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2017年7月10日 (月)

『匂いの、正体!(その4(終))』(^-^)/

(出雲市・米子市 訪問:その48)


(※注:平成29年5月4日(木・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【匂いの、正体!(その4(終))】(^-^)/


(ペン)「『Wさん』と、おデブ隊長。
     不思議な、『ご縁』が、できちゃったね。」

(ハム)「あぁ、そうだね。」

(ペン)「二人の話し。
     全然、途切れないけど、このままなのかなぁ。」

(ハム)「多分だけど、『北島国造館』に入ったら、
     急に変わると思うよ。

     話の切り替えが速い。
     それが、自衛官だから。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだ。

     でもさ。
     『Wさん』、何で、あんなに大喜び
     してるんだろ。」

(ハム)「んとね。

     『航空通信』の話しだけど、

      『超~、久々にした。』

     って、『Wさん』が、言ってるよ。

     それにね。

      『F-15が、導入されてからは、
       『地方連絡部(現:地方協力本部)』
       等の、勤務に回った。』

     んだって。

     だから、

      『『航空通信』の話などは、通じないし、
       誰もしないし、誰も聞いてくれないし、
       孤独感もあったし、
       鬱屈感の様なものもあった。』

     そうだよ。

     それで、ここで、おデブ隊長に、
     遭ったおかげで、昔の記憶が蘇って来て、
     思う存分、話すことができて、少し、
     ガイドの役目を忘れかけてしまったけれど、
     とことん、昔の話を、話すことができて、
     とっても、愉しかったそうだよ。

     おまけに、陸上自衛隊の、パイロットの
     養成の様子や、無線機の整備の話なども
     聞くことができて、何となく、合点が行った、
     とも、言ってるよ。」

(ペン)「ふぅ~ん。
     そんなにも、内容が、深かったんだぁ。

     やっぱり、自衛官にしか分からないって言うか、
     そんな話を、おデブ隊長と話せて、
     『Wさん』は、良かったんだぁ。」

(ハム)「そうだね。
     何となくだけど、心のつかえが、
     取れたみたいだよ。

     だけどね。
     『Wさん』が、残念なことが、一つあるって、
     言ってるよ。」

(ペン)「え゛~。
     なんだろうね。」

(ハム)「おデブ隊長がね。
     明日の晩、『航空通信修理課程』の、
     同期生と、一杯やると言ったら、『Wさん』が、
     何かを、想い出したみたいだよ。」

(ペン)「何だろうね?
     『同期生と、一杯!』
     そこに、何かあるのかなぁ。」

(ハム)「うん。
     なんでも、6年前の話しなんだって。」

(ペン)「6年前ぇ~?
     何か、あったかなぁ。
     まぁ、俺達は、カブだったかも
     知れないけどぉ。」

(ハム)「おいおい!
     大事なことを忘れてないか?
     2011年3月11日(金)だよ!」

(ペン)「あ゛~!
     『東日本大震災!』

     え゛っ、おや?
     ちょっと待って!

     確か、『航空自衛隊生徒』が、
     廃止されたのは、2011年3月だったよね。

     ひょっとして、もしかして、それと、
     関係があるのぉ?」

(ハム)「有るも無いも、大有りだよ!

     『Wさん』の話しによると、
     『航空自衛隊生徒』の最後の卒業式と、
     『航空自衛隊生徒の廃止式典』、
     『祝賀会』が、2011年3月19日(土)に、
     行われる予定だったんだって。

     だけど、現役の自衛官は、みんな、
     『東日本大震災』の、災害派遣で、
     出動してしまったんだよ。

     それに、『ブルーインパルス』だって、
     一部だけど、津波に、流されちゃったじゃん!

     そうしたら、呑気に、『式典』や『祝賀会』
     なんて、やってられないじゃん。

     それでね。
     『最後の日』に、『航空自衛隊生徒』の、
     OBの皆さんは、期待に胸を膨らませて、
     『熊谷基地』に集う予定だったんだって。

     勿論、『Wさん』も、とっても、
     愉しみにしていたんだって。

     だってさ!
     自衛隊は、日本全国でしょ。

     『Wさん』の、第5期の、50名程度の、
     同期生の皆さんは、全国に、バラバラに
     いる訳だから、なかなか、会うことが
     できなかったし、多分、『最後の卒業式』、
     『廃止式典』、『祝賀会』が、本当に、
     最後に会うチャンスなんだろうって、
     考えていたんだって。

     他の同期生の皆さんも、
     『これが、最後になるだろう。』
     って、覚悟を決めていたんだって。

(ペン)「そうだよね。
     最後だもん!
     みんな、会いたいに決まってるじゃん!」

(ハム)「でもね。
     結局、みんながみんな、
     『熊谷基地』に集って、会うことは
     できなかったんだって。

     やっぱり、大災害が起きて、多くの人々を、
     緊急に救助しなければならない状況下では、
     国内移動は、極力、控えて、
     自衛隊の災害派遣や、その他、警察、消防、
     行政機関、民間のボランティアなどが、
     優先的に移動できる様にすべきだと考えて、
     腹を決めたんだって!

     流石に、そこは、『航空自衛隊生徒』なんだよ。

     と言うか、自衛官なんだよ。

     被災者のことを、最優先に考えたんだね。

     それでね。
     『最後の卒業式』は、集まることのできる、
     近隣のOBが集まり、『最後の卒業生』を、
     見守ったんだって。

     だけど、『航空幕僚長』は、『熊谷基地』に、
     来ることはできず、『航空生徒隊 隊旗』は、
     『航空幕僚長』に、直接は、
     返納できなかったんだって。

     『廃止式典』は、簡略化され、勿論、
     『祝賀会』は、諦めざるを得なかったんだけど、
     OBから集められた、『祝賀会費』の、
     『約300万円』は、『東日本大震災』の、
     被災者に、贈られたんだって!

     それでね。
     そのことは、

     『皆の胸に秘めておこう。』

     と言うことで、当初は、一切、
     口外されなかったんだって。」

(ペン)「すんげぇ~!
     なんと言うことだ!

     母校が、無くなってしまうと言う、
     とっても悲しい時に、『東日本大震災』で、
     追い打ちを掛けられてしまって、
     本当ならば、挫けちゃうところなのに、
     みんな、凄いなぁ!

     『航空自衛隊生徒』って、凄いじゃん!」

(ハム)「そうだね。

     今の、『Wさん』のお話。
     おデブ隊長は、初めて聴いたみたいだよ。

     『知らなくて、とっても恥ずかしい!』

     って、言ってるから。」

(ペン)「そっかぁ。

     おデブ隊長、あれで、結構、
     涙もろいんだよなぁ。
     おまけに、そう言う、感動する話って、
     いつまでも、引き摺るしぃ。

     それで、『Wさん』は、何て言ってるの。」

(ハム)「うん!
     すっきりしたって!

     今まで、話す相手もいなくて、同期生達とは、
     電話だけの話しだし、全く、
     詰まらなかったんだって!

     それが、おデブ隊長が、現れてくれたお陰で、
     殆ど、話すことができたんだって。

     だから、とっても、有難かったって!」

(ペン)「そうなんだ。
     本当に、胸のつかえが、取れたって感じなんだね。
     良かったじゃん。

     おデブ隊長も、少しは、役に立ったじゃん。」

(ハム)「そうかもね。

     でもさぁ。
     これって、きっと、『大国主大神』や、
     『出雲大社』の、パワーのお陰なんだよ。
     そして、絶対に、『縁結び』は、あると、
     信じるよ。」

(ペン)「そうだよね。
     こんな話、『Wさん』と、おデブ隊長が、
     出会わなかったら、まず、聴けないもんね。

     本当に、超~、不思議だよなぁ。

     『出雲大社』、畏るべし!

