カテゴリー「新幹線」の18件の記事

2017年5月19日 (金)

『何だったんだ? 今のはぁ?』(>_<)!

(出雲市・米子市 訪問:その3)


(※注:平成29年5月3日(水・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【何だったんだ? 今のはぁ?】(>_<)!


(ペン)「物凄く、揺れなかった?」

(ハム)「あぁ、揺れた!」

(ペン)「物凄く、走らなかった?」

(ハム)「あぁ、走った!」

(ペン)「何だか、ヘロヘロだよぉ~!
     疲れちゃったよぉ~!」

(ハム)「あぁ、確かに疲れている。
     何かあったに違いない!」

(ペン)「一体全体、何が起きたんだぁ?」

(ハム)「岡山駅で、乗り換えのはずだったんだけど、
     『きゃさりん副長。』に、背負われていたから、
     よく解らなかった。」

(ペン)「じゃぁさ。
     『きゃさりん副長。』に聞いてみようよ。」

(ハム)「そうだね。」 Img_5339
(ハム)「岡山駅は、中国地方、最大の駅なんだって。」

(ペン)「大きいってこと?」

(ハム)「駅舎が大きんじゃなくて、山陽新幹線を通る、
     全車両が停車するんだって。
     だから、京都駅や、新大阪駅と同等なんだって。
     要は、規模がデカいってこと。」

(ペン)「それでぇ?」

(ハム)「7つの在来線の、ターミナル駅になっていて、
     在来線の特急の起点駅にもなっているんだって。」

(ペン)「7つの在来線?」

(ハム)「えっとね。
     ・山陽本線・伯備線・瀬戸大橋線・宇野線・津山線
     ・吉備線・赤穂線、なんだって。」

(ペン)「何だか、多過ぎて、ややこしいなぁ。
     それで、俺達は、何線に乗ったのぉ?」

(ハム)「伯備線。
     ただね、ゴールデンウィークで、駅の構内が、
     物凄く混んじゃって、駅員さんだけでは、
     とてもじゃないけど、対応しきれなくて、
     臨時の職員さんも、頼んでいるみたいだよ。」

(ペン)「そうなんだ。
     でもぉ、走ったり、揺れたりしたのは、なぜ?」

(ハム)「乗り換え時間は、14分あったみたいだけど、
     コロコロの、トランクを持った人達が、
     エレベーターの前に並んじゃって、なかなか、
     エレベーターに乗れなかったみたい。
     それに、3階から、1階まで降りなきゃならなかった
     みたいで、時間か掛かり過ぎちゃって、走って、
     移動するしか無くって、だから、改札口も、
     切符を出さずに素通りしたみたい。」

(ペン)「何だか、凄いことになっていたんだなぁ。」 Img_5340
(ハム)「それにさ。
     俺達が、今、乗っている特急『やくも』には、
     乗車口が、一か所しか無かったんだって。
     お客さん達は、列車番号が表示されていた2か所の
     位置に、それぞれ、2列できちんと並んでいたんだ
     けど、結局、一つの乗車口に、4列のお客さんが
     殺到してしまって、一列でしか乗車できないのに、
     みんな焦って、先に乗車しようとして、順番が、
     ぐじゃぐじゃになってしまって、乗るのに、
     物凄く時間が掛かったんだって。」

(ペン)「え゛え゛~、そんなの有りなの?」

(ハム)「その上さ。
     車椅子が、乗らなかったんだって。」

(ペン)「何それ?」

(ハム)「乗車口が狭くって、車椅子が、
     通らなかったんだって。」

(ペン)「え゛え゛~!」
     じゃぁ、どうしたのぉ!」

(ハム)「デブ隊長は、かなり急なスロープを、
     必死になって、歩いて登って、乗車したみたい。
     『きゃさりん副長。』は、荷物を座席に放り投げ、
     車椅子を、半分に折り畳み、何とか、列車に、
     乗せたんだって。」

(ペン)「それでかぁ。
     何だか、目が回ったのは。」 Img_5341
(ハム)「臨時の職員の人は、『きゃさりん副長。』が、乗車
     するのを見て、直ぐに居なくなっちゃったんだって。
     それと同時に、列車が発車して、
     『きゃさりん副長。』は、車椅子共々、
     コケそうになっちゃったんだって!」

(ペン)「何だよぉ。
     『きゃさりん副長。』が、
     一番大変だったってことかぁ!」 Img_5342
(ハム)「そうだね。
     でも、今は、やっと落ち着いたみたい。」

(ペン)「あぁ~、良かった。
     俺達も、潰れずに済んだもんな。」 Img_5343
(ハム)「やっぱり、
     『安全は、全てに優先する。』
     『自分の安全は、自分で守る。』
     だね。
     充分に、気を付けなくっちゃ!」 Img_5344
(ペン)「本当に! そうだね。 
     安全に、充分、注意して、ルールを守んなきゃね!
     それにしても、岡山駅の、超~、混雑は、
     予想外で、恐るべきものだったんだね!」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年5月18日 (木)

『俺達のメシはぁ~?』(^^;

(出雲市・米子市 訪問:その2)


(※注:平成29年5月3日(水・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【俺達のメシはぁ~?】(^^;


(ペン)「新幹線、無事に乗れたね!」

(ハム)「曇りだけど、天気は好さそうだし、良かったね。」 Img_5331
(ペン)「あんれぇ?
     もう、名古屋駅に着いちゃったよ!」 Img_5332
(ハム)「うん!
     旅行会社の担当の人が、『ひかり』の切符を取って
     くれたみたいだよ。
     『こだま』は、時間が掛かり過ぎるとかで。」 Img_5333
(ペン)「そうなんだ!
     順調で、『きゃさりん副長。』、嬉しそうだね。」

(ハム)「今度は、『のぞみ』に乗り換えだよ。
     乗り換えの時間は、5分しかないから、
     気を付けようね。」 Img_5334
(ペン)「あっと言う間の、乗り換えだったね。」

(ハム)「うん! 順調! 順調!」 Img_5335
(ペン)「あんれぇ?
     『きゃさりん副長。』、サンドイッチ食べてる!」 Img_5336
(ハム)「岡山駅で、駅弁が買えるかどうか判らないから、
     小腹を満たしておくんだって。
     次に乗る特急には、車内販売も、自動販売機も、
     何も無いんだって。」 Img_5337
(ペン)「ふぅ~ん!
     そうなんだ!
     でもさ、俺達のメシはぁ~?」

(ハム)「何言ってんだい!
     今朝、『きゃさりん副長。』に、バッテリーを、
     新品に、入れ替えて貰ったろ!」

(ペン)「あ゛ぁ~!
     そうだった!」

(ハム)「全くもう!
     デブ隊長に似て、本当に、口が卑しいんだから!」

(ペン)「・・・・・。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年5月17日 (水)

『何処まで行くのぉ?』(^^;

(出雲市・米子市 訪問:その1)


(※注:平成29年5月3日(水・祝)の記憶です。)


おはようございます!(^o^)/


【何処まで行くのぉ?】(^^; Img_5319 Img_5321
(ペン)「えっとぉ、どこまで行くんだっけ?」

(ハム)「え゛え゛~!
     今更、何言ってんだよ!
     出雲市までだよ!」

(ペン)「あ゛~、そうだった!
     それで、どうやって行くんだっけ?」

(ハム)「新幹線に乗って、名古屋駅で乗り換えて、次に、
     岡山駅で乗り換えて、それで、終着駅までだよ。
     行程表、何回も見たろ?」 Img_5322 Img_5324 (ペン)「あ゛~、そうだった。
     それにしても、三島駅、物凄く、混んでね?」

(ハム)「ゴールデンウィーク中だから、当然だよ。」

(ペン)「俺達、潰されないかなぁ。」

(ハム)「大丈夫だよ。
     『きゃさりん副長。』が、守ってくれるから。」

(ペン)「でもさ。
     俺達、新幹線、初めてじゃね?」 Img_5326
(ハム)「そうだね。
     おっと、おデブ隊長が、何か言ってる。」

(ペン)「何だろうね?」

(ハム)「注意事項らしい。
     『安全対策計画書』の確認だって!」 Img_5327
(ペン)「何だか、面倒臭いなぁ。
     プロジェクトの実施・展開って、かったるいなぁ。」

(ハム)「おいおい!
     覚悟して、始めたことじゃん!
     最初から、これじゃぁ、先が思い遣られるよぉ。」 Img_5329
(ペン)「まぁ、楽しけりゃ良いってことで。」

(ハム)「全くもう、しょうがないなぁ。」



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月14日 (土)

『ただただ、感謝!』(^-^)/

(# 九州―45(終))


