーの癖を掴むのが上手かったので、盗塁数も常にトップでした。
あ゛っ!
バントも巧かったっす!(^^;

陸上自衛隊操縦学生(ヘリコプターのパイロット)の試験を受けた時には、2次試験の身体検査で、医師から、
「稀に見る、良い目を持っている。
 静止視力だけでなく、動体視力・深視力・中心視力・中心外視力・近視力・遠視力、それに、視野(角度)が広い。
 何よりも良いのは、両眼のバランスだ!
 ただなぁ、心電図が気になる。
 悪さをしないもの(波形)ならば良いんだけど、悪い方に出たら、死活問題に陥る。」
とまぁ、目のことは、超誉められたのですが、結局のところ、パイロットの試験には受からず、また、その後、25年後になりますが、見事に医師の予言は的中し、脳出血に至ってしまったのでありました。

いやぁ、ドクターと言うものは、何とも凄いものですね。
今考えますと、パイロットにはならなくて良かったと思っています。
操縦桿を握っている時に、脳出血を発症してしまったら。
それは、車のハンドルも同じことなのですが、今となっては、自宅で倒れて、本当に良かったと思っています。(^^;



さてさて!


その様な話しはともかくとしまして、まずは、最初の4枚です。
これは、団での富士章面接の様子です。
女子スカウトも『きゃさりん副長。』も、とてもにこやかな笑顔で写真に納まっていますが、何かが足りません。
実際、私は、この場にいて、
「直ちに(自宅に戻って)取って来なさい!」
と、女子スカウトに、きつい言葉を発したのですが、女子スカウトは、
「家の鍵を持っていないです。
 自宅には、みんな出掛けてしまって、誰もいないです。
 お母さんの携帯は、電源を切ってあるみたいです。」
と言うことで、結局のところ、そのまま、団面接を行って頂きました。(^^; Img_4012 Img_4015
それで!

何が足りなかったのかと申しますと、『タスキ』です!
『タスキ』が無いのです。
当隊では、右袖の技能章の着用は、最大、6個までと限定しています。
それ以上ですと、どうしてもバランスが悪くなり、見た目が良くなくなり、個人的感覚ですが、何となく、格好悪いのです。
また、技能章が多過ぎてしまい、右袖が、ガサガサとしてしまう様なのです。
そのことは、先輩スカウト達から、
「右袖が、(敬礼などの際に)何となく自由に動かない。
 (右袖が)ガサガサして、気分が良くない。
 (右袖が)気になる。」
等々の感想を貰い、技能章が7個になったならば、直ちに、『タスキ』に技能章を着用することにしたのでした。 Img_4024 Img_4029 女子スカウトは、
「次は、(『タスキ』は)絶対に忘れません!」
と、断言しておりましたが、さぁて、どうなったことやら。(^^;


と言うことで!(^^;


お次の3枚の写真は、地区富士章面接の時のものです。
今度は、女子スカウトは、しっかりと『タスキ』を着用しています。(^-^)/ P1100593
それは良いのですが、誰かが、その場にいません!
そう、その人物は、この私なのです。

『今』、ですから申しますが、私は、
(団面接から地区面接まで、どうして、3週間もの間が空いてしまうのだろうか?)
と言う疑問を持ち続けていました。

そのことを、『きゃさりん副長。』に申しましたら、
「(地区面接には)来ない方が良いんじゃない!
 (私が)来たら、絶対に文句を言うでしょ。
 それも、喧嘩になるぐらいにさ!
 止めときなよ!」
と言われまして、私も、
(多分、一言二言、三言でも済まないだろうなぁ。)
と思いまして、『きゃさりん副長。』が、
「嘘も方便、ってか!
 隊長の、体調不良って言っておくから、大丈夫!
 ◯◯ちゃんは、度胸があるし、もう(面接には)慣れているからさ!
 (私達に)任せて!」
と言うことで、女子スカウトと『きゃさりん副長。』に、地区面接に向かって貰いまして、私は、自宅で待機しておりました。

そして、その後に、『きゃさりん副長。』から送られて来た画像を観まして、私は、愕然としてしまったのでありました! P1100612
無い!(>_<)!

確かに着いていない!

