カテゴリー「航空通信修理」の36件の記事

2018年9月27日 (木)

『てやんでぃ! べらぼうめぇ!』(^^;

(薩摩半島 訪問 : その98)
(※注:平成30年 5月 5日(土・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【てやんでぃ! べらぼうめぇ!】(^^;
(ハム)「あ゛~!
     おい、ペン!
     なにやってんだよぉ!」
(ペン)「うぃ~、ひっく!
     お゛~、何か言ったかい?」
(ハム)「ひょっとして、酔っ払っているのぉ?」
(ペン)「てやんでぃ!
     それが、どうじだっで、言うんでぃ?」
(ハム)「さっき、無事に、家に着いたばかりじゃん。
     それに、富士山に、
     『ただいまぁ~!
      自宅に戻るまで、ちゃんとするぞぉ~!』
     って、言ってたじゃん。
     JR東海『三島駅』の皆さんにも、
     『ありがとうございました!』
     って、挨拶してたじゃん。
     三島駅から、自宅まで、送ってくれた、
     タクシーの運転手さんにも、感謝してたじゃん。
     それが、一体、どうしたって言うのぉ?」
(ペン)「お゛~?
     だってよぉ!
     おデブ隊長は、シャワーを、浴びるとか言って、
     どっか、行っちまったじゃん。
     『きゃさりん副長。』は、よぉ!
     自宅に、戻っちまったじゃん。
     俺達は、放ったらかしに、されてんだぜ。
     暇を、持て余してんだぜ。
     酒でも呑まなければ、やってられねぇぜぃ!」
(ハム)「でもさ。
     おデブ隊長は、ホテルでは、なかなか、
     ゆっくりと、シャワーを浴びられなかったしさ。
     『きゃさりん副長。』は、自分の荷物を置きに、
     それと、洗濯をしに、自宅に戻ったんだよ。
     小一時間もすれば、戻って来るよぉ。」
(ペン)「へへん!
     そんなこと、解ってらぁ!
     ただ、こちとら、待つのが嫌いで、
     気が短けぇんだよぉ!
     酒でも呑まなければ、待てねぇんだよぉ。
     酒を呑んで、何が悪いって、言うんでぃ?」
(ハム)「あ゛~あ。
     そう言うことかぁ。
     でもさ。
     そんなに、酔っ払っちゃってさ。」
(ペン)「てやんでぃ!
     酒呑んで、酔っ払って、何が悪い?」 Photo
(ハム)「酒を呑んでも良いけど、酔っ払い過ぎなの!
     あ゛~!
     一体、何を、やってんだよぉ!
     それは、大事な『赤霧島』だろ!」
(ペン)「え゛~?
     なぁにがぁ、でいじぃだっでぇ?」
(ハム)「その『赤霧島』だよぉ!
     それは、おデブ隊長が、
     鳥栖市の『S先輩』から、わざわざ、
     贈って貰ったものだろ!」
(ペン)「お゛っ!
     それがぁ、どうじだっで言うんでぃ。」
(ハム)「おデブ隊長が、呑まずに、
     大事にとっておいた焼酎じゃん!
     それを、開けちゃったのぉ?
     それも、呑んでるのぉ?」
(ペン)「あたぼうよぉ!
     こちとら、焼酎の呑み方を、しっかりと、
     教わって来たんでぃ。
     『香りが開く』
     ってなぁ。
     それも、本場、鹿児島でだぜぃ。
     どんなもんでい!」
(ハム)「あぁ~、あぁ~あ。
     酷い、酔っ払い方だなぁ。
     一体、どうやって呑んだのぉ?」
(ペン)「生一本よ!
     そりゃもう、五臓六腑に沁みわたってよぉ。
     えれぇ~、いい気分だぜぃ。
     お前さんも、ちょいと、どうだい?」
(ハム)「あ゛~、もう!      何をやっているんだよぉ。  
     ストレートで呑んだら、そりゃダメでしょ。
     鹿児島では、ロックに、
     お水を足してたじゃん!」
(ペン)「てやんでぃ!
     『赤』が、ダメなら、じゃぁ、こっちでぃ!」 Photo_2
(ハム)「何と!
     『茜霧島』じゃん!
     一体、どこから持って来たの?」
(ペン)「ん゛っ?
     冷蔵庫のぉ、横のぉ、箱のぉ、中のぉ、
     箱の中から、だよぉ~だ!」
(ハム)「あらら!
     その箱は、確か、『きゃさりん副長。』の、
     秘密の箱だったと思うよ。
     そこから、持って来ちゃったのぉ?」
(ペン)「あたぼうよぉ!
     見付けちまえば、こちとらの物よぉ!」
(ハム)「あれまぁ~!
     『茜霧島』は、確か、『きゃさりん副長。』が、
     『ローバー達と会った時に開ける。』
     とか言ってたよなぁ。
     とっても、愉しみにしてたのにぃ。
     これまた、超~、ヤバいじゃん!
     ひょっとして、こっちも、
     開封しちゃったのぉ?」
(ペン)「へへんだぁ!
     『あたり前田のクラッカー』
     だぜぃ!
     こちとら、
     『宵越しの銭は持たねぇ。』
     てなぁ!
     てやんでぃ!
     酒も、おんなじなんだよぉ。
     一度、開けた酒は、宵越しは、
     させねぇんだよぉ。
     ケチケチしないで、お前さんも、呑め、呑め!」
(ハム)「あぁ~あ。
     俺はもう、本当に、知らないからなぁ。
     おデブ隊長と、『きゃさりん副長。』に、
     絶対に、こっ酷く、怒られるぞぉ!
     覚悟しておくんだな!
     俺は、ペンを、助けてやらないぞ!」
(ペン)「大丈夫だって!
     全部、呑んじまって、瓶を、
     捨てちまえば良いのさ。」
(ハム)「こらぁ~!
     まだ、そんなことを言ってるのぉ?