おはようございます!(^o^)/


【ただただ、感謝!】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


今回の、九州訪問でも、またまた、多くの皆様に、大変、お世話になってしまいました。

改めまして、心より、御礼申し上げます。

誠にありがとうございました。m(_ _)m

振り返ってみれば、計画段階で、熊本地震が発生し、九州を、訪問すべきか、止めるべきか、とても悩みました。

しかしながら、このチャンスを逃す訳にはいかないだろうと思い、計画変更を、旅行会社の担当者の方にお願いし、また、私達の迷いから、幾度となく、担当者の方を、振舞わす様な格好になってしまい、大変、申し訳なかったと思いました。

それでも、その都度、対応してくださり、綿密に、行程表を練り上げてくださったのには、プロ意識を感じ、頭が下がるばかりでした。

九州訪問、出発当日、三島駅までの移動には、タクシーを利用したのですが、運転手さんは、私と車椅子の扱いに慣れている、ベテランドライバーの方が、迎えに来てくださいました。

JR東海には、事前に、電話連絡を入れておいたのですが、

「一応、利用駅数分、『行程表』を、ご用意して頂けますか。」

と言うことで、三島駅では、私達の『行程表』をお渡しし、

「解りました。
 博多までは、連絡をしておきます。
 ご安心ください。」

と、JR西日本、JR九州まで、概略の連絡をしてくださった様でした。

名古屋駅では、『行程表』を確認した上で、往路だけでなく、5日後の、復路の際にも、とても丁寧に対応してくださいました。

新大阪駅では、九州新幹線が、通常運行できない状況下にあり、かなりの混乱を来たしていたのに、また、ホームが、大混雑の状況にあったのに、JR西日本の駅員さんが、丁寧に案内してくれまして、そして、JR九州の車掌さんに、私達のことを、申し送ってくださっていました。

博多駅では、新幹線の駅員の方が、

「JR九州の中でも、新幹線と、在来線は、異なる部門になります。
 地下鉄は、(福岡)市営になりますので、本来は、ご案内はしないのですが、上司の指示で、それぞれの、窓口までご案内します。」

と言って、新幹線側の駅員さんが、市営地下鉄、在来線側のJR九州の窓口まで、連れて行ってくださいました。

それも、私の車椅子を押しながら、かなりの距離を、移動してでした。

とっても丁寧で、大変、有難かったです。

また、

「『行程表』は、確かに受け取りました。
 お帰りの際までに、連絡をしておきます。」

と言うことで、

(新幹線の、各駅への連絡は、相当、徹底されているんだなぁ。)

と、感心するばかりでした。

そして、博多駅の、在来線の女性駅員の方は、かなりの時間は掛かりましたが、

「波多江駅、新鳥栖駅、吉野ヶ里公園駅、鳥栖駅、長崎駅、大村駅、諫早駅、全部、連絡が取れましたぁ!」

と、息を切らせながら、報告してくださいました。

多分、そんなにも、一度に、連絡調整することは無かったのでしょうね。

(とっても大変だったんだなぁ。)

と、恐縮してしまいました。

初日の、『H氏』のお出迎えには、驚いてしまいましたが、サプライズとしては、大変、嬉しく思いました。

ただ!

「雨の中を歩こう。」

と、言わなければ、でしたが。(^^;

九州での、タクシーの利用は、初日と2日目、3日目の、博多駅~キャナルシティ博多の間だけでしたが、流石に、観光地だけあって、運転手さんの対応は、とても親切で、優しかったと思いました。


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2日目の、市営地下鉄と、波多江駅では、乗車券の購入方法が判らず、結局、駅員さんに、購入して貰うと言うこともありました。

そして、糸島市では、『H氏』に、九州大学や、糸島市の観光地を案内して貰い、糸島牛や、糸島豚を、鱈腹、ご馳走になってしまいました。

その上、酔っ払い捲りました。

『H氏』の奥様には、君津市に次いで、またまた、とってもご厄介になってしまいました。

また、宮崎県から駆けつけてくれた、『K氏』との再会も、とても嬉しく思いました。


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3日目の、博多駅、新鳥栖駅、吉野ヶ里公園駅、鳥栖駅では、駅員さんの対応が、素早く、その動きが、とてもスマートに思え、列車の乗降も、スムーズでした。

『K先輩』が、なかなか、姿を現してくれなかったのは、とても心配になりましたが、16年振りに、奥様とお会いできたのは、嬉しいことでした。

16年振りの『吉野ヶ里歴史公園』訪問は、『K先輩』が、ずっと、車椅子を押し続け、申し訳なく思うのと、嬉しい気持ちで一杯でした。

この時は、とっても不思議で、複雑な思いもありましたが、

(先輩に、甘えられるって、結構、幸せだよなぁ。)

と、思っていました。

そして、夕刻、『S先輩』と、約34年振りに、再会することができ、感動で一杯でした。

両先輩には、お酒も、焼き鳥も、目一杯、ご馳走になってしまい、とっても、愉しく過ごすことができたのですが、両先輩との、別れ際には、胸が一杯になり、思わず、涙ぐんでしまいました。


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4日目は、私も『きゃさりん副長。』も、人生、初の、長崎訪問でしたが、鳥栖駅でも、長崎駅でも、列車への乗降は、とてもスムーズでした。

どちらの駅でも、

「そんなに、広範囲を(九州北部を)回られているのですか。
 お気を付けて、どうぞ。
 良い旅を!」

と、駅員さんと、会話を交わしていたのが、印象に残っています。

さて、長崎駅では、『S氏』が、万全の準備を整えて、待っていてくれました。

改札口で、大きく手を振って、出迎えてくれたのは、私も『きゃさりん副長。』も、大喜びでした。

そして、私や『きゃさりん副長。』への気遣いが、とても手厚く、細かなところにも、気を配ってくれたのには、感服していました。

私の、念願の『平和公園』、そして、『きゃさりん副長。』、念願の『本場のちゃんぽん』。

それと、私の我儘で、連れて行って貰った、『諫早湾』。

どれもこれも、大満足でありました。

そして、夜には、『F氏』との再会もでき、大ジョッキ、焼き鳥、お刺身で、歓待して頂きました。

その上、ホテルは、大村湾の近くにあり、長崎空港が望め、食事も、とっても美味しく、『きゃさりん副長。』は、この頃から、元気を取り戻していました。


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5日目の朝、『S氏』が、大村駅まで送ってくれ、名残りを惜しんでいました。

それにしても、出迎えから、見送りまで、『S氏』には、長崎の、最初から最後まで、お世話になりっ放しでした。

本当に、有難く、心強かったです。

大村駅では、列車に乗るために、駅員さんが、二人掛かりで、超長いスロープを、運んで来てくれました。

お二人の駅員さんは、

「これは、使ったことが無い。
 初めてだよ。」

「そう言えば、私も、かなり久し振りだよ。」

と、会話されていたので、私が、

「車椅子の人は、あまり来ないんですか?」

と聞くと、一人の駅員さんが、

「ここは、車が主だからねぇ。
 車椅子の人は、自動車を使っちゃうんじゃないのかなぁ。」

すると、もう一人の方が、

「(長崎)空港に来ても、この駅を使う人は、まずいないと思いますよ。
 みんな、高速(リムジンバス)を使いますから。
 ここは、通学、通勤なんかが、主ですね。」

と、言われていました。

私が、

「二人掛かりなんて、何か、申し訳が無いです。」

と言うと、

「いえいえ、良いんですよぉ。
 私達にとっちゃ、丁度良い、訓練にもなるんですから。」

「そうそう。
 私なんか、初めて見たぐらいですから。
 使っておかないと、いざって時に、人も物も、使い物にならなかったら、済まされないですからねぇ。」

「そうそう。
 その通り!」

と、かなり、陽気な、お二人でした。

大村駅から、諫早駅を経由し、博多駅まで戻り、ホテルにチェックインしたところで、再び、『H氏』の登場!

