カテゴリー「お年玉付き年賀はがき」の3件の記事

2018年3月16日 (金)

『年賀はがきの妙!(その3:終)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その3:終)】(^^;

 

 

12年前の、4月6日。

 

私は、自宅の2階で、脳出血を発症しました。

 

前日まで、ペリカン便の仕事で、日本大学の三島キャンパスにおいて、入学を迎える学生達の、冷蔵庫やら、洗濯機やら、テレビやら、パソコンやら、なんやらの、電化製品を、各々の下宿先まで配送し捲っていました。

 

下宿先は、エレベーターが無い、5階の部屋など、それもう、配達には、厳しい場所ばかりでした。

 

大学の入学式は、私が倒れた、4月6日。

 

(何で、こんなにギリギリになって、引っ越しをするんだよぉ!)

 

と、思っていましたが、惨酷にも、私の配送の師匠が、

 

「あぁ、補欠だよ。

 補欠合格!

 飛び込みだから、良い下宿先は、埋まっちゃってる。

 毎年、大騒ぎさ。」

 

と、言っていました。

 

師匠は、

 

「お疲れさん。

 これで、暫くは静かになるから、2~3日、休んで良いよ。」

 

と、言われたので、1日だけ、休みを貰うことにしました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

私の家は、大工の棟梁が設計したそうで、そのためかどうかは判りませんが、家の歪みが、とっても酷いのです。

 

建付けが悪く、サッシは、開かない、閉まらないは、当たり前。

 

隙間風は、ガンガン入って来て、酷い時には、雨も入ってきます。

 

私は、配送の仕事柄、いつも天気を気にしていて、そんな、建付けが悪い窓の状態でも、毎朝、西側の窓を、無理矢理、開け、天気の様子を観るために、西の空を眺めていました。

 

その様な、毎朝のルーティーンと言うか、身に付いた生活習慣は、本当に恐ろしいものです。

 

4月6日の朝も、休みなのに、西側の窓を、無理矢理、開けようと、ぐっと、力を入れたその瞬間、左足に力が入らなくなり、左肩から倒れ墜ちました。

 

私は、一瞬、何が起こったのか判りませんでしたが、とにかく、その場に留まってはいけないと思い、右腕と右足だけの、第2匍匐状態で、2階の自室にある、電話のところまで、何とか、這いずって行ったのですが、口が開き、よだれが垂れだして、

 

(これは話せない!)

 

と、思い、119番は諦めて、1階の母親に、電話をしたのでした。

 

全く何も、話すことはできなかったのですが、それでも、母親は察知して、母親からの119番で、救急搬送され、今に至っています。

 

 

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ところで!

 

話しは変わりまして、手持ちの切手を、ざっと見てみたのですが、お年玉付き年賀はがきの切手シートは、どさぁっと、あったのですが、第11回日本ジャンボリーの記念切手が出て来まして、それで、ボーイスカウトの記念切手の方が気になってしまい、ついつい、そちらの方を探してしまいました。(^^;

 

とは言っても、探しものは、お年玉付き年賀はがきの切手シートですから、直ぐに、気持ちを切り替えて、切手シートの年の確認をしてみました。

 

すると!

 

平成6年まで、遡ることができたのですが、その年は、正しく、第11回日本ジャンボリーの開催年でありました。

 

(おんやぁ?

 平成6年より前のもの(切手シート)が無い!

 あんれぇ?

 どこかに、しまっちゃったのかなぁ。)

 

と、思ったのですが、どうやら、湿気を避けるために、棚の上に上げてしまった様です。

 

今の、この身体(左半身片麻痺)では、棚の上には、全く手が届かず、なす術もありません。

 

と言うことで、過去にしがみ付くのは止め、平成6年からの、切手シートを確認してみました。

 

 

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その結果!

 

やはり、記憶は間違っていませんでした。

 

その年、その年にもよりますが、確か、平成に入ってからは、毎年、切手シートが当たっていたと思いました。

 

たったと言っては、大変失礼なのですが、当たった切手シートが、1枚の年もありました。

 

とにかく、毎年、当たっていたと思いました。

 

ですが、やはり、「平成18年」だけ、切手シートが無い。

 

今から12年前。

 

その年だけ、切手シートが、1枚も当たらなかったのでした。

 

 

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『きゃさりん副長。』に言わせると、

 

「だからかぁ。

 切手シートに当たらず、脳の血管の方が、当たっちゃったんだね。

 当たりは当たりでも、厄介な方に当たっちゃったよね。」

 

だそうです。(^^;

 

切手シートが当たらないと、何か別のものに当たってしまう。

 

そんなことが、果たして、あるのでしょうか。

 

その様な、ジンクスがあるのでしょうか。

 

また、母親が言うには、

 

「あんた、今年は、厄年(前厄)だよ。

 お正月から、鼻血を出して、縁起が悪い。

 もう、厄が始まってるかもね。

 早いとこ、厄払いに行って来な。」

 

とのことです。

 

 

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脳出血発症から、満12年になろうとしています。

 

その上、厄年(前厄)です。

 

『きゃさりん副長。』の、

 

「2.5ペアじゃん!