     でもさぁ。
     どうして、『赤霧島』と、『茜霧島』を、
     呑もうと思ったのさ?」
(ペン)「ん゛っ?
     だってよぉ。
     指宿から、送ったお土産。
     それによぉ。
     鹿児島から送ったお土産は、まだ、
     着かねぇんだぜぃ。
     その中には、とっても、旨ぁ~い焼酎が、
     入っているはずなんだぜぃ。
     だけどもよぉ。
     こちとら、待ち切れなくてよぉ。
     それで、つい、手が出ちまったんだ。
     ほんの、出来心なんだよぉ。
     勘弁してくれよぉ、旦那ぁ~!」
(ハム)「あ゛~あ。
     こりゃもう、本当に、どうしようもないよなぁ。
     ペンは、このまま、寝かせちゃって、
     『赤霧島』と、『茜霧島』を隠してっと。
     知らん振りをして、
     ほとぼりを冷ますしか無さそうだなぁ。」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年7月30日 (月)

『知覧町の固き情念!』(T_T);

(薩摩半島 訪問 : その52)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【知覧町の固き情念!】(T_T);
(ペン)「ん゛?
     なに? なに?
     どしたの?」
(ハム)「運転手さんが、
     『こちらの、CG映像は、観ましたか?』
     だって!」
(ペン)「え゛~?
     そんなところに、モニターテレビが、
     あったのぉ?」
(ハム)「さっきはさぁ。
     物凄い人だかりで、全く、      近寄れなかったじゃん。
     だから、モニターが、判らなくっても、
     仕方無かったんだよぉ。」
(ペン)「それで、内容は、どの様なものなのぉ?」
(ハム)「『知覧飛行場の歴史の紹介』だって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     だけどさ。
     今まで、知覧飛行場の歴史を、
     学習して来た訳じゃん。
     重複しちゃうんじゃないのかなぁ。」
(ハム)「そうでもないみたいだよ。
     運転手さんのお話しだと、最初に、一度観て、
     帰りに、もう一度、観る人もいるんだって。
     だから、俺達も、今、観たら、
     学習が深まるかもって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     じゃぁ、観てみようよ。
     ・・・・・。」
(ハム)「・・・・・。」
(ペン)「・・・・・。
     やっぱ、悲しいよぉ!
     いくらCGだからって、
     『開聞岳』の上を飛んで行く、
     『隼』を観るのは、辛過ぎるよぉ!」
(ハム)「そうだね。
     最初はさぁ。
     知覧は、大刀洗陸軍飛行学校の分教所でさ。
     教育・訓練が主で、飛行兵と、技術兵の養成が、
     目的だったのにさ。
     それが、段々と、      特攻基地に変貌してしまってさ。
     15歳とか、17歳とかさ。
     それに、『なでしこ隊』までもさ。
     みんな、みんな、青春なんて、
     そんな言葉は無かったんだよ。
     惨いし、とっても、悲しいにゃぁ。」
(ペン)「やっぱり、若い人達が、どんどんと、
     命を失って行ったって言うのはさぁ。
     絶対に、あってはならないことだよねぇ。
     国の、人財が無くなって行っちゃうんだもん!
     あんれぇ?
     ところで、『きゃさりん副長。』はぁ?」
(ハム)「借りたタブレットを、      返しに行ったんだけどさぁ。
     ああ゛~!
     お土産コーナーに、行っちゃってるぅ!」
(ペン)「やっぱりね!
     『きゃさりん副長。』は、そう言うところは、
     かなり、目聡いからなぁ。
     それで、おデブ隊長はぁ?」
(ハム)「車椅子の、ハンドリムを使って、ちょこちょこ、
     自分で、少しずつ移動してたんだけどなぁ。」
(ペン)「あ゛~!
     壁画の前で、固まってるよぉ。
     何をしてるのかなぁ。」
(ハム)「あの壁画もさ。
     さっきは、人だかりで、全く、
     近づけなかったじゃん。
     今は、かなり空いて来たから、近くに行って、
     観てみたくなったんじゃない?」
(ペン)「それにしても、随分と、大きな壁画だねぇ。」
(ハム)「そうだね。
     でも、おデブ隊長、近付き過ぎて、
     写真に納められないみたいだよ。
     えっとぉ、壁画の名前は、
     『知覧鎮魂の賦』
     だって。
     高さが、3m。
     幅4.4m
     なんだって。
     それも、設樂焼の陶板壁画なんだってよぉ。」
(ペン)「ひょぇ~!
     これが、焼き物なのぉ?
     凄いじゃん!」
(ハム)「えっとぉ、なになに。
     画は、『宮崎市 仲矢勝好氏』だって。
     運転手さんのお話しだと、画家の方で、
     宮崎県立美術館にも、
     作品が収蔵されているんだってよ。」
(ペン)「へぇ~!
     そうなんだぁ。
     色々な方々が、ここ『知覧特攻平和会館』に、
     作品を納めているんだねぇ。」
(ハム)「おや?
     解説もあるよ。
     『紅蓮の炎をあげて燃える隼の機体から       特攻隊員の魂魄を6人の飛天(天女)が       救い出し昇天させる姿を表したもの。』
     なんだって。」
(ペン)「あ゛~、ほんとだぁ。
     日の丸に、プロペラに、尾翼。
     『隼』の中から、天女が、パイロットを、
     救い出しているぅ。
     切ないなぁ~!」
(ハム)「そうだね。
     とっても悲しくて、切なくて、
     遣り切れないよねぇ。
     でもさ。
     もし、一番最初に、この画を観ていても、
     何にも解らなかっただろうね。
     最後に、観ることによって、
     とっても理解が深まったって感じだよね。」
(ペン)「うん!
     それは、確かに、絶対にあると思う。
     それにしてもさ。
     おデブ隊長、固まったまま、
     なぁ~んにも動かないよぉ。
     一体、何をしているのぉ?」
(ハム)「どうやら、銘板を、読んでいるみたい。」 Img_0594
(ペン)「めいばん~?」
(ハム)「ほら!