ボーイスカウト関係者と会うと言うことで、『H氏』のお宅に忘れてしまったキャップを、わざわざ、届けに来てくれたとのことでした。

何ともまぁ、『H氏』の、とっても優しいところが、顕わになった時でした。

この日の午後は、第5回日本ベンチャースカウト大会で、とてもお世話になった、『Eさん』と、お会いしました。

それが、お土産の買い物に、お付き合いさせてしまったり、車椅子を押して頂いたり、とっても美味しい『もつ鍋』を、ご馳走になってしまったりと、またまた、お世話になってしまったのでした。

また、『きゃさりん副長。』との会話で、かなりの刺激を与えてくださったのは、とっても、有難いことだと思いました。


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九州訪問最終日、6日目の朝、『H氏』が、博多駅まで、見送りに来てくれました。

やっぱり、誰も、迎えに来てくれない。

誰も、見送ってくれないじゃ、とっても、寂しいですからね。

『H氏』の見送りは、九州訪問の締めとしては、最高に、嬉しさと歓びを感じるものでした。

そして、『H氏』の、期待通りの行動。

『のぞみ』には、敵いませんでしたが、果敢に挑戦してくれたのには、大喝采でした。

乗り換えの、名古屋駅では、初めて、パーサーに介助して頂き、富士川の手前で、富士山が確認できた時には、大きな安堵感と、深い郷愁感に包まれていました。

そして、三島駅では、またまた、駅員さんに、タクシー乗り場まで、送って頂いてしまいました。

普通は、改札口までだそうです。


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結局のところ、

・タクシー運転手の皆さん

・JR東海の、駅員、車掌、パーサーの皆さん

・JR西日本の、駅員さん

・JR九州の、新幹線側の、駅員、車掌の皆さん

・JR九州の、在来線側の、駅員、車掌の皆さん

・福岡市交通局の、駅員の皆さん

そして、

・『K先輩』

・『S先輩』

・『H氏』と、奥様

・『K氏』

・『S氏』

・『F氏』

と、とても多くの皆様に、お世話になってしまいました。

その皆様が、手を貸してくださらなければ、今回の旅は、成立しなかったと思います。


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そして、もう一人。

やはり、『きゃさりん副長。』の存在だと思います。

ボーイスカウトで、隊長、副長として、活動を行なってきた、大事な相棒です。

勿論、男女と言う性別はありますが、私が、左半身が、全く動かない、身体障害者になってしまってからは、性別と言うことは、全く、関係なくなってしまいました。

また、少年工科学校の同期生達も、皆、『同じ仲間』として、『きゃさりん副長。』を、迎え入れてくれています。

今回の九州訪問は、『きゃさりん副長。』が、いてくれたからこそ、成功裏に終えることができたのだと思います。


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今回の、九州訪問で、お世話になった皆様には、誠にありがとうございました。

衷心より、感謝申し上げます。(^-^)/



そして!

私の、乱文、稚拙な文章に、かなりの期間、お付き合い頂いた皆様にも、感謝申し上げます。

次は、どこへやら。

生ある内に、全国にいる、同期生達に、会いたい。

語り合いたい。

それが、今の、私の望みの一つでもあります。

長々と、誠に失礼いたしました。m(_ _)m



(おしまい!)(^-^)/



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月13日 (金)

『二つの郷愁感。』(^-^)/

(# 九州―44)


おはようございます!(^o^)/


【二つの郷愁感。】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


遠くを見つめながら、

「ここは、どこ?」 Img_4740
と、『きゃさりん副長。』が言っていたので、リクライニングシートを起こして、窓の外を観てみましたら、そこはもう、浜名湖でした。 Img_4742
「なんか、早いよねぇ。
 あんまり、駅にも停まらないしさ。」

と言うので、

「だって、これは、『ひかり』じゃん。
 幾つか、駅を飛ばしているからさぁ。」

と言うと、

「へぇ~、そうなんだ。」

と、あまり、興味は無い様でした。(^^;

しかしながら、

「静岡県って、(新幹線の駅が)一番、多いんだよね。」

と、言っていましたので、

「それじゃぁ、駅名を、言ってみてよ。」

と、言いましたら、

「やだ!
 そんなのめんどくさい!」

と、本人が、結構、面倒臭い、『きゃさりん副長。』なのでした。(^^;

私は、

(もう、静岡県に入ったのか。
 名古屋からだと、三河安城も、豊橋も、停車しないから、次は、いきなり、浜松だ。
 そうすると、静岡、三島で、駅は、あと、3つじゃん!)

と、何となくですが、寂しくなっていました。

仙台を訪問した時には、東京駅から戻って来ましたので、神奈川県内を走行している時には、土地勘も無く、三島駅が、近づいてくるのは、あまり気にはなりませんでした。

ですが、

(静岡県内は、地理的には、頭の中に入っている。
また、景色を観れば、そこが、大体、どの辺りか、判る。
段々と、旅のゴールが近付くにつれ、次第に、込み上げてくるこの気持ちは、一体、何だろう?)

と、思っていました。

『きゃさりん副長。』は、と言うと、

「掛川だってよ。
 停まんないんだぁ。
 ここは、つま恋、ポプコンだよね!」

と、呑気に話しておりました。

そして、牧之原台地の下を通るトンネルや、日本坂トンネルを抜けて、

「もう、静岡(駅)に、着いちゃったよ。
 よく(静岡県青少年会館に)来たよねぇ。
 年に、3回は、来てたんじゃない?
 それが、もう来なくなっちゃったなんて、嘘みたい。」

と、懐かしんでいました。

私も、

(静岡市に来なくなって、もう、どのくらい経つのだろう。
 思い出せないぐらいなのだから、かなりの年月が、過ぎてしまったんだろうな。)

と、これまた、ちょっと、寂しく思っていました。

東海道新幹線は、静岡駅を出てから、新富士駅までの間に、興津、由比、蒲原の辺りで、また、幾つかのトンネルを抜けます。

そうして、直ぐに観得てくるのが、富士川です。

それと共に、天気が良ければ、どぉーんと構えた、富士山が出迎えてくれます。

この日は、静岡県内は、薄曇りと言った感じで、期待はしていなかったのですが、何ともまぁ!

霞の向こうに、富士山の頭の部分を、確認することができました。 Img_4744
ここまで来てしまい、また、富士山も観得る状況になりますと、

(帰って来たぁ~!)

と言う気持ちになり、安堵感と、

(戻って来たんだ!)

と言う実感が、物凄く湧いてきます。(^-^)/


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


私は、『きゃさりん副長。』に、

「新富士(駅)を過ぎたら、降りる準備をしよう。」

と言って、荷物をまとめ始めました。

新富士駅から、三島駅までは、『こだま』でも、『のぞみ』や『ひかり』の通過待ちが無ければ、10分程度で、着いてしまいます。

今回は、『ひかり』でしたので、新富士駅は、通過してしまうので、もっと早く着いてしまうと思っていました。

そこに、今度は、パーサーではなく、顕かに、車掌さんと判る女性が現れ、

「お手伝いできる範囲で、介助いたします。
 三島駅では、係りの者が、降ろしますので。」

と、言っていました。

要は、女性の車掌さんは、車椅子を扱うことなく見守り、実際に、私を、車両から降ろすのは、三島駅の駅員さんと言うことの様でした。

私は、

(これはもう、三島駅では、駅員さんが待ってるな。)

と、思い、

(他の乗客の方より、先に降ろして貰った方が、良いだろう。)

と判断し、『きゃさりん副長。』に、乗降口まで、連れて行って貰いました。 Img_4745
そして、車窓から、いつもの景色が見え出した、その時。

私の頭の中では、二つの曲が、入り混じる様にして、流れていました。

それも、部分的に。



『 ~ 遠くまで来たね 夏は美しい 
 友の名を呼び 友と語り合おう
 空の色より蒼い 草原より未来へ
 眩しいね 太陽が 風さえも透明なのだ ~ 』



『 ~ 道はそれぞれ 夢も色々 大切に 抱いて行こう
降り注ぐ Sun Shine 仰ぎ見る Blue Sky
今この時を 等しく恵まれて 君の未来と 僕の未来を
共に讃えて ~ 』



その二つの歌詞が、ぐるぐると、目まぐるしく、頭の中を、駆け巡っていたのですが、その一方で、

(おやぁ。
 九州は、これで、4回訪問したことになる。
 一回目は、少年工科学校の、3年生の時に、熊本に行った。
 二回目は、11NJで、久住高原に行った。
 三回目は、5NJで、吉野ヶ里歴史公園に行った。
 そして、今回だ。)

と、過去を振り返っていました。

(そんなにも、九州に行っているんだ。
 どうしてだ?
 なぜなんだ?)

幾ら、自問自答しても、その答えは、出ることはありませんでした。

ただ!