『野営管理章!』

女子スカウトと『きゃさりん副長。』は、相変わらずの、にこやかな笑みを浮かべ、写真に納まってはいましたが、私は、その様なところは視てはいませんでした。

立ち姿、そして、服装を含めた全体のバランス。
結果、約束の『タスキ』に、『野営管理章』が無いことに、気付いてしまったのでありました。
全く持って、嫌ぁ~な隊長ですよねぇ。(^^; P1100613
『野営管理章』は、平成27年8月12日(水)に、取得済みであったために、女子スカウトとお母様に、そのことを伝えましたら、二人で、大騒ぎをしながら、家中を探した様でした。
そして、お母様から、
「ごめんなさい!
 ありました!
 あったんですよぉ!
 それも、机の中。
 青い本(『技能章の指導と考査の手引』)に、しっかりと挟んであって!
 本人がね、(大事にしなくっちゃ! 大切にしなくっちゃ!)と思って、仕舞い込んじゃったみたいなんですよ。
 今から着けますから、今度こそ、大丈夫です!」
と、ご連絡を貰いました。

やれやれですねぇ。(^^;



さぁて、お次は、残りの3枚、『県連盟富士章面接』です。
ですが、こちらの方は、女子スカウトしか写っていません。 P1100688
この日は、土曜日で、『きゃさりん副長。』は、仕事で、都合が付きませんでした。
私は、介助者の確保ができずに、(実際は、直近で確保ができたのですが。)超困っていました。
また、団委員会は、
「土曜日だよね。
 日が悪い。
 誰も対応できないよ!
 夜だったら良いんだけど。」
とのことでした。

つまり!

これらの写真の間違いと言うのは、
『だぁれも、指導者が、スカウトに付き添っていなかった!』
と言うことなのです。(>_<)!

そのことは、由々しき大問題であります。
団で、誰も対応ができない。
それだけ、団の体力が墜ちていると言う証拠でもあります。

私は、
(やばいなぁ。
 なんとかしなきゃ!)
と思い、女子スカウトの保護者にお願いをしてみましたが、やはり、土曜日は対応ができないとのこと。

また、私は、
(独りで行かせて良い筈がない。)
と思い、今度は、ローバースカウト達に、打診をしてみました。

すると!
ベンチャー隊の新隊長候補のローバー君が、
「ひとななまるまる(17:00)頃までに、帰って来れますか?
 それならば、(付き添っても)大丈夫でっす!」
と、嬉しい回答をくれたのでありました。(^-^)/ P1100691
そして、そのことを『きゃさりん副長。』及び、団委員会に伝えますと、『きゃさりん副長。』は、
「ほんと!
 良かったじゃない。
 ☐☐ちゃん(ローバー君)が、◯◯ちゃん(女子スカウト)を、(自家用車に)乗っけてくのぉ。
 きゃ~!
 何か起きちゃったらどうしよう。
 ロマンスよ!
 ロマンス!」
と、独り、浮かれ捲っていたのでありました。

ですが、ただここで、『きゃさりん副長。』から、
「ねぇねぇ、本当にそれで良いの?
 貴方(私のこと)は、満足が行くの。
 最後の最後じゃない。
 (県連盟に行かなくて)良いのかなぁ。
 後で、思い残したことがあったって言っても、私、何も聞かないからね!」


つまり、『きゃさりん副長。』からは、
・本当に、女子スカウトに付き添わなくて良いのか?
・後で、ぐじゃぐじゃ文句を言うんじゃないの。
・本当は、本心は違うんじゃない!
と、私の心中は見抜かれていたのでありました。 P1100692

実際問題、この時の私の心中は、
・今までは、団面接から、県連盟面接までは、1か月以内に収まっていた。
・それが、1か月半も掛かってしまうなんて、どうしてなのだ。
・色々と、文句を言いたくって、うずうずしていた。
・年初めの、県コミとの面談が行われなかったが、ここで、県コミに会うと、余計なことを口に出してしまいそう。
・県コミには会いたくないなぁ。
・文句など、口に出さなくても良いことなのに、それらを吐露したくって、吐露したくって、仕方が無かった。
などなど、余計な考えが、頭の中で渦巻いてしまって、その時は、どうにも判断する能力が無くなっていた様に思えました。

そこで私は、役務放棄と言われても仕方がありませんが、県連盟に赴くのを止めてしまったのでありました。




先に、画像内の、女子スカウトの服装について、その『間違い探し』をしたのでありますが、その様なことは、軽微なことであり、笑い噺であり、全く、問題にはならないと思います。
ですが、一連の面接が終了した時に、本当の『間違い』は、私の心の中にあったのだと思いました。

結局のところ、私は、『ベンチャー隊長』の役務を果たしてはいません。
隊長であるならば、各面接に於いて、最後には、
「お時間を割いて頂きまして、誠にありがとうございました。
 感謝申し上げます。」
と、挨拶を述べなければいけないと思います。
それを、今回の一連の面接の中では、何も行わなかった。
このことは、恥ずべき事項だと、認識しています。

団・地区・県連盟と、それぞれの役割があり、それぞれが機能し、組織として、成り立っています。
その中の、一(いち)ベンチャー隊長として、今回は、どの様に振る舞って、どの様な態度を示したのか。
やはり、本当の間違いは、私の心の中にあったのかも知れません。
『感謝の心』が、何処かにすっ飛んでいたと思います。(>_<)!