     俺も、『縁結び』、信じるどぉ~!」

(ハム)「あとね。
     『Wさん』がね。

      『同期会、思う存分、
       愉しんでくださいね。』

     って、言ってるよ。」

(ペン)「え゛?」

(ハム)「『Wさん』達は、『最後の同期生会』が、
     できなかったし、何も、
     愉しめなかったじゃん。

     それに、いつ、どこで、何が起こるか
     分からないし。

     だから、生かせるチャンスは、
     きちんと生かして、悔いを残さない様に、
     と言うことじゃないのかなぁ。」

(ペン)「あ゛~!
     そっかぁ。
     そうだよね。

     『Wさん』達は、何もできなかったし、
     何も愉しめなかったんだものね。」

(ハム)「うん。
     とっても、悲しかっただろうね。

     だから、その想いで、おデブ隊長に、

     『思う存分、愉しんで!』
     って、言ってるんだろうね。」

(ペン)「う゛~ん。
     優しいなぁ。

     『Wさん』って、とっても優しいじゃん。

     そんなに、気を遣って貰ってさ。
     おデブ隊長は、とても有難い『ご縁』に、
     巡り合っちゃったじゃん!」

(ハム)「そうだね。
     本当に、信じられない程の、
     不思議な『ご縁』だよね。

     だけど、こう言うことって、
     現実に起こるんだね!

     偶然じゃぁ、済まされないし、
     ただただ、驚きだよ!」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月14日 (土)

『ただただ、感謝!』(^-^)/

(# 九州―45(終))


おはようございます!(^o^)/


【ただただ、感謝!】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


今回の、九州訪問でも、またまた、多くの皆様に、大変、お世話になってしまいました。

改めまして、心より、御礼申し上げます。

誠にありがとうございました。m(_ _)m

振り返ってみれば、計画段階で、熊本地震が発生し、九州を、訪問すべきか、止めるべきか、とても悩みました。

しかしながら、このチャンスを逃す訳にはいかないだろうと思い、計画変更を、旅行会社の担当者の方にお願いし、また、私達の迷いから、幾度となく、担当者の方を、振舞わす様な格好になってしまい、大変、申し訳なかったと思いました。

それでも、その都度、対応してくださり、綿密に、行程表を練り上げてくださったのには、プロ意識を感じ、頭が下がるばかりでした。

九州訪問、出発当日、三島駅までの移動には、タクシーを利用したのですが、運転手さんは、私と車椅子の扱いに慣れている、ベテランドライバーの方が、迎えに来てくださいました。

JR東海には、事前に、電話連絡を入れておいたのですが、

「一応、利用駅数分、『行程表』を、ご用意して頂けますか。」

と言うことで、三島駅では、私達の『行程表』をお渡しし、

「解りました。
 博多までは、連絡をしておきます。
 ご安心ください。」

と、JR西日本、JR九州まで、概略の連絡をしてくださった様でした。

名古屋駅では、『行程表』を確認した上で、往路だけでなく、5日後の、復路の際にも、とても丁寧に対応してくださいました。

新大阪駅では、九州新幹線が、通常運行できない状況下にあり、かなりの混乱を来たしていたのに、また、ホームが、大混雑の状況にあったのに、JR西日本の駅員さんが、丁寧に案内してくれまして、そして、JR九州の車掌さんに、私達のことを、申し送ってくださっていました。

博多駅では、新幹線の駅員の方が、

「JR九州の中でも、新幹線と、在来線は、異なる部門になります。
 地下鉄は、(福岡)市営になりますので、本来は、ご案内はしないのですが、上司の指示で、それぞれの、窓口までご案内します。」

と言って、新幹線側の駅員さんが、市営地下鉄、在来線側のJR九州の窓口まで、連れて行ってくださいました。

それも、私の車椅子を押しながら、かなりの距離を、移動してでした。

とっても丁寧で、大変、有難かったです。

また、

「『行程表』は、確かに受け取りました。
 お帰りの際までに、連絡をしておきます。」

と言うことで、

(新幹線の、各駅への連絡は、相当、徹底されているんだなぁ。)

と、感心するばかりでした。

そして、博多駅の、在来線の女性駅員の方は、かなりの時間は掛かりましたが、

「波多江駅、新鳥栖駅、吉野ヶ里公園駅、鳥栖駅、長崎駅、大村駅、諫早駅、全部、連絡が取れましたぁ!」

と、息を切らせながら、報告してくださいました。

多分、そんなにも、一度に、連絡調整することは無かったのでしょうね。

(とっても大変だったんだなぁ。)

と、恐縮してしまいました。

初日の、『H氏』のお出迎えには、驚いてしまいましたが、サプライズとしては、大変、嬉しく思いました。

ただ!

「雨の中を歩こう。」

と、言わなければ、でしたが。(^^;

九州での、タクシーの利用は、初日と2日目、3日目の、博多駅~キャナルシティ博多の間だけでしたが、流石に、観光地だけあって、運転手さんの対応は、とても親切で、優しかったと思いました。


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2日目の、市営地下鉄と、波多江駅では、乗車券の購入方法が判らず、結局、駅員さんに、購入して貰うと言うこともありました。

そして、糸島市では、『H氏』に、九州大学や、糸島市の観光地を案内して貰い、糸島牛や、糸島豚を、鱈腹、ご馳走になってしまいました。

その上、酔っ払い捲りました。

『H氏』の奥様には、君津市に次いで、またまた、とってもご厄介になってしまいました。

また、宮崎県から駆けつけてくれた、『K氏』との再会も、とても嬉しく思いました。


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3日目の、博多駅、新鳥栖駅、吉野ヶ里公園駅、鳥栖駅では、駅員さんの対応が、素早く、その動きが、とてもスマートに思え、列車の乗降も、スムーズでした。

『K先輩』が、なかなか、姿を現してくれなかったのは、とても心配になりましたが、16年振りに、奥様とお会いできたのは、嬉しいことでした。

16年振りの『吉野ヶ里歴史公園』訪問は、『K先輩』が、ずっと、車椅子を押し続け、申し訳なく思うのと、嬉しい気持ちで一杯でした。

この時は、とっても不思議で、複雑な思いもありましたが、

(先輩に、甘えられるって、結構、幸せだよなぁ。)

と、思っていました。

そして、夕刻、『S先輩』と、約34年振りに、再会することができ、感動で一杯でした。

両先輩には、お酒も、焼き鳥も、目一杯、ご馳走になってしまい、とっても、愉しく過ごすことができたのですが、両先輩との、別れ際には、胸が一杯になり、思わず、涙ぐんでしまいました。


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4日目は、私も『きゃさりん副長。』も、人生、初の、長崎訪問でしたが、鳥栖駅でも、長崎駅でも、列車への乗降は、とてもスムーズでした。

どちらの駅でも、

「そんなに、広範囲を(九州北部を)回られているのですか。
 お気を付けて、どうぞ。
 良い旅を!」

と、駅員さんと、会話を交わしていたのが、印象に残っています。

さて、長崎駅では、『S氏』が、万全の準備を整えて、待っていてくれました。

改札口で、大きく手を振って、出迎えてくれたのは、私も『きゃさりん副長。』も、大喜びでした。

そして、私や『きゃさりん副長。』への気遣いが、とても手厚く、細かなところにも、気を配ってくれたのには、感服していました。

私の、念願の『平和公園』、そして、『きゃさりん副長。』、念願の『本場のちゃんぽん』。

それと、私の我儘で、連れて行って貰った、『諫早湾』。

どれもこれも、大満足でありました。

そして、夜には、『F氏』との再会もでき、大ジョッキ、焼き鳥、お刺身で、歓待して頂きました。

その上、ホテルは、大村湾の近くにあり、長崎空港が望め、食事も、とっても美味しく、『きゃさりん副長。』は、この頃から、元気を取り戻していました。


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5日目の朝、『S氏』が、大村駅まで送ってくれ、名残りを惜しんでいました。

それにしても、出迎えから、見送りまで、『S氏』には、長崎の、最初から最後まで、お世話になりっ放しでした。

本当に、有難く、心強かったです。

大村駅では、列車に乗るために、駅員さんが、二人掛かりで、超長いスロープを、運んで来てくれました。

お二人の駅員さんは、

「これは、使ったことが無い。
 初めてだよ。」

「そう言えば、私も、かなり久し振りだよ。」

と、会話されていたので、私が、

「車椅子の人は、あまり来ないんですか?」

と聞くと、一人の駅員さんが、

「ここは、車が主だからねぇ。
 車椅子の人は、自動車を使っちゃうんじゃないのかなぁ。」

すると、もう一人の方が、

「(長崎)空港に来ても、この駅を使う人は、まずいないと思いますよ。
 みんな、高速(リムジンバス)を使いますから。
 ここは、通学、通勤なんかが、主ですね。」

と、言われていました。

私が、

「二人掛かりなんて、何か、申し訳が無いです。」

と言うと、

「いえいえ、良いんですよぉ。
 私達にとっちゃ、丁度良い、訓練にもなるんですから。」

「そうそう。
 私なんか、初めて見たぐらいですから。
 使っておかないと、いざって時に、人も物も、使い物にならなかったら、済まされないですからねぇ。」

「そうそう。
 その通り!」

と、かなり、陽気な、お二人でした。

大村駅から、諫早駅を経由し、博多駅まで戻り、ホテルにチェックインしたところで、再び、『H氏』の登場!