無事に、三島駅に戻って来られて、かなりの歓びを感じている自分と、九州に対して、かなりの想いがあり、帰ってきてしまった寂しさを感じている自分が、そこにいたのは、確かだったと思いました。

そんな心を鎮めるかのように、『ひかり』は、緩やかに、三島駅に停車したのでありました。(^-^)/



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月12日 (木)

『超~、美味ひぃ~!』(^-^)/

(# 九州―43)


おはようございます!(^o^)/


【超~、美味ひぃ~!】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


「あんまり、揺れないねぇ。」

流れ行く、車窓からの景色を眺めながら、『きゃさりん副長。』が、ボソッと、呟いていました。 Img_4726
5月3日(火・祝)に、新幹線で、新大阪駅から、博多駅に向かっていた時には、かなりの揺れを感じていました。

振動も多く、落ち着いて、乗車していられないと言う様な、変な不安感も抱いていました。 Img_4728
それが、行きと帰りでは、全くの大違いで、帰りの『のぞみ』では、ゆったり感で、一杯でした。

『きゃさりん副長。』は、靴を脱いで、フットレストの上に足を載せ、リクライニングシートを倒し、

「あ゛~!
 のんびり~!」

と、かなりくつろいでいました。

「ねぇねぇ、行きと、帰りで、何が違うの?
 こんなにも、楽ちんだよぉ。」

と、言っていたので、

「行きはさ。
 『みずほ』で、8両編成だったじゃん。
 それに、天気も悪かったし、風も強かったみたいだし。
 おまけに、『2分遅れで、運行しています。』とか、言ってたし。」

と言うと、

「だから、何が違うの?」

と、言うので、

「これはさ。
 『のぞみ』じゃん。
 16両編成だし、安定感があるのかも知れないし、今日は、天気が良いし、風も無さそうじゃん。
 だから、快調に、走っているんじゃないの。」

と、話をしていましたら、いつの間にか、『きゃさりん副長。』は、目を閉じて、お休みになって、しまっていたのでした。(^^;

(全くもう!
 人が、折角、話しているのにぃ!)

と、思っていた私も、実のところは、睡魔に引き込まれていました。 Img_4730
名古屋駅までの、およそ3時間半の乗車は、景色を愉しむどころか、私達の、仮眠時間となってしまったのでした。(^^;

私達が気付いたのは、田園風景が続く、景色が流れていた時でした。

『きゃさりん副長。』が、

「ここは、どこ?」

と言うので、景色を眺め続け、何か目標になるものはないものかと思っていましたら、かなり大きな川が、目に飛び込んできて、『木曽川』と、書かれていたのが、確認できました。

すると、車内放送が、

「間もなく、名古屋駅です。」

と、流れて来て、

(ありゃぁ~!
 もう、そんなところまで、来ちまったのかぁ!)

と、私も『きゃさりん副長。』も、慌てふためいてしまったのでした。(^^;

名古屋駅では、『ひかり』に、乗り換える予定でした。

そして、その乗り換えの時間は、何と、4分!

『きゃさりん副長。』が、

「大丈夫かしら?」

と、かなり気にしていたのですが、そこに、女性乗務員の方がお見えになり、

「私が、ご案内いたします。」

と言って、車椅子の組み立てを、手伝ってくれたのでした。

そして、

「私が、車椅子を押しますので、奥様は、お荷物をお持ちください。」

と言い、私を、乗車口まで、運んでくれたのでした。

私は、

(車掌さん?
 じゃ、ないよなぁ。
 さっき、おしぼりを持って来てくれた人だから、アテンダント?)

と、少々、解らなくなっていました。

名古屋駅では、ホームで、係りの駅員さんが、待っていてくださったのですが、その手には、何と!

5日前の、5月3日(火・祝)に、渡しておいた、私達の行程表が、握られていたのでした。

(すっげぇ~!
 こんなにも、きちんと、申し送られているとは!)

と、かなり、驚いてしまいました。

名古屋駅の駅員さんは、

「乗り継ぎは、大丈夫です。
 (『ひかり』は)同じホームで、反対側の番線に入って来ますので、間に合いますよ。」

と、私の車椅子のブレーキを、しっかりと、握りながら、そう、言われていました。

私は、先程の、女性乗務員さんのことが、とっても気になってしまい、そのことを、駅員さんに聞くと、

「あぁ、パーサーですね。」

と、言われていました。

私は、

(パーサー?)

と、思っていたのですが、『ひかり』が到着し、それ以上のことを、聞くことはできませんでした。

あとで、調べたところ、のぞみ号のグリーン車には、パーサーが乗務しているそうです。

それで、列車が発車すると、おしぼりを配りながら、座席を確認し、車掌業務も、担当するのだそうです。

この時は、私も『きゃさりん副長。』も、グリーン車を利用するのが、全くの初めてでしたので、何も解らずにいたと言う訳でした。

また、私達の様な、身体障害者の介助については、車掌さんとの連携で、誰が担当するのかを、事前に、打ち合わせておくことも、行われているとのことでした。

女性乗務員の方に、介助を受けたのは、これまた、全くの初めてでしたので、いやぁ、本当に、びっくらぽん、でした。(^^; Img_4733
さて、『ひかり』に、乗り込んだ私達ですが、丁度、お昼時でした。

そこに!

本当に、計った様なタイミングで、車内販売のワゴンが、通り掛りました。

『きゃさりん副長。』が、

「ねぇねぇ、良い?」

と、満面に、笑みを浮かべて言うので、私は、

「どうぞ!」

と、応えるしかありませんでした。(^^;

『きゃさりん副長。』が、

「お勧めはありますか?」

と、聞くと、

「これは如何でしょう。」

と、

『東海道新幹線弁当』

なるものを、差し出してくれまして、『きゃさりん副長。』は、即決で、購入していました。 Img_4734
私は、

(そうなんだよなぁ。
 もう、東海道新幹線なんだよなぁ。
 山陽新幹線では、寝ちゃってたし!)

と、しみじみと思っていました。 Img_4735
『きゃさりん副長。』は、駅弁の蓋を開け、

「やっと、旅気分!
 豪華~!」

と、悦んでいましたが、

「おかずばっかりで、ご飯が無いじゃん!」

と、私が言うと、

「良いの!
 色々、一杯、入ってんだからさ。
 それに、初めての駅弁だもん。
 今まで、駅弁、一回も、食べられなかったじゃん!」

と、少々、膨れていました。(^^; Img_4737
考えてみれば、確かに、行きの新幹線では、乗り換えが2回あり、あまり、余裕がありませんでした。

それと、『みずほ』の中では、揺れが酷く、とても、駅弁を食べる気にはなれませんでした。

(まぁ、そうだよなぁ。
 駅弁も、旅の醍醐味だもんなぁ。)

と、『きゃさりん副長。』の発言を、認めざるを得ませんでした。(^^; Img_4738
名古屋駅から、三島駅までは、『こだま』ですと、約2時間。

ですが、今回は、『ひかり』でしたので、およそ、1時間20分程度の、所要時間でした。 Img_4739
『きゃさりん副長。』は、

「(食べ終わって)寝ちゃうと困るから、ゆっくり食べるね。」

と言って、初めての『東海道新幹線弁当』に、超~、ニコニコしながら、舌鼓を打っていたのでありました。(^-^)/



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2017年1月11日 (水)

『やっぱり、走ったぁ~!』(^-^)/

(# 九州―42)


おはようございます!(^o^)/


【やっぱり、走ったぁ~!】(^-^)/


(※注:平成28年5月8日(日)の記憶です。)


九州訪問最終日、と言っても、自宅に帰るだけの日でありましたが、この日も、『きゃさりん副長。』は、旅慣れてきたのか、絶好調でありました。(^-^)/ Img_4705
それに引き替え、私の方は、疲れが溜まってきたのか、それとも、九州の美味しいものを、腹一杯、頂き過ぎ、増々、デブになってしまったのか、身体が、重だるく感じていました。(^^; Img_4706
朝食は、バイキングと言うことでしたので、私は、行くのを止めておき、『きゃさりん副長。』が、コンビニで、おにぎりを買って来てくれると言うので、部屋で待っていました。

と言うか、実際のところは、寝てましたがぁ。(^^;

『きゃさりん副長。』が、部屋に戻って来て、カーテンを開けてみると、超快晴! Img_4708
5日前に、博多に来た時には、超~、土砂降りだったのが、信じられないぐらいに、空は晴れ渡り、静岡県の片田舎に戻るのが、本当に、勿体無いぐらいでした。

この日は、09:04発の、『のぞみ』に乗車する予定でしたが、

『Eさん』から、

「明太子は、朝、お求めになって、そのまま、お持ち帰りになった方が良いと思いますよ。
 (明太子の販売店は)8時頃から、開いていると言うので、十分、間に合うと思いますよ。」

と、言われていましたので、ホテルは、8時過ぎに、チェックアウトしました。 Img_4709
そして、筑紫口から、駅構内に入ってみますと、お土産物屋さんは、既に、全店舗が営業していました。

私は、

(何だろう?
 この活気は!
 これじゃぁ、否が応でも、お店の中に、引きこまれてしまう。
 これが、博多の勢いなのかなぁ。)

と、各店舗の様子を観ていました。

『きゃさりん副長。』は、『Eさん』から、アドバイスを受けていた様で、

「それじゃ、行ってくるから。」

と言って、明太子を買い求めに行き、私は、他のお客さん達の邪魔にならない様に位置取り、待機していました。

そこで!