     『知覧鎮魂の賦』の画の前に、
     銅のプレートがあるじゃん。
     あそこに、文字が刻まれているんだよぉ。」
(ペン)「え゛~、そうなのの?
     それで、何のプレートなのぉ?」
(ハム)「『特攻平和会館について』だって。」
(ペン)「え゛~?
     『知覧特攻平和会館』じゃぁないのぉ?」
(ハム)「そうだね。
     確かに、そうなんだけどさ。
     最初は、『特攻平和観音堂』が、
     昭和30年(1955年)9月28日に、
     建立されたじゃん。
     だから、『特攻平和会館』って、
     称してもおかしくはないと思うよ。」
(ペン)「そっかぁ。
     それで、何て刻まれているのぉ?」
(ハム)「ちょっと待ってね。
     おデブ隊長でも、流石に憶えられないから、
     写真から、文面を起こすって。
     『   特攻平和会館について
       この特攻平和会館は、太平洋戦争の末期、
      沖縄戦において、特攻という人類史上類例を
      見ない作戦で、爆弾搭載の飛行機もろとも
      肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した
      多くの特攻隊員の遺品や関係資料を展示して
      います。
       私たちは、特攻隊員たちの崇高な犠牲に       よって生かされ、国は繁栄の道を進み、       今日の平和日本があることに感謝し、       特攻隊員のご遺徳を静かに回顧しながら、       再び日本に特攻隊をつくってはならない       という情念で、貴重な遺品や資料をご遺族の       方々のご理解、ご協力と、関係者の方々の       ご協力、ご支援で展示しています。
       特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じた
      ことは、再びこの国に平和と繁栄が甦ることで
      あっただろうと思います。
       この地が特攻隊の出撃基地であったことに
      かんがみ、雄々しく大空に散華された隊員を
      とこしえに顕彰し、当時の真の姿、遺品、       記録を後世に残し、恒久の平和を祈念する       ことが基地住民の責務であろうと信じ、       ここに特攻平和会館を建立した次第です。』
 
     と言う文面なんだってさ。」
(ペン)「ん゛~!
     そうなんだぁ。
     だけどぉ、知覧町自体が、知覧町に対して、
     自虐的で、知覧町自身が、知覧町に対して、
     とっても、厳しくしているって、
     感じてしまうのは、なぜ?
     だってさ!
     知覧に、飛行場を造ったのは、陸軍じゃん。
     つまり、日本国じゃん。
     いくら、お国のためだと言ってもさぁ。
     知覧の人々に、責任なんて、あるの?
     それに、出撃基地になったからと言ってさ。
     知覧の人々が、責務を感じる必要があるの?
     たまたま、出撃基地になっただけじゃん!
     それに、他にも、出撃基地は、あった訳じゃん!
     これじゃぁ、知覧の人達が、
     あまりにも可哀想だよぉ!」
(ハム)「うん!
     解るよ!
     その、ペンの気持ち。
     俺だって、どうして、知覧の人達ばっかりに、
     重荷を負わせるのさ?
     と、そう思うよ。
     だけどもさ。
     プレートの文面から、知覧の人々の覚悟も、
     伝わって来るんだ。
     だって、特攻出撃までの様子を、
     一番知っていたのは、      知覧の人々だけなんだもん。
     特攻隊員の様子は、親兄弟だって、
     知らなかった人の方が、
     とっても多かったんじゃないのかなぁ。
     だから、知覧の人々は、遺したいし、      伝えたいし、例え、負の歴史であろうと、      守りたいんだよ。
     しっかりと、後世に遺し、伝えたいんだよ。
     文面の中にも、      『情念』って言葉があったじゃん。
     だから、南九州市になる前の、
     知覧町の人々の想いは、
     本当に、信念が強かったんだと思う。
     きっと、特攻隊員達のために、      何かしなければと、
     いたたまれなかったんだと思うよ。」
(ペン)「そっかぁ。
     俺も、何かしたい!
     何か、できることはないの?」
(ペン)「そうだね。
     だから、みんな、
     石灯篭を寄進したりしてるんじゃないのかなぁ。
     でもさ。
     俺達は、お金も何も持っていないじゃん。
     だからさ。
     今回の様に、きちんと学習することが、
     とっても大事何じゃないのかなぁ。
     そのことを、正確に、他の人々にも伝える。
     それが、俺達の、役目なんじゃないのかぁ。」
(ペン)「そうだね。
     俺達は、正しい知識を身に付ける。
     それが、特攻隊員の慰霊になり、
     お役に立てることに、なるのかも知れないね。
     それと、世界平和を願い続けることだね。」
(ハム)「そうだね。
     二度と、特攻隊はつくってはならないって、
     刻まれていたものね。
     一緒に、正解平和を祈ろう!」
(ペン)「うん!
     わかったぁ~!
     ところでさ。
     おデブ隊長、相変わらず、固まったままだぜ。
     あのままで、良いのかなぁ~?」
(ハム)「うん。
     おデブ隊長は、暫く、あのままに、      しておこうぜ。
     多分だけど、あの様子だと、相当、
     考え込んでると思うよ。」
(ペン)「え゛~?
     考えてるって、なにを?」
(ハム)「勿論、特攻隊員のこともあるだろうけど、
     亡くなってしまった、      陸上自衛隊生徒の先輩のことや、
     同期生達のことなんかも、
     考えているんじゃないのかなぁ。」
(ペン)「なんだかなぁ。
     おデブ隊長、考えだすと、長いからなぁ。
     早いとこ、『きゃさりん副長。』に、
     声を掛けて貰おうよぉ。」
(ハム)「ん゛~!
     それは、今は、ちょっと、無理かもよ。」
(ペン)「なんでぇ?
     どうしてなのさ?」
(ハム)「今はぁ、お買い物に、夢中~!」
(ペン)「あ゛~!