ボーイスカウト関係者と会うと言うことで、『H氏』のお宅に忘れてしまったキャップを、わざわざ、届けに来てくれたとのことでした。

何ともまぁ、『H氏』の、とっても優しいところが、顕わになった時でした。

この日の午後は、第5回日本ベンチャースカウト大会で、とてもお世話になった、『Eさん』と、お会いしました。

それが、お土産の買い物に、お付き合いさせてしまったり、車椅子を押して頂いたり、とっても美味しい『もつ鍋』を、ご馳走になってしまったりと、またまた、お世話になってしまったのでした。

また、『きゃさりん副長。』との会話で、かなりの刺激を与えてくださったのは、とっても、有難いことだと思いました。


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九州訪問最終日、6日目の朝、『H氏』が、博多駅まで、見送りに来てくれました。

やっぱり、誰も、迎えに来てくれない。

誰も、見送ってくれないじゃ、とっても、寂しいですからね。

『H氏』の見送りは、九州訪問の締めとしては、最高に、嬉しさと歓びを感じるものでした。

そして、『H氏』の、期待通りの行動。

『のぞみ』には、敵いませんでしたが、果敢に挑戦してくれたのには、大喝采でした。

乗り換えの、名古屋駅では、初めて、パーサーに介助して頂き、富士川の手前で、富士山が確認できた時には、大きな安堵感と、深い郷愁感に包まれていました。

そして、三島駅では、またまた、駅員さんに、タクシー乗り場まで、送って頂いてしまいました。

普通は、改札口までだそうです。


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結局のところ、

・タクシー運転手の皆さん

・JR東海の、駅員、車掌、パーサーの皆さん

・JR西日本の、駅員さん

・JR九州の、新幹線側の、駅員、車掌の皆さん

・JR九州の、在来線側の、駅員、車掌の皆さん

・福岡市交通局の、駅員の皆さん

そして、

・『K先輩』

・『S先輩』

・『H氏』と、奥様

・『K氏』

・『S氏』

・『F氏』

と、とても多くの皆様に、お世話になってしまいました。

その皆様が、手を貸してくださらなければ、今回の旅は、成立しなかったと思います。


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そして、もう一人。

やはり、『きゃさりん副長。』の存在だと思います。

ボーイスカウトで、隊長、副長として、活動を行なってきた、大事な相棒です。

勿論、男女と言う性別はありますが、私が、左半身が、全く動かない、身体障害者になってしまってからは、性別と言うことは、全く、関係なくなってしまいました。

また、少年工科学校の同期生達も、皆、『同じ仲間』として、『きゃさりん副長。』を、迎え入れてくれています。

今回の九州訪問は、『きゃさりん副長。』が、いてくれたからこそ、成功裏に終えることができたのだと思います。


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今回の、九州訪問で、お世話になった皆様には、誠にありがとうございました。

衷心より、感謝申し上げます。(^-^)/



そして!

私の、乱文、稚拙な文章に、かなりの期間、お付き合い頂いた皆様にも、感謝申し上げます。

次は、どこへやら。

生ある内に、全国にいる、同期生達に、会いたい。

語り合いたい。

それが、今の、私の望みの一つでもあります。

長々と、誠に失礼いたしました。m(_ _)m



(おしまい!)(^-^)/



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月29日 (木)

『チラッと、知覧!』(^^;

(# 九州―37)


おはようございます!(^o^)/


【チラッと、知覧!】(^^;


(※注:平成28年5月7日(土)の記憶です。)


この日の『きゃさりん副長。』は、どう言う訳か、超~、ニコニコ顔で、朝から絶好調でした!(^-^)/ Img_4646
「昨夜は、愉しかったよねぇ。
 お酒も料理も、とっても美味しかったし!」

(※注:『きゃさりん副長。』は、日本酒を、かなり頂いておりました。(^^;))

「朝食が愉しみ!
 きっと、豪華だよ。
 ちゃんとしたレストランで、バイキングじゃないんだよ。」

と、ワクワク感、一杯でした。

それに、ひきかえ、私は、眠くて眠くて、どうし様もありませんでした。(^^; Img_4647
前日、特に、呑み過ぎたと言う訳でも、夜更かしをしたと言う訳でも無く、逆に、寝過ぎたと言う感じでしたが、流石に、九州訪問、5日目ともなると、疲れが出ていたのかも知れません。

朝食は、『きゃさりん副長。』が、予想していた通り、とても豪華なものだったのですが、私が、寝ぼけていて、デジカメを忘れたために、写真を撮ることはできませんでした。

『きゃさりん副長。』が、

「全くもう!
 何で、(デジカメを)忘れたの!」

と、ぶ~ぶ~、言っていましたが、まぁ、仕方が無いです。

『超豪華朝食』の、写真はありません。(^^; Img_4642
朝食後、フロントで、宅配便の箱を貰い、衣類や、頂いたお土産などを梱包し、『S氏』が、迎えに来てくれる頃を見計らって、チェックアウトしました。

この日も、雨が降ったり止んだりの、ぐずついた天気でしたが、『S氏』が、迎えに来てくれる頃には、雨は止んでいました。 Img_4648
『S氏』は、約束の時間の、5分前には、迎えに来てくれました。

(やっぱり、習性と言うか、癖になっていると言うかぁ、その昔、しっかりと、身に付いてしまったものは、きっと、いつまでも、抜けないんだろうな。)

と、私は、ふと、思ってしまったのでした。(^^;


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ホテルから、大村駅までは、ほんの数分で、意外にも、とても近く、直ぐに着いてしまいました。 Img_4650
『S氏』は、

「(時間的に)早過ぎた?」

と、言っていましたが、私達にとりましては、時間は、幾らでも欲しいので、

「大丈夫!
 とにかく、トイレとか、時間が掛かるからさぁ。
 逆に、有難いんだよね。」

と、話しておきました。

それで!

「あれぇ?
 ここ(大村駅)は、(車椅子等の)スロープは無いの?」

と、『きゃさりん副長。』が、言っていたので、私も、駅の様子を観てみると、駅舎の入り口前には、急な階段があるのみで、スロープは、どこにも見当たらない。

(げっ!
 もしかして、この階段を、昇んなきゃいけないの?)

と、思っていたら、『S氏』が、

「お~い!
 こっちにあるよ~!」

と、やや離れた所にあるスロープを、見付けて来てくれました。

その様子を観ていた、『きゃさりん副長。』は、

「やっぱり、フットワークが軽いのね。
 さっすがぁ~!
 素敵!」

と、言っていました。 Img_4652
『S氏』は、

「ここ(大村駅)は、(駅舎が)古いからねぇ。
 (スロープは)後付けなんだろうね。
 きゃさりん、荷物を持って、先に行ってて。
 おデブちゃんは、運ぶから。」

と言って、私の車椅子を、押し始めてくれました。

そして、

「おデブちゃんの車椅子を押すのも、これが最後か!」

と、少々、寂しそうに言っていたのが、かなり印象的でした。

改札口で、駅員さんに、介助の話をすると、

「博多(駅)から、連絡が来ています。」

とのことで、

(4日前の話が、きちんと届いているって、何となく嬉しいなぁ!)