 ラッキー!

 今年は、何か良いこと、ありそう~!」

 

と言う言葉は、とっても有難いのですが、ここは、自分への戒めとして受けたいと思います。

 

と言うことで、近日中に、ご祈祷に、行って来たいと思います。

 

切手シートの当たり葉書を、贈ってくださった皆様には、私への警告として、有難く受け止め、感謝したいと思います。

 

浮かれて過ごしていると、本当に、とんでもない罰が当たる!

 

今現在の、自分の生活を、しっかりと見詰め直さなければいけないのでしょうね。

 

 

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『初心忘るべからず!』

 

脳出血発症後、リハビリに、励んでいた日々。

 

また、リハビリを愉しんでいた日々。

 

何も辛くはありませんでした。

 

今年は、しっかりとしたリハビリを、再開すべき年なのかも知れません。

 

 

(おしまい!)(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

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2018年3月15日 (木)

『年賀はがきの妙!(その2)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その2)】(^^;

 

 

今年と言うか、昨年になりますが、年賀状は、350枚、買い求めました。

 

そして、出した年賀状は、約320通。

 

印刷を、ミスしたものもありますが、30枚ほど、余ったと言うことになります。

 

と言うのも、頂いた喪中の葉書は、二十通近くを数えていました。

 

喪中の葉書が、そんなにも届いたのは、今回が、初めてじゃないのかと、ただただ、驚いているばかりでした。

 

時の流れは、誰にも止めることはできず、また、突然の、思わぬ事故や、傷病等、悲しいお知らせも届きました。

 

心が痛みます。

 

改めまして、謹んでご冥福をお祈りしたいと存じます。m(_ _)m

 

 

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さて、私が、お年玉付き年賀はがきの初当選を得たのは、小学校5年生の時だったと思います。

 

その頃は、何等まで、当選番号があったかは覚えていませんが、とにかく、切手シートが1枚、当たりました。

 

それはもう、大喜びで、宝物の様に、机の引き出しの中にしまっておいたのですが、保管状態が悪かったのか、入れてあった袋と、切手シートがくっついてしまい、とっても落胆していました。

 

そこへ、母親が、切手シートを差し出し、

 

「これは、叔父さん(母の弟)からだよ。」

 

と、言ってくれたのを覚えています。

 

当時、叔父は、郵便局員で、私の話しを聞き、わざわざ、切手シートを贈ってくれたそうです。

 

また、切手の、取り扱いや、保管方法も教えてくれて、そのお陰で、私は、いきなり、俄か切手収集家になってしまったのでした。

 

その頃は、ちょっとした切手ブームでもありまして、私が通っていた小学校でも、ちびっ子収集家が溢れ、「見返り美人」や「月に雁」と言った、超高額の切手を、わざわざ見せびらかせに、学校に持って来ていた児童もいました。

 

そのため、小学校では、切手の持込が禁止されたのですが、それでも、裏取引?をしている児童達が、絶えることはありませんでした。(^^;

 

私は、叔父から、

 

「切手収集は、お金が掛かる。

自分の小遣いで賄えなければ、止めなさい。

身の程を知るんだよ!」

 

と、釘を刺され、私の切手は、母親の監視下のもとに、置かれることになってしまったのでした。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さてさて、またまた、前置きが長くなってしまいました。(^^;

 

小学校5年生で、初切手シートを、ゲットしてから、私は、お年玉付き年賀はがきを受け取るのが、本当に楽しみになってしまいました。

 

ん゛っ?

 

と言うことはぁ、切手シートが欲しいから、年賀状を、書き捲り、出し捲ったってことぉ?

 

ん゛~、確かに、その様な卑しい心が、少なからず、あったかも知れません。(^^;

 

とは言っても、お年玉付き年賀はがきが、毎年毎年、当たる訳がありません。

 

当然、当たらなかった年もある訳でして、ちょっと調べてみないと判りませんが、いつ頃から、毎年、何枚か、切手シートが当たる様になりました。

 

それは、やはり、年賀状の交歓枚数が、300通程度を、超えた辺りからの様に思います。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて!