     ダメだ、こりゃ!」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/
 

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2018年7月21日 (土)

『広過ぎでしょ!』(^^;

(薩摩半島 訪問 : その43)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【広過ぎでしょ!】(^^;
(ペン)「それにしてもさ。
     運転手さん。
     物凄く、物知りだよね。」
(ハム)「そうだよね。
     それにさ。
     話に、どんどんと、力が入って、      熱いんだもん!」 Img_0557
(ペン)「確かに、それはある!
     ところでさぁ。
     ここの看板に、
     ・『三角兵舎跡 1km』
     ・『山砲座跡 1.8km』
     って、あるんだけどさぁ。
     これらは、なんなのぉ?」
(ハム)「さっきさぁ。
     知覧飛行場が、空から観ても、
     判らない様にしてたって言ってたじゃん。
     つまりぃ、飛行場内には、何も、
     施設を造らなかったってことなんだ。
     『三角兵舎』は、半地下式の、
     特攻隊員の宿泊施設。
     『山砲座』は、高射砲の設置座、なんだよ。」
(ペン)「と言うことはぁ、みんな、飛行場の外から、
     この辺りまで、通っていたってことなのぉ?」
(ハム)「うん。
     そう言うことに、なるよねぇ。
     それも、燃料が無かったから、歩きでね。」
(ペン)「げぇ~!
     それって、物凄く大変じゃん!
     俺なんか、歩くのが、とっても苦手だから、
     途中で、挫けちゃうよぉ。」
(ハム)「でもね。
     もっと、もっと、遠くにあった施設も、
     あったんだよ。
     ・『対空無線通信施設』
     ・『第3攻撃集団の司令部』
     ・『大刀洗陸軍航空廠知覧分廠(整備工場)』
     ・『陸軍病院』
     など、なんだけど、一番大変だったのが、
     『掩体壕』なんだって。」
(ペン)「えんたいごう?」
(ハム)「うん。
     この後、観に行くんだけど、航空機個別の、
     格納施設なんだ。
     さっきも言ったけど、ここには、
     管制塔が無かったじゃん。
     それと同じ様に、格納庫も無かったんだ。
     と言うかぁ、元々は、あったんだけどね。」
(ペン)「え゛~?
     格納庫があったけど、無くなったって、一体、
     どう言うことぉ?」
(ハム)「えっとぉ。
     『知覧飛行場』はね。
     元々は、『大刀洗陸軍飛行学校』の、
     『分教場』だったんだ。
     だから、教育、訓練を担い、当初は、
     『赤とんぼ』と呼ばれた、
     複葉機の練習機しかなかったんだ。
     それがね。
     太平洋戦争の、各地での敗退と共に、
     本土決戦を視野に入れて、『知覧飛行場』は、
     『知覧特攻基地』に、なっちゃったんだよ。」
(ペン)「と言うことはぁ?
     格納庫があったら、ヤバかったってことぉ?」
(ハム)「そうなんだよ。
     もし、航空機が、一杯、      格納されている格納庫を、
     攻撃されたら、壊滅しちゃうじゃん。
     だからさ。
     とっても面倒なんだけど、
     4mぐらいの高さの土塁を、コの字型に造って、
     そこに、航空機を格納したんだ。
     それで、木々や葉っぱで、覆ってしまえば、
     航空機を隠すことができたんだ。」
(ペン)「でもさぁ。
     一機ずつなんでしょ。
     それも、飛行場の外なんでしょ。
     どの位の距離を、どうやって、
     航空機を運んだのさ?」
(ハム)「えっとね。
     距離は、1km~2kmで、      まちまちなんだって。
     運搬は、人力とか、馬や、牛に、
     曳かせたりもしたんだって。
     特に、これから行く所は、坂の上にあったから、
     大変だったろうってさ。」
(ペン)「どっひゃぁ~!
     そりゃ、大変に決まってんじゃん!
     それに、その運搬は、毎日、      やっていたんでしょ。
     全く、想像できない!」
(ハム)「確かにぃ、俺も、想像はできない。
     でもね。
     当時の人達は、みんな、日本国の勝利を、
     信じていたんだよ。
     だから、苦労を、苦労と、
     思わなかったんじゃないのかなぁ。」 Img_0558
(ペン)「でもなぁ。
     そうは言ってもなぁ。
     納得は、できないよなぁ。
     ところでさ。
     ここに、『靖国の桜』・『神戸大学』って、
     あるんだけどさぁ。
     これは、なんだろうね?」
(ハム)「んとね。
     これはねぇ、運転手さんも、
     よくは知らないんだって。
     それでね。
     知覧町は、合併して、      南九州市になったんだけど、
     そこの担当者や、観光協会の人達も、
     誰も何も知らないし、判らないんだって。
     ただ、運転手さんが言うには、
     『桜の木は、その名の通り、靖国神社から、
      頂いて来たのでしょう。
      神戸大学と言うのは、『石原慎太郎』が、
      神戸生まれで、『石原慎太郎』の、
      ファンクラブか、研究サークルが、
      あるのかも知れませんね。
      その輩が、植えたのかも知れませんね。』
     だって!
     でもまぁ、本当に、判らないんだってさ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     でもさ。
     いくら『靖国の桜』でも、
     勝手に植えちゃって良いのかなぁ?
     それに、南九州市の担当者の方々が、
     誰も何も知らないなんて、
     とんでもない話だと思うよ。
     ただ、流石の運転手さんでも、
     判らないことがあるんだぁ。
     それを聴いて、ちょっと、
     ホッとした気持ちになってしまったのは、
     なぁ~ぜ?」
(ハム)「まぁ、運転手さんだって、そう言う時が、
     あったって良いじゃん。
     その方が、お互いに、気楽になれるしさ。」 Img_0559
(ペン)「それにしてもさ。
     ここは、よく観てみると、本当に、
     だだっ広いよねぇ。
     どこまでも、平らな気がする。」
(ハム)「そうだね。
     それに、目立つ様な、高い山も無いよね。
     だからこそ、飛行場に適していたんだね。」
(ペン)「うん。
     視界が、十分に拓けているって言うか、
     これならば、管制塔なんて、
     要らない様な気になっちゃう。」
(ハム)「もし、仮にさ。
     飛行場として遺っていたら、物凄く、
     でっかい空港になっていたかも知れないね。」
(ペン)「え゛~?