と、思ったのでした。 Img_4653
列車の発車時刻には、まだ、30分程度ありました。

そこで、私達3人は、写真を撮ったりして、時間を潰していたのですが、その程度では、流石に、時間を消費することはできませんでしたので、

「(多目的)トイレは、中(ホーム内)にあるみたい。
 もう、中(ホーム内)に入ろうかと思う。」

と言うと、『S氏』が、

「見送らなくて、いい?」

と、聞いてきたので、

「もう、充分!
 お世話になったね。
 ありがとう!」

と言って、握手を交わし、『S氏』とは、改札口で別れたのでした。 Img_4655
私と『きゃさりん副長。』は、多目的トイレに寄り、そして、エレベーターと、連絡通路を使い、反対側のホームに渡ったのですが、そこで、いきなり、私の携帯電話が、鳴り出しました。 Img_4657
「もしも~し!
 なかなか、ホームに現れないから、どうしたのかと思ってさ。」

何ともまぁ、電話の主は、『S氏』でした。

そして、

「ここ!
 ここにいるよ!」

と言っていたので、反対側のホームを探してみると、

「いや、そっちじゃない。
 目の前の、柵のところ。」

と言うので、視線を移してみると、そこには、大きく手を振る、『S氏』の姿があったのです。

私も『きゃさりん副長。』も、それに応えて、手を振っていたのですが、

「(私達がホームに着いたので)もう、大丈夫かな。
 それじゃぁ、行くよ!」

と言って、『S氏』は、戻って行ったのでした。

「最後の最後まで、心配してくれて。
 本当に優しいのね!」

と、『きゃさりん副長。』は、かなり感動していたのでした。 Img_4656
そして、

「飲み物、買ってくるね。」

と、言って、『きゃさりん副長。』が、お茶を買って来たのですが、

「へっへぇ~!
 良い物、見付けちゃった!」

と、言っていましたので、その手元を観てみると、そこには、

『知覧の緑茶』

と、記されたペットボトルがありました。

「ちょっと、知覧へ行った気分!」

と、『きゃさりん副長。』は、ご満悦状態でした。(^^; Img_4660
私達は、熊本地震の影響が無ければ、初日に、鹿児島中央駅まで行き、『知覧特攻平和会館』を、見学する予定でした。

それで、

「でもさぁ。
 どうして、長崎に、知覧のお茶があるの?」

と、言っていましたので、

「女子スカウトのプロジェクトの時に、みんなで、一緒に学習したじゃん。
 お茶の生産量トップは?」

「静岡県。」

「じゃぁ、2位は?」

「そんなの、忘れちゃったわよ。
 でもぉ、ひょっとして、鹿児島県?」

「正解!」

「だから、ここにもあるってこと?」

「八女茶は、玉露が主だし、お茶の流通を考えると、多分、そうだと思う。」 Img_4658
そんな、遣り取りをしながら、私達は、静かな佇まいの、大村駅のホームで、列車の到着を待っていたのでありました。(^-^)/



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年8月 4日 (木)

『なんかぁ、ずるぅ~い!』(^^;

(# 九州ー05)

おはようございます!(^o^)/

【なんかぁ、ずるぅ~い!】(^^;

(※注:写真は、平成28年5月3日(火・祝)のものです。)


私達が、『新大阪駅』から、九州新幹線の『みずほ』に乗車したのは、元々は、『鹿児島中央駅』まで行くためでした。
それを、熊本地震の影響で、鹿児島まで行くのを取り止め、福岡市内で宿泊をする様に変更したのですが、旅行会社の担当者の方から、
「新たにチケットを取るのは難しいです。
 できましたら、そのまま(『みずほ』の乗車券を)お使い頂けますか。」
と言われ、
(まぁ、九州新幹線は初めてだし、話のネタになるかも知れないし、良いかも~!)
と言うことで、『みずほ』に乗車したのでありました。 Img_4223
私は、11NJと5NVで、九州へは、『のぞみ』で2往復したことがあります。
その時は、鉄仮面の様な『300系』と、ペンシル型の『500系』の新幹線に乗車しました。
当時は、『0系』の『こだま』しか乗ったことが無く、たまぁ~に、『100系』に乗ることがあったりして、そんな程度でしたので、ワクワクドキドキで、猛烈に興奮していたのを覚えています。(^^; Img_4224
一方、『きゃさりん副長。』はと言うと、
「私は、京都より、先に行ったことがないの!
 だから、みんな初めてなの!
 そんな、昔の話を聞かされたって、解らないわよ!」
とのことでありました。(^^; Img_4225
(まぁ、列車に興味が無いのなら、風景でも愉しんで!) Img_4226
と、思ったのですが、『きゃさりん副長。』は、そちらにも、特には興味が無いらしく、やはり、一番気になっていたのは、
「車両(6号車)の半分だけが、グリーン車なの!
 (同じ車両の6号車の)この前は、(シートが)2列なの!
 何だか、グリーン車みたいなの。
 なにが違うのかしら?」
と、とても気になっていた様子で、
「ここ(グリーン車)とは、料金は、勿論、違うのよね。
 でも、何となく、損をしている気分なの!」
と言うことでありました。

私は、
(ははぁ~!
 そっちかぁ!
 やっぱり、お金には、敏感なんだなぁ。)
と、感心しきりでした。(^^; Img_4228 『きゃさりん副長。』に、
「お昼ご飯は、どうしよう?
 駅弁にする?」
と聞きましたら、
「どうせ、13時には、博多に着いちゃうんでしょ。
 それから、ゆっくり食べたいわ。」
とのことでしたので、車両の半分だけがグリーン車の、そのシートで、私達は、のんびりと過ごすことにしたのでありました。 Img_4229
私は、左足だけですが、靴を脱ぎ、下肢装具を外し、とっても、ゆるりと過ごすことができました。
グリーン車にしてみて、本当に良かったと思っていました。(^-^)/

それでも!

担当のドクターからは、
・「左足裏の、マッサージを忘れないこと。」
・「水分を、多めに摂ること。」
・「時々は、立ち上がって、伸びをすること。」
と、少々、きつく、指示を受けていましたので、頻繁にでは無いですが、『お茶』を飲み、背伸びをする様にしていました。 Img_4231
そこへ、『きゃさりん副長。』が、
「ねぇねぇ、そういえば、『のぞみ』の中で、トイレに行くって言っていて、行かなかったよね。
 (トイレは)大丈夫?
 我慢できる?」
と、聞いてきました。

「かなり、お茶を飲んでいるみたいだし、一応、トイレを確認して来ようか?」

とのことで、『きゃさりん副長。』は、何ともまぁ、『みずほ』の車両内の探検に、出掛けてしまったのでありました。(^^; Img_4233
私は、車窓から流れ行く景色を愉しみながら・・・。 Img_4235
と言いたいところでしたが、この日は、九州地方は、大雨の予報で、西へ西へと向かっている私達は、雨雲と強風の世界に飛び込んで行く様な状況でありました。 Img_4236
重たい曇り空と、時より、強く雨が降ると言う様な、中国地方の状況でしたが、それでもまぁ、それなりに、車窓からは、様々な光景を観ることができまして、
(晴れていたら、どんな景色を拝むことができるのだろう。)
と、復路に期待することにしたのでした。 Img_4237
私が、睡魔に襲われ、朦朧とする寸前に、『きゃさりん副長。』が、席に戻ってきました。

そして!

「大変!!!
 大変なの!
 トイレが、物凄く遠いの!
 ここ(6号車の一番後ろの席)から、前に行こうと思うと、ドアを二つも通って、次の車両(5号車)に行かなければならないの。
 後ろに行こうと思うと、次の車両(7号車)の一番後ろまで行かなければならないの。
 だけど、手摺りが何も無いの!
 掴まるところが、何も無いの!
 あれじゃぁ、(貴方は)歩いては行けないよぉ。」

と、大変な剣幕でありました。(>_<)!