平成28年2月20日(土)の時点で、女子スカウトの富士章申請は、県連盟に受け付けられました。
私も『きゃさりん副長。』も、心の奥底から、ホッとしたのは言うまでもありません。

ただ、『きゃさりん副長。』が、
「本当に、(平成27年度)年度内に(富士章が)届くのかなぁ。
 ◯◯ちゃんに、(富士章を)渡せるのかなぁ?
 とっても心配!」

そのことは、私も同様でありましたが、結局のところ、『きゃさりん副長。』の、負の予想は当たってしまい、平成27年度内に、女子スカウトの手元に、『富士章』が届くことはありませんでした。

またまた、私と『きゃさりん副長。』の『悶々状態の日々』は、かなりの間、続くのでありました。(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/


(つづく。)(^^;

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2016年6月11日 (土)

『最後の砦も崩壊!』(>_<)!

(# 06)

おはようございます!(^o^)/

【最後の砦も崩壊!】(>_<)!

(注:写真は、平成28年2月13日(土)
            2月28日(日)のものです。)

当隊と言うか、私は、宗教章の取得に関しては、中学校卒業後、高校入学までの春休みの間に、取得することを奨励しています。
「その年代では、(理解が深まらず)まだ早い!」
と、言われる方も多数いらっしゃいますが、静岡県連盟では、浜松地区及び浜松東地区の皆様が、旧くから、『宗教章(佛教章)取得研修会』を開催してくださいまして、その開催時期が、丁度、春休み中でして、何かと都合が良いことから、その取得研修会に参加する様に勧めています。 P1100615 P1100619
それで、私は、今までに、シニアー富士6名と、ベンチャー富士7名と、直接の関わりを持って来ました。

シニアー富士達の場合は、高校2年生になって、11月頃から、富士章に挑戦を始めたものですから、全く持って、余裕がありませんでした。
そこへ、『宗教章』と言う難題も絡んできまして、一体全体、どうしたらよいものやらと、思案に明け暮れていたのですが、そこはもう、
『渡りに船!』に『地獄に仏!』
と言うことで、浜松の皆様に援けられたのでありました。


ただ、その時に、大問題が発生しまして、
①高校の先生と。
「春休み中は、受験勉強合宿を行う。
 そんなもん(ボーイスカウトのこと)やってられる訳が無いだろう!」
②部活の先生と。
「インターハイ(予選)は、(春休みから)もう始まっている。
 春休みは、新3年生と新2年生が、強力にチームワークを作り上げる時なのに、そんなもん(ボーイスカウト)なんて、やってられる訳が無いだろう!」
③学習塾の先生と。
「ウチは、(春休みに)特別講習を組んでいて、保護者の皆様から、既に、代金を頂いております。
 特別講習には出て頂きます。
 勿論、代金の返金はできません!」
④保護者の皆様と。
「(上記の様なことから)ウチは、(取得研修会に)参加させません!
 (ボーイスカウトは)辞めさせます!」
などなど。


この時は、本当に参ってしまいました!(>_<)!

私には、何も打つ手がない。
一体全体、どうしたら良いのだろうと、途方に暮れていたところ、当時の団委員長達(2個団のスカウトの面倒を看ていたので。)が、
「よっしゃ!
 おら(達)に任せろや!」
と言ってくださり、各方面との交渉に当たってくださったのでありました。(^-^)/

今想い出しても、昔の団委員長の皆様は、凄かった!
本当に頼りになりました。
また、当時の私共の地区では、富士スカウトは1名も誕生しておらず、
『富士スカウトを、一刻も早く誕生させる!』
と言う、団委員長の皆様の、競争心もあったかも知れません。
とは言え、そのお陰で、シニアー達は、無事に『宗教章(佛教章5名・神道章1名)を、手にすることができたのでありました。
そして、初の(シニアー)富士スカウト達が、一挙に7名も誕生したのでありました。 P1100625 P1100629 P1100631 P1100633
それから、これは、私事であり、余談なのですが、私は、『年長富士章』に挑戦したことがありました。
ただ、最後の最後に、県連盟で、立派な口髭を蓄えた方から、
「おい!
 宗教章はどうした?」
と言われ、それで、全てが終わりとなりました。(^^;

当時ですが、『年長隼章』は、この本文の最後に考査細目を記載しますが、それはもう、目茶苦茶な内容だったと思いました。
『菊章』は、少年隊の時に取得していましたので、そのまま、隼章に挑戦することが可能だったのですが、確か、1年半以上は、隼章挑戦に軽く費やしたと思いました。
ただ、その分、富士章の考査細目は軽く、その上、
『宗教章の取得』
は、考査細目には無かったのです!