     そう言うことを言うのぉ?
     さっきはさぁ。
     飛行場が無くなったことが、
     『平和のシンボルだ!』
     ぐらいのことを言っていたのにさ。
     なんか、おかしくなくない?」
(ハム)「あ゛~、そうだったね。
     ごめん、ごめん。」 Img_0560
(ペン)「ところでさぁ。
     さっきから、運転手さんと、おデブ隊長がさぁ。
     『俺は、君のためにこそ死ににいく』
     の、石碑の前でさぁ。
     滅茶苦茶、何か話し込んでいるんだけどさぁ。
     一体、何を、話しているんだろうねぇ。」
(ハム)「なんでもね。
     あの石碑の形が、
     知覧飛行場の形に似ているんだって。」
(ペン)「え゛え゛~!
     そうななのぉ?」
(ハム)「うん。
     なんでもね。
     下側が、東で、左側が、南側なんだって。」
(ペン)「するってぇとぉ、ひょっとして、右上に、
     長く伸びているのはぁ~!」
(ハム)「そう!
     『主滑走帯』!」
(ペン)「あ゛~!
     やっぱりぃ!」
(ハム)「それで、飛行場の、色々な跡地を、
     観て周っていると、      時間が無くなっちゃうかから、
     今回は、『掩体壕』だけ、観に行くんだって。
     その他の場所は、ここで、大体の、
     位置関係を説明しておくんだって。」
(ペン)「ひょぇぇ~!
     そんなので、おデブ隊長は、      大丈夫なのかなぁ?」

(ハム)「実はね。
     おデブ隊長、さっき、元自衛官ってことを、
     運転手さんに、言っちゃったんだ。
     おまけに、職種が、
     『陸上航空』だったってことも、
     言っちゃったんだ。」

(ペン)「あれまぁ~!
     やっぱり、おデブ隊長、お喋りなんだよなぁ。」
(ハム)「それで、運転手さんも、熱が入っちゃって、
     かなりの場所を、説明しているんだよ。」
(ペン)「そうなのぉ?
     それで、どんな場所なのぉ?」
(ハム)「えっとね。
     時計回りで、
     ・出発線の碑
     ・対空無線通信施設跡(飛行場外)
     ・集団司令部跡
     ・三角兵舎跡
     ・集団司令部兵舎跡
     ・対空無線通信施設跡(飛行場内)
     ・なでしこ隊見送りの地
     ・掩体壕
     ・対空監視所跡
     ・中継無線機地跡
     ・山砲座跡
     ・知覧駅跡
     ・陸軍病院跡
     なんだけどさぁ。
     『山砲座』は、幾つかあったんだけど、今は、
     『猿山』と言うところだけに、
     遺してあるんだって。
     それと、『知覧駅跡』と、『陸軍病院跡』は、
     『知覧特攻平和会館』の見学後に、車で、
     通過するって。」
(ペン)「んげぇ~!
     話を聴くだけじゃぁ、何にも判らないし、
     それに、第一、何も覚えられないよぉ。
     おデブ隊長、本当に、覚えてんのかなぁ?」
(ハム)「まぁ、多分、覚えてんじゃないの。
     航空科職種的には、相当な、もの好きだからさ。
     あとね。
     『知覧特攻平和会館』に行って、そこで、
     復習するみたいだよ。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     いくら、記憶力が良いからって言ってもさ。
     限界ってものがあるじゃん。
     一体、おデブ隊長の、頭の中は、
     どうなってんのかなぁ。」
(ハム)「おデブ隊長は、身体障害者になってから、
     記憶力が増したみたいだよ。
     何せ、片手しか使えないし、
     じっとしていることもできないし、
     動かなくったって、直ぐに疲れちゃうじゃん。
     だから、片手じゃ、ページをめくれないし、
     直ぐに、眼も疲れちゃうから、本や、
     新聞を読むことが、億劫になっちゃったんだ。
     それで、集中力を高める様にして、極力、
     その場で覚えて、忘れない様に、パソコンに、
     打ち込んでいるみたいだよ。」
(ペン)「なんだかなぁ。
     そっちの方が、とっても、
     疲れる様な気がするんだけどもなぁ。」
(ハム)「まぁ、やり方は、人それぞれだからさ。」
(ペン)「おんやぁ?
     おデブ隊長、今度は、      『枕崎ヘリポート』なんて、
     言い出してるぜ。」
(ハム)「そっかぁ。
     『枕崎ヘリポート』かぁ。
     きっと、おデブ隊長、遊覧飛行か、
     その様なものが、何かないか、
     聞いているんだよ。」
(ペン)「遊覧飛行~?」
(ハム)「ほら!
     枕崎駅から、こっちに向かって来る時に、
     お茶畑の手前辺りで、案内看板が、
     出ていたじゃん。
     それを、おデブ隊長が、運転手さんに、
     聞き捲っていたじゃん。」
(ペン)「え゛~?
     そうだったっけぇ?」
(ハム)「それで、運転手さんが、
     『昔は、『枕崎空港』だったんです。
      滑走路もあって、地方空港として、
      鹿児島空港や、離島などと、
      定期便があったんです。
      でも、利用者が少な過ぎて、
      大赤字を出してしまい、滑走路は、
      メガソーラーの会社に貸してしまって、今は、
      ヘリポートだけなんです。
      それでも、鹿児島空港とは、       ヘリの不定期便が、
      あったんですが、それも、無くなってしまい、
      今は、防災基地になって、ヘリが、       1機ぐらい、残ってたかなぁ。』
     って、言ってたじゃん!」
(ペン)「げぇ~!