私達、身体障害者に取りましては、トイレは、外出時に、まず第一に考えるものです。
『きゃさりん副長。』も、私の介助をしてくれる様になりましてから、『排泄の世話』が、どれだけ大変なのかを、物凄く強く認識する様になりまして、今回も、かなりの気遣いをしてくれていたのでした。

私は、
「まだ、大丈夫。
 (博多駅まで)2時間半だし、あと、1時間ちょっと位だから、何とかなると思うよ。」
と、私にしては、随分と呑気なことを言っていましたが、これが、後々、大変な事態を招いてしまうことになってしまうのでありました。(^^; Img_4239
一方、『きゃさりん副長。』は、
「何かさぁ、前の方に行くと、普通に、3列の席もあるの。
 でもね。
 途中から、2列になって、みんな(シートが)豪華なの。
 (グリーン車から)後ろの車両の方が、グリーン車みたいでさぁ。
 (乗客が)みんな、ゆったりとした感じでさ。
 何か、ずるい気がするぅ。
 これじゃぁ、特に、グリーン車なんて、(チケットを)取らなくっても良かったみたい!」
とのこと。(^^;

このことは、『きゃさりん副長。』は、今もって、話し続けています。(^^;



実際のところ、九州新幹線については、私の、大変な学習不足でありました!(>_<)!
そのことは、『きゃさりん副長。』には、本当に申し訳なく思っています。

後で調べましたところ、
・トイレは、奇数号車の一番後ろ(各新幹線車両共通)
・九州新幹線は、『800系』と『N700系』の2種類がある。
・山陽新幹線に乗り入れている『みずほ』と『さくら』は、『N700系』。
・『800系』は、九州新幹線内のみ運行。
・『N700系』は、8車両で、自由席が3車両、指定席が4.5車両、グリーン車が0.5車両。
 その内の、自由席が、3列シートと、2列シート。
 指定席と、グリーン車は、全て2列シート。
・『800系』は、6車両で、全てが、2列シート。
 自由席と指定席は、半々の3車両ずつ。
 グリーン車は、無し。
 各車両によって、内装が異なる。
等々。(^^;


いやぁ、これはもう、下調べの段階で、大失敗でありました!(>_<)!

色々と、調べてみますと、『鹿児島中央駅』まで、急がずに行かれる方は、まず、『博多駅』まで行き、『さくら』や『つばめ』に乗り換えるとのこと。
各駅停車と言えども、2列のシートでは、グリーン車並みの気分を味わえるとのこと!

こりゃもう!
本当に、大失敗でありました!
『きゃさりん副長。』に、本当に申し訳なかったです。(>_<)!


それから、もう一つ!

このことは、これまた、後から気付くのですが、
『各車両の、デッキが広い!』
これが、私達、身体障害者に取りましては、とても大変なことになろうとは、思いも寄らなかったのです。(^^;


(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年8月 1日 (月)

『「超丁寧」の記憶!』(^-^)/

(# 九州ー04)

おはようございます!(^o^)/

【『超丁寧』の記憶!】(^-^)/

(※注:写真は、平成28年5月3日(火・祝)のものです。)

名古屋駅で、『こだま』から降りる際に気が付いたのですが、『おしぼり』が2本、テーブルの上に置かれていました。

『きゃさりん副長。』に聞いてみましたら、
「それさぁ、(乗車してから)随分と時間が経った後に、持って来たんだよ。
 眠たかったから、そのまま置いといた。」
とのこと。 Img_4212
(へぇ~!
 そうなんだ!)

と、思いつつも、

(持ってくるのが、随分と、遅いんじゃないのかなぁ。
 でもまぁ、『こだま』だし、遅いし、寝ていたし、まぁ良いっかぁ。)

と思っていました。 Img_4213
名古屋駅では、『のぞみ』に乗り換え。

その前に、駅員さんに『行程表』を渡し、帰りの介助のお願いをしておきました。
すると、
「三島駅から連絡が来ています。
 大丈夫ですので、ご安心ください。
 好い旅をどうぞ!」
とのこと。

(流石に凄いなぁ~!)

と、感心しきりでした。(^-^)/

さて、乗り換えた、その『のぞみ』は、新大阪駅が終着なので、これまた、寝てても大丈夫かなと思っていました。
『きゃさりん副長。』の眼は、相変わらず、ぼわぁ~っとしているし、私も、何だか、とっても眠たかったです。(^^;

そんなところに、またまた、『おしぼり』のサービスが! Img_4214
(んぎゃ!
 これで、『おしぼり』が、4本になっちゃったじゃん!
 特に使わないのに、何だかなぁ。)

まぁ、グリーン車は、そう言うシステムになっているのでしょうから、
「ここは、有難く頂いておきましょう。」
と、『きゃさりん副長。』のお言葉。
結局のところ、特に使わないし、仮に使ってしまうと、ゴミになってしまうし、
(何だか、無駄の様な気がするし、こう言うのが、積もり積もって、多くのゴミの元になっちゃうんじゃないのかなぁ。
 まぁ、別の機会に、何かに役立てれば良いのだろう。)
と、思いつつも、自分自身を納得させていたのでありました。(^^; Img_4215
『のぞみ』ですが、名古屋駅から新大阪駅までは、何と、50分!

寝る間も無く、あっという間に到着してしまいました。
睡眠を貪ろうとしていた、私達二人には、とても残念な時間となってしまいましたが、
(流石は、『のぞみ!』)
と、二人で、妙な納得をしておりました。(^^;


さてさて、前置きが長くなりましたが、これからが本題です。


新大阪駅での、駅員さんのご対応です。
記憶が、かなり曖昧になりつつありますが、思い出せる範疇で書き述べてみたいと思います。

駅員さんですが、コテコテの関西弁と言う感じだったのですが、実際には関西弁ではなく、イントネーションが、関西弁調と言う感じで、言葉は、とても丁寧で、聴き取り易かったのです。

「大変、お疲れ様でございました。
 お疲れになられていませんか?
 私は、JR西日本の◯◯と申します。
 これから、ご案内、させていただきます。
 よろしく、お願い申し上げます。
 三島駅からの連絡では、これから、当駅(新大阪駅)、10時28分発、『みずほ615号』にご乗車と言うことですが、それに間違いはございませんか。
 ご乗車は、6号車で、座席番号は、15番のA・Bで、それも間違いはございませんか?」

と、私は尋ねられましたので、前もって用意をしておいた『行程表』を渡しましたら、

「あっ、あぁ~、誠に、ありがとうございます。
 わざわざご用意頂いて、感謝します。」

とのこと。

その時、『きゃさりん副長。』の様子を観てみましたら、随分と呆気に取られた表情をしておりました。
そして、駅員さんの、とても丁寧で、その慇懃な態度に、怪訝な表情も示していました。

駅員さんは、私の車椅子を押しながら、

「こちらで、ございます。
 列車(九州新幹線)は、もう、入線しております。
 お座席の方は、列車の、一番、うしろで、ございます。
 そちらまで、ご案内させて頂きます。」

と言いながら、私の車椅子を運び込んでくれました。

「私の、ご案内は、ここまででございます。
 何せ、ここ(『みずほ』の車中)は、JR九州でございます。
 ここで、交代とさせて頂きます。
 なお、別に、(JR九州の車掌さんから)ご案内があると思いますが、『みずほ』は、熊本駅まで、しか行っておりません。
 その、先は、『さくら』として運行しております。
 また、余震の影響で、ダイヤの乱れが、発生する、かもしれません。
 その、際には、ご容赦を、お願い申し上げます。
 お客様は、博多駅までと、お聞きしております。
 博多駅までなら、(今現在は)時間の遅れはなく、約2時間半で、ご到着でございます。
 (JR西日本を)ご利用ありがとうございます。
 良い旅をどうぞ!
 失礼、させて頂きます。」 Img_4218 (※実際には、新大阪駅から博多駅までの、山陽新幹線の区間は、JR西日本であり、JR九州ではありません。
 この時は、熊本地震後のこともあり、勤務状況が、何か違っていたのかも知れません。
 上記に関しては、詳しくは、全く解りませんので、私の記憶の範疇でと言うことで、また、間違って記憶している場合もありますので、ご承知、ご容赦頂きたいと存じます。)