 

やっと、本題です。(^^;

 

今年の、年賀状。

 

差し出して頂いた皆様が、ほぼ、お年玉付き年賀はがきで、年賀状を贈ってくださいました。

 

その他の、オリジナルの年賀状では、和紙に、挿絵を描いて頂いたものや、書を一筆、認めて頂いたものや、私の好きな、航空機の写真を贈ってくださったものなど、それぞれに、特徴や特色があり、とっても、愉しませて頂きました。

 

それで、以下の話ですが、鼻血ブーの後ですから、先週の日曜日のことです。

 

私は、再びの鼻血ブーで、気持ちが、超~凹んでしまい、食欲が全く湧かず、毎日、うだうだしていたのですが、それを、母親から聞いた『きゃさりん副長。』が、私の好物の、ミニうな重を買って来てくれました。

 

ですがまぁ、実際は、年次総会資料の確認もあったのですが。(^^;

 

そこで、総会資料の確認は、早々に済ませ、1月中旬から気になっていた、お年玉付き年賀はがきの、当選確認を手伝って貰うことにしました。

 

すると!

 

なんともまぁ、驚きの結果となったのです。

 

 

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一応、切手シートの当選葉書は、7枚ありました。

 

その内の1枚は、私の手持ちの、余った葉書でした。

 

残りの6枚については、いきなり、『きゃさりん副長。』が、

 

「きゃぁ~!

 ツーペアじゃん!

 あとは、出雲大社の、ご縁のお陰?

 それに、12年前のご縁?」

 

と、騒ぎ出してしまいました。

 

と言うのも、当選した年賀はがきは、

 

1.出雲・米子訪問でお世話になった同期生の、「E藤」氏から

 

2.草野球チーム監督の、「E藤」さんから

 

3.30数年前、「自衛隊 中央病院」で、陸曹航空操縦学生の身体検査を受けた時に、不整脈があると判り、そのままだと、不合格になってしまうので、何回も、測定し直してくれて、結局、不合格だったのですが、その時、彼女は、看護学生で、その後、野球で肩を壊し、中央病院に通院した時に再会し、その時は、既に看護師となっていて、なおかつ、階級が、2等陸曹になっていて、とっても驚いて、そのまたその後、防衛庁の陸自の野球部に所属し、三宿まで、試合に出向いた時に、またまた再会し、「私の旦那さん。」と紹介され、とんでもなく驚いてしまった、「S井」さんから

 

4.ボーイスカウトで、任期は少しずれたのですが、地区コミッショナー研究集会や、トレーニングチームのお仲間として、ご一緒させて頂いている、「S井」さんから

 

5.約12年前、実修所奉仕予定だった時に、脳出血を発症し、奉仕できなかった時の所長の、「M田」さんから

 

6.出雲大社で、まさか、大先輩の、航空自衛隊生徒第5期生だとは判らずに、車椅子を押し続けて頂いてしまった、「出雲かたりべ」ボランティアガイドの、「W田」さんから

 

だったのです!(^o^)/

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『きゃさりん副長。』の、大騒ぎは、なかなか収まらず、

 

「でもさ。

 『田』の人も、二人いるから、3ペアじゃないの。

 あ゛っ、ポーカーは、5枚だから、2.5ペアか。

 凄っいじゃん!

 面白いなぁ。

 今年は、何か良いことある?

 きっと、出雲大社の、ご縁のお陰だよ。

 だって、みんな、よく知っている人ばっかりなんでしょ。

 電話してみたら?

 きっと、何かのお告げなのよ!」

 

と、騒ぎ捲っておりました。(^^;

 

ですが、この事実には、私は何も応えることができず、

 

(こんな、不思議なことも起こるんだなぁ。)

 

と、ただただ、頂いた葉書を見つめ直すばかりでありました。(^^;

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

とは言っても、今年は、年始からの、鼻血ブーから始まり、また、夜間救急で、MRI検査を受けたり、先々週からの、再度の鼻血ブーで、

 

(果たして、良い年になるのかなぁ。)

 

と、心配の種は尽きません。

 

それに、もう一つ!

 

12年前のことが、とても気になります。

 

やはり、お年玉付き年賀はがきが、関わっていたのを、思い出してしまいました。

 

その件につきましては、また、次回と言うことで。(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

 

 

(つづく・・・。)

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2018年3月14日 (水)

『年賀はがきの妙!(その1)』(^^;


おはようございます!(^o^)/

 

 

【年賀はがきの妙!(その1)】(^^;

 

 

本年も、あっと言う間に、約2か月半、経ってしまいました。

 

この時期になると、ボーイスカウトの、年次総会資料作成や、新年度の準備やら、何やらで、何となく、心が慌ただしくなってしまいます。

 

ただ、例年ですと、1月、2月は、そんなには、慌ただしくなく、お屠蘇気分も残って、ずるずると、ダラダラと過ごしてしまうのですが、今年は、年末年始の鼻血ブーや、突然の頭痛と左半身の痙攣で、急遽、夜間診察に行って、MRI検査を受けたり、先週からの、再びの鼻血ブーで、ずぅ~っと、心が落ち着かず、やや緊張感を持ちながら、過ごしています。

 

と言いつつ、何となく、なんだかなぁ、の日々にもなってしまっています。(^^;