『きゃさりん副長。』が、戻って来るのと、ほぼ、同時位に、

「おぉ~!
 もう、来とったか。」

と、『H氏』が、姿を現したのでした。 Img_4711
『H氏』は、前日の約束通り、私達の、見送りに来てくれたのでした。(^-^)/

私が、

「随分と早いじゃん!」

と言うと、

「『きゃさりん』が、大変かと思ってさ。
 荷物でも、持ってやろうかと思ってさ。
 ホテルに、行こうと思ってたんよ。」

とのこと。 Img_4712
「それにしても、よく見付けたね。」

と言うと、

「そりゃぁ、車椅子で、こんな所におったら、誰だって、見付けられるよ。」

(あちゃちゃちゃ!
 人の邪魔にならない様に、と思ってたけど、逆に、目立ってたってことかぁ。)

と、少々、ショックでありました。(^^; Img_4713
新幹線の発車時刻には、かなりの余裕がありましたが、腰を下ろして休むところも無く、私達は、ホームに上がり、そこで、休むことにしました。

ホームは、意外にも、かなり空いており、私も『きゃさりん副長。』も、

(始発だし、これならば、他のお客さんの邪魔にならないだろうし、のんびりと乗車できるなぁ。)

と、安心していました。 Img_4715 Img_4716
ホームでは、『H氏』と、九州訪問の締めにと、写真を撮ったりしていましたが、『H氏』が、

「これこれ!」

と言うので、その表示板を観てみましたら、

『しんとす/はかたみなみ』

と、表示されていました。 Img_4717
「車両基地までの途中に、駅があるんよ。
 おれは、乗ったことがないけど、通勤、通学で、結構、使われておるんよ。」

と、言っていました。

私が、

「だって、新幹線だろ?
 と言うことは、特急券が、必要なんじゃない?」

と言うと、

「よくは知らん。
 だけど、人が、多く使うってことは、それなりに、安いんじゃないの。」

と、言っていました。 Img_4718
このことは、とても気になっていたので、後で調べたところ、『博多南線』と、言うのだそうです。

また、在来線特急扱いになるのだそうです。

『博多駅』から、『博多南駅』までの、乗車券は、200円。

特急券は、『特定特急券』と言って、100円。

合計、300円。

距離は、約9km。

それを、約10分で、繋いでいるそうです。

仮に、バスで行くと、約1時間程度、掛かるとのことで、所要時間を考えると、やっぱり、『博多南線』を使用する方が、利便性が高いとのことの様です。

世の中には、まだまだ、知らないことが、一杯沢山、ありますねぇ。(^^; Img_4719
さて、そんな遣り取りをしているところに、『のぞみ』が、入線してきました。

そこに、駅員さんが、来てくれたのですが、『H氏』は、駅員さんが、私達の、介助をしてくれると言うことを、全く、解っていなかった様でして、車椅子を、積み込むは、荷物も積み込むは、と言うことで、結局、駅員さんは、何もすることが無くなってしまい、

「大丈夫ですね!」

と、一言だけ言われて、戻られてしまいました。

何だか、大変、申し訳が無かったです。

私が、一言、『H氏』に、言っておけばよかったと、反省、頻りでした。(^^; Img_4720
車内放送が、始まったところで、

「それじゃぁ、行くは!」

と言って、『H氏』は、ホームに戻ったのですが、車内の私達に向かって、盛んに、手を振り続けていました。 Img_4722
そして、

「あいつ、絶対に走るぜ!
 観ててみ!」

と、私が、『きゃさりん副長。』に言うと、

「私も、絶対に、走ると思う!」

と、『きゃさりん副長。』は、『H氏』の挙動を、撮り続けていました。(^^; Img_4723
発車のチャイムが鳴り終わり、『のぞみ』が、ゆっくりと動き出すと、それに、並走し、『H氏』も、動き始めていました。 Img_4724
しかしながら!

『H氏』が、『のぞみ』に敵うはずはなく、『H氏』のその姿は、あっという間に、見得なくなってしまったのでした。(^^; Img_4725
「あぁ~あ。
 行っちゃったね。
 これでもう、帰るんだね。
 5泊6日も、いたんだねぇ。
 早かったよねぇ。」

『きゃさりん副長。』が、寂しそうに、述べ続けておりました。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月24日 (土)

『ひょっこりひょうたん島?』(^^;

(# 九州―35)


おはようございます!(^o^)/


【ひょっこりひょうたん島?】(^^;


(※注:平成28年5月6日(金)の記憶です。)


この日、私と『きゃさりん副長。』は、大村市内の、『長崎インターナショナルホテル』に、宿泊予定でした。

それで!

土地勘が、全く無かった、私と『きゃさりん副長。』は、またまた、『S氏』に甘えてしまうことになるのですがぁ。

『雲仙多良シーライン』の休憩所から、ホテルまでは、これまた、1時間程度の道のりでありまして、『S氏』には、大変な、時間と労力を、消費させてしまうことになってしまったのでした。

と言うのも、長崎市内から、諫早湾に向かい、諫早湾を横断し、更に、諫早湾を、ぐるっと一周する様な形となり、なおかつ、JR九州の、長崎本線と、大村線に沿って、ホテルに向かうと言う、何とも、大掛かりの、ドライブになってしまったのでした。

本当にもう、

『何知らない!』

と言うのは、全く、どうし様も無かったです。(^^;

それでもまぁ、移動中の車内では、九州訪問の、初日からの話に花が咲き、『H氏』の話や、糸島市での話、『国営吉野ヶ里歴史公園』で、『きゃさりん副長。』の写真が、全く無かったこと、生徒の先輩諸氏の話、などなどを、繰り返し、喋っておりました。

また、『S氏』と奥様の馴れ初めや、『S氏』が、故郷に戻るまでの経緯など、その様なことも聴かせて貰っていました。

私は、話を聴きながらも、車窓から、あれやこれやと、流れ行く景色を観ていたのですが、

(おやぁ~!
 何だか、街が、とっても綺麗!
 とても、すっきりしている!)

と、感じ始めていました。

そのことを、『きゃさりん副長。』に、言ってみましたら、

「うん!
 そうなの。
 確かに、街が綺麗!」

と、言っていました。

私は、

(何だろな?
 何が違うんだろ?)

と、思っていたのですが、

(そうか!
 電線が無い!
 電柱もない!)

と、気付いたのでした。

そのことについて、『S氏』に、話を聞いてみると、

・いつ頃だったか忘れたけど、国道が、かなり綺麗に整備された。

・大村市には、長崎空港があり、空の玄関口となっている。

・JR大村線は、単線で、電化されていないが、その分、長崎自動車道などの、道路交通網が整備されている。

・2022年開業を目指して、長崎新幹線を建設中。

・大村市には、長崎新幹線の、『新大村駅』ができる。

など、

「それらが、相俟って、街の景観整備に、繋がっているのではないのか。」

と、言っていました。

また、『きゃさりん副長。』が、

「建物が、みんな、お洒落~!」

と、写真を撮っていましたが、その最初の1枚は、どうやら、警察署の様でした。(^^; Img_4616
また、その写真の様に、パトカーも、くるくる回っている赤色灯も、標語が記された幟も、何も写っておらず、とても、すっきりしていて、

(ここが、警察署?)

と、思わせる程で、私も、かなり、お洒落に思えました。

そして、『きゃさりん副長。』は、

「ここ(大村市)は、何だか、とっても、住み易そう。
 だって、こんなにも、綺麗なんだもん。
 それに、(長崎)空港だって、近くにあるんでしょ。
 新幹線も、通るって言うしぃ!」

と、やたら、燥いでおりました。(^^;

ですが、確かに、街の景観はとても良く、道路は、中央分離帯のある、片側2車線なのですが、とても、道幅が広く感じられ、それに加えて、とにかく、歩道の幅が広い!

このことは、車椅子使用者としての視点で観ていますので、十分、保証できると思います。

また、様々なお店が、かなり多く、お洒落で、とても充実している様子が覗えました。

それと、これは、航空法の関係かも知れませんが、大きなビルが、殆ど、見当たりませんでした。

マンション等は、あった様にも思いますが、ビルは、密集して、建てられていなかった様に思います。

その様に記憶しているのは、とにかく、街全体が、明るかったからです。

それは、高い建物が無いため、太陽の、日差しを、遮ってはいない。

そして、その日差しが、しっかりと地面まで届いている。

そのために、街全体が、明るく見得ている。

その様な印象を、受けていました。

いずれにしても、

(やたらと高いビルが無く、電柱も、電線も無いことが、こんなにも、街を明るくし、綺麗で、すっきりとした景観になるとは!)