さてさて、九州新幹線(※ここはまだ、山陽新幹線区間)の『みずほ』に乗り込んだ私達ですが、『きゃさりん副長。』が、いきなり、

「ねぇねぇ、あの(新大阪駅の)駅員さん、物凄く丁寧だったよね!
 言葉を選んでいるって言うか、とにかく、物凄く丁寧だったよね。
 みんな、ああ言う話し方をするのかなぁ。
 なんて言うか、逆に丁寧過ぎるって言うか、驚いちゃった!
 だってさ!
 『秘密のケンミンSHOW』なんかじゃさ。
 道案内をする時には、
『だぁ~って行って、右にグンと曲がって、がぁ~っと行って、左にひょいと曲がって、すぐそこや!』
 なんて、言ってるじゃん!
 あの駅員さんは、全然違うじゃん!
 驚いちゃった!
 それにさ、東海道新幹線とか、東北新幹線の係りの人と、全然違うじゃん!
 関西(新大阪駅)って、何か不思議!」 Img_4219

私は!
と言いますと、『きゃさりん副長。』のその言葉を聞きながら、実は、10年前の3月のことを想い出していました。

10年前の、2006年3月の、春分の日を含んだ連休のこと。
私は、『豊中市立青少年自然の家』で行われた、所員会議に向かっていました。

また、その前年の、2005年(平成17年)4月25日に、あの『福知山線脱線事故』が起きていました。

私は、
(どうせ(『豊中市立青少年自然の家』まで)行くなら、福知山線に乗り、電車の車内からだけど、哀悼の意を表し、黙祷を捧げたい。)
と、考えていました。

『豊中市立青少年自然の家』までは、大阪駅(梅田)から、阪急電車~能瀬電鉄~阪急バスを使用して行く様に案内が来ていて、夕刻までに到着すれば良かったのですが、私は、自宅を出る時間を早めて、新幹線の三島駅始発の『こだま』に乗って、新大阪駅に向かったのでありました。

その時の私は、とっても変な自信を持っていました。
と言うのも、私は、その昔、と言っても、19歳の頃です。
もう、40年近くも前の話です。(^^;

『陸上自衛隊 航空学校』にいた頃に、大阪市内には、『近鉄(近畿日本鉄道)』で、『難波』や『梅田』に遊びに出たことがありました。
その時の、本当に微かな記憶を辿り、10年前の3月に、
(大丈夫だ!
 土地勘は、少しはある。
 何とかなるだろう。)
ぐらいの気持ちで出掛けたのですが、そりゃぁ、30年も経ってしまえば、様相は、全く異なっている訳です。

新大阪駅に降り立った私は、一瞬にして、頭の中が空っぽになり、本当に、真っ白になってしまいました。(>_<)!

(どうやって、福知山線に乗ったら良いのだろう。
 乗り継ぎは、どうしたら良いんだ?)

迷いに迷った挙句、私は、お土産物屋さんの開店準備をしていた、お姉様に声掛けをしてみました。

すると!

「ちょっと待ってて!
 地図持ってくるから!」

と、意外にも、直ぐに対応をしてくれたのです。

そして、そのお姉様とお話をしていたら、隣のお店のお姉様、そして、近くのお店のお姉様と、3人もの人が集まって来てくれたのですが、
「こっちの方がええやろ。」
「いや、それじゃ面倒!」
「こっちの手もある。」
等々、『三人寄れば文殊の知恵』ではないですが、様々な移動案を提示してくださいました。

その上、どちらのお店のご主人か判りませんでしたが、最後に、その方が移動方法をまとめてくださり、とても丁寧に説明してくださり、メモも作成してくださいました。

時間的には、30分位だったでしょうか。
開店準備の慌ただしい時に、そんなにも時間を割いてくださって、本当に良かったのでしょうか。(^^;

また、途中の駅でも、確か、『川西市』だったと思いましたが、そこでも、懇切丁寧に、ご説明をしてくださった方がいたことを覚えています。


10年前のこと。
例え、時間が掛かろうとも、懇切丁寧に説明をする。
その、関西の皆様の、心優しい姿。
その姿を、私は体感していたのでした。
それを、今回も、体感させて頂いた。
また、想い出させて頂いた。
(果たして、私には、こんなにも手厚い説明や対応ができるのであろうか!)
そんなことを、『みずほ』の車中で想い出していたのでありました。(^-^)/ Img_4221

そこへ、『きゃさりん副長。』のお言葉が!

「ねぇねぇ!
 (グリーン車が)半分しかないよ!
 それに、(『みずほ』は)8車両だよ。
 (『のぞみ』・『ひかり』・『こだま』の)16車両の半分だから、グリーン車も半分なのかなぁ。
 向こう(車両半分)は、普通の2人掛けみたいなんだけど、でも、良い椅子なの。
 だったら、グリーン車でなくても良かったんじゃない。」

と、捲し立てていましたが、その
『グリーン車が半分』
と言うのが、この後、かなりの驚きと、苦労と、衝撃を呼んでしまうことになります。(^^; Img_4222

(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年7月28日 (木)

『判断は如何に?』(>_<)!

(# 九州ー01)

おはようございます!(^o^)/

【判断は如何に?】(>_<)!

(※注:写真は、平成28年5月3日(火・祝)のものです。)

熊本地震から、早3ヶ月が経ちました。
被災された皆様には、改めてまして、衷心よりお見舞い申し上げます。m(_ _)m

約3か月前になりますが、熊本地震発生後、私と『きゃさりん副長。』、そして、旅行会社の担当者さんは、右往左往とまでは行きませんでしたが、
(果たして、九州訪問が叶うのか?)
と言う一点について、盛んに情報収集をしていました。

とは言っても、実際のところは、
(九州新幹線が動くのか?)
と言うことに、問題は絞られていました。

旅行会社の担当者さんは、
「ホテル等の宿泊施設は、かなりのキャンセルが出ていますので、確保はできます。
 (新幹線等の)チケットですが、先に押さえたものについては、全て有効ですので大丈夫ですが、新たに取得するとなると、希望の列車には乗車できない可能性があります。」
とのことでした。

そこで、私は、新幹線の状況について、JRに問い合わせをしてみることにしました。
とは言っても、いきなり『JR九州』に聞く訳にもいかず、とりあえず、『JR東海』に、探りを入れると言う訳では無かったのですが、お話を聞いてみることにしました。

すると!
「何分、会社が違いますので、状況は、全く解りかねます。
 (JR九州は)復旧に全力を尽くしておりますが、何時、復旧できるのかと言うことは、申し上げられません。」
との回答でした。

まぁ、当然の話しです。(^^;

それでも、お馬鹿な私は、『JR東海』のホームページと睨めっこを続けながら、様々な場所に問い合わせをしてみました。

すると!
「お客様が、ご利用になられる最寄駅はどちらでしょうか?
 車椅子ご利用と言うことですので、その件につきまして、(最寄駅に)早目にご連絡をして頂きたいと存じます。」
と、逆にお願いをされてしまいました。(^^;

私は、自分の事ばっかりを考えていて、他の皆さんのご苦労を考えていなかったことを恥ながら、慌てて、三島駅に電話を入れてみました。

すると!
「(JR九州の)状況は解りかねますが、同じ鉄道マンとして、(早期の復旧を)信じております!
 これは、ここだけの話しですが、(4月)29日(金・祝)復旧を目指している様です。
 ですが、ダイヤは、大幅に乱れると思います。
 まず、熊本(県)を通り抜けられるかどうかが判りません。
 鹿児島(県)まで、辿り着けられるかどうか、(JR九州は)保証できないと思われます。」
と、かなり具体的に話を頂くことができました。