     ハムは、そんなことを覚えているのぉ?
     俺には、全く、記憶がない!」

(ハム)「だからさ。
     おデブ隊長は、飛びたいんだよぉ。
     ここの空を、飛んでみたいんだよぉ。
     それで、上空から、『知覧飛行場』を、
     観てみたいんだよぉ。」
(ペン)「そっかぁ!
     なぁ~るほどぉ。
     そうすれば、一目瞭然、ってことかぁ。
     あれれ?
     運転手さんの様子が、何か、変だよ。」
(ハム)「もしかして!
     おデブ隊長、やっちまったかも!」
(ペン)「え゛~、どうしたのぉ?」
(ハム)「あのね。
     運転手さんが、
     『ここは、鎮魂の地なんです。
      様々な場所に、特攻隊員を含め、
      様々な人々の魂や、想いが、
      あるところなんです。
      勿論、この空も含めてです。
      いくら、儲けが出ても、遊覧飛行なんて、
      とてもではないですが、       考えられないのです。』
     って、おデブ隊長を、窘めているよ。」
(ペン)「あ゛~あ!
     やっちまったなぁ!
     ダメだなぁ、おデブ隊長。
     しくじっちゃったよねぇ。」
(ハム)「うん。
     たまには、そう言う時も、あるさ。
     おデブ隊長、調子に乗り過ぎたみたいだね。」
(ペン)「おデブ隊長、お調子者だからなぁ。
     それで、嫌われちゃうんだよねぇ。」
(ハム)「でもさ。
     きちんと、反省して、修正すれば良いのさ。
     それは、俺達だって、同じだぜ。」
(ペン)「そうだね。
     りょぉ~かい!」
(ハム)「さてと。
     ここでも、時間を遣い過ぎちゃったから、
     とにかく、『掩体壕』だけに、向かうって。」
(ペン)「ありゃりゃ。
     時間の遣い過ぎかぁ。
     それは、おデブ隊長のせいだよねぇ。」
(ハム)「まぁまぁ、そう言うことは言わずに!
     とにかく、気持ちを切り替えて行こうぜ!」
(ペン)「うん!
     分かったよ!」
(つづく・・・。)
皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年7月20日 (金)

『管制塔は、無い!』(T_T);

(薩摩半島 訪問 : その42)
(※注:平成30年 5月 4日(金・祝)の記憶です。)
おはようございます!(^o^)/
【管制塔は、無い!】(T_T);
(ハム)「お゛っ!
     いよいよ、知覧町の中心に、
     近付いたみたいだよ。」
(ペン)「って、言うかぁさぁ。
     さっきからさぁ。
     物凄い数の、石灯篭が並んでいるんだけどさぁ。
     一体、どうなってんのかなぁ。」 Img_0551
(ハム)「運転手さんがね。
     『(石燈籠の数は)こんなもんじゃない!
      ずっと先まで続いて(並んで)いるし、
      (知覧特攻)平和会館まで、行って頂けたら、
      もっともっと、驚くと思いますよ。
      とにかく、観て頂けたら、
      お解かりになると思います。』
     って、言ってるよ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     ずっと先まで、続いているんだぁ。
     凄いことになっているんだね。」
(ハム)「運転手さんが、ちなみにだけど、
     『この辺りの灯篭は、新しい物なんです。
      ですので、特攻隊員の遺族や、戦友などから、
      寄進されたものではありません。       全国の、有志の方々から、
      寄進されたものです。
      その有志の方の、お名前を、灯篭に、
      刻むか刻まないかは、その方の、
      ご希望に沿っての様です。
      ちょっと、解り辛いかも知れませんが、
      灯篭には、特攻隊員を模した像が、
      付けられています。
      それで、元々は、       『知覧平和祈念通り』として、
      特攻隊員、1,036柱の、
      石灯篭を建立する予定だったんです。
      ですが、今は、何柱、建っているのやら。
      物凄い数になってしまったことだけは、
      確かです。』
     だって!」
(ペン)「あれまぁ!
     そうなのぉ?
     でもさ。
     それだけ、特攻隊員に、
     祈りを捧げたいって人が、一杯沢山、
     いるってことだよね。」
(ハム)「そうだね。
     それでね。
     運転手さんは、今は、
     あまり話したくなかったみたいなんだけど、
     最初は、特攻隊員の遺族や、親族、町内の人々、
     友人などが、お金を出し合って、石灯篭を、
     建立し始めたんだって。
     その石灯篭には、特攻隊員の名前は、勿論、
     いつどこに出撃して、どの様に戦ったのかまで、
     刻まれていたり、建立者のお名前も、
     刻まれているんだって。
     だけど、その石灯篭があるのは、
     『特攻平和観音堂』や、      『知覧特攻平和会館』の、
     周辺だけなんだって。
     今回は、その石灯篭を、観て周る時間は、
     取っていないから、もし、比較的古く、
     デザインにも凝った、      石灯篭の存在に気付いたら、
     一つの灯篭だけでもいいから、
     よく観て欲しいんだって。
     だけどもね。
     ここの道路に並んでいる石灯篭は、
     写真を撮っても良いけど、      『特攻平和観音堂』や、
     『知覧特攻平和会館』の周辺にある、石灯篭は、
     写真を、撮らないで欲しいんだって。
     その石灯篭には、特攻隊員の、魂や霊や、また、
     遺族などの人の想いが詰まっているから、
     写真撮影は、止めておいて欲しいんだって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだぁ!
     話が、奥深いと言うか、安易に、
     考えたらいけないってことだよね。」
(ハム)「うん!
     そうだね。
     ここは、『観光地』じゃないんだからさ。
     おっと!
     運転手さんが、先に、場外の展示物を、
     観て周るって。
     その方が、『知覧特攻平和会館』に行った時に、
     理解が、深まるんじゃないかって。」 Img_0552
(ペン)「なるほどねぇ。
     りょっかぁ~い!