と、とっても、感心してしまったのでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さてさて、ホテルに向かう前に、遠目からですが、長崎空港を、案内して貰いました。

そして、『S氏』のご自宅に寄り、奥様に、ご挨拶を申し上げましたが、時間的に、あまり余裕が無かったので、玄関先でのご挨拶となり、大変、失礼してしまいました。 Img_4617
奥様のお姿と、ご自宅の全容は、NGと言うことで、写真では、チラッとのご紹介です。(^^:

そして、『S氏』に、ホテルまで送って貰ったのですが、私と『きゃさりん副長。』は、『S氏』が、相当、疲れているのではないかと思い、

「自分達で、部屋まで行けるから、大丈夫!」

と、言ったのですが、逆に、

「きゃさりん、疲れているだろ。
 このおデブちゃんを、部屋まで送ったら、一旦、(自宅に)戻るから。」

と言い、『S氏』は、ホテルの部屋まで、このおデブを、送り届けてくれたのでした。(^^;

本当に優しく、何とも、有難いことでした。(^-^)/


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ホテルの部屋は、角部屋で、大村市内も、大村湾も、一望でき、長崎空港も観ることができました。

その部屋は、天井が高く、とっても空間が広く感じられ、車椅子で、ベッドの間を移動できるくらい、部屋全体が、ゆったりしていて、『きゃさりん副長。』は、

「九州に来てから、一番、良い部屋じゃないのぉ~?
 素敵~!
 大村市って、素敵~!」

と、これまた、燥いでおりました。(^^;

私は、ホテルの窓を開放し、景色を愉しんでいました。 Img_4618
そこで!

長崎空港を観ながら、『S氏』が、言っていた、二つのことを思い出していました。

「長崎空港は、関空とか、セントレアとは違うんだよ。
 あそこ(長崎空港)は、(全部を)埋め立てしていない。
 もともと、大村湾にあった島の頭を削って、整地したんだ。
 距離的に、良い感じの所にあり、騒音は聞こえない。」

と、言っていました。

私は、

(へぇ~!
 騒音問題が無いなんて、良い感じだよなぁ。
 それにしても、丁度良い距離の所に、島があるなんて、何だか、天の恵みみたい。)

と思っていました。 Img_4619
それから、もう一つ。

「爺ちゃんが、言ってたっけ。
 今は、曇って観得ないけど、晴れてれば、大村湾の向こうに、山脈が観得る。
原爆が落とされた時、その山脈の向こうに、『きのこ雲』が観得たんだって!」

私は、霞んで観得る、大村湾と、長崎空港を、観続けながら、

(この景色の向こうに、『きのこ雲』が!
 お爺さんは、何が何だか、解らなかっただろうけど、とにかく、大変なことが起きた、と言うことは、心に、かなり深く、刻まれたんだろうなぁ。
 そして、その話を、孫に伝える。
 その孫が、また、みんなに伝えていく。
 そうして、記憶が留められ、原爆について、考える機会が貰える。
 平和について、考える時間が得られる。
 平和を願い、祈りを捧げる時を持つことができる。
 やっぱり、体験者からの口伝って、とっても、大事なことなんだと思う!)

と、平和な時代の景色を、心安らかに観続けながら、そう思っていたのでした。 Img_4620
『きゃさりん副長。』は、と言うと、

「準備、おっけぇ~!
 何時でも、出掛けられるわよ!」

と、『夜の部』に、ワクワク感、一杯の様でした。(^^;



(つづく・・・。)(^^;



皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年12月 6日 (火)

『大マサ・中マサ・小マサ!』(^-^)/

(# 九州―19)


おはようございます!(^o^)/


【大マサ・中マサ・小マサ!】(^-^)/


(※注:平成28年5月5日(木・祭)の記憶です。)


『吉野ヶ里公園駅』に着いて、ホームに降りてみたところ、ホームには、誰もいませんでした。

『K先輩』に、そのことを聞いてみましたら、

「この時間帯(14時前後頃)は、殆ど、人はおらんよ。
 特に、休みの日はおらん。」

とのことでした。

そして、普通電車は、13時台最後の電車に乗ることができなければ、次の電車まで、1時間も待つと言うことで、本当に、危うい所でした。 Img_4474
そうして、電車を待っていたら、『黒いかもめ』が、ビュ~ン!

黒でも、白でもない、特急が、ビュ~ン!

(何だか、凄いなぁ。)

と、思いまして、これまた、『K先輩』に聞いてみましたら、

「そりゃそうよ。
 ここは、長崎本線と、佐世保線からの特急が通る。
 『かもめ』以外に、『みどり』とか『ハウステンボス』(などの特急)も通る。
 普通(電車)よりも、特急が多いのさ。」

と、言っていました。

それから、

「長崎新幹線ができても、ここ(の線路)は、そのままよ。
 前(『ベンチャー2000の時』)に、連れてったろ。
 武雄温泉。
 そこまでが、在来線で、そこから長崎までが、新しく(線路が)できる。
 だから、今よりも(特急が)多くなるかも知れん。」

と言うことでした。

(在来線と、新しい新幹線用の線路?
長崎新幹線って、山形新幹線とか、秋田新幹線と、何が違うんだろ?)

と、私は思っていましたが、その時に、普通電車がやって来まして、それ以上の質問は、止めにしておきました。

『吉野ヶ里公園駅』から、『鳥栖駅』までは、15分程度。

あっという間に着いてしまいました。(^^;

そして、ホテルにチェックイン!

と、思っていたのですが、そのホテルが、さっぱり見当たらない。

『駅から、徒歩1分』

と、なっていたのですが、

(一体全体、何処にあるのだろう?)

『K先輩』は、スマホを使って、『きゃさりん副長。』は、駅前の案内看板と、交番で聞き込み、それぞれ、『徒歩1分のホテル』を探してくれました。

そうしたら、何ともまぁ、駅前にある、大きなビルに隠れる様にして、そのホテルは建っていたのでした。

その上、交差点を、2つほど渡らなければならない。

(う~ん!
 これは、分かり辛いなぁ。)

と思いましたが、確かに、交差点の信号で停まらなければ、徒歩1分程度だったと思いました。(^^;

私達は、チェックインを済ませ、少しの休息を取った後、鳥栖駅前に出掛けてみました。

鳥栖駅前には、飲食店は、あまりなく、少し行った所に、ショッピングモールがありましたので、そこに入ってみることにしました。

そこで、夜のことも考え、軽くですが、遅い昼食を摂りました。 Img_4479
この日の夜は、待望の『S先輩』と会う予定でした。

『S先輩』は、勤務とのことで、私達は、鳥栖駅周辺を散策したり、ホテルのロビーなどで、時間を潰していました。

すると、『K先輩』のスマホに電話が。

何でも、

「早く行ける。」

と言うことで、私達は、ホテルのロビーで待つことにしました。 Img_4480
「おぉ~!
 元気かぁ!
 懐かしいなぁ。
 相当、デブになっているけど、平出だって、一応は判る。
 何年振りだぁ。」

と、全く変わらない、懐かしい声が!

『S先輩』の登場でありました。(^^;

何ともまぁ、およそ、34年振りの再会でした。

『K先輩』が、

「(呑み会の)場所は何処よ?」

と聞くと、

「目の前さ。
 焼き鳥屋。
 鳥栖に来たら、名物を食わさんと、いけんから。
 身体の具合が良くないって言うから、一番、近い店を取っとった。」

『S先輩』が、指さす方向を観ましたら、本当に、道路を挟んで、ホテルの真ん前!