私は、
(へぇ~!
 お問い合わせセンターなんかより、最寄駅に聞いた方が早いんだ。
 それも、情報を沢山流してくれた。
 やっぱり、利用する駅の方が、話を聞くには良いんだ!)
と、変な納得をしていたのでありました。(^^;

それから、
「列車の番号、発着時刻、指定席の番号等につきましては、できましたら、一覧表等にして頂きまして、お持ち頂けたら有難く存じます。」
と言う話でしたが、このことは、仙台訪問の際に学習をしましたので、
(ばっちりで~す!)
と、思っていたのですが、
「あと、できましたら、乗換等をする駅や、その日の一番初めに出発する駅にお持ち頂けましたら、ご案内が、スムーズに進むかと思います。
 (今回は)当JR東海、JR西日本、JR九州を、ご利用になられると言うことですので、(各駅間の)連絡が遅延しない様に、また、(熊本)地震の関係で、ダイヤが乱れている可能性があります。
 ご面倒をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします。」
と言う様なお話も頂きました。

その話を聞いて、ほぼ、私の腹は決まっていたのですが、やっぱり、『きゃさりん副長。』の意見を聞かない訳にはいかず、話しを聞いてみたところ、
「わかった!
 知覧は、諦める!
 で、博多県を中心に動くんだね!」
と、納得はできないけれども、納得するしかないと言うことで、どうにか落ち着いてくれたのでありました。

私は、旅行会社に連絡をし、
・知覧特攻平和会館には行かない。
・熊本県には近寄らず、九州北部を周る。
と言う旨を伝えたところ、翌々日には、
・新しい行程表
・チケット
・ホテルのパンフレット
等を、直ぐに送ってくれたのでありました。
流石ですよね。(^-^)/

さて、本当にバタバタ状態でありましたが、行程やチケットは整ったのですが、今度は、荷物の準備でバタバタでありました。(^^; Img_4194
『きゃさりん副長。』は、
「5泊6日なんて、実修所以来だわ!
 あの時は、制服を着ていれば、それで済んじゃったから、荷物はそんなには多くなかったの。
 でも今度は私服でしょ。
 あ゛~!
 何だか面倒!」
と、日々、嘆いておりました。(^^; Img_4195
私は、行程もはっきりしたし、同期生達や、先輩達にも連絡をし終えたので、随分と、気楽な状態でしたが、一つ、気掛かりなことがありました。

それは、
(多分、日本連盟等で、熊本地震に対するボランティアセンターを開設するに違いない。
 それに参加する皆さんと出会ってしまったら、果たして、何と言ったらいいのだろうか。)
と言うことでした。

私の物見遊山と、震災に対するボランティアとでは大違い!(>_<)!

そんなことを考えていましたら、『きゃさりん副長。』に、
「だって!
 九州訪問は、地震より先に計画していたのよ!
 不可抗力なの!
 堂々と行って、堂々と愉しむのよ!」
と、一喝されてしまったのでありました。(^^;

さぁて、『きゃさりん副長。』にとっては、初めての『博多県』!

どの様な珍道中になったのでしょうね。(^^;


(つづく・・・)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月26日 (日)

『貴女なぁらどうしゅる~?』(>_<)!

(# 014-終)

おはようございます!(^o^)/

【貴女なぁらどうしゅる~?】(>_<)!

(※注:写真は、本文とは関係ありません。)(^^;

3月下旬に掛けて、『きゃさりん副長。』の意気込みに押され、『九州訪問』を、粛々と計画しておりました。

とは言っても、旅行会社との調整は、かなりの速さを持って、順調に進んでいました。
そして、宿泊先や、新幹線等の乗車券など、車椅子の関係もあり、駅近くのホテルであったり、車椅子を積み込むので、各列車は、車両の一番後ろの席を確保して貰うなど、旅行会社には、とても細かい注文にも応じて頂き、4月の第3週(※正確には、4月12日(火))には、その準備は、ほぼ完璧に整っていました。


『きゃさりん副長。』には、4月13日(水)に、私の自宅まで来てもらって、行程表や、チケットなどを、一緒に確認して貰い、漏れが無いかチェックをし、確認終了と共に、旅行会社に、
「確認が終わりました!
 ありがとうございました!」
と、メール連絡を入れたのでありました。

(やった!
 これで、あとは、荷物だけだ!)

しかしながら、その安心が、『超』糠喜びであったのを知るのは、そう遠くのことではありませんでした。(>_<)!



4月15日(金)の未明、私は、トイレに行くために目覚め、何気にテレビを点けました。

すると!

とんでもない映像が!

『4月14日(木)、21:26、『熊本地震』発生!』

※この場を借りまして、『熊本地震』で被災された皆様には、衷心より、お見舞い申し上げます。



(何だ! 
 何だ~っ!
 一体全体、何が起こっているのだ?)


その時から、刻一刻と変化する状況と、余りにも強すぎる、余震の連続発生!
そして、拡大を続ける、とんでもない被害状況!

私は、テレビの前に釘付けとなり、その場から、離れられなくなっていました。

『きゃさりん副長。』からは、06:00過ぎに連絡が入り、

「ねぇ、どうするのぉ?
 (九州に)行けるのぉ?
 どうしたら良いの?」

私は、テレビの画面を観続けながら、言葉に詰まり、

「旅行会社と、相談するしかないと思う。」

そう言うのが、精一杯でした。



この時のことを、時系列で整理すると、

・4月12日(火) 行程表、チケット等受領
・  13日(水) 行程表、チケット等確認終了
・  14日(木) 『熊本地震』発生!
・  15日(金) 早朝から、途方に暮れる!(>_<)!

と、平成28年の年明けと共に、ボーイスカウトで、様々な無理難題、難問が、繰り返され続けたのを象徴するかの様に、この時もまた、私と『きゃさりん副長。』は、大自然の脅威に振り回され、一挙に、またまた、『悶々』とする日々を送ることに、なってしまったのでありました。


私は、15日(金)の午前中に、恐る恐る、旅行会社に電話を入れてみたのですが、
「まだ、(九州訪問出発までに)2週間ほど、お時間があります。
 とりあえず、1週間は、このまま、様子を見て頂けますでしょうか。
 現地(の支社)も、混乱している状況で、情報が集められません。
 大変、申し訳ございませんが、お時間をください。」
とのことでした。 Img_6740
ところで!


『きゃさりん副長。』は、九州上陸は、全くの初めてでした。
要は、九州を訪れた経験がありませんでした。
従って、九州の県名は、全くのちんぷんかんぷんでありました。(^^;

「私は、知覧(特攻平和会館)に行きたいの!」

と、言ってはいましたが、それが、何県にあるのか。
全く判ってはいませんでした。

おまけに、

「◯◯◯さんて、博多(本当は糸島市)だよね。
 博多って、博多県じゃないよね?」

とまで、言い出す始末。(^^;

私は、
(行程表を見直さなくては!)
と、思っていたのですが、結局のところ、『きゃさりん副長。』には、相談するのは止めておこうと思いました。



それから、1週間ほど掛けて、旅行会社の担当者の方と、話しを詰めていったのですが、
・「(観光として)九州訪問自体が、可能なのか。」
・「救援物資や、ボランティアが優先されるかも?」
・「地震被害の拡大は無いのか。」
・「九州新幹線は、動く(この時は、脱線中)のか?」
・「鹿児島県(知覧)までは行けないかも?」
・「現地で被災してしまったら、(身体障害者なので)援けを求めるのは難しいかも?(旅行会社内には、事例や、経験が無い。)」
・「JRのダイヤが、乱れる(乱れている)可能性がある。」
・「熊本県と大分県には、災害救助などで、迂闊に近寄れない。」
・「熊本県の通り抜けは厳しい。」
・「航空機は、混雑が予想され、避けた方が好ましい。」
・「バスは、(私の身体の都合で)お勧めできない。」
などなど、結局は、否定的なものばかりでしたが、どれもこれも、確実に保障できるものは、何もありませんでした。


私は、思い切って、九州にいる、同期生達や、先輩達に、現地の状況を聴いてみようかと思ったのですが、それは、即、止めておくことにしました。
と言うのも、過去に、大きな失敗をやらかしていたからであります。

『東日本大震災!』

私は、その時、多くの同期生達に、安否確認のため、また、災害派遣に出ていると言うのに、その任務中にも拘わらず、電話を掛け捲り、メールを送り捲った経験があります。

とんでもないことであり、やってはならないこと!(>_<)!