 

それから、例年は、1月中旬から、下旬に掛けて、お年玉付き年賀はがきの当選番号を確認して、

 

「お゛っ!  今年も当たった!」

 

(※:切手シートしか、当たったことがありませんが。)(^^;

 

と、呑気に、悦んでいるのですが、今年は、今頃になって、お年玉付き年賀はがきの当選番号を、確認することとなりました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

話は変わって、私が、年賀状を出す様になったのは、確か、小学校3年生の時だったと思います。

 

その頃は、超~虚弱児で、病気ばかりしていて、ろくに、学校には、通っていませんでした。

 

そのため、クラスには、なかなか馴染めなかったと記憶していますが、それでも、幾つかの、忘れ難い想い出があります。

 

その中で、担任の女性の先生が、とても優しくしてくださって、このことは、後で判ることなのですが、病弱の私に対して、クラスの仲間の何名かに、私に、年賀状を送って欲しいと、年賀はがきを手渡して、お願いをしたのだそうです。

 

初めて、年賀状を受け取った私は、先生の気遣いも知らずに、有頂天となり、悦び捲っていました。

 

祖父に、年賀状の余りを貰い、年賀状の書き方を教わり、返信を書き上げ、ドキドキしながら、ポストに投函したことを覚えています。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

小学校4年生になっても、病弱だった私は、やはり、クラスの仲間とは、あまり馴染めませんでした。

 

そんな時に、祖父が、

 

「今年は、何枚、必要なんだ?」

 

と、聞いてきてくれました。

 

私は、祖父から、お年玉付き年賀はがきを、何枚か貰い、ドキドキ・ワクワクしながら、年賀状を認めました。

 

ところが!

 

返って来た年賀状は、ほんの数通。

 

この時、初めて、小学校3年生の時の先生の、気遣いと、思い遣りであったことを、知ることになったのでした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

それでも、性分と言いましょうか、とってもしつこく、一度始めたら、なかなか止めないと言う性質が、(あまり、好まれず、受け入れて貰えませんが。)あったのだと思います。

 

無論、喪中の年もありましたが、結局のところ、年賀状は、小学校3年生から、今まで、49年間、出し続けています。(^^;

 

その間、小学校・中学校の先生と同級生、ボーイスカウトの仲間、特に、ジャンボリーなどで知り合った仲間などに出し続け、年賀状の枚数は、膨れ上がって行きました。

 

そして、少年工科学校の、同期生、区隊長、助教、教官、などと繋がって行きます。

 

気が付けば、年賀状の枚数は、三桁に突入していました。

 

ですが、そんなことはお構いなしで、逆に、枚数が増えることに、快感を覚えてしまっていたのかも知れません。

 

少年工科学校、そして、航空学校を卒業し、部隊配置となり、また、東京理科大学に入学し、年賀状の枚数は、どんどんと、増えて行きました。

 

そして、自衛官退官後は、就職先の会社の、上司・同僚、取引先の皆様。

 

また、ボーイスカウトで、お知り合いになった皆様。

 

特に、研修所(7コース)・実修所(3コース)・ALTC・その他セミナーなどで、ご一緒させて頂いた皆様には、必ずと言って、年賀状を送り付けてしまっていたと思います。

 

それに加えて、奉仕させて頂いた、各コースの所長・所員の皆様も、同様だったと思います。

 

それから、草野球チームの仲間、静岡県東部の野球審判部の皆様、御殿場市の銃剣道連盟の皆様、などなど、とにかく、年賀状を、出し捲っていた様に思います。

 

まぁ、当時は、インターネットや、電子メールは、一般家庭には、あまり普及しておらず、

 

「あけおめ! ことよろ!」

 

などと言う言葉は、勿論、無く、年賀はがきが、確実に、頼れる手段だったと思いました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

結局のところ、バブルではありませんが、私から出す年賀状は、500枚近くまで数え、自分自身、

 

(本当に、これで良いのだろうか?

 心は、こもっているのか?

 相手に、迷惑になっていないだろうか?)

 

などと、思う様になってしまいました。

 

それからは、返信が無い方や、また、住所を記載されていない方など、吟味しながら、年賀状を出すのを控える様にしました。

 

それと、命は、永遠ではありません。

 

至極当然、鬼籍に入られる方もいらっしゃいます。

 

それは、自分自身が、歳を重ねると共に、増えて行ったことは、言うまでもありません。

 

従って、年賀状の枚数は、今は、年々、減少しています。

 

それは、極、自然で、当たり前のことですので、その流れに、任せたいと思います。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

おっと、やばい!

 

余計なことを、書き過ぎました!

 

とっても、中途半端ですが、この続きは、次回と言うことで。(^^;

 

 

皆様、今日も、好い一日をお過ごしくださいませ!(^-^)/

 

 

(つづく・・・。)

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