私は、

(人相、風袋は、相変わらずごついけど、やっぱり優しいなぁ。)

と、かなり嬉しくなってしまいました。(^-^)/


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『K先輩』は、『陸上自衛隊 少年工科学校』の17期生。

『S先輩』は、18期生。

そして、私が、21期生。

今は、『少年工科学校』は、校名を変え、『高等工科学校』となっています。

また、卒業後の進路も、大きく変わっています。

それで、既に、存在はしていませんが、『少年工科学校』のことについて、少々。

『少年工科学校』は、中学校を卒業予定の者、または、満17歳未満の者が、受験できました。

入校と同時に、『特別職国家公務員』となり、『陸上自衛官』として、階級が与えられます。

教育課程は、前期課程・中期課程・後期課程と分けられ、4年間掛けて、卒業を目指します。

卒業後は、『3等陸曹』に任命され、部隊配置となり、勤務に就くことになっていました。

前期課程は、『少年工科学校』の3年間で、一般教養(普通高校とほぼ同じ内容)・戦闘戦技科目・専門学(電子科、航空科、機械科、土木科、応用化学科の何れか)を、学びます。

中期課程は、履修した専門学により、希望と選考によって、各職種学校に振り分けられていました。

『富士学校(野戦特科・機甲科)・高射学校(高射特科)・航空学校(航空科(通信))・航空学校霞ヶ浦分校(航空科(整備))・施設学校(施設科)・通信学校(通信科)・武器学校(武器科)・需品学校(需品科)・化学学校(化学科)など。』

それらの学校を、総称して、私達は、『中期校』と呼んでいましたが、各課程によって、その学習期間は異なっていました。

そして、後期課程は、各部隊に配置され、『部隊実習』を行っていました。

私は、『少年工科学校』の3年生の時は、『電子科』でした。

それで、区隊長が、

「君は、『通信科』が合ってる。
 『通信学校』に行きなさい。」

と言われたのですが、物凄ぉ~く、駄々を捏ねまして、

「とにかく、一番遠い学校(『中期校』)に行きたい。」

と言いましたら、既に決まっていた同期生を、区隊長が口説き落とし、私は、航空学校に行くことができたのでした。

本当に、我儘で、その同期生には、大変、申し訳が無かったです。(^^;

『少年工科学校』は、神奈川県横須賀市にありました。

そして、多くの職種学校は、関東にあります。

ただ、『航空学校』だけは、三重県度会郡小俣町明野(現在は、伊勢市)にあり、とにかく、全国行脚をしてみたかった私には、関東から離れてみたかったと言うのが、本音です。

これまた、本当に、我儘でした。(^^;

ですが!

その我儘も、『航空学校』を卒業する時には、全く、通用しませんでした。

『後期課程』である、『部隊実習』の配置希望時に、私は、

『第一希望:北海道・第二希望:沖縄・第三希望:九州か航空学校』

と、希望を提出したのですが、区隊長は、全く取り合わず、殆ど無視状態で、

「君の行くところは、もう決まっている。
 変更はできない!」

と、一蹴されてしまったのでした。

その配置先とは!

東京都立川市にある、『東部方面航空隊 東部方面ヘリコプター隊』でした。

何ともまぁ、戻りたくは無かった関東に、再び、戻ってしまうことになってしまったのでした。

これって、『因果応報』って言うんでしょうねぇ。(^^;


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さてさて!

『陸上自衛隊 航空学校』は、『霞ヶ浦分校』と『宇都宮分校』を持っています。

私達は、『航空通信修理課程』と言う課程名で、わずか17名が、『航空学校』に入校しました。

一方、『整備課程』の同期生達は、『霞ヶ浦分校』に入校しました。

と言うことで、『航空通信』と『航空整備』は、別々の学校に入校していました。

また、『航空通信修理課程』は、生徒17期生から、新設された課程であり、『K先輩』は、その第1期生でもありました。

そうして、『第21期 航空通信修理課程』の17名のうち、3名が、『東部方面ヘリコプター隊』で、『部隊実習』を行うことになったのでした。

私達、3名が、立川に着任した時、『東部方面ヘリコプター隊』は、野営訓練中でした。

3日ほど、何もすることが無く、どうしたものかと思っていましたら、留守を預かっていた方から、

「お前達の先輩が、(野営訓練から)戻って来る。」

と、とある部屋に呼び出され、待っていましたら、3人の方々が登場~!

17期の『K先輩』。

18期の『S先輩』。

19期の『W先輩』。

でした。

『K先輩』は、長髪で、なおかつ、中分けのヘアースタイル。

『S先輩』は、髭、ぼぉ~ぼぉ~で、まるでゴリラ状態。

『W先輩』は、何となく、オカマチック。

私達3人は、あまりにもショッキングで、唖然としてしまって、声が出ず、ろくに、挨拶もできなかったことを覚えています。

それが、『K先輩』と『S先輩』との、最初の出会いでした。(^^;

私達、『航空通信修理課程』の『後期課程』は、約4か月間でした。

それが終わると、いよいよ部隊配置となります。

私達3人は、3人が3人とも、『東部方面ヘリコプター隊』への部隊配置を希望していたと思いました。

ですが、配置枠は、1名。

そして、私が、『東部方面ヘリコプター隊』に残ることになったのでした。

ですが、これは、とても辛かったです。

と言うか、私は、大学進学を希望し、受験し、既に合格していました。

すなわち、既成事実を作り上げてしまっていたのです。

他の二人には、

(本当に申し訳ない!)

と、思いつつも、それを言い出せなかった、悲しさと寂しさが、今でも残っています。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


鳥栖市内での、『K先輩』と『S先輩』との呑み会は、昔話で、大いに、盛り上がりに盛り上がってしまいました。 Img_4483
『きゃさりん副長。』は、至極当然、自衛隊の話は、全く解りません。

ですので、

「私はいいから。
 (とっても美味しい)焼き鳥を、一杯ご馳走になるからいいもん!」

と、私の分まで、ひたすら、食べ続けておりました。(^^;

『S先輩』は、

「おれはぁ、お前のせいで、名を変えなきゃいけなくなったんだ。」

と、突然、言い出しました。

「最初は、『大マサ(『K先輩』)』、『小マサ(『S先輩』)』で、ええ感じのコンビやったんよ。
 それが、お前が来てからさ。
 おれはぁ、『中マサ』に、なったんよ。」

実を言いますと、私達3人は、名前に『マサ』が入っています。(^^;

それから、

「おれと『K先輩』は、最初は、一緒に休めたんよ。
 それで、スキーとかも(一緒に)行けたんよ。
 でも、(通信)班長がさぁ。
 『K(先輩)とS(先輩)は、一緒に休んじゃいけん!』
 とか言い出してさ。
 お前は、(『K先輩』と)しょっちゅう、スキーに行ってさ。
 おれは、『W(先輩)』とは、(一緒に)行くつもりは無かったから、独りで(スキーに)行ったりしてさ。
 『17期と18期は、(戦力が落ちるので)同時には休ません!
  端っこの21期と、頭(先頭)の17期なら、バランスが取れる。
  18期と19期が残れば、それで(戦力が)保てる!』
 って、(通信)班長が、言ってたよなぁ。」

などなど。

それから、

「体力には自信があったけど、お前のクソ力には敵わなかった。
 発発(100kg以上ある発動発電機)を、二人で運んだりしてさ。(実際は、四人で持つことになっています。)
 負けたくなかったから、付き合ったけどさ。
 2号天幕だって、投げ合ったりしてさ。
 堪ったもんじゃなかった。」

すると、『K先輩』が、

「あったよなぁ。
 ドラッパチとか、リールの159とか、ガンガン巻いたりして。
 そうそう、銃剣道!
 全く、お前(私のこと)とは、二度とバディを組みたくないと思った。
 と言うか、二度と、銃剣道をやりたくないと思った。
 何が何でも突いてやるって感じで、思いっ切り突いてくるんだもんなぁ。
 お前は、手加減ってものを知らん。」

(んがぁ。
 よく覚えていらっしゃいました。)(^^;

それからは、3人の記憶が、それぞれに、堰を切ったように、止め処なく蘇り始め、喋り続け、予定の時間は、あっという間に、過ぎ去ってしまったのでありました。 Img_4484
先輩達との別れ際、私は、思わず、半泣きになってしまいました。

立川で、とっても愉しかった日々を過ごせたこと。

それは、今でも、掛け替えのない想い出であり、自信であり、私のバックボーンとなっている。

そして、素晴らしい先輩達に恵まれたこと。

(また会えるのであろうか?)

そう思ったら、自然と、涙が出てきてしまったのでした。 Img_4485
「いつまでも元気でいてよ!」

私は、二人の先輩に、そう言うのがやっとでした。(^^;


(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2016年8月 5日 (金)

『五月雨だぁ!濡れて行こうぜぃ!』(>_<)!

(# 九州ー07)

おはようございます!(^o^)/

【五月雨だぁ!濡れて行こうぜぃ!】(>_<)!

(※注:写真は、平成28年5月3日(火・祝)と、
        10年以上前のものです。)


「2分遅れ!」と言っていた、『みずほ615号』ですが、その遅れもなく、何ともまぁ、13:00ちょっと過ぎに、博多駅のホームに滑り込みました!(^-^)/

ホームでは、JR九州の方が、ホームでしっかりとお出迎えをしてくださいまして、新幹線各社の連携に、これまた、拍手を贈らざるを得ませんでした。

さて、博多駅はと言うと、これまた、とんでもなくデカい!
と言うか、広いし、上下にも広く、デカ過ぎ!(>_<)!