     おんやぁ?
     でもさ。
     『映画 ホタル ロケ地』
     なんて、ところに来ちゃったよぉ。
     ここは、どこなの?」
(ハム)「えっとね。
     実際には、『戦闘指揮所』跡地なんだって。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     その跡地と、映画と、どう言う関係があるの?」
(ハム)「え~とぉ!
     映画『ホタル』なんだけどさ。
     『高倉健』さんが、主役だったんだって。
     それで、特攻隊員の、
     生き残りの役をしたんだって。
     だから、この地が、使われたらしいよ。」
(ペン)「そうなんだぁ。
     でもさ。
     生き残りだけなら、この地を使わなくったって、
     別に良かったんじゃないの?」
(ハム)「ん゛~。
     どうやら、そう言う訳には、
     行かなかったみたいだよ。
     映画の、あらすじ、なんだけどさぁ。
     映画上、『高倉健』さんは、特攻出撃前に、
     終戦になった、特攻隊員の役で、それで、
     生き残ると言う、設定だったんだって。
     その後に、結婚をするんだけど、その奥さんが、
     先に出撃して、戦死してしまった、
     『金山少尉(本名;キム・ソンジェ)』
     (※注:役名)の、許嫁だったんだって。
     そうして、暮らしている内に、『知覧の母』
     (※映画内の呼称:実際は『特攻の母』)と、
     呼ばれた、『富谷食堂』
     (※現:『ホタル館 富屋食堂』)の、
     女主人『富子』
     (※映画内の呼称:実際は
       『鳥濱 トメ(とりはま とめ)』)に、
     頼まれごとをされるんだ。
     だから、知覧の、この地が、      必要だったんだよ。」
(ペン)「ん゛~。
     解った様な、解からない様なぁ。
     それで、どうなるのさ?」
(ハム)「えっとね。
     頼まれごとなんだけど、
     亡くなった      『金山少尉(本名;キム・ソンジェ)』
     (※注:役名)の遺品を、韓国まで、
     届けることだったんだって。」
(ペン)「げぇ~!
     それってぇ、超~、ヤバくね?」
(ハム)「まぁ、映画だからね。
     とは言っても、それからが、大事なんだよ。
     韓国では、至極当然、
     受け入れてくれる訳が無いじゃん。
     それどころか、罵倒され、罵られて、全く、
     相手にされないんだ。
     だけど、『高倉健』さんが、      『金山少尉』の遺言、
     『自分は大日本帝国のために、       出撃するのではない。
      恋人や朝鮮民族、朝鮮にいる家族のために、
      出撃するのだ。』
     と言う言葉を伝えて、やっと、
     遺品を受け取って貰えるんだ。
     運転手さんが、言ってたけど、実際問題、
     朝鮮半島出身の人々で、特攻隊員になった人は、
     かなり、いたらしいよ。」
(ペン)「そっかぁ。
     そうなんだ。
     映画は、ある程度、事実に基づいているんだぁ。
     全く、知らなかったよぉ。」
(ハム)「それでね。
     映画の最後に、ホタルが飛んでくるんだ。
     それが、戦死した、『金山少尉』の霊が、
     乗り移って、舞っている様に観得るんだ。
     それで、映画は、終わるんだけどさ。
     いずれにしても、『特別攻撃隊』には、
     悲しい話しが、とっても多そうだよね。」
(ペン)「なんだかさ。
     まだ、知覧の、序章だよね。
     それでも、ちょっと、悲しく、
     辛くなって来ちゃった。
     この後、大丈夫かなぁ。」 Img_0553
(ハム)「まぁ、それは、ペン次第だけど。
     そうそう。
     『戦闘指揮所』跡の、話しをしなくっちゃね。
     えっとね。
     この、石碑の目の前に、飛行場が、
     広がっていたんだって。」
(ペン)「げぇ~!
     だって、それらしき姿は、何も無いじゃん!
     ぜぇ~んぶ、畑だよぉ。
     あとは、道路。」
(ハム)「それは、仕方ないよ。
     って言うか、この姿で、良いのさ。」
(ペン)「え゛~?
     そうなのぉ?」
(ハム)「あぁ、そうさ。
     この姿は、平和のシンボルなのさ。
     それでね。
     知覧飛行場の広さとしては、
     『熊本空港』や『鹿児島空港』にも、
     匹敵するぐらいの、大きさや、広さが、
     あったんだって。」
(ペン)「本当にぃ?
     って、言っても、
     『熊本空港』や『鹿児島空港』には、
     行ったことが無いから、全く、
     解からないんだけどさぁ。」
(ハム)「実際問題、施設とか装備ではなくて、
     敷地面積のことなんじゃないのかなぁ。
     運転手さんが、
     『2,000m級の滑走路が、交差して、
      2本あった。』
     って、言ってるからさ。      相当、広かったんじゃないのかなぁ。 
     それでね。
     主滑走路は、概ね、北西の方向を向いてて、
     副滑走路は、概ね、北北東の方向を、
     向いてたんだって。
     その2本の滑走路は、ここの東側、さっき、
     おっきな道路から、曲がって、
     この路に入って来たじゃん。
     その辺りで、V字状に、      交わっていたんだって。」
(ペン)「ふんぎゃ?
     そう言われてもなぁ。
     全く、想像できないよぉ。」
(ハム)「まぁ、普通は、そうだよね。
     でも、おデブ隊長は、しっかりと、
     想像できているみたいだよ。」
(ペン)「だってぇ、それは、ずるいよぉ。
     おデブ隊長は、      陸上自衛隊の航空科だったじゃん。
     感覚が、全然、違うに決まってるじゃん!」
(ハム)「まぁ、そうだよね。
     あとね。
     滑走路って言ってるけど、実際は、
     『滑走帯』だったんだって。」
(ペン)「かっそうたいぃ~?