つまり、『年長隼章』も『年長富士章』も、信仰や宗教に関する考査細目は無かったと言うことなのです。

では、立派な口髭の方から言われた、
『宗教章は?』
と言うことになるのですが、私の記憶が曖昧で、はっきりしたことは言えませんんが、年表を調べたところ、

『昭和51年(1976年)2月、全国会議でシニアー部門の進歩制度改正を承認』

と、あります。

その当時、私は、17才でありまして、『年長隼章』は取得していました。
その翌年に、富士章課題を提出した後、
「おい!
 宗教章はどうした?」
と、言われた訳なのですが、問題は、この時の、年長隊からシニアー隊への移行時期だと思うのですが、その頃には、
『移行期間』
なんてものは、無かったのでしょうかねぇ。
いきなりの移行だったのかなぁ。
記憶が曖昧です。(^^;

まぁ、とにかく、その時から、『宗教章』と『富士章』には、『恨み辛み?』がありまして、
(シニアー隊長になったら、スカウト達には、絶対に悔しい思いはさせんぞ!)
と、心に固く誓ったのでありました!(^-^)/ P1100634 P1100636 P1100642

さてさて、前置きが、またまた、長くなり過ぎました。(^^;

と言うことで、春休みに、浜松市北区引佐町奥山の、
『臨済宗方広寺派大本山 方廣寺』
で開催される、『宗教章(佛教章)取得研修会』に、当隊としては参加をする様になりました。

ただそこで、そのまま、いきなりその研修会に参加をさせる訳にも行かず、町内の小学校時代の恩師のお寺で、事前研修を行って貰う様にしています。
また、浜松での研修後に、事後研修を行い、ご住職に報告を行うとともに、佛教章の伝達式も行って頂いております。

もう彼此、22年のお付き合いになるのでしょうか。
本当に有難く、心から感謝しております。 P1100647 P1100655
本年も、『宗教章(佛教章)取得研修会』に、スカウトに参加して貰うべく、準備を整えておりましたが、平成27年度は、23WSJが開催された年度でもありました。
そのため、23WSJに参加したスカウトがおり、ボーイ隊には、ベンチャー隊上進予定スカウトも含めまして、4名の1級スカウトがいました。
私は、
(中学校2年生のスカウトには、まだ早いかなぁ。)
と思いつつも、ボーイ隊長の要望もあり、4名を、予約申込することにしたのでした。
そして、当町内の『普済寺』に於きまして、事前研修を行って頂いたのでありました。
また、同時期に、浜松東地区の進歩委員長様から、『本申込用紙』が送られてまいりまして、4名の参加は、ほぼ確定と言うことになっていました。 P1100660 P1100664
と!

ここまでは良かったのです!

確かに順調だったのです!

ところが!(>_<)!



4人のスカウトを、仮に『A君』・『B君』・『Cさん』・『D君』とします。

まずは、『A君』ですが、
「(よくよく調べたら)僕んち、『神道』なんです。
 宗教章は、『神道章』を取りたいです。」

(ん゛~!
 ぬわんだってぇ!)

次に、『B君』。
「(よくよく)予定を確認したら、浜松の研修の前の日に、(部活動の遠征で)大阪から帰って来るんです。
 早くて、11時(23時)頃でぇ、遅いと、朝(5時頃)に、なっちゃうかも知れないです。」
(それは、前々から解かっていなかったのか?
 帰って来る時刻は、いつもそうなのか?)
と言う私の問いかけに対し、
「はい!
 そうです!」
だって!

そして、『Cさん』。
「あのぉ、確かぁ、研修の初日は、終業式なんです。
 遅刻しても大丈夫ですかぁ?」
とのこと。

あ゛~!
全くもう!(>_<)!



それらの話しを聴いて、私も『きゃさりん副長。』も、落胆を通り越して、その場にへたり込んでしまったのは言うまでもありません。
本当に、立ち上がることができないくらいに、気落ちしてしまいました。

『きゃさりん副長。』は、
「何これ!
 一体、何なの、ボーイ隊は!
 (去年は)こんな事なんて、無かったぢゃないの!
 何で、こんなに、おかしくなっちゃったのぉ!
 ジャンボリー、ぼけ?」
と、逆鱗し、
「みんな、様ぁ、無いわよねぇ。
 私達を、(ボーイ隊から)追い出したから、こうなっちゃうのよ!」
と、憤慨し捲っていました。



とは言え、私も一緒になって怒り狂っている場合では無く、直ちに、浜松東地区の進歩委員長に、参加取り止めの連絡を入れなければなりませんでした。