今回は、
(自重! 自重!)
と、心に言い聞かせていたのでありました。


ところが! です!


地震被害が、熊本県と大分県に集中していると聞き、恐る恐るですが、福岡県と長崎県の同期生に連絡を取ったところ、

「あぁ~、こっちは大丈夫!
 揺れたけど、被害は無いけん、待ってるよん!」

「知覧(まで行くの)は、難しいだろうけど、(こっちは)大丈夫だから!
 こちらは、何も起こっていないよ。
 揺れも、然程ない。
 交通も問題ない。
 楽しみにしているよ!」

と、随分と、予想に反した、あっけらかんとした、嬉しい言葉が返って来たのでした。(^-^)/


私は、
(よっしゃぁ!
 大丈夫!
 九州には行ける!)
と、確信をしたのでありました。


ただぁ、『きゃさりん副長。』は、
「知覧に行きたいの!
 明太子!
 からすみ!
 博多ラーメン!
 長崎ちゃんぽん!
 皿うどん!
 馬刺し!
 もつ鍋!
 屋台!
 それとぉ~!
 ・・・・・。」
とまぁ、とにかく、『愉しみ』だけを、思い浮かべていた様でした。

ですがまぁ、本来は、それで良いのでしょうけれどもね。(^^;



私は、その『きゃさりん副長。』の姿を見まして、ちょっと意地悪をしてやろうかと思い、
「ねえねえ、貴女だったら、行程表は、どう見直す?」
と聞いてみたのですが、
「そんなのは、平出さんがやるに決まってんじゃん!」
と、いとも簡単に、逆襲を喰らってしまったのでありました。



それから、旅行会社の担当者の方とは、4月の下旬、ギリギリまで、行程表を見直していました。
・『果たして、九州新幹線が復旧するのか?』
・『熊本県を抜けて、鹿児島県まで、行くことができるのか?』
・『鹿児島県から、福岡県まで、予定の時間内で戻って来ることができるのか?』
話しの焦点は、その3つに絞られていました。


果たして、私と『きゃさりん副長。』の行く末は?

え~と、準備が整うまで、暫しお待ちください。(^^;


(おしまい!)


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年6月25日 (土)

『そうだ! ◯◯行こう~!』(*^o^*)/

(# 013)

おはようございます!(^o^)/

【そうだ! ◯◯行こう~!】(*^o^*)/

(※写真は、イメージです。)(^^;

3か月ほど前ですが、平成28年度の、年次育成総会の資料を作成しようと、
・平成27年度活動報告
・平成28年度活動予定
・ベンチャー隊、及び、ローバー隊の会計報告
を、『きゃさりん副長。』と、確認をしていました。

しかしながら、この時は、二人とも、色々と、『悶々』とし続けていた時でありまして、全く、気乗りがしていませんでした。

そこで、スカウトハウスの近くにある、
『鰻屋さんであり、天ぷら屋さんであり、とんかつ屋さんであり、お刺身屋さんであり、煮魚屋さんであり、焼き魚屋さんであり、要は、麺類を除いた、和食であれば、何でも揃えて貰える。』
と言う、馴染みのお店に行くことにしました。

お店に入るなり、『きゃさりん副長。』は、
「大将!
 生ビール!」
と、第一声!(^^;

結局、この時は、呑み会となってしまったのでありました。(^^;



私が、何気に、お店のテレビを観ていますと、
『北海道新幹線 2016年3月26日(土)開業!
 東京駅~新函館北斗間 4時間2分!』
と言う、ニュースが流れていました。 Img_3297 私は、
(よじかん にふん~!
 え゛え゛~!)
と、驚くと共に、『きゃさりん副長。』に、第6回日本ジャンボリーで、千歳原まで行ったことを話していました。

勿論、『きゃさりん副長。』は、私の話しなどはどうでもよく、
「何を食べよっかなぁ。」
と、相変わらずの能天気振りでしたが。(^^;



第6回日本ジャンボリーは、1974年に開催されたのですが、その時は、千歳原までに到着するのに、確か、3日、掛かったと思いました。


(第1日目)
・三島駅(20:00頃発)~東京駅(23:00頃着)
 ※各駅停車利用
・上野駅に移動
 ※山手線を使用したが、邪魔者扱いだったと思いました。(^^;
・上野駅(01:00頃発)
 ※臨時寝台急行列車(3段ベッド)
 ※常磐線回り(臨時なので、途中、引込線で何回か停車待機)
 ※冷房は無く、扇風機のみ(流石に、臨時の寝台急行!)

(第2日目)
・夕刻 青森駅に到着
 ※待合室は、ボーイスカウトで溢れ返っていた。
 ※あまりの疲れと空腹で、ホームの片隅や、ベンチなどに横た
  わり、夜を待った。
・時刻は覚えていないが、深夜の『青函連絡船』に乗船
 ※台風の影響で、津軽海峡は大荒れ。
 ※誰もが、超船酔いで、殆ど眠れず。
 ※4時間余りの乗船だったと記憶。

(第3日目)
・早朝、函館駅に到着
 ※ほぼ全員が、船酔いのため、ホーム上で立ち往生
 ※駅員に注意をされながらも、ホームの端っこで、みんなが、
  倒れ込んでいた。
 ※食事は、気分不良のため、摂ることができず。
・09:00頃、函館駅発(特急列車)
 ※超、冷房が効いていた!
 ※全員が、爆睡!
 ※あっと言う間に、お昼過ぎに、苫小牧駅に到着
・13:00頃、バスにて、千歳原に向かう
 ※バスの中も、冷房が効いていた。
 ※道路が真っ直ぐなので、バスの揺れを感じることは無かった。
 ※当然、全員が爆睡!
・夕刻、徒歩にて、第7サブキャンプに到着
 ※就寝時刻前まで、ひたすら、設営。(^^;


とまぁ、今から考えますと、強行軍と言っても過言ではないと思います。
それでも、とても良い想い出となっています。(^^;



さてさて、私が、『きゃさりん副長。』に、
「(北海道新幹線を利用すれば)これじゃぁ、(三島駅を)始発で出たら、16:00頃には、札幌に着いちゃうじゃん!」
と言いましたら、『きゃさりん副長。』は、ニヤッとしまして、

「それじゃぁさぁ。
 今度は、北海道へ行こうよ!
 (少年工科学校時代の)同期の人っているんでしょ。」

と、仙台訪問で、味を占めてしまったのか、どうにも仕方が無かったのですが、ニヤニヤし続けながら、

「ゴールデンウィークってさ。
 私、今度は、6日ぐらいは休めそうなの。
 北海道まで、幾ら位、(費用が)掛かるのかなぁ。
 美味しいものも沢山あるし!
 何を食べよっかなぁ。」

とまぁ、年次育成総会資料のことなど、何処かにすっ飛んだ状態で、独り、想いに耽っていたのでありました。(^^; Img_3298
そこで、私が、
「北陸新幹線もそうだったけど、開業後、直ぐでは、混んじゃって混んじゃって、どうし様も無いんじゃない?
 あの、(仙台での)混雑は、二度と嫌だからね!」
と言いましたら、

「そっか!
 だったら、逆方向に行けば良いんじゃない。
 そうだよ!
 みんな、北海道に行っちゃってるからさ。
 きっと、空いてるよ。
 やっぱり、九州だよ!」

と言うことで、平成28年のゴールデンウィークは、
『九州訪問!』
と言うことが、『きゃさりん副長。』の、超短絡的な発想から、ほぼ、決定してしまったのでありました。(^^;

ただ、この時は、九州(熊本・大分)で、甚大な災害が発生してしまうとは、思いも寄りませんでしたが。(>_<)!



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!


(つづく。)(^^;

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