     って、なんなのぉ?」
(ハム)「それはね。
     ちゃんとした滑走路を造っちゃうと、
     飛行場だってバレちゃうじゃん。
     だから、『滑走帯』の幅は、200mぐらいも、
     あったんだって。
     その上、舗装はしないで、      芝生を張ったんだって。
     要は、偽装・隠蔽・掩蔽の、
     ためだったんだって。」
(ペン)「んがぁ?
     余計に、解かんなくなっちゃったよぉ~!」
(ハム)「ありゃま!
     そりゃそうだよねぇ。
     つまり、空から観て、単なる畑の様に偽装して、
     敷地を広く取って、放牧場の様に隠蔽して、
     滑走帯を広く取ることによって、
     掩蔽したんだよ。」
(ペン)「げぇ~!
     余計に、訳が解らなくなった。」
(ハム)「あ゛~、ごめん、ごめん。
     『戦闘指揮所』跡の話しに、戻らなくっちゃね。
     だからね。
     ここ『知覧飛行場』には、最終的には、      管制塔は、
     無かったんだよ。」
(ペン)「え゛~?
     そうなのぉ?
     管制塔が無くっても、飛行機って、      飛べるのぉ?」
(ハム)「その当時は、大丈夫だったんだよ。
     と言うか、管制塔なんかがあったら、
     飛行場ってバレバレじゃん。」
(ペン)「あ゛っ!
     そっかぁ。」
(ハム)「だからね。
     『戦闘指揮所』が、管制塔の代わりを、
     してたんだって。」
(ペン)「ありゃまぁ~!
     そうだったんだぁ。」
(ハム)「運転手さんの話によると、ここには、      ちっちゃな、
     農業小屋みたいなものがあったんだって。
     あとは、必要に応じて、
     テントなんかを張ったりしたんだって。
     それで、訓練の時の本部として、また、
     『特攻基地』の出撃命令の指揮所として、
     使われていたんだってさ。」 Img_0554
(ペン)「あ゛~、そうなんだぁ。
     その様子が、この写真なのかなぁ。
     なんだか、とっても悲しくなっちゃう。」
(ハム)「そうだよね。
     俺も、悲しい想いだよ。」
(ペン)「おんやぁ?
     ところでさぁ。
     今度は、
     『映画 
      「俺は、君のためにこそ死ににいく」                     ロケ地』
     だってよぉ。
     こっちは、随分と、立派な石碑だよね。」 Img_0555
(ハム)「あぁ、どうやら、知覧町が、
     建立したみたいだね。」
(ペン)「ふぅ~ん。
     そうなんだぁ。
     ひょとして、こっちの話も、長いのぉ?」
(ハム)「ん゛~、どうだろう?
     一応、運転手さんの、話しを聴いてみるけど、
     その前に、石碑に、
     『この石碑は、知覧町が
      映画「俺は、君のためにこそ死にいく」
      のロケ地となったことを記念して
      建立したものです。
      「製作総指揮・脚本 石原慎太郎
             監督 新城卓
       出演 徳重聡 窪塚洋介            筒井道隆/岸恵子ほか
      @2007「俺は、君のためにこそ死にいく」
                     製作委員会」
       映画は、太平洋戦争当時、特攻基地の       おかれたここ知覧町で、食堂を経営しながら       当時の兵士と関った鳥濱トメさんや       知覧高等女学校生徒、そして特攻兵士自身の       家族との人間愛が描かれています。
       厳しい戦況にあって家族や恋人を       思いながら、国のために命をかけた       若者たちの犠牲のうえに今の平和があります。
      知覧町は、特攻基地のあった町の使命として       平和尊さを語り継いできます。
           平成十九年十月  知覧町 』
     って、碑文が、刻まれているよ。」 Img_0556
(ペン)「と言うことはぁ、実話に近いってことなのぉ?」
(ハム)「うん。
     そうみたいだね。
     なんでもね。
     作家としての『石原慎太郎』氏と、
     『特攻の母』の、
     富屋食堂の『鳥濱トメ』さんとは、
     交流が深かったんんだって。
     それで、『鳥濱トメ』さんの回顧録が、
     出版されて、また、取材を受けて語った、
     多くの逸話集などがあって、それらを基に、
     『石原慎太郎』氏が、どうしても、映画に、
     したかったんだって。」
(ペン)「へぇ~!
     と言うことはぁ!
     それって、『石原慎太郎』氏の、
     我儘ってことぉ?」
(ハム)「こらこら!
     そう言うことは、判っていても、絶対に、
     言っちゃぁいかん!」
(ペン)「あ゛~、ごめん、ごめん。」
(ハム)「それでね。
     『鳥濱トメ』さんは、知覧町に、
     何度も掛け合って、遂に、
     『特攻平和観音堂』の建立まで、      漕ぎつけるんだ。
     その後に、やっと、『知覧特攻平和会館』が、
     できるんだ。
     つまり、映画の、
     「俺は、君のためにこそ死にいく」
     は、『鳥濱トメ』さんの、人生、
     そのものを描いたと言っても、
     過言ではないんだって。
     とにかく、知覧特攻基地からは、439名が、
     出撃したんだって。
     その、特攻隊員の若者達と、
     『鳥濱トメ』さんとの交流の様子や、実際の、
     出撃時の様子。
     特攻隊員の支援を行った、
     『知覧高等女学校生徒』達との関わり合い。
     そして、その少女達は、
     『なでしこ隊』と呼ばれて、出撃機に向かって、
     これで最後と言う想いを込めて、思いっ切り、
     手を振って、特攻機を見送った様子。
     それと、家族との最後の別れの様子などを、
     忠実に再現したんだって。」
(ペン)「う゛~!
     なんだか、その話しだけでも、想像しちゃうと、
     泣けて来ちゃうよなぁ。」
(ハム)「そうだね。
     それで、その時の、映画撮影用に、
     陸軍一式戦闘機『隼』三型を、2機、忠実に、