と言うことで、私と『きゃさりん副長。』の二人だけでは、とてもではないですが、乗り換えなどはできそうにもなく、三島駅から、
・福岡市の地下鉄を利用する。
・鹿児島本線、及び、長崎本線を利用する。
と言うことが伝えられていて、係りの方が、私が乗った、重たい車椅子を押しながら、駅構内を案内してくれることになりました。


(おぉ~、何とも有難い!)
と、ほっと、一安心していたのですが!(^^;


係りの方からは、
「実は、僕、九州新幹線の職員なんです。
 ですので、本来は、案内はしないのですが、上司からの指示で、特別のサービスと言うことで、ご案内をさせて頂いています。
 その点は、ご了解をお願いいたします。」
とのこと!

更に、
「ご存知かも知れませんが、JR九州としては同じなのですが、新幹線と在来線とでは、別組織になります。
 また、地下鉄は、福岡市交通局の担当で、一部、相互乗入をしておりますが、組織は異なります。
 明日(5月4日(水・祝))は、地下鉄をご利用とのことですので、まずは、地下鉄の、改札へのエレベーターをご案内します。
 それから、在来線の改札をご案内します。
 その後は、大変申し訳ございませんが、それぞれの改札の者と打ち合わせをお願いいたします。」
とのこと!

私は、
(あれまぁ~!
 やば過ぎじゃん!
 随分と、ご迷惑を掛け過ぎちゃってるじゃん!
 これって、仙台訪問の時の、東海道新幹線から、東北新幹線への申し送りに似ている。
 やっぱり、きちんと、次に送り届けなければならないんだ。
 結構な労力を掛けて貰って、本当に、申し訳無いよなぁ~!)
と、思っていたのですが、そんな状況下に、


突然!
変なオジサンが出現!(>_<)! Img_4245
(あちゃぁ~!
 いきなり現れやがった!)


当初は、お出迎えの予定はなく、翌日に会うはずだった、同期生の『H氏』が、何ともまぁ、迎えに来てくれていたのでありました。

「何でぇ~?
 どうして来たの?」

と、私が聞きましたら、

「いやぁ、こっち(福岡市内)で、法事があってさ。
 これからだけど。
 そのついでに、顔を観に来た。」

とのこと。(^^;

『H氏』とは、彼が定年前に、私の自宅に遊びに来てくれた時以来だったので、約4年振りの再会。
『きゃさりん副長。』とは、約8年振りの再会でした。

いきなりの再会で、思わず、話が盛り上がりそうになったのですが、そこは、気持ちを抑えつつ、

「今、改札とか案内して貰っているから、ちょっと待ってて!」

と言うと、

「分かった! 後を付いてくよ。」

とのことで、九州新幹線の係りの方と、変な3人組が、行動を共にすることになってしまったのでした。(^^;


さてさて、まずは、地下鉄への、エレベーターの位置確認。
一応は、博多駅の、構内地図を用意して来たのですが、やはり、紙面上と、実際に観るのとでは大違い!
多分、案内されていなかったら、見付けるのに、物凄い苦労をしていたと思います。

『H氏』などは、
「おれ、ここ知らん!
 初めて、観たかも!」
だって。(^^;

まぁ、健常者は、まず使わないだろうし、知らなくても仕方が無いのだろうと思いました。

次に、在来線の改札口へ。
とは言っても、幾つもの改札口がありまして、間違えてしまうと、エレベーターが無かったり、多目的トイレが無かったり、はたまた、かなり遠回りをすることになってしまう場合もあるとのことで、『北改札口』を指定されました。

『北改札口』で、私達が持参した『行程表』を出しましたら、九州新幹線の係りの方が、それを持って、在来線の担当者の方と話を進めて下さいました。
そして、
「誠に申し訳ございませんが、私のご案内はここまでです。
 良い旅をどうぞ!」
と言われ、去り掛けたのですが、私が、
「ありがとうございました。
 『行程表』を、お持ちになられますか?」
と聞きましたら、
「あぁ、ありがとうございます。
 頂きます。
 実は、(送られて来たのが)FAXで、(行程表)が見辛かったんです。」
とのこと。

私は、
(あぁ~、良かった!
 余分にコピーして来て良かった。)
と、少々、自己満足に浸っていたのでありました。(^^;


ところで、『北改札口』では、直ぐに解放されると思っていたのですが、それが、なかなか厄介でした。
と言うのも、翌日から利用する、
・波多江駅
・新鳥栖駅
・吉野ヶ里公園駅
・鳥栖駅
・長崎駅
・大村駅
・諫早駅
と、それぞれ、連絡を取っていたのでありました。

その間、かなりの時間を要したのですが、『きゃさりん副長。』と『H氏』は、昔話に花を咲かせ、随分と賑やかな状況でありました。(^^; Img_4246
やっとのことで、『北改札口』から解放され、とりあえず、ホテルに向かおうと思ったのですが、
「そう言えば、ご飯、食べてなぁ~い!」
と、『きゃさりん副長。』が。
確かに、朝食を摂ってからは、水分補給だけで、何も口にはしていませんでした。

そこで、駅ビルの中で、何か食べられないのかと、辺りを見回してみましたら、何ともまぁ!

物凄い、人! 人! 人!
駅ビルのエレベーターの前は、大行列!

「これじゃあさぁ、この前の、仙台駅と変わらないじゃん!」
と、『きゃさりん副長。』が。

すると、
「仕方がないけん。
 『どんたく』やもの。
 人は、多かよ。
 それに、雨だしさ。
 みんな、(駅ビルに)逃げて来てると。」
と、『H氏』が。

私が、
「『どんたく』って?」
と聞くと、

「何や。
 知らんの。
 デカい祭りよ。
 物凄い賑わいよ。
 『どんたく』を、観に行くと思っとった。」

私は、
(げぇ~!
 また、やっちまった!
 何も調べないで、そのまま来てしまった。
 これじゃぁ、仙台の時と、全く同じじゃないか!)
と、またまた、猛省していたのでありました。(>_<)!


その、物凄い人の波を目の当たりにし、駅ビルでの食事は諦め、結局、ホテルに、早目にチェックインし、休憩を取った後、昼食兼夕食を摂ることにしました。
そして、この日は、ゆっくりと身体を休め、翌日に備えることにしたのでした。 _0019
そして、
「キャナルシティやろ。
 直ぐそこよ。
 案内するけん、行こ。」
と、『H氏』が。

『H氏』は、博多口の方に、どんどんと進んで行ったのですが、その先には、土砂降りの街並みが待っていました。
私と『きゃさりん副長。』は、
(とんでもないけれども、こんな雨の中を、車椅子で行ける訳がない!)
と、顔を見合わせていました。 _0004
『H氏』は、
「昔は、傘、差さんかったやろ。
 ちょっと位、濡れても平気やったろ。」 _0005
(って、一体全体、何時頃の話をしてんだ!)
と、私は思い、
「これじゃぁ、無理だ!
 タクシーで行くよ。」
と言うと、

「平気さ!
 ちょっと位、濡れた方が、乙なもんだぜ。」
と言い、傘を差して、
「五月雨だぁ!濡れて行こうぜぃ!」
と、訳の分からないことを言い出していました。(^^;

私は、
(相変わらずだよなぁ。
 なぁ~んにも変わってねぇ。)
と、その昔のことを想い出していたのですが、結局のところ、駅構内に吹き込んで来る雨に、膝から下が濡れ始め、これでは、到底無理!
と判断し、タクシー乗り場に向かったのでした。

『H氏』は、残念そうに、タクシー乗り場まで付いて来ましたが、それでも、持ち前の笑顔で、見送ってくれたのでした。 _0006
私は、
(やっぱり、特別職国家公務員は、変な癖が付いてんだよなぁ。
 傘は差さないし、濡れたって平気だし。
 おまけに、なかなか、風邪はひかないしなぁ。
 そう言えば、自分自身だって、退官してから暫くの間は、傘は差さなかったもんな。
 ボーイスカウトのキャンプで、雨が降ると、一番、悦んでいたっけ。)
と、タクシーの中で想いを巡らせていました。 _0013

ただぁ~!


タクシーの中で、どうしても引っ掛かっていたことがありました。
『H氏』の言葉。
(『五月雨』って、確か、梅雨のことだよなぁ。
 『濡れて行こう』って、何かのセリフだよなぁ。)
その言葉は、結局、九州から戻って来てから判明することになります。(^^;

九州から戻って来てから調べましたら、
『月形 半平太』の決め台詞。
『春雨じゃ、濡れてまいろう。』
でした。(^-^)/

相変わらずの『H氏』。
その能天気振りは、『きゃさりん副長。』に、匹敵するものがあります。
そのせいか、『きゃさりん副長。』と『H氏』は、とても気が合うのです。

この日の翌日、5月4日(水・祝)は、『H氏』宅訪問の予定でした。
私も『きゃさりん副長。』も、そのことを、とっても愉しみにし、ホテルへと向かったのでありました。(^-^)/



(つづく・・・。)(^^;